「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第13話

 

 

 

 キルヒアイスは宮水神社の境内で夏祭りにそなえた練習として、四葉が巫女服を着て舞っているのを見て感動していた。まだ10歳の四葉が神々しくさえ感じられるほど美しい。

「高天原にかみつまします。かむろぎかむはやぎなる神々に」

 祝詞の声も朗々として、場の空気さえ変化している気がする。舞いが終わり、三葉の手が妹を讃えて拍手する。

「すばらしいですわ! なんて感動的なのでしょう! まるで天使のようですよ!」

「……。ありがとう、お姉様」

 姉の顔で最大限の讃辞を送られると、かなり照れくさい。四葉が赤面して咳払いした。

「じゃあ、次は、いっしょに舞ってみて」

「はい」

 すでに巫女服を着て準備もしている。もしも、夏祭りの日に入れ替わっていた場合にそなえての練習だった。

「いくよ」

「はい」

 二人が舞台に立ち、一葉が雅楽を奏でてくれる。やってみると、三葉が白兵戦技や射撃を習得するのが早かったように、すぐに舞いを覚えることができた。

「うん、いいね。この調子なら大丈夫そう」

「きっと三葉さんが、しっかり練習してくださっていたおかげですわ」

「はは…」

 嫌がる姉に祖母が叩き込んでいた長年の記憶が蘇り、四葉は苦笑した。舞いの習得が終わると、四葉は三宝を持ってきた。

「それは何でしょうか?」

「三宝って言ってね。普通の家は鏡餅とか載せる台だよ。神さまへのお供え物を載せるのが普通の使い方だけど、祭りの本番では、ここに炊いたお米を載せるの」

「お米を供えるのですね」

「ううん、お米は口噛み酒の材料。とりあえず、やるから見てて」

 四葉は三宝にエアガン用の白いBB弾をザラザラと入れた。

「昔はね、よく洗った玉砂利とかで練習したらしいよ。お婆ちゃんの代にガラス玉のビー玉で練習するようになって、私たちはBB弾でやるようになってるの。本物のお米だと、もったいないからね」

 説明した四葉は舞いの最終形をとると、三宝からBB弾を摘みあげ、口に運ぶ。

「んぐ…んぐ…」

 もごもごと噛むように口を動かし、それから酒枡へおごそかにBB弾を吐き出した。

「と、こんな感じに、お米をよく噛んで、ここにキレイに吐き出すの。唾液とお米が、よく混じるように噛んで、それから一粒残さず吐き出して、できるだけヨダレが糸を引かないように、すっきり出すんだよ」

「……………」

 三葉の瞳が、いつも通りやりたく無さそうにしているけれど、子供が駄々をこねるような色合いではなく、あまりに文化が違うので困惑しているという色合いだった。

「じゃ、やってみて」

「………………あの……何と言いますか……その……こう申し上げては失礼かもしれないのですが……私の知っている行儀作法や女性としての振る舞いから見て………その……品位が……いささか………欠けるといいますか……文化的な違いかもしれませんが……上品には見えないのです……」

 喫茶中に食べかけのパンケーキを撮影することさえ、激しく羞恥心を刺激されてできなかったのに、口に入れた物を唾液とともに吐き出すという行為を求められて拒否したいのに拒否できず困っている。四葉は選択の余地なく求める。

「これは神聖な儀式だから品格は高いよ。いかに上品にやれるかがポイント」

「…………」

「やってみて」

 ずいっと四葉が三宝を差し出してくる。

「……………」

「さ、やってみて」

「……はい…」

 姉と違って駄々はこねないけれど、三葉の手が震えている。その震える手でBB弾を少しだけ摘むと、口に運んだ。

「……………」

「よく噛むフリして。BB弾だから本当に噛むとダメだよ」

「…………」

 三葉の目が潤みつつ、噛むフリをしている。

「はい、こっちに出して。ヨダレが糸を引かないように、すっきりと」

「……………」

 恥ずかしそうに手で隠しながら、ほんの少しだけ三葉の唇が開き、ぽろぽろとBB弾を酒枡に落としていく。BB弾には唾液がまとわりつき、糸を引いている。

「うん、一回目にしては上出来」

「……ありがとうございます……」

「はい、二回目やろうね」

「……………はい…」

「さっきより多めに入れて。で、吐き出すとき手で隠すのはいいんだけど、完全に隠しちゃダメなの。ちょっと手をそえるくらいの感じ。ゆっくり私もやるから、真似しながら、やって」

「………はい…」

 四葉の手がBB弾を摘み、続いて三葉の手もBB弾を摘む。それを10歳と17歳の唇に運ぶと、噛むフリをしてから酒枡を持ち、そこへ吐き出す。

 ザラザラ…

 BB弾が音を立て、酒枡に落ちた。唾液で光っている。

「…………」

「いいよ。三回目やって」

「……はい…」

 舞いと同じく動作は身体が覚えているようでもあるけれど、身体が拒否している覚えもあって、なかなかできない。五回目が終わると、泣いてはいけないと思っているのに泣けてきた。

「ぅっ……ぅぅっ……」

 声をあげないように泣いているけれど、顔を真っ赤にして、その顔を両手で隠している。

「ちょっと休憩しようか。でも、これを町のみんなの前でやれるように特訓するから、午後からはサヤチンさんとテッシーくんも呼んで見てもらうからね」

「っ………」

 姉の顔がイヤイヤするように左右へ振られている。これは本人と、ほぼ同じ動作だったし、身体が覚えているのかもしれなかった。午前中の練習が終わり、お昼ご飯になると食卓には、いつもと違って箸がなく白米だけが山盛りに三宝へ載せられていた。

「お昼ご飯で箸を使わずに手で食べる練習もするね」

 そう言って四葉は手で白米を摘みあげると口へ運んだ。

「………………こくっ。このくらい噛んでから吐き出すんだけど、今は飲み込んでいいから。じゃ、やってみて」

「……はい…」

 手で直接に食事するということにも、とても抵抗がある。

「…………」

 それでも三葉の手は求められた義務に応えようと、白米を摘みあげると唇に入れた。よく噛んでから飲み込む。

「…………………。これで、よろしいでしょうか?」

「そうそう。よくできてる」

 練習を兼ねた昼食を終えると、四葉が呼んでおいた早耶香と克彦が呼び鈴を鳴らした。

「はいはい!」

 四葉が玄関へ行き、二人に神社の舞台へ上がって待ってくれているように言い、戻ってきた。

「じゃ、また着替えて今度は人前で挑戦するよ」

「…………はい…」

 そう返事をしたけれど、三葉の足は立とうとしない。

「さ、早く着替えて行こう」

「……は………はい…」

 返事はしても、立たずにいる。

「どうしたの? 早く立って」

「…す、すみません……あ…足に力が入らなくて……」

 ぺたりと座り込んだまま、三葉の足は動かない。

「……た……立とうとしているのですが……足に力が……」

「………」

 お姉ちゃんだと駄々をこねるところで、お姉様は義務感と拒否感の板挟みで身体に不具合がでるんだ、と四葉は二人の反応の違いを知った。実姉は嫌なことは寝転がって手足をジタバタさせるけれど、今は義務を果たそうという表情はしているものの、強い拒否感で足が動かない様子だった。嫌がるのは同じでも、やっぱり気品が違うと感じた。そして、四葉は一葉が使ってきた策略をろうする。

「うん、わかった。そんなにイヤなら今日の口噛み修業は無しにして、舞いだけ二人に見てもらおう。ほら立って」

 四葉が三葉のお尻をポンポンと叩いた。

「舞い……だけ、ですか…?」

「そうそう。さ、ゆっくり立ってみて」

「はい…………」

 今度は、かろうじで足に力が入り立てた。二人で巫女服に着替えて舞台にあがる。

「お待たせ」

「お待たせいたしました」

 祭りの時とは違い、早耶香と克彦も舞台にあがって座っている。

「近くで見ると、またキレイやね」

「ああ……キレイだ……」

「ありがとう、テッシー、サヤチン」

「………」

 もう声色だけで早耶香は察するようになったので、もともと克彦と隣り合って座っていた位置から、さらに10センチ、克彦に近づいて座り直した。一葉が雅楽を奏で始めてくれたので、二人が舞う。

「おお……」

「キレイやね……」

「ああ、特等席で見られてラッキーだぜ」

 舞いが終わると拍手して、早耶香が問う。

「でも、急に練習を見てほしいなんて、どうしたん?」

「うん、それがさ。第二の思春期みたいで、また口噛み酒を造るのがイヤだって言い出したから、慣れさせるために二人に来てもらったの」

「第三次性徴じゃないんだから……あ~、でも、そのお嬢様モードのときだとイヤかもね。そのモード入ると、きっちり一日続けてるし。ある意味、ホント第三次性徴なのかも」

 女子高生になっても子供っぽかった親友が最近は貴婦人のように変貌することがあるのに慣れてきた早耶香は巫女服を着ている親友を見上げた。

「……」

 そっと上品かつ、さりげなく三葉の瞳がそらされて早耶香との衝突を避けるようにしている。そのけなげさが、また克彦の気を引こうとしているようで早耶香はベーネミュンデのように睨んだ。

「さ、次の実演やるよ」

 そう言って四葉がBB弾を載せた三宝をザラザラと音をさせながら運んでくると三葉の身体が硬くこわばる。克彦が男子として自分も中学の頃はよく遊んだBB弾を見て問う。

「それで練習してるんや?」

「最終的にはお米でも練習するけど、もったいないからね」

「……お米で練習した場合は、どうしてるんだ?」

「鳥送って言って、ようするに鳥のエサ。鳥は神さまの使いだからね。鳥居って言うくらい」

「人にお下がりしたりは、しないのか……」

「「「「…………」」」」

 一葉がポンと太鼓を叩いた。

「さ、私から、やって見せるね」

 四葉が舞いの最終形をとり、おごそかにBB弾を摘みあげると口に含み、酒枡に吐き出してみせた。

「はい、今度はお姉様の番」

「………はい…」

 震える三葉の手がBB弾を摘みあげると、唇に運ぶ。

「……………」

 そっと酒枡を持つと、手で隠しながら吐いた。その表情が、いつもより儚げなので克彦が見惚れる。しかも、距離も近い。やり終わると三葉の両手が顔を隠した。

「お姉様、恥ずかしがってやると余計に見栄えが悪いよ。きちっと所作通りにやって」

「…はい……すみません…」

 泣きそうになりながら返事をして、また実演する。やはり動作は身体が覚えていてくれるけれど、その動作を拒否する感覚もあるようで、うまくいかない。何度も実演させられ、いちいち克彦が見惚れるのが早耶香は腹立たしくなってきたので7度目の実演の最中に聞こえるように言った。

「やっぱり、人前でやることじゃないよね。女子として」

「っ…」

 ビクンと三葉の肩が震え、BB弾を吐き出せなくなって顔を隠して泣き出した。

「サヤチンさん……ひどいよ」

「ごめん、つい」

「慣れさせる練習だったのに。今日は、もう限界かな」

 四葉がタメ息をついて、早耶香を呼ぶ。

「ちょっと、こっち来て。サヤチンさん」

「私だけ?」

「そうそう」

 そう言って四葉は早耶香と、どこかへ行ってしまった。一葉も楽器をもって倉庫へ行くと、克彦と二人きりになった。

「そんなに泣くなよ。キレイだったぞ」

「…………本当に、そう感じてくださいますか?」

「ああ」

「………………」

 泣きやんだけれど、かなり疲れた表情でうつむいている。克彦は抱きしめて慰めたいと思ったけれど、早耶香が戻ってきた。

「もう戻ってきたのか」

「……。もう戻ってきたよ!」

「四葉ちゃんの用事、何だったんだ?」

「少し二人きりにさせて慰める時間だって! あの子、ホントに小学4年生なのかな? しっかりしすぎ!」

 四葉が着替えて戻ってきた。

「お姉様、もう今日は終わりでいいよ。あとは、のんびり過ごして」

「……はい……ありがとうございます……あの、テッシー、……サヤチン…お茶でもいかがですか?」

「おう、サンキュー」

「それ、明らかに私、ついでというか、しょうがないから呼んだよね?」

「いえ、とんでもないことです。どうぞ、ゆっくりしていってください。私は着替えて参りますので少し失礼いたします」

 しずしずと巫女服で歩き去っていく姿を克彦が見惚れる。

「私も、あれ……着てみたら似合うかな……」

「サヤチンさんも着てみる?」

「いいの?」

「いいよ」

「神聖な物なんじゃないの?」

「別にサヤチンさんが穢らわしい者じゃないから大丈夫だよ」

「クスっ…くく!」

「そこで笑うな!!」

 克彦に笑われて怒った。

「着てみる! お願いします!」

「うん、じゃあ、こっち来て」

 克彦を舞台に残して四葉と早耶香も家に戻る。居間へ入ると、目隠しして着替えている三葉の姿を見て、早耶香が疑問に思う。

「ああいう風にして着替える決まりなの?」

「う~ん……第三次性徴みたいな感じでね、最近ちょっと自分の裸を見るのも恥ずかしい日もあるんだって」

「………それ、やばくない? そういえば体育のときだけ女子トイレに入ってきて着替えてるよね。逆に体育のない日は一回もトイレに来ないし、いつか漏らすんじゃないか心配なんだけど」

「「………」」

 四葉が話題をそらすために脱ぎ終わった巫女服を拾い上げた。

「サヤチンさん、脱いで。着付けしてあげるから」

「あ、うん、ありがとう」

 女子しかいないので早耶香は下着姿になった。

「これでいい?」

「うん」

 本当の本番は下着も着けずに禊ぎしてから着付けるけれど、それを一般の町民に教えると、また色々と言われるのは四葉も愉快ではないので黙っておく。

「はい、終了」

「意外と重いね……」

「よく似合ってるよ」

「はい、よくお似合いですわ。サヤチン」

 早耶香の着替えが終わってから目隠しをとり、一目見て賞賛している。

「ホントに?」

「うん」

「はい」

 三人で克彦が待っている舞台に戻った。

「おお……意外と似合ってるな」

「意外とって、どういう意味よ?」

「ははは」

「サヤチンさん、口噛みもやってみる?」

 四葉がBB弾をもってくる。

「……それは遠慮しときます」

「あ、そうだ。話、変わるけどさ。修学旅行先、やっぱり広島と京都に決まったから、オレら三人で、そのうち長スパ行かねぇか?」

「行く行く!」

「長スパとは、何でしょうか?」

「長島スパーランドだよ。そう略すだろ、普通」

「失念しておりました。そうでした」

 知らなかったことを誤魔化して頷く。

「まあ、小遣いとか予定とかあるから、すぐってわけじゃないけど、都合つけて行こうぜ」

「うん」

「はい」

 返事してから四葉を見る。

「お姉ちゃんも、そういうの好きだしね」

「四葉は…」

「私は留守番でいいよ。そのうち女子高生になったら、男つくって行くから」

「「「…………」」」

 しっかりしすぎている小学生も問題かもしれない、と三人は思った。

 

 

 

 いよいよ念願だった元帥府をかまえ、キルヒアイスは当然としてミッターマイヤーら有能と見込んだ将官を集めていたラインハルトは元帥執務室で、かなり憮然とした表情で軍務尚書エーレンベルク元帥と皇帝フリードリヒ4世からの推薦状を睨んでいた。

「ちっ……」

「ノルデン少将さんのこと嫌いですもんね」

 隣にいた三葉も推薦状を読んで、ラインハルトの不機嫌をなだめる。

「こないだ廊下で会ったとき、ご本人も、ぜひローエングラム元帥の元帥府に入りたいって言ってたから、たぶんエーレンベルク元帥さんと皇帝陛下にお願いしたんじゃないかな。子爵家だし、推薦状くらいなら書いてもらえる立場なんじゃないかな」

「なぜ、オレの元帥府に望んでもいない者を配属させねばならんのか?!」

「制度上は任命権は元帥にありますけど、軍務尚書はともかく皇帝陛下からの推薦状って断っても大丈夫なんですか?」

「…………。過去に例はない。おそらく」

「こんなことで反逆の意志あり、と思われるなら入れるしかないと思いますよ」

「わかっている!」

「ほとんどの門閥貴族に嫌われてるのに、ノルデン少将さんだけでも、こちらを好きになってくれたなら、いいじゃないですか。嫌われてるより、ずっといいですよ」

「……だんだんキルヒアイスと同じようなことを言うようになってきたな」

「それが任務みたいなので」

「フン、元帥府をかまえれば、オレの目指すとおりの人事が可能になると思っていたものを……ちっ…」

「それは、あれですよ。ミュッケンベルガー元帥さんだって、使いたくないけどラインハルトさんを使っていたじゃないですか。えらくなっても立場立場の苦労はあるってことですよ」

「………フロイラインミツハが可愛くなくなってきた」

「私はノルデン少将さん好きですよ。戦場にいても緊張感がないところとか、なごむし」

「では、キルヒアイスの管轄としよう」

「え? でも、私、少将ですよ? 同格だし、ノルデン少将さんの方が先任なのに?」

「すぐに中将になるさ」

「そんな簡単にポンポンあがるものですか? こないだまで大佐だったのに」

「これを見ろ」

 ラインハルトがカストロプ領の星系図を三次元モニターに出した。

「この星系で起こっている内乱の鎮圧をキルヒアイスへ勅命がくだるよう根回ししている」

「内乱……皇帝に逆らってる人がいるんですか? すごいじゃないですか」

「そんな立派なものではない。ただの貴族のバカ息子が起こしたくだらん動乱だ。自動防衛の人工衛星と、たった5000の私兵艦隊で帝国が揺らぐものか」

「………さっき、勅命っておっしゃいましたけど、それって私……キルヒアイスさんが総司令官で行くってことですか? ラインハルトさんは来てくれないの?」

「ああ、そうだ。少将として2000隻の艦隊を率いて出陣させる」

「……2000……。すぐに撤退してきたら怒ります?」

「大丈夫だ。フロイラインミツハがキルヒアイスでいるのは週に1度ほど、キルヒアイスなら、なんとかする」

「………きっとね、そういう時に限って私になるんだよ……」

「撤退も選択肢に入れてかまわない。周囲の将校に意見を訊いて、撤退が大半を占めるようなら撤退していい。だから、行ってくれ」

「…………はい」

「では、これから、その根回しのために政務補佐官のワイツに会うから、ついてきてくれ。今のような自信のなさそうな顔はするなよ。堂々としていろ」

「…はい。……質問いいですか?」

「ああ」

「根回しって、具体的に何をされるんですか?」

「すでにリヒテンラーデにはキルヒアイスへ勅命が下るよう依頼してあるが、いい顔をしていないのだ。ゆえに、ヤツの政務補佐官であるワイツに金品を送って、動いてもらう。そういうことだ」

 そう言ったラインハルトと郊外へ地上車で移動すると、待っていたワイツを乗せ、移動しながら会話する。社交辞令的な挨拶が終わると、三葉は渡すように言われていた金品をワイツに差し出した。

「「……」」

 お互い無言で受け渡しが終わると、ラインハルトが依頼する。

「国務尚書におかれては、いい顔をされていないそうだが、こう言ってくれ。キルヒアイス少将は私の腹心中の腹心だ。討伐に成功したときは褒賞を与えて恩を売ればいい。さすれば後日、何かと益になる。また失敗したら、それは推挙した私の責任。改めて私へ討伐を命じればすむことだし、部下が失敗したとなれば、私も功を誇ってばかりとはいかぬ、と」

「わかりました。とはいえ…」

 ワイツがちらりと三葉を見てくる。

「この赤毛の少将殿に、わずか2000隻の艦隊で可能なものでしょうか?」

「キルヒアイスなら、やってくれる。な?」

「はい、必ずご期待にそいます!」

 背筋を伸ばして敬礼することは身体が覚えていてくれるので、心にもないことを三葉は堂々と述べた。やりたくないことを、やらされるのは、どこに居ても変わらないな、と思いながら。

 

 

 

 キルヒアイスはラインハルトの部屋で、いっしょにワインを飲んでいる状況を認識した。

「はぁ……」

「タメ息をついて、どうした?」

「すぐにブラスターを抜かなくていい状況のようで安心したのです。ワインにも何も入っていない」

「あのときは、すまなかった。私の不覚でもある」

 そう言ってキルヒアイスのグラスにワインを注いだ。

「ワイツ政務補佐官との会談は、どうでした?」

「予定通りだ」

「にしては、ご機嫌が悪そうですね」

「ああ、悪いさ!」

 そう言ってラインハルトは2枚の推薦状を親友に見せた。

「これは………」

 目を通して、なだめるように言う。

「嫌われているより、よいでしょう」

「やはり、そう言うのか……。………お前の管轄にするからな。フロイラインミツハは、あの子爵家の嫡男が気に入ったようだ。女の考えることはわからん!」

「単に相性の問題かと思いますよ。ごく平凡な女学生でしたから、ごく平凡な貴族の息子と、ごく平凡な会話をするのが落ち着くのでしょう」

「すると、彼女はノルデンに恋をしているのか?」

「それは無いと思います。前にも言いましたが、おそらく彼女は、この身体にいるときは女性を異性と感じてしまうでしょう。ですから、もし誰かを好きになるとすれば、それは女性であるはずです」

「ほお、では、お前は向こうで男を好きになるのか?」

「……可能性としては。ですから、ノルデン少将のことはラインハルト様と私のような男友達という感覚で接しておられるのでしょう。とくに、彼女にとっての初陣をともにしたということもありますし。こちらにいるときラインハルト様以外の親しい人間がいるのも、悪いことではないでしょう」

「まあ、そうかもしれんな」

 ラインハルトはワインを飲み、そして問う。

「カストロプの件、策はあるか? もし、当日にフロイラインミツハだとしても」

「あります」

「わかった。任せよう」

 まだキルヒアイスとは乾杯していなかったので、グラスをかかげた。

 

 

 

 三葉は濡らしたヨガマットを片付けると、妹から長島スパーランドの件を聞いて喜んだ。

「やった! テッシー、ナイス!」

「あと修学旅行は広島と京都だって」

「え~……あいつが余計なこと言うから……せめてUSJかディズニー、どっちか片方は行きたかったなぁ…」

「そっちはどうだった?」

「もしかしたら私が総司令官で戦闘になるかも……」

「うわぁぁ……戦闘中に漏らしたりしないであげてね」

「それは大丈夫。ちゃんとトイレ行ってるし。しかも、戦闘中は軍服の中に、それ用の吸収してくれるのも着けるの。戦闘機乗りのは、もっと大きいし。装甲服なんかだと内部で浄化してくれて、横についてるチューブで飲料水として飲めるようになってるんだよ。だから最大14日間は生き延びられるの」

「へぇぇ……まあ、現実的には、そうなるよね。持ち場は離れられないだろうし、宇宙服は今でも、そうだし。あ、いいこと思いついた」

「何?」

「オムツ着けて学校に行く? 安心だよ」

「絶対っイヤ!!!!!」

 夜中に大声で叫んだ。

 

 

 

 キルヒアイスは糸守高校の修学旅行で広島県にあるホテルの一室でトランプを持っている状況が目に入ってきた。

「………」

「もしもーし? 三葉ちゃんの番だよ? 聞いてる?」

 早耶香が覗き込んでくる。

「あ……はい……すみません。何ですか?」

「だから、三葉ちゃんの番」

「…はい………すみません。何のゲームをしていたのですか?」

「半分寝てた? もう12時だもんね」

「……」

 時計を見ると12時なっているので、三葉が同室の女子たちと談笑しながら日付を越えたのだと認識した。

「はい、少しうとうとしていたようです。申し訳ありません」

「………モードチェンジしてる……まあ、いいや」

 早耶香が持っていたトランプを放り出して、お菓子を食べてノンアルコールのビール風味飲料を飲んだ。他の女子が言ってくる。

「そろそろ本題に入ろうよ」

「え~……このモードに入った三葉ちゃんって本心隠してる感じがしてイヤだなぁ」

「……すみません……。本題とは何でしょうか?」

「ほら、こうやってトボける。修学旅行の夜にする話って言ったら恋話に決まってるのにさ」

「恋………」

 克彦とアンネローゼの顔を想い出してしまった。もう、どちらが本心なのか、自分にもわからなくなってきているけれど、三葉の身体にいるときは、やはり女性であるという自意識の方を強く感じてしまう。

「三葉ちゃんとサヤチン、このごろ戦争状態だもんね」

「「………」」

「で、どっちが優勢なの?」

「「…………」」

 早耶香がポッキーを囓り、三葉の手が明らかに自分の分という場所に置いてあったビール風味飲料を一口飲んで様子見する。

「サヤチンも本心隠してるじゃん」

「劣勢だからよ!」

 早耶香が三葉の首にヘッドロックをかけてきた。豊かな胸の膨らみを後頭部に感じて少し困惑する。

「うっ……サヤチン……何を…」

「こいつめ、テッシーから告白されたって言うの!」

「それ、劣勢じゃなくて、もう敗戦じゃん」

「まだ付き合ってるわけじゃないし、諦めなければ可能性はあるもん!」

 ますます早耶香が腕に力を入れてくるけれど、敵意は感じない。ほのかな親しみの情を覚えて、されるまま身を任せていく。

「サヤチンはわかったからさ。三葉ちゃんは、どう思ってるの?」

「私は…」

 話しやすいように腕の力をゆるめてくれた。

「……これまでのように三人で仲良くしていきたいと思っております」

「なんか、模範解答だね。誰かに言わされてるみたい。じゃあ、次の人」

 もう三人の煮詰まらない関係に飽きられたのか、次の女子へと話題が移り、順繰りに恋の話をしていくうちに朝の4時になった。全員、寝るつもりがないようで新しいお菓子を開け、ジュースを回している。それでも、少し話題が無くなってきたタイミングがあり、訊きたいことがあったので口にした。

「もし、みなさんが恋をしていない相手と結婚することを強制されたら、どうお感じになりますか?」

「何それ? 普通にありえないでしょ」

「ですから、もしも、の話です」

「断るか逃げるか、するんじゃない?」

「断れず逃げられなければ、どう感じますか?」

「いやいや、それ犯罪じゃん」

「……。犯罪にならず、たとえば相手が大きな権力を持っていた場合などで結婚を強制されたときの話です」

「お金持ちってこと?」

「はい、そういう場合も含めてください」

「う~ん……お金かぁ……迷うかもしれないけど、やっぱり相手によるかな。いい人そうだったら、結婚してもいい」

「こちらは相手のことを選べない場合です」

「……それ、死ぬほど苦痛なだけじゃん」

「やはり……そう思いますか……。もし、そんな生活が10年も続いたら、どうでしょう?」

「諦めて慣れるかもしれないけど、頭おかしくなって精神病にでもなるんじゃない」

「………」

「え、なに? 三葉ちゃん、変なお見合いでも強制されてるの?」

「いえ、私の話ではありません」

 そう言ったわりに自分のことのように悲痛な顔をしているので周囲が心配になる。また、早耶香がヘッドロックをかけてきた。

「明らかに今のは何か実話に基づいて質問してきたよね?」

「ぃ、いえ……たとえばの話です」

「みんなも訊きたいよね」

「訊きたい訊きたい」

 そう言って他の女子たちが三葉の手首や足首を押さえてくる。布団の上に大の字に寝かされ、手足の自由も奪われた。

「拷問係、お願いします」

「フフフ」

 女子の中で、そのテクニックと同性愛傾向でやや恐れられている水泳部の女子キャプテンが指を鳴らして近づいてくる。脱ぐ必要性は不明だったけれど、浴衣を脱いで下着姿になると水泳部らしい筋肉が見えた。

「よく聴きなさい」

 そう言って三葉の眼前に指先を見せてくる。

「私の指は、とっても、くすぐったいの」

「………」

「ほら、こんな風に」

 指先が三葉のわき腹に触れてきた。

「っ…うっ…」

「ね? くすぐったいでしょ」

 三葉の耳元に囁いて息を吹きかけてきた。

「さ、言ってごらんなさい。とっても、くすぐったい、って」

「……言えばよろしいのですか…」

「ええ、言って」

「……と…とても、くすぐったい…です」

「じゃあ、もう一度いくわね」

 素直に言ったからと容赦してくれるわけではなく今度は三葉の腋に触れるか触れないか、そっと指先をあててくる。

「っ…くっ…うくっ…」

 三葉の唇が笑いそうになって、頬が真っ赤になる。

「ほらほら、つん、つん」

「…うっ…あはっ! あはははあっはは! ひっ、イヤ! やめて! ひっ、あはははきゃははは!」

「ほら、言いなさい。とっても、くすぐったい、って」

「ひっはひっ、とっとっても、くすぐっ、きゃははははは! イヤひひっ、あははあはっはは!」

 言わせることで、くすぐったさを激増させる暗示をかけたうえで緩急をつけて指先を動かしてくる。

「さあ、どこまで耐えられるかしら」

 そう言って他の女子に目線で指示すると、三葉の足の裏や内腿、首筋や耳の裏まで、くすぐってくる。ほんの数分が数時間に感じられるような拷問を受けた。

「ハァ…ハァ…ひっ…ハァ…」

 笑っているのに泣きそうになって、やっと解放された。

「話す? それとも、もう一回?」

「………は……話せないこと……なのです。どうか、お許しください」

「そっか。もう一回、楽しませてくれるのね。私を失望させないでくれて、ありがとう」

 二回目は、さきほどの3倍も続けられて、もうぐったりと動けなくなるほど笑わされた。

「…ハァ………ハァ…………」

「さ、どうする? 話す? それとも3回目に挑戦する? 前に3回目をした子は、おしっこ漏らして泣いちゃったから、そこまではイジメになる気もするし、やめたいような、やりたいような。さ、どうする?」

「……は……話します…」

 もう三葉の身体が壊れそうだったので、アンネローゼとラインハルト、そして自分のことを欧州の小王国での出来事で三葉とは遠い親戚ということで話した。聞き終わった女子たちが重い沈黙に包まれる。一人が口を開いた。

「………一日も早く助けてあげられるといいね…」

「その前にアンネリーゼさんの心が壊れてしまわないといいけど…」

「三人は離れていても、お互いの存在が心も、社会的な意味でも支え合ってると思うなぁ」

「どういう意味?」

「だってさ、お互いが居るから自暴自棄にならないでしょ。社会的にも王妃の弟って立場だと、貴族たちにしても目立つ方法では抹殺できないし。お姉さんの存在がラインラットさんとキルヒマウスさんを守ってもいると思うの。もちろん、その逆も」

「けど、女の子にとって15歳から25歳までって一番楽しい時期なのに……悔しいよ! そんなのってない! その国王、殺したい。クーデターでも起こって死んじゃえばいいのに」

「うん、一日も早く解放されてほしい。ね、三葉ちゃん、私たちに協力できることってないの?」

「お気持ちだけで十分です。ありがとうございます。みなさまのお話を聞けただけでも、とても気づかされておりますから」

 ずっと不敬罪を恐れてラインハルトとしか、この話はしておらず、両親にさえ相談したことはない。それを大っぴらに、しかも女性に相談することができて見解を知ることができたのは幸いだったし、やはり一日も早く解放したいと誓い直した。気がつけば、朝日が昇ってきている。

「朝だねぇ。完徹したねぇ」

「朝ご飯、何時からだっけ?」

「7時だよ。まだあるね」

「お風呂いかない? 6時から開くはず」

「行こう行こう」

「……」

「三葉ちゃんもおいでよ」

「くすぐられて、たっぷり汗かいたでしょ」

「いえ、私は遠慮いたします。後片付けをしておきますから、みなさん楽しんでらしてください」

 そう言って徹夜の女子会の後片付けをして全員で朝食を摂り、バスで大和ミュージアムへ移動した。メインの展示物である戦艦大和の10分の1模型を見ると、穏やかな貴婦人としての振る舞いが少し崩れて、少年のように戦艦を見つめて三葉の瞳を輝かせた。

「火薬式の砲と、火力ボイラーで、これほどの戦艦を造り上げるなんて……」

「三葉、こういうの好きか? オレは好きだけど」

 克彦をはじめ男子は、やはり喜んでいるけれど、女子の反応は薄い中、はしゃいでいるので目立った。

「だって、これレールキャノンではないのに、重力下で46キロ先まで到達するのですよ。すごい」

「レールキャノンなんて言葉よく知ってたな」

「ぇ……」

 うっかり徹夜明けの頭で余計なことを口にしてしまい焦ったけれど、克彦は感心しているだけだった。

「レールキャノンも、そろそろ実用化されるかなぁ。大きな戦争でもあれば、その必要性もあるのかもしれないけど」

「そんなこと起こらなければよいですね」

 この後の地球の歴史を思い出して、はしゃいでいた気持ちが一気に落ち込んだ。昼食のお好み焼きを食べて、原爆資料館を巡ると、落ち込んでいた気持ちが地の底まで沈んだ。

「……はぁ………はぁ……」

「三葉ちゃん、大丈夫? 鳥肌、立ってるけど」

 早耶香が心配してくれて笑顔をつくろうとしたけれど、冷や汗が流れただけだった。

「…だ……大丈夫です………いえ、その……展示物の……ショックが……大きすぎて…」

 何度も戦場を巡ってきたけれど、艦隊戦で死体を見ること無い。地上戦でも、そこで見るのは兵士として不本意ではあっても死地に赴く覚悟を大なり小なりしてきた戦闘員の死体であって、子供や女性がいる市街地、むしろ本土に残っていたのは非戦闘員が多かったのに、そこに落とされた熱核兵器の惨状を見ると、足がすくんで早耶香と克彦に両方から支えられるようにして歩いていた。

「……はぁ……」

「三葉、気分が悪いんやったら、もう途中でやめるか? 別に、全部見んでもええやろ」

「そうよ。顔色、すごい悪いよ」

「いえ……きちんと、すべて……。……テッシーとサヤチンは、平気なのですか?」

「いや、まあ、気分のええもんやないけど、こういうの見慣れたというか」

「なんのかんので、よく見るしね。8月とかテレビでも、やりまくるし」

 小学生の頃から平和教育の名のもと日教組が宗教的な熱心さをもって主導する戦争の悲惨さを何度も見てきた二人に比べて、幼年学校では帝国軍の精強さと、かつての戦功や英雄について教えられるばかりで、ラインハルトに言わせれば、なぜそれほど精強な帝国軍が百年かかっても叛乱軍を覆滅できないのだ、とつっこみを入れられるような戦争観の教育しか受けてこなかった。おまけに克彦と早耶香は戦場と死など自分とは無縁の遠いことだと確信しているのに比べて、死も戦場も我がこととして捉える差は巨大だった。

「……はぁ……ぅぅ……」

 奥へ進むほど展示物のインパクトは大きくなり、三葉の胃が痙攣してきた。

「……ぅ…」

「吐きそう? トイレ行く?」

「……」

 口を押さえて頷いたときには限界だった。

「うえぇ! うえっおえぇえ!」

 三葉の唇から嘔吐物が流れ出て床に拡がった。お好み焼きだった物が三葉の唾液と胃液が混じった状態で出てくる。

「ハァ…ハァ…うぅ…すみません…ごめんなさい…」

 施設の係員がバケツと雑巾を持ってきた。申し訳なさそうに謝るのに、かまいませんよ、とショックを受けてくれたことが、むしろ教育効果を出せて嬉しいというような表情で片付けてくれる。

「うわぁ…ゲロ巫女がゲロってる。悲っ惨」

「人前で吐くとか笑える。臭っ」

 一部の心ない女子が野次ってくるのを克彦が睨むと、笑ったまま進んでいった。

「三葉ちゃん、トイレに行こう」

「はい……」

 早耶香に手を引かれて女子トイレで顔と手を洗ったけれど、顔色は悪いままだった。徹夜のせいもあって目に隈ができてるし、全体に青白い。それでも自滅的な義務感で館内を最後まで巡った。ユキちゃん先生も感受性の強い生徒がショックを受けることは想定していたので優しくフォローしてくれたものの、展示物の印象が頭に残って消えないまま、広島駅から京都駅まで新幹線で移動し、旅館に入った。

「三葉ちゃん、夕ご飯、食べられそう?」

「いえ……遠慮します…」

「お風呂は、どうする?」

「それも遠慮します」

 夜になってもショックは消えなかった。今夜は予算の関係で女子は大広間に全員が布団を敷いて寝ることになっていた。睡眠不足と心理的なショックで、もう気力は残っていなかったけれど、三葉からリュックサックを必ず枕元において寝るよう指示されていたので、それだけは守って横になる。身体を横にすると意識を失いそうなほどの睡魔が襲ってきたけれど、12時までは我慢しなければと睡魔との持久戦を試みるけれど、どんどん意識が朦朧としてくる。

「宮水さん、リュック決まりだから、どけるよ」

 荷物は一カ所にまとめて置くよう決められていたので、気づかないうちに動かされてしまった。

 

 

 

 ハンス・エドワルド・ベルゲングリューン大佐は、したたかに酔っていた。わずか2000隻のキルヒアイス艦隊の旗艦で通路を歩きながら、酒瓶をあおっていた。

「酔ってるな、ベルゲングリューン」

 フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー大佐が注意しても、また酒をあおる。

「ああ、酔っているさ。前回、失敗したときより数が少ないんだぞ」

「だからこそ…」

「た、大佐」

 三葉が二人に声をかけると、ビューローは敬礼してくれたけれど、ベルゲングリューンは睨んできた。三葉の隣にいるノルデン少将が咳払いしても無視だった。

「こ、これから作戦を説明します……」

 酔ってるよ、このオジサン、ありえないでしょ、作戦前に、なんで、こんなに規律が乱れてるわけ、と三葉は強い不安を覚えつつも、なんとか平静な顔を保って四人で艦橋へ向かう。ベルゲングリューンがアルコールの匂いをさせて近づいてきた。

「小官は作戦より全体の数の方に問題があると、愚考つかまつりますが!」

「と、とにかく、これを見てください」

 艦橋へ入って三葉は作戦を説明する。キルヒアイスの指が自信なさげにメインモニターを指した。

「工作艦ばかり、こんなに並べて、、どうしようと言うんですか」

「ま、まず、シュムーデ提督が前回敗北された状況を振り返ります」

 三葉はキルヒアイスが残してくれた日本語混じりの作戦書を読む、もう三葉もドイツ語を読み書きできるけれど、今は機密保持のために日本語を使っているのだった。

「カストロプ公は説得に出向いたマリーンドルフ伯と、その令嬢を捕らえているばかりか、帝国に反旗を翻し、マリーンドルフ領へも、その妹が5000の艦隊を指揮して侵攻していましたが、シュムーデ提督は私兵艦隊を無視してカストロプ本領の惑星ラパートを突くと見せかけ、慌てて戻ってきたところを迎撃するおつもりだったようです。しかし、逆にラパート星に配備されていたアルテミスの首飾りへ追い込まれる形となり壊滅しました」

「それを、たった2000隻の艦隊で、どうしようというのです?!」

 あまりに頼りない雰囲気が漂っているのでベルゲングリューンは三葉から作戦書を奪い取った。

「こ…これは……いったい、何が書いてあるのです?!」

 日本語なので、まったく読めない。

「返してください。機密保持のため特殊な記号を使っています。私にしか読めません」

「………」

 不承不承でベルゲングリューンが作戦書を返した。

「まず、アルテミスの首飾りはゼッフル粒子によって無力化します。さいわい、微弱ながら引力がありますから、昨日のうちに散布されています」

 住民がいる惑星へ影響させずに軌道上の衛星のみを破壊するためにゼッフル粒子を散布するのは、名人芸といっていいほどの巧妙さを要するけれど、すでに完了している。その分、作戦を延期することはできず、明日にするわけにはいかなかった。

「次に、敵艦隊ですが、我々を待ちかまえるように正面にいますから、これに正面から接敵します」

「正面からっ?! 2000で5000にですかっ?!」

「最後まで聞いてください。接敵寸前に後退します。当然、相手は追ってきます」

「でしょうな」

「この追ってきた敵へ、横から小惑星を複数個ぶつけます。この小惑星にはワルキューレを隠してありますし、ワルキューレを隠していない小惑星は敵陣内で爆発するよう仕込みがしてありますから、敵艦隊は混乱に陥るでしょう。そこで後退をやめ、前進し敵中心を突きます。相手は5000といっても士気の低い私兵です。これで勝てるでしょう」

「…………たしかに、その作戦なら……可能性は…」

 ベルゲングリューンが作戦を聞いて、少し納得したけれど、それでも不満そうに通路へ出ると、酒瓶をダストシューターに捨てた。

「まだ半分以上残ってたんじゃないのか」

 心配して追ってきたビューローが言い、ベルゲングリューンは憤然とする。

「あの頼りない司令官を見たか?! 作戦を説明するのに手が震えていたじゃないか! 声だって震えていた! 昨日までは冷静だったが、いよいよ戦場に着て怖くなったって顔だぞ!」

「……」

 ビューローも否定できないので黙っている。

「あんな頼りない司令官のもとで酔っていたら、うまくいく作戦も失敗する! だいたい、どうして同格で先任のノルデン少将が戦闘技術顧問でついてくるんだ?! イゼルローンの失敗を忘れたのか?!」

「そのことだがな、昨日、キルヒアイス少将はオレにも、もしも自分が明らかに間違った戦闘指揮を執った場合は、かなり強い口調で反論してほしいと言った。どんなに強く進言しても、あとで罰したりしないから遠慮無く言ってくれと。むしろ、なるべく優しく言ってくれる方が、きっと素直に聞くとまで言われた」

「はぁ?! なんだ、それは?!」

 怒りながらベルゲングリューンが歩いていく。

「どこへ行くんだ?」

「タンクベッドで一眠り! 酒を抜くのだ!!」

 激怒しながらタンクベッドに入った寝顔を見ていると、ビューローは司令官が頼りになろうがなるまいが、どのみち戦闘前にはお互い死にたくないので僚友は酒を抜いたのではないかと思ったけれど、もう言っても詮無いことなので艦橋に戻って作戦開始の準備をする。しばらくしてベルゲングリューンが無言で艦橋へ入ってきて手伝ってくれた。すべての準備が整い、無駄とはわかっていても降伏勧告をする。

「すーっ…はーっ……」

 三葉が深呼吸をして気持ちを整え、通信をオンにする。

「ジークフリード・キルヒアイス少将です。マクシミリアン・フォン・カストロプに対して降伏勧告します」

「ほお、最近では女のような顔の若造が司令官になれるのか。貴族でもない身でどうやって取り入った? スカートが似合いそうだな、そっちか?」

「………」

 なんでギリシャ風なんだろう、と三葉は固まった。通信スクリーンに大きく映し出されたカストロプは細身で長髪のハンサムと言っていい顔立ちの男性だったけれど、着ている服は古代ギリシャ風だった。背景に見える建物の内装もギリシャ風だし、使用人たちもギリシャ風の服装をしている。帝都オーディンが中世風だったのも驚いたけれど、今回の驚きはより大きい。

「……」

 私も祭りの日には巫女服を着て舞うんだし、なにか儀式でもやってたのかな、と三葉は思い直して降伏勧告の答えを確認しようとする前に、カストロプが言ってくる。

「そんなところにおらず降りてこい。こうやってかわいがってやるぞ」

 ジャラ…

 カストロプは10歳くらいの少女を、あられもない姿にした上で首と両手に輪をかけて鎖でつないでいた。手錠と違い、結局のところ鎖が長いので両手の自由はあるようだけれど、いかにも奴隷であるという雰囲気を出すための装飾的な拘束で趣味の悪さを感じる光景だった。四葉と同じくらいの年頃の少女が涙を流しているし、そんな少女が10人くらいいて、さらに伯爵令嬢のヒルダまで同じ姿にしていた。

「………」

「いいものを見せてやる。もともとヒルダは歳だから要らんし、他のにも飽きたからな」

 そう言うと使用人に命じてヒルダたちを闘技場へ追い込むと、十数頭の猟犬をけしかけた。この猟犬というのがDNA処理によって頭部に円錐状の角をもつようになった有角犬で、無防備な少女たちは追い回され、身体を角で突かれている。もともと犬は強く噛みつくことで攻撃力を発揮するように何十万年もかけて進化してきたのに、小さな角で突くよう訓練されて攻撃力が乏しい、貴族権力の散文的な一面を象徴するイマイチな獣だったのだ。攻撃力が弱い分、すぐに致命傷とならず長く追い回されることになる。逃げまどう少女たちを守るようにヒルダが猟犬たちに立ち向かっているけれど、素手で複数の猟犬にかなうはずもなく、その美しい瞳が角に抉られ、悲鳴をあげるのを見たキルヒアイスの顔が怒りで真っ赤になった。

「この変態公爵!! 全艦! 最大加速!」

「ふわははははは! 来るがいい!」

 明らかに挑発だったけれど、作戦でも前進する予定なのでキルヒアイス艦隊が進む、そしてアルテミスの首飾りの射程範囲に入った瞬間だった。

 ふわっ…

 宇宙空間なので衝撃波が来るまでは音は聞こえないけれど、光りの輪がラパート星を囲んだ。

「なんと見事な……」

「お見事……」

 名人芸を通り越して、大きな重力のある可住惑星の表面上にいる住民たちに一切の被害をおよぼさず、しかも首飾りの射程距離圏外から、軌道上の微弱な重力しかもたない人工衛星だけを爆破する神業的なゼッフル粒子の仕込み方に、ベルゲングリューンたちは息を飲んだ。これはこの人にしか再現できない、この人ならイゼルローンさえゼッフル粒子で攻略するのではないかとビューローたちが尊敬していると、作戦予定よりも前進速度が速いので敵艦隊との距離が詰まってくる。

「なんだ?! 何が起こっておるのだ?! ええい、首飾りは無敵ではなかったのか?!」

 まだ通信がつながっているカストロプが激しく動揺しているけれど、妹の艦隊のことは覚えていた。

「エリザベート・フォン・カストロプ提督! ヤツらを生かして返すな!!」

 妹のことをフルネームで呼んだカストロプが命じると、敵艦隊から通信が送られてくる。

「名門カストロプに、わずか2000隻の艦隊でたてつくとは愚かなことよ」

 兄と同じく自己顕示欲が強いようで、わざわざ戦闘前に顔を見せてくれたけれど、ぽっちゃりとした中肉中背の女性で二重顎だった。顎の肉を震わせて命令してくる。

「全艦前進! 砲撃戦用意!」

「砲撃戦用意!」

 三葉が対戦準備を命じると、ベルゲングリューンが通信の送信を切ってから異議を唱える。

「閣下っ! 予定と違います! すでに速度が出すぎていますから、もう後退をお命じになりませんと!」

「………。このまま前進!」

「閣下っ!」

「閣下、ご予定では後退して小惑星を突入させ敵艦隊の混乱を誘うはず、ここは一つ冷静になってください」

 ビューローが優しく進言してみても、三葉は命令をかえない。

「このまま前進」

「閣下!! なりません!!」

「我らは、わずか2000! 正面からぶつかって勝てる相手ではありませんぞ!」

「あれを見ても、なんとも思わない?!」

 三葉が通信スクリーンを指す、そのモニターでは、いまだカストロプの闘技場の様子が送信されてきていて、有角犬たちに襲われているヒルダと少女たちが映っている。ヒルダは少女たちを統率して、より小さい歳の子を中心にして守り、自分と身体の大きめの少女たちで円陣を作って防御しているけれど、その分、どんどん背中を刺されていた。

「あれは敵の罠です!!」

「挑発にのってはいけません!!」

「女の子を守れない軍隊に存在価値なんてない!!」

 一つの真理を口にした。

「後退していたら、間に合わないから!!」

 三葉がキルヒアイスの手を振った。

「ファイエル!!」

 すでに、お互いの射程距離に入ってしまい砲撃戦になった。双方前進していたので近接戦闘になる。

「くっ…これでは後退しても遅い…」

「ノルデン少将さん! ホーランドアタックの準備を!」

「了解しました。全艦へ通信! 戦術コンピューターの回路Hを開くよう!」

 二人は事前にコンピューターへ仕込んでおいた戦術を展開する。

「「ホーランドアタック開始!!」」

 キルヒアイス艦隊が、さながらアメーバのように速度と躍動性にすぐれた艦隊運動で敵艦列を乱していく。かなりのエネルギー消費ではあったけれど、その分だけ敵を乱し、練度の低い私兵だったので立て直せないでいる。ベルゲングリューンが感心しつつも進言する。

「見事な艦隊運動ですが、こんな動きでは長くはもちませんぞ」

「わかっています。通信を! 敵艦隊の全艦へ向けて通信回路を開きなさい!!」

 三葉の命令通りに通信要員が敵艦隊への通信を送る用意をした。

「敵将兵の全員に告ぐ! 自分で選びなさい! あなたたちはカストロプの手下として死ぬか、名誉ある帝国軍に加わるか! 選びなさい! 私たちは先遣艦隊に過ぎない! すでに、ローエングラム元帥閣下が1万隻の艦隊を率いて近くまで来ている! 今なら、まだ間に合う! 降伏なさい! 寝返りなさい! 降伏すればカストロプ以外の罪は問わない! そして寝返って、いまだカストロプの手下である艦を撃てば、戦功とみなしてあげます! さあ! 選べ! あの変態の手下として死ぬか!! 生き伸びてチャンスをつかむか! 自分で選べ!!」

「「…………」」

 あと1万隻が控えているというのは、大きなブラフだったけれど、もともと前回のシュムーデ提督が5000隻で、キルヒアイス艦隊の2000隻が少なすぎることと、首飾りが消失してしまったこと、混戦になり指揮系統が乱れつつあることも手伝い、1隻また1隻と降伏したり寝返りを宣言して1秒前までの味方を撃ち始め、ここぞとばかりに私怨で友軍艦を撃つ艦長まで現れ、陣形の最後尾で裏切りやすかった100隻単位の分艦隊が旗色を変えたことで、一気に全体が瓦解した。

「降伏する!! 我々は悪逆な支配者から解放された!!」

 通信スクリーンにブラスターを突きつけられたエリザベートの泣き顔が映り、キルヒアイス艦隊に安堵が拡がったけれど、三葉は次の命令を下す。

「大気圏突入用意! 陸戦準備!!」

 さらに三葉は下士官に命じる。

「私の装甲服を! ノルデン少将さん、艦隊指揮をお願いします。あのギリシャ神殿みたいな建物に強行着陸を! 地対空攻撃には注意して!」

「了解しました。お任せを」

「閣下が自ら出撃されなくとも!」

「危険です!」

「怖いなら、そこで見ていなさい」

 そう言われると、ベルゲングリューンも着替えた。地表からの対空攻撃は無く、強行着陸して三葉たちが闘技場へ駆けつけると、誰も抵抗しなかったし、襲ってきた猟犬を三葉が戦斧で数頭薙ぎ払うと、あとは逃げ散った。

「しっかりして!」

 三葉は出血多量で朦朧としているヒルダを抱き上げた。

「ぅぅ……」

 ヒルダは左目だけでキルヒアイスの顔を見上げると、その聡明な記憶力で以前にオーディンで会ったことがあると判断したけれど、さすがに詳しく思い出すことはできない。

「助けに来た! 安心して! 衛生兵か、軍医を!! 早く!!」

「…ありがとう……あなたの…お名前は?」

「宮水三葉ぁあ…じゃなくて! ジークフリード・キルヒアイスです!」

「…私は……ヒル…」

 そこまで言ってヒルダは失神した。衛生兵が駆けつけヒルダと少女たちの手当を始めると、三葉はカストロプを探した。

「カストロプは?!」

「こちらです、閣下!」

 ベルゲングリューンが指す方へ走った。

「私が殺してやる! …………」

 殺意を剥き出しにして疾走したけれど、すでにカストロプは使用人たちに短剣を何本も刺され、最後にブラスターで背中から撃たれて大理石の階段に転がっていたので、もはや三葉にすることはなかったけれど、血中に滾るアドレナリンがキルヒアイスの腕を動かし、戦斧を振りおろして、首を刎ねた。

「顔さえあれば本人確認できる。身体は犬のエサにでもなればいい」

 そう言って状況判断のために周囲を見回すと、ギリシャ風の衣服を着た使用人たちは恭順の意を示すように膝をついて頭をさげている。

「ベルゲングリューン大佐さん」

「はっ!」

「他に敵は?」

「おりません」

「戦闘終了?」

「そうなります」

「………。さっきの女の子……」

 三葉はヒルダの容態が心配だったので、衛生兵から引き継いで治療している軍医に訊いてみた。軍医による説明では失血死しかけていたものの輸血が間に合い。傷そのものは浅いので命に別状はないが、右目の失明はまぬかれないとのことだった。

「かわいそうに……」

 同情の念と忌々しさが湧いてきて、三葉は床に転がっているカストロプの頭を蹴った。サッカーボールのように転がっていく。主人の遺体を辱められても、使用人たちは誰一人として異議を唱えない。ベルゲングリューンが言ってくる。

「閣下は猛将であらせられますな。それでいて情に厚く、また策士でもある」

「…………」

 誉められてるのかな、と三葉は思ったけれど、あまり適切な返答が浮かばない。かわりにテーブルに置いてある酒類に目がいった。金満な公爵家らしくテーブルには豪華な料理と、最近わかるようになってきた帝国産ワインの中でも最高級の物が並んでいる。

「………ベルゲングリューン大佐さん」

「はっ」

「もう戦闘はない?」

「はい」

 ベルゲングリューンは空を見上げた。すでに軌道上での戦闘も終結していて砲火は見えず、艦隊が再編されつつある。一部の艦が完全占領のために降りてきているけれど、地上でも抵抗する者はいない状態だった。

「もう完全に降伏しておりますれば、戦闘が行われることはないかと思われます」

「…………。じゃあ、もう飲んでもいいと思う?」

「……。はっ、お付き合いさせていただきます!」

 ベルゲングリューンもアルコールは大好きだった。困難な作戦を成功させた戦友として、酒を酌み交わしたい気持ちは強い。二人が飲み始めると、当然のように酒宴になり、罪を問われたくないカストロプの使用人たちは酒をついでくる。

「帝国万歳!」

「キルヒアイス閣下万歳!」

 他の陸戦要員や占領事務に従事するはずだった兵卒たちも飲み始め、だんだんと秩序が無くなってくると略奪と婦女暴行が始まった。酔ってきた三葉の見ている前で陸戦要員が使用人が着ている脱がせやすそうなギリシャ風の衣服を脱がせて女性を押し倒している。

「………」

 ふらっと立ち上がった三葉は女性を押し倒している陸戦要員を横から蹴った。

 ドカっ!

「ぐはっ…」

「いくら勝ったからって、それはやり過ぎ!」

「はっ…はい!」

 強姦しようとしていた陸戦要員は敬礼して逃げていく。三葉が見回すと、同じようなセクハラ行為をしかけていた兵士たちは威儀を正して、素知らぬ顔をしているけれど、略奪した腕輪や宝石を持っていたりする。

「う~ん………ベルゲングリューン大佐さん」

「はっ。ヒクッ…失礼」

 ベルゲングリューンの顔はアルコールで赤く染まっている。もう作戦前より飲んでいた。

「ああやって、宝石とかを盗んでるのはあり?」

「はっ………あまり良い習慣とはいえませんが、役得といいますか、さきのクロプシュトック侯の叛乱鎮圧時にも戦利品を入手した者は多く、ある程度は兵士への褒賞という意味合いもあります。帝国軍の悪しき風習と言ってしまえば、それまでですが、婦女暴行や殺人まで発生するのは、いささか困りものです。ヒクッ…失礼」

「そう……う~ん……風習……役得……文化の違いかな…ヒクッ…自衛隊とは、だいぶ違うか………米軍も婦女暴行するし……そういえば、ロイエンロールが、そんな話で相談に来てた気が……あいつ、私のこと、ときどき睨む……。…とりあえず文化の違いなら……あんまり厳しすぎても逆に不満がたまるかな……」

 すでに三葉も、かなり酔っている。酔った頭で三葉が結論を出した。

「婦女暴行禁止!! 傷害殺人も禁止!! 略奪は、ほどほどに!」

「はっ!」

「婦女暴行したヤツは犬に喰わせるから!!」

 もともと三葉が突撃を開始したのは女性への陵辱に憤慨したからだと知っている兵士たちに命令は徹底され、婦女暴行は発生しなくなったけれど、ほどほどの略奪は行われた。酒宴は続き、ふらふらと三葉はカストロプが座っていた玉座へ腰をおろした。手にはカストロプの首を持っている。放り出そうかと思ったけれど、少しばかり遺体に対する尊厳の念も湧き、そっとテーブルの上に置いた。そして日本人でもあまり知らない神道式の冥福を祈る動作をした。

「よもつくに、あきつかみ、やすくにとおぼしめせ」

 三葉が何らかの祈りを捧げていると感じた使用人たちもギリシャ式の祈りを捧げてくる。

「次に生まれ変わってくるときは、ロリコンじゃないといいね。……ヒクッ………ヒクッ…あ、もう12時に……」

 時計を見ると読みにくいギリシャ文字だったけれど、12進法は共通のようで時刻はわかった。

「紙とペンある?」

「はい! 今すぐに!」

 使用人がダッシュで持ってきた。

「……フフ……完勝っと…」

 ワインを飲みながら満足そうに手紙を書きにくい羊皮紙へ書き始めた。

 

 


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