第165話
「頑張れよ、エーちゃん!俺達、エーちゃんを応援してるからな!」
「おう!」
春の高校野球選抜大会が終わってからしばらく経った後、世は新入生達が続々と新たな道へと進み始める時期となっていた。
そんな中の一人である沢村 栄純は生まれ育った故郷の長野を離れ、西東京にある青道高校に入学する事が決まっており、青道高校の寮へ入る為に出発しようとしていた。
寮に入る理由はもちろん野球である。
去年の学校見学の際に大きなショックを受けた沢村だが、仲間達や幼馴染みに背中を押されて青道に行くことを決意したのだ。
仲間達との話が終わった沢村に、幼馴染みの美少女である若菜が話し掛ける。
「行ってらっしゃい、栄純。直ぐに逃げ帰ってきたらただじゃおかないわよ。」
「誰が逃げるか!俺はあの人を超えてエースになるんだ!」
「本当かしら?一緒に春の甲子園をテレビで見た時は、葉輪さんのピッチングに見惚れて呆然としてたくせに。」
「うっ!」
若菜の指摘に沢村が呻く。
そんな二人の会話に仲間達が様々な反応をする。
「あれ?エーちゃんは若菜と春の甲子園を見てたんだ。」
「なんだ、俺達が誘っても来なかったのはそういう理由だったんだ。」
「あれ?皆知らないのか?去年のクリスマス、エーちゃんは若菜と二人で飯を食ったんだぜ。」
「なんでそんなことを知ってるんだ?」
「母ちゃんが言ってた。」
そんな仲間達の会話に沢村と若菜は顔を赤くする。
奥様ネットワーク、恐るべし。
こんな感じで仲間達が驚いているが、沢村と若菜はまだ付き合ってはいない。
だが、二人の距離は確実に縮まってきているのだ。
「「「へ~。」」」
「な、なんだ!お前ら!?」
「「「べっつに~?」」」
ニヤニヤとした視線を向けてくる仲間達に思わず反応してしまった沢村だが、そんな沢村を見て満更でもなさそうだと察した仲間達は沢村に暖かい目を向ける。
見事なチームワークである。
沢村は単純な性格で野球バカな男だ。
故にこれまでの沢村は幼馴染みである若菜の異性としての好意に全く気付いてなかった。
その事にやきもきしていた若菜だったが、その状況を変えるキッカケとなった出来事があった。
それは、去年の沢村の学校見学の後に高島が再度長野に訪れた事である。
高島は沢村が色々とショックを受け葛藤しているであろう事を察して、スカウトを兼ねてケアをしに来たのだが、その時に若菜は高島と話をしたのだ。
若菜は沢村の返事が遅れて申し訳ない、もう少し待ってあげて欲しいと高島に話をした。
この若菜の行動で高島は若菜の沢村に対する思いを察した。
沢村のスカウトの事を話終えた高島は、若菜に1つのアドバイスを送った。
それは、恋は戦争である…だ。
この言葉を聞いた若菜はキョトンとしてしまうが、意味を察すると慌てて否定した。
だが、大人の女性である高島はそんな若菜にパワプロと貴子の事を語って聞かせた。
曰く、パワプロも沢村と同じ野球バカである。
曰く、パワプロも沢村と同じく美少女の幼馴染みがいる。
曰く、パワプロは貴子がそれとなくモーションを掛けても野球に夢中で効果が薄かった。
こういった事を高島が語ると、若菜は思い当たる事があるのか何度も頷いた。
この若菜の反応を見た高島は誘い球を投じる。
その誘い球はパワプロと貴子が現在は恋人として交際しているというものだった。
この誘い球に若菜は食い付いた。
思わず反応したというものではない。
迷いのないフルスイングだった。
その後、キラリと眼鏡を光らせた高島が色々と若菜にアドバイスをした結果、若菜から沢村を食事に誘ったりといった事が増えていき、現在のかなり恋人側に寄った友達以上恋人未満の関係となっているのだ。
仲間達のからかいに照れている沢村を見て若菜が微笑んでいると、沢村は誤魔化す様に仲間達の話をぶったぎる。
そんな沢村の姿が面白かったのか、仲間の一人が笑い声を上げると沢村や若菜も笑い声を上げる。
やがて笑い声が収まると、いよいよ沢村の出発の時がやって来た。
「「「エーちゃん!行ってらっしゃい!」」」
「おう!行ってくる!」
仲間達に返事をした沢村は若菜の方に振り向く。
「ちゃんと連絡しなさいよ。グチでもなんでも聞いてあげるから。」
「あぁ、行ってくるぜ、若菜!」
沢村は若菜とハイタッチをすると電車に乗り込む。
そして電車が出発して皆の姿が見えなくなると、沢村は一人で涙を流したのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。