夕暁のユウ   作:早起き三文

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第84話 進出交奏曲(前編)

「おめでとう、フィリップ」

 

 そう言って、ユウはフィリップ・ヒューズと強く握手をする。

 

「パン屋、ミーリと共に上手くやれよ」

「ああ、わかっているって」

「解散しても、モルモット隊の絆は永遠だ」

 

 モルモット隊、含めてストゥラートはあと一月後に解散することが決定した。存在理由が無くなってきたのがその訳である。

 

「ワシにも責任が回ってきたよ、ユウ・カジマ君」

「申し訳ありません、ジャミトフ閣下」

「いや、いいんだよ」

 

 ユウの「独断先行」により隊の寿命が縮まったこともあるが、フィリップの退役が良い切っ掛けになったとも言えた。

 

「シロッコ直伝のパンケーキ、売れると思うよ」

「へへっ……」

 

 そう、他の面々とも握手をするフィリップの側に寄り添う元通信士ミーリの姿をみて、ユウはかつて十年前の通信士であったモーリンの姿を思い出す。

 

「モーリン、元気かな?」

「やっぱり気になりましたか、ユウさんも」

「言ってくれるなよ、サマナ」

 

 その時、メイン・ブリッジの内部へとカツがフラフラと入り込んでくる。

 

「おう、カツもフィリップに挨拶をしなよ」

「アルフさん、えーとですね」

 

 キョロキョロと辺りを見回したカツがユウの姿を見つけると、その指を強く差し出す。

 

「アデナウアーさんという人が」

「はい、何だよカツ」

「アデナウアーさんって人が、ユウ大佐に用事があるみたいです」

 

 

 

――――――

 

 

 

「どうも、私がユウ・カジマです」

「アデナウアー・パラヤです」

 

 そう言って、帽子を被ったヒョロリとした男は、律儀にユウに対してその頭を下げた。

 

「まずは、こちらの書類を見て頂きたい」

「はい……」

 

 分厚くこそないが、上質紙が納められたその書類の内容を見て、ユウの眉が引き締められる。

 

「俺の足長おじさんは、なぜここまでしてくれるのです?」

「親がわり、とでも思っているのではないですかね?」

「御冗談を」

「親というものは、いつまでも子が可愛いものです」

「あなたにもお子さんが?」

 

 ユウがそう言うと、彼アデナウアーはコーヒーを飲む手を止め、その顔をしかめてみせる。

 

「そうみたいですね?」

「何でも、インドに新興宗教を開いているマザー・ララァという女性に弟子入りしてね」

「ララァ、あああの……」

 

 その名はローベリア、いやマリオンから聞いた事があるユウ・カジマ、シャアとの死闘の時も戦場に馳せ参じたらしい。

 

「インドの偉い人に弟子入りか」

「こまった娘です」

「まあ、ララァさんなら上手く面倒を見てくれるでしょう」

「そうなら、ありがたいですな」

 

 そのまま彼アデナウアーはコーヒーを一気に飲み干し、ユウ・カジマの顔を伺うような顔つきをしてみせる。

 

「で、どうでしょうか?」

「はあ、なんとも……」

「規模が大きい?」

「俺には過ぎた話かも、しれません」

「あなたのえーと、足長おじさんであるゴップ提督は」

「はい」

「しばらく、考える猶予を与えると言っておりました」

 

 その台詞を聞き、ユウの口から嘆息の声が軽く漏れ出す。

 

「さすがに、大事な話ですから」

「そうならば、助かります」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

「よいか、ガトー」

「ハッ、デラーズ店長」

 

 威風堂々とした「ミンナ・デラーズ」の店長であるエギーユ・デラーズへ向けて、アナベル・ガトーはその頭を深々とさげる。

 

「我々はあの向かいに見えるマ・クベナルド、あのキシリアの残滓には負ける訳にはいかぬのだ」

「ハッ!!」

「それまでは、そなたの命……」

 

 ポフゥ……

 

 アナベル・ガトーの肩に、彼デラーズの厳つい手が強く置かれる。

 

「このワシが預かった!!」

「ハッ!!」

「仕事だ!!」

 

 バッ……!!

 

 そのまま、店長室から厨房へとその歩を進めるガトーは、歩きながら闘志をその胸に宿らせる。

 

「たとえ、平均時給が半分でも」

 

 厨房には、すでにカリウス・オットー、ガトーの腹心が準備万端で待ち構えていた。

 

「勤務時間が長くても、私は辛くない!!」

 

 そのまま、洗い物へと洗剤をぶちまけるガトー。

 

「なぜなら、義によって立っているからな!!」

「ガトー様、特別なお客様です」

「特別なお客だと!?」

 

 いそいそと、その特別なお客が待つ席へと駆けるアナベル・ガトー、その客の顔を見たとたんに彼は凍りつく。

 

「おやおや、シケた店だねえ……」

「シ、シーマ・ガラハウ……」

「おや、客を呼び捨てかい?」

「シーマ、殿」

 

 サディスティクな笑みを浮かべているシーマはそのまま。

 

「このタン塩シチューを頂こうかねぇ」

「そ、そのシチューは品切れでして」

「ああん、なんだって?」

「お客様に出すタンはございません」

「聴いたかい、クルト」

 

 そのシーマの言葉の後に、彼女とともに来店した「客」が下品な笑い声を上げる。

 

「とんだ、サービス精神のない店だ」

「も、申し訳ありません、シーマ、殿」

「まあ、他ので勘弁してやるか」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「政界へ進出だって、アイツがか?」

「かねてから、オファーがあったみたい」

「あいつに政治が出来るもんかよ……」

 

 そこまでカミーユに言われては、ジェリドも立つ瀬がない。意外な話ではあるにはあるが。

 

「少佐に昇進して、その後退役」

「俺に何を期待しているんです、マウアーさん?」

「アイツの政界への進出昇進、支持して欲しいの」

「お断りだ」

 

 マウアーの頼みを無視して、彼カミーユはそのまま愛機「Zガンダム」の整備調整へと戻ろうとする。

 

「カミーユ、いいじゃないの?」

「ファまで、何を言い出す?」

「全て、水に流しなさいよ」

「いやだね、俺はアイツが嫌いだ」

 

 取り付く隙もないカミーユの態度に、ファとマウアーはお互いその顔を見合わせて肩を竦めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「何で俺の政界進出に、旧エゥーゴの支持が必要なんだよ?」

「昔の敵からの支持、それを取り付けられる人間こそ今の地球に必要なんじゃない、ジェリド?」

「んなこといってもな、マウアー……」

 

 名家マーセナスとの会食を終えたジェリドは、カミーユが露骨に反対しているという話を聞いて、その眉を潜める。

 

「カミーユが、あの小僧が俺の味方につくもんかっての」

「アクシズの時の事があるじゃない」

「あー、あー、聴こえない聴こえない」

「ハア……」

 

 しかし、マウアーにしても彼ジェリドの気持ちは解らなくはないのが、痛い所である。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ティターンズ軍の一室に、様々な人物が顔を見合せている。

 

「エゥーゴ側の出席者、カミーユ・ビダン」

「ちっ……」

 

 自分の昇進にこの小僧が関わっていると考えると、ジェリドの胃がいたくなってきた。

 

「いっそ、敵同士なら戦果って面で俺に貢献できるのによ、カミーユ」

「何をブツブツといっている、ジェリド・メサ大尉」

「何でもありませんよ、ジャミトフ元帥」

 

 キリッとしなくてはならないのに、どうにもしまらない。

 

「僕はジェリド・メサ大尉の昇進に反対です」

(ほら、きた!!)

 

 その気持ちが面に出てしまうのが、彼ジェリドの若い所である。

 

「少しは腹芸を身に付けろ、ジェリド」

「申し訳ありません、閣下」

 

 とはいえ、カミーユが反対の理由を訥々と話すなか、ジェリドは心の中でその舌を出す。

 

「しかし、いくらお前さんが反対しても、全体の流れは俺に味方しているぜ……!!」

 

 確かに、他のエゥーゴ、連邦の参加者はジェリド・メサを擁護する発言をしているのを、彼は聞き逃さない。

 

「まあ、カミーユのことなんざ気にすることはない」

 

 その通り、ジェリドの昇進は決まったようなものだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「聞いた、ジェリド?」

「何をだよ、マウアー?」

「貴方の昇進は、カミーユのおかげだって」

「何をバカな!!」

 

 唾を飛ばして怒る恋人をなだめるかのように、マウアーはその両手を大きく振るう。

 

「アイツは最初から最後まで反対だったはずだ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよジェリド」

「す、すまない……」


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