春季東京大会の決勝戦、青道高校と稲城実業の試合はパワプロと成宮による三振ショーが始まった。
2回の表、パワプロが4番から始まる稲城実業打線を三者三振に抑えると、2回の裏には6番から始まる青道高校打線を三者三振に抑える。
3回の攻防もパワプロ、成宮の両エースの三者連続三振に終わったが、4回に試合が動く。
4回の表はパワプロが三者凡退に抑えたが4回の裏、成宮は先頭打者のパワプロに左中間フェンスに直撃となるツーベースヒットを打たれた。
あと一伸びしていたらホームランというパワプロの打球に稲城実業を応援している者達は肝を冷やしたが、マウンドの成宮は冷静だった。
ノーアウト、ランナー2塁の状況で迎えるバッターは御幸。
成宮は勝負したい気持ちを抑えて御幸を歩かせる。
これで御幸は2打席連続の敬遠だ。
青道高校を応援している者達から稲城実業へのブーイングが飛ぶ。
だが、成宮は揺れない。
ノーアウト、ランナー1、2塁の状況で打席に迎えるのは5番バッターの白州。
稲城実業バッテリーは勝負に行ったが、白州が選択したのは送りバント。
青道高校打線の次のバッターはパワーのある前園。
成宮を相手にヒットは難しくても犠牲フライなら可能性があると、白州は主将としてチームプレーを選んだのだ。
白州の送りバントにより状況はワンアウト、2、3塁へと変化する。
スクイズや犠牲フライでも1点を狙える状況で打席に向かうのは6番の前園。
前園は打席に入る前にオフシーズンでの練習を思い出していた。
◆
ガキッ!
ボテボテの打球が二塁手正面に転がっていく。
今の打球を打った前園は悔しそうに歯を噛んだ。
「くそっ!なんで打てへんのや!」
前園はレギュラー陣の中では打率が低い方だ。
その打率が低い原因は自分が極端なプルヒッター(引っ張るのが得意なバッターの事)だからだと前園は考えた。
そこで前園はオフシーズンの間に逆方向へのバッティングにトライしている最中なのだ。
「すまん!パワプロ、もう1球頼むわ!」
オフシーズン故に抑え気味の力でパワプロはバッティングピッチャーをしていく。
抜群のコントロールで前園が要求するコースにボールを投げ込むが、前園は思った様に打球を飛ばす事が出来ず、何度も天を仰いだ。
「ゾノ、ちょっといいか?」
「なんや?なんかアドバイスでもあるんか?」
「いや、アドバイスってわけじゃないけど、ゾノって引っ張るのが好きなんだよな?」
前園はパワプロの言葉に首を傾げる。
「そうやけど、それがどうしたんや?」
「いや、逆方向のバッティングをしてても楽しそうじゃないなぁって思ってさ。」
パワプロの言葉に前園はため息を吐く。
「打率を残そう思ったから逆方向へのバッティングを練習しとんのや。楽しくないなんて言ってられへんやろ。」
「でもさ、それで元々あった引っ張りの感覚がおかしくなったら意味がないんじゃない?」
「そらそうやけど…。」
前園は頭をガシガシと掻く。
「俺が引っ張りしかでけへんとわかっとったらシフトを敷かれるやろ?そうなったら打率が下がってまうやんか。」
「むしろそのシフトを敷かれている方向にヒットを打った方がカッコよくない?」
「そんな世界のホームラン王みたいな真似出来るか!」
関西人の血がそうさせるのか、前園はパワプロの言葉にツッコミを入れる。
だが…。
「ゾノ、それって今は出来ないだけだろ?」
パワプロが満面の笑みでそう言うと、前園は目を見開いた。
「いいじゃん、引っ張りだけでも。それで世界一ホームランを打った人がいるんだからさ。」
「だから俺を世界のホームラン王と一緒にすな!」
前園はそう言うと、パワプロと一緒に笑い声を上げたのだった。
◆
(あれから俺は無理に逆方向に打たなくなった。でもその結果、前よりもヒットを打てる様になった。ほんまバッティングってわからんで。でも、今の方がずっと楽しいわ。)
打席に入った前園は不敵な笑みを浮かべる。
(俺は狙って流すなんて器用なバッティングはでけへん。せやけど、意地でも成宮のボールを引っ張ったるわ!)
初球、前園はアウトコースのバックドアとなる成宮のカットボールを引っ張る。
打球は3塁線を切れてファール。
(これでええ。俺に出来んのは引っ張るバッティングや!)
2球目、3球目と前園はアウトコースのボールを引っ張るが、打球は全て3塁線を切れてファールとなる。
そして4球目、引っ張るには絶好のインコースのボールが来た。
しかし…。
ガキッ!
(あかん!力んでボールの下を擦ってもうた!)
前園は悔しそうにしながらもしっかりと1塁に走る。
打球は前進守備の左翼手の頭上へとふらふらと飛んでいくが、バットを振りきってボールの下を擦った前園の打球はそこからもう一伸びを見せた。
稲城実業の左翼手は予想外の打球の伸びに慌てて下がるが、なんとかボールをキャッチした。
しかし稲城実業の左翼手の体勢が崩れたのを見逃さずに、パワプロはタッチアップをする。
パワプロの足の速さは盗塁こそ倉持に譲るが、ベースランニングでは互角だ。
故に稲城実業の捕球体勢を崩させた前園の打球は、パワプロがタッチアップをしてホームインするには十分だった。
パワプロがホームベースに滑り込むと、前園は雄叫びを上げる。
そして前園は笑顔で手を上げて走り寄ってくるパワプロとハイタッチをしたのだった。
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