夕暁のユウ   作:早起き三文

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第75話 父と娘

  

「私は、な」

 

 ゼダン、旧ジオンの宇宙要塞「ア・バオア・クー」を改修したティターンズ基地。

 

「盗んで、地球をキャンパスと見なして描こうとした」

 

 それが二つにわかれた内の一つ、下部を失った円盤状の小惑星の中にある、静かな一室。

 

「盗作の償い、それのせめてもの罪償いをしたかったんだよ」

「誰のよ、父さん……」

 

 父、その言葉を数年ぶりに会う実の娘に言われたジャミトフ・ハイマンは、極力に己の喜びの感情を面へ出さないように気をつけながら、テーブルの上へ置かれているムラサメ・ドリンクの缶を軽く持ち上げ、自分の口へと近づけた。

 

「ジオン・ズム・ダイクンだよ」

「くだんの偉い人ね」

「理想家である、人物だった」

「その息子もそうみたいねぇ、本当に……」

 

 カァン……!!

 

「全く……!!」

 

 自分の口へと付けた酒瓶を、彼女ハイリーン・ハイマンは高級木材で作られた応接テーブルへと叩きつけ。

 

「ほんとぅう、に全く!!」

 

 昔に、ユウ・カジマ達が為に設立した新設モルモット隊へ予備スパイとしてレビル将軍の指示により送り込まれた肉親、ジャミトフの実の娘がその顔を強く紅潮させた。

 

「理想家!!」

「変わってないな、ハイリーン……」

「大体、赤い彗星の呼び名を受け入れた時点で」

「アイツと、そっくりな所は……」

「好戦的だと、血の色が好きだと自己アピールをしているような物じゃない!!」

「青色、空が好きだったよな、お前は……」

 

 ゴゥン!!

 

 酒酔いの勢いに任せ、ブルーことハイリーンはその脚で隣の椅子を思いきり蹴り飛ばす。

 

「その天の蒼が好きだという理由で、ブルーのコードネームを名乗った所とかな……」

「おかげで、居残ったエゥーゴのメンバーがその後、どれほど冷たいカップラーメンに我慢をしていたか!!」

「そういう、ロマンチストな所がアイツにそっくりだ……」

「何が赤い彗星よ、たんなる猛牛として、焼き肉になれば良い!!」

「ユウ君が青い髪をした女が好みならば、くれてやってもよかったのになぁ……」

「聞いてはんの、父さん!?」

 

 ドウゥ!!

 

「私の心臓に悪い、止めてくれハイリーン」

「父さんが私達と縁を切ったせいでね、母さんは昔の実家からなんやかんやと言われて!!」

「あ、アイツはしっかりした奴だから大丈夫と私は……」

「その母さんの親戚か何か、そのウチから見れば従兄弟か何か!!」

「そいつがどうかしたかよ、ハイリーン……」

 

 バァン!!

 

 テーブルが、ハイリーンの張り手により大きく震える。

 

「だから止めてくれと、ハイリーン……」

「ウチが空が好き、大空に浮かぶ複葉機が好きだとか言ったらさ!!」

「それがなんだ、全く……」

「僕と一緒に乗りませんか、僕に乗らないかだってさ!!」

 

 グィ……

 

「馴れ馴れしい小僧!!」

「モビルスーツ運転が控えている……」

「だから、なんやっているんよ、父さん!?」

「帰りは安全運転で帰ってほしい……」

「ハァン!?」

 

 ピィン、ピィ……

 

 髪の色とは逆に、顔を紅く染めたハイリーンは実の父親、彼が持つその広い額をデコピンで連打し始めた。

 

「腹が立つよね、あのマセガキ!!」

「ガキ、少年なのか?」

「リディだかなんだか、毛も生えていないような奴!!」

「ああ、あの子か……」

 

 ピィ、ピィピィア……

 

「だから私の額を叩くのはな、ハイリーン……」

「私の様な三十路近くのオバサンに、色目ぇ!?」

「その年頃は結構良いと言う男も……」

「あんたがそうだったもんね、この年増好きィ!!」

「うぐ……!!」

「年増好きィ!!」

「どうして、そんな事言うかよな……」

「オバン好きィ!!」

 

 バタァ……

 

「全く……」

 

 最後にその台詞を吐いた後、テーブルへと突っ伏して酔い潰れた愛娘へ向けて、ジャミトフは仕方なくテーブルクロスをタオルケットがわりにかけてやる。

 

「私は皆へ苦労をかけっぱなしだ……」

 

 もちろん、彼女ハイリーンも酒飲み操縦となってしまうにも関わらず、確信犯的に無視して部屋の中へと掛けてあった高級酒をあおる、それはパイロットとして失格であるが。

 

 スゥ……

 

「ハイリーン……」

 

 その飲酒を傍観していた、止めなかったジャミトフも悪いと言えば悪い。

 

「許してくれ」

「父さん……」

「本当に、ろくでなしだ……」

 

 

――――――

 

 

 

 

「過激な理想家、それは最も手に負えない人物だよ、ハイリーン」

 

 理想家。志しという気持ちをモチベーションとして身体と頭を動かす者達が、ジオン独立運動を立ち上げ、戦後にティターンズとエゥーゴという地球連邦の分家を産み出し。

 

「頭痛い……」

「私と妻に似て考えなしの、飲酒をやるから……」

「ごめんなさい、父さん」

 

 そして何十年も前から加速された地球と宇宙に関する問題、乱麻を解決させようと、最初の理想家の息子がアクシズという鈍刀を振るう今現在。

 

「時間、まだあるかな?」

「本当にごめんなさい、ジャミトフ父さん」

「いいさ、いいさ……」

 

 ジャミトフにしてもハイリーンにしても、今のこの時に時間を無駄に出来るというのが、どれ程の贅沢かは充分に理解している。

 

「人類は」

 

 ティターンズの統率者である父、ジャミトフが好む謎の飲料は彼女ブルー、本名ハイリーン・ハイマンの口には合わない。喉の渇きを我慢して、彼女はその父の思想を綴った本の一文をその舌へと乗せた。

 

「意思と感性の狭隘(きょうあい)さを突破するだけで、ニュータイプとなることが可能である、よね?」

「狭隘、我ながら良い言葉を見つけたもんだよ」

 

 グビィ……

 

 強烈なエナジードリンク「ムラサメ・ゼロ」へその口をつけながら、ジャミトフはその自身の唇を娘へ向けて歪めて見せる。

 

「原文はもっと簡潔だった」

「何で変えたのよ、父さん……」

「難しい言葉を使わないと」

 

 こうして娘と話していると、ついついジャミトフは今の自分が置かれた状況、そして撒いた「種」の罪の事を忘れてしまう、感性の問題だ。

 

「本が売れんだろう?」

「文筆家にでもなりたかったのかよ、父さんはさ?」

「母さん、彼女の影響だよ」

 

 フゥ……

 

 母さん、その言葉を呟いた時に、ジャミトフのその口から深いため息が漏れだす。

 

「彼女の入院手続き、忙しい中でやってくれて本当にありがとうな、ハイリーン」

「はい、これ」

 

 ハイリーンと話しながらも、どこかぼんやりと、他人事のように地球へ沈み行くアクシズの姿を眺めつづけていたジャミトフの手元へ向けて。

 

「母さんのラブレター」

「そうかよ……」

 

 その、分厚い封筒を見たときに、再び漏れるジャミトフのため息。

 

「なあ、ハイリーン」

 

 自分の妻から送られた手書きの封書、それを娘から受け取るジャミトフの眸、人の心。

 

「私は」

 

 常の彼「ジャミトフ・ハイマン」が持っていた鷹の目のごとくに鋭利な瞳、それが失われて久しい、弱々しい光を放つ彼の眸が娘を見上げる。

 

「俺はこれからどうしたらいいと思う?」

「ん……」

 

 その、覇気が失われた父。老人のその言葉に、ハイリーンは椅子から静かに立ち上がり。

 

 トゥ、ト……

 

「いいわよ、シロッコ」

「茶番は終わりか?」

 

 応接室の外で彼女達を待っていた、木星帰りの男を部屋へ招き入れようと彼女ハイリーンは豪奢な装飾が施された大扉、天然樹木で作られたドアを内側からノックする。

 

「やはり、お前がいたか……」

 

 キィ……

 

 外に人が居ること自体には気気付いていたが、ジャミトフは今一つ自分の脳裏に先程から浮かんでいた人物、それが近くへいることに疑いを持っていたのだ。

 

「このゼダンヘ設置された核パルス・エンジンの停止は半分完了したようだ」

「簡単にやってくれたものね、シロッコ」

「ハマーンの奴がレビル将人へパスワード、及びに制御方法を裏で伝えていてな」

 

 ヘルメットを外したパイロットスーツ、特注品である純白のモビルスーツ用装備へその身を包ませているシロッコのその顔はややに暗い。

 

「だが、それだけでは核パルスは七割程しか止まらないのだ」

「シャアも完全には、ハマーンへゼタンの制御方法を伝えていなかったようだな、ウン……」

「んん……?」

 

 そのジャミトフの台詞に何か少し、感覚へと触る物があったが、シロッコはそのまま通路の外から半開きの扉を通り。

 

「まあ、何はともあれだ……」

 

 身を潜らせるように部屋の中へと入ってきた、少し頬が痩けた風のシロッコがその顔に浮かべる薄い笑い。

 

「老醜を晒すことだな、ジャミトフ」

「楽にはさせてくれんか、シロッコ……」

「まだ、私はジャミトフへサヨナラを言うつもりはない」

 

 シィ……

 

 蒼い、宇宙の心が微かにその部屋を横切った。

 

「人には、使命があるのだよ……」

「私には役目が残っていると?」

「バスクの愚か者や、レビルにブレックス、そしてあのモルモット隊の奴等もお前を心配している」

「私はろくでなしなんだよ、シロッコ」

「ならば、小人らしく命にすがれよ、ジャミトフ……」

 

 コゥ……

 

 その微妙に、ジャミトフを馬鹿にしているのか気遣っているのか解らない笑みを浮かべたまま、パプテマスは閉めたドアへと寄りかかる。

 

「私に生き甲斐を与えてくれた事、褒めてやるよ」

「地球圏は楽しかったか?」

「なかなかに、スリリングだ」

 

 そう言って軽い笑い声を上げるシロッコの姿、ジャミトフにとってはいささか奇妙に見える姿だ。

 

「お前が生きる二つ目の意味は、責任だ」

「それが苦痛なのだよ、私には」

「木星人には、な」

 

 木星人、そのSFじみた響きがある言葉をシロッコがその舌に乗せた時、無言のハイリーンがその顔へと微かな苦笑いを生まれさせる。

 

「責任放棄というものは、万死に値する」

「環境、世界が違うからな……」

「その木星の掟を取り入れるために、お前は私を喚んだのであろう?」

 

 何気なく失礼なお前呼ばわり、しかしジャミトフ・ハイマンは特に気にした様子はないようにシロッコには見えた。

 

「地球の環境保全の為の、鉄の掟か……」

 

 トッ……

 

 じっと黙って二人の男の話を聴いていたハイリーン、ふと彼女が零したその台詞に、ジャミトフとシロッコが同時に頷く。

 

「夢物語だったのだよ、地球への絶対的な管理などというものは」

「儂ジャミトフなりに、考えたつもりであったがな……」

「地球を支配しているのは、愚民共の感情、人の心だ」

 

 何か、不機嫌そうにそう言い放ちながらシロッコは。

 

 コォン……

 

 コツコツと自分のパイロット・ブーツの踵を床カーペット、赤絨毯へと擦り付け、叩く。

 

「天才の理論、理性と戒を尊ぶ思想は排斥されやすい」

「そりぁあ、なあ……」

「ゆえに、キリストは地球という神から見棄てられたのだよ、ジャミトフ」

「フム……」

 

 コーヒー缶へ口をつけながらその耳を立てているジャミトフにとって、シロッコのこの突拍子で言葉足らずの説明、必ずしも解らない話ではない。

 

「ティターンズ、巨人は地球圏によって磔にされる危険性が高かったか、シロッコ?」

「地球を支配するのは母性だからな」

 

 クヌゥ……

 

「多様な価値観をもって善し、それを肯定するのが地球というものなのだと思うぞ、私は」

「単一の掟、唯一神ヤハウェが属性であるユニタイプ、ユニ・エグザムは女の理論では拒絶されるか、シロッコよ」

「私の十八番、理論人種である私の言い分に、同じ土俵で対抗しようなどとは……」

 

 父ジャミトフの眉が軽く跳ねるとき、彼の負けず嫌いな面が出てくる事を、娘であるハイリーンは母から嫌と言うほど聞いている。

 

「百年早い、ジャミトフ」

 

 ムゥ……

 

「ヤレヤレ、父さん……」

 

 そのシロッコの切り捨てるような言葉に対し、やや苦渋の表情を浮かべる父の、この子供じみた性格。

 

「あのボーヤにそっくり」

「坊や、マーセナスの小僧の事か?」

「負けず嫌い、確かにそうだったよ、あの子は」

 

 それもまた彼が年甲斐もない理想、少年の青臭さや志が残る理念を燃えて、ティターンズという組織を造り上げた要因の一つであると思うとハイリーンは馬鹿馬鹿しく、そして面白みと愛しさを強く感じてしまう。

 

「どちらにしろ」

 

 チィ……

 

 腕時計を確認しながら話すシロッコの声には、僅かなこわばりが見受けられる。

 

「いろいろ後始末が残っているから、な」

「アクシズ、それはシャアの怨念がバリアーとなっているぞ?」

「感じたか、ジャミトフよ」

 

 もっとも、シロッコにとって自分がこの部屋、広大なゼダン内部で迷わず一直線に応接室へ向かう事が出来たのはジャミトフとハイリーンの思念、彼らが微かに発するニュータイプ脳波を辿ったがゆえだ。

 

「しかし、ジャミトフ」

 

 再度、自分の腕時計へその視線を向けたシロッコは、少し口調を早めてジャミトフ達へ次の言葉を放つ。

 

「お前のニュータイプ能力では、それだけが限度かな?」

「あまり父さんを苛めないでよ、シロッコ……」

「私のヒガミだよ、孤児の天才からの」

 

 その腕時計の時刻、それを腕を伸ばして二人に見せながら、シロッコは軽く自らの顎を引いて見せた。

 

「家族に愛される、このオールドタイプへ向けてのな」

「矛盾してないかしら、その言葉?」

「いかにニュータイプの素質があろうとも」

 

 ガッタ……

 

「椅子に座りすぎて、腰が痛いものだよ、儂は……」

「意識を閉ざしていれば、ニュータイプの可能性を殺すことになる」

「さすがに、天才」

「まぁな……」

 

 どうやら、今少し長生きをすることに決めたらしいジャミトフへ向けてシロッコは満足げに頷きながら。

 

「時間だ、ブルーとやら」

「オーケー」

 

 父と正対していたハイリーンにも、対話の時間が終わったことをその視線を差し向け、伝えた。

 

「ニュータイプになろうと、人と解り合おうと心に決めた時点でな、シロッコ」

「その者はすでにニュータイプの階段を上がり始めた事になる、だろう?」

「フフン、シロッコめ……」

 

 間髪いれずに、自分の独白に答える事が出来たパプテマス・シロッコ、腰を抑えながら歩むジャミトフが彼へ向けて、皮肉げな顔の相を見せる。

 

「ダイクンのな……」

 

 スゥ……

 

 肩を貸してくれる娘へ自分の身体を寄り掛からせながらも、ジャミトフはその舌を動かす事を止めない。

 

「独立運動を始める前に書いた、誰にも見向きをされなかった二束三文の本、お前は読んだな?」

「知識、それはまさしく力だよ」

「物知りが、天才め……」

 

 グ、ウゥ……

 

「フン、全く世話の焼ける……」

 

 その細い見かけによらずジャミトフには重たさがあるのか、ハイリーンのその身が軽くよろめいたのを見たシロッコは。

 

「ワシも、息子が欲しかったかな……?」

「酷い、父さん」

 

 ハイリーンと共にジャミトフの腕を自らの肩へと乗せ、その老人を引きずるようにゼダン、ティターンズの旧拠点の中へ延びる長廊下を、心持ちに早足で駆けた。

 

 

――――――

 

 

 

 

「さて、あとは……」

「核パルス・エンジンかな、シロッコよ?」

 

 ピッ……

 

 ジャミトフが差し出した一枚のメモ用紙、それがシロッコの目の前へと突き付けられ、木星圏からの来訪者であるニュータイプの男は。

 

「誰から受け取ったものだ、ハマーンか?」

「いや、違うなシロッコ」

 

 パプテマス・シロッコは数行のパスワード・コードが並ぶそのメモへ自身の目を向けながら、その顔を傍らのハイリーンにと向けた。

 

「シャア・アズナブルからだよ、シロッコ」

「こちらブルー、 核パルス停止作業の責任者、アジスという男をを出してほしい」

「何気なく、私へと手渡したよ」

 

 ゼダン後部へと設置された核パルス・エンジン、それをストップさせる為に回り込ませていたチームへ向けてハイリーンが通信機越しにパス・コードを伝える姿をじっと見つめながら。

 

「シャアには、地球を破壊する意図が無い……?」

 

 シロッコはその眉間へシワをよせながら、静かな洞察を行う。

 

「二基のコロニー落とし」

「一年戦争と、デラーズ紛争とやらの話だな、ジャミトフの娘よ?」

「その二つの物事から……」

 

 核パルス・エンジン工作隊へ通信を終えたハイリーンが、自分の頭へと手を置きながら考え込んでいるシロッコの顔をチラリと見つめた後。

 

「シャア、元クワトロ大尉もハマーン・カーンも、何かもっと最良の手を考えたのかもしれないわ」

「この地球を木っ端微塵にさせる、それが最良」

 

 グゥ……

 

 厚い遮蔽窓の外に見える自機、リ・ガズィへとその目を向けながらハイリーンは礼装、十年振りの父との再会のために纏った衣服を脱ぎ捨てる。その彼女へシロッコは視線を送りながら、疑問をその口にと出し続けた。

 

「アクシズを含めた、圧倒的な質量兵器を地球へと投げ落としたこのやり方が、最良だと?」

「だけど、結果的に地球へは何一つとして小惑星も、コロニーも落とされていない」

「ああ……」

 

 勿論、シロッコにしても勘は良い、良すぎるがゆえに彼は疎まれる。

 

「一年戦争開戦、とやらか……」

「地球の意気地を削ぐ、ジオンの方法をシャア達が研究したと、ハイリーン?」

 

 二人の男達が放つ不躾な視線に、ブルーことハイリーンはその身へパイロットスーツを纏おうとしながら、軽く頷く。

 

「旧ジオンの最初の目論み、それはあるアクシデントが無ければ成功していたわ」

「そうだったな……」

「良い計画だったのよ」

 

 そのハイリーンの半裸を見てもシロッコの表情は眉一つ動かず、当の彼女本人も気にした様子はない。

 

「南極で、最初にジオンが事実上の降伏勧告を突きつける事に成功したのだから」

「確かに……」

 

 グゥ……

 

 シロッコに男性用パイロットスーツを着込むのを手伝ってもらいながら、ジャミトフは約十年前にレビル将軍を捕虜の身から救出した、ゴップ大将小飼いのラプラス・タイプ。

 

 ムギュ……

 

「変な所を触るな、シロッコ」

「だったら、自分で着ろジャミトフ……!!」

 

 文句をシロッコに言わせながら、宇宙での身だしなみを整える彼ジャミトフの脳裏に、当時は無精髭を生やしていた不老の工作員、今ではティターンズ監査とエグザム・システムに関係した者達の後始末を兼任している百年スパイである彼の顔が浮かぶ。

 

「何をジロジロ見てるのよ、シロッコ?」

「遅いのだよ、お前の着替えが」

「悪かったわね……」

 

 最初から頭部ヘルメットのみを外していたシロッコにとっては、そのバイザーヘルメットを装着するだけでよいのだが、何故かブルーがスーツを着るのに手こずっていた。

 

「それとも、天才さんも」

 

 ブルー、ハイリーンは顔形こそ人並みではあるが、そのスタイルについては以前にエゥーゴに所属していたニュータイプの少年から。

 

――いつか、ブルーさんと良いことあるといいな……――

――あかんやん、ボーヤ……――

 

 セクハラまがいの誉め言葉をもらった事がある。

 

「木星帰りの天才さんも、男と言う事?」

「私は、女性の価値は生き方に宿ると思っている」

「アラ……?」

 

 そのシロッコの、悪い意味として受けとれば似非フェミニストとも受け取れる言葉に、ブルーはその手に持ったブラジャーを床へと落としてしまう。

 

「アラアラ、嬉しい……」

「女の肉体は、欲情を呼び覚まし品性を失わせるだけの物だ」

「なぁんだ……」

 

 が、どうもそれに続いた天才の台詞には女性、ハイリーンとしてはつまらない品物であった事にガッカリし、彼女は一つため息をついた後に床へと落ちた下着を拾い上げ、裸の胸に持ち上げた。

 

「父さん、少し手伝って」

「全く、お前は……」

 

 その態度、まさに彼ジャミトフの妻そっくりな性格にと育った娘へ苦く笑いながら、老人は娘のパイロットスーツを彼女の足下からたくし上げる。

 

「母さんにそっくりだ」

「だけど、あのリディに私の着替え、パイロットスーツへの着用の手伝いを頼んだらさ」

「何……?」

「下手で下手で、かえって遅くなった」

「おい、ハイリーン」

 

 フゥ……

 

 娘の豊満な胸がジャミトフの手の甲へと触れるが、そのハイリーンが吐いた言葉のせいで、彼はその事に気が付かない。

 

「ハイリーン、お前」

「何よ、父さん?」

「もしや、こうやってリディとやらにも着替えを手伝わせたのか?」

「あの子は私よりも半分近く歳が下、別にいいでしょ?」

「ヤレヤレ……」

 

 確か、ジャミトフの記憶ではその少年は十代後半、ならば。

 

「先程の酔った上での批判は、ハイリーンの奴が悪い」

 

 誘惑、と受け取られても当然である娘の無神経さである。

 

 

――――――

 

 

 

 

「ユニ」

 

 娘ハイリーンの乗ってきたリ・ガズィ、それの背部追加ユニットへジャミトフを押し込めた時に。

 

「そう、ユニコーン」

 

 シロッコのその唇が軽く擦れて、言葉を老人へと放る。

 

「あの海坊主、バスクから私は聞いたが?」

「ν-GP、ニューペガサスは知っているな、シロッコ?」

「アムロ・レイ専用機、それの予備らしいな、ユニコーンとは……」

 

 ボゥ……!!

 

「まずいな、スタスターが破裂しそうだ……」

 

 ここまでの強行軍でハイリーンが率いてきたモビルスーツ、ティターンズ兵の乗るそれがマシントラブルを起こしたようだ。彼女ハイリーンと兵達が機体を放棄するかどうかを話し合っている声がシロッコの被るヘルメット内へ響く。

 

「ニュータイプの乗る天馬でシャアを倒せなかった時に、二の矢として撃ち放たれる一角獣だ」

「それなのだか、な」

 

 トラブルが起こった機体を放棄するかどうかに揉めているのは、どうもここら一帯の宙域に野盗、そしてそれらに一部の了見が狭きエゥーゴ兵達が合流を果たし、縄張りを張っている様子が窺えるからである。

 

「ユニ・エグザムとは聞き捨てならん、ジャミトフ」

「単なるゲンかつぎとしての、名前だよ」

「あのユウ・カジマやアルフ技師の言っている物とは関係がない?」

「実際には、シロッコ」

 

 ドゥウン……!!

 

「だめだ、スラスターが完全にオシャカになった」

「ゼダン内にあったヘヴィバーザム、どうにか動かせないかしら?」

「スピードがでねぇんだよ、あれはよエゥーゴっぽブルーさん……」

 

 結局、その兵のハンブラビは置き捨てにすることが決まりそうな様子だと、シロッコ達には窺えた。

 

「サイコミュ兵装を外したニューペガサス、それ以外の何者でもない」

「NT-Eは入っていないな、ジャミトフ?」

「オイオイ……」

 

 グ、グゥ……

 

 どうもこの手の機動兵器に乗るのは初めてらしきジャミトフ。シートベルトを身に付けるその手もおぼつかない。

 

「これではまるで」

「痛、そこギックリ腰のポイントだ……」

「まるで介護だよ、ジャミトフ……」

「あれは本当に単なる噂に過ぎんよ、木星帰り」

「フム……」

 

 フォ……

 

 最後にジャミトフとベルトの間に僅かな隙間を作ってやってから、シロッコはそのバック・ウェポン・システム、リ・ガズィの追加兵装の予備パイロットルームの扉を閉ざす。

 

「だ、ろうな……」

「正直、単座で行動可能な事を除けば、ニューペガサスの半分程の性能しかないよ、シロッコ」

「バスク・オムもそう見積もっていた、確かにな」

 

 その宇宙戦闘機のようなシルエットの追加兵装機を閉めても、ヘルメットへ内蔵された通信機で会話は出来る。ジャミトフの声を聞きながら、シロッコも自機「ジオ・メシア」へと向けてその身を泳がせた。

 

「あのなかなかの技師、アルフ・カムラがその噂に過敏に反応をしていたからな」

「彼は神経質なんだよ、エグザムに」

「ユウと同じか……」

 

 ジャミトフが搭乗した機体、それを自身のモビルスーツで運搬するために。

 

 ブゥム……

 

 父の機体から伸びるワイヤーをその手に取るハイリーン機、その彼女を尻目にシロッコはジオ・メシア、高機動可変機のコクピットへとその手を置く。

 

「少しでもエグザムに関係がありそうな事には、耳を引っ掛けるんだよ、モルモット隊の連中は」

「所詮は凡人の精神かな?」

「酷だよ、シロッコ」

 

 ジオ・メシア、総合能力やカテゴリー的には旧式可変機「メッサーラ」の後継に当たるが、そのウェイブライダー形態、戦闘機のシルエットを持つその外見はZタイプ・ガンダムのそれに酷似している。

 

「その言い方はさ」

「エグザム・システムに魂を引かれた者達なのだ、奴等は……」

「確かに、特にユウ・カジマ君は過去にこだわり過ぎるきらいがあるがな、シロッコ」

 

 スゥオ……

 

 パプテマス・シロッコの乗り込んだ可変機がアイドリングを始め。

 

 フォ……

 

 涼やかな音が、その旧式のシロッコ手製機体の隅々へと共動鳴する。

 

「不愉快だな、ユウ……」

 

 自機ジオ・メシア、正式名称「Zガブスレイ」のグレイス推進器の調子を確かめながら。

 

「そして、下らん」

 

 シロッコはそう、顔をうつ向かせながら暗いコクピットの中で小さく呻く。

 

「過去も未来も」

 

 その天才の、神経質そうな声はどうにやら。

 

「私、天才パプテマス・シロッコにとっては、不要」

 

 ジャミトフには聞こえていない様子だ、その代わりに彼の娘からの伝達が。

 

「アーガマへ向かうわ、シロッコ」

 

 彼の機体内部へと伝わる。

 

「戦禍を避ける、安全策を取る」

「そうか?」

「ジュピトリスもドゴス・ギアも、危険宙域を抜けなくてはいけないから」

「了解だよ」

 

 今現在に行われている戦争の舞台はアクシズ周辺か、そこからややに離れた位置で対決しているアムロ・レイとシャア・アズナブルのモビルアーマー。

 

「狭くて息苦しい、これがモビルスーツか……」

「父さん、うるさい」

「腰が痛い」

「あぁ、もうジャミトフ父さん……!!」

「全く、実に……」

 

 その二大恐竜が展開している宙域の二つ、ピナクルはすでに地球から落下ルートが外れたらしい。

 

「とかく狭苦しい物だな、モビルスーツというものは……」

「やかましい、あかんわオヤジ!!」

「怒らんでくれよ、ハイリーン」

「誰のせいで皆がこんな苦労してると思てんの、ドアホ!!」

 

 何か、グチグチと文句を言っているジャミトフが娘ブルーことハイリーンから怒鳴られている御様子。それらの物音を聴いて、シロッコのその端整な顔に笑みが浮かび、微かに彼の唇が綻む。

 

「私は、天才という者は」

「進行ルート、配信しますパプテマス大佐」

「現代に生きる、ラプラスであるからな」

 

 シォア……

 

「こちらパフテマス・シロッコ、了解」

 

 その電子戦機からのデータを、シロッコは自機のモニターへと写しながら。

 

 フォウア……!!

 

 彼はジオ・メシアの背部ブースターから万色を吐き出させ、それらの光が織り混じった、宇宙の常闇よりもなお黒い、オブシダンの輝きに満ちた人の心が。

 

「どのみち、この老人をどこかに預けんといかんからな……」

 

 清らかに、宇宙(ソラ)を切り裂いた。

 

 

――――――

 

 

 

 

「だいたいに、シロッコという奴は」

 

 薄暗いコクピット内、そこで一人心に秘めて呟くジャミトフにしてみれば、何だかんだ言って政治家には向いてないのだ、パプテマス・シロッコという男は。

 

「才覚で世の中を操れる、若さと能力で経験のその老獪が補うと思っているからに……」

 

 ニュータイプでなくとも、自らの心へはシャッターを下ろす事のくらいは自己暗示を心得た政治家、ジャミトフ・ハイマンであれば造作もない。

 

「そして、そのシャッター、心の壁を自分本意の、都合の良い方に解釈をしてくれる」

 

 狭くニュータイプというものを解釈すれば、それは単なるエスパーでしかない。ならば他者を騙らかす技法を自分へと応用すれば。

 

「オールドタイプの旧世紀から、それこそギリシャだか中華から伝わる渉外術は、まだまだ現役というものだな……」

 

 障りの浅い、深く相手の心へ入り込む事が出来なかったニュータイプ読心術なぞは未だに未熟な技法、人類へ根付いていない発展途上の品物なのだ。

 

「NT-E」

 

 ズゥ……

 

 慣れぬコクピット、狭苦しくあちこちに故障をきたしている全天視界モニターから映る、実の娘が駆る機体の姿。

 

「蒼ざめた一角馬、ユニコーンエグザム・ペイルライダー兵装システムか」

 

 別にジャミトフにしてもその第二世代EXAM計画が人類の為になるとは思えない、思ってなぞいないが。

 

「亡霊博士、が……」

 

 それでも、とある死んだはずの人物からアイディア面で支援を受けたレビル将軍は、その対スペースノイド抑止力計画を進めている。

 

「天駆けるペガサス、ν-GPが連邦所属ニュータイプ兵士用の実験機であるならば」

 

 ニューペガサス、スペースノイド弾圧用の大型兵器であるそれは、今は連邦ニュータイプ試験体第一号であるアムロ・レイが駆っているという事は、先程に実の娘から聞いていた。

 

「地に伏すユニコーン、それはあくまでもニュータイプないし強化人間の調達が不可能になったときの、保険であるな」

 

 ティターンズの表向きの方針、地球圏の秩序を守るというそれは、この神格巨人の名を冠した武装組織「ティターンズ」が今現在、連邦内部へエゥーゴ共々吸収されつつあろうとしても、いやそれ故に連邦政府へ細胞のように浸透しつつある。

 

「時代の流れでエゥーゴともナアナアの関係になった現象、それが歴史という名の運命が」

 

 ゴゥ……

 

 おそらく、ゼダンへ設置された核パルス・エンジンの停止作業が終わったのであろう。

 

「こちらアジス機、核パルス・エンジンのメイン出力をカットした」

「ブルー・マリアオン、了解した」

 

 一際大きな振動がゼダンと、そしてその小惑星へと停泊しているモビルスーツ達を揺らす中、ジャミトフは独白を続ける。

 

「運命が、歴史がティターンズの前時代的な性質を、エゥーゴではなく旧人類の心の相を認めてしまったか……」

 

 そのような言葉を口にした時に彼の心へよぎる寂寥感、それが彼の「もののあわれ」を感じすぎる感性。

 

「完全な統制社会、それが近々この地球圏へ訪れるな……」

 

 理想家かつ詩人肌の「ジャミトフ・ハイマン」というリーダー、大組織を率いて人の上に立つ者としては、たとえ自らその道を選んだとしても、危うく不安定なトップと言える。

 

「理想は現実にかなわない、破れるという現実、認めたくないものだ」

 

 しかし、こうしてみるとジオン・ズム・ダイクンの提唱したジオニズム、宇宙を新たな天地と位置づけしたその思想に加えて。

 

「エレ・ズム……」

 

 地球環境優先の思想エレズム、その二つの思想そのものはジャミトフにとって深く理解が出来るものであるが。

 

「何か、余計な人物が彼にもっとキャッチコピーの効く、耳触りの良い言葉を入れるようにと入れ知恵したのかな?」

 

 人類の革新ニュータイプ、という概念は正直この老人にとって、人の可能性なぞは最初から信じる信じないというレベルからしてナンセンスであると認識している彼ジャミトフにとって。

 

「茶坊主、昔からいる者だからにして、リカルドやダイクンの近くにもオダノブナガの如くに座しても、おかしくはないか……」

 

 もしかすると余計な物と言うことが出来る、組み込まれてしまったそのニュータイプ思想の恣意的かつ無責任な拡大にはどこか罪作り、スペースノイド達を惑わせる要素が注ぎ込まれているようにしかジャミトフには思えない。

 

「その点、俺はシンプルで単純だからな」

 

 ネオ・ジオンの、漠然としたスペースノイドの自立という謳い文句とは違い、そう「悪い奴はぶっ倒せ」という地球保安組織ティターンズのキャッチ・コピー。

 

「まあ、そのシンプルさがティターンズが万人受けしなかった理由、スペースノイドはもちろん、地球人からも反発を受けた理由かも、な」

 

 彼ジャミトフが若い時に書いていた出版物、この老人が昔に執筆していた本は、正にそのシンプルさゆえにツマラナイという烙印を押され、全く売れなかったもの。

 

「その最初の批判、つまらんというメールをくれたのが俺の、十年後に結婚した俺の家内であったという事だけで」

 

 妻、恐妻「マリアオン・マーセナス」の顔を思い浮かべ、その身を震わせるジャミトフはまだまだ若い心を持つ「青年」であり。

 

「良いとしなければ、バチがあたる……」

 

 そのティターンズ総帥ジャミトフ・ハイマンが苦く、甘酸っぱい青春を思い出せるのは素晴らしく、老人の可能性(ラプラス)である。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

――やらせはせん!!――

 

 赤子というものは言語、明確な言葉単語をあやつる術はなく、したがって。

 

――やらせは、せんぞぉ!!――

 

 自らの「父」を呼ぶニュアンスを持った言葉は、その口から放つことは出来ない。

 

――ようやくにも授かったミネバの為に!!――

「フ、ギャア……」

 

 だが、その赤子とて泣き声は、死地へと向かおうとしている父の発している獣の言葉と同質のそれは。

 

「ゼナ様、少し御休みになられた方が」

「大丈夫です、マ・クベ殿」

「しかし、ミネバ様が……」

 

 その口から、意思表示をすることができるものであり、同時に同じ言語を持つ、獣のいななきの声には反応するものだ。

 

「よしよし……」

 

 母の手によりあやされる赤子、しかし彼女の顔は何かに強ばり、その小さい手を固く握るのみ。

 

「すみません、やはり……」

「誰かいないか?」

 

 ズゥオ……

 

 死にゆく父へと取り付いた悪霊達、その昏き影を赤子は、実とその心で感じ取っている。

 

「ゼナ様達を居室へ案内しろ」

「ハッ!!」

 

 神経質そうな声を持つこの艦の責任者、彼へ向けて一つ頭を下げてからドズル・ザビ、旧ジオン軍での軍事面重鎮であった彼の妻、寡婦となった彼女は一人の女性兵に案内を受け、艦橋から退出していく。

 

 スゥウ……

 

「フゥ、ア……」

 

 特殊ガラスが張り巡らされた艦の外周通路、そこから見える漆黒の宇宙へと、何かが疾った。

 

「ソロモンは、ドズルは消えたのですね?」

「ハッ、それは……」

「いえ、いいのです……」

 

 そのゼナ夫人の言葉に、彼女へ歩調を合わせるように歩いていた女性兵はその面を困惑させる。

 

「フ、アァ……」

「おお、よしよし……」

 

 その、見えているかどうかも解らない赤子の瞳、しかし彼女は。

 

 ウオゥ、オ……

 

 慟哭を上げる、宇宙へと散り散りに拡散していく。その黒いモノノケを。

 

「フゥ……」

 

 その産毛を逆立てながら、確かに心へと捉えていた。

 

 ラプラスの悪魔を。


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