夕暁のユウ   作:早起き三文

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第82話 禊の剣

 

「シュレティンガーの箱って知っているか?」

「聴いたことは、ある」

「説明は出来るか、ティターンズ?」

 そのミネバの言葉にラムサスは軽く眉間へ皺を寄せたまま、モゴモゴとその口を動かしてみせる。

 

「確か、五十パーセントの確率で毒ガスが発生する箱の中に、えーと」

「大雑把に言えばその通りだよ、ラムサス」

「ヤザン隊長!?」

 

 ネェル・アーガマのブリッジへ入ってきた上官の顔を見て、そのヤザン・ゲーブル、ラムサス・ハサの顔が一気に引き締まった。

 

「後方の病院船へ下がっていたのではなかったのですか!?」

「花見、がしたくてよ」

「花見、ああその後ろの人たち」

 

 ヤザンに続き、ネェル・アーガマのブリッジへ入ってきたジャミトフらを見て、ラムサスはどこか納得したかのようにその自らの首を何度も頷かせてみせる。

 

「中に猫を入れてな、猫が死ぬかどうかを確かめる実験だ」

「猫……」

 

「猫」その言葉を聴いたとき、バナージ・リンクス少年の顔がキュと締まった。

 

「どうしたの、坊や?」

「僕の姓がリンクス(山猫)だから、つい」

「あら、それはごめんなさい」

 

 そのバナージ少年をなぐさめるブルーの声を無視し、この手の事にかけては十八番であるあの男がしたり顔でその口を開く。

 

「実際には、猫が死ぬ確率を調べる実験だ」

「確率……」

 

 やはり、まだバナージ少年には難しい話のようだ。話に飲まれている。

 

「箱を開けた時に、猫が死んでいるかどうか、それは実験をした観察者でないとわからない」

「お前はその手の課題が苦手だったよな、ジャミトフ……」

「うるさきブレックスめ……」

 

 苦々しく顔をしかめる二人の老人を無視し、ミネバが北京バーガーを食べながら話を続けさせそうとする。咀嚼する音が辺りへと鳴り響く。

 

「だが、それを百パーセントにまで押し上げたのがアイランド・イフィシュだ」

「住民を皆殺しにする、そういう計画だったな」

 

 そのミネバの言葉に、旧ジオン派の二人であるマ・クベとデラーズが互いにその顔を見合わせ、ややに沈鬱な表情を浮かべて頷き交わす。

 

「だが、その計画を実行した我が父ドズル・ザビはな」

 

 スッ……

 

 バナージ少年へ飲み物の催促をしながら、ミネバ・ラオ・ザビ、かつての猛将ドズル・ザビの娘は真剣な顔をブリッジ外の蒼い宇宙へ向けている。

 

「その百パーセントを信じていなかったのではないかな?」

「信じて、いない……?」

「どこかで何人かは助かると思っていたのかもしれないぞ、ティターンズ総統よ」

「だとしたら、偽善だな」

「ホウ、ジャミトフよ?」

 

 自らの主君筋、その父親への無礼な言葉にわずかにその姿勢を構えたマ・クベとデラーズをその細い手で制し、ミネバは興味ぶかそうにジャミトフの瞳を実と見つめた。

 

「主もそう、思うか」

「儂としては、百パーセント死ぬと確信出来ていたギレンやキシリアの方が、より誠実におもえるな」

「私もだ、ティターンズ総統」

 

 何か、得体の知れない重力みたいのがその場を包み、皆が無言でマ・クベナルドやミンナ・デラーズの食べ物を口へ放り投げているなか、ふとブルーがその口を開く。

 

「でも、一人や二人位には生きている人もいたんじゃなくて?」

「それだ、ジャミトフの娘とやら」

 

 我が意を得たり、と言った風にそのブルーことハイリーンの言葉にミネバが強くその首を振る。

 

「致死率百パーセントの中で生き延びた人間は」

「ミネバ様……?」

「果たして、平穏な人生が送れるのだろうか、な」

 

 バナージ少年の声に答えたか答えないか、ミネバは断言するように、力強くそう宣告をした。

 

「……」

 

 そして、その姿をパプテマス・シロッコは黙ったままにみつめている。

 

「死んだ怨霊達がそれを赦してくれるか、という話だよ、パプテマス」

「どうかな、ミス・ミネバ……?」

「世辞を使えるようになったな、主も」

「どうも……」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「怨ーン!!」

 

 ガ、ギィ!!

 

「さすがだな、ニムバス」

「さすがもなにも、このような手で、私が倒せると思うか、馬鹿者」

「シャアにすら、通用したのにな」

 

 奇声と共に両手のフィンガーバルカンから相手の関節を狙い、単発で弾丸を発射し、動きを止める。

 

「暗器術の真似事、良いと思ったのによ」

「尋常に出会わんか、尋常によ」

「尋常に戦い勝てる相手かよ、今のお前は」

 

 ブゥン……

 

 魔剣エグザムを震わせながら、ユウはコクピットの中で不敵にわらう。

 

「このユウ・カジマ、相手の心理に刃を隠す」

「読んだな?」

「性にあった」

 

 軽く、二人の刃がふれ、乾いた振動音が二人のコクピットへ響きわたる。

 

「さて、お次はこれだ!!」

 

 ガッ、ガガッ!!

 

「バルカンの猛打だと!?」

「ははは、踊れ踊れニムバス!!」

 

 単なる連射であれば大したことではないニムバスであるが、このバルカンの連打は一味違う。一撃一撃が的確なのだ。

 

「必殺、死霊の盆踊り!!」

「どこでこのような業を、ユウ!?」

「天才が見せてくれたホロ・ムービーも役にたつものだ!!」

「ならば!!」

 

 ニムバスの聖剣マリオンが独特の構えをとり、同時にレーテ・ドーガの姿勢が低く落ちる。

 

「いきなり、必殺を念じなければなるまい……!!」

「また、このまえの連打技か!?」

 

 ナイン・ドラゴン・ヘッド・チャージ、強力な突進技である。

 

「二度も、同じ技が通用するとでも!!」

「違うな、ユウ・カジマ!!」

 

 大上段、それに構えた聖剣の姿勢は確かに以前の技とはちがうようだ。

 

「あれを遥かに越える技であるよ!!」

「ニムバス、あれを使うつもりか……?」

 

 マリオン、いやローベリアの唇から掠れ出る吐息が、不可思議な事にユウ・カジマの耳へと入る。

 

「ニムバス、大技のようだな」

「そうだとも……」

 

 先程から宇宙へと漂っていたローベリア機バギ・ドーガ、それにララァ・スンやハマーンが近寄ってくる姿をその目にしながら、ユウは軽く自らの唇を噛む。

 

「ならばに、俺も一世一代の大技を見せてやろう!!」

 

 大音声という言葉がよく似合う大声を上げたユウを付近の者達がびっくりした様子でじっと見つめる中、ユウも魔剣エグザムを両の手に構える。

 

「タイガー・フォーリング……」

 

 そのユウ・カジマの声に合わせるかのように。

 

「スカイ・ドラゴン……」

「また、ドラゴンか!!」

「うるさい、ユウ・カジマ」

 

 ニムバスからも、静かな声が周囲のモビルスーツ・コクピットを震わす。

 

「スパーク!!」

 

 ザァン!!

 

 気合いの声と共に、ニムバス・シュターゼンの無刃刀が跳ね、ユウ機の真上を掠める。

 

「甘いぞ、ニムバス!!」

「まだだ!!」

「何!?」

 

 シュウ……

 

 対サイコ・フィールド兵器「聖剣マリオン」から光が迸り、周囲の物質を収縮し始めたのにユウは驚き、あわてて自らの斬撃を繰り出そうと試みる。

 

「ダウン!!」

「何、どこだ!?」

 

 スゥ……

 

 聖剣での吸引効果に自信を、それこそモビルスーツサイズの品物でさえ引き寄せることができる「スカイ・ドラゴン・スパーク」に信頼を置いていたニムバス。彼が期待していた場所にユウ・カジマ機がいない事に僅かな狼狽が生まれた。

 

「どこだ、ユウ!!」

「ここだ!!」

「な、何だと」

 

 そのユウ機Gマリオンがとっている姿勢、それはまさに。

 

「土・下・座だと!?」

「そうだとも!!」

 

 そのユウ機が、力強く跳ねた。

 

「土下座の姿勢で、相手の反発心をゼロにする!!」

 

 再びの土下座の姿勢、その腕の先には魔剣エグザム。

 

「そして、有無を言わさぬ二段土下座!!」

「うむぅ!?」

「これこそが!!」

 

 ザォン!!

 

「ごめぇん、なさーい!!」

「アァー」

 

 ユウはそう叫びながら、ニムバス機レーテの目前スレスレ、そこで魔剣はその刃先を止めた。

 

「土下座の極み……!!」

「天駈ける龍の斬撃も」

 

 先程から二機の戦いを観戦しているローベリアの近くには彼女の後輩、ララァとハマーンがクスクスと笑っている。

 

「地を這う土下座には、勝てなかったようだな、ニムバス・シュターゼン」

「言わないでくださいよ、ハマーン・カーン……」

 

 まさか、あのような隠し玉を持っていようとはまさしくニムバスの不覚であった。

 

「どうだ、見たかハマーン・カーン」

「何がだ、ユウ・カジマ?」

「俺は強い」

 

 傲然とそう言い張るユウに、ノーマルスーツのままのハマーンはその首を傾げてみせる。

 

「さっき、お前は捨て身で俺を止めてくれたよな?」

「まぁ、な……」

「それは、つまり……」

 

 コクピットの中で、何やらモゾモゾと言いよどむユウに、ハマーンが怪訝そうな視線を向けた。

 

「俺の赤ちゃんを生んでくれる、覚悟があってのことか」

 

 そのデリカシーの欠片もない言葉に、ハマーンを含めてその場にいる全員が呆れた表情を浮かべた、が。

 

「ユウ・カジマ」

「どうだ、ハマーン?」

「お前、良い男だな?」

「なら、やはり……」

「だが、断る」

 

 フッ……

 

 そう言い、一つ微笑を返したきりハマーンはややに遠くの場所で騒いでいるアムロ・レイ達、そして。

 

「やっぱり、アイツはシャア・アズナブルか、ニムバス?」

「当たり前だ、馬鹿者」

 

 無酸素とはいえ、ある程度は呼吸が出来るシャア・アズナブルの元へと泳いでいった。

 

「ふられちまったな」

 

シャ……

 

「ん?」

 

 何やら、呑気に歩み寄りを始めているアムロ達の近く、大破し四散したノイエ・ローテのすぐ近くを紅いラインが通る姿を目にしたユウ・カジマは。

 

「なんだろう……」

 

 その目をこらしたままに。

 

「まずい……」

 

 その意識を失った。

 

 

 

――――――

 

 

 

「蒼い、宇宙……」

 

アクシズを止めたサイコ・シャード、ユウ・カジマがその輝きを見たのは、夢か現か。

 

「私が見た宇宙でもあるよ、ユウ・カジマ」

「そして、アタシが造り出した宇宙でもある」

 

無数のサイコ・シャードの上に立つニムバス・シュターゼンとマリオン・ウェルチの姿は、夢というには余りにも現実味が有りすぎる。

 

 

 

――――――

 

 

 

「大丈夫だろうな、これは……」

「多分、大丈夫」

「どうかな、お前が赤ちゃんを産めんようになったら……」

 

 サイコ・シャード、砕けちったコスモスの花をその手に納めながら、マウアーが恋人に微笑みかける。

 

「無粋だな、ジェリド」

「うるさいぞ、カミーユ」

 

 そのカミーユの手にもピンク色の「コスモス」のシャード、彼はそれを恋人未満友達以上の娘へとわたす。

 

「綺麗ね、カミーユ」

「おい、あまりそう鼻を近づけるなよ」

 

 人に言っている事と矛盾しているカミーユの言葉に、ジェリド・メサが軽く微笑む。

 

「花、私の名前ね」

「まあ、そうだけどもさ……」

 

 見ると、あちこちで散った花を取ろうとしている連邦、ティターンズ、エゥーゴ、そしてネオ・ジオン兵の姿がみえる。

 

「採るべし、採るべし天然サイコ・フレーム!!」

「品がないよ、アルフさん」

「うるさい、シドレ!!」

 

人は、浅ましいのかもしれない。

 

「棄てたあの子を、思い出す……」

「しばらくあんたは捕虜だ、ロストスリーブス」

「ええ……」

「想い出に浸りな」

 

 あるいは、過去を振りきれないのかもしれない。

 

「バナージ、あれだ、あの特大のが狙い目だ!!」

「急かさんでくださいよ、ミネバ様!!」

「未来のラプラスだよ、小僧!!」

 

 それでも、未来へ進んでいく。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 コポゥ……

 

 深く昏い奥深くに一つの研究施設が見える。

 

――予想外だ――

 

 一機の巨大モビルスーツ、その脇に置いてあるコンピュータが文字列を吐き出す。

 

――第二世代エグザム、NT-Eを意思の力で発現できるとは――

 

 コホゥ……

 

 巨大モビルスーツが、軽く唸りを上げた。

 

――ユニ・エグザム――

 

 文字列に名を呼ばれたモビルスーツが二度の呼吸を行う。

 

――これより、お前にニュータイプ殲滅の使命をあたえる――

 

 モビルスーツの両目が、紅く光る。


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