『パワプロ成長』でダイヤのA   作:ネコガミ

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本日投稿1話目です。


第236話

青道の先発投手である降谷は4回の表にコントロールを乱してしまい、帝東打線に1点を取り返されてしまった。

 

そして2点差に追いつかれてなおもノーアウト、1、3塁のピンチというところでパワプロと交代を告げられた降谷は、パワプロにボールを手渡すとベンチへと下がっていった。

 

「降谷、お疲れ。アイシングの準備をしておくから、汗が冷える前にアンダーシャツを交換しておけよ。」

「はい。」

 

ベンチに戻った降谷は片岡と落合に労いの言葉を受けた後、小野にそう声を掛けられていた。

 

アンダーシャツを交換した降谷に、小野が氷を入れた氷嚢を差し出す。

 

「ケアはしっかりしろよ。ケガをしてプレー出来なくなるのが一番つまらないからな。」

 

自身も指をケガして一時ミットを持てなかった実感を込めて小野がそう言うと、降谷は素直に頷いた。

 

降谷が氷嚢で右肘と右肩を冷やしながら、どこか呆然とした様子でグランドを見ていたので小野が声を掛ける。

 

「どうした、降谷?」

「さっき、真っ直ぐが綺麗に打たれたなと思いまして…。」

「甘いコースにいったからな。あれは打たれても仕方ない。」

 

小野の返答に降谷は納得を示す。

 

3回の表までは低めに決まっていた真っ直ぐが真ん中辺りに浮いてしまい、それをあっさりと打たれて失点してしまったからだ。

 

「もっと投げたかったです。」

「夏の大会で甲子園に行った相手に先発させてもらえただけ、降谷は十分にチャンスをもらえていると思うぞ。」

 

1軍から3軍まである青道野球部は、入部から引退まで一度も公式戦に出場出来ない選手も珍しくない。

 

それを考えれば、1年の秋で公式戦に出場出来た降谷は色々と恵まれているのだろう。

 

それでも中学時代に捕手に恵まれなかった降谷は、投げる機会に飢えているのだ。

 

「どうすればもっと投げられますか?」

「…結果を出すしかないだろうな。」

 

降谷が小野に目を向ける。

 

「高校野球は負けたら終わりのトーナメント方式の大会が基本だ。だからこそ、普通は練習試合とかで結果を出して信頼してもらえなければ実力があっても使ってもらえない。」

「信頼…。」

 

降谷はマウンドのパワプロに目を向ける。

 

「パワプロは1年の時から結果を出して、監督やコーチ、そして仲間達の信頼を得ている。だから、このピンチの場面を任せてもらえるんだ。」

 

ノーアウト、1、3塁で4番打者という状況でも、パワプロはマウンドに笑顔でいる。

 

降谷は悔しさや羨ましさ、そして憧れといった色々な感情に胸に抱くと、拳を握り締めながらパワプロの投球を見ていったのだった。

 

 

 

 

2点差でなおもノーアウト、1、3塁のチャンス。

 

しかも打順は4番。

 

帝東ベンチにいる選手や球場に足を運んだ帝東を応援する者達は歓喜の声を上げていた。

 

だが、パワプロがマウンドに上がると歓喜の声は必死な声援へと変化する。

 

そんな声援の中で打席に向かう乾は、緊張による喉の渇きを感じていた。

 

(落ちつけ…たとえヒットは打てずとも、ボールを転がすぐらいは出来る筈だ。)

 

ノーアウト、1、3塁という絶好の好機…スクイズやエンドランなど色々な作戦が考えられる。

 

有利なのはあくまで帝東…そう考えて乾は己を落ちつかせた。

 

打席に入る前に乾はベンチに目を向ける。

 

帝東の監督のサインは『待て』。

 

降谷からパワプロに変わった事で、先ずは最低限目を慣らさなければと帝東の監督は考えたのだ。

 

監督のサインを確認した乾が打席に入る。

 

乾は心臓の鼓動がやけに煩く感じた。

 

パワプロがセットポジションに入ると、乾のバットを持つ手に力が入る。

 

見送ると決めていても、無意識に身体に力が入ってしまうのだ。

 

パワプロがセットポジションからクイックでボールを投げ込む。

 

左打者の乾は身体に当たると思い歯を食い縛るが、ボールはそこから鋭く変化してストライクゾーンへと納まった。

 

(今のは…スライダー?)

 

乾が内心で首を傾げていると、次の瞬間には目を見開いて呆然とする出来事が起こる。

 

なんと、1塁ランナーが御幸の牽制でアウトになってしまったのだ。

 

スタンドの帝東を応援する者達から落胆の声が上がった。

 

(どうして…御幸の肩がいい事はミーティングで話していたのに…。)

 

この牽制アウトを責めるのは酷であろう。

 

パワプロという絶対的な怪物から点を奪えるかもしれない好機に1塁ランナーの3番打者は絶対にホームに帰ると意気込み、第2リードを少し大きく取ってしまったのだ。

 

彼も強豪校でレギュラーを勝ち取った選手だがまだ高校生。

 

舞い上がってしまったとしても無理はないだろう。

 

むしろ、その少し大きく取った第2リードを見逃さなかった御幸を誉めるべきだ。

 

帝東の監督である岡本は牽制アウトになった彼に罵声を浴びせなかったが、彼はベンチに戻ってくると、ベンチの奥に行って泣き崩れた。

 

打席を外して監督のサインを待っていた乾は、その光景を見て唾を飲み込む。

 

その乾の様子の変化に気付いた御幸はマスクの奥で笑みを浮かべた。

 

この後、動揺していた乾はパワプロのフォーシームを転がす事が出来ずにスクイズを失敗してしまう。

 

まだツーアウト、3塁のチャンスだったが、失敗を続けて勢いを失った帝東にはパワプロを打ち崩すだけの力は残されていなかった。

 

そしてその後の帝東は投打が噛み合わずに、青道に7回コールドで敗れてしまったのだった。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

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