夕暁のユウ   作:早起き三文

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第86話 招待状

 

「おや」

 

 パジャマ姿のユウが通路を歩いていると、アルフの部屋が開いていることに気がついた。

 

「不用心な」

 

 パソコンのモニター光が漏れ出す彼の部屋。その室内に興味が湧いた彼は、そのままアルフの部屋へ無断侵入する。

 

「まあ、大したデータはないと思うがね」

 

 もしかすると、昔サマナがやっていた「蒼の伝説」でもダウンロードされているかもしれないと彼は考え、気分転換にそのゲームをやりたいなと思いつつにパソコンのキーボードにその手を触れる。

 

「ホログラフ・ボードにでも変えればいいのに、アイツも古風な」

 

 ブツブツと言いながら、キーボードにその指を這わすユウ。あまり手慣れた手つきではないが、もともとこの手のものにはあまり興味がないのだ。

 

――パスワード、入力――

「パスワード、か」

 

 もうこの時点でアルフのパソコンの中身を見ることを諦めたユウ。しかしそれでもダメ押しに「あの単語」をキーボードから入力する。

 

――パスワードが違います――

「はい、そうですよね……」

 

 第一、四文字ではパスワードとして短すぎる。

 

 カララッ……

 

「あれ?」

 

 何処かで何か乾いたような音がなると同時に、パソコンのモニターへ様々な情報が映し出された。

 

「まさか、本当にこのEXAMがパスワードだったのか」

 

 不用心な、そう言いながらもユウはディスプレイの中身へとその瞳を実と見つめさせる。

 

「何だ、これは?」

 

 何か一つ、異様なアイコンの姿をしたファイルへとユウが有線マウスを使い(ミノフスキー粒子対策の為、無線は敬遠されている)、その中身を確かめる。

 

「紹介状?」

 

 差出人の名は。

 

――クルスト・モーゼス――

 

 

 

――――――

 

 

 

「全く、あのバカ」

 

 監視カメラ、それが備え付けられている事は当然である事をユウが知らないはずが無いと思っていたアルフは、映像を確認しながら呆れたような声を出す。

 

「そして、タバコの粉も移動していると」

 

 キーボードのキーにわざと落としてあるタバコの灰、それが「すり減られている」事にアルフはまたも呆れ声一つ、アナログな防犯システムの一つである。スパイのやり口だ。

 

「まあ、それでも」

 

 今度は安堵の声、十文字以上にも及ぶ複雑なパスワードを入力し、その中身を確認する。

 

「中までは、見れなかったようだや、うん……」

 

 カタッ、タ……

 

 そう言ったきり、アルフ・カムラは仕事へと戻った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「これが今回の報告書です、サマナさん」

「ご苦労、シロー君」

 

 スパイ活動の一端をまかなっているシロー・アマダは、東南アジア特有の蒸し暑さにも扇風機のみで過ごし、その胸元へ団扇を扇ぎ入れる。

 

「たまにはお茶でも、サマナさん」

「いや仕事があるものでね、奥さん」

 

 モルモット隊が解散し、元の諜報部へと戻ったサマナは、一時期ユウ・カジマの監視からも離れたティターンズの監視も終え、フリーな時間がえられると思ったのに。

 

「シャンブロ、ね……」

 

 ロストスリーブスに盗まれた機体、ネオ・ジオン製のモビルアーマーの行方を探る日々である。

 

「隣のカムランさんはお元気で?」

 

 携帯式再生機でシローから預かったメモリーを再生しつつ、サマナは世間の小話をその舌から出す。

 

「奥さんを亡くしたショックからも回復して、元気ですわよサマナさん」

「モーリンさんも?」

「一時期、旦那さんを亡くしたせいで落ち込んでいたけど」

「不謹慎だけど、お互い上手くいくといいな」

 

 カララッ……

 

 再生機から、ホログラフ・テープが再生される。

 

――あれは、私が愛用のザクでいつものように河へ洗濯に行ったときでした――

 

 ホログラフには、洗濯かごをその背に担いだザクが再生された。

 

――子供達のたまった洗濯物をザクで洗濯しているとき、不気味な眼光が私を差したのです――

 

 ザクの足元、目に棒線を入れられている年配の男は、オーバーアクションでその時の様子を再現しようとしている。

 

――私はザクの手に岩を持たせ、そのモンスターへ投石を行ったのです、そうしたら――

 

 タダン!!

 

 その時、再生機から緊迫したBGMが再生された。

 

――その怪物は河から大空へ飛び立ち、一声大きな咆哮をあげたのです!!――

 

 先程からその映像を興味深げに見ていた子供が、その時に身をのりだす。

 

「ギニアス、見えないじゃないか」

「だって、シロー父さん……」

「面白いのは解るけどさ」

 

――間違いありません、あれは怪物クナッシーです!!――

 

「クナッシーだってさ、父さん」

「ああ、怖いもんだな」

 

 その時、再生機からのホログラフが白衣をその身に纏った男へと変わり、同時に音楽がおどろおどろしいものへと変わる。

 

――クナッシー、次に現れるのは貴方の目の前かもしれません――

 

 サマナはその映像を真面目な目で見やりながら、シローから受け取った報告書をへとその眼を通す。

 

「ミノスフキークラフト搭載型に改良された、水陸両用モビルアーマーか……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「僕も、あんなモビルアーマーを作りたいもんだな」

「止めとけ止めとけ、ギニアス……」

「僕、大きくなったら技術者になるんだ……」

 

 その言葉を聞いて、シロー・アマダの妻であるアイナが渋い顔をする。

 

「止めときなさい、ギニアス」

「いや、なるよ!!」

 

 そう言って、ギニアス少年は部屋から飛び出していった。

 

「困ったもんだ」

「せっかくサハリン家の再興がなったというのに」

「サハリン家の再興?」

「私とあなた、そしてあの子」

「ああ、家名とかに囚われない、家庭」

「多分、死んだお兄様も本心では望んでいた家庭よ」

「そうだな、アイナ」

 

 家、家名に縛られた兄とは別の「家」を作ってほしいと、彼シロー・アマダは心から思う。


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