秋の高校野球選抜東京地区大会の準決勝である青道と稲城の試合が始まった。
先攻は稲城。
1回の表のマウンドにパワプロが上がると、球場は歓声に包まれる。
すると、球場のその雰囲気に青道の1年生野手達は緊張で少し身体を固くしてしまった。
その1年生野手の内の1人である小湊 春市もスタンドやベンチからの期待、さらに稲城のメンバー達が産み出すプレッシャーに身体が固くなる程に緊張していた。
(兄貴はこんなプレッシャーの中で当たり前にプレーしてきたんだ…。)
春市も今大会でパワプロが登板をした時に守備についていたが、まだプレーボールのコールすら掛かっていない状況で、これ程のプレッシャーを感じた経験は春市にはなかった。
パワプロがイニング開始前の投球練習をしている間に内野陣がボール回しをするが、春市は身体がふわふわとしているのを自覚した。
(これは…ヤバイ!)
恥ずかしがりやな春市だがプレーボールのコールが掛かると、なりふり構ってられないとばかりに大声を出すのであった。
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(さて…どうしたもんかな?)
プレーボールのコールが掛かると同時に、大きく声を出し始めた1年生達の異常に気付いた御幸は頭を悩ませる。
(パワプロは当然としてゾノ、倉持、白州も問題ないか。後は…間違いなく緊張しているな。)
御幸は緊張する様な場面はおいしい場面だと思っているので今の球場の雰囲気は歓迎する状況だが、だが全ての選手がそういった場面で力を発揮出来るわけではない。
(序盤の内にボールを捕らせて緊張を解させたい。でも、カルロスを塁に出したくないな。)
稲城の不動の一番バッターであるカルロスがバットを構えている姿を、御幸は横目でチラリと見る。
(まぁ…先ずは予定通りにいってみるか。)
御幸はパワプロにアウトローへバックドアになるスライダーを要求する。
頷いたパワプロが独特な投球モーションからスライダーを投げると、カルロスは驚きながらもジェスチャーでベンチに球種を伝えた。
そのカルロスの反応を確認しながら御幸は次の球種を考える。
2球目、御幸はインローにボール1つ分内に外れるスライダーを要求する。
パワプロが御幸の要求通りのスライダーを投げると、カルロスはバットを振らずに見送る。
これでワンボール、ワンストライク。
(今のコースは取ってくれないか…。なら外は?)
3球目、御幸は外にボール1つ分外れるフォーシームを要求する。
要求通りのボールに御幸がマスクの奥で笑みを浮かべるが、主審の判定はボールとなりカウントはツーボール、ワンストライク。
ボール先行のカウントになってしまったが御幸には欠片も焦りはない。
(今までならここでカーブを要求したくなってたところだけどな。)
4球目、ここで御幸はカルロス相手に3回目となるスライダーを要求する。
この1球はインローのストライクゾーン一杯に決まってカウントはツーボール、ツーストライク。
カルロスはタイムを取って素振りをしてから打席に戻る。
そのカルロスの姿をチラリと横目で見ながら、御幸はパワプロにサインを出す。
5球目、アウトローのチェンジアップにカルロスのバットが空を切った。
この結果に御幸はマスクの奥で微笑む。
(投球の軸を真っ直ぐとスライダーに変えてみたけど、こっちの方がバッターは俺好みの反応をしてくれるな。)
パワプロがリトル時代から続けていた真っ直ぐとカーブによる組み立てを変えるのは御幸でも若干の抵抗はあったが、試してよかったとさらに笑みを深めたのだった。
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