夕暁のユウ   作:早起き三文

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第72話 魂の上で雷鳴はその手を拍する(後編)

  

「エグザムか……」

「聞いたことはあるのか、ハマーン・カーンさんよ?」

「こう見えて、私はな」

 

 あやうく純白塗装の愛機、ニュータイプ専用機である「クィン・マンサ」を、ユウ・カジマによって。

 

「洋の東西を問わず、世の中の俗物共から陰口ばかりを言われている女ではな、連邦兵よ……」

 

 うかつにその彼の支援を試みて、ニュータイプへ対して過剰反応を起こしているエグザム搭載機によって自機を粉砕されそうになったハマーンは、やむを得ず遠目でGマリオンとノイエ・ローテの戦いを見守りながら、隣へ立つ量産型ダブル・ゼータを駆る連邦派の男へその口をすぼめてみせる。

 

「伊達に女狐よ、女狐よと呼ばれちゃいないのだよ……」

「自分で言うことかよ、アン?」

「お前達、男が頭を使わんから」

 

 バゥ……!!

 

 シャア専用モビルアーマー「ノイエ・ローテ」とユウ・カジマ機の一騎討ち、それははた目から見た限りでは。

 

「戦いばかりに視線を向けるから、さ」

「それが、男の本能だからなぁ」

「いつまでも、どこまでもそれが続くから」

 

 妖花、シャア・アズナブルが駆るノイエ・ローテが押している風には見える。

 

「私たち女が、スイーツとカップラーメンをガツガツ喰らいつつに、頭と口を動かさなくてはならなくなるよ」

「糖分と塩分とが必須か」

「健康には、良くないがな」

 

 だが、その二機の戦いは、ニュータイプとオールドタイプを象徴する二人の男達の戦いは。

 

「本当なら、両方を健康的に摂取できれば良いのだが」

「どちらが糖分ですか、ハマーン様?」

「ン、プルよそれはな……」

 

 クィン・マンサの機体が内容物を使いきった空のファンネル搭載ポッド。それを自分の機体。

 

 ポゥウ……

 

 黒塗装のキュベレイのそのポッドと交換しつつ、女丈夫「ハマーン・カーン」が御付きの少女パイロットが、小さな声で自らの直属の上官へとその比喩の意味を訊ねる。

 

「甘い夢を見させる方が、ニュータイプ」

「では、ハマーン様」

 

 ブァコウ!!

 

 その「観戦」を行っているハマーン達の視線の先で、大出力ビームを無差別に放ち続けるノイエ・ローテが押しているように見えるのは、まさしく見かけのみだ。

 

「塩辛い涙を見せるのがオールドタイプ、ですか?」

「さすがに勘が良い、プル」

「涙、かぁ……」

 

 そのユウ対シャアの戦闘状況、それは半壊したハマーン機へとすり寄って来たニュータイプの少女達にしても。

 

「泣いたガキの逆切れに、あの赤い彗星と言われたシャアが押されているとはね……」

「私はアナベル・ガトー、妖花ノイエ・ローテのサブ・パイロットを務めているあの方が心配です」

「とはいっても、どうしよもないさ、ネオ・ジオン兵」

 

 このニュータイプ能力とは縁がないリョウ・ルーツ青年も、ネオ・ジオン古参兵であるカリウス・オットー中尉、二人共々に解っている。

 

「あたし達の従姉妹、元気かなあ……」

「従姉妹ねえ、嬢ちゃん……」

「昔にいたんだよ、コンパチダブル・ゼータに乗るオジサン」

 

 サイズの大きな差こそあれ、クィン・マンサのファンネルポッドとキュベレイ・タイプのそれはある程度の互換性がある。が、それでもハマーンが乗るモビルスーツの尻へと括り付けられたサイコミュ端末放出器は、その白い巨体と小さな「黒いスカート」のコントラストもあり。

 

「プルの話し相手になってやれ、連邦兵よ……」

「あんたハマーンの尻、チラリズムに目を奪われてな」

「そう言ってもらえると、私としても」

 

 クゥク……

 

 自らの「尻隠し」をハマーンへと譲り渡したプルの乗るニュータイプ専用機。

 

「セクハラのオジサンだ……」

「許してやりなよ、プル」

「解っているよ、プルツー」

 

 その機体から彼女プルが忍び笑いを漏らすと共に。

 

「あたしプルも、サービスだ」

「全く、この小娘達……」

 

 黒く光る尻、キュベレイ改修型の臀部を遊ぶように揺り動かしてしている光景を。

 

「ハマーンにべったりの小娘共が、大人をやって……」

 

 自機へと起こったマシン・トラブルの復帰を行っているシーマが、呆れたような顔をして見つめている。

 

「可愛いげのある男を、発掘する悦びを、私ことハマーンは忘れられないというものだ」

「女王様って、わけだ」

「シャアの奴が、取り憑かれて失踪した埋め合わせでな」

「結局、結局はシャア・アズナブルか……」

 

 フゥウ……!!

 

 異常な高速機動を行っていたGマリオンの手から放たれた魔剣エグザムによる斬波、それをかわそうとするシャアの腕前は実に素晴らしいが、ノイエ・ローテ自身の巨体がそれを邪魔している。高速機動型かつ、重火力モビルアーマーの限界だ。

 

 オゥウ……!!

 

「偉人さんに、昔」

 

 吼えたてるGマリオン、ブルーディスティニーの泣き叫びに呼応されたのか。

 

「偉人さんに連れられちゃったの、あの従姉妹の子は昔に」

 

 ポツリとその小さな唇から滴る、プルの声。

 

「いつの間にか、イジンさんに」

「イジンさんに、ねえ……」

「泣いて、塩辛い涙を流してないかな……」

「大丈夫さ、嬢ちゃん」

 

 そのリョウ青年の言葉は、このプルという少女を気づかってその口から出た物であるのは確かだか、ある意味人間の猜疑心を反転させたのがニュータイプ能力であると言うのなら。

 

「気休めをやめろよな、あんた」

「フン、悪いなプルその2型とやら」

 

 ニュータイプ少女達のもう片割れに、上面であるとはいえ優しさを一蹴されて気分が悪くなるのは、リョウ青年のせいではない。

 

「気休め、受け入れる心の広さを持てよ、プルツー」

「ハァイ、ハマーン様……」

 

 ボゥ……

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしたプルツー、ネオ・ジオンのニュータイプ兵の視線の先で、ユウ機の手の平がノイエ・ローテへと突きつけられ。

 

――瘟ーン……!!――

 

 呪詛の言葉と共にそのGマリオンの手が輝き、ユウ・カジマがシャア機ノイエ・ローテの動きを一瞬とはいえ完全に止める。

 

「チョー能力かよ、ユウの旦那……」

「私も、ニュータイプも使えるかもしれない、ZZのオジサン」

「あぁそうですか、プルちゃんよ……」

 

 皆がその光景を、固唾を呑んで見つめる中。

 

「フィアード……」

 

 グゥウ……

 

 全く復帰が上手くいかず、もはや自機の調整をお手上げとしたシーマ・ガラハウの虚ろな声がリョウ青年の耳へと入る。

 

「何だい、ソイツは?」

「妖術だよ、連邦のアンチャン……」

「面妖だな、宇宙海賊とやら」

「あたしは、それをシュレティンガー」

 

 ガッカウ!!

 

 ノイエ・ローテとしてもユウに一方的にやられるつもりはない、身動きが出来なくとも自機から対空砲を乱射させ、その意思表示をしているのは確かだが。

 

「シュレディンガー・コロニーで見た事があるんだよ、私は」

「哲学的な非道、シュレディンガーを知っているではないか、シーマ・ガラハウ」

 

 そのラプラス、可能性を調査する実験を主目的ではないとはいえ、史上絶大な規模で行われた作戦に従事していたが故に、彼女シーマが睡眠薬漬けとなってしまった事、それは所詮ハマーンにはダイレクトな感覚として伝わらない。

 

――ニュータイブの限界だ――

 

「パイレーツナイト・シーマよ」

「あんたの崇める、超小娘ミネバの親父さんが、間接的にしでかした事だよ、ハマーン」

「ウ、ム……」

 

 だが、人の意思の真にシンプルなコミュニケーション、皮肉混じりとは言え今シーマが扱ったアルファベット言語、対話という偉大な力はその狭弛を乗り越えられる。

 

 ズゥウ……

 

 ノイエ・ローテが動き始めたが、それを許さぬとばかりにGマリオンから追撃として放たれたチェーンが、紅い燐を撒き散らしながら。

 

「やっぱり怖いよ、あの蒼い機体……」

「目と感性を、少し塞ぐ方法を身に付けた方がいいかもな、プルよ」

「怖いんです、ハマーン様……」

 

 トゥン……

 

 片目から、水滴が流れているプルの視線の先で、そのエグザム機が降り下ろした焔の鞭。

 

「ファンネルも、通じんとはね……」

「今後はどうしますかね、シャア・アズナブル?」

「どういう意味だよ、アナベル・ガトーよ……」

 

 異世界ミノフスキー空間から招来させた魔界の火焔を纏った鞭が、シャアの放ったステルス・ファンネルをいとも容易く粉砕した事に、もはや赤い彗星は苦笑するしかなかった。


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