夕暁のユウ   作:早起き三文

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第88話 ロストスリーブス

 

「ネオ・ジオンの少年兵」

「そう、名前はユウ」

「ユウ・フロンタルではなくて?」

 

 偵察型ジェガンを整備中のサマナは、そのユウ・カジマの問いにその童顔を軽くしかめてみせる。

 

「確かに、ユウと言った」

「死んだ身、死人の素性をあれこれと探ってどうするんですか?」

「気になってな」

「ハア……」

 

 ジェガンのコクピットからその身を乗り出したサマナは、近くにいるアフラーに機体の調子を確認させる。

 

「サマナ、通信機器オールオーケーだよ」

「ありがとう、アフラーさん」

 

 少し無視された格好になったユウは、少しムッとしながらも、サマナの顔を睨み付けた。

 

「わかりました、わかりましたから」

「頼むよ、サマナ」

「調べてみますよ、ユウさん」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、ロゴージン中佐」

 

 別にユウにしてみれば、かつての上官よりも階級が上になったことを自慢しているわけではないが、それでも。

 

「元気そうでなりよりだ、ユウ大佐殿」

 

 苦虫を噛み潰したような元上官の顔をみるに、嫌味ととられてしまったのだろう。

 

「こんな辺境の基地に、何の用だ?」

「いえ、休暇が取れたので、昔を懐かしみに」

「呑気なことだな、大佐殿」

 

 アルフのコンピュータに納められていた「クルスト・モーゼス」からの招待状には、十年前に彼が死んだ場所。

 

「それとも、あの変人博士の墓参りか?」

 

 ニムバス・シュターゼンに殺された基地の場所が書かれていた。

 

「だが、今この基地は化学兵器のテスト場所だということは知っているな?」

「暴徒鎮圧用の、弱い毒ガスですな」

「二、三日前に実験したそれが未だに、そう博士の墓の辺りに漂っている」

「行って大丈夫ですかね?」

「すでに大きく拡散しているはずだ」

「博士の屍に鞭を打つ感じですね」

「この基地の惨状を見ろ、ユウ大佐」

 

 確かに、この辺境の基地はあちらこちらに手が行き届いておらず、鉄骨が剥き出しになっている場所が散見されるのが痛々しい。

 

「その手のテストの他に、使い道がない」

「まあ、確かに」

「全く……」

 

 その不満顔は、ユウ「大佐」に向けてか、基地の状態に向けてなのかは、さすがにニュータイプに覚醒しつつあるユウ・カジマにも解らない。

 

「墓参りにいくんなら、防ガスマスクを付けていけよ」

「はい」

 

 そう答えながら、ユウは背中に背負ったザックから菓子折りをかつての上官にと渡す。

 

「つまらないものですが」

「おっ、すまんな」

 

 

 

――――――

 

 

 

 別にユウにしてみれば、クルスト博士を弔う義理も無ければ招待状を「受けとる」義理もない。

 

「しかし、ノイエ・ローテとの戦いの時の会話、そしてユニ・エグザムという名……」

 

 それでも、気になるのが人としての性分だろう。ユウ・カジマという人間はもしかしたら好奇心が強いのかもしれない。

 

「ガスマスクも、しっかりとな」

 

 正直、旧世紀から大して変わらないガスマスクのつけ心地は悪いの一言に尽きる。辺りへと漂うガスの残り香が、ユウの視界を覆う。

 

「確か、博士の墓はあの辺り……」

 

 薄茶色に包まれたみすぼらしい基地、その基地の端に博士の墓があるとロゴージン中佐は言ってきた。

 

――身辺に気をつけろよ――

 

 その言葉が意味するのは、月のない夜道の背中に気を付けろという意味であろうか。

 

「いくら、俺の出世が妬ましいとはいえどもな」

 

 大人気ない、とはユウも思う。

 

「さて……」

 

 石造りの簡素な墓、その墓にユウが軽く触れ、僅かにその表面をなぞる。

 

「どこに何があって、何が招待状なんだ?」

「さて……」

 

 その聞き慣れぬ声に、ユウはゆっくりと後ろへ振り返った。

 

「どうだろうな、ユウ・カジマ君」

「どういう趣向だ、ロゴージンめ」

「彼の娘を、少し人質とさせてもらった」

「奴も被害者か」

 

 周囲に広がる、ガスマスクを付けた男女の群れ。薄茶色の煙に映えるその姿は、まるで死霊の群れのように見える。

 

「あんたの名は」

 

 その彼らのリーダーと思われるその男が、ユウのその声にゆっくりとガスマスクをはずす。

 

「ユウ・フロンタル」

 

 美麗な右顔をしたその男は、顔の左半分へと垂らしたその薄布を気にしながら、わざとらしい礼をユウに対してしてみせる。

 

「聞いたこと位は、あるだろう?」

「もちろん、サマナからな」

 

 そう言いながら、ユウは無遠慮に彼の垂れ布へとその視線をジロジロと向けた。

 

「失礼、その布は?」

「顔に醜い傷があるものでね」

 

 パラァ……

 

 その布をヒラリとめくり、その「傷」をユウに見せびらかすフロンタル、それに対して、眼を逸らさないユウ。

 

「確かに、飲食店では入店を断られそうな傷だな」

「気にしないか、君は?」

「気にしたところでどうなる?」

 

 パチ、パチィ……

 

マスク・メンバーの内、小柄な少年と思わしき人影が、その手を拍する。

 

「無礼だよ、アンジェロ」

「良い対応だと思いまして、フロンタル様」

「まあ、確かに」

 

 その言葉を最後に、辺りへと舞う沈黙。ガスの残り香だけが風に流されて、空気を動かす。

 

「どうした、ユウ・カジマ君」

「何が?」

「クルスト博士の招待状、それに導かれたのではないのか?」

「ふむ……」

 

 周囲の視線、ガスマスク達の視線を気にしながら、ユウは博士の墓を調べ始める。

 

「おや?」

「何かあったか、カジマ君?」

「馴れ馴れしい奴だな、あんたは」

「すまんすまん……」

 

 そう言うフロンタルの垂れ布が微かになびき、彼の歪んだ顔をチラリチラリと隠す。

 

「性分でね」

「邪魔だけはするなよ」

「私も興味があるんだ」

 

 顔を近づけあいながら、博士の墓を調べる二人に対して。

 

「さすがに連邦のエース、フロンタル様と肩を並べる事ができる」

「無駄口よ、アンジェロ」

「別にいいではないか、マリーダ」

 

 外野が、あれこれと勝手な事を言い合う。

 

「お?」

「あったか、カジマ君?」

「小さなメモリーカードだ」

「それだな」

 

 石と石の間に挟まっていたメモリースティックをその手にとりながら、ユウはどうしたもんかとフロンタルの顔を見やる。

 

「ロニ、再生機を」

「はい、フロンタル」

 

 ガスマスクを付けたメンバーの内、一際小柄な少女と思われる人影が、その手に携帯式の再生機を二人の元へともち、彼らの元へ駆け寄る。

 

 ジ、ジィジ……

 

 ミノスフキー粒子の影響か、残留ガスの影響か、えらく映りが悪いホログラフから声が辺りへと響く。

 

――初原の大地、コロニーの落ちた地へ行け――

 

 ホログラフ上の博士が、その生前の姿のままに指示をだす。

 

「まさか、デラース紛争の時のアメリカではあるまい」

「オーストラリア、コロニーの落ちた地だな」

「このアメリカからは、結構な距離があるぞ、フロンタル」

「心配はいらん」

 

 そういって、フロンタルは今度は大柄な男へと何事かを囁く。

 

「旅費は用意してある」

「お前達も行くのかよ、オイ?」

「いっただろう、カジマ君」

 

 フロンタルはそう言いながら、ガスマスクをつけ直そうと四苦八苦している様子だ。旧世紀のガス・マスクは簡単に身に付けられるものではない。

 

「私達も気になると」


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