夕暁のユウ   作:早起き三文

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第85話 進出交奏曲(後編)

  

「で、何で私に聞くのだ?」

「いや、シロッコさんよ、あんたなら公平な意見が聞けるとおもって……」

 

 少しこざっぱりとした衣服にその身を包んだジェリドは、そのままややにラフな姿勢で彼パプテマス・シロッコに質問を続ける。

 

「カミーユの奴は、俺の昇進に反対してきたはずだ」

「ふむ……」

「それなのにどうしてアイツのお陰で昇進できたと言える道理があるんだ?」

「最初から説明してみろ」

 

 そのシロッコの言葉に、ジェリドはともすれば頭に血が昇りそうになるのをどうにかおさえ、一部始終を出来るだけ客観的に説明しようとした。

 

「なるほどな」

「な、おかしな話だろう?」

「そうかな?」

「違うっていうのか、オイ!?」

「まあ、落ち着け」

 

 シロッコの目は、分厚い本に落とされたままでその手のみをジェリドに指す。

 

「つまり、最後には小僧は賛成したという話になるってことだな、お前の言い分によると」

「そういう噂みたいだな、俺がその目で見たわけじゃないが……」

「ならば、あの小僧がお前の昇進に一役買ったという話、道理があるぞ」

「どういう道理だよ!?」

 

 詰め寄るジェリドを無視し、シロッコは読んでいた聖書のページをめくる。

 

「最初、反対していたのは確かだと思うが、その後に賛成したとなれば」

「なれば?」

「お前の人事を、カミーユが行ったという道理は強く立つ」

「そ、そうか」

「で、なければな」

 

 ペラァ……

 

 聖書をめくりながら、シロッコはジェリドの目を見ずに話を続けた。

 

「ジェリド、お前の昇進は遅れていたかもしれんぞ?」

 

 そのシロッコの強い口調の言葉に対して、暫しの間その眼をパチクリさせてきたジェリドは、不承不承ながらも。

 

「アイツに、菓子折りの一つでも持っていくべきなのかな、俺は?」

「政治家としての、贈賄第一歩だろう」

「チッ……」

 

 それでもなお、舌打ちをして不満げな顔付きをしているジェリドを無視して聖書をまた一つペラリ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「パプテマス・シロッコ」

「なんだ?」

 

 聖書を読むのを一旦中止し、軽めの昼食をとっていたパプテマス・シロッコは、その「男」の無遠慮な声にその細い両目を軽く閉じてみせる。

 

「ユウ・カジマからの言付けか?」

「いいえ」

「では、なんだ?」

「クルスト博士のメモ」

 

 カロリーバーと形ばかりのサラダという、あまり美意識が感じられない食事へ再び手をやりながら、シロッコのその眉が軽くひそめられた。

 

「一部を破いたのは、あなたでしょう?」

「何の事かな」

「ハッキングして、頭脳面での天才であったラプラスタイプのデータも」

 

 聖書、それを指さしながら男はその舌を疾らせる。

 

「消したのは、あなただよ」

「ハッキングではないな」

 

 別に言い逃れる必要を感じなくなったのであろう、シロッコは微笑みながら、サラダの皿を脇へと押しやった。

 

「ふと地球へ降りた時に立ち寄った基地にいた、博士のアカウントを使用したのみだ」

「なぜ、消した?」

「ラプラスタイプというものが現実にあるならば」

 

 カロリーバーを飲み下しながら、シロッコはその両の手を組み、何かを納得させるかのようにそう呟く。

 

「私は現在に生きるラプラスタイプだからだ」

「過去は不要と……」

「納得いかんか?」

「いや」

 

 男は苦笑いをしつつに、彼シロッコの言葉にその首を振って答える。

 

「長い間生きている、僕には解る話です」

 

 

 

――――――

 

 

 

「どいつもこいつも、どうして私に聞くのだ?」

「何か先客でもあったのかよ、シロッコ」

「なんでもないさ、ユウ」

 

 聖書というものは、分厚く飽きないのがシロッコにとっては面白い所。

 

「それに、やってきた理由も解る」

「知っているのか?」

「結構な噂、そうあのニムバスという男も知っていると思うぞ」

「全く……」

 

 それでも、色々な意味で公平なシロッコの意見をユウ・カジマは聞きたい。

 

「俺はもう長くない」

「私の地球滞在も、長くない」

「おい……」

「冗談だよ、ユウ」

「人の病気を何だと」

「ゆえに、悔いなく生きろと言っているんだ、私は」

 

 そのシロッコのまっとうな言葉に、聖書をその指で綴る彼へユウは顔を歪ませる。

 

「悔いなく、か」

「お前の足長おじさんとやらも、それを期待しているのではないか?」

「そうかもな」

 

 その言葉を言った最中も、シロッコは聖書からその目を離すことはない。

 

「ああ、言い忘れた事がある」

「何だ、ユウ?」

「アイランド・イフィッシュの時、ありがとうな」

「……」

 

 ペラァ……

 

「気紛れだ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「はぁー食った食った」

 

 腹を膨らませ、散々にガトーをいびったシーマは、部下のコッセルに財布を出すように命じる。

 

「うちはクレジットスティックだけなもので……」

「あん、何だって?」

「いえ、何でもございません……」

 

 そのまま現金による支払いを行おうとするシーマを嗜めようとしたガトーは、彼女の眼力にその身を縮こます。

 

「ない……」

「何をしているんだよ、コッセル」

「落としたようで、シーマ様!!」

「何だって!?」

 

 その様子を見たガトーは、その視線をキラリと。

 

「困りますな、お客さま……」

「くっ……」

「少し、事務所まで来ていただきましょう……!!」

 

 その言葉が終わるか終わらないかの内に、シーマは飲み残していたビールをガトーへと投げつける。

 

「逃げろ、コッセルにクルト!!」

「シーマ様!!」

「あたしらは、故あれば食い逃げるのさ!!」

 

 それでもシーマ艦長の命令には条件反射でしたがってしまう二人は、ファミレスの出口までその歩を進める。

 

「おのれ、獅子身中の虫め!!」

「お客に対して、その態度はなんだい!?」

「貴様のような志と現金を持たぬ女に、見せる態度はない!!」

 

 いがみ合っている二人へ、大声で合図をするコッセルとクルト。

 

「シーマ様、こっちが食い逃げに適したルートです!!」

「ガイドビーコンなんか出すな、逮捕されたいのかい!!」

 

 だが、そのシーマの警告は一歩遅く、複数の警備員を率いたデラーズ店長によって二人は取り押さえられる。

 

「志を持たぬ者に、食物を提供した不覚であったか……!!」

「コッセル、クルト、言わんこっちゃない!!」

 

 だが、そのシーマの腕にも男の腕がガッチリと締め付けられる。

 

「シーマ殿、どうかこちらへ」

「離せカリウス、このガトー巾着めが!!」

「何とでも言ってください」

 

 周囲の人間に奇異の視線を向けられながら、店の奥へとズルズルと引きずられるシーマ・ガラハウ達。

 

「あたしは知らなかったんだ、知らなかったんだよ!!」

「貴様の意見なぞ、我々ミンナ・デラーズの者には関係がない!!」

「ちくしょおぉ!!」

 

 

 

――――――

 

 

 

「娘と上手くいかない、リディとかいう少年の対応についてだ」

「知るか、ジャミトフ」

「その少年がな、航空機がぁ、空がぁ、とかいってばかりで、娘の怒りを買っているのだよ、シロッコ」

「だから、知るかといっている」

 

 

 

――――――

 

 

 

「ファンレターの代筆、お願い出来ないかしら、シロッコ」

「だから、どうしてどいつもこいつも……」

「貴方と私の仲じゃない、シロッコ」

「馴れ馴れしくするな、レコア」

 

 しなだれかかるレコア・ロンドを邪険に払うと、それでもシロッコは律儀にそのレターを読もうとする。

 

――バナージという少年とカプについて意見が一致しません、あと仕事をしないシャアのせいでハマーンが過労死しそうです、どうにかしてください、プー。あとあと、豪雪ネコ下さい――

 

――差出人、オードリー――

 

 

 

――――――

 

 

 

「同人会の神から返答が来たよ、ミネバ様」

「趣味の時はペンネームを使えといっているであろう、バナージ」

 

 そういいながら、ミネバは古風な紙媒体での手紙の封を切る。

 

――意見が一致しないのは、貴様らがオールドタイプだからだ、シャアとかいう奴のことは心配しなくてよい、いずれ治る。あと豪雪ネコはやらぬ――


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