夕暁のユウ   作:早起き三文

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第83話 ヨミツヒラザカ

――ここは、どこだ――

 

 昏い、瘴気に満ちた洞窟の中、襤褸布を纏ったユウは手探りで先へと進む。

 

――フィリップ、サマナ、どこだ――

 

 そのユウの声に答える者はおらず、ただ雨音が足されるのみ。

 

――マリオン?――

 

 洞窟の奥、蒼い砂場で砂遊びをしている子供がユウをじっと見つめる。

 

――ユウのお兄ちゃん――

――なんだい?――

――一緒に遊ぼ――

 

 その少年の差し伸ばす手、その手を取ったユウは……

 

「うわ!?」

――遊ぼ、遊ボ――

 

 ボキィ

 

 少年の腕が折れ、そのまま腕から腐敗していく姿をその目にし、驚愕と脅えのいり混じった声を上げた。

 

――オニイチャン……!!――

「く、来るな!!」

 

 身体中の肉が溶け落ち、骨と内臓だけとなった少年がユウを追いかける。あわててその砂場から逃げ出すユウ・カジマ。

 

「来るなと言っている!!」

 

 ザァ!!

 

 地面に撒き散らされた砂、紅い燐光を放つそれを少年の亡者へと投げつけ、そのまま不格好に走り去るユウ、それを追いかける少年。

 

「くっ!!」

 

 ドアを閉じ、少年の進行を妨げて一息つくユウ。

 

「全く……」

 

 悪夢から飛び起きて、そのまま部屋の前、ストゥラートの艦内通路の辺りまで寝間着のままに来てしまったは、その首を辺りへと傾げて、汗で濡れた下着を気にする。

 

「とんでもない夢だ」

 

 艦内は薄暗く、紅い常夜灯しかついていない、背後にはユウの部屋を表す青いランプが音を立てて彼を照らす。

 

「ブリッジにでもいくかな」

 

 紅い照明に導かれるかのように、ユウはそのまま足をメイン・ブリッジへと向けた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 ザアァ……!!

 

 コロニーの円筒中央に設置された、降雨用の散水器が狂ったように水飛沫を放つ。

 

 少年から青年の間、その位の歳であろうと思われる男が必死でその散水器の近くにある足場に掴まっている。

 

――嫌だ――

 

 地面が霞んで見える眼下の彼方、そこには禍々しい色をした霧が立ち込めている。地獄の悪魔が吐き散らす死の吐息、それに捉えられたらそのまま瞬時に奈落へと引きずり込まれる。彼にもそれが直感により理解が出来た。

 

 ズゥ……

 

 正気を失ったコロニーの天候管理システム、散水器から伸びる連絡路、その鉄製の通路を満たしている水の暴流に彼の手が滑る。

 

――嫌だ!!――

 

 この高さなら、霧が身体を侵す前に地面へと叩きつけられて命を失うのが先であろう。

 

 サァ……

 

「大丈夫か?」

 

 若い、神経質そうな男の声。それとともに差し伸べられる細い手。彼は必死にその男の腕を掴む

 

「おっと……」

「……」

「臭いな、貴様は……」

 

 別に悪気はない言葉のようだ、単に反射的に襤褸を纏っている彼へ向けて言ってしまったのであろう。

 

「生まれ故郷のコロニーが地球へ沈むというから、わざわざ危険を犯してやってきたのに」

「……」

「大して、感慨も湧かんもんだな」

 

 一つ鼻をならしてから、男は内火艇に臭い青年を誘う。

 

「まあ、何かの縁だ」

「……」

「何か言わんか」

「何も、言うことはない……」

「そうか」

 

 また一つ、その言葉と共に少年は鼻を鳴らす。

 

「とにかく、スペースランチへ入れ」

「ここから逃げるため、か……?」

「逃げ切れるかどうか、私にも解らんよ」

 

 プシュ……

 

「ん?」

 

 スペースランチ、内火艇のドアが閉まる時に、ユウは何か人影をみたような気がした、が。

 

「ガス避けのシャッターを架けるぞ、ええと……」

「俺に、名前はない……」

「ならば」

 

 分厚いシャッターが閉まり、人影と外からの灯りを隠した。

 

「私の兄の名前をくれてやろう」

「名前……?」

「ユウだ」

「ユウ(そこのお前)?」

「違うな、凡人」

 

 内火艇の内部に灯りが点り、計器類の光が二人の男の顔を照らす。

 

「ユウ(あなた)だ」

「ユウ……」

「ガスの壁が、結構厚いな……」

「俺の名は、ユウ……」

 

 いままで青年が呼ばれていた「そこのお前」ではなく「あなた」

 

「なあ、あんた……」

「今、話しかけるな」

「あんたの名は……?」

「一つでも操縦ミスをおかしたら、ガスによって御陀仏になる」

 

――船外GG(ダブルジー)ガス、致死率四百パーセント――

 

「アタシは、知らなかったんだ!!」

「くっ!!」

 

 コロニーから飛び出した途端に、謎の巨大兵器から砲弾による連射が内火艇の近くを掠め、少年の顔が僅かに歪む。

 

「毒ガスだなんて、知らなかったんだよぉ!!」

「おおかた、権力者に利用された凡人といったところか……」

 

 その巨大人型兵器から内火艇を逸らさせ、少年は何処かへスペースランチを操縦する。その最中。

 

「俺の名はユウ(あなた)……」

 

 青年は、ブツブツと少年の言葉を反芻する。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「全く、何て悪夢だ」

 

 以前、パプテマス・シロッコから聞いた神話さながらの悪夢に、ユウは一人愚痴る。

 

「フィリップ、サマナ達にも聞かせてやりたい」

 

 その二人の名前がでるのは、薄暗い通路を歩いている寂しさがあるからかもしれないと、ユウは一人自嘲する。

 

「そう、フィリップ達にも……」

 

 そう、呟いたのちにユウはギョっとした。

 

「脚が進んでいない……?」

 

 ドア、蒼い光を放つその扉からユウの身体が離れていないのだ、先に続くは無限とも思える紅い通路。

 

「それに、この昏さはなんだ?」

 

 消灯時間は過ぎているとはいえ、余りにも灯りが暗い。まるで黄泉への道しるべのように。

 

「フィリップ、サマナ……!!」

 

 たまらず、ユウは二人の名を叫んでしまう。

 

「シドレ……!!」

「何を叫んでいるんだ、お前さんは」

 

 ポンッ……

 

 その肩に手を置かれた途端に、辺りへとまばゆい光が灯る。

 

「元気そうじゃねえかよ、蒼い稲妻」

「古く、誰も使わない名前をな、フィリップ……」

「んで、どしたん」

「い、いや」

 

 さすがに一から十まで順序立てて説明することは出来ず、ユウは軽く自身の短髪を指でなでた。

 

「何か艦にあったのかなっと……」

「停電だよ、単なる故障だ」

「そ、そうか」

「艦内放送で言っていたじゃねえか、旦那」

「あ、ああそうだよな」

 

 ギュ……

 

 安心したような声を上げた途端に、ユウはフィリップの肩へと軽く抱きついた。

 

「どこにもいかないでくれよ、フィリップ」

「なんだよ、気色悪い」

「俺を置いていかないでくれ」

 

 スッ……

 

 あたかも子供を見るような目で、フィリップはユウの顔をじっと見やり、落ち着いた声でユウ・カジマを諭す。

 

「俺たちはモルモット隊だ」

「ああ」

「例え、解散してもモルモットはモルモットだ、つるむ」

「ああ、そうだような!!」

 

 そう、明るい笑顔で言いはなったユウは彼の顔と同じ位に明るい艦内を駆け抜ける。

 

「俺が一歩も前へ進んでいないないんて、気のせいだ……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「俺達がお前さんを置いてきぼりにしているんじゃないよ、ユウ」

 

 駆けるユウに手を振りながら、フィリップはボソリとそう呟いた。

 

「お前さんとエグザムが、何処か違う場所へいこうとしているんだ」

 

 除隊が決まり、嫁さんとパン屋を開く夢を叶えてもユウは常連になってくれると約束してくれた、だが。

 

「俺の店のパンの味以前に、その約束が守られるのか……?」

 

 

 

――――――

 

 

 

「腐ってやがる」

「そうか?」

「ああ、まちがいないわね」

 

 このベーメルベン整備士の歯に物を着せぬ言い方には慣れているものの、いまのユウにとっては気が滅入るものだ。

 

「内部の機構が、メチャメチャだ」

「無理をさせたからな、Gマリオンは」

「たんなる機体疲労じゃなくて……」

 

 ベッドから身を乗り出したユウに布団を掛けてくれるシドレに一つ頭を下げてから、女整備士は言葉を続ける。

 

「回線がね、爛れているんだ」

「あることなのか、そういうことは?」

「あるわけないじゃない」

 

 ユウの枕元へと置かれたパンをその指で擦りながら、ベーメルベンは呆れたような顔をした。

 

「異常よ、こんな現象」

「異常現象か……」

「ユウ大佐、あなたと同じくね」

 

 その言葉に、ギッとシドレがベーメルベンを睨み付け、ユウの寝室にしばしの緊張が訪れる。

 

「ユウ、いるかい?」

 

 その緊張を破ったのは、外からのフィリップ・ヒューズ、元モルモット隊の隊長の声だ。

 

「開けるぞ」

「どうぞ」

 

 静かな音を立てながら自動ドアが開き、シドレとベーメルベンが睨み合う姿を見て、フィリップはわざとらしくその喉から咳払いをもらしてみせる。

 

「修羅場だったか」

「全然」

「ならば、いいがな……」

 

 その言葉は、ニムバスとの戦いの後に完全にグロッキーとなった、その機体Gマリオンのままストゥラートへ運ばれたユウの身を案じての事だろう。

 

「俺のパンの効果が薄れてしまう」

「時代錯誤も甚だしい、パンを頭の上に置くとは……」

「言い出したのはシロッコの旦那だし、作るのを手伝ってくれたのもあのインテリさんだよ」

「意外だったな」

 

 シロッコ、パプテマス・シロッコがパンを作る事に長けているとは聞いてはいたが、正直ユウにはここまで上手いとは思わなかった。

 

「折角の天才さんのパンか、フィリップ少佐」

「そゆこと」

「だったら、その恩恵にあずからないとね、ユウ大佐」

 

 そういったきり、彼女ベーメルベンは身軽にユウの部屋から出ていく。

 

「新しい観光名所、アクシズでも観に行くか」

 

 結局の所、文字通り「宙ぶらりん」のままの超巨大小惑星「アクシズ」は今のユウ達がどうこう出来る問題ではない。偉い人が考える話だ。

 

「ユウ」

「何だ、フィリップ?」

「健康診断の時間だ」

 

 その言葉と共に、ストゥラートの医師がユウの部屋にと入り込んできた。

 

「注射は嫌ですよ、先生」

「注射はしないよ、大佐」

「そうですか……」

「もはや、注射の一本や二本で治るような病気ではない」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ジ・オⅡとは、これまた大層にして、不遜だな」

「すみません、シロッコさん……」

「五十パーセントのリミッター」

「ユウさんが七十パーセントならば、僕にはこれくらいがいいとドゥガチさんが」

「フーン」

 

 ニヤリとシロッコは笑うと、カツがアクシズ主戦場に到達する前に立ち寄った補給艦、ジュピトリスの艦長の顔をじっと見やる。

 

「私のジ・オをここまでデチューンしおって」

「その少年には、その位が丁度よいと思ったのだよ、私は」

 

 実直そうなそのドゥガチという男はそう言うと、シロッコからその目を逸らし地球へとその視線を向ける。

 

「美しい星だな、地球とは」

「話題を逸らすな、ドゥガチ」

「この星の蒼さ、守らねばならんと思わんか?」

「人類を甘くする、心が弱くなる」

 

 ブツブツ言いながら、シロッコは逆魔改造されたジ・オの表面をその手で再び撫で始めた。

 

「全身へのビーム砲、隠し腕の性能劣化」

「しかし、僕には……」

「挙げ句の果ての、機動性の低下」

 

 カリッ……

 

 チョコレート・バーをかじりながらダメだしをし続けるシロッコへ、彼の脇に控えるサラがその可愛い唇を尖らせる。

 

「ですが、パプテマスさま」

「言うなよ、サラ」

「カツは良くやっています」

「言うなというなに……」

 

 苦笑しつつも、シロッコはチョコ・バーを噛み下す。

 

「まあ、ここまでやれたのだ」

「シロッコさん」

「褒めておいてやろう、小僧」

「ありがとう、お義父さん」

「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いは、まだない!!」

 

 僅かにその顔を紅潮させているパプテマス・シロッコの隣では、ドゥガチが満足そうに地球を眺め続けていた。

 

「しかし、パプテマス殿」

「なんだ、カラス?」

「あの、ロストスリーブスという連中は」

「私が知るか」

 

 その実も蓋もなく、相手の先取りをする言葉に、カラス少年はその唇を尖らす。

 

「大方、野盗崩れだとは思うが」

「宇宙海賊、ですか……」

「はて……」

 

 カラス少年、パプテマス・シロッコ程ではないが、万事に充分な天才と呼べる素質をもつ彼は、シロッコ用新型モビルスーツを調整するその手を止め、頭に輪を付ける趣味がある男の声をその耳へと入れる。

 

「それだけとは、言いがたい」


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