「おめでとう、フィリップ」
そう言って、ユウはフィリップ・ヒューズと強く握手をする。
「パン屋、ミーリと共に上手くやれよ」
「ああ、わかっているって」
「解散しても、モルモット隊の絆は永遠だ」
モルモット隊、含めてストゥラートはあと一月後に解散することが決定した。存在理由が無くなってきたのがその訳である。
「ワシにも責任が回ってきたよ、ユウ・カジマ君」
「申し訳ありません、ジャミトフ閣下」
「いや、いいんだよ」
ユウの「独断先行」により隊の寿命が縮まったこともあるが、フィリップの退役が良い切っ掛けになったとも言えた。
「シロッコ直伝のパンケーキ、売れると思うよ」
「へへっ……」
そう、他の面々とも握手をするフィリップの側に寄り添う元通信士ミーリの姿をみて、ユウはかつて十年前の通信士であったモーリンの姿を思い出す。
「モーリン、元気かな?」
「やっぱり気になりましたか、ユウさんも」
「言ってくれるなよ、サマナ」
その時、メイン・ブリッジの内部へとカツがフラフラと入り込んでくる。
「おう、カツもフィリップに挨拶をしなよ」
「アルフさん、えーとですね」
キョロキョロと辺りを見回したカツがユウの姿を見つけると、その指を強く差し出す。
「アデナウアーさんという人が」
「はい、何だよカツ」
「アデナウアーさんって人が、ユウ大佐に用事があるみたいです」
――――――
「どうも、私がユウ・カジマです」
「アデナウアー・パラヤです」
そう言って、帽子を被ったヒョロリとした男は、律儀にユウに対してその頭を下げた。
「まずは、こちらの書類を見て頂きたい」
「はい……」
分厚くこそないが、上質紙が納められたその書類の内容を見て、ユウの眉が引き締められる。
「俺の足長おじさんは、なぜここまでしてくれるのです?」
「親がわり、とでも思っているのではないですかね?」
「御冗談を」
「親というものは、いつまでも子が可愛いものです」
「あなたにもお子さんが?」
ユウがそう言うと、彼アデナウアーはコーヒーを飲む手を止め、その顔をしかめてみせる。
「そうみたいですね?」
「何でも、インドに新興宗教を開いているマザー・ララァという女性に弟子入りしてね」
「ララァ、あああの……」
その名はローベリア、いやマリオンから聞いた事があるユウ・カジマ、シャアとの死闘の時も戦場に馳せ参じたらしい。
「インドの偉い人に弟子入りか」
「こまった娘です」
「まあ、ララァさんなら上手く面倒を見てくれるでしょう」
「そうなら、ありがたいですな」
そのまま彼アデナウアーはコーヒーを一気に飲み干し、ユウ・カジマの顔を伺うような顔つきをしてみせる。
「で、どうでしょうか?」
「はあ、なんとも……」
「規模が大きい?」
「俺には過ぎた話かも、しれません」
「あなたのえーと、足長おじさんであるゴップ提督は」
「はい」
「しばらく、考える猶予を与えると言っておりました」
その台詞を聞き、ユウの口から嘆息の声が軽く漏れ出す。
「さすがに、大事な話ですから」
「そうならば、助かります」
――――――
「よいか、ガトー」
「ハッ、デラーズ店長」
威風堂々とした「ミンナ・デラーズ」の店長であるエギーユ・デラーズへ向けて、アナベル・ガトーはその頭を深々とさげる。
「我々はあの向かいに見えるマ・クベナルド、あのキシリアの残滓には負ける訳にはいかぬのだ」
「ハッ!!」
「それまでは、そなたの命……」
ポフゥ……
アナベル・ガトーの肩に、彼デラーズの厳つい手が強く置かれる。
「このワシが預かった!!」
「ハッ!!」
「仕事だ!!」
バッ……!!
そのまま、店長室から厨房へとその歩を進めるガトーは、歩きながら闘志をその胸に宿らせる。
「たとえ、平均時給が半分でも」
厨房には、すでにカリウス・オットー、ガトーの腹心が準備万端で待ち構えていた。
「勤務時間が長くても、私は辛くない!!」
そのまま、洗い物へと洗剤をぶちまけるガトー。
「なぜなら、義によって立っているからな!!」
「ガトー様、特別なお客様です」
「特別なお客だと!?」
いそいそと、その特別なお客が待つ席へと駆けるアナベル・ガトー、その客の顔を見たとたんに彼は凍りつく。
「おやおや、シケた店だねえ……」
「シ、シーマ・ガラハウ……」
「おや、客を呼び捨てかい?」
「シーマ、殿」
サディスティクな笑みを浮かべているシーマはそのまま。
「このタン塩シチューを頂こうかねぇ」
「そ、そのシチューは品切れでして」
「ああん、なんだって?」
「お客様に出すタンはございません」
「聴いたかい、クルト」
そのシーマの言葉の後に、彼女とともに来店した「客」が下品な笑い声を上げる。
「とんだ、サービス精神のない店だ」
「も、申し訳ありません、シーマ、殿」
「まあ、他ので勘弁してやるか」
――――――
「政界へ進出だって、アイツがか?」
「かねてから、オファーがあったみたい」
「あいつに政治が出来るもんかよ……」
そこまでカミーユに言われては、ジェリドも立つ瀬がない。意外な話ではあるにはあるが。
「少佐に昇進して、その後退役」
「俺に何を期待しているんです、マウアーさん?」
「アイツの政界への進出昇進、支持して欲しいの」
「お断りだ」
マウアーの頼みを無視して、彼カミーユはそのまま愛機「Zガンダム」の整備調整へと戻ろうとする。
「カミーユ、いいじゃないの?」
「ファまで、何を言い出す?」
「全て、水に流しなさいよ」
「いやだね、俺はアイツが嫌いだ」
取り付く隙もないカミーユの態度に、ファとマウアーはお互いその顔を見合わせて肩を竦めた。
――――――
「何で俺の政界進出に、旧エゥーゴの支持が必要なんだよ?」
「昔の敵からの支持、それを取り付けられる人間こそ今の地球に必要なんじゃない、ジェリド?」
「んなこといってもな、マウアー……」
名家マーセナスとの会食を終えたジェリドは、カミーユが露骨に反対しているという話を聞いて、その眉を潜める。
「カミーユが、あの小僧が俺の味方につくもんかっての」
「アクシズの時の事があるじゃない」
「あー、あー、聴こえない聴こえない」
「ハア……」
しかし、マウアーにしても彼ジェリドの気持ちは解らなくはないのが、痛い所である。
――――――
ティターンズ軍の一室に、様々な人物が顔を見合せている。
「エゥーゴ側の出席者、カミーユ・ビダン」
「ちっ……」
自分の昇進にこの小僧が関わっていると考えると、ジェリドの胃がいたくなってきた。
「いっそ、敵同士なら戦果って面で俺に貢献できるのによ、カミーユ」
「何をブツブツといっている、ジェリド・メサ大尉」
「何でもありませんよ、ジャミトフ元帥」
キリッとしなくてはならないのに、どうにもしまらない。
「僕はジェリド・メサ大尉の昇進に反対です」
(ほら、きた!!)
その気持ちが面に出てしまうのが、彼ジェリドの若い所である。
「少しは腹芸を身に付けろ、ジェリド」
「申し訳ありません、閣下」
とはいえ、カミーユが反対の理由を訥々と話すなか、ジェリドは心の中でその舌を出す。
「しかし、いくらお前さんが反対しても、全体の流れは俺に味方しているぜ……!!」
確かに、他のエゥーゴ、連邦の参加者はジェリド・メサを擁護する発言をしているのを、彼は聞き逃さない。
「まあ、カミーユのことなんざ気にすることはない」
その通り、ジェリドの昇進は決まったようなものだ。
――――――
「聞いた、ジェリド?」
「何をだよ、マウアー?」
「貴方の昇進は、カミーユのおかげだって」
「何をバカな!!」
唾を飛ばして怒る恋人をなだめるかのように、マウアーはその両手を大きく振るう。
「アイツは最初から最後まで反対だったはずだ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよジェリド」
「す、すまない……」