Uー18硬式野球国際大会の決勝トーナメントの日本とキューバの試合当日、キューバのエースであるアーロン・ヂップマンはアップの走り込みをしながらため息を吐いていた。
「『ボス(監督)もどうせなら決勝のアメリカ戦で投げさせてくれればいいのに、どうして俺を日本との試合で先発させるんだか…。』」
愚痴を言いながら走り込みを続けるヂップマンはチラリと日本側のブルペンに目を向ける。
「『あいつはなんであんなに数多く投げ込んでるんだ?肩は消耗品なんだろ?』」
日本式の数多く投げる投げ込みをする天久の姿に、ヂップマンは首を傾げる。
「『まぁ、俺には関係ないし、どうでもいいか。』」
その後、ヂップマンは試合開始の時までマイペースにアップを続けるのだった。
◆
Uー18日本代表とUー18キューバ代表の試合は日本の先攻で始まった。
初回、先頭打者であるカルロスに対して、ヂップマンは初球にフォーシームを投げ込む。
すると、球場にざわめきが起きた。
「95マイル…たしか、152kmぐらいだよな?」
「あぁ。」
「速いな。」
日本代表チームのメンバーが、電光掲示板に表示された球速を見ながら口々に話していく。
「御幸、どう思う?」
「フォームは素直でタイミングを取りやすそうですね。球筋は打席に立ってみなければわかりませんけど、パワプロに比べれば常識の範囲じゃないですか?」
「たしかにな。」
原田と御幸がそう話していると、日本代表チームの監督がベンチにいるメンバーの注目を集めた。
「球数制限がある以上、打ち急ぐ必要はない。だが、決して油断するなよ。」
「「「はい!」」」
◆
フォーシームとの球速差が30km以上あるヂップマンのチェンジアップにカルロスが打ち取られると、続く白河は制球の安定しないヂップマンに対してフルカウントまで粘ったが、最後のインコースのフォーシームでセカンドゴロに打ち取られてしまった。
ツーアウト、ランナー無しの状況でパワプロが打席に向かう。
そのパワプロに白河が耳打ちをした。
「パワプロ、ヂップマンのフォーシームだけど、ちょっとシュートしてる。」
「そうなの?」
白河の報告にパワプロが驚く。
日本の野球においてフォーシームは綺麗な縦回転が称賛される傾向にあるが、海外では違う。
あくまで打者を打ち取る事が優先であり、それが出来るならばシュートしようが構わないのだ。
白河の報告を頭に入れたパワプロが左打席に立つ。
初球、足を高くあげるスリークォーターの投球フォームで、ヂップマンはフォーシームを投げ込んだ。
インコースのボールゾーンに投げ込まれたフォーシームを、パワプロは腰を引いて避ける。
(あまり見たことない軌道だなぁ。)
日本ではいわゆるノビのあるフォーシームに信仰に近い考えがある。
その為、日本ではフォーシームがシュート回転してボールが垂れたり、ストライクゾーンの甘い所にいったりすると、指導者に注意される光景が見受けられたりする。
もちろん、サイドスローやアンダースローのフォーシームは独特な軌道となる事が多いが、オーバースローやスリークォーターの場合は総じて綺麗な縦回転のフォーシームが求められる傾向が強いのだ。
ヂップマンは2球目、3球目とフォーシームで押してくる。
パワプロはこのフォーシームを狙い打とうとするが、打球が前に飛ばなかった。
(どうしてもボールの上を叩いちゃうなぁ…。)
一度打席を外したパワプロは、ヂップマンのフォーシームの軌道をイメージしてスイングする。
(こういうフォーシームも武器になるんだなぁ。)
パワプロが打席に戻ると、キューバのバッテリーは1球チェンジアップを挟んでからフォーシームでパワプロをセカンドゴロに打ち取った。
(アメリカに行けば、日本ではあまり経験した事のないボールを武器にするピッチャーが一杯いるのかな?…楽しみだぜ!)
ヂップマンに打ち取られてしまったパワプロだが、その表情は笑顔で溢れていたのだった。
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