青道高校野球部の1軍と2軍の紅白戦は終盤となる7回の表へと突入した。
7回の表の1軍チームのマウンドに上がった東条は大きく息を吐く。
(しっかりと腕を振ってボールを投げ込む。それが今の俺の課題。)
体力測定の時に受けたパワプロの指摘。
それが東条が己に掲げる課題である。
東条が顔を上げて前を見ると、打席には松方シニア時代のチームメイトである金丸の姿があった。
(金丸は真っ直ぐに強い。真っ直ぐは見せ球にしてツーシームとスライダーで勝負!)
東条はそう思っていたが、クリスは初球に真っ直ぐを要求してきた。
このサインに東条は一瞬首を横に振りたい衝動にかられる。
(この1球には俺には理解出来ない意図がある筈。ならビビるな!)
己の成長の為に東条は首を縦に振る。
初球、東条はしっかりと腕を振ってフォーシームを投げ込んだ。
コースはアウトコースよりだが、やや甘い所。
(打たれる…っ!?)
長打をも覚悟した東条だったが、金丸はバットを振らずにボールを見逃してストライクとなった。
(真っ直ぐに強い金丸が甘い真っ直ぐを見逃した?なんでだ?)
東条が悩んでいると、クリスはナイスボールと声を掛けながら強めの送球でボールを返球してきた。
ボールを受け取った東条は帽子の鍔に手をやりながら足場を均す。
(マウンドで悩むな。配球に疑問があるなら後で聞けばいい。)
小さく息を吐いた東条がクリスのサインを見る。
頷いた東条は投球モーションに入ってボールを投げ込む。
2球目、クリスは同じコースにツーシームを要求した。
金丸はこのツーシームを引っかけてしまい、サードゴロに打ち取られる。
強豪の松方シニアで4番バッターだった金丸を僅か2球で打ち取れた事に東条は驚く。
(金丸をこんなにあっさり?今日の俺のボールは特別にキレているわけじゃない。金丸を打ち取れたのはクリス先輩のリードのおかげだ。)
背筋にゾクリと震えが走った東条はマウンドで笑みを浮かべた。
(もっとこのレベルでプレーがしたい!)
力強く頷いた東条の顔は、次の打者であるパワプロに負けない程の笑顔なのだった。
◆
7回の表の東条はパワプロと小湊 春市にヒットを打たれたものの、2軍チームに得点は許さず無失点で切り抜けた。
7回の裏の1軍チームの攻撃、先頭打者の小湊 亮介と続くバッターの結城は三振こそしなかったものの、ギアの上がったパワプロのボールを捉えきれずに内野ゴロと内野フライに打ち取られてしまった。
ツーアウトの状況だがここでクリスがパワプロからツーベースヒットを打って得点のチャンスを作ったが、5番バッターの増子は三振に倒れて無得点で7回の裏は終わった。
その後、東条は9回終了までの3イニングをパワプロのホームランによる1失点で終え、パワプロは1軍打線を相手に完封の結果で紅白戦を終えたのだった。
◆
「0ー7で2軍チームの勝ち!礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
紅白戦では何本かヒットを打たれたけど、1軍打線を完封で抑えたぜ!
試合終了の挨拶が終わった後に一也とハイタッチをして、俺はアイシングに向かう。
「フーくん、お疲れ様。カッコ良かったよ。」
そう言いながら貴子ちゃんが笑顔でアイシングを手伝ってくれる。
「ありがとう、貴子ちゃん。」
俺が左肩と左肘をアイシングしていると、今日投げ合った1年生投手達が俺の所にやって来た。
「パワプロ先輩!俺にコントロールの秘訣を!」
「変化球ってどうやって投げるんですか?」
「最後のホームランを打たれたボール…あれって待ってたんですか?」
沢村、降谷、東条が次々に俺に質問をしてくる。
うんうん、向上心が高くていいね!
そんな俺達の所に丹波さん、純さん、ノリに一也やクリスさんに宮内さんといったメンバーが集まって来て紅白戦の事などを話し合っていく。
「クリスさん、あのツーベースは読んでたんですか?」
「いや、あれは上手く対応出来ただけで読みではないな。」
「東条、チェンジアップの握りを教えてくれる約束だけど。」
「降谷、俺よりも葉輪さんに聞いた方がいいと思うぞ。」
「おい、沢村!お前はピッチングの時に力み過ぎだ!もっと脱力しろ!」
「オス!伊佐敷先輩!」
「丹波さん、丹波さんなら小湊先輩をどう打ち取りますか?」
「正直なところ、今の俺では打ち取れる気がしないな。シングルヒットなら上出来だろう。」
「ンフー!ナックルカーブの使い所が鍵になりそうだ。」
切磋琢磨している皆の様子に俺は自然に笑顔になる。
夏の大会が待ち遠しいぜ!
◆
後日、紅白戦を負傷退場した小野の診察結果を聞いた。
不幸中の幸いで骨に異常は無く、全治2週間で復帰出来るらしい。
良かったな、小野!
そして時が過ぎて小野が復帰してからしばらく経った頃、今年も夏合宿の時期がやって来たのだった。
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