夏合宿が終わって疲労を抜く為の休日のとある日、俺は恋人であり婚約者でもある貴子ちゃんと、とあるカップルとのダブルデートをする為に待ち合わせ場所に向かって一緒に歩いていた。
「へぇ、あの二人が付き合い始めたんだ。」
「実は半年ぐらい前に一度告白してたんだよ、フーくん。」
「そうなの?」
今回ダブルデートをする相手カップルの事情を貴子ちゃんから聞いて俺は少し驚いた。
「告白したのは…一也とは思えないから夏川の方からかな?」
「正解だよ、フーくん。」
そう言って貴子ちゃんが組んでいる腕を引き寄せると、俺の右腕に幸せな感触が伝わってくる。
「一度告白してたって言ったけど、その時の一也は断ったんだよね?」
「うん、そうだよ。」
俺の疑問に貴子ちゃんが答えていく。
去年の夏の大会の後に俺と貴子ちゃんが交際を始めた事をキッカケに、マネージャーの間で所謂コイバナがよく話される様になったんだってさ。
それでそのコイバナをする中で夏川と梅本の好みの相手はという話題になったのだけど、そこでなんだかんだがあって好みの相手にアタックを掛けようとなったとの事だ。
若さ故の行動力…といえる積極的な告白だったけど、夏川は見事に玉砕したらしい。
貴子ちゃんが夏川当人に聞いた話では、夏川は一也に『クリスさんに勝つまで遊んでいる暇は無い。』と言われて断られたそうだ。
だけど夏川は…。
『クリス先輩に勝ったらいいのよね?』
と言って一也に食い下がったそうだ。
夏川の押しに動揺した一也は頷いたそうだ。
そこで先日、見事にクリスさんからレギュラーの座を一也が奪った事で、二人は晴れて交際を始めたそうだ。
そういった事情を貴子ちゃんから聞いていると、待ち合わせ場所に到着した。
一也と夏川は会話をしていたけど、俺と貴子ちゃんみたいに手を繋いだり腕を組んだりはしていなかった。
まぁ、まだ二人は付き合い始めたばかりだからな。
そう思いながら二人に近付いていくと、俺達に気付いた一也が手を振ってきた。
まるで助かったという様なその笑顔に、俺と貴子ちゃんは顔を見合わせる。
「藤原先輩、おはようございます。パワプロもおはよう。」
「おはよう、唯ちゃん。」
満面の笑みで挨拶をしてくる夏川は俺と貴子ちゃんが腕を組んでいるのを見ると、意味深な目線を一也に送る。
一也はそんな夏川と目を合わせなかったが、夏川が強引に一也と腕を組んだ。
「いや、夏川、暑いんだけど?」
「この程度で暑がってたら真夏のグランドで野球出来ないでしょ?」
「まぁ…そうだけど…。」
一也は夏川に抗議してるけど、口で言うほどに嫌がってない。
後でからかいがいがありそうな初々しい反応ですなぁ。
そんな一也と夏川を加えて俺と貴子ちゃんはダブルデートを始めた。
まぁ、夏の大会前という事もあってそんなに多くの所に行くわけじゃないけどね。
俺と貴子ちゃんにとってはいつものと言えるお決まりのデートコースであるファミレス、スポーツ用品店、そしてバッティングセンターを巡っていく。
「はぁ…金無いって言ってるのに…。」
「だから出世払いでいいって言ってるじゃない。」
「それはそれでなんというか…男としてどうかと思うじゃん?」
「ほんと、御幸ってお金の事だと細かいわよね。」
「別にそれで愛想を尽かしても構わないぞ。」
「むしろ頼もしいわよ。倉持とかみたいに先輩風吹かして後輩に奢ったりしないもの。なにあれ?なんで体育会系ってあんな伝統みたいなのがあるの?」
バッティングセンターに辿り着いて打席が空くのを待っていると、一也と夏川がそんな会話をしていた。
デートの始めの方はどこかぎこちなさがあった二人だけど、今では普通に肩を寄せあっている。
うんうん、仲がよろしくて素晴らしい。
俺と貴子ちゃん程じゃないけどな!
「そうだ、パワプロ、今年の夏の大会は必ず優勝してよ。」
「もちろん優勝するつもりだけど…どうしてだ、夏川?」
「青道が優勝したら、私が御幸の唇を貰うからよ。」
優勝したら唇を奪われる?
…なんかデジャヴ。
俺が一也を見ると、一也は目を逸らした。
「ふふふ、唯ちゃん積極的ね。」
「藤原先輩達に負けてられませんから。」
「頑張ってね。」
「はい!」
そんな貴子ちゃんと夏川のやり取りを聞いていた俺と一也は、顔を見合わせて苦笑いをするしかなかったのだった。
本日は5話投稿します。
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