夕暁のユウ   作:早起き三文

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第71話 天に光を噴く者

  

「アクシズの核パルス……」

「それがなんだって言うんだ、サンダースさんよ?」

「あんな光り方、するもんですかね?」

「しらねぇな、俺には……」

 

 元々が戦車乗り、生粋のアースノイドであるエイガー大尉にとっては、コロニーや小惑星の輸送に使われる核パルスエンジンの放つ光の加減なぞ、完全に門外漢である。

 

「血のような、ドロッとした紅い光かよ……」

「私達のようなオールドタイプにも見えるって事は、やはり核パルスの改良型でしょうか?」

「知るもんかよ、死神サンダースさん」

 

 死神、その呼び名はよくエースパイロットへの尊称として使われるが。

 

「うちの若い者達を守る為としての死神なら、甘んじて受け止めますが、ね」

「いいねえ、あんた……」

「褒めんで下さいよ、エイガー」

 

 先程の、テロリストと武装難民の混合部隊からの襲撃、それを十年前のモビルスーツ、陸戦ガンダム・タイプを宇宙戦用に応急改修をした機体のみで蹴散らした彼サンダース「軍曹」へ向けて、敵か味方か、誰かがそう口走ったことを。

 

「私の家内に、あんたは褒められた時の顔が怖いと言われるんですよ」

「確かに、今の顔は怖かったかな?」

「酷い人だ」

 

 エイガー大尉は、ユウ・カジマと同じくらいには古参であるこの青髪の男は僅かに皮肉っているのだ。

 

「俺は本来、敵にも味方にも」

「ん?」

「本来なら死神、でありたくありません」

 

 昔から充分な実力のパイロット、今ではもはや最古参として若手の教官を勤めていた「仏の鬼軍曹」という矛盾するあだ名をもつサンダースの、か細い言葉。

 

「しかし、それでも身に掛かる火の粉は躊躇いなく振り払います」

「そりゃ、そうだな……」

「部下達への狼藉は、決して許さない」

「そうかい……」

 

 狼藉、その言葉をサンダース中尉が言ったとき、エイガーのその面が険しくなる。

 

「ノイエ・ローテだか、ニューペガサスにな」

「気に病まないで下さいよ、エイガー大尉」

「またしても強大な力に、俺の仲間は蹴散らさせた」

「そう、ですか……」

 

 トゥ……

 

 涙、しばらくは忘れていたエイガーの、理不尽な暴力に曝された時に流される宇宙の光。

 

「昔の、ジオンがザクの脚で俺の仲間、アリ戦車を踏み潰した時の気持ちがな……」

 

 エイガーが乗る、ネオ・ジオン鹵獲機を改修した重火力機。

 

「大尉?」

「込み上げてくるんだよ、十年前の記憶が、再びにな」

「フム……」

 

 ギィ……

 

 白銀の、そのモビルスーツの腕が彼の声と共に微かな身動ぎをする。

 

「こうやって、あなたを見ていますと、エイガー大尉」

「あん?」

 

 シルヴァ・バレト、そのかつてのザクやジム等の一年戦争時代の機体とは雲泥の差がある高性能機、それをもってしても。

 

「昔の、それこそ十年前の私の隊長だった方の甘い理想」

「敵にも人権がある、解り合える、だったよな……」

 

 ク、クゥ……

 

 再び強者によって「蹴散らされ」る経験を味わう羽目となった、このエイガーという連邦兵の口から、自嘲とも受け取れる乾いた笑い声が漏れ出す。

 

「一概に、否定が出来なくなります」

「俺達に、される側には人権がないと?」

 

 そうコクピット内で呟いたエイガーの視線の先には、連邦派とネオ・ジオンの数部隊、各宙域へ分散された小隊の姿。

 

「無い、と言ったほうが」

 

 先の小規模な戦闘では、サンダース中尉達の近くへ展開しているネオ・ジオン部隊からの追撃はなかった。そのネオ・ジオンのモビルスーツ達へも攻撃があった為かもしれないと、サンダースは見ているが。

 

「負け犬的に、気は楽になるかも」

「言ってくれる、サンダースさんよ」

 

 リィ、リィン……

 

 かなりの以前からアクシズの周辺宙域をまとわりつく、蒼と紅の光。もはやその現象をいちいち気にする者はいない。

 

 ズゥウ……

 

 この落下を続ける、赤黒い光に押されている小惑星アクシズを前にしたら、確かにとるに足らない、単なるミノフスキー粒子が成す異常現象で片づけられる品物だ。

 

「憎しみのメビウスの輪、私は気にいりませんよ」

「解ってはいるさ、解っては……」

「私達の様子を窺っているネオ・ジオンの連中も、あるいは……」

「解っていると、言っただろう!?」

 

 シィ……

 

 そのエイガー機からの怒鳴り声に、主にオーストラリアの大地と北米大陸、コロニーの落ちた地から吹き上がる光達が僅かに震える。

 

「だとしたら、もしもよサンダース!!」

 

 ゴゥ!!

 

「エイガー!?」

「宇宙人の連中が、この小惑星落としに少しでも偽善的な怒りとやらを感じているのであれば!!」

 

 重装機シルヴァ・バレトが急加速を始め、アクシズへと接近していく姿。サンダースはそのエイガー大尉の機体を止めようとしたが。

 

 バァ!!

 

「もっと、なりふりをなあ!!」

「落ち着いて、エイガー大尉!!」

 

 陸戦型のガンダム・タイプ、それの改修機へと取り付けられている姿勢制御スラスター・モジュールがエイガー機から重く、極めて乱暴に振るわれたその腕によって形状すらも変化してしまう。

 

「構わないんじゃねえの!?」

「何をする気ですか、あなたは!?」

「そのガッツ、不可能を可能にする戦い方で!!」

 

 ボゥウ!!

 

 いかに、アクシズを狙った艦砲射撃が、現在に各艦の砲門が焼き付いた為中止されているからといえ、自機を突出させるエイガー大尉の行いは身の安全を省みない自殺行為に近い。

 

「俺は、ザクを倒してきた!!」

「だから、何だと言うんです!?」

「それに比べれば!!」

 

 常に劣勢、そう「巨大」な相手に自身の歯を食いしばりながら、果敢に立ち向かっていたこの大尉にとっては、目前のコレは。

 

「こんな、石ころの一つ!!」

「おい、あんた……!?」

「たかだが、地球を潰せる程度の砂利を!!」

 

 エイガー機の進路先へいた、ネオ・ジオンの兵達がそのシルヴァ・バレト、白きモビルスーツへ向けて放つ訝しげな声。

 

「ぶち破れない道理は、ない!!」

「狂ったか、連邦に下ったあのドーベン・ウルフは……?」

 

 ガォ!!

 

「そうだろう、俺の心に宿るロクイチ戦車の!!」

 

 その機体のパンチ、それがどこか赤みを帯びた銀色の光を放ちながら、宇宙の銀嶺山アクシズの表面へめり込み。

 

「フェンリル隊とかいう、大層な名前をした狼を貫いたァ!!」

「おい、あんたまさか!?」

「俺達の涙の拳、銀の!!」

 

 ガォオン……!!

 

 唸り声を揚げるシルヴァ・バレトの左腕、それから放たれるアッパーカットがアクシズを、その巨体上方を赤黒い光で覆われている小惑星の岩肌を削り取る。

 

「ロクイチの象徴、ダブル砲から放たれる、銀の砲弾達!!」

「生きてたってか!?」

「今ここに、俺の心のロクイチ魂を乗せたロケット・シルバーパンッチを両手両砲で!!」

 

 ガフゥ!!

 

「アクシズの股ぐらを向かって、打つべし打つべし!!」

「そうだったなあ!!」

「何だぁ、てめえは!?」

 

 そのワンツーパンチを繰り広げるエイガー機の隣へと加わる、ネオ・ジオンの旧式。

 

「その戦車パンチで、俺のザクの股間をよくも!!」

「しらねぇなあ!!」

「女へしてくれちゃって、まあ!!」

 

 いや、旧式と呼ぶことすら生易しい、ザクの最初期タイプから響く、老いた男の声。

 

「覚えがないぞ!!」

「そして!!」

 

 バァン……!!

 

「あたしの初乗りザクも、女が女へ!!」

「身に覚えがないと!!」

 

 女性パイロットが乗る、両手をアクシズへと押し付け始めたドーガ・タイプ、ネオ・ジオン軍の主力機。

 

「戦車に乗っても、ガンダムに乗っても、下から突き狙うしか脳のない男!!」

「無いと、言っているだろう!?」

「さすがに連邦、酷い男しかいない!!」

 

 自分の無茶に付き合い始めた、ネオ・ジオンの兵達に戸惑いながらも、シルヴァ・バレトの銀の拳はアクシズを粉砕し続ける。

 

「ヤり逃げをされたなぁ、シャルロッテ!!」

 

 ガゥ!!

 

「何故俺を殴る、ネオ・ジオン!?」

「敵同士だからだろう、エイガーとやら!?」

「あぁ、そうか!!」

 

 ボグゥ!!

 

「そうだったぁよなあ、ジオン!!」

「新型の分際で老いぼれザクを、チカラ一杯に殴ったな!?」

 

 ドゥ!!

 

「そのパワーで、何か旧式だよ!!」

 

 確かに、エイガーが乗るシルヴァ・バレト、重モビルスーツを殴打で弾き跳ばせる辺り。

 

 ザァ!!

 

 そして、そのエイガー機からのパンチを受けても大きくは破損しないザク、そのネオ・ジオンの老兵が乗る旧式機はかなりのカスタマイズが施されているのかもしれない。

 

「何をやっているのかしらね、この方々達は……」

「全くですよ、実に……」

 

 いわゆる一つの「同士討ち」を突如始めだしたそのエイガー達を無視し、ドム・タイプの機体とサンダース中尉の旧式ガンダムがアクシズ、人類史上最大の戦略兵器へ向けて、その手の平を圧し当て始める。

 

「本当に、何をやっているんでしょうかね、我々は……」

「わたくしが思うには、連邦の殿方」

 

 ドム・タイプ、確かサンダースの記憶ではドライセンという名を持つモビルスーツから聞こえてくる女の、淑やかな声にサンダースはその耳を傾ける。

 

「馬鹿をやっているのでは、なくて?」

「確かに……」

 

 何か、少し前に会った自分の元隊長、彼の奥さんを彷彿とさせる喋り方をするネオ・ジオンの女性パイロットの言葉に、サンダースは何かが腑に落ちるような気がしてきた。

 

「そうですよね、ネオ・ジオンの人……」

「いい加減にしなさい、二人とも!!」

 

 ガァン……

 

 女性パイロットが乗る、薄紅色へと塗装されたドーガ・タイプに自機の股間を激烈に蹴りあげられた、エイガーとネオ・ジオンの老兵は。

 

「グフゥ……」

「そのグフを、あんたに潰されたのよあたしは」

 

 別に痛みが生身へと伝染するサイコミュ・システムが搭載されている訳でもあるまいのに、その男二人はコクピット内で身を縮こませながら、通信機越しに呻き声をサンダース達の耳へと伝わせる。

 

「皆、我々人類は永遠とバカをやっているんですよ」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「なんだ、ありゃ……?」

 

 すでに年配の、メガネを描けた士官がドゴス・ギア級ドレッドノート艦「ゼネラル・レビル」からすっとんきょうな声を出しながら、超遠距離望遠鏡でアクシズの表面へじっとその目を凝らしいてる。

 

「どうした、コジマ君?」

「あれを、中将」

「フン……」

 

 あまりの人手不足のために急遽に完全な管轄外、陸軍将である自分がこのような不愉快極まる役割についてしまった、その「ローマンス・グレイ」とでもいうべき風貌を持つこの陸軍中将の機嫌が良いことは、ここしばらくに全くない。

 

「アクシズ、ここから左下の対空砲辺り」

「フム?」

 

 長年の連れ添い、軍内部では「デキてるのでは?」と下らぬ噂すら立てられているこの二人の阿吽の呼吸は一年戦争時からの腐れ縁が成す物である。

 

「一機のモビルスーツ?」

「もう少し倍率を、中将」

 

 ジ、ジィ……

 

 望遠鏡、有視界戦闘が戦場へと呼び戻った今の御当世には、バードウォッチング用の双眼鏡だかその手の肉眼補正器具を作っていたメーカーにとっては時代が味方している。その業界での有力会社が作製した遠距離索敵用の望遠レンズの倍率を中将は徐々に切り換えた。

 

「モビルスーツが、アクシズを殴っている?」

 

 その首を傾げながらも望遠鏡から目を離さない中将の向ける目の先、肉眼で見える巨大質量兵器「アクシズ」の表面には、確かに重装タイプの機体が一機で、自らの両拳をその岩肌へと叩きつけている姿が見える。

 

「邪魔、だな」

「どうかな、ライヤー君……?」

「目障りだよ、レビル」

 

 戦列に出てからというもの、じっと艦長席で「置き物」と化しているレビル、一年戦争時代での将官レヴェルでは最大の功労者、盲目の老将である彼の声にライヤー中将は不愉快そうにその鼻を一つ鳴らした。

 

「どいつも、こいつも……」

 

 チィ……

 

「ワシは単に君へ再度のチャンスを与えただけだけどね」

 

 レビル将のその目からは完全に光が奪われている。にも関わらず、彼はライヤーが向けた視線を、その「肌」で感じ取っているようだ。

 

「感謝の踊りでも披露して欲しいと?」

「長年の地球内にはびこるシラミ、それを地道に潰してくれた地球の守護神だ」

「相も変わらず、口が上手い」

「些細な職権乱用で牢獄へ押し込めるには、不利益だよ」

「組織腐敗の、第一歩となる台詞ですな……」

「張本人の君が言えた義理でもあるまい」

「フン……」

 

 陸軍将という立場である自分がこのレビルの副将という立場に置かれたのは、ひとえに彼、レビルが常に手元へと置く私兵達、スパイ軍団に自分の不正を暴かれた為である。

 

「ニュータイプとは、戦争をしなくてすむ人種という事でしたな、レビル」

「そう、ゆえにワシは」

「ニュータイプ、か」

 

 ゴップ提督が表の政略を司る高官であれば、このレビルはまさに「裏」の連邦軍の支配者だ。

 

「心が読める、エスパー共か」

「気に入らないか、ライヤー君?」

「当たり前だ」

 

 多重複に編み込まれた彼のスパイ網、それに絡めとられた情報を元に、この老獪なレビル将は風光明媚な別荘へと訪れてきた客と僅かな間話し合い、その指を黙って「対象」へ向け、指す示す。

 

「人の気持ち、それをニュータイプ能力とやらを使い、推し測り、火種を潰せば」

 

 光を失ったこの老人、ゆえに彼の聴覚嗅覚を含む四感覚、それに加えて潜在的に彼へと秘められていたとされたニュータイプ能力を合わせた全「五感」であるそれらを駆使すれば。

 

「ニュータイプは戦争をせずにすむ人間、そして世の中を作れるよ、ライヤー君」

「言ってくれる……」

 

 とは言いつつも、このレビルが一年戦争時から情報戦の名手であったことは、ジオンからの脱出劇に始め、オデッサ基地攻略戦における敵軍精鋭モビルスーツ小隊の増援を即座にキャッチできたこと。

 

(全く、聞き耳ジジイが)

 

 他の者が全く気が付かなかった連邦高官の内通者を見抜ける程の情報網、システムを構築していた事からも否定できるものではない。

 

「戦闘ゼロは大言壮語だろう、レビル」

「ばれた?」

「だとしたら、あの隕石をニュータイプ能力とやらでなんとかして欲しいものだ」

「ワシも歳でのう……」

「都合の良い耄碌の老人だ……」

 

 しかし、一年戦争の時とは大きく戦いの規模が変わり、各勢力が複雑に絡み合った十年間のこの戦役。全てに潜伏スパイを潜り込ませるには余りにも時間が浅すぎる。二重スパイを作り出すにもそうだ。

 

「時間の流れが早すぎるよ、最近の世の中はワシらにとって」

「それはまあ、確かに……」

「せいぜいが、ハマーン等と繋ぎを作るのが関の山だ」

「ネオ・ジオンのナンバーツーへ手を打ったかよ、レビル」

「良い女であった」

「好色め」

 

 だが、こうしてライヤーがレビル小将、階級的には自ら降格を選んだとは言え、目上の人間である彼へ対して侮辱罪にも当たる悪態をつき続けているのは、単に昔からいつか追い抜く、蹴落としたいと思っていた彼レビルへの当て付けではない。

 

(俺がこいつに会うたびに、背中に汗をかいていることを気が付かれたくないからだ)

「ブランド物のシャツ、着替えはあるだろうに」

「そうそうに着潰せる程、安い物ではないのだがな、レビル」

 

 虚勢だ、人間の五感の内で最も重要な「視覚」を無くしたが為に、完全なエスパー・ニュータイプとなってしまったこの人間嘘発見器へ対しての。

 

(このレビル、徹底した監視社会こそが何十億という単位の人間を統治する、それが出来る唯一の方法であることを解りすぎているよ)

「ワシは耳年増なだけだよ……」

(化け物め)

 

 少なくとも、軍以外の人間には穏健を気取っているが、その軍内の人間にはこの子供の時からスーパー・エリートであったレビル小将の冷冽な地下水のような非情さを認識している者は多い。

 

(下は掃除人バイトに一兵卒、カフェテリア・スタッフに軍追従娼婦に行商人)

 

 そして高官に軍艦艦長、全てにこのレビルの「耳」となっている者が存在し、軍内外へ監視を続けている事実を。

 

「何か、増えてますな……」

「お、おうコジマ君?」

「計、約十以上機」

 

 ぼやりと思索をしていたライヤーからいつの間にか望遠鏡を奪っていたコジマ、彼はそれを振りながら新手のモビルスーツ、次々とアクシズへ取り付き始めた機体群を指差す。

 

「何のつもりなのかな、あれは?」

「シャアのサイコ・フィールドを中和しようとしているのではないかな、ライヤー君?」

「シャアの、サイコフィールド?」

 

 そのサイコ・フィールドという言葉はライヤーにしても初耳ではない話であるが、実在と概念の狭間に位置する現象を突然決めつけるように言われても、即座に納得出来るものではない。

 

「アクシズを後押しする赤黒い光、それが今までの艦砲撃や核を減衰させていたとみえる」

「言い切れるか、レビル?」

「で、なければさ」

 

 ジィ……

 

 アクシズに取り付いたモビルスーツ群の間へ飛び交う火線、それを見るに、小惑星アクシズの周囲で再び小競り合いが始まっているようだ。宇宙野盗かネオ・ジオンか。

 

「ここまで手が打てなかった理由が見受けられない……」

「大袈裟になってきましたよ、お二人とも」

 

 呻くように呟いたレビルの脇で望遠鏡を握るコジマの目の先では、そのアクシズに取り付いたモビルスーツを排除しようとする「敵性機」を迎撃しようと他の機体、友軍機が支援へ加わっている。

 

「連邦派のモビルスーツ、だけではないようだな……」

「ライヤー中将、これを」

「ご苦労」

 

 近くの兵がブリッジの備品保管庫から取り出し、持ってきた望遠鏡を一つ頷いてみせてから受け取り、それを眼へ押し当てたライヤー中将。

 

 ボゥウ……

 

 確かに彼の視線の先では、ザク・タイプのモビルスーツがアクシズを殴り続けている連邦機を守っているようにも見えた。

 

「下らんな、全くに……」

 

 その助け合いの光景、ライヤーにしてみれば正直、昔に部下にいた、今では除隊をしながらも、それこそ有益であるがゆえにスパイとしての仕事を依頼し続けている能天気な男の顔が思い出され、本当に何かが腹の底で疼いてくる。

 

「ならば、ライヤー君」

 

 盲目の老人、彼レビルにはアクシズ周辺で奇行を行っているモビルスーツの姿と形、それがどのようにこの老将の「目」へと映っているのかは、いわゆるオールドタイプであるライヤーとコジマには解る術もない。

 

「じっと見ておく事を命ずる」

「そうきたか、レビル」

 

 もともと不始末、不祥事を起こした自分への当て付けとして片腕コジマ共々に宇宙へ上がらされたのだ、絶対零度の宇宙空間で頭でも冷やせという意味であろう。

 

 ク、シュ……

 

「エアコンに当てられたかな、私は」

「クシャミが可愛すぎるぞ、コジマ君?」

「私はエアコンが苦手でしてな、小人レビル」

 

 「少将」の将を外して小、つまり「小(将)人」レビル。その言葉は少将へとあえて自らの地位を降としたレビルに対する、その手の事を平然と行えたこの老将へ対する不思議な心理。

 

(解る者だけ、笑ってくれとでも言っているつもりかよ、レビル)

 

 謎の倒錯に満ちた美意識からくる、諧謔(かいぎゃく)の呼び名だという事実には、ライヤー中将は心底不快である。

 

「だったら、エアコンが効いてない外へでも行くがいいさ、コジマ君」

「宇宙ではエアコン無しで快適なはずはないでしょうに、ライヤー中将」

 

 あまり、宇宙での居心地が悪く機嫌が斜めの状態が続いている将官二人を尻目に、レビルはその心眼、ニュータイプ技術でゼネラル・レビル艦を中心とした空域へ、じっと椅子へ佇んだままに気配を感じ取ろうとその神経を研ぎ澄ます。

 

「シャアの私情を大義名分へ変えつつに、悪魔の方向へ極度に増幅させた、憎しみの光……」

 

 アクシズという物質を、あたかもコンピュータのペイント・ソフトで切り取るように除外するレビルの心眼には赤黒い憎しみの光、昔の戦争で自らの目の光を奪った戦略兵器のそれとよく似た存在、そして。

 

「加えて、その悪魔を憐れみながらも立ち向かんとする、悲しみの光か」

 

 そのアクシズ、いや悪魔の光を阻止せんとして地球、主にオーストラリアと北米の大地から吹き騰がってくる、諦観を秘めた蒼い光。

 

「蒼い光が勝つ、勝ってほしいものだ」

 

 とは、思いつつもレビルの心にはその悲しみの光に混じり。

 

――やらせはせん、やらせはせんぞ――

 

 地球を護ろうとする光の中、宇宙へと昇る人の心には。

 

――俺は、父親と名乗る可能性を捨て去れない、死にたくない――

「善意を秘めた、愛の毒の心も、な」

 

 怒りの、悲しき憎しみの光も。

 

「シャアを取り巻くモノタチが持つ、同質のその宇宙の心も、使いようと割りきるのが小人であるワシの務めなのだがね……」

 

 呪詛の紅い光、悲しき怒りを司る不動明王の焔が混じっていること、その事実をこの老将は、心の目から逸らさせる事はしなかった。


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