夕暁のユウ   作:早起き三文

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第70話 魂の上で雷鳴はその手を拍する(前編)

  

「ぞろぞろと、ぞろぞろと!!」

 

 突如、自分へ攻撃を仕掛けてきたハマーンのクィン・マンサのファンネルを撃ち落とした途端に、デブリ帯から猛攻を仕掛けてきたモビルスーツ達へ向けて、シャアは驚きとも嘲りとも取れない笑い声を張り上げた。

 

「よくよくに私を倒す算段を立てたようだな、ハマーンよ!!」

「そう、私を買いかぶってくれるなら!!」

 

 ジャァ!!

 

 半壊をしたν-GP、アムロ・レイ専用モビルアーマーとシャアの機体の間に入る形となったハマーン機。彼女の純白の大型機から、搭載された最大数のファンネルが宙域を舞い、ノイエ・ローテへと牽制をかける。

 

「やりやすいな、シャア!!」

「もうあと一歩で、アムロを仕留める事が出来た物を!!」

「だとすれば、な!!」

 

 一瞬の間、後方へと振り返ったハマーンの視界には、長大な主力ビーム砲を切断され、防衛システムであるIフィールド発生器もろとも機体を半壊されたニューペガサスの無惨な姿。

 

「ユウ・カジマの無茶な判断は正しかったということでもあるな!!」

「ホウ!?」

 

 ハマーンの乗るクィン・マンサ。紅い光を放ちながら宙を泳ぐノイエ・ローテの量産機であるその機体も、並みのモビルスーツの二倍近い全高、そして体躯を誇るが。

 

 ガァオゥ!!

 

「あの男、ユウもいるのか、ハマーンよ!!」

「悪しきニュータイプを裁く、そのような信念をあやつは!!」

 

 ノイエ・ローテ、赤い妖花はそのクィン・マンサのさらに倍以上の巨躯を誇り、さらにハマーンが放つファンネルの射撃をことごとくかわす機動性、あるいはそのサイコミュ端末を迎撃するシャア・アズナブルが駆るその巨機体は。

 

「持っているみたいではあるな!!」

「その、オールドタイプ的願望のみで!!」

 

 ジオン・メカニックの結晶、モビルスーツ技術の先駆者であるジオン公国の技術者達が造り出した、最強の機動兵器である事には疑いようはない。ハマーンからのファンネルに継ぎ、暗礁宙域から吐き出された火線の数々をも。

 

「世の中を!!」

「あのデカブツめ、早すぎるぜ!!」

「オールドタイプごときが世の中をな!!」

 

 リョウ青年のマスプロ・ダブルゼータや連邦兵ライラの鹵獲機からのメガビームなぞ、全くに無視を、機体へかすらせもせずに、シャアの哄笑と共にノイエ・ローテの残像が漆黒の宙へと舞う。

 

「動かせるものでは、決してない!!」

「だがな、シャア・アズナブル!!」

 

 ギィイア!!

 

 Gマリオン、ユウ・カジマの機体頭部、バイザーヘルムが鈍く輝きながら、強烈なスピードでハマーン機達によって誘導させられたノイエ・ローテへと迫りくる。

 

「そのオールドタイプを見下すニュータイプ!!」

 

 軽く彼ユウの視線を追おうブラック・アウト、痛みを伝える腹部、激しい頭痛。

 

――EXAM・SYSTEM・STANDBY――

 

 そして明らかに幻聴であると解る、古の呪縛の言葉が脳裏へ疾っているユウ・カジマの心の奥底で燃えたぎる焔。

 

「それを、この連邦の騎士である!!」

 

 そのユウ機の背から放たれる紅い光の羽根、それを追うように連邦の騎士が率いる混成軍第二部隊が、ノイエ・ローテへと肉薄を試みている。

 

「EXAMの騎士である、このユウ・カジマが!!」

 

 ブァア!!

 

 彼ユウ・カジマの背後につき従う、二機の色違いのキュベレイ・タイプ。彼女達の機体からファンネルによる猛攻がシャアの機体を取り囲む中、第四部隊の一部が蛇行をしているニューペガサスの巨体へと近づく姿が見受けられた。

 

「裁こうというのだ!!」

「オールドタイプがこの私を裁くなどと!!」

 

 プル、プルツーと言う名を持つキュベレイのパイロット達が放ったファンネル群、それが。

 

「ファンネル達が、燃え尽きた!?」

 

 ノイエ・ローテお得意の対空砲火で迎撃されたのではない。何か、その妖花から放たれた赤黒い光がその触手を伸ばし、サイコミュ端末を絡めとったのだ。

 

「これが、真のニュータイプの力!!」

「なめやがって!!」

 

 第四部隊へ所属する、長大な実体槍を構えた茶の塗装が施されたギラ・ドーガを駆る年配の女性パイロットが悪態をつくなか。

 

「ジオン・ズム・ダイクンが息子である私が持つべき、選ばれしニュータイプのパワーだよ!!」

「何がニュータイプだ!!」

 

 彼女の機体脇から、ティターンズ老兵のFAZZから放たれる火砲。

 

 ドウゥ!!

 

「オウ、被弾か!?」

「俺達は虫けらではない!!」

 

 その老兵が放ったビーム砲は、不可思議な色合いをした粒子を辺りへ撒き散らしながら、ノイエ・ローテの下方を微かにかすめる。

 

「私に一撃打を食らわすとは!!」

「一撃で済むもの、済ますものかよ、お偉いさんが!!」

 

 僅かに遠くのGマリオン、それと連携をとるかのようにシーマ・ガラハウが駆るギラ・ドーガがアトランダムな軌道を自機へととらせながら、シャアの機体へと急加速を試みた。

 

「ブッホでの仕事、デブリあさりをしていたあたしの部下達がそのゴミと化してしまった屈辱!!」

「相応しき末路とは言えないかい!?」

「なにがだよ、シャア・アズナブル!!」

「スペースノイドでありながら、地べたを這いずる者達には!?」

「お偉いさんには、あたしらの気持ちは決して、解るまい!!」

 

 ズゥ!!

 

 シーマ機と波長をあわせ、接近したGマリオンの火焔剣エグサム、それを寸前でかわしたノイエ・ローテの上方へ茶色のギラ・ドーガがその長槍の穂先を向け。

 

「じわりとした継戦をやらざるをえないのは、解るがぁ!!」

「待て、シーマ殿!!」

 

 そのシーマ機の隣で、何か慌てたような声を発する兵、彼の言葉を無視し。

 

「チャージ!!」

「機会が早すぎる、シーマ!!」

「グズグスしていく奴から死んでいくのが戦いの掟だろう、ガトーの腰巾着が!!」

 

 ブルーディスティニー5号機を駆るユウが率いる部隊の牽制に気を取られているノイエ・ローテに向かい、そのシュツルム・ランサーの穂先を差し向けた。

 

 ガァ!!

 

「無謀なり、シーマ殿!!」

「うるさい、ガトー巾着!!」

 

 僅かに海賊騎士シーマを過小評価していた風のあるシャアからの対空砲火をその身へと、覚悟しながら受け。

 

「騎士シーマ様のお通りだ!!」

 

 しかしながら、器用に機体の致命傷部位にはそのシャアの攻撃を当たらせずに自機を身動ぎさせながら、ランス突撃を敢行するシーマ機ギラ・ドーガ。

 

 ヴゥグゥ!!

 

「くそぉ!!」

「やめろ、シーマ・ガラハウ!!」

 

 妖花のサブ・パイロットであるアナベル・ガトー、かつて宇宙要塞ソロモンの悪夢と呼ばれた歴戦兵の動かす有線アームの基部。それがノイエ・ローテの直前へと迫ったシーマ機へ激突する。

 

「やってくれるじゃないのさ、ガトー!!」

「今はまだシャアを仕留める段階ではない!!」

「なるほどな、所詮にあんたは!!」

 

 ボゥ!!

 

 千載一遇の機会を逃させられたシーマは、悪態をつきながらもそのまま騎士突撃の勢いを生かし、真紅のモビルアーマーから離脱させようと、自機のブースターを強く噴かす。

 

「所詮は、あのハマーンもあんたもさ!!」

「ハマーン執政から聞いていなかったのか、シーマよ!?」

「このシャア・アズナブル、ジオンの御子息にゾッコンと言うわけだ!!」

「違うのだ、シーマよ!!」

「あんたに飛ばす舌はないんだよ、ガトー!!」

 

 違う違わないも、どちらにしろ今のシーマにはシャア本人が追撃に差し向けたファンネルをかわすのが精一杯だ。

 

「面白い事を聴いたなぁ、アナベル・ガトー!!」

「どうせ!!」

 

 ククゥ……!!

 

 ハマーン・カーンが率いる第一部隊、難民や脱走兵などが駆るモビルアスーツが中核をなしているその部隊を、僅かな数のファンネルで翻弄しながら、シャアはその鉄仮面の奥で忍び笑いを漏らす。

 

「私達ザビ家に魂を引かれた者達、それの企みに気がついているのでしょうに!!」

「ミネバがそんなに好きか、ガトー達よ!?」

「そのミネバ様はプリンス・ガルマ、あの御方のやり方をプリンセスとして真似つつも!!」

 

 ボゥ!!

 

 ノイエ・ローテからのファンネル群に、そのハマーン部隊は全く対抗出来ていない。中にはファンネルの姿を見誤り、誤認による同士討ちすら起こしている者もいる。

 

「どこか、亡くなった総帥やキシリア殿、そしてドズル様の相も見受けられる御女子だ!!」

「私よりも、支え甲斐があるようだよな!!」

 

 ドゥ、ドゥウ……!!

 

 もともとが完全に寄せ集めだ。どうにかハマーンのクィン・マンサのみがそのシャアからの攻撃に耐えている様子がアナベル・ガトーの視線からも窺えた。

 

「ベルクート、ユウ・カジマ機へと放てい!!」

「りょ、了解!!」

 

 ガォウ……!!

 

 第三部隊、支援火線隊からの弾幕がノイエ・ローテを捉えた事を確認したハマーンは自機のすぐ脇へ控えていた旧式ゲルググ、そのヘルメット内の顔へ冷や汗をかき続けていた難民兵へ向けて声を放つ。

 

「第一部隊、後退!!」

「ならば、この世からもあの、ミネバの魅了からも!!」

 

 ノイエ・ローテ機体中心で咆哮するシャアへ冷ややかな悪態を、その心内ちで呟いていたガトーは自機のやや下方を金色の運搬機が突き進む姿、それをチラリと目にはしたが。

 

「もしここでハマーン・カーンが出てこなければ……」

 

 部隊後退の為に一騎奮迅をしているハマーン機「クィン・マンサ」へ向かって吼え叫ぶシャアにはあえて伝えない。

 

「私こと、アナベル・ガトーはシャアに機体から強制排出されていたかもしれないな……」

「後退させてやろうか、ハマーン!!」

 

 シィ……

 

 対空レーザー、それはもちろんクィン・マンサにとっては牽制程度の威力しかないが、それでもハマーン・カーンはその射撃攻撃に秘められた、明らかなシャアからの殺意にコクピット内で小さくその身を震わせた。

 

「シャア、貴様は!!」

 

 その軽い悲鳴混じりの声を出しているハマーンが率いる第一部隊は散り散りにノイエ・ローテからその身を翻し、ユウ・カジマ統率の第二部隊、高速モビルスーツ隊は第三部隊からの砲火線に巻き込まれないようにと紅い妖花から僅かに距離を置く。

 

「何がお前をここまでかきたてる!?」

「アムロ・レイに対する!!」

 

 そして、最後の第四部隊、主戦列モビルスーツ隊は先程のシーマの独走の為に崩れた隊列を立て直すべくに、デブリ帯近くへ向けて避難をしつつも、その内の数機の機体が。

 

「憎しみだ!!」

「すでにそれは果たしているのではないか!?」

 

 先程、一際大きい爆発を起こし航行不能に陥ったニューペガサス。運が良いのか悪いのか、戦艦の残骸へ緩く衝突して動きを止めたアムロ・レイ専用モビルアーマーへ向かい、再び第四部隊の数名がその大型機の護衛をするためにその場へと向かった。

 

「あそこまで痛めつければ、あやつ連邦のニュータイプ!!」

 

 ザァウ!!

 

 クィン・マンサ、量産可能レヴェルであれば最強のニュータイプ用モビルスーツはその通常機の二倍頭頂高という巨体の重さは全く感じさせない。彼女ハマーンがその機のもろ手に構えたビームサーベルがノイエ・ローテのアームから放たれた光刃と切り結ぶ。

 

「アムロ・レイとの戦いは貴様の勝ちだろう、シャア!?」

「まだ終わらんよ!!」

「何故終わらない!?」

 

 クィン・マンサがノイエ・ローテへと肉薄した姿を視認した第三部隊、ティターンズ老兵が率いる支援隊は直ちにその老隊長の指示により砲火を中止する。

 

 バゥヴゥ……!!

 

 そして、その支援隊からの弾幕の代わりにクィン・マンサの機体各部がメガ粒子砲の輝きを宿らせ、シャア機へ向けて零距離射撃を敢行しようと試みた。

 

「ハマーンめ、忘れたか……?」

 

 グゥ……

 

 ニュータイプ専用運搬機「ベルクート」を受け取り、Gマリオンとそれのドッキングを済ませたユウは、追加武装システムを兼ねた金色の運搬機からファンネルを放出させつつも。

 

「ノイエ・ローテをそのまま破壊したならば、最良の結果で相討ちになると」

 

 この、たとえ味方と言えども本音を言えば、必ずや敵へも不可思議な原則として伝わってしまうと、策士としての経験がその身へ染み付きすぎているハマーンのその理屈は。

 

「まあいい、クソ……!!」

 

 解らないでもないが、それでもこのどこかユウの心へ淡い恋心じみた品物、それを芽生えさてくれたこのニュータイプ女性の神経質さは、住んでいる世界が違うという事が。

 

「よし、行け……」

 

 慣れぬファンネルを密かにノイエ・ローテへと飛ばす、ユウの心を二重にも胃痛を感じさせてくれるものだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「何、だ!?」

「この光が、ハマーン!!」

 

 クィン・マンサからのメガ粒子砲、そのビームが、ノイエ・ローテの躯から湧き出る赤い、粘性の煌きと共に尻つぼみになり、減衰させる。

 

「ファンネル、ファンネルよ来い!!」

「この憎しみの光が!!」

 

 至近まで迫ったクィン・マンサのビーム砲はさすがにノイエ・ローテ、最強の機動兵器ノイエ・ジールⅡといえども計算上防げるものではない。しかし。

 

「われが肉体をシャアが錆び犯させるならば、別の意思端末で!!」

「寄る辺なき者達の光が!!」

 

 フゥウ……!!

 

「ファンネルが、物質的に溶けるだと!?」

 

 あわててハマーンが敗走する第一部隊の支援から呼び戻したファンネル群、それらがビームを放つ前に、妖花から放たれる紅き燐粉がそれへと取り付き、その機構を崩れさせる。

 

「私こと、ジオン・ズム・ダイクンを、宇宙の心そのものが!!」

「おのれ!!」

 

 ノイエ・ローテへ接近をし過ぎたハマーン機、その巨体に対しても妖花の花弁から噴出される紅い光は取り付き、そのニュータイプ専用機の機体出力を乱下降させている事態に、ハマーン・カーンの額に滝のような汗が滴り落ちた。

 

「宇宙の意思が、かきたてる!!」

 

 ガゥ!!

 

 そのシャアの言葉と共に放たれたノイエ・ローテ機体中央のメガ・カノン砲、それが身動きがとれない、機体の全推進器が不全となっているクィン・マンサの両脚を吹き飛ばした。

 

「どうする、ハマーン!?」

「何がだ、シャア……」

 

 ある程度には自分の死を覚悟しているハマーン機の背後へ迫る、ノイエ・ローテの有線アーム。

 

「このまま続けるか、私に従うか」

 

 そのシャアの言葉に、ノイエ・ローテのサブパイロットであるガトーはどうにか手を打ち、ハマーンを助けたいと考えてこそ、いるが。

 

「火器管制が、シャアへと乗っ取られただと……?」

 

 リィ、リィア……

 

 そのアナベル・ガトーの呻き声は、ノイエ・ローテから放たれ続ける瘴気、バリアーのごとくに機体を包む範囲から、この宙域へと。

 

「機体システムに異常はない、しかしどこを押しても、動かしても」

「選べ、ハマーン……」

「粘土を掴んだような、ぐちゃりとした反応しかない」

 

 そして、ややに離れた場所で地球へ向けて落下を続けているアクシズにもと、その赤い触手を伸ばしているノイエ・ローテのメイン・パイロット、シャア・アズナブルの耳へ届く事はない。

 

「シャア、そんな決定権が……」

「お前にあると思うか!!」

 

 ドゥ!!

 

 そのノイエ・ローテからの紅き光を切り裂く、もう一つの憎しみの輝き。それを宿した機体Gマリオン。

 

「ユウ・カジマか!!」

 

 赤黒い瘴気、それを機体から吹き付けながら、ノイエ・ローテのもろ手である有線クローアームがハマーン機の背後から強く跳ね、シャアの機体背後から金色の運搬機を駆る蒼いモビルスーツへと向けられる。

 

「ファンネル!!」

「生意気なんだよ、ユウ・カジマ!!」

 

 ベルクートからのファンネル、ユウの裂帛の声とは裏腹にフヨフヨと頼り気なく宙を漂うそのサイコミュ兵器は、ニュータイプであるシャア・アズナブルへは全くプレッシャーを与えているようには見えない。

 

「オールドタイプがファンネルなどと!!」

「逃げろ、ハマーン・カーン!!」

 

 ガァギィ!!

 

 ノイエ・ローテのアームからのビームサーベル、二刀のそれを同じく二対のヒート格闘兵器である火焔剣達で受け止めながら、ユウは僅かに運搬機のスピードを落としつつ、反対側に位置する白きクィン・マンサへと声を投げ掛けた。

 

「すまない、ユウ・カジマ……」

「ファンネル……!!」

 

 退くハマーン機からの声にユウは答えている余裕なぞはない。ただでさえ慣れないファンネルが、ノイエ・ローテから噴き出されるタールのような粘性を感じさせる光に防がれているのだ。

 

 バゥウ……!!

 

「憎しみの凝結液、シャア……!!」

「かも、しれんな」

 

 ノイエ・ローテからのビームサーベルを弾いた対のヒートサーベル、それの内。

 

「俺達を支えてくれている、地球からの紅き光と同質の物なのか……?」

 

 キィ……!!

 

 特殊蛇腹剣「ウロボレス」の方に強いひびが入ったことに舌を打ったユウ。

 

「まずいな」

 

 その彼の心理の乱れに、危なげながらも制御していたファンネルの内、数基の反応がユウの脳内から消え去る。

 

「オールドタイプ、お前達の憎しみの光と」

 

 ズゥ……

 

 落伍を出しながらも、どうにか機体間近まで接近をしたユウのファンネルに対して、シャアは気がついてこそいるが、あえて彼はそれを迎撃しようとしない。

 

 ドゥ、ボゥウ!!

 

 第三部隊、砲撃隊からの支援砲火。そのビームの光条へ宇宙の心、紅い燐光を纏わせた火線の方が、よほどシャア・アズナブルへ重圧を感じさせたからだ。

 

「いつからか、この私ダイクンを取り巻いていた、憎しみの集束」

 

 ザァ!!

 

 憎しみのタールに満ちた海を、自らが放射したその宇宙の黒沼から強く飛沫を跳ね上げて、ノイエ・ローテの巨体が支援砲火からその身を守るために大きく飛翔する。

 

「どちらが勝つかね、ユウ・カジマ!!」

「チィ!!」

 

 その妖花ノイエ・ローテが跳ねる前に、どうにかコントロールを失わずに済んだ二、三基のファンネルがシャア専用モビルアーマー、それの機体各部の隙間へ入り込めた事にユウは少しの安堵を得られたが。

 

「勝てる戦いかよ、これは!!」

 

 それでも今のシャアからの拡散ビームカノンの攻撃を回避できたのは、完全な幸運と言わざるをえない。

 

「マリオン……!!」

 

 第三部隊の砲火に続き、ユウ指揮下の第二部隊と主力部隊である第四、それらのモビルスーツからも射撃やファンネルがノイエ・ローテへ向けて飛びかかる中。

 

「よし、見える」

 

 ノイエ・ローテへ潜り込ませたファンネル、それらからの「マリオンの目」を通したイメージがユウの頭へと流れ込んできた。

 

「妖花の中心に位置するどす黒いシコリが、シャア・アズナブルに……」

 

 マリオンの目、それから飛び込むニュータイプ的な感覚に身体がこそばゆく、軽い不快感をその身に感じながらも。

 

「ファンネルがもたないよ、プルツー!!」

「泣き言を、プル!!」

 

 二機の色ちがいであるキュベレイ・タイプからの攻撃を軽々とかわすノイエ・ローテを診断、そう医師のごとくに診を下すユウ・カジマ。

 

「困惑、動揺に満ちた撹乱した部位がハマーンの手の者、サブ・パイロットだな」

「ユウ、危ない!!」

 

 ズゥ……!!

 

やや前線へ進出を始めた第三砲火部隊、その部隊内へいるリョウ青年からの警告よりも先に、潜り込んだマリオン・ファンネルがノイエ・ローテからの射撃を伝えてくれる。

 

「ユウの奴の動きが良いか……」

「だが、俺がノイエ・ローテで気になるのが」

 

 オォウオ……!!

 

ノイエ・ローテから放たれる呪詛のタール。瘴黒のそれがどのような原理で、シャアから垂れ流され続けられるのかはわからないが。

 

「シャアの暗黒の宇宙の心に、そして……」

「雑魚に、私は用は無い!!」

 

 ドゥ……!!

 

 妖花から噴き出す非実体の粘膜に、その身を凝らせた友軍機がそのままバルカン砲で破壊されていく光景。しかし、今のユウはその仲間の死に憤激するどころではない。

 

「ノイエ・ローテの尻尾……」

 

 傍目にはプロペラント・タンクに見える二基の、妖花の下方から生えている「おしべ」から、とてつもなく強い熱量をユウは感じるのだ。

 

「位置バランス的に、元は三基あった様子に見える、だな」

「第三部隊、下がれ!!」

 

 ほぼ壊滅、指揮系統を失ったハマーンの第一部隊。その難民兵達を再びデブリ帯へ避難させていたハマーンのクィン・マンサから、慌てた様子の声が通信機を通してGマリオンのコクピット内へ響き渡る。

 

「突出し過ぎている!!」

「何を言っているんだ、ネオ・ジオンの女!!」

 

 ギャウァ!!

 

その老兵の返事を遮るかのように、ノイエ・ローテからの火線と第四主力隊が互いに放つビームと実弾兵器がシャアが放つ血の池、宇宙の心と言うにはなおも昏いその紅い泥土に覆われた宙域へと疾り飛ぶ。

 

「ここで接近して、奴に痛撃を与えないと!!」

「あの熱量を産む物が、ハマーンがややこしいシャアの半殺し戦術を提唱した理由かな……?」

「俺達の大佐さんがやられちまう!!」

「何!?」

 

 ドゥウ!!

 

 ノイエ・ローテのアームクロー、それにより弾き飛ばされた岩石が、マリオンの目に見えないそれがユウのGマリオンに向かってシャアから投げ飛ばされた。

 

「しまった!!」

「私の動きが解る風を、オールドタイプが気取るなどと!!」

 

 シャアの一足一刀、バルカンやレーザービームの予備動作すら解るが故に、ユウは大きく油断をしていたようだ。

 

「マリオン!!」

 

 願掛けのようにそう叫びながら、ユウはGマリオンの胸部ビームでその岩を砕こうとする、だが。

 

 ギィア……!!

 

「あっけない物だな、ユウ・カジマ!!」

 

 ノイエ・ローテの、残り少ないとは言え、なおも強力なファンネルがGマリオンへ向けてそのビーム刃を煌めかせつつ、ユウ機へ向かい後方から恐ろしいスピードで迫り来る。

 

「マリオン、ニムバス、シドレェ……!!」

 

 勘、または目前に突如瞬間として舞い降りた死神がそれが成したのかも知れない。祈るように愛する者の名を連呼するユウ・カジマの悲鳴。

 

 ゴァ!!

 

「邪魔をするな、オールドタイプ!!」

「俺は、まだ……」

 

 死を覚悟していたユウ・カジマの。

 

「まだ……」

 

 その彼の機体の背後では、老兵の駆るFAZZがその砲身をノイエ・ローテへ向けたままに、刺突ファンネルによって串刺しにされていた。

 

「まだ、戦える……」

「ジイサン!!」

「だって、そうだろう……?」

 

 ボゥ……

 

 静かに、ユウの目前で爆散したティターンズ老兵のFAZZ。

 

「俺の復讐は、まだ終わっていない……」

 

フォウ……

 

 その老兵の機体であったものの破片を祝福するように薄く取り巻いた蒼い光。それをさらに優しく包み込むかのような老兵の最期の言葉が、紅く宙を光らせた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「クラウン、がんばれ!!」

 

 虚無の宇宙、色も何も無い空間の中で、両手を合わせ思いつく限りのカミサマの名前を連呼する、老いさばらえた連邦の兵士。

 

「がんばるんだ!!」

 

 その老兵の姿へユウ・カジマ、彼の双眸から蒼い光が実と注がれる。

 

――お前は良くやった、クラウン――

 

 大気圏で燃え尽きようとしている、旧式のモビルスーツへと乗った老兵の甥。運命の悪戯でジオン公国へとついてしまった、老兵の親戚であり、最後の血縁。

 

――シャア少佐、助けてください!!――

「助けてやってくれ、シャアとやら!!」

 

 老兵の見つめる大気圏の横では、悠々とした顔で地球へ向けて降り立とうとしている白い軍艦「木馬」の姿。

 

「そこの連邦軍の白い奴らでもいい、お願いだ!!」

 

 そして、そのモビルスーツ運用艦のややに離れた場所では。

 

――お前の死は無駄死にではない――

――助けて下さい、少佐!!――

 

 その身を紅く染まらせながら、地球へと舞い降りる白いモビルスーツ、ガンダム・タイプ。

 

「助けてやってくれ、赤い奴、白い奴!!」

――ユーアおじさん――

「俺の、アイランド・イフィシュにいた妹の子!!」

――そしてユウ、ごめんな――

「そしてそのアイランドに、コロニーに潰されて死んだ家族達の中の、生き残りで!!」

――俺は、クラウンは誕生日プレゼントを持って帰れない――

「最後の、守るべきモノなんだぁ!!」

 

 フゥ……

 

 そのザク・タイプへと乗っていたジオン兵は、誰にも省みられることもなく。

 

――ジオンの勢力圏へ木馬を叩き落としたか、よし――

――ふう、どうにか僕は生きている、ガンダムのお陰だな――

 

 その身を、宇宙(ソラ)と空(ソラ)の間で散らした。

 

「クラウゥ……ン!!」

 

 その場にいた、後に英雄と称された二人のニュータイプ、彼らにとっては何も、記憶の片隅にすらも残る事はなく。

 

「ウゥ、ウォウ……!!」

――今まで、苦しめてごめんなさい。ユーアおじさん――

 

 ラァ、ラ……

 

 慟哭を続ける老人の魂を、蒼い光が、蒼い宇宙の心達が彼を帰るべき場所へと。

 

「何が、ニュータイプだ……」

 

 優しく、優しく導き始める。

 

「可能性だ、革新だ……!!」

 

 そのジオン兵の死を惜しんだ唯一の親族は、その両肩を落としながらも。

 

――おかえりなさい、あなた――

 

 長き時を経て、愛する者達と再開を果たし。

 

「ヒトゴロシ、め……」

 

 涙を拭き、侘しく笑みを浮かべつつ、その彼クラウンという名の男を始め、老兵の愛する者達が今現在に住んでいる「家庭」へとその身を歩ませた。

 

――おい、ソコノオマエ(YOU)――

 

 ユウの視線の先で消え行く老兵の姿。その脇に鬼が立つ。

 

――とっとと働け、役立たずが――

――ごめんなさい、すみません――

 

 あらゆる記憶が、紅い光が忌まわしき記憶と供に、ユウ・カジマの心の匣を刃物でえぐり、掻き回す。

 

――ごめんなさい――

 

 その刃物が、ユウの脇腹へと突き刺さる度に。

 

 シィ……

 

 止めどなく彼の傷口から、蒼い光が天へと疾る。

 

――ニュータイプは――

 

 ブゥグォ……

 

 一人の、厳めしい面を持つ厳天使の男が勁(つよ)い羽根の音と共に。

 

――ニュータイプは――

 

 その太い腕から垂らした天秤を揺らしつつ、ユウの宇宙の心に導かれるかのように、天から顕れた。

 

「そうだ、ニュータイプは……」

 

 そして、その天使の節くれが立つ手は。

 

――強者は、世界を支配し、滅ぼす者だ――

 

 自傷行為を続ける、襤褸切れを纏った鞭打苦行者ユウ・カジマの手から、優しく血塗られたナイフを取り上げてくれる。

 

「ゆえに、俺は記憶が無い……」

 

 クルスト・モーゼス、ニュータイプを新たな搾取者として捉えた男。

 

「記憶を、俺は棄てたんだ」

 

――そして、その記憶を捨てる原因となったニュータイプ、新たなる支配者階級を滅ぼす力を――

 

 宇宙へと満ちる、紅く白く蒼く黒く、凄まじきに輝く万色に満ちた光の奔流のなかに佇む、一つの匣(はこ)

 

――私こと、キリスト・ズム・ダイクンがお前に与えよう――

 

 開いた匣から、黒き泥が宇宙へと満ち溢れ。

 

――まつろわぬ者たちの為に作り上げた、この剣を――

 

 呪詛が充満した匣の中へ、無意識にその手を突き進ませ、掻き分けるユウの手に握られたのは。

 

――裁く力を――

 

 紅く、輝く熾天使の剣。

 

「ニュー、タイプ……」

 

 人の世が始まる前に、偉大なる天使がヤハウェに刃を向けた堕天使、新たなるタイプの者を裁く為に振るったとされる焔の剣、制裁剣。

 

「ニュータイプ……」

 

 呆けたように呟くユウ・カジマの目前には別の天使の姿。

 

――やめて、ユウ――

 

 少年少女、性という区別がない天の住人の姿。

 

――あなたは、ユウ――

 

 匣が開ききり、その最期に残った蒼い光が、小さなその光源が。

 

 ファウ……

 

 翼をその背へ生やした、幼き人のシルエットを映し出す。

 

――宇宙には、ココロが満ちているの――

 

 その蒼の運命、ラプラスの光が昏き泥を除け、宇宙を満たすと共にその幼天使。

 

――乱暴を嫌う、人の心が――

 

 少年であり、少女でもあるその小さな体躯をした天使の口から囁かれる、平和の小鳥のさえずり。

 

「ニュータイプ……!!」

 

 その天使のさえずりをユウ・カジマは、焔の剣で蒼き宇宙もろとも。

 

 ゴゥア……!!

 

 燃やし、焼き付くし。

 

「ニュータイプめ!!」

 

 天界の上とも、下とも取れない空間、宇宙へと。

 

「ニュー、タイプ共めぇ!!」

 

 人の世へと舞い下りた。

 

 

――――――

 

 

 

 

 

――イヤだ、死にたく無い――

――ならば――

 

 冷たく、彼を見つめる若者は不愉快そうに鼻を一つ鳴らしてみせた後。

 

――私の兄の名をお前にくれてやる――

――その名前は?――

――ユウ――

――ユウ(ソコノオマエ)?――

――違うな、凡人――

 

 ザァアァ……!!

 

 周囲を黄色く光る、地獄の霧に包まれた闇の中、それを必死で、命懸けで消し去ろうとしている慈雨の音が二人の若者の耳を強く叩く。

 

――ユウ(アナタ)だ――

 

 その真のニュータイプ定義を単一(ユニ)かつ、一呼声(コール)のみで象徴する可能性(ラプラス)の源初語は、焔の剣を携えるユウ・カジマの耳へ入ったかどうかは、解らない。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ニュー、タイプゥウ!!」

 

 叫ぶユウ・カジマが乗るGマリオンのグレイス・コンバーターから、白き羽の奔流が宙域を包む。

 

――EXAM・SYSTEM・STANDBY――

 

 十年前の最初期対ニュータイプ戦用システム「エグザム」の発動を知らせる機械音声が、ミノスフキー通信を通して周囲へと放出され。

 

「ニュー、タイプゥウアァ!!」

 

 Gマリオンのバイザーアイが紅き光を放ちつつ、その面が妖花ノイエ・ローテを怯ませる。

 

「何だ!?」

「ニュータイプ共はぁ!!」

 

 ガォアァ……

 

 ユウの獣の叫びと共に、Gマリオンの両肩が紅き光の燐を飛び散らしながら。

 

「この世に存在してはナラナイィイ!!」

「どこだ、ユウ・カジマ!?」

 

 ノイエ・ローテを駆るシャアの目前から、突如として姿を消しさる。

 

「何だよ、あれは……!!」

 

 座礁したニューペガサス、ノイエ・ローテからの特殊ファンネルによる被爆をまともに受けて中破したモビルアーマーのコクピットから、アムロがその顔を光の海へと向けた。

 

「深く、かなしい人生を送った人達」

「ララァ……」

「その人達だけが持つことが出来る、諦観の蒼き宇宙の心」

 

 そのララァ・スン、地球圏で小さな宗教団体の教祖を務めている女性の言葉は、アムロ達の様子と安全を確かめに来たナイジェルやケーラたちには今一つ解らない。

 

「君と同じか、ララァ?」

「ハッキリと言うのね、アムロ?」

「今の俺にとって、は」

 

 グゥウ……

 

 ニューペガサスの突貫応急修理、コウ・ウラキやキース達によって行われたそれのお陰で、どうにか動かすことが出来たフィン・ファンネルが僅かに身動ぎする。

 

「君は声だけの存在だから」

「あのエルメスのサイコミュは」

 

 何かフランクに、スペースランチの中でその両の肩を竦めてみせるララァの仕草は、彼女への五感をほぼ封鎖されたアムロ・レイには見るすべもない。

 

「エグザムやらと同じく、プロトタイプに近いものだったから」

「仕方ない、よな……」

「だけど、それがいつまでも」

 

 ザァフ!!

 

 蒼い機体Gマリオン、その機体スピードはアムロ・レイやシャア・アズナブルをしても、視認はおろかニュータイプ的な走査能力を持ってしても至難の技だ。

 

「大佐を苦しめている」

「だけどさ、ララァ……」

「大丈夫よ、アムロ」

 

 そう言い、可愛くウィンクをしてみせても、せいぜいな所ナイジェル辺りを歓ばすだけで終わるのがララァ・スン、教祖マザー・ララァにとっては哀しい所ではある。

 

「大佐は、大佐に勝つわ」

「どっちの大佐さんだよ、ララァ……」

「両方よ、決まっているじゃない……」

「どうかねえ……」

 

 ドゥウゥ……!!

 

 制裁剣エグザム、長大な長さへとミノスフキー・バーナーを放出させ、ノイエ・ローテの装甲を切り裂いているユウ・カジマ機の得物が。

 

「勝てよ、中年……」

「死ぬなよ、情けない愚痴大佐さん……」

 

 ナイジェルとケーラの視線の先で、激しく渦を巻き始めた。


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