キルヒアイスは生真面目に糸守高校の夏休みの宿題を進めていた。自由研究に取り組んでいるのを横から早耶香が覗いてくる。
「何の研究にしたん? うわっ……選挙制度の維持と改変についての議会との分離による公正さの維持と、国家の意思決定機関に対する一考察って……やっぱり、町長の娘さんなんやねぇ」
この提出課題が完成すれば糸守町教育委員会は表彰せざるをえないに違いない、と思いつつ早耶香は少し対抗意識が芽生えて、糸守産イワナによる押し寿司の開発と売り込み方についての一考察を書き始めた。ちらりと克彦の手元を見ると、建設物の設計段階における爆破解体を予定した構造による低コスト化、というタイトルを書いている。
「テッシー、爆破、好きやね。三葉ちゃんも」
「爆破は男のロマンだ」
「爆破………」
いつも不思議と爆破について克彦と楽しく語り合ったりするのに、三葉の顔が何かを思い出したように曇り、目に涙を浮かべた。
「三葉ちゃん……」
「三葉?」
「……何でもありません…」
滲んでいた涙を三葉の指先が上品にぬぐい、その仕草や表情の愛らしさに克彦は欲情を刺激されたし、心配でもある。ついつい提出課題への手が止まり、三葉の身体に触れたくなる。
「三葉、どうかしたのか」
「テッシー……」
触れられて拒否する気はない。三葉からも手紙で、ものすごくイヤでない限り克彦と抱き合うことを拒否したり、関係が悪化するようなことはしないでほしい、と伝えられているので、今は気分ではなかったけれど、キスを繰り返して優しく抱きしめてもらうと、むしろ気持ちが慰められて嬉しかった。
「コンビニでも行ってくるわ」
早耶香が立ち上がった。そろそろダース単位で買った避妊具が無くなりそうだし、飲み物も買っておきたい。何より、二人が二人の世界に入って抱き合い始めたので、やや混じりにくい。今日の午前中は譲ることにして、玄関で靴を履いていると、巫女服を着た四葉に出会った。
「あ、四葉ちゃん、巫女姿で何かしてたの?」
「夏祭りの追い祭りと、台風への治水治山祈願だよ」
「いろいろ次々にあるんやね。えらいね、四葉ちゃん」
「身分にふさわしい振る舞いをしてるだけ」
そう言った四葉が早耶香の顔を見つめてくる。まるで見通すような見られ方で、早耶香は後ろめたいことがないわけではないので、少し背筋と腋が汗で濡れた。
「ど、どうかした? 私の顔に、何か着いてる?」
「三人いっしょに仲良く。そんなことが、いつまでも続くと思う?」
「っ…」
いきなり核心を10歳の子に突かれて早耶香は心臓が跳ね上がった。子供だし気づいてないかな、と甘く見ていたのに四葉の目には軽蔑と迷惑そうな色合いが現れている。
「たとえ100万回やっても1度として、仲良くは終わらない」
「……な、何を言ってるのかな、四葉ちゃん?」
「ひどい場合、お前はお姉ちゃんに殺されるし、お前もお姉ちゃんを殺す」
「っ……変なこと……言わないで…。殺されたのに、殺せるわけが、ないよ……四葉ちゃん、変なテレビでも見たの?」
早耶香は怖くなって足がすくんだ。四葉が巫女服姿なので言葉に変な重みを感じるし、まるで四葉は見ているように語ってくる。
「ささいなことからケンカが始まる場合もある。そこのティッシュを取って、と言ったのに、自分で取れば、と始まったケンカで15分後には、お前はお姉ちゃんに階段から突き落とされる」
四葉が床を指した。
「ちょうど、そこに頭から落ちて二カ所、骨折して動けなくなる。そこへ、お姉ちゃんは花瓶を投げ落として、お前の頭は血と肉の塊になる」
「っ……自分のお姉さんの味方をしたいのは、わかるけど、もっと言い方があるよ……」
「お前がお姉ちゃんを殺す場合、家から包丁を持ち出してくる。わざと避妊しなかったことに怒り狂い、お前はお姉ちゃんのお腹を刺す。3回、ここと、ここ、そして、ここ」
四葉の指が早耶香の腹部に触れてくると、恐ろしくて身震いした。
「お姉ちゃんは呻いて、泣いて、苦しんで。救急車が到着する前に死ぬ」
「ひっ……気持ち悪いこと言わないで!」
「惨劇はさけて。注意深く行動を選んで。でないと地獄は、すぐそこ。三人いっしょ? そんな友愛と快楽の泉は、たとえ泉に見えても、獅子の泉とはならない、澄んでいるように見えた水の、すぐ下は泥沼。底なしの地獄沼、血と臓物で溺れることになる」
「……っ…」
怖くて立っていた早耶香は腰が抜けてペタンと玄関に座り込んだ。その頬を四葉が優しく撫でる。
「けれど、幸せになれる道もある。そんな糸を手繰り寄せ、掴みなさい」
そこまで言うと四葉は別の予感を覚えて、巫女服のまま神社へ戻った。そして空を見上げて柏手を打った。
「お姉ちゃんが二度も間違った世界、私が手繰り直さないと! さあ、いくよ!」
二度目の柏手を打ち、目を閉じた。
オーベルシュタインはガイエスブルクの高級士官向けタンクベッドで、徹夜の占領事務に取り組んでいた頭脳を休めていたけれど、セットした時刻になったのでタンクベッドごと起き上がった。
「………」
あれ、飛べたはずなのに、と四葉は不安になった。時間を跳躍し、誰かの身体に入ったという感覚はあるけれど、まるで何も見えない。身体の感覚はある。手を握ると動いている気がするし、ベッドのような物に寝ていた状態からベッドごと起きていて、そこから出てみると床に足が着いた。
「……いったい……どうなって……」
まわりは真っ暗なのか、何一つ見えない。手探りで歩く。身体は中年男性のようで細身でルドルフに比べると筋肉も少ないけれど、瀧よりは鍛えている様子だった。
「……どうしよう……何も見えない……なにか、失敗した? ……焦りすぎたの…」
かなり不安になりつつも、もしかしたら、単に電灯がついていないだけかもしれないと、手探りで歩き回っているうちに、若い男性が走ってくる音と呼吸音がする。
「ハァハァ! も、申し訳ありません! 遅れました!」
「………」
状況がわからず黙っていると、若い男性が何かを近づけてくる。
「どうぞ、義眼をお持ちしました。ハァハァ…」
「義眼……」
実姉から聞いたことがある言葉だった。そして、手を伸ばすと身体が毎日繰り返している動作を覚えていてくれて、ピンポン球ほどの球体を眼窩に嵌めた。
「……」
「ちゃんとシステムチェックは終了しています。どうですか? また調子が悪かったりしますか?」
「………」
視界が256色くらいで見えるようになった。けれど、画質は公民館に置いてある古いブラウン管テレビくらいだった。細かいところに目を凝らすようにしてみると、青と緑と赤の素子のようなものが見える。
「…まあ……見えるかな…」
それでも日常生活くらいなら問題なく送れそうな視力を確保できた。
「さて…。今は何年だったかな?」
「はい、帝国暦488年9月9日です」
従卒が日付まで教えてくれた。
「帝国暦…488年。それは、西暦でいうと?」
「え………西暦……そんな古い暦で言われましても……し、調べてまいります!」
駆け足で調べに行こうとする従卒を止める。
「待って。ここに資料室か、図書館のようなものはある?」
「はい、あるとは思います」
「そこに案内して」
「かしこまりました」
従卒も占領したばかりで、よく知らないガイエスブルクの内部を調べながら移動して図書室に辿り着いた。
「何か調べ物ですか?」
「当然。ルドルフ以後の歴史がわかる音声つき画像を探して。基礎的なのでいい」
「はっ」
命令通りに、すぐに歴史についての映像資料を集めてくれたので、それを複数のモニターで同時に再生しながら見入る。
「…二代目ジキスムントは25歳で…」
「…オトフリートが立った…」
「…劣悪遺伝子…」
「…ハイネセンはドライアイスを…」
「…地球出身のレオポルド・ラープが…」
「…………………」
朝食も摂らずに複数の映像を見ている上司に従卒は何か言って怒られるとイヤなので、ずっと黙っている。数時間が過ぎ、アントン・フェルナーが入室して声をかけてきた。
「オーベルシュタイン中将、ここにおられたのですか。探しましたよ」
「………」
四葉は呼ばれたことはわかっていても、映像に集中しているので返答を省略した。それでも、フェルナーは愛想の一欠片も持ち合わせていない上司に慣れてきているので用件を話す。
「そろそろ勝利式典です。ご準備ください」
「………」
四葉は時間が惜しかった。なんとなく実姉のように24時間も入れ替わっていることは、まだできない気がする。今は勝利式典とやらより数百年の歴史を一気に消化吸収したかった。
「オーベルシュタイン中将?」
「……」
四葉は言い訳を閃いた。
「どうにも義眼の調子が良くないようだ。式典は欠席する」
「欠席……ですか…」
実務を重んじ形式的なことは省略しがちなのはわかるけれど、それはラインハルトも同じであったものの、さすがに勝利式典は出席した方が良いと感じられる。それでも、身体を補助する義装具の調子が悪いと言われれば、無理にとも言えない。フェルナーは一点だけ問うことにした。
「キルヒアイス上級大将の式典会場への武器持ち込みの件ですが、結論は出ておりますでしょうか」
「………。いや……」
それは、まったくわからない、四葉は少し考え、フェルナーに任せることにした。
「貴官に一任する」
「はっ」
これはまた難題を、とフェルナーは無表情ながら困った。それでも彼らしく鋭敏に考え、例外をつくらないことと、これまでの前例を続けることを天秤にかけ、結論を出して上司に確認してみる。
「これまで通りでよろしいかと存じます」
「では、そのように」
「はっ。………」
敬礼したけれど、義眼の調子が悪いと言った上司が熱心に12個ものモニターを視聴しているので不思議で仕方ない。それとも、これこそが義眼の調子を治す療法なのだろうか、と思っていると、四葉はフェルナーを一瞥した。
「……」
「っ…」
その邪魔そうな目使いが、そっくり上司に似ていたのでフェルナーは直ちに退出した。
オーベルシュタインは宮水神社の境内に立っていた。
「………これは………夢か、幻か……」
蝉の声、風の音、それらは既知のものだった。
「……これが空……」
空が青い。
「…………これは杉か、こちらは楓……」
樹木が碧い。
「……手……肌の色……」
手を見ると、明らかに自分の手より小さかったけれど、そんなことより四葉の血色のいい肌色が眩しかった。巫女服の白も赤もあざやかで眩しい。
「そうか………空は、こんなに青かったのか……」
天を仰いで、つぶやいた。
「木は、こんなに色々な緑をしていたのか」
一歩、足を進めると玉砂利が心地よく鳴った。
「石ころだって、こんなに美しい色をしている」
オーベルシュタインは深く感動していた。
「……ふっ…フフ…」
かすかに失笑し、それが、だんだん大きくなる。
「フフ! ククっ! アハハハハハ!」
愉快だった。心地よかった。世界の見方が変わった。
「アハハハハ! ウフフフフ! キャハハッハハハ!」
可愛らしい四葉の声で大声で笑い、くるくると巫女服のまま回転して世界を見つめる。
「ああっ! 素晴らしい! 素晴らしい世界だ! あははははは! 生きているって、なんて素晴らしいんだ! フアハハハハハ!」
溢れる笑い声をあげたまま、空を見上げ、小川を見つめ、草木の緑を愛でた。太陽の角度が変わると空の表情も変わる。飽きることなく世界を見つめ続けた。
オーベルシュタインはフェルナーに深刻な表情で声をかけられていたけれど、うっとりと囁いた。
「ああ、星はいい………」
そう言って、ほろりと涙を零すので、フェルナーは、まだ話していない内容を知っていて、そして人の死に、この上司も涙するのだ、と思ったけれど、泣いたせいで義眼の調子が悪くなったのか、外して拭いている。そうして装着しなおすと、周囲をキョロキョロと見ているので、まだまだ義眼の調子が悪いのだな、とフェルナーは障害のある上司を気の毒に思ったものの、今は一大事があり、しかも大声では話せない内容だった。
「極めて深刻な事態が発生しております」
「……そうか。執務室で聞こう」
いつもの上司に戻ってくれると、フェルナーからの報告を聞き、全軍に箝口令を敷いた。
四葉は星空を見上げていた目に痛みと眼精疲労を覚えて目頭を指先でほぐした。
「ぅぅ……痛っ…」
昼間から、ずっと酷使されて紫外線を浴びたり、物を見つめて瞬きが少なかったのか、とにかく目が疲れている。そして、巫女服の下半身が乱れていた。
「……一回、おしっこして着方が、わからなかったんだ……まあ、しょうがないか」
半日以上入れ替わっていたので、おもらしされるよりマシなような、やっぱりアソコも見られたのかな、と思うと気持ち悪いような心地で巫女服を着直す。
「まあ、頑張って着直そうとしたみたいだけど、けっこう複雑だからね」
きちんと巫女服を着てから家に戻らないと、祖母に見られて変な心配をされるかもしれないので着こなしを整えるために物陰で脱いでから着直す。
「う~ん……テキトーに結んでくれちゃって……。それにしても、お姉ちゃんが嫌がるのもわかるかなぁ……知らない間に、ここまで脱がされて……何されてるか、わからないって、けっこう、つらい」
もともと恥ずかしがりだった姉が羞恥心をこじらせて、夏休みを一切外に出ず、それでいて克彦と抱き合い、早耶香まで交えていることに少しは同情した。
三葉はガイエスブルクで勝利式典に参加していた。
「銀河帝国軍最高司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム閣下、ご入来!」
式部官の声が響き、ラインハルトが入ってくる。
「オーベルシュタインは欠席か」
隣にいたミッターマイヤーが小声で囁き、正面にいるロイエンタールが微笑して言う。
「ヤツがいないのには、それなりの理由があるのだろうさ。万人が納得せざるをえない、それでいて、それが良いこととは思えないようなな」
「まったくだ」
「同感」
三葉も頷いていると、ラインハルトが前を通り過ぎる。ラインハルトは一瞬、合いかけた目をそらせようとしたけれど、キルヒアイスではなくミツハなのかもしれない、と再び視線を送ってくる。
「「……」」
ミツハか、そうだよ、とアイコンタクトが成立した。ラインハルトはキルヒアイスとこじれた仲をミツハを介して修正できないものか、と思い立ちながら玉座に座った。捕虜謁見が始まり、まずはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトが提督の列に加わった。
「主君の屍体とは、良い手土産だな」
ビッテンフェルトが冷笑しているので三葉は、何かな、と思って見る。アンスバッハが自裁させたブラウンシュヴァイクの遺体をケースに入れて運んできたのだった。ゆっくりとアンスバッハはラインハルトの前まで進むと、ケースを開けて礼装していたブラウンシュヴァイクの胸部からハンドキャノンを取り出した。ハンドキャノンは三葉も見たことがあった。多くの白兵戦がゼッフル粒子下で行われるので、あまり使う機会の少ない小火器だったけれど、使用方法と威力は教え込まれたので覚えている。
「……」
なんで遺体の胸からハンドキャノンが、と三葉は他の提督が動けずにいたのと同じように一歩も動けずに見ていた。
「ローエングラム侯! わが主君ブラウンシュヴァイク公の仇をとらせていただく!」
アンスバッハの声が沈黙を圧して響きわたり、ついで轟音と爆炎をハンドキャノンが吐いた。ハンドキャノンの火力は装甲車や単座式戦闘艇すら一撃で破壊する。ラインハルトの身体は肉片となって四散する。
「え…」
狙いは外れなかった。アンスバッハの狙いを誰も妨げなかったし、誰もラインハルトの前に立たなかった。
「……ラインハルト…さん…」
「やりましたぞ!! ブラウンシュヴァイク公! ご照覧ください! このアンスバッハっ! 金髪の小僧めを討ち滅ぼしましたぞ!! 最高の手みやげをもってヴァルハラへ凱旋いたしまする!!」
「痴れ者めが!!」
最初にアンスバッハへ飛びかかったのは三葉の正面にいたロイエンタールだった。そのロイエンタールが指輪型のレーザー銃に胸を撃たれ、頚部も撃たれた。その間にやっと他の提督たちも動き出し、アンスバッハを捕らえるけれど、服毒してしまい、とても満足そうな顔で死んでいた。
「………」
三葉は状況を理解するのに何度も呼吸を要した。それから、やっと理解した。
「ラインハルトさん!!!」
すでに玉座ごとラインハルトの身体は四散していて、本人も一瞬の苦痛さえ感じていなかったと思われるし、なぜ死んだのかも、わかっていないかもしれない。ヴェスターラントの多くの犠牲者がそうであったように、一言の遺言もなく、一瞬の苦痛もなく、死んでいた。
「……ラインハルトさん……が……死んだ……」
「ロイエンタぁーールっ!!」
ミッターマイヤーが叫んでいる。
「医者だ! 医者を呼べ!」
「…もう…遅い…」
ロイエンタールがミッターマイヤーに最後の力で微笑みかけ、そして動かなくなった。
「ロイエンタールっ!!」
「…………」
三葉は、ふらふらと玉座のあった方へ歩いてみた。けれど、そこには血と肉片があって、それを踏んで進む気にはなれない。わずかに美しい金髪が舞っていたので、それを掴んだ。
「ラインハルトさん………ラインハルトさん………ラインハルトっ……ぅっ…うううっ、うわああああ!」
出会った頃には見惚れたし、父親のことで共感した日もあった、いっしょにワインを飲んだことは何度もある、お互い遠慮がなくなってケンカしたり、嫌ったりしたこともあるし、ヒルダのことで話し合ったりもした、たくさん、たくさん思い出のある人が死んでしまった悲しさで、三葉は大声で泣いた。
「…ラインハルトさんっ…ぅうっ…ぐすっ…」
どのくらい泣いていたのか、泣き疲れて涙が出なくなった頃に、ぼんやりと気づいた。
「………キルヒアイスさんに………アンネローゼさんに、なんて報告したら……」
きっと自分の何十倍も悲しむに違いない、そう想った。
「どうしよう………どうするべき……」
周りを見ると、ミッターマイヤーも泣いている。けれど、他の提督たちは悲痛な顔をしているものの、落ち着きと困惑を半々に浮かべて、これからを考えている。
「これから……どうすれば……どうしておくのがベスト……」
それを考えると、涙が止まった。
「ラインハルトさんの夢………その実現に……」
三葉は涙を拭いて諸将を見渡した。
「聴いてください!」
「「「「「……………」」」」」
「これから、どうすることがラインハルトさんの気持ちに応えることになるか! それを、みんなで考えましょう!!」
「そうだ! キルヒアイス閣下の言うとおりだ!!」
ビッテンフェルトが同意してくれる。そのタイミングでオーベルシュタインとフェルナーが入室してきた。オーベルシュタインは落ち着いて四散したラインハルトを見ると、やはり落ち着いたままだったのでミッターマイヤーが怒鳴る。
「卿が黒幕ではあるまいな!」
「なるほど、本来、閣下の隣にいたはずの私が欠席していたのは、いかにも怪しいな」
「そうだ! オーベルシュタインが怪しい!!」
ビッテンフェルトが同意している。オーベルシュタインは静かに応える。
「それでもかまわないが、それではローエングラム閣下も浮かばれまい。今少し強大な者を真犯人とすることにしては、如何か」
「何を言ってやがる?!」
ビッテンフェルトが激昂して飛びかかろうとするのを三葉が制した。
「待って! また、ろくでもない作戦があるの?」
「策謀とは、そういうもの」
「話して、早く」
三葉は時刻を見た、もう数時間しか残っていない。きっと、キルヒアイスは大きなショックを受ける、どうなるか、わからない、私がしっかりしなきゃいけない、そう考えてオーベルシュタインの話を促した。
「真犯人は帝国宰相リヒテンラーデということにする」
オーベルシュタインの説明を聴いてミッターマイヤーは苦々しげに言った。
「卿を敵にまわしたくないものだ。勝てるはずがないからな」
その言葉を無視して続ける。
「可能な限り迅速にオーディンへ戻り、リヒテンラーデを逮捕し、国璽をおさえてもらいたい」
「だが、国璽を手に入れた者が、そのままオーディンにとどまって自ら独裁者たらんとしたら、どうする?」
ミッターマイヤーの問いに、オーベルシュタインは平然と答える。
「心配ない。今やキルヒアイス閣下をナンバー1とし、他の者は同格。いや、ミッターマイヤー提督にさえ、野心がなければ、どうということはない。お有りか?」
「………オレは、ここに残る!! ガイエスブルクのおさえとて必要であろう!」
「他に異議のある者は?」
オーベルシュタインの問いに誰も異議を唱えず、諸将の視線が三葉に集まってきた。
「「「「「……………」」」」」
「……」
え、私? と一瞬戸惑ったけれど、自分を奮い立たせた。
「出陣します!!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
軍靴を鳴らして走り、艦へ乗り込むと出港する。可能な限り早く、と艦隊指揮を執るけれど、頭の片隅では、どういう手紙を書くべきか、迷いに迷っていたし、アンネローゼへの報告も迷っている。
「……………」
「大変なことになりましたな」
ベルゲングリューンが言ってきた。
「ベルゲングリューンさん」
「はっ」
「今は私は気を張っていますが、これから数日、激しく落ち込むかもしれません」
「……閣下……無理もないことです」
「ですが、私には守りたいものがある。せめて、ラインハルトさんの姉君だけはお守りしたい。国璽はビッテンフェルト提督に任せます。私は姉君のもとへ。彼女の安全が最優先です。もしも、私が落ち込んで指揮が執れないようであれば、ベルゲングリューンさんにお願いします。そして、叱ってください。姉君まで喪っていいのか、と」
「はっ」
「質問いいですか」
「むろん」
「姉君に…………弟さんの死を……伝えるべき、でしょうか? 会う前に……」
「それは………」
少し考えたものの、年長者として明言してくる。
「隠して、どうにかなるものでもありません。他の者から知るより、よほど良いかと」
「………。ありがとうございます。通信室に行ってきます。指揮をお願い」
三葉は超光速通信を一人で送信するために通信室へ移動して、一言目に何というかも決まっていないのにアンネローゼへの通信を開く。もう迷っている時間が無かった。すぐにアンネローゼの穏やかな笑顔が映り、胸が痛くて声が出ない。
「………………」
「こんばんは、ジーク」
「……はい………こんばんは………アンネローゼ………」
「…………悪い、知らせですか?」
「……はい…………」
「………ラインハルトが、どうかしたの?」
「はい………」
「…………あの子が………死んだのね……」
「……はい……」
「…………」
アンネローゼの悲しそうな顔を見ると、叫んでいた。
「あなたは私が守ります! どうか、そこに落ち着いていてください! すぐに駆けつけますから!! 絶対に早まったことはしないで! お願いします!」
「っ……ありがとう、ジーク。……待っています」
通信を終えると、三葉はキルヒアイスへの手紙を書き出した。
キルヒアイスは12時になって旗艦バルバロッサの居室にいたので違和感を覚えた。まだガイエスブルクにいるはずの予定で、むしろ式典後の祝宴会で飲み過ぎていられると苦しいな、と思っていたくらいなのに、急な出撃でもあったのだろうか、と思いながら手紙を読む。
「っ………」
信じたくないことが書いてあった。
落ち着いてください。
悪い知らせです。
とても悪い知らせです。
ラインハルトさんが亡くなりました。
暗殺されました。
現在、その真犯人を逮捕するため、またアンネローゼを守るため、オーディンへ向かっています。
全速航行中です。
アンネローゼへは、もう伝えました。落ち着いたら録画を見てください。
ごめんなさい、一瞬の出来事でラインハルトさんを守れなくて、ごめんなさい。
でも、どうか、落ち着いて。
落ち込むのはオーディンに着くまでにして、一番傷ついてるアンネローゼを守ってあげてください。
他に暗殺時の状況や国璽とリヒテンラーデをおさえること等も書いてあったけれど、キルヒアイスは生まれて初めて、近しい人間、それも大親友を亡くして号泣した。
三葉は自室で起きると、ぼんやりと窓から空を見上げた。その先の宇宙に、まだ人類は進出していないけれど、キルヒアイスが泣いているような気がして、自分も泣けてきた。
「…うっ…うくっ……うぅうっ……あううっ…」
ずっと布団の上で泣いていると、克彦と早耶香が来て、心配した克彦が抱いてくれる。
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
「ううっ…はううっ…」
「三葉ちゃん……今日も……」
泣きじゃくって克彦に抱きついている三葉を見ていると、早耶香は殺意を覚えた。
「…………」
昨日も落ち込んだ雰囲気で克彦の気を引いて抱かれていたのに、今日もまた泣いて抱かれている。心配してあげなきゃ、と思う気持ちより、三葉の気の引き方が卑怯に感じられて腹立たしくて、嫉妬の炎が殺意になるほど胸を灼熱させてくる。
「…………昨日の四葉ちゃんの言葉……」
それでも、昨日の四葉の言葉を思い出すと、少しだけ冷静になれた。