「ほう、結城を打ち取ったか…。」
青道高校の1軍選抜の紅白戦を見学している落合が髭を扱きながらそう呟く。
(御幸のリードもあってのことだろうが、これは悪くない収穫だ。)
そう考えながら落合は横目でパワプロを見る。
「葉輪、丹波のピッチングはどうだった?」
「4球目のフォークを振らせたいところでしたね。まぁ、結果的に最後のナックルカーブで
哲さんを打ち取れたのでよかったですけどね。」
落合はパワプロの言葉が予想外だったのか、僅かに目を見開く。
「ナックルカーブを真ん中に投げたのは問題ないのか?」
「置きにいったんじゃなくて、しっかりと投げ込んでましたからね。
それで打ち取れたなら問題ないと思いますよ。」
片目を瞑った落合が更に話を続ける。
「コントロールのいいお前なら、もっと違う答えがくると思ってたがな。」
「俺は俺、丹波さんは丹波さんですよ、落合さん。だから俺とは違うピッチングが出来る
丹波さんや純さんは俺のライバルなんです。あ、もちろんノリもライバルですよ。」
パワプロの飽くなき向上心に触れた落合は手で口元を覆って微笑む。
そんなパワプロの言葉を聞いていた貴子は、微かに頬を赤く染めて微笑むのだった。
◆
「結城、最後の1球はナックルカーブか?」
防具を着けながら話すクリスに結城が頷く。
「コースは甘かったが、予想以上の球速に詰まらされた。次は打つ。」
そう答えた結城はファーストミットを持ってグランドに走っていった。
(1年前からは想像出来ない程に成長したな、丹波。)
防具を着け終えたクリスがグランドに向かいながらそう考える。
「だが、成長しているのはお前だけじゃない。」
そう呟いてキャッチャーボックスに座ったクリスは、伊佐敷のボールを
受けながら微笑むのだった。
◆
1回の裏、白チームの先頭打者である倉持は左打席に入る。
倉持に対する初球。
伊佐敷はアウトローにフォーシームを投げ込んだ。
少し甘いコースだったが、伸びのあるフォーシームが低めに決まってワンストライク。
続く2球目も伊佐敷はアウトローにボールを投げ込んだ。
だが、2球目は初球と違い僅かに外へと変化していく。
カッ!
倉持はスイングをするがバットの先に当てるのが精一杯で、打球は3塁線を切れてファール。
2球で追い込んでからの3球目。
伊佐敷は一転してインコースにボールを投げ込んだ。
ボールが身体に当たると判断した倉持は身を捩って死球に備える。
だが、ボールはそこから鋭くストライクゾーンへと変化をしていった。
バシッ!
「ストライクスリー!バッターアウト!」
伊佐敷の新変化球であるシュートが見事なフロントドアでインコース一杯に決まった。
3球であっさりとアウトにされた倉持は悔しそうに天を仰いで打席を後にする。
白チームの2人目の打者である小湊が左打席に入る。
小湊に対する初球。
伊佐敷はフロントドアのシュートを投げ込んだ。
小湊は僅かに身体を引いたが、ボールはストライクゾーンに入る。
この1球に小湊は冷や汗をかいた。
「やっかいなボールだね。まぁ、味方なら頼もしいけど。」
そう呟く小湊をクリスが横目でチラリと見る。
2球目。
クリスはアウトローにツーシームを要求した。
だが、真ん中付近に甘く入ってしまったツーシームを小湊に上手く
左中間に弾き返されてしまう。
これでワンアウト、ランナー2塁。
伊佐敷は1回の裏からピンチの場面を背負ってしまった。
続く3番バッターは送りバントで2塁の小湊を3塁に送った。
これでツーアウト、ランナー3塁。
迎えるのは白チームの4番バッターである御幸だ。
クリスはタイムを取ってマウンドに向かう。
「クリス、すまねぇ。小湊に甘いコースに投げちまった。」
「気にするな、後続を抑えればいい。」
伊佐敷とクリスは素振りをする御幸に目を向ける。
「伊佐敷、御幸は歩かせるぞ。」
「シュートが完成してりゃ勝負出来たんだがなぁ…。」
苦笑いをしながらそう言う伊佐敷に、クリスはミットで軽く胸を叩いてから
キャッチャーボックスに戻った。
そして、クリスはキャッチャーボックスに座らずに伊佐敷にボールを要求した。
「クリスさん、まだ初回ですよ?勝負しましょうよ。」
「御幸、お前なら同じ場面で4番を迎えた時、勝負するか?」
「次のバッター次第ですが、歩かせますね。」
「そういう事だ。」
その後、御幸を歩かせた伊佐敷とクリスのバッテリーは、続く白チームの5番バッターの
前園をサードゴロに打ち取ってピンチを凌いだのだった。
次の投稿は11:00の予定です。