夕暁のユウ   作:早起き三文

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第78話 所詮なメビウスにもラプラスは顕る(後編)

 バ、シィ……!!

 

 少年と青年との境目とも言える、金髪の男の拳が、少女を「食い物」にしようとした男の頬を強く打った。

 

「へ、へへ……」

「失せろ」

「チクショウ……!!」

 

 頬を打たれた男の髪は何日も洗っていないせいか、埃と油にまみれ元の蒼い地毛の色もくすんでみえる。

 

 チャリ……

 

 何か金の髪をした青年はその浮浪者に何か感じる物があったのかもしれない、クレジットスティックを投げ渡し、早く立ち去るように顎をしゃくった。

 

「大丈夫か?」

「……」

 

 その額に薄く傷のある青年の声にも、襲われていた少女はフルフルと怯えたように首を振るのみである。

 

「……」

「フラナガン、たしかこういった人間にニュータイプの素質があると持論を述べていたな……」

「ニュータイプ……?」

「ああ、いや……」

 

 すがるような少女の瞳に、青年は軽く自身の髪をかきあげて軽くその眉間をしかめてみせた。

 

――俺は今――

「お願い……」

――あこぎなマネをしようとしている――

 

 目の前の褐色の肌をした少女、彼女をニュータイプ、それの実験動物にさせようとしている自分に嫌悪感をかんじながらも、それでも青年は。

 

「私をこの地獄から、助けて……」

 

 青年の苦悩は少女にはわからない。しかし、その彼女の言葉で青年の心は決まった様子である。

 

「一緒に」

 

 額に薄く傷のある少年、彼が差し伸べる右手、開かれしグローブから。

 

「来るかい……?」

 

 淡い光が、少女へとラプラスを与えた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ここまでだな」

「そうですか、シャア?」

「あのエグザムとやらを搭載している機体に、ノイエ・ローテのスピードが追い付かん」

 

 そうはいうもの、シャア・アズナブルがアナベル・ガトー、ノイエ・ローテのサブ・パイロットへ向けて放つ言葉にはどこか余裕のようなものが感じられる。

 

「だが、この基幹ユニットである」

 

 大剣を振るう相手、Gマリオンの機体性能がとっくに基本値を越え、オーバーヒート寸前なのを見通してか、はたまたは。

 

「レーテ・ドーガⅡことザ・ナックならば」

「エネルギー残量に問題が有りますな、その基幹機体には」

「短時間で、ケリをつけるさ」

「そうですか」

 

 グゥ……

 

「おや」

「どうしました、シャア?」

「ザ・ナックのロックが外れん」

「何を遊んでいるのやら……」

「いや、本当だ」

 

 ブォン……

 

 鉄仮面の下の地肌に軽く汗をかいているシャアの目前へ、燃え盛る火焔剣が一瞬よぎり、尚のことシャアを慌てさせる。

 

「モニターにはロック解除と出ているのにだ」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「マリィ……!!」

 

 ズゥン……!!

 

 ミノフスキーの渦がジェガン、シドレ機を廻り始めると同時に、その刃ビーム・サーベルを交えている男の機体。

 

「オン!!」

「あま、イ……!!」

 

 サイコ・ギラドーガ、純白のユウ・フロンタル機も、そのシドレから突き出されるサーベルを受け流しながら。

 

 ドゥ、ク……

 

 その機体関節から、赤く黒い呪詛のタールを噴き出させる。

 

「しかし、ソレニしても……!!」

「ハァア……!!」

 

 ゴァ……

 

 シドレ機の左手、紅と蒼の燐光に満ちた宙へと差し出されたそのモビルスーツの腕へと。

 

「アァア!!」

「腕をアゲたな、シードル……」

「そう言うあなた、ユウ・フロンタルは!!」

 

 光、蒼きマリオンの相である光がそのジェガンの腕へと廻り込んで。

 

 バァウ……!!

 

 緑蒼へと輝く、羽がその腕から乱舞する。

 

「腕が落ちた……!!」

「限界ダヨ、シードル……」

 

 トゥ……

 

 光の羽根、それによって自機のファンネルが全て撹乱されたユウ・フロンタルは、その異形の仮面。

 

「シュレディンガー・コロニーでノ……」

 

 怒りの相を表している、般若を模したその能面をなぞりつつに。

 

「後遺症でのナ!!」

 

 ドゥウ……

 

 呪詛、それを具現化させた赤黒き光をその白いサイコギラドーガへと貼り付かせ、ビームサーベルの尖端をシドレ機へと振り向ける。

 

「シードル・マリオス!!」

「後遺症、そう貴方フロンタルも!!」

 

 ザァ、ン!!

 

 その刃、遅い動き刺突を軽々とかわすシドレの口から、哀しみを含んだ声が吹き出されると共に、そのジェガン・タイプの。

 

「カジマ、そうユウ・カジマ大佐も!!」

「アノ男、ユウ・カジマとヤラの!!」

 

 サーベル基部を投げ放った新鋭量産機ジェガンの右手が、蒼き光を纏ったままそのフロンタル機へと向けて突き出された。

 

「ドコに、お前は惹かれたノダ!?」

「貴方の、薄まった部分に!!」

「彼も、オレと同類だと思うガナ!!」

「それは!!」

 

 ガァ……!!

 

「貴方の言う通りだ、フロンタル!!」

 

 光の腕、それに呼応するかのように放たれたフロンタル機の右手。その二つの腕が合わさり、絡まり合い。

 

「ダト、したらナゼ!?」

「あの人には、何も無い!!」

「納得が難シイナ、その答えだけデハ!!」

「故に、それゆえに!!」

 

 ボゥ……

 

 その二対の腕を通して、緑蒼と朱黒の心が混じった二つの機体、ジェガンとギラドーガは。

 

「人は、あのユウ・カジマに心を預けられる!!」

「ナルホド、ナ……!!」

「心の、匣(ハコ)だ!!」

「ダケどな、シードル……」

 

 フゥ……

 

 暗き緑色へとその身を染めながら、燐光の波によってアクシズの外面へ。

 

「何もナイ、とコト事は……」

 

 岩肌へと、自機達の身体を押し付けられ、今この場を支配している蒼き光、緑蒼の宇宙により。

 

「オレのようにナル、可能性モ……」

「ああ、解っている」

「ラプラスの悪魔に、魅入らレル可能性を」

「わかっているさ、フロンタル……」

 

 シドレのジェガンに握られたギラ・ドーガ、昏き蒼の光に包まれたそのユウ・フロンタルのモビルスーツのそれは。

 

「良く、案じてオケ……」

「だけどね、ユウ・フロンタル」

 

 グゥ……

 

 宇宙の心により弾かれようとしているサイコ・ギラ・ドーガのその手が、強くジェガンの腕を。

 

「私は思う」

「何をダ、シードル?」

「貴方は、フロンタル」

 

 シドレ機ジェガンの腕を強く、強く握り締め。

 

「一度、ユウ・カジマに会うべきだと」

「オレは彼の人生、ソレを妬んでイル」

「うん……」

「解っているダロウ、シードル……」

 

 一方的な蒼き光により朱黒の霧、重いタールの海へと流されようとしている自機を、しばし支える。

 

「ソシテ、そのオレの宇宙の心を頼るヒト達がいるんダ……」

「だとしたら、やはり貴方は」

 

 近くでカミーユ機Zガンダム、そして彼の仲間達が、この「敵」を助けようとしている自分の行いを怪訝そうに眺めている事に気は付いているが。

 

「ユウ・カジマ大佐の、曇った鏡合わせ」

「ン……」

「必ず、ユウ・カジマに会うべきだ」

 

 それでも、彼らが即座にこのユウ・フロンタル機を攻撃しないという事に、シドレは甘えさせてもらう。

 

「考えて、オコウ……」

「さようなら、フロンタル」

 

 フゥウ……

 

 蒼き光が、マリオンの相の心がそのギラ・ドーガを排除し始めた。

 

「マリア・オン……」

「その名はね、フロンタル」

「言うナヨ、シードル……」

 

 グゥ……

 

 そのシドレ機の腕、右腕もろとも。

 

「俺には神聖ナル、コトバなんだ……」

「可能性という、悪魔の言葉だ」

「フン……」

 

 ゴァフ!!

 

 そのままに、アクシズを圧す黒き闇の世界にと除外させられた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 男はひたすら強者、ノイエ・ローテにと杭を打つ。

 

 その手が血に塗れようとも。

 

 かつて、彼に感動を与えた宇宙が、アクシズへと咲いても。

 

――あれが、ユウが見たっていう蒼い宇宙とやらかい、アルフの旦那?――

――さあな、フィリップ――

――この小花畑が、か?――

――サイコ・シャード、天然のサイコ・フレームだよ、フィリップよ――

 

 仲間達が。

 

――僕にも宇宙の心が見えるんですね、ユウさん――

――さあ、早くメルキャリバーに乗り込め、サマナ――

――ハイハイ、アルフさん――

 

 友が。

 

――見世物としては悪くないな、この宇宙の心とやらも――

――ある意味、ニュータイプ能力とやらの視覚化かもしれん、シロッコ――

――マリオン・システムとやらの拡大か、ジャミトフよ――

 

 遠くの知り合いが。

 

――花見酒ってのも、悪くはねぇ――

――それだけの怪我をおって、よく言えるわね、ティターンズの野獣さん――

――言ってくれるなよ、ジャミトフの娘、確かブルーとか言ったっか――

 

 良き戦友が。

 

――父上への手向けかもしれないな、あの蒼きラプラスの花は――

――僕は始めた見ましたね、ミネバ・ザビ様――

――よく見ておくのだな、丁稚のバナージ――

 

 実と眺めている宇宙の花、コスモスの光に可能性を身に付けながらも。

 

 ゴゥ!!

 

――ニュータイプは、強者はこの世に存在してはなら、ない!!――

 

 何度も、幾度も、男は蒼き宇宙を忘れ、強者を裁き続ける。

 

――シャア・アズナブル!!――

 

 ゴゥウ!!

 

――お前は、俺の人生の否定だ!!――

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「あれが、えぇと……」

「宇宙には、心が満ちているの」

「アバズレ寸前が、言ってくれる……」

「良いじゃない、ニムバス」

 

 アクシズを包み込む「コスモス」の、蒼き光は遠く離れたこのムサカ周辺からも。

 

「たまには、昔のマリオン・ウェルチに戻っても」

「そうだな、ローベリア・シャル・パゾム」

 

 この二人には確認できる、感性の問題だ。

 

「私が、十年前にあの光を」

 

 ニムバス・シュターゼン、蒼き宇宙の心に無知、そう無知であったがゆえに、その光を生きる指針として認める事が出来た、元外道の騎士。

 

「見たときは、何も理解を出来なかった」

「それでも、私は貴方とユウ・カジマには見せられたわ、ニムバス」

「何故、観せたのだ……?」

「愚問ね、ニムバス」

 

 スゥ……

 

 紅きバギ・ドーガ、マリオン・ウェルチ機のその腕がニムバスが乗るモビルスーツの腕を絡めとる。

 

「今の、貴方達の状態が全てを顕している」

「私はいいのだ、その理屈ならば……」

「うん……」

 

 それでも、この蒼い宇宙を見た所で戦いが終わると思うほど彼らは夢を抱けない。

 

「あたし達も、オトナになった……」

「だから、私達はいいのだ」

 

 そのニムバスが微かに苛立ったような声を放つ理由、それはマリオンことローベリアにもよく解っている。

 

「おそらく、ユウ・カジマは」

 

 この「現実」に近い宙域世界、一時的な桃源郷と化したアクシズより離れた俗世では。

 

「あの、蒼い宇宙が見えていない……」

「見えていないならいい、それだけならばいいのよ、ニムバス」

「わかっている、解っているけど……!!」

「落ち着いて、ニムバス」

 

 すでに四十の歳であるニムバス・シュターゼンがここまで子供じみた声を出す理由、それは。

 

「ならば、私達エグザムの網に引っ掛かった者が」

 

 深み、赤黒き宇宙へと沈み込みつつあるユウ・カジマが、いまの彼ニムバスとは比較にならないほど。

 

「ユウに、蒼い宇宙を思い出させましょう……」

「ああ、マリオン……」

 

 彼らの目に映り始めたノイエ・ローテ、そのシャア・アズナブル専用モビルアーマーを屠っている彼が子供の、赤子が放つ原初の苦しみに満ちた叫び声、それを上げ続けているからに他ならない。

 

「ユウ……」

 

 ジャ……

 

 漆黒のレーテ・ドーガ、極めてシンプルながらもその基本性能、及び兵装は何者かに奪取された新鋭機と同等と言われているそのモビルスーツが抱える剣が。

 

「お前を解放してやる……」

 

 無刃剣「クルタナ」こと聖剣マリオンが、淡く蒼き宇宙を刀身へと帯び始めた。


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