仙泉学園。
今年の秋の高校野球選抜東京地区大会の第3回戦で青道と戦う事になった相手である。
近年、仙泉学園は激戦区である東京地区でベスト8の常連になりつつあり、青道や市大三高の様な名門ではないが、強豪校の1つと呼べるだろう。
そんな仙泉学園だが1つ特徴がある。
それは、名門と呼ばれる高校からのスカウトや推薦から溢れた者達が集まっている事だ。
「真木、調子はどうだ?」
仙泉学園の監督である鵜飼 一良(うかい かずよし)が長身の男に話し掛ける。
鵜飼は色々な学校を渡り歩き40年以上の監督経験を持つベテランだ。
よくボヤくのが特徴だが、怒鳴り散らしたりはせずに指導する彼の指導方法は、多感な年頃の青少年達からは概ね好評を得ている。
「問題ありません、鵜飼監督。」
鵜飼の言葉にそう返事をしたのは仙泉学園のエースの真木 洋介(まき ようすけ)だ。
現在2年生の真木は1年生の頃からエースナンバーを背負っていた才能ある選手である。
長身の右腕で威力のある真っ直ぐが決め球で、その長身から投げ込まれるカーブは中学時代に『日本一高いところから投げ込まれるカーブ』という評価を得ている。
しかし、真木も仙泉学園に来た多くの選手の様に狙っていた高校のスカウトに声を掛けられなかった経験をしている。
真木が狙っていた高校というのは…次の対戦相手である青道高校だ。
現在の真木は2年生…つまり、パワプロと同世代なのである。
真木はスカウトから声を掛けられて青道の特待生を狙っていたのだが、結果として青道の特待生にはパワプロと御幸が選ばれている。
本来ならまだ推薦や一般入学で青道に進む道もあったのだが、真木は最終的に仙泉学園に進む道を選んだのだ。
「そうか、なら投げ込みはそのぐらいにしておけ。肩を休ませるのも投手の仕事だぞ。」
「…では、走ってきます。」
そう言って真木が走り込みに行くと、鵜飼は大きなため息を吐いた。
「練習熱心…といえば聞こえはいいが、その実は自信のなさというのがな…。」
ボヤく様に鵜飼がそう言うが、これは真木だけの問題ではない。
思春期真っ直中の多感な時期に挫折を経験した事で、仙泉学園に入学した多くの野球部員は劣等感を抱えているのだ。
「はぁ…推薦や特待生を狙っていただけあって、相応に才能がある子達なんだがなぁ…。」
教え子達に自信を持たせる為にも名門といわれる所に勝たねばならない。
しかし、ベスト8に食い込める様になっても、名門や強豪校に勝ちきれていないのが現状だ。
「葉輪が2回戦の様に先発してこなければまだ勝ちの目もあるが、真木が崩れないのが最低条件だな…。」
ボヤきながら頭を掻いた鵜飼は、次の青道戦に向けて頭を悩ませるのだった。
◆
「栄純、肩慣らし程度だからね。休むのも大事なんだから強く投げ過ぎたらダメよ。」
「言われなくてもわかってるって。」
仙泉学園との試合の前日、いつもに比べて軽めの練習で切り上げる事になった沢村は、試合前日の高揚もあってソワソワしていた。
そんな沢村に高島や貴子からアドバイスを受けた若菜は、沢村をキャッチボールに誘ったのだ。
沢村が若菜に向けて軽くボールを投げる。
「前はどう変化するかわからなくてキャッチボールするのが嫌だったけど、今ではちゃんと捕りやすいボールを投げられる様になったわね。」
「うっ!?そう言えばあいつらも俺とキャッチボールをするの嫌がってた…。」
中学時代の沢村はその時の気分でボールの縫い目や握りを変えていたため、キャッチボールでもナチュラルなムービングボールを投げていた。
そのため、中学時代の沢村は仲間達をキャッチボールに誘う度に苦笑いをされていたのだ。
「それで、高校野球公式戦デビューを前にした気分はどう?」
「ハッハッハッ!いつでもエースナンバーを背負う準備は出来てるぜ!」
「気持ちの準備は出来ていても、葉輪さんからエースナンバーを奪うには足りないものが多すぎよ。」
「い、言われなくてもわかってる!」
「どうかしら?」
からかう様に若菜が微笑むと、その若菜の微笑みを見た沢村は顔を赤くする。
そんな沢村の反応に手応えを掴んだ若菜は鼻歌を歌いだしそうな程に上機嫌になった。
二人は15分程世間話をしながらキャッチボールを続けると、明日の試合に備えてゆっくりと休む為にキャッチボールを終えた。
「スタンドから応援してるから、頑張りなさいよ、栄純。」
「…おう!」
沢村は満面の笑みの若菜に見送られて意気揚々と寮の部屋に戻る。
しかしそんな沢村を、同室の仲間達が尋問準備万端で待っていたのだった。
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