「栄純、昨日は残念だったわね。」
「わぁぁああああ!言うな、若菜ぁぁぁああああ!」
「傷心真っ直中の昨日言わなかっただけありがたく思いなさい。」
沢村が恋人の蒼月にいじられている。
昨日、俺達青道高校野球部は春季関東大会に優勝したんだけど、その春季関東大会の決勝戦で先発をした沢村が後一人というところで、インハイの甘い所に投げてしまった失投をホームランにされてノーヒットノーランを逃したんだよね。
たった1球の失投でノーヒットノーランどころか完封も逃してしまった沢村は完全に緊張感が切れてしまったのか、その次の打者からストライクを1つも取れずに歩かせちゃってお役御免。
そして春季関東大会の優勝を決めたマウンドにはノリがいたというのが昨日の出来事だ。
「一也、沢村が失投した原因って何なの?」
「力んだんだとさ。ったく、俺達が引退した後が心配になる結果だねぇ。」
今年高校三年生の俺達は次の夏の大会が最後の大会になる。
去年同様にUー18のメンバーに選ばれたり、もしくは国体に参加したりするかもしれないけどね。
「俺達が引退した後かぁ…。なぁ一也、お前は誰がエースになると思う?」
「難しい質問だなぁ…。」
俺の質問に一也が苦笑いをしていると、沢村と蒼月のやり取りを野次馬していた小野が俺達の所にやって来た。
「何を話してるんだ?」
「次世代のエースが誰かってな。そうだ、小野はどう思う?」
答えに悩んでいた一也が小野にバトンタッチした。
そのバトンタッチの淀みなさは見事だねぇ。
「う~ん…個人的には良くボールを受けてる東条か沢村になってもらいたいが…。」
頭を掻きながら小野が悩んでいると、現二年生捕手の狩場、そして現一年生捕手の奥村と由井 薫(ゆい かおる)が俺達の所にやって来た。
「パワプロ先輩、何を話してるんですか?」
「俺達が引退した後のエースは誰かって話してるんだよ。」
捕手であるからか、狩場達も興味を持って話に加わってきた。
「沢村さんは全国制覇を狙うなら必要な選手だと思います。昨日も後一歩でノーヒットノーランでした。」
そう話すのは由井だ。
由井は小柄な体格なんだけど、それに反してパワーヒッターみたいなんだよね。
貴子ちゃんから聞いたんだけど、リトルやシニアでも活躍して同世代なら知らない奴がいないぐらい有名な選手らしい。
そんな由井は二軍で身体作りの真っ最中だ。
「俺は降谷さんを推します。力勝負で流れを引き寄せられるのは大きいですから。」
降谷をエースに推したのは奥村だ。
奥村も現在は二軍で身体作りをしている最中。
由井と奥村は秋以降の飛躍に期待だな。
「俺は東条ですね。東条には沢村や降谷以上の安定感があります。」
東条をエースに推したのは現在次世代の正捕手候補筆頭の狩場だ。
狩場はバッティングに物足りないところがあるけど、後輩捕手達の中では一番キャッチングが上手い。
沢村の癖球や降谷の速球もしっかりと捕れるから、扇の要を任せるには十分な選手だ。
「パワプロはどう思うんだ?」
一也が唐突に俺に話を振ってくる。
う~ん…。
「そもそも、エースの定義って何だろ?」
俺がそう言うと、皆はそれぞれのエース像を口にしていく。
チームを勝たせる投手、負けない投手と意見が違っている。
なんか話が纏まりそうにないなぁ。
じゃあ…。
「皆の理想のエースって誰?」
俺がそう言うと、皆は一斉に俺に目を向けてきたのだった。
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