「では、ゴップ提督」
「うむ」
目の前にデンと居座る肥満した男から、新しい階級勲章を受けとるユウ・カジマ。
「少将への昇進、慎んでお受け致します」
「私が君に望む事、解るな?」
「ハト派の軍人、ですか?」
「せっかく残り少なく、ここまで生き延びさせてやった寿命だ」
ギシィ……
椅子を軋ませながら、ゴップ提督は葉巻に火を付け、その煙を軽く揺らせる。
「死んだレビルの代わりでも、せいぜいやってくれ」
「ハッ!!」
「大衆をアクシズから目をそらすセレモニーを行うんだからな、せっかく」
「ダカールでの、パーティーですな」
「パイロット上がりが少将、昔ジオン残党に将官がパイロットをやることはあったらしいが、あくまで臨時だ」
葉巻を灰皿へ擦り付けながら、ゴップ提督はニヤリとわらう。
「宇宙世紀初だよ、パイロットが将へなるとはな」
「目そらしのいいスキャンダルというわけですか」
「察しがいいじゃないか、ええ?」
「どうも……」
そのままゴップ提督は身体を重そうにして立ち上がり、ユウ・カジマ少将の肩へとその手を置く。
「君に、新しい護衛をつける」
その肩から手を離し、ややに離れた場所にいる秘書へと合図を送るゴップ提督。
「ヴァースキ君だ」
――――――
「いつから、民間軍事会社を?」
「アクシズ紛争が終わってから、ですかね」
そう言いながらヴァースキ、昔馴染みの男はニヤリとその頬を歪める。
「出世、おめでとうございます」
「嫌みにしか聴こえないぞ、ヤザン?」
「では、シャバに出たらぶちのめしてやるぞという考えが顔に出ていることも?」
「まるわかりだ」
「ハッハ……」
そう豪快に笑いながら、ヴァースキはユウ・カジマの制服の乱れを直してやった。
――――――
「なんだ、この荷物は?」
「どうした、ハンバーガー」
「マクシミリアンと呼んでくださいよ、レイヤー隊長」
そう言いながら、マクシミリアンと呼ばれた男は謎の荷物が入ったダンボール箱の中身を確かめようとする。
「ありゃ、これは極秘モンだ」
「開けろ、マクシミリアン」
「んなこといったって、責任は俺がとるんでしょ?」
極秘マークが付いた荷物は、たとえ不審物であろうとも一介の人物の一存では開けることはできない。
「マスター、ちょっと来て」
「いいから、中身はチェックしておけよ、マイク」
部下のあだ名をよびながら、同じく部下の女の言葉にその場を離れるダカール演説の警護隊長「マスター・P・レイヤー」
「全く……」
しかし、その部下であるマクシミリアンは気楽に過ぎる面があり、彼の言葉を。
「まあ、いいや……」
守らない。
「せっかくの、ジオン戦争の終戦記念パーティーだ」
もしも、人が感情というちっぽけな物に囚われず。
「悪い事も、起きないだろう」
理性を働かせていたら、この後に起きる惨劇も起こらなかったかもしれない。
――――――
「どうしました、ユウ隊長?」
「い、いや……」
男装の麗人、シドレのそのスーツ姿を見たとたん、その言葉がユウの脳裏へと疾った。
「あまりに綺麗なもので」
「フフ……」
艶然と笑うシドレ、その彼だか彼女が顔をユウへと近づけて、イタズラっぽくその唇を尖らす。
「クイズです、ユウ隊長」
「お、おう何かな?」
「私は男だとおもいますか、それとも女?」
「こ、これだけ綺麗だと、どちらでも」
そのユウの言葉に、シドレは大声を出して笑った。
――――――
「ダカールか、私が演説をした所だな」
「遠い昔のような気がしてきたよ、シャア」
暗い部屋の中、二人の男と一人の女がテレビ中継をされている番組へとじっとその視線を注いでいる。
「私たちは所詮過去の人間よ、アムロにシャア」
「そうだな、ララァ」
「で、なくてシャア」
あっさりとうなずいたアムロに対して、シャアには未だ未練があることをララァ・スンは的確に見抜いている様子だ。
――――――
「私もね、あの宇宙の花を見てから神聖さに目覚めたからね、ユウ・カジマ君」
「ハハ……」
「今度、多額の寄進をすることにしたよ、ガハハ」
ぶくぶくと太った男と挨拶を交わしながら、ユウはいわゆる「上級社会」というものの礼儀作法に疲れてきた。これで五人目だ。
「まあ、いいか……」
金持ち達の自慢話というものは大変に疲れるものであるが、まあ内容自体は不快なものではない。見栄とはいえ、貧しいものに寄進をしようとしているのだ。
「あー、ご出席の皆様」
そのゴップ提督の声に、そのダカール・パーティーに参加しているメンバーが皆一様にその顔を彼へと向ける。
「こちらが我らがニューホープ、ユウ・カジマ少将であります」
パチ、パチッ……!!
その彼の言葉に、出席者が皆拍手を贈った。
「彼こそは、今後の連邦を支える若き貴公子なのであります!!」
その大上段に構えたゴップの言葉に、我先にとユウ・カジマに握手を迫る富裕層の皆。
「ありがとう、ありがとう……」
そう言葉を返しながら、ユウのその瞳はある人物を探し求めていた。シドレである。
(いないな、シドレ……)
――――――
「ユウ、少将様ねぇ」
念願のパン屋を開く為に行っている工事の合間を見て、フィリップはテレビを覗きこんでいる。
「店の工事、見てほしいところがあるって、フィリップ」
「あいよ、ミーリ」
――――――
「おじさん、これ……」
「おう、ありがとう」
もう何人目かは解らないが、目の前の少女から花束のプレゼントを受け取りながら、ユウは何か違和感を感じ始めていた。
(なんだ、このグニャリとした感覚は……)
「ユウ少将?」
「いや何でもないよ、ヴァースキ」
「凄い汗だぜ……」
その時。
ボフゥウ!!
何処からか爆風が弾けとび、辺りへいた人々を吹き飛ばす。
「な、何だ!?」
「ユウの旦那、その花束から手を離せ!!」
反射的、それこそヴァースキの言葉が聴こえるか聴こえないかの間にユウは自身の手にある花束からその手を離した。
ズゥム!!
刹那、花束が爆発を起こしヴァースキがその花を蹴り飛ばす。
「くそ!!」
パーティーの出席者に変装したテロリストがユウの目前へとその拳銃を突き付けた。
「甘い!!」
怪鳥のように跳躍したヴァースキがそのテロリストの手から拳銃をはね飛ばし、そのまま回し蹴りをお見舞い、制圧をする。
「ユウ・カジマ!!」
能面を身に付けたタキシードの男、その姿を見て、ユウは直観的にその男の正体を見破った。
「ユウ・フロンタル!!」
そのフロンタルの手から投げ飛ばされる手榴弾、それがユウ・カジマへと飛びかかる。
「隊長!!」
その時、まるでユウ・カジマにとってはそのシドレを含む世界がスローモーションのようにみえた。
――――――
「ゴップ提督、お怪我は?」
「ああ、幸いな事に、ない」
その言葉に一息を飲み込んだサマナは、辺りの惨状を実と見やる。
「あのとき、百年前のラプラス事件と同じだ……」
――――――
「爆発です、テロでしょうか!?」
興奮したキャスターが、暗い部屋のテレビからがなりちらしている。テレビの前には先の三人の姿は無い。
――――――
スプリンクラーの水飛沫に爆発物の煙により、周囲の状況は解らない。
「シドレ……」
それでも、かつてシドレだった「物」の姿はよく見えた。
「人の姿をしていないから、これはシドレじゃない……」
「うう……」
能面を付けた、芝居じみた男の呻き声、それがユウにとってはやけに遠くから聴こえてくる。
「ユウ・フロンタルゥ!!」
ようやく我にかえったユウ・カジマがヴァースキに制圧されたフロンタルの胸ぐらを強く掴む、その時。
ズ、ズゥ……
――蒼い光が、二人の「ユウ」を包み込む――