秋の高校野球選抜東京地区大会の決勝戦の日がやってきた。
対戦カードは青道高校と明川学園。
球場に集まった応援者の数は明川学園の方が多かった。
青道高校はパワプロを筆頭に全国から選手が集まった名門であるのに対し、明川学園はエースの楊の奮闘で勝ち上がってきた高校だ。
そういった認識があるからなのか、青道と明川の決勝戦の応援に駆け付けた人は明川学園の方が多いのだ。
そんな人達の中でロジャーズスカウトのベックは葉輪、藤原両家の両親と一緒に青道高校側の応援席にいた。
「『それでは、パワプロの…失礼、フウロくんのご両親と藤原さんのご両親もアメリカに来るのですか?』」
「『一早く孫の顔を見たいというのが一番の理由ですが、日本だと肩身の狭い思いをして風路くん達の足を引っ張りかねませんからね。』」
「『風路を贔屓のチームに入れろ!ってうるさかった上司に辞表を見せた時の顔は傑作でしたよ。はっはっはっ!』」
藤原、葉輪家の父の話を聞いたベックは顎に手を当てて少しの間考える。
「『よかったらお二人に僕の伝で仕事を紹介しましょうか?』」
「『よろしいのですか?』」
「『選手への手厚いケアも球団の仕事ですからね。それにフウロくんが将来ロジャーズの中心選手になった時に、ご家族へのケアを担当していたとなれば、僕の給料も上がりますから。』」
ベックが肩を竦めながらそう言うと、葉輪、藤原両家の両親は笑った。
「『それではベックさんの言葉に甘えさせてもらいますね。』」
「『では、この試合が終わったら直ぐに動きます。』」
「「『よろしくお願いします。』」」
葉輪、藤原両家の両親が揃って頭を下げたのを見たベックは、こういうところは日本人的だなと感じた。
その後、両家の父親はベックと野球談義に盛り上がりながら試合開始の時を待つのだった。
◆
整列をして試合開始の挨拶が終わり、プレーボールのコール前の投球練習をしていた時、御幸はマウンドに行ってパワプロに声を掛けていた。
「ボールを受けた感じだと調子は良さそうだけど、パワプロ自身の感覚はどうだ?」
「絶好調だよ。」
「そうか、でも何か少しでも違和感があったら絶対に言えよ。」
「一也は心配性だなぁ。」
リトル時代から通じて一度も経験した事が無いのだから、初めての連投がパワプロの身体にどう影響するのか心配しても無理はないだろう。
片岡は最悪の場合、一人投げただけでパワプロを交代させる事も考えている。
前の稲城との試合はパワプロ一人で投げきった為、他の投手達を温存出来ているのだからここでパワプロに無理をさせる必要はない。
以前、クリスが手術が必要な程の大怪我を負った際に片岡は、青道野球部の者達に選手のケガと引き換えにしての勝利などいらないと話をしている。
この認識は日頃から僅かな違和感でも選手に申告する様にと徹底しているのだ。
その為、青道野球部の治療用品などに使う部費は非常に多い。
だがそういった環境が、パワプロを始めとして多くの選手達にケガをさせずに成長させてきたのは間違いないだろう。
「俺もパワプロの投球フォームが少しでも変だと思ったら片岡監督に言うからな。」
「わかったよ、一也。」
真剣な表情でそう言ってくる御幸に、パワプロは苦笑いをする。
「よし、それじゃいつも通りにいこうぜ。」
「おう!」
今日の試合の1年生達に稲城との試合の様な緊張は見られない。
これなら万が一も無いだろうと御幸は考える。
慢心をしているわけではない。
パワプロとならば、例え甲子園での決勝戦でも優勝を確信出来る。
それ程の信頼があるのだ。
御幸がキャッチャーボックスに戻ると、明川学園の1番打者が打席に入る。
するとパワプロは笑顔で御幸のサインに頷き、独特の投球モーションでボールを投げ込むのだった。
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