「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第28話

 

  エピローグ

 

 

 

 西暦3634年、キルヒアイスは50歳を過ぎて自宅に招いたヤン夫妻との茶話会を終え、見送っていた。

「また、来てください」

「はい、そうさせていただきます」

 ささやかな茶話会ではあったけれど、両者ともに退役したものの要人ではあるので、そばにいたキスリングが目線で部下に命令してヤン夫妻を宇宙港まで送るよう伝えた。ヤンたちの姿が見えなくなると、オーベルシュタイン退役元帥が地上車で訪ねてきた。

「お久しぶりです。オーベルシュタインさん」

「はい。急な相談ごとにのっていただき、ありがとうございます」

「どうぞ、中へ」

 二人で応接間に入ると、ヒルダとアンネローゼも茶器を用意し直して現れた。ヒルダを見てオーベルシュタインは鞄から新しい義眼を出した。

「まだ試作段階ですが、6万色の義眼アダプターへも接続可能な25万色の新義眼です。お試しください」

「ありがとうございます」

 礼を言ったヒルダは新義眼を試してみた。

「まあ……すばらしいですわ。まったく自然に見えるくらい……」

「片眼義眼の奥様に、そう言っていただけると開発者も喜ぶでしょう。それに、お二人とも、これほどキレイな人だったのですね」

 自身も新義眼を装着しているオーベルシュタインに今さら誉められると、今まで、どう見えていたのか、少し気になったけれど、それは問わないことにする。二人とも年相応に老けてはいるけれど、いまだ美しさと気品は保っていた。そして新義眼についてが本題ではないので、少し談笑してからオーベルシュタインは相談に入った。

「実は私ごとですが、結婚しようかと思っているのです」

「それは……おめでとうございます!」

「「…おめでとうございます!」」

 三人とも意外だったし、年齢の問題もあるとわかっていたけれど、まずは祝辞を述べた。

「ですが、二つばかり問題があります。一つが解決しそうなので思い切って婚約したのですが……」

 迷っている男へ、ヒルダが問う。

「まずは解決しそうな問題とは何でしょう?」

「私の遺伝子の問題です」

「「「………」」」

 たしかに、それは大問題だった。オーベルシュタインが、どのような遺伝性の疾患で生まれつき両目が見えないのか、三人とも詳しくは知らないけれど、結婚に際して問題になることはわかるし、むしろ、この年齢まで結婚が遅れたことも当然だと同情した。もともと人を人とも思わぬ彼の若い頃の言動も、人が人に見えなかったのかもしれないし、恋や結婚という道も完全に諦めていたからかもしれない、とさえ想える。

「ですが、この問題は劣悪遺伝子排除方法が発明されたことで解決しそうなのです。これをご覧ください」

 オーベルシュタインは新技術を説明するパンフレットを見せた。そこには微小粒子に指向性を与えるナノマシン技術と、超微小ワープ技術の組み合わせによるDNA再編纂技術の説明があり、故人であるシャフト博士と、いまだ天才医師の名を轟かせているルパートの写真があった。

 

 このブリーフを装着すれば、睾丸内の劣悪遺伝子を確実に排除!

 生まれつきの障害のある人も、婚期の遅れた人も安心!

 シャフト粒子に使われている軍用技術を医療へ転用し、DNAを変換します。

 今まで体外受精しか方法がないと諦めていた人に朗報!

 ワープ技術の天才シャフト博士が残した理論をもとに、超微小ワープを行うことで体外から睾丸内の精子DNAをピンポイントに編纂!

 さらにルパート医師がデザインした理想的なDNAへとコーディネイトされます。

 

 ヒルダが不安になって問う。

「この技術は信用できるのですか?」

「すでに類人猿で成功しており、ほぼ実用段階です」

 オーベルシュタインの説明に、キルヒアイスも頷いた。

「今日の平和があるのもシャフト氏の貢献が大きいですから大丈夫でしょう」

 ゼッフル粒子に指向性を与えたことといい、巨大要塞のワープを成功させたことといい、シャフトへの評価はキルヒアイスの中でも高かったし、戦後社会でも賞賛されていた。

「では、今ひとつの問題とは何でしょうか?」

 ヒルダが促すと、オーベルシュタインは迷いつつも語る。

「相手と、かなり年齢差があること。それに、知人の娘であることです」

「その知人とは?」

「ケスラー氏です」

「「「………」」」

 ケスラーが、かなり歳の離れた若い娘と結婚したことは三人とも知っていた。その二人の娘となると、さらに若い。キルヒアイスが問う。

「おいくつの娘さんなのですか?」

「17歳です」

「……」

「ケスラー氏は反対されるでしょうな……」

 オーベルシュタインが諦め気味に言うと、アンネローゼが告げる。

「結局のところ、お二人の気持ち次第です。年齢差など、気持ちのあるなしに比べれば、ささいな問題に過ぎませんよ」

「「「…………」」」

 わずか15歳で皇妃となり、その相手が老齢のフリードリヒであったアンネローゼが言うと説得力が大きかった。オーベルシュタインが立ち上がり、一礼した。

「ありがとうございます。相談して、よかった」

 決断した男を見送り、午後からは三人でオーディンの商店街へ出た。すでに皇帝の座から退位して15年近くが過ぎている。退位後の10年は、さすがに政治的な要人として扱われ、厳重な警護も受け、また政治的な判断について意見を求められることも多かったし、控えてはいたものの、判断を下す方が良いと思われることには忌憚なく意見を伝えていた。それでも10年を過ぎると、もともとは庶民に過ぎなかったキルヒアイスを皇帝扱いすることは減り、政治的な判断もいまや議会がくだしていた。おかげで商店街へ出ても、キスリングたちが遠巻きに警護しているだけにすぎない。キルヒアイスはコーヒーを買ったついでに、キスリングの分も持って声をかけた。

「いつも、ありがとうございます」

「いえ、任務ですから。恐縮です」

 辞退するのも失礼になるし、今まで何度も差入れを受けているのでキスリングはありがたくコーヒーに口をつけた。すでにキスリングも要人警護につくには年齢的に盛りを過ぎている。それでも着任しているのは、それだけ安全であるという事情もあった。

「そういえば、いよいよ、キスリングさんの所属も独立行政法人近衛師団から、民間警備会社に衣替えされたのですよね」

「ええ、まあ…」

 あまり反応が良くないので重ねて問う。

「なにかありましたか?」

「理事長が、あのシャフト氏の子息でして。やや強引なところがありますね。社名も少々問題を感じます」

「どのような社名に?」

「警備会社としては平凡なのですが、ご自身の名を冠されて、シャフト・セキュリティ・サービス、通称SSSと」

「……少々、強引ですね」

 キルヒアイスは二人の妻が仲良く商店街を歩いているので、キスリングと歩くことにした。街頭の三次元モニターが自由化された民間放送を流している。

「栄えある第一回シャフト平和賞を受賞されたヨブ・トリューニヒト氏です!」

 三次元モニターに高齢の男が、よぼよぼと杖をついて現れたので、キスリングは思い出した。

「この受賞、陛下は辞退されたのですよね?」

「もう陛下はやめてください」

「すみません。つい。キルヒアイスさんは辞退されたとか?」

「あの財団はシャフト氏の遺産をもとにラング氏が理事長をされていますから、かなり旧帝国よりの財団です。いっそ、第一回は同盟側である方が良いでしょうし。皇帝であった私に賞を与えるというのも鼎の軽重を問うようなものです。何より、これ以上の肩書きはほしくない。そういうことです」

「変わりませんね、あなたは」

 キスリングが再びモニターを見上げた。

「ヨブ・トリューニヒト氏へ、ルビンスカヤちゃんとドミニクちゃんから花束の贈呈です」

「「………」」

 二人とも思い出したくないことを思い出した。

「あのアイドルユニット、一見して17歳に見えますが、我々より年上のはずですよね」

「ええ。……それに片方は、もとは男性です」

「………」

「フェザーン占領時の条件が、ご子息の病院経営について広く自由を認めること、という内容でしたが、最近ではDNAへの編纂技術を駆使して、脳細胞以外は若返らせることに成功したそうです」

「………見た目は可愛らしいですが、こういった受賞の場に贈呈役とは………差別する気はないのですが、本当に17歳の少女が抜擢されるものではないのでしょうか」

「そうですね。あまり、いいウワサは聞かない。金銭での裏取引がある、と」

「そのあたりはフェザーンらしいやり方が変わらないのですね……見た目が少女でも………。たしか、ご子息のルパート医師は、もともとは第一志望であった政治経済系の大学に落ちて、第二志望だった医学部で才能を発揮したとか」

「人間、わずかなことで大きく人生が変わりますね。さきほど、ヤンさんとも話していたのですが、西暦1900年頃に現れた独裁者も第一志望であった美大が不合格であったことから政治方面で活躍するようになったと」

「独裁者ですか………とはいえ、技術の進歩で誰でも17歳の少女になれるようでは、かのルドルフ大帝が、退廃した銀河連邦の文化を憂いて、強制的に文化の方向性を決めたのも、わからなくもないですね」

「……たしかに……」

「それに、すっかり艦隊戦は旧時代のものになってしまいましたね」

「そうですね。シャフト氏が移動要塞の開発に成功してから、もはや戦艦は戦力たりえなくなり、ごく少数の海賊狩りに駆逐艦が製造される程度で、軍の主力は移動要塞が基本になったようですね。これもヤンさんが言っておられたのですが、弓から銃へ、歩兵から戦車へ、火薬から核兵器へと、兵器にイノベーションが起こったように旧来の艦隊戦が意味を成さなくなるのは歴史の常だと。そして、そういったイノベーションが起こる前夜には、旧来の軍人は自らが不要になる本能的な恐れから、新しい兵器を過小評価しがちだと。たしかに、八百万の黄昏までは諸提督も、巨大な移動要塞を無用の長物、巨艦巨砲主義の産物などと言い、私も半信半疑でしたが運用してみると、内部に工場もある移動要塞は補給線の心配も激減し、同盟政府への威圧効果も抜群で、さらには、これからの銀河未開発域への進出に最適なようですから。時代は変わったのでしょう」

「未開発域への探索に向けて新たに建造されるものをシャフト級というそうですが、その防御力の高さから、今まで危険宙域とされていた銀河腕へも向かえるそうで…あ、そろそろ、奥様方のところへ戻られた方がよさそうですよ」

 キスリングが夕食の材料を決めるのに、ヒルダとアンネローゼが夫の意見を欲している目をしていたので促した。キルヒアイスは妻たちに駆け寄ると、パンよりもライスが食べたいと言ってメニューを決め、そのまま三人で街を歩いた。

「………」

 不意にショーウィンドウへ飾られた赤いドレスが目に留まった。真紅のドレスはルビーを溶かしたような赤色で、赤毛と同じような色合いだった。どことなくデザインの感じがバルバロッサに似てもいる。

「……………」

「ジーク、それを着てみたいのね」

「っ…いえ、まさか!」

「フフ」

 アンネローゼが微笑んでヒルダへ視線を送ると、ヒルダも微笑んだ。

「これだけ長く連れ添った夫が、どんな寝言をつぶやいているか、知らないとでも思うのかしら」

「ええ、寝ているときのジーク、とっても可愛いですよ」

「………」

「「まるで女の子みたいに」」

「………」

 初めて妻の笑顔を怖いと、感じてしまった。

 

 

 

 西暦2040年の元旦を三葉は東京のアパートで一人で迎えていた。テレビが正月らしい面白くない番組を流している。

「2040年開けましておめでとうございます!」

「……何もめでたくないし……」

 世界は核の炎に包まれることもなく、ごく普通の正月を迎えていた。こたつに入ったまま三葉は冷蔵庫へ手を伸ばすと、お茶を出して飲み、ミカンを剥いた。東京の家賃は信じられないほど高いので、ごく狭いアパートに住んで節約していた。おかげで、だいたいの物が立たずに取れる。

「………疲れたぁ……」

 ほんの一時間前までコンビニでアルバイトしていた。正月休み時期なので時給が少しだけ高いけれど、気分的にとても疲れた。

「…………」

 今年で44歳になる。

「…………」

 あの隕石落下の日から、俊樹の家に引き籠もった。

「…………」

 何度か、早耶香が学校へ誘いに来てくれたけれど、やっぱり学校へは行きたくなかった。そうしているうちに通信制の高校を紹介されて、そこで高卒資格を取った。

「…………」

 克彦とは自然消滅した。やはり父親がいる家には来にくいらしく、そして三葉が外に出ないので会うことがなくなり、メッセージのやり取りも自然と無くなった。二人が自然消滅したので早耶香と克彦が自然成立しているし、2020年頃に結婚したらしい。

「…………」

 ごく普通の女子高生にはなれなかったけれど、ごく普通の女子大生になろうと、一浪して得意だったドイツ語学科のある大学に入った。一年次は成績優秀だった。けれど、卒業する頃には成績は普通になったし、何度か彼氏をつくったけれど、運命の出会いという感じもしなかったし、今ひとつ続かなかった。

「…………」

 ごく普通のOLになろう、と普通そうな会社に就職した。けれど、仕事は普通に大変だった。地獄のような満員電車で何度も痴漢に遭ったし、人身事故の停車で苦しんだこともある。そして何より生活費が苦しかった。家賃、光熱費、スマフォ代、飲み代、ぜんぜん足りなかった。

「…………生活費…高すぎ…」

 それなら普通の結婚をしよう、と仕事場や周囲で婿探しをしたけれど、なかなか結婚しようと思えるほどの男はいなかった。三葉のイメージする普通の結婚相手は、なかなか見つからなかった。普通の年収で普通に暮らせて、できれば子供部屋もあるくらいの一戸建てを買えて、大きくなくてもいいからクルマも買えて、残業が少なくて土日と祝日が休みで、ルックスは自分と釣り合うくらいで、性格は優しくて気のつく好きになれそうな人柄で、なるべくならタバコを吸わない、何より巫女業みたいな煩わしい家業があったりしない人を探したけれど、めったに見つからなかった。千人に一人くらいしかいなくて、しかも、そういう男は既に結婚していたり、もう婚約していたりして都会の女子間における競争率を実感する頃には30歳を過ぎていて、第一線で通用しないことを痛感していた。それでも、とりあえず付き合ってみたけれど、仕事場で5人目の彼氏と別れた後から陰口でビッチと噂されるようになって勤続9年目で辞めた。

「………はぁ……」

 次の会社は派遣社員という身分だったけれど、仕事場で彼氏をつくるのは控えた。そして控えなくても20代の頃より、誘われることが明らかに減った。誘われることは減ったのに上司からセクハラされて3年で辞めて弁護士に依頼して訴えた。裁判で勝訴になったけれど、もらえたのは75万円だった。もともと派遣社員だったし後悔はない。もしも、正社員だった最初の仕事を続けていても、その職場も結婚した人は寿退職が基本だったし、子育てしながら在籍している人は大変そうだったし、東京の保活は経験したくない。ごく普通の主婦に成りたかった。

「………普通って難しいなぁ………何か、いいことないかなぁ……」

 その後は、コロコロと仕事を変えて、何をしてきたか、もう思い出せないほどだった。だいたいはバイトだったし、生活費が足りなくて俊樹に仕送りしてもらった。その仕送りも異母兄弟が大学に入ると、じわじわと減らされて空腹に耐えかねてスーパーで菓子パンを万引きしようかと迷っていたら、スマフォが鳴って四葉から3万円の振込があった。その翌日に大量の藁が送りつけられてきて、しめ縄を90本も作らされた。それ以後、お金に困ると内職と振込があるけれど、あまりやりたくないという三葉の気持ちを察しているのか、本当に困ったときにしか送られてこない。

「……お腹空いたなぁ……」

 元旦なのに食べる物がない。最後のミカンを食べ終わってしまった。

「…はぁ……お弁当くらい、くれてもいいのに……」

 せちがらい東京のバイト先は商品の弁当をわけてくれることはない。村社会なら、食べるのに困っていたら、大根でもお米でも、みんな分け合って食べた。けれど、東京では売れ残っても廃棄される。

「……いいバイト無いかなぁ……」

 どんなにお金に困っても水商売だけはイヤだった。ごく普通の人生を送りたい。なのに、ごく普通に行き詰まってきている。とくに40歳を超えてから、仕事が決まりにくい。あってもバイトで、しかもハンパな時間だった。早朝のみのコンビニや11時から13時のみのラーメン店くらいだった。

「う~っ……おしっこしたい」

 三葉は手近にあったペットボトルを使った。水道代の節約と、こたつから出たくないという気持ちの両立だった。ついつい、捨てるのが面倒になって、そんなペットボトルが窓辺に並んでいる。ぴったりと並べると窓からの冷気を遮断してくれたりするので、春まで置いておくつもりだった。

「27年前に隕石が落下した糸守町に来ております」

「………」

 テレビが何か言っている。

「こちらの宮水神社は隕石の直撃を受け、鳥居から社まで、すべて壊滅的打撃を受けたのですが、町民の皆さんが一致団結して再建され、いまでは立派な姿を取り戻しています。お巫女さんをされている宮水五葉さんと六葉ちゃんにインタビューしてみます。こんにちは、あけましておめでとうございます」

「…あけましておめでとうございます…」

「あけまして、おめでとうございます♪」

 長女が思春期らしく恥ずかしそうに答え、次女は快活に挨拶している。姪たちと妹の背後に、ちらりと早耶香と克彦が初詣に大学生の息子を連れて来ているのが見えたので、もうテレビは消した。

「…………お腹空いた……。生きてるから、お腹が空くんだよ……死んだら……」

 正月から暗いことを考えていると、チャイムが鳴った。宅配便だったし、四葉からのクール便だった。

「うぅっ……ありがとう、四葉」

 おせち料理と白米15キロだった。妹に感謝しながら食べるけれど、いっしょに入っていた手紙を読むのは後回しにした。きっと内職か、なにか作業を要求される気がするので食べ終わってから読むことにする。

「ああ、美味しい……」

 おせち料理は手作りだったし懐かしい味だった。やっぱり東京の味は馴染めない。とくに水が不味い。水道水はとても飲めない。改善されたと周囲は言うけれど、糸守町の水とは比べものにならないし、お金に困っているのにペットボトルの水しか飲む気になれなかった。

「……神社かぁ………お正月だと、すごいお賽銭が……万札とかもあって……」

 高齢の参拝客の中には小銭を捧げるのを嫌ったりして必ず紙幣を入れてくれる人もいるし、そういう人は平日の参拝でも、そうだったりする。とくに正月は集計すると、すごい額になった。

「けど……巫女って結局は水商売みたいなもんじゃん。みんなの前で踊ってさ。神話の最初の巫女だって踊りながら脱いだし…うぐっ?!」

 口に入れた里芋の煮付けが、甘いはずなのに激辛だった。里芋の内部にハバネロが入っていて、ぽろぽろ涙が溢れるほど辛い。それでも貴重な食料なので吐き出さずに飲み込んだ。

「ハァ…ハァ…ひぃぃいぃ…辛い……」

 涙が止まってから、三葉は岐阜県の方向へ向かって正座して頭を下げる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、もう言いません、ごめんなさい」

 ちゃんと謝っておかないと、おせち料理の重箱がシュレディンガーの猫が入れられた箱のように不確定要素でいっぱいになりそうで、心から妹に謝った。それからは余計なことは言わずに感謝しながら食べたので地雷は無かった。

「ごちそうさまでした」

 残りは冷蔵庫に入れて、手紙を読むことにする。

「……婚活パーティーか……」

 手紙には婚活パーティーの案内が同封されていた。三葉が35歳を過ぎた頃から、たまに入っていることがあるけれど、今回は会費まで添えてくれていた。

「女性は年齢制限なし、か……でも、男も年収制限なしなんだ………今から考えるとテッシーって、けっこう………」

 本人の就職先がどうなろうと町一番の建設会社の嫡男というのは女子高生だった頃は何とも思わなかったけれど、かなり惜しいことをした気がする。そういえば、いい男と結婚しているのは早耶香のようなタイプが多いかもしれない。押しと引き、攻勢と守勢のバランスが取れていて、なおかつ劣勢な状況でも粘り強い、恋は戦争とは、よく言ったものだと今になって思う。

「……婚活パーティー、どうしようかな……」

 迷ったけれど、いっしょに会費まで入っていたので行くことにした。むしろ、行かないと別の作業を課されそうなので素直に従う。成人の日が終わった翌週に都内の三流ホテルに出かけた。

「連絡先を5人以上と交換かぁ……」

 婚活パーティーのシステムは必ず5人以上の異性と、名刺大の用紙にメアドなどを書いて交換することだった。携帯番号は書いても書かなくてもいいので、捨てアカウントでも連絡先交換は可能で、気軽さと交流のバランスが保たれている。

「……私より歳上もいるし……」

 まだ44歳、ギリギリ賞味期限なはず、とパーティー会場を彷徨う。

「パッとしない人ばっかり……あ!」

 それでもルックス的に好みの男性を見つけた。

「こんにちは」

 声をかけて相手の名札を見る。

「ど、どうも。こんにちは」

 立花瀧は女性から声をかけられて一瞬戸惑ったけれど、婚活パーティーなので挨拶を返して三葉の胸を見る。三葉の胸にある名札には年齢も書いてあるし、瀧の名札には年収と勤務内容も書いてあるシステムだった。

「「………」」

 二人の視線が名札と顔を行き来する。

「………」

 建築系正社員か、でも41歳で勤続3年ってことは転職したか正社員なりして、まだ3年なのかな、年収215万は低すぎだよ、せめて下限250万でお願いします、と三葉は顔に出さないようにするけれど、やっぱり顔に出る。

「………」

 可愛い顔してるけど44歳って、しかも44歳でポニーテールして参加かよ、若い頃は可愛かったんだろうな、せめて39歳が上限だよな、と瀧は顔に出さないようにするけれど、やっぱり顔に出る。

「「…………」」

 二人とも連絡先を交換するか迷っているけれど、三葉が決断した。

「よかったら、お願いします」

「あ、どうも。よろしくっす」

 とりあえずキープで、と二人とも1枚目を交換した。それから三葉は5枚がノルマなので気乗りしない3人の男とも交換して、最後の1枚を迷っていると、外国人男性に声をかけられた。

「オ嬢サン、ボクト交換シテアゲマスカ?」

「え…」

 変な日本語だったけれど、意味はわかる。

「ヨロシクデス」

「………」

 三葉は相手のスペックを見る。

「………」

 ドイツ系自動車会社、勤続1年で520万か、外資は報酬よくても来年どうなるか、正社員でも一瞬で首斬りだし、あ、課長なんだ、勤続1年で課長ってのも、外資らしいなぁ、と思いつつ氏名も見た。

「……ノルデン」

 その顔に、どことなく見覚えがある。

「ハイ。私、ノルデン」

 そう答えつつ三葉の名札を見てくるけれど、まだ日本語が十分に読めないようで訊いてくる。

「君ノ名ハ?」

「宮水三葉ですっ」

 答えると同時に最後の1枚を差し出した。どことなく熟女好きそうな視線といい、懐かしい顔つきといい、三葉は運命を感じた。そうして婚活パーティーが終わり、三葉は2枚の連絡先を見つめる。

「………う~ん……どっちに、しようかな」

 瀧とノルデン以外は捨てた。

「両方ってのダメかな……三人、いっしょとか」

 どちらとも進めたいと思っていると、遠い岐阜県から妹が、ちゃんと選べ、また捨てられるよ、と言っている気がして今日中に決めることにした。

 

 

 




とても長い二次作品になりましたが、お付き合いいただきありがとうございます。
書いていて、楽しかった。
この三ヶ月、三葉とキルヒアイスのことを考えてばかりでしたが、楽しい日々でした。
これにて、終了となります。
最初は三葉が、どんどん成長していって、すべて解決していく予定で、二葉が補完するくらいのつもりだったのですが、四葉の成長がすごくて、三葉が伸びなやみ、こんな流れになりました。
キルヒアイスも途中でアンネローゼ化して以降は、ほとんど男としての意識を失っている感じで、生真面目に女子高生を頑張りすぎになりました。
両方の作品の設定を拾い上げて、思い切り膨らませて楽しかったです。
それにしても銀英は、よく完成された作品だということが今回しみじみ感じました。
また、君の名は。のちりばめられた謎も、考えていて楽しかった。
膨らませて楽しかったのは、とくにシャフト氏、それにカストロプ次長とノルデン3代ですね。
原作で報われないキャラを膨らませるのが好きだったりします。
逆に主人公キャラがかわいそうだったりもするのですが。
9月から、ずっと君の名は。系の二次作品を書いていますが、次は未定です。
もう書かないかもしれないし。
書くとしたら、ひぐらしのなく頃に、とのクロスオーバーなんか楽しいかもしれませんね。
地域が近いのでダム戦争で、どちらかの町か村が水没するのを、どちらにするか争う、みたいな。昭和なので二葉が主人公でもいいかもしれませんが、リカちゃんと巫女同士、そして時間操作系の巫女同士、とんでもなく、ややこしい戦いをしてくれるかもしれません。
ややこしすぎて書く気になれないくらい。
次は艦これの二次作品なんかも、いいかなと思っています。
また、機会があれば、お付き合いください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 

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