「雪か……」
ジャミトフ・ハイマン、今では隠居の身ではあるがそれなりの政治的発言力がある彼は、飽きずに深々と降り注ぐ雪を眺めていた。
「父さん、紅茶よ」
「おお、ありがとう……」
熱そうに娘が淹れてくれた紅茶を飲みながら、ジャミトフは再び窓の外へとその視線を向ける。
「ユウ・カジマ君と出会った時も、雪の日であったな……」
もっとも、感傷的になっているのは今の彼にとって現実逃避かもしれない。
「マリアオン・マーセナス……」
彼の前妻と後妻、奇しくも同じ名前なのは偶然ではない。彼の小飼いの密偵「サマナ・フュリス」からある報告書が届いたからだ。
「ネオ・ジオンに所属していたユウがパプテマス・シロッコの兄で、フロンタルと名乗っていた男が後妻マリアオンの子か……」
不老のラプラスタイプ、その言葉がジャミトフの脳裏へと浮かんだ。
――――――
「またクビになったんだってな、カミーユ」
「うるさいぞ、ヤザン」
「そろそろ、どうだい?」
「何がだよ」
マ・クベナルドでハンバーガーを頬張りながら、馴れ馴れしくカミーユの肩を抱くヤザン・ゲーブルことヴァースキ。
「もう、その話は断ったはずだ」
「お前さんなら、うちでも高給で雇ってもいいんだがね……」
「民間軍事会社なんていっても、所詮は人殺しだろ?」
「お前もそのうちの一人にしてやるといっているんだ、カミーユ」
「お断りだ」
「チッ……」
一つ舌打ちをしながら、会計の伝票をその手に取るヴァースキは、そのままレジへと向かう。
「ここは俺が支払っておくぜ、カミーユ」
「あ、ああすまないな、ヤザン」
「奥さん、悲しませるなよ」
「だから、大きなお世話だって……」
そのまま軽い足取りで店の外へ出ていくヴァースキを見送りながら、カミーユ・ビダンの口からため息が一つ。
「マジで、次の仕事を見つけないとな……」
次こそは上司を殴って退職しないようにしよう、そう心に決めているカミーユである。
――――――
「お帰り、アンジェロ」
「お帰りもなにも……」
ロニから花束を渡されたアンジェロはそのジュピトリスから浮揚し、器用にそれを受けとる。
「俺の故郷は、木星だよ」
「もうすっかり、木星人ね」
「だと、さ」
そう言いながら、アンジェロは背後からやってきた人影にとその視線を向けた。
「もうすっかりだと、シロッコ艦長」
「良い話ではないか、アンジェロ」
ロニに対する挨拶も程ほどに、パプテマス・シロッコはそのまま船外活動を開始する。補給船とのドッキングの必要があるのだ。
「マリーダやジンネマン、ヨンムたちはどうしている?」
「マリーダはハマーン・カーンの所にいると思う?」
「ハマーン・カーン?」
「サイドⅢの宰相だ、知らないの?」
「俗世には疎くて……」
「パプテマス、それの受け売りよね」
ククッ……
軽く笑うロニを軽く小突きながら、アンジェロもシロッコの呼ぶ声に合わせ、返事を返す。
「第三ブロック、繋げてくれ」
「了解、シロッコ艦長」
宇宙空間で身軽にその身を泳がす二人を邪魔してはいけないと思ったのか。
「じゃあね、アンジェロ」
「ああ、またな……」
「ヨンム達も、元気でやっているわ」
「それはなりより」
ロニは、その場から細い手足をばたつかせて宙を行く。
――――――
「シドレの事は、私もよくは知らないの?」
「そうですか、サラさん……」
「同じ、孤児仲間だったというだけで」
自分の子供の遊び相手になりながら、サマナの問いにサラはそう答えた。
「本当に、何も知らないの」
「本名がシードル・マリオスだったという事も?」
「この前に、初めて聞いたわ」
「そうか……」
遊び相手になりながら夫であるカツの弁当を作るという、主婦特有の器用さをみせつつに、サラはその顔を曇られる。
「まあ、もうすこし調べてみるさ」
「もう、死んだ身でしょう」
「……」
「ユウ隊長と同じように」
その言葉にサマナは何も答えず、ただ、強い雨に濡れているアジサイの花を眺め続けるのみ。
「もう、すべて私達の戦争は終わったのよ、サマナさん」
「手向けだよ、ユウ隊長への」
「彼も死んだ」
「僕の心のなかでは」
窓の外でシトシトと降り注ぐ雨の中、何かを宣言するかのように、サマナは語勢を強くする。
「まだ、ユウ隊長は生きている」