予定されていた練習試合が終わった翌日、秋季神宮大会で稲城が優勝したという報せがあった。
これで青道が春の選抜甲子園大会に出場出来る可能性が高くなったぜ!
後は推薦される事を祈るのみだ。
少し日数が経ったとある日、この日だけは青道野球部の皆が練習を軽めに切り上げてミーティングルームに集まっていた。
皆はミーティングルームに用意されているモニターを食い入る様に見詰めている。
その理由は…。
『第○回ドラフト会議を始めます。』
そう、今日はドラフト会議が行われる日なのだ。
『福岡イエローファルコン…。』
今年日本一になったパ・リーグのチームから指名選手が発表されていく。
青道でプロ志望を出したのは東さんだけなんだけど、皆はまるで自分の事の様に真剣にモニターを見詰めている。
社会人野球で活躍して即戦力と噂されている選手の名前や、大学野球で活躍して有名と言われている選手の名前が次々と呼ばれていったが、プロ野球のペナントで上位になったチームの指名が終わっても東さんの名前は呼ばれなかった。
流石に一位指名は無いかなと皆の空気が緩み始めたその時…。
『神奈川シースターズ…東 清国、内野手、青道高校。』
今!東さんの名前が呼ばれた!
皆が一斉に立ち上がって歓声を上げる。
最前列に座ってドラフト会議を見ていた東さんは、ニヤケそうになる顔を必死に引き締めている様に見えるな。
もっと素直に喜ぼうぜ、東さん!
そんな感じで皆が東さんの指名を喜んでいると…。
『大阪ブルーブルズ…東 清国、内野手、青道高校。』
うお!?競合だ!2球団競合だ!
皆が再度歓声を上げると…。
「うおぉぉぉぉおおおお!!!」
東さんも立ち上がって雄叫びを上げて皆で一緒に喜んだのだった。
◆
あの後、競合の結果として東さんとの交渉権は神奈川シースターズが勝ち取った。
校舎に用意されていた会見場に東さんが座ると、記者さん達が一斉にフラッシュを焚く。
東さんの記者会見はこんな感じだった。
『僕にはとんでもない後輩がいます。その後輩の先輩として恥じない様、プロとして日々精進を重ねていこうと思っています。』
とんでもない後輩っていうのはクリスさんの事だろうな。
流石はクリスさんだぜ!
俺がクリスさんに流石ですねと言いながらサムズアップをすると、クリスさんはなぜか大きなため息を吐いた。
解せぬ…。
◆
「はい、青道高校野球部監督の片岡です。」
ドラフト会議の翌週、青道高校に一本の電話が届いていた。
「はい、はい、失礼します。」
片岡が受話器を置くと、それを見守っていた太田部長が唾を飲み、高島が眼鏡をかけ直す。
「それで片岡監督、どうなりましたか?」
そう声を上げたのは青道高校野球部のコーチを務める落合だ。
落合は強豪校でコーチをしていた経験があるため、こういう事には慣れているのだ。
片岡が強面のその顔を上げると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「春の甲子園…出場決定です!」
片岡の言葉にそれぞれが喜びを表現する。
「今年の冬は忙しくなりそうですな。」
落合の言葉に片岡、高島、太田が神妙な表情で頷く。
「太田部長、部員の資料の用意をお願いします。後で落合コーチと練習計画を建てますので。」
「わかりました!」
片岡に返事をした太田が大きな身体を揺らしながら笑顔で動き出す。
「高島先生は部員全員に集合をかけてください。春の出場が決まった事を発表します。」
「はい。」
高島は見惚れる様な笑みを浮かべると、足早に部屋を後にする。
太田と高島が去ったのを確認した落合が口を開く。
「片岡監督、少しいいですかな?」
「なんでしょう、落合コーチ?」
片岡の返事を聞いた落合が顎髭を扱きながら話し出す。
「これは年長者としての忠告なのですが、あまり周囲の声は気にしない事です。」
僅かに目を見開く反応を示した片岡を見ながら落合が話を続ける。
「どこにでも他人の粗を探して声高に叫ぶのが好きな輩はいるものですからな。そういった声に惑わされてやるべき事を見失わない様に。」
「…ご忠告、感謝します。」
「いやいや、私も若い頃に通った道ですからね。少しでも役に立てば幸いですな。」
そう言って笑い声を上げた落合に、片岡は深々と頭を下げたのだった。
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