「ガヴったら、いったいどこに行ったのかしら……」
月乃瀬=ヴィネット=エイプリルは、知り合いの様子を見てくると言って、教室を出て行ったきり帰ってこないガヴリールのことを探していた。はじめは自分にあらかじめ伝えられていた隣のクラスを当たったのだが、そこに彼女の姿はなかった。どうしたものかと周りの人に話を聞いてみれば、引きつった表情で使われていない教室の方向を指さされ、今に至るのである。
昼休みは昼食をとるために長めに設定されているとはいえ、そろそろ食べ始めないと次の授業に間に合わないだろう。優等生である彼女が遅刻をするとは思えないため、何か面倒ごとに巻き込まれているのではないかと少し心配になる。
「あっ、いたいた」
ちらりと覗いた空き教室に、見慣れた後ろ姿が見えた。何やら話し込んでいるようだが問題ないだろう。一応ノックはしたものの、返事を聞かずに扉を開けるとそこにいたのは……
「まったく、聞いているのですかラフィ、サターニャさん!今回のことはあまりにおふざけが過ぎます!」
鬼の顔で真面目に説教をしている自分の友人と、
「うう〜〜、えうっ、えうっ」
その説教を受けながら号泣している、これまた友人と、
「ごめんなさいガヴちゃん。それにしても、たまには役者側に回ってみるのも楽しいものですね〜」
同じく説教を受けながら、それでも心なしかつやつやとした顔に笑みを浮かべる美しい少女と、
「終わった…俺の学生生活……。死にたい…消えて無くなりたい…誰か俺を殺してくれ…。いや…いっそのこと俺が殺っちまうか…?見たやつ全員消せば世界は上手く回るんじゃないか…?」
膝を抱えながら危ない顔で虚空を見つめ、ブツブツと呪詛をつぶやく少年がいた。
「……何この状況?」
あまりにも混沌とした空間に軽く目眩を起こすヴィネットであった。
「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」
「あー、うん。大丈夫。一応出るときガヴリールとラフィもフォロー入れてくれてたし……」
「いや、クラスじゃなくてあなたのことを心配してるんだけど……」
正気を取り戻し空き教室を後にした自分は、ガヴリールを訪ねてやってきた少女、月乃瀬=ヴィネット=エイプリルとともに自教室までの廊下を歩いていた。サターニャとラフィはやっと解放されると喜んでいたが、怒りの表情のガヴリールに首を掴まれ未だ鬼の説教を食らっている。ざまあみろ。
「さっきのあなた、すごい顔してたわよ。それになんだか危ないことまで口走ってたし」
「だって…ね?入学2日目にしてクラス内の評価が二股かけてるクソ野郎で確定したら誰でも現実逃避したくなるでしょ……」
「あはは……。まぁ、気の毒だとは思うわ……」
ガヴリールから簡単に事情を説明された月乃瀬さんは、その境遇に同情してくれていた。ここ二日間で頭がおかしいやつ2人と友達になったため、そのまともな気遣いがひどく心に染みる。
というか、この子はいったい何者なのだろうか。先ほどの様子だと、どうやらガヴリールとサターニャとは面識があるようだ。
霊力は……感じられる気もしなくはないが、少なくともラフィやガヴリールほどではないのだろう。自分は別に人より霊感が強い程度で完璧に相手の力量を測れるわけではないため、あくまで予測だが。
他になにか目立つところがあるとすれば……名前だろうか?でもなぁ、ミドルネームもこれで4人目だし。案外自分が知らないだけで探せば見つけられる程度にはいるのかもしれない。
「月乃瀬さんってあの3人と知り合いなの?」
「ラフィエルさんとは初対面かな。ガヴとは
「前の学校ってことは、やっぱり外国?いや、3人とも珍しい名前してるし」
「あー…うん。そんな感じ。確かに名前に関しては
「うん、
うーん、わからん。この思考昨日今日で3、4回目だけど。
なんだろう、やはり転生者がどうこうというのは自分の思い込みだったのだろうか。少なくとも昨日今日で知り合った3人は皆個性的ではあるものの、そういった気配は感じられない。そもそも、前世のサブカルの知識を
ダメだ、考え始めたらキリがない。頭がパンクしそうだ。
「そういえば、今更だけど私のことはヴィネットでいいわよ。それかヴィーネ。ガヴとサターニャの友達なんでしょ?」
「んー、じゃあ俺のことも春彦でいいよ。それか春。よろしくね、ヴィーネ」
「うん、よろしく春くん」
「おっふ……」
「ん?どうかしたの?」
なんでもないよと急いで取り繕う。どうしよう、冗談のつもりで提案してみたのだが、まさかほんとに呼んでくれるとは思わなかった。
なんかもうどうでもいいや。意味があるかもわからない警戒をしてせっかくできた友達と疎遠になったら嫌だし、あんまり考えすぎないようにしよう。というか、そもそも自分は対魔師という非現実的な世界に既に足を踏み入れているのだ。何かあったとしても今更だろう。
「そうだ。よかったら一緒にお昼食べない?ガヴ達はあの調子だからきっと間に合わないだろうし、春くんも1人で教室戻るの気まずいでしょ?」
えっ、なにこの子。天使かな?
「俺と2人だけどいいの?」
「ん?もちろん!サターニャの話とか聞きたいし」
「ありがてぇ……。それじゃちょっと売店行ってくるわ」
「うん。私もお弁当取りに戻るからテラスで集合しましょ」
そういうとヴィーネは駆け足で自分の教室へと戻っていった。
まぁ、うん。昨日今日での感情の起伏が激しすぎて疲れたし。とりあえずは余計なことは忘れて、彼女との昼食を楽しむことにしようか。
「まったく、昼はひどい目にあったわ……あの悪魔天使め……」
「いや、それどっちだよ……」
ヴィーネと談笑しながら昼食を終えた自分は、ちょうどガヴリールから解放されたであろうラフィと共に教室へと戻った。2人は自分が思ってたよりもずっと上手くフォローをしてくれていたようで、教室へ戻った際は注目こそされたものの、冷ややかな感情を感じることはなかった。
そして無事に5限6限を終え、いざ帰ろうと荷物をまとめようとしたところなのだが……
「てかさ、
「ふんっ、愚問ね。やっと人間のしがらみから解放されたのだから、これからは魔界を統べる大悪魔になるために悪事を働かなければならないでしょう?そのためにわざわざ眷属を迎えにきてあげたのよ。感謝しなさい」
「ツッコミどころ多すぎてどこからつっこんでいいのかわかんないんだけど、とりあえずその眷属って誰」
「あんた」
ですよねー。いや、わかってたんだけどさ、もしもってことがあるじゃん?結果的にはなかったけど。
「面白そうなお話してますね〜。わたしも混ぜてください」
サターニャの姿を見つけたラフィがクラスメイトから離れ、こちらにやってきた。
うわぁ、凄い良い顔してる。反対にサターニャの顔は曇ったが。
「いーやーよ!なんでわたしが
「なぜって、サターニャさんと一緒にいたら面白いことが起きそうですから……」
「そんなこと起こらないわよ!さっさとどっか行きなさい!」
「うーん、どうしてもダメですか?」
「ダメにきまってるでしょ!何を言お「それなら」……なによ?」
サターニャの言葉にかぶせるようにラフィが話しかける。
「それなら、弟子にしてください」
「は、はぁ?弟子?」
「はい!いずれ大悪魔へと至るサターニャ様の勇姿をこの目に焼き付けたいのです」
「……いや、流石に無理があるだろ。サターニャ、お前ここでラフィを連れ込んだらろくなことに……」
そう言ってサターニャの顔を覗くと、そこにはぶつぶつと妄想を垂れ流す、だらしないにやけ顔があった。
あ、ダメだこいつ。
「し、仕方ないわね!特別にラフィエルも連れて行ってあげるわ、感謝しなさい!」
「はい、ありがとうございますサターニャ様」
いや、流石にチョロすぎるだろ。
一瞬でもこいつのことを警戒した自分をぶん殴りたい。
「うふふっ、ということでよろしくお願いしますね、春彦くん?」
「できれば勘弁してほしいんですけど……」
「ひどいっ!私達友達じゃなかったんですか!?」
「俺はラフィのこと友達だと思ってるけどさ、どうせラフィは玩具くらいにしか思ってないんでしょ?」
「…………うふふっ」
おい、そこは否定してくれよ。
なんで俺はこいつのことをもっと警戒しなかったのか。今朝の自分をぶん殴りたい。
「それじゃあ行くわよ下僕ども!ついてきなさい!」
「はーい。うふふっ、おも…楽しいことが起こりそうですね?春彦くん」
「マジかぁ……。俺ちょっと今朝の頭痛が……」
「いいから行くわよ!さっさとしなさい!」
そう言って手首を掴んできたサターニャに引っ張られ、自分たちは教室の外へと向かうのであった。
しばらくはコメディが続く予定です。
それから、これからのお話についての大まかなプロットができたので近いうちにタグとあらすじを改変するかもしれません。
11/3 タグとあらすじの変更を行いました。活動報告にて簡単にその旨をご報告させていただきます。