「ユウさんは?」
「休暇をとるかいっているわ」
「フーン」
「シドレ?」
不満げな顔つきをしているシドレに、サラがからかいを含んだ笑みを浮かべる。
「誘ってくれないのに、不満なのかしら?」
「別に」
「フフ……」
「何だよ……」
と、なんだかんだ言いながらも、シドレの不満は周囲へとオーラとして漏れだしていた。
「ただ」
サラがそう言いながら、その細い両肩を竦めた。
「休暇の前に、一つ用事があるみたい」
「どんな用事かな、私が役にたちそう?」
「そうじゃない、と思う」
その言葉を聞いて、みるみる内に不機嫌そうになるシドレ。
「ジェリド少佐に、ムラサメジャンパー返さないくせに生意気」
「それとこれとは関係ないでしょうに……」
「うるさい!!」
――――――
「君がリディ君か」
「はい、ユウ大佐」
大佐、その名を聞いて顔をしかめたユウの面をみて、あわててリディ・マーセナス少年は言葉を続ける。
「何か、不興を買いましたでしょうか、僕は」
「いや、なんでもない……」
ジャミトフ総帥から「少し鍛えてくれ」と頼まれたは良いが、正直ユウにしてみても、何をどう鍛えたらいいか解らない。
「パイロット志願だそうだが、どんなモビルスーツが好きなんだ?」
「何か、その手のマニアみたいな質問ですね」
「言葉の取っ掛かりが上手くない、俺を笑ってくれ」
その冗談によりリディ少年の緊張が多少はほぐれたようだ。その顔に笑みが浮かぶ。
「モビルスーツというよりですね」
「と、いうより?」
「昔の複葉機が好きなんです」
「はあ?」
「ですから、複葉機……」
「戦力のセの字にもならんぞ、それは」
「好きな機体を聞かれたので、答えたのですが」
そう言われても、ユウには全くピンとこない。
「空中戦に興味がある、そう解釈していいか?」
「構いません、大佐」
「空中戦か……」
そういって、ユウは曇天の空を大きく見上げる。
「雲の上にいけば、青空が拡がっていると思うか?」
「思います、この低い雲ならば」
「さすがに複葉機ファンなだけはある、勉強している」
「どうも」
「ジャミトフ閣下から、空中モビルスーツ戦のイロハを鍛えろというお達しだ」
「頼みます、ユウ大佐」
そう、彼は再度その顔を綻ばせながら、宿舎のある方向へとその指を向けた。
「ハイリーンさんも、さそって良いでしょうか?」
「惚れたか、三十近い彼女に」
「まさか」
クッ……
大人びた仕草で両肩を竦めてみせる彼にムッとしたユウを無視し、リディはその顔を歪める。
「無視すると、うるさいんですよ」
「アイツにそんな趣味があったか」
「家同士の付き合いもありますがね……」
――――――
「何、そのお守りの群れは?」
「シドレからのと、カツ達からのサイコなんとか」
「サイコ・シャードね」
「あと、フィリップからの腐らないパン」
「小さく怪しいパンねえ……」
「俺もそう思う」
ハイリーンはそう言いながら、肩を竦めてユウの首にかけられた二つのお守りをその手に取る。
「一つはあたしが渡した御守りね」
「もう一つはシドレ、俺の部下からの贈り物だ」
「部下に恵まれたわねぇ……」
「毛入りの御守り」
「あら、ま……」
――――――
「よく、そんな骨董品があったわねぇ」
「俺も驚いている」
ユウ・カジマ専用ジムコマンド……とアルフ・カムラ秘蔵ののびっくりモビルスーツ図鑑に乗っている蒼い機体を運搬機したランプライト、ギャプランのプロトタイプへとのせているユウは、後続のハイリーン機へと向かって呆れた声を放つ。
「あたしのリ・ガズィも青い青い……」
「僕のメタスも青いですよ」
確かに、リディ少年の駆るメタスは青い塗装をされている。なにやら新鋭機の試験用機体だそうだ。
「空は慣れた、リディ君」
「はっはい、ハイリーンさん!!」
「ハイリーンでいいわよ」
その後ろ二人のやり取りを出歯亀根性で聞きながら、ユウは空の蒼さにその気を取られる。
(空が、蒼い)
蒼い宇宙、その単語がユウの脳裏へと浮かぶ中。
(蒼い、手付かずのもう一つの宙)
実と、その蒼い空へと視線を這わすユウ。
「あ……」
「どうしたの、ユウ?」
「怨念の線だ」
「怨念の、線?」
「ノイエ・ローテから拡散した、死者達の念」
その通りに、紅く空へと筋を曳く線達。
「成仏していないのか」
「あたしには見えないわよ」
「そうなのかもな、俺だけなのかも」
そう言いながらも、ユウはややに上方、未確認機の接近にその心を研ぎ澄ます。
「黒いギラ・ドーガ、いや」
ギラ・ドーガタイプよりも一回り大きく、ユウと同じくギャプラン・タイプの運搬機へと乗っているその機体は、ユウ達の背後に付くようにその機動を動かす。
「ユウ!!」
「大丈夫だ、ハイリーン」
未確認のギャプラン・タイプ、確かユウの記憶ではアルフが手掛けたブルーディスティニー六号機と呼ばれている機体「バイコーナ」
「あれは、ギャプランは敵ではない」
「でも怖い機体です、ユウ大佐」
「勘がいいな、リディ君」
紅いライン、死者達の怨念の筋にと乗る未確認機、いや。
「ニムバス、ブッホでの正式入社はどうだ?」
「冗談ではないな」
「なぜ?」
「テストパイロット、このデッサ・ドーガのテストに追われる日々だ」
「ドーガの名を冠するということは、未だネオ・ジオンとの繋がりがあるということだな、企業として」
「個人的には切れている」
頭上のニムバスにそう言わせながら、ユウ達三機の前面へと出るバイコーナ。
「お久しぶり、ユウ」
「元気そうで、ローベリア」
「このバイコーナ、ブルーディスティニー六号機といっても、もはやエグザムでも何でもないわ」
その言葉に安堵の色が浮かんでいるのは、ユウの気のせいだろうか。
「エグザム・システムもマリオン・システムも搭載されていない」
「アルフがオーガスタから、ブッホへ裏工作として与えた機体だと聞いている」
「機能的には素晴らしいんだけど、ね」
そう言って、フレキシブル・バインダーを交互にずらしてみせるローベリア。そのバインダーには蒼と紅、両方の塗装で色分けされている。
「片方だけ返り血か」
「宇宙の心の色、返り血じゃないわよ」
不満そうに呟くローベリアをニムバスが嗜める声が通信機ごしに聞こえてくる中、興味本意でユウはデッサ・ドーガとかいう機体の特性をニムバスに聞いてみた。
「小型モビルスーツの実験機だよ、こいつは」
「小型、逆に大きいではないか」
「ジェネレータが小型なのだ」
「ノミの心臓って所か?」
「機体も、あえてデッドスペースを開けてあることで来るべき小型機への実験データを収集している」
ギュア!!
その言葉を証明するかのように、デッサ・ドーガは一旦バイコーナから機体を離し、自機の出力のみで空中を飛行するという芸当をユウに見せつける。
「お前には出来まい」
「出来るわけがないだろう、ジム・コマンドで!?」
「フフン……」
「嫌みな……」
そのままデッサ・ドーガで短時間滑空を行った後、ニムバスはユウ機にとその機体を擦り付ける。
「な、何だよ?」
「聴いたぞ、悩みごと」
「お前の耳にまで届いているのかよ?」
「そのオファー、受けた方がいい」
「お前には関係のない話だ」
「友人としての、忠告だよ」
バイコーナの軌道が変化する、どうやら別れの時間がきたようだ。
「残りの寿命、大切に使うことだ」
「無責任にいうなよ、ニムバス」
「お互いにだよ、ユウ」
ズゥン……!!
そのままバイコーナの背に載り、夕陽が見え始めた空へと向かって加速するニムバス達を見送りながら。
「お互いに……?」
ユウはニムバスの最後の言葉の意味を考えていた。