鵜久森との練習試合の2回の表、鵜久森の先頭打者は4番のリーゼント君だ。
リーゼント君も鵜久森の他の打者と同じく初球から積極的にバットを振っていった。
そしてワンボール、ワンストライクからの3球目、リーゼント君は丹波さんのカーブを引っ張ってレフト前に運んできた。
ヒットを打ったリーゼント君は1塁の塁上で「ドラァ!」って叫んでる。
そして続く5番打者に対する初球、リーゼント君は迷わずにスタートを切った。
クリスさんはこれを読んでいたのか、アウトコースの高目に要求していて、2塁に矢の様な送球をしてリーゼント君の盗塁を刺した。
リーゼント君は悔しそうに頭を抱えると、クリスさんを一睨みしてからベンチに戻っていった。
2回の攻防はこのリーゼント君以外の動きは特に無く終わる。
3回の表にも丹波さんはヒットを打たれたけど、得点は許さずにしっかりと抑えた。
そして3回の裏、野手として初めて俺の打席が回ってきたのだった。
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3回の裏の先頭打者として、8番のパワプロが打席に向かっていく。
そのパワプロの姿を梅宮はロージンバッグを手にしながら見ていた。
(リトルで葉輪の投球を見て挫折してから3年、南朋のおかげでまた野球を始められた。俺と同じ様に挫折した奴等が鵜久森には集まってる。だからこそ、葉輪は絶対に抑えてぇ。)
ロージンバッグを置いた梅宮はフッと余分な滑り止めを吹き飛ばす。
(そして、青道のピッチャーを攻略して葉輪をマウンドに引き摺りだして勝負する!もう逃げねぇぞ!絶対に食らいついてやる!)
打席に入ったパワプロを睨み付ける様にして梅宮が投球モーションに入る。
パワプロに対する初球、梅宮はアウトコースのスローカーブを選択した。
緩いボールがスッと変化してアウトコースのストライクゾーンに入り込んでいく。
パシッ!
「ストライク!」
これでカウントはノーボール、ワンストライク。
(バットは振らなかったが、しっかりとタイミングは取ってやがった。葉輪の本職はピッチャーだが油断ならねぇ。)
リトル時代にパワプロはホームランを打った事があるが、そのホームランを打った時の投手は梅宮だった。
ノビのフォーシームとキレのあるカーブ、それらを自在に操るコントロールにホームランをも打つ打撃力を見せ付けられたリトル時代の梅宮は、一度ポッキリと心が折れてしまった。
そして荒れた中学時代を過ごした梅宮だったが、事故で選手として野球が出来なくなっても野球と関わる事を諦めない松原の姿を見て、失っていた野球に対する情熱を取り戻したのだ。
(俺達はもう一度野球を好きにさせてくれた南朋を甲子園に連れていく。葉輪に土を付ける役は成宮に取られちまったが、あれ以上の形で勝ちゃ文句ねぇだろ。)
ニッと好戦的な笑みを浮かべた梅宮が2球目を投げ込む。
梅宮が投げ込んだのはアウトハイのフォーシーム。
この1球にパワプロがバットを振るが、差し込まれた形でキャッチャー後方に飛ぶファールとなった。
これでカウントはノーボール、ツーストライクと追い込んだ。
3球目、梅宮は1球目と同じスローカーブをアウトコースに投げ込んだ。
ただし、今度はボールゾーンを狙ってだ。
この1球にパワプロが反応をするが、スイングは途中で止まった。
梅宮とキャッチャーが塁審に判定を要求する。
判定は…ノースイング!
「惜しい惜しい!梅ちゃん!ボールキレてるよ!」
梅宮の耳に仲間達の声援が届く。
(わかってるよ、今日の俺のボールは間違いなくキレてる。特に真っ直ぐがな。)
プレートを外した梅宮がロージンバッグを手にする。
(だからこそ、今の1球は次の為の布石なんだ。真っ直ぐを活かす為の緩急と、内外の距離感の違いを利用した最高の真っ直ぐを投げる為のな。)
余分な滑り止めを吹き飛ばした梅宮は気合いを入れる為に帽子を被り直す。
(葉輪への決め球はインハイの真っ直ぐ!試合前からそう決めてたんだ!)
プレートに足を掛けた梅宮がキャッチャーのサインに頷いて投球モーションに入る。
リリースの瞬間、最高の手応えを感じた梅宮はアウトを確信した。
だが…。
カキンッ!
金属バットの快音を残した打球は、ライトの頭上を高々と超えていった。
会心の一球をホームランにされた梅宮はパワプロがホームインするまで、打球が飛んでいった方向を見詰め続けたのだった。
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