夕暁のユウ   作:早起き三文

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第74話 NT-B(ブルーディスティニー)

  

「さて、私も」

 

 巡洋艦ムサカのブリッジから遠目にピナクル、それがほぼ破壊された姿を見て、ニムバスは三度めの予定変更を心へ決める。

 

「いよいよ、シャアを裏切るか」

「何をいまさら……」

「言ってくれるなよ、ローベリア」

 

 トゥ……

 

 みずからの乗機、レーテドーガのコクピットから垂れ下がったワイヤー昇降器へとその身を寄せ掛からせている、彼ニムバスのその顔は暗い。

 

「私にしても、あのジャミトフ・ハイマンはな」

「わかった、わかった……」

「恩義が、それこそシャア以上にあるからな」

 

 元々、一年戦争の時頃にユウ・カジマによって半死半生の状態となって宇宙へ漂っていたニムバスを助け出してくれたのは、連邦で発足したばかりのニュータイプ研究チームの者達なのだ。レビル将軍が対ジオン戦で前線へ出ていたとき、その吹けば飛ぶようなチームの維持に尽力していたのがジャミトフであったのだ。

 

 ポゥ……

 

「こちら、ハンガーデッキのローベリア」

「はい、こちら艦橋」

「あれ?」

 

 いつものオペレーターとは違う、何故かモビルスーツのOS調整担当の男の声が通信機から聴こえてきた事に。

 

「ローレンさん、なんであんたが?」

「いいから、内容は何?」

 

 気にはなるローベリアであったが。

 

「アァ、コホン……」

 

 何故か艦橋でオペレーターを務めている彼ローレンは機嫌が悪い様子であるし、今このムサカ艦内にしても戦闘配備ではない。細かい事は気にせずに彼女は通信機へとその口を軽く近づける。

 

「進路変更、よろしい?」

「ちょっと、あんた達ね……」

「おねがぁい、ローレンさぁん」

「可愛く言っても、無駄無駄……」

 

 席を外している専門のオペレータの代わりに通信機へと出たローレン・ナカモト、ニムバスにとっては馴染みのニュータイプ研究者がローベリアの三十路近い歳に合わない甘え声へ、投げやりな返事を返す。

 

「貸せ、ローベリア」

「ふん、あの爬虫類顔の研究者が……」

「いいから、早く貸せ」

 

 グゥ……

 

「頼むよ、ナカモトさん」

「あんまり、チョビチョビな進路転換はな、ニムバス」

 

 臨時のオペレーターであるローレン研究員。彼のため息混じりの言葉には。

 

「艦長も、良い顔をしませんよ」

「すまんよ、ナカモトさん」

「ネオ・ジオンの他の連中にも胡散臭げに見られる」

 

 正当性が確かにある。

 

「まだ私達はネオ・ジオンの人間だ、ニムバス」

「わかっている、わかっているさ……」

「それに」

 

 パリィ、パ……

 

「あのブッホ社長も、ギリギリまでネオ・ジオンとの繋がりを切るなと言ってますからね」

 

 スナック菓子を頬張っている音と共の、ローレン・ナカモトの声には僅かではあるが真意な物が混ざっている様子だ。

 

「ン、そうだなナカモトさん……」

「ブッホには確かに野心があるが、私設軍」

 

 ポゥリ……

 

「いや、会社警備の部門では未だにだよ、ニムバス」

「まぁな、でも……」

 

耳障りな咀嚼音にその顔をしかめながらも、ニムバスは出来る限り低姿勢に彼ローレンを説得しようと試みている。

 

「そろそろ我々も賭けに出て良いのでは?」

「ニュータイプ、そして強化人間の技術も未発達だ」

「それを手土産にして、我々はここまでブッホへ食い込んだのではないか、ナカモトさん?」

「まあ……」

 

 ニムバスやローベリアは、数年も前からもちろんだが。

 

「確かにな、ニムバス」

「スブズブと、いつまでも過ごす訳にはいかない」

「それでも、私は最後まで二股をかけておきたいぞ、ニムバス?」

「頼むよ、ナカモトさん」

「わかったわかった……」

 

 すでにこの艦にいる全員は、古びたネオ・ジオンからの脱却を図ろうとしている。

 

「艦長、電話」

「んー?」

「騎士ニムバスから」

 

 ネオ・ジオンというものは元々、一年戦争後に行き場を失った者、旧ジオン兵や住処を無くした人間が寄宿していた面があった。

 

「用件は何?」

「進路変更」

「またか、ナカモト君……!!」

 

 この女艦長にしても元エゥーゴの人間であるし、ローレン研究員も連邦軍のニュータイプ施設に勤めていた男だ。

 

「はい、何ニムバス君?」

 

 あまりジオン公国がザビ家、それら等へ忠誠を誓う人間とは生き方が違う、生き甲斐や可能性、そして意識が低いと無責任に言うならば生活、それの保証を求めている人達である。

 

「艦長、進路アクシズとピナクルの間、ノイエ・ローテ戦闘宙域へとの要請」

「だから、最初からフラフラとしないでってば……」

「お願い申し上げますよ、艦長……」

 

 その、社交という物を身に付けたニムバスの言葉に。

 

「楽が出来ないなあ、アタシも……」

 

 中年の女性艦長は、オペレーター席へと座りながら雑誌を読みふけっている騎士ナカモトへ向けて、その双眸から鋭く視線を投げ付けた。

 

「文句はニムバスさんに言ってくださいよ、艦長」

「聴こえてるでしょ、この通信機オープンならば……」

 

 元々スペースノイドの内、ネオ・ジオンでの出世や身の安泰が期待できない人間が新興のブッホ、宇宙ジャンク取り扱いのその会社などを始めとした「他の世界」へと期待をかけている話だ。

 

「ジオンにも連邦にも、愛想が尽きた連中が……」

「進路確認、ノイエ・ローテ戦闘宙域よろし?」

「この十年戦争には、たむろしている……」

「おいーい、ニムバス君?」

 

 女艦長の呼び声、それは少し感慨深く、その面をハンガー天井へと向けているニムバスには届いていない。

 

 グゥ……

 

「お願いをします、艦長」

「仕方がないね……」

 

 騎士の名に相応しいロマンチシズムなどを駆使する男は無視し、ローベリアが彼ニムバスから通信機を奪い取り、申し訳なさそうな声をこの巡洋艦艦長へとかけている。

 

「ただ、我々はシャアのノイエ・ローテとは戦わんよ、ローベリア君?」

「大丈夫ですわよ、艦長」

「本来なら、あのジャミトフを拾い上げてブッホへの、安全パイな点数としたかったのだが……」

 

 だが、遠くから確認するにそのジャミトフが居座るゼダン、その円盤小惑星へ数機の連邦派モビルスーツが取りついている状況では、いまさらこのニムバス隊が顔を出しても。

 

「まあ、世の中はままならぬ物だからね」

「すみません、うちのニムバスがフヨフヨと優柔不断で」

「この乱雑な戦局だ、ローベリア」

 

 あまり大した事、たとえばジャミトフを引っ張り出して、救出したなどという宣伝はもはや出来ない。

 

「場当たり的に対応するしかないわよ、ローベリア君」

 

 もともと、ゼダン内でジャミトフが無意味にその尻で椅子を磨き続けているという情報、それをつかんだのはこの女艦長だ。それ故の妙な選択肢が増えてしまったが為に。

 

「このアクシズ落としとやら、私こと騎士ニムバスは傍観者となる運命かな……」

「それでは、頼みます艦長」

「ユウの奴に、笑われないか心配だ……」

「うちのバカ、にはキツく言っておきますので」

 

 負け惜しみがそうさせているのか、センチメンタルへと没頭している四十近くの男ニムバス、まさしく自らの「男」へ向けて、ローベリアは苛立ちをその瞳へ宿しながら。

 

「本当に済みません、艦長……」

 

 プ、ツゥ……

 

 彼女は、このムサカ艦の責任者との通信をシャット・ダウンした。

 

「あのね、ニムバス」

「あいつは今、何をしていることやら……」

「全く、こりゃ……」

 

 ユウ・カジマに名と実、双方を兼ねた完全勝利をしたは良いが、どうもその為か最近日常の、様々な所で「張り」が無くなっている彼ニムバスの姿をじっと見つめながら。

 

「会いたいなあ、ユウ……」

「とんでもない、ダメ男だ」

 

 以前に「目的が無いと自分には何もない」と、この元エグザムの騎士であった男が言っていた言葉の真意、それをまざまざとローベリアは見せつけられたような気がした。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「これがな、クルスト・モーゼス」

 

 数度の攻撃により、ノイエ・ローテの右肩がGマリオンの炎、制裁剣エグザムから噴き出されるミノフスキー・バーナーによって切り落とされた。

 

「エグザム・システムの真の力なのか?」

――半々、と言ったところか――

「ふむ……」

 

  Gマリオン、いやエグザム・システムの生きたOSと化しているユウの脳内に、コマンド化されたプログラムの羅列と共に。

 

――何しろ、エグザムでも本物のニュータイプとの戦いは、シミュレーション上でしか行った事がない――

 

 今は亡き、クルスト博士の声が滑り込む。

 

――ただ、システムの完全開放は未だに止めておくべきだな――

「そうなのか、シャア・アズナブル相手にしても?」

――OSであるお前も、この機体も――

 

 もはやノイエ・ローテ、シャア・アズナブルは「今現在のGマリオン」では脅威ではない。シャアがどのような思考をしているのかはおろか、深層心理すらも「マリオンの目」を通して読み取れるのだ。

 

――NT-Dレベルが限度だからな――

「よく解らん話だ」

――昔のお前、ユウ・カジマは――

 

 ガゥウ……

 

 そのシャア機からの対空砲、それを回避するために必要なコマンド、あたかもビデオ・ゲームに出てくるようなインターフェイスが即座にユウの脳裏へと浮かび。

 

――ニュータイプという者達へ対しての理解、それには全くの無知であった――

「そうだな、クルスト博士」

――ゆえにNT-B、ブルーディスティニーの発動ですら外部、マリオンの力を必要とした――

 

 その、十五個あるコマンドの内「前進し、コンマ0・六秒を姿勢制御へと費やす」をユウ・カジマは選んだ。

 

――そして、ニュータイプへの感情もな――

「ニュータイプとは、このような感覚を何のサポート・システムもなく」

 

 初期型ブルーディスティニーとイフリート改がその機体へと持つ「EXAM・SYSTEM」のOS、それにニュータイプ少女「マリオン・ウェルチ」の脳波パターンが必要だった理由が、今のユウにははっきりと解る。

 

「即答が出来る、恐るべき新人類」

 

 ピ、イィ……

 

 一・三秒後接近予測のファンネル、それに対する機動をユウは自身が、自らがEXAMシステムのOSとなってしまっているユウ・カジマは、再び脳裏のコマンド列から最善であると思わしき選択肢を掴み取った。

 

――しかし、今のお前はエグザムを選んだ者であると同時に――

「解っている、クルスト」

――あきらかに、ニュータイプでもあるのだ――

 

 無論に、そうでなければ自分がマリオン、昔のエグザム・システムのOSであった彼女と同等の行いなどは出来ない。その理屈はユウとて解る話だ。

 

「ちっ!!」

 

 ザァウ!!

 

 アンチ・ニュータイプ機能発動中のGマリオン、それの両肩へノイエ・ローテの有線アーム・サーベルが掠め。

 

「さすがに、シャア……!!」

 

 真紅の返り血、ニムバスが持つ傲慢さへと微かな憧れを持ち、自分の心に取り込みたいとユウが「願掛け」をしていた両肩のガードパーツ、放熱機能を兼ねたそれがビーム刃によって削り取られた。

 

「赤い彗星と言った所か」

――私の甥、褒めてやるべきなのだがな――

「ああ、そうか……」

 

 エグザムの動きに慣れてきた、ついてこれるようになったシャア・アズナブルがクルスト博士、クルスト・ズム・ダイクンの実弟の息子であれば。

 

「相手がニュータイプならば、あんたは弟ジオン・ズム・ダイクンの子も殺すか」

――EXAMにも、私にも血縁を識別する仕組みなどはない――

「ニムバスの奴も、気の毒に」

 

 確かに、そういった事情となろう。

 

――だが、このNT-Dモードもそろそろ限界かもしれん――

「ああ……」

――機体、良い仕事をしてくれたアルフ・カムラのこのブルーディスティニー五号機とやら自体は――

 

 ドゥ、ウ……

 

 OS、ユウ・カジマ自身がマリオンと化したエグザムの対ニュータイプ戦術の選択肢が一気に倍増する。

 

――各機能が悲鳴を上げこそしているが、しばらくは持つだろう、だが――

「俺の脳、精神の方が持たない」

――それでも、よく正気を失わないものだ――

「あんたに褒められても、嬉しくはないさ」

――やはり、オールドタイプにはニュータイプへと対抗出来る力、可能性がありそうだな――

「そうは思えんぞ、俺はな」

 

 エグザムの機動に追従する術を知ったノイエ・ローテ、紅い妖花との戦闘で選択すべきコマンドが。

 

 クゥ……

 

 一気に百近くまで跳ね上がった文字列の洪水にユウの頭へ鈍い痛みが疾り、彼は吐き気さえ覚え始める。

 

――この選択肢の中から一つを選ぶ事を難なくこなすのが、ニュータイプという化け物達だ――

「なるほどな、そういう事か」

――ゆえに、ワシは――

 

 ジャ……

 

 コマンド列第七十八「後方へ全推力を使用して出来る限り後退し、ユウ・カジマの特技、フィンガーマシンガンによる敵機関節への精密射撃により、再度ノイエ・ローテの動きを止める」を選択し、それを機体へと反映させたユウ。

 

――ニュータイプを、強者を恐れたのだ――

「解る、実感出来る」

 

 ボゥウ……!!

 

 目の前をメガ・ビーム砲の光条がかすめ、僅かにその大口径ビームの波がGマリオンの接近戦用武器「独立動力型ヒート・サーベル」こと魔剣エグザムの先端へと触れ。

 

「くそ……!!」

 

 その火焔剣の切っ先が溶け落ちる。

 

「さて、それでは」

――さて、それでは――

「俺の手番、だが……」

 

 ジィ、ジャア……

 

 コマンド列、ざっと「頭の中」を探ってみても、またもや百を越える勝利の方程式を司っている、文字の群れ。

 

――しばしのお別れだ、ユウ・カジマ――

「博士、あんたが何者で」

――未だにエグザム、そのシステムの本当のトリガーを引き出す可能性を眠らせている男よ――

「いま何処にいるのか、この世にいるのかどうかも知らないが」

 

 一旦、その選択肢達を保留とし自分の力量、ユウ・カジマ本人の腕前だけでシャア機ノイエ・ローテからの対空砲火をGマリオンに回避させながら。

 

「ここまでしゃしゃり出て、今のタイミングでオサラバはないだろう?」

――言っただろう、ユウ・カジマ――

「何をだ、クルスト?」

――お前は未だ、私がマリオン・ウェルチの脳波パターンの内――

 

 ガゥ……!!

 

 至近まで迫った刺突ファンネルをユウはGマリオンの口吻部ヒート・バイトで噛み砕かせながら、彼は昔と同じく人の話を聞かない、聞く耳を持たないクルスト・モーゼス博士へと呆れた声を放つ。

 

――彼女の怒りの相、何故それをエグザムOSの基盤としたかを、理解していない――

「消えてしまえ、乱暴な奴……」

 

 確かに、そうして思い起こしてみればマリオンのその雄叫びは。

 

「その台詞、深く考える必要がある物だったな」

――彼女が、私や他の研究者達の前では決して言わなかった言葉だよ――

「人が持つ心の顔、その怒りの面か」

 

 ユウにとってはすでに十年以上昔の話であり、そのマリオンが「ブルーディスティニー」内部へと憑き霊として、幻影として顕れた時の姿形も覚えてはいない。

 

「怒り、憎しみに敵意か……」

 

 が、それでも耳を打った品物は意外に記憶へと残るものである。ことに感情の働きが強く、激しい言葉に関しては。

 

「怒り、敵意の感情をエグザム発動の鍵としている、そう理解して良いのか、クルスト?」

――八十点だ、ユウ――

「だったら、残りの部分を」

――宿題だ――

 

 その、中途半端な言葉を残したまま。

 

「全く、博士め……」

 

 クルスト博士の気配は、Gマリオンのコクピットから消え去る。

 

「まあでも、エグザムだろうが何だろうが」

 

 シュウ……

 

 博士の気配が消えたと同時に、エグザムの影響力が自機から離れようとしている事を察したユウは、慌てて。

 

「まずは、この現実からどうにかしないとな……」

 

 先程のコマンド列、百二十四の選択肢の内。

 

「これでいくか……!!」

 

九十八番目、効果率約八十三パーセントという数字がユウの脳裏へと浮かんでいる「敵機のファンネル攻撃が終了したら、その懐へコンマ0・六秒間スラスター出力を上げて接近をし、バルカンで牽制をかけつつエグザム・サーベルを振り上げ威嚇をし、相手がそれに引っ掛かったら相手の破損した右肩へと自機を向け、そのまま相手の背後に廻り込むと思わせ敵の対空砲火を起動させる、その上で直接相手のメイン・コクピットへGマリオンを一・二秒以内に密着させる」という選択肢を選ぶ、が。

 

「何か文句があるか、シャア!!」

「あるに決まっているだろうに、ユウ・カジマ……」

 

 Gマリオンの機体制御には未だエグザムの力が残っているが、肝心のOSへの「エグザムの毒」が薄れつつある今となっては。

 

「ニュータイプの出来損ないが、よくここまでやったくれる……」

「オールドタイプの、地球に眠る想い出に魂を引かれた男、この俺が成せる踏ん張りだよ、シャア!!」

「自らの持つニュータイプの可能性を否定し、オールドタイプである事に誇りを持つか、ユウ……」

 

 ズゥ……

 

 ユウの歴戦が成せる特殊能力、関節封じの呪縛から回復したノイエ・ローテがその巨体を揺らし始めた。

 

「それが、引力に魂を引かれた者が持つ、底力なのかもしれんな」

「賢者のような心構えとなったシャア、危険だな……!!」

 

 相手、シャア・アズナブルに動きが読まれているエグザム・システムでは、もはや先程のようなノイエ・ローテを圧倒する戦いなぞはユウ・カジマには出来ない。

 

「やむを得ん、ハマーン達に!!」

 

 ユウは広域周波の無線を入れ、さきほどこの上なく無下に扱ったニュータイプ「ハマーン・カーン」と、そして。

 

「いつまでも見物しているアムロ・レイ、手伝え!!」

 

 今更の支援要請をするユウ・カジマとて、あまりクルスト・モーゼスの身勝手さを笑う事は出来ないであろう。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ローベリアよ」

 

 ピ、ラァ……

 

 ニムバスが自身へと纏うパイロット・スーツの胸ポケットから取り出した、飾り気の無い封書。

 

「これなのだが、な……」

「なによ、ニムバス……」

 

 その、純白の下地に蒼色をした浮き彫りでニムバス・シュターゼンの名が宛先として書かれている、小さな封書を見たローベリアは。

 

 コゥン、カァ……

 

 彼が乗るモビルスーツ「レーテドーガ」の足をその拳で軽く叩きながら、呆れたような声を出した。

 

「あんた、まだそれを持っていたの?」

「まあ、な……」

「私はもう、とっくに捨てたわよ」

「オイオイ……」

 

 彼女の言葉に苦笑いを浮かべてみせるニムバスがその手に持つ封書、それは約二、三月ほど前に彼ニムバスがユウ・カジマ、彼と「騎士としての誇り」とやらをかけて決闘を挑んだ後に。

 

――渡そうかどうか、迷う所だが――

 

 アルフ・カムラから手渡された、その「招待状」の中身を再度確認つつ、ニムバスは自分のアゴの辺りを軽く撫でる。

 

「アルフ・カムラは、この招待状をな」

「渡さなかった、と思う」

「ああそうそう、ローベリア」

 

 差出人が「クルスト・モーゼス」と記入されている封書の中へとある手紙、それをニムバスはヒラヒラと揺らせてみせながら、彼は栗色の髪をした自らの愛人へ向けて軽く頭を下げた。

 

「この前、私がポルノ・ムービーを見ていたときは間が悪かったな」

「その時私が感じた劣等感、今返したわよ」

「劣等感、昔の私がニュータイプに」

 

 その、招待状とやらの件で即座にニムバスへ会話の切り返しを行ったローベリアのそれは、別にニュータイプ能力を使った品物ではないのだが。

 

「ニュータイプ、そしてお前ことマリオンへと感じていた劣等感を、今更にほじくりかえしてくれたな?」

「なんで、あなたニムバスに限らず男は……」

 

 そのまま彼女はジトッとした瞳をしながら、すでに四十の歳にも近いニムバス、再び十年以上昔と同じく短く刈り上げた彼の頭髪、金色の髪の中で色素が薄まった部分を。

 

 スゥ……

 

 軽く、その指でつまんでみせる。

 

「ロリコン趣味があるのかしら?」

「別に私が見ていたポルノは、その手の劣的な物ではないが?」

「あのシャアといい、男は皆がね……」

 

 その口の端へと皮肉げな笑みを浮かべるローベリア、彼女には十年前にユウやニムバスに印象として与えた「清純な乙女」としての面影はもはやどこにもない。

 

「女がガキの頃から清純であり」

 

 ニムバスの言い訳など一瞥もせず、そのままマリオン、一人の女性として当然でしかるべき「人の顔」を見せた生き方をしているローベリア・シャル・パゾムは。

 

「年を取って欲しくないと願う」

「そりゃ、今のお前をみればなあ……」

「フン……」

 

 その言葉を受けた彼女は、心底ニムバスへ対して軽蔑の色彩を帯びた視線を投げ付けながら、自機「バギドーガ」の調整へと向かおうとする。

 

「所詮は、男か」

「疲れるんだよ、ローベリア」

「何がよ、ニムバス?」

「ベッドでのお前の激しさが」

 

 その、この場に他の人間がいないとは言えデリカシーの欠片もないニムバスの台詞に、ローベリアの足がピタリと止まった。

 

「私も歳だのだよ、ローベリア」

「マリオンの痴殻、サイコーじゃ、ないか」

「ムウ……」

「言っていた、わよね?」

「それはそうだが……」

 

 正直、この年若き少女の頃から性に貪欲過ぎる彼女の立ち振る舞い、それが今のニムバスには疎ましく、ゆえが為に夜毎の彼女から誘われる同衾を断り。

 

「あたしに、飽きた?」

「食傷気味だな、マリオン」

「フゥン……」

 

 一人でコソリ、ポルノ・ムービーを観る習慣が出来たのは、一方的ではあるが納得がいくニムバスの言い分だ。

 

「ユウ・カジマの方がサッパリした性格だな……」

「ヘエ、ソウ……」

「うん、そうだな」

 

 ただ、その彼ニムバスへ背を向けたままのローベリア、マリオンからのプレッシャーに気がつかないニムバスは確かに少し感性、ニュータイプだか強化人間だかのそれが鈍り始めているのかもしれない。

 

「やはり、昔のマリオンの方が騎士たる私が愛を捧げる、その甲斐があるような……」

 

 ガァン!!

 

 パイロット用のブーツ、それでニムバス機の脚へ思いきり回し蹴りを叩きつけたローベリアの。

 

「乱暴なヤツは止めてくれ、ローベリア……」

「言うなよ、ニムバス」

 

 その彼女の、穏やかさに満ちた「形相」を見たニムバスの口から掠れ溢れる、怯えた声をローベリアは無視し。

 

「愛する女へ乱暴なイタシの一つも出来ない男が」

「宇宙には優しい心が満ちているじゃないか、ローベリア……」

「ああ、もう……」

 

 再び、彼へその背を向けて無言のプレッシャーを掛け続けるローベリアは。

 

「イラつくわ……!!」

「ほら、チョコレートだよマリオン」

 

 ピ、キィ……

 

 何かと間が読めない、そういう所はユウ・カジマと同じであるニムバスへ向かって。

 

「うっさい、ロリコン!!」

 

 ゴゥシッ……!!

 

 ハンガーデッキの空気が揺れる程の、大声をその唇から張り上げた。


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