夕暁のユウ   作:早起き三文

80 / 100
第79話 ラプラスの悪魔

「さっきの優しいウェーブ、アムロはどう思うの?」

「思うも何も、ベルトーチカ」

 

 アクシズ方面から押し寄せた、何か蒼い輝きの事は無論にアムロ・レイも感じていたが。

 

「今の俺には、邪魔かもしれない」

「冷たいのね、アムロ……」

「ただ、それでも」

 

 その自らの恋人、ベルトーチカ・イルマの腹部から伝わってきた鼓動、その蒼い宇宙の心に呼応したかのような声に対しては、彼も。

 

「産まれてくる子の、診断結果の手間が省けたよ、ベルトーチカ」

「嫌らしい言い方、アムロ……」

「すいませんね、セイラさん……」

 

 娘の声を受けては、彼アムロも父親となる運命を自覚させてくれる。

 

「女の子、か……」

「そうなの、アムロ?」

「多分ね、ベルトーチカ」

 

 蒼き光に、我が子の声。それらは常の状態であればアムロ・レイという男にとって心安らぐ物であったのは間違いないが。

 

「今は、俺は自分の心を暖めるのは危険なんだ……」

 

 少なくとも目前のノイエ・ローテと、そして。

 

「憎しみの光、そしてユウ・カジマを抑えない限りには」

 

 ニュータイプを裁くシステム、エグザムについてはアムロも断片的ながら知っている。そしてそのシステムに携わったユウ・カジマという男についても、しかし。

 

「何故変わった、ユウ・カジマ……」

 

 エグザムは世界を滅ぼす可能性を秘めている、ニュータイプに対抗すべき為のシステムである。数年間、連邦の手によって軟禁状態であったアムロ・レイにとっては、その理屈のソフトな形としての待遇を長年受けていたとも言えるのだが。

 

「どこをどう見ても、彼のあの戦い方は私情のそれで、ニュータイプを滅ぼすとは」

 

 目前のエグザムも連邦のやり口も、相手がニュータイプだから、であるという判断基準で行った物ではないとアムロは思う。

 

「新人類ニュータイプを滅ぼす使命感、それは違うな」

 

 別に相手がニュータイプではなくても、強くて変なヤツが目の前に現れれば同じ対応をするだろうというのがアムロ・レイの私見であり、それに照らし合わせてみれば、ユウ・カジマとエグザムの行いなどは。

 

「違うな、少し強くて変わり者のミュータントの抑制が、エグザムとやらの本質だ」

 

 そして、それらの恐怖心から来る行動には崇高な十字軍の志など無いと彼アムロには感じる。

 

「あの、今のユウ・カジマにはニュータイプを意識してエグザムを使っているようには見えないからな……」

「あの変なアクシズからの光、それの影響を全く受けていないように感じます、アムロさん」

「そうか、ハサウェイ君?」

「心を穏やかにさせる、その蒼い光は今のユウって人には」

 

 宇宙の心、あの蒼き光が正しい人の在り方だと断言できる程、アムロ・レイはすでに若くはない、しかしそれでも。

 

「あのパイロットさんには、何も感じないのでしょうね」

「偉そうだな、ハサウェイ君は」

「すいません、アムロさん……」

「いや、別に構わないがね」

 

 今の、あのユウ・カジマの人としての在り方がどうしても受け入れられないのが、ニュータイプの是非に関わらずアムロ・レイという一人の人間なのだろう。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ソーラ・システムⅢ、調整が完了しました」

「よし……」

 

 ティターンズ旗艦、今では大規模破壊兵器「ソーラ・システムⅢ」の総管制ルームとしての役割を与えられているドゴス・ギア一番艦の艦長席で。

 

 ズゥ……

 

 スパゲティ・ヌードルのチューブを啜りながら、ティターンズの総司令バスク・オムはその面を険しくしながら。

 

「これで、アクシズを吹き飛ばせる」

「将人レビルからの、指示待ちですか?」

「フム……」

 

 僅かに、何か胸騒ぎがする心を押さえながら、黙ってミートソース・スパゲティをすする。

 

「不愉快だよ、連邦の指示を待つのは」

「ではやはり、独断で……」

「ティターンズの力、存在を誇示しなければならん」

「ハァ……」

 

 別にこの女性オペレーターにしてみれば彼、バスク・オムの気持ちは解らないでもないが。

 

「デラーズ紛争の時と、同じ事をするおつもりで?」

「……」

 

 昔、同じ釜の飯を食べた仲であるパイロットを、その彼の乗機であったモビルアーマー・ガンダムごと吹き飛ばされそうにされたバスク司令へ良い感情などは、持つ気になれない。

 

「……」

「……あれ?」

 

 てっきりバスク・オム、彼が脇へ携えている細竹の鞭で叩かれる事を覚悟の上での発言をした彼女であったが。

 

「バスク、艦長?」

「ウムゥ……」

 

 何か、スパゲティを食べる手を止めしきりにしきりにその厳つい顔へと掛けたゴーグルをさすっている彼へ向けて、彼女だけではなく。

 

「何か、目がうずく……」

「バスク中将?」

「スペースノイドどもの、薄汚い匂いにあてられたか……?」

 

 他のドゴス・ギアのブリッジ・クルー達も、いつになくその身体を強張らせているバスクへと、不審そうな目を向けていた。

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「人の運命が思い通りにいくならば、誰も死にはしない……」

 

 コゥ……

 

 そのアムロ・レイの言葉に、ハヤト・コバヤシがため息をつきながらその口から。

 

「カツ……」

 

 また、息子の名が疾る。

 

「先程のララァさんの言葉、僕は信じて良いと思います、ハヤトさん」

「だけどな、ハサウェイ君……」

「あの女教祖さんの、言う通りだと思いますが?」

「ハア……」

 

 旧ホワイトベースの戦闘要員達の輪の中に、その一年戦争時の新鋭艦艦長であったブライト・ノアの息子が入る事、最初はそれを喜んだハヤトであったが。

 

「あの艦長父親とは違い、うちのカツに似た性格だよ、全く……」

「良い人生を送れそうな子です、ハヤトさん」

「他人事だと思いましてね、マザー・ララァ……」

 

 そのジトとしたハヤト・コバヤシの視線にもマザー・ララァ、新興宗教の教祖である彼女は何食わぬ顔をしながら。

 

「はい、ララァ」

「無責任に、安心だ安心だなどと言う、ハサウェイ君の肩を持たないで下さいよ……」

「心配性ね、ハヤト」

 

 教団スポンサーの一人である女実業家から受け取ったジュースを美味しそうに飲みながら、ノンビリとした顔をアムロ機「ν-GP」へと向けている。

 

「いや、マザー・ララァの言う通りだよ、ハヤト」

「何が言う通りなんだ、アムロ?」

「ここであれこれ心配しても、仕方が無い」

「能天気だな、お前とそして」

 

 フゥ……

 

「ララァ教祖さんは」

「俺はララァほど、頭へ花は咲いていない……」

 

 鼻歌、その涼やかで心地好い音色を唇から跳ね出させているララァ・スンの「姿」はアムロにとっても意外ではあるのだが。

 

「俺はララァの事を、何も知らなかったんだ」

「皮肉な話ねぇ、アムロ」

「時間にして、一月も顔を見ていない彼女ララァのな、ベルトーチカ」

「三、四回だけ顔が出ただけでしょうに、全く……」

 

 連邦にもネオ・ジオンへも顔が利くとの触れ込みであちらこちらへ走り回っていたらしいマザー・ララァ、彼女の事は実際の所。

 

「それで、よく初恋だと言えたもんね、アムロ?」

「自分でもわからないよ、本当に」

「何か、インパクトみたいな物があったのかしら?」

「さあ……」

 

 どうもアムロ・レイとシャア・アズナブル、彼ら二人の男だけが誤解を拡大させ、神聖視している模様をブライト達から告げられた時にも、アムロはにわかには信じられなかった。

 

「昔のシャアならば、彼女の事について良く知っていると思うけどな」

「知らないわ、大佐は」

「そうか、ララァ?」

 

 ドク、ドゥク……

 

 ムラサメ・コーヒーティラミスのチューブを口へと付け、万力のごとくにその中身を絞り出しているらしいララァ・スンの唇から漏れだす。

 

「あの人、結構先入観が強いから」

「そうかな?」

「そうよ」

 

 まあ、確かに五感の内、視力のみを失ったが為にかえってララァの本質を見失った彼には相応しい言葉かもしれない。

 

「考えを、なかなか変えない人」

 

 その彼女の言葉に対し、一つ後ろの席に座っている女性の、その深い。

 

「あの、セイラ・マスさん?」

「何よ、ハサウェイ君?」

 

 頷きというには余りにも大きく、身を九〇度近くまで歪めたその姿は。

 

「お腹でも痛いんですか?」

「いいえ、違うわ」

「では……?」

「同意の頷きもここまでくれば、可笑しい姿勢にもなろうという物よ……」

 

 まさしく、謝罪のラプラスが成す昇華型「土下座」の極みである。

 

「出ない、このティラミス出ない……」

「俺が出してやろうか、ララァ?」

「パイロットが席を外して、どうするつもり?」

「腹が減ったし、疲れたし」

 

 その、どこか「アムロ・レイを励ます会」のメンバーが造り出した空気に充てられてしまったのだろうか。

 

「中年、ユウ・カジマのパワーがシャアを押したか、ケーラ?」

「どうかね?」

「圧倒的じゃないか、中年達は」

 

 もはや「切り札」の事を除外すれば、ノイエ・ローテには挽回のチャンスすら無いと言える程にシャアは追い詰められている。

 

「ナイジェル、ノイエ・ローテのあんな所にランスが刺さっています」

「ああ刺さっています、ケーラ」

 

 成り行きで座礁したアムロ機、そしてホワイトベース・メンバーの護衛をする羽目となってしまったナイジェル達の目前で、急激に戦局が変わっている事に。

 

「落武者みたい、兄さん」

「決め手はハマーン・カーンの頭投げだったと思う、セイラさん」

 

 何か、納得がいかない様子でその宙域の面子がノイエ・ローテ対「その他大勢」の戦いの行く先を見守っている。

 

「頭投げ、さすが柔道家ね」

「俺はそんな技、習ったことはないけどな」

 

 先程からハヤトが注意深く見ていた結果では、ハマーン機クィンマンサがその胴体部分、ノイエ・ローテにより溶解させられた脚部を除く全身を投げ放ち。

 

「トドメは、シャアを愛した女の見投げってね……」

 

 質量兵器とさせた戦法が、勝利への布石だったとカイ・シデンも判断している。

 

「マザー・ララァ、昔の愛人として」

「最近の子は、大胆ねえ……」

「何か、一言コメントを」

「このティラミス、美味しい」

「チッ……」

 

 恐らくこのララァ・スンという女性は。

 

「ワイドショーにも、出せやしない……」

 

 世慣れているのだとは、この無遠慮なマス・ゴミュニケーターたるカイ・シデンの嗅覚にも勘が灯る、以前に。

 

――ララァ・スンってのは、クルスト博士が欲しがっていた被験体、ニュータイプだったが――

――出来なかったので、技師アルフ・カムラさん?――

――クルスト博士はある少女にベッタリで、そのララァという子には愛想笑いで近づいたらしいが――

 

 最近、今現在にシャアと戦っているユウ・カジマという軍人、彼の名が売れている事を受けて。

 

――利用、それだけを考える人間を一目見ただけで、彼女ララァ・スンは解ってしまうらしい――

――ニュータイプ、ですからね――

――嫌われたと、クルスト博士は自嘲していたよ――

 

 ゴゥ……!!

 

ランス、長槍を妖花ノイエ・ローテへと突き刺した茶色塗装のギラドーガと二人がかりでその槍を赤き巨大モビルアーマーに。

 

「チャンス……!!」

 

 シャ、カシャ!!

 

 カメラ・シャッターを切り続けるカイの視線の先で、僚機達と一緒にそのランスを機体の拳で叩き、差し込み、傷口を拡げて、仲間と共に罵りの「たけび」を上げながらシャア・アズナブル機へとさらに強く、さらに深くへと押し込み。

 

 グ、ジャア……

 

 返り血にまみれながらも、対空砲火を受けながらも、なおも憎しみの杭を打ち続ける、なおもその手を緩めないGマリオン、蒼いジェダ・タイプのそのパイロット。

 

「アムロ、に勝った男か……」

 

 ユウ・カジマ、彼の専属モビルスーツ技師「アルフ・カムラ」へ手土産を包み、極秘インタビューに伺った時の記憶が、カイ・シデンの脳裏へとよぎる。

 

「まだだ、まだ終わらんよ……」

「ああ、ああララァ……」

 

 そのちょこざいな二機の木っ端を振り払ったノイエ・ローテへ更に倍の雑魚達が取り付き、完全に墓穴を掘ってしまっているシャア・アズナブルのそのお得意の台詞口真似がララァの唇から放たれたのを聴き、アムロは軽く息を吐いてみせた。

 

「そう言うだろうな、アイツは……」

「だけど、大佐はもう終わり」

「死ぬのか、シャアは……?」

「バカ……」

 

 もちろん、その脱出しようとしているシャアを攻め立てるモビルスーツ達の先頭へ付くのは、両肩を紅く染めたGマリオン、ユウ・カジマ。

 

「バカね、アムロ……」

「なるほど、そうか」

 

 さすがにアムロとしても、シャアが死ぬと予見している中で初恋の相手、ララァがアイスクリームをチューブからすすっているとは思えない、故にアムロ・レイは。

 

「そうか、シャアは死なないのか」

 

 彼はララァを信じ、そしてシャアの生を確信できる。

 

 グゥ……

 

 ついに機体の動きを止めたノイエ・ローテへ、そのモビルアーマーに突き刺さっている「杭」へさらに力を込め、追撃を加えようとしているユウ・カジマを何やら頭だけとなったクィン・マンサ、ハマーン機が止めようとしている姿が、ナイジェル達の目にも映り込む。

 

「落武シャアか、ケーラ?」

「つまらないな、ナイジェル」

「他に、何もしようが無い……」

 

 ナイジェル達のモビルスーツ、五機程度ではアムロ・レイ達の護衛としては心許ないが、他に呼び寄せる者達も周囲にはいないと、安心が無いと先程まで懸念していたのが彼らには。

 

「バカバカしい……」

 

 そのナイジェル青年の感想、それは少し核弾頭なり大規模破壊兵器であるコロニー・レーザーで消え去るモビルスーツ達、すなわち「人」を見る時のやるせなく、虚無的なその気持ちに似ているかもしれない。

 

 ドゥウ……

 

 そのハマーンを退け、なおもその拳で活動不能となったノイエ・ローテへ殴りかかるユウ・カジマの姿に何か不気味な、狂気のような物を感じ取ったのか。

 

「……」

 

 他と比較して好戦的と言えるリョウ・ルーツ青年、彼の乗るマスプロ・ダブルゼータも大佐ユウのGマリオンを抑え始める姿、それを無言でアムロ達は。

 

「キャスバル兄さん……」

「心を静めて、セイラ・マス」

「ララァ、あのユウ・カジマという人は何なの……?」

「依る袖無き、世の中から袖にされた人だけが放てる」

 

 それほどお互いの心が触れ合っている兄妹ではないとはいえ、血を分けた実の兄が一方的な暴力を受けている姿へ無関心でいられるほど、セイラ・マスは人非人ではない。

 

「憎しの心です、セイラ・マスさん」

「マザー・ララァ……」

「もしかしたら、私の私見は」

 

 ドゥフ……

 

 仲間であるはずのキュベレイ、黒の塗装を施されたそれが、強くユウ・カジマを止めようとしたその黒きキュベレイがGマリオンの手首から投げ出されたチェーンにより、機体へ孔を空けられた。

 

「間違っていたかも、しれません……」

「弱気になってはだめだ、ララァ」

「このままでは、大佐は」

 

 バゥア……

 

 光が、黒き憎しみに満ちた赤い翼がGマリオンから形成される姿に。

 

「ツゥ……!!」

 

 動揺し、恐怖をしているノイエ・ローテ狩りの部隊からの思念がアムロ・レイ達、旧ホワイトベースのメンバーの頭を強く打った。

 

「大佐、シャアは」

「君の言葉を最後まで信じたい、そう思っていたが……」

「可能性の悪魔に殺されるかもしれないわ、アムロ」

「悪魔……」

 

 フォウ……!!

 

シャア・アズナブルの光、悪魔の光を奪い取ったGマリオン。そのミノフスキー粒子の疑似結晶、あるいはサイコ・フィールドと定義する事が出来る昏き羽根が。

 

――NT-C・STANDBY――

 

 ユウ・カジマのそれがノイエ・ローテを、そして同じ志を持った仲間達を切り裂くと同時に響き渡る機械音声に混じり。

 

――バカな、エグザム・システムは解除されたはずだ――

 

 驚愕の叫びを上げる年老いた男の声、それがこの全宙域に展開している命ある者達の耳へと木霊する。

 

「悪魔とは何だ、ララァ?」

「ソロモンの方陣、それへ生け贄にと捧げられた魔物」

 

 もはやノイエ・ローテどころの話ではない。そのまま焔を噴く剣をシャアへのトドメとして突き出したGマリオンへ向けて。

 

 ダゥ!!

 

 クィン・マンサの頭が追突し、間一髪でそのユウ・カジマの行いを阻止する。

 

「小さな善意に包まれた大きな悪意の血をすすり、集束召喚された」

「ドズル・ザビ……」

「悪意とは行い、心ではないわ」

「自らの悪行を認識出来なかった男の、噴き上がらせた影……」

 

 何か、全てがアムロには解ったような気がしてくる。見たことがあるのだ、いや。

 

「何故、今まで気が付かなかったのだ、俺は……」

「シュレディンガー・コロニーからの悪魔が、最初に贄へと選んだ悪行者、ドズル・ザビ」

「シャアへと、あの男のモノノケが憑依していたのか、ララァ?」

「悪魔とはね、アムロ……」

 

 大破したノイエ・ローテから一機のモビルスーツ、そして人の姿が這い出てくる光景をその視線の先へと留めながら、急いでコウ達は各々の持ち場へと戻っていく。

 

「悪魔とは、すなわち責任転嫁」

「他者のせいにする、その人の弱さが悪魔を産み出したと?」

「悪い事が起きる、悪魔の仕業だ」

「旧世紀からの、伝統だな?」

「仕方がなかった、やむを得なかった、そしてコロニーへ毒ガスを注ぎ込み」

 

 ブォウ、ウ……!!

 

 船外修復を行ってくれていたコウ・ウラキ達のお蔭か、どうにか半分の出力は出せそうなニューペガサス。アムロはサブ・パイロット達へ感謝の言葉を放ちながら。

 

「コロニーを落とし、地球を蹂躙したのち、憎しみはスケイプ・ゴートのコロニーを必要とした」

「スケープ・ゴート?」

「グローブって名のね」

 

 休息が終わり、再び「戦士の刻」が来た事を感じ取りながらも、アムロにはそのララァが吐き捨てた最後の言葉、それだけは耳へと残る。

 

「俺は知っているぜ、アムロ……」

 

 ガァ……

 

 真空と有酸素、二つの空間を隔てる中間ルームを急いで越えながら、息を切らしているカイの。

 

「じゃあ……」

 

 珍しく常の軽薄な声を潜めているジャーナリストへ、通信機越しにアムロは彼にと問う。

 

「じゃあ、何なんだよカイ?」

「人は、どうあがいても」

 

 スゥ……

 

 暇人であった時に身に付けた自己流のセルフ・コントロール、いわゆる瞑想の真似事を行うアムロの、冴え渡り始めた感覚へと。

 

「神様にも、ホトケさまにも成れないって事」

「フム……」

 

 カイの言葉へ疑惑を持たない人間、すなわちララァの言っている言葉を理解している仲間が、実業家セイラを初めとして多数いることにアムロは自分の無知を思い知らされる。

 

「悪魔や鬼にはなれるけどな、アムロ・レイ」

「ナイジェル、あんたも知っている様子だな?」

「仕方がなかった、マザー・ララァが言ったそれの」

 

 ズゥオ……

 

 憎しみの黒き光、Gマリオンから放たれるその肌がささくれ立ち、総毛立つ感覚に包まれながら、矛盾した心理であるとは解っていながらも、ナイジェルの声を聞きながらアムロは。

 

「最大の象徴さ、アムロ・レイ」

「八つ当たり、か」

「に、しては規模が大きすぎるがね……」

「フゥン……」

 

 シャア達の、無事を神様とホトケ様にと祈る。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「神の拳、発射準備完了」

「うむ……」

「ジンネマン殿?」

 

 第一、第二目標の内から状況に合わせて判断せよ、そうフロンタルから指示を受けている男は。

 

「目標、ソーラシステム」

 

 髭面の年配の男から飛んだ指示に、付近のロストスリーブスのスタッフ達が慌ただしく動きはじめる。

 

「第二斉射目標、ゼネラル・レビル」

「よろしいので?」

「ああ……」

 

 私怨、そしてこの袖付きこと「ロストスリーブス」のエースであるアンジェロ少年やマリーダ達の気持ちを思い、それに従えば第一目標をレビル艦隊へゴッド・ハンドを向けるのが筋ではあるのだが。

 

「我々は組織だ」

「神がお怒りになられませんか?」

「なるかも、知れないな……」

 

 この世に神やホトケはいない、それはこの今自らが居座るコロニーの惨劇が、十年前の惨劇が象徴している。

 

「が、大局は見た方がいい」

「はい」

「ユウ・フロンタルの概念的オリジナルである、ニュータイプ・アムロ・レイをな」

「我々は、越える……」

「そういう事だ」

 

 だが、今彼らはニュータイプを越える、いや越えたいと思っている。

 

「グローブ、鉄槌の矛先はソーラ・システムⅢへ」

 

 もう一つのアイランド・イフィシュ、原罪を秘めし神の名はグローブ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。