夕暁のユウ   作:早起き三文

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第69話 可能性のハングド・マン

  

「宇宙難民の中に潜んで」

 

 マリオンの目、それがアムロとシャアの再接近を知らせる事はうれしい事か、あの世へ旅立つサインかは、ユウ・カジマにしてもよく解らない。

 

「何をしたかったんだ、アンタは?」

「頭数、スペースノイドの母数を増やすためさ」

 

 難民、野盗、そして各軍からの脱走兵、それらは全てこの「十年戦争」によって生まれたものだ。

 

「戦後に、数で地球連邦を圧倒させる」

「だとしたら、さ」

 

 少し言っていいものかと思う事ではあるが、それでもユウは傍らへと立つクィン・マンサのパイロット「ハマーン・カーン」へ向けて愚痴の一つでも言いた気分である。

 

「アクシズを含む三連の小惑星、それを落とすのを黙認しても、お前たちにはよかったのでは?」

「ゼダンはすでに動きを停止させる手筈にあるし、ピナクルはお前達が止められるだろう?」

「そういう問題じゃない……」

 

 トゥ……

 

 ユウのGマリオン、運搬機ランプライトに乗るその蒼い機体の両手がキンキラのこれまたに運搬機、追加武装システムでもある「ベルクート」の尻を、マニュピレータとコネクター接続で抱き抱えていた。

 

「シャアと止めるか止めないか、その姿勢をハッキリと表してほしかったよ、戦争前に」

「私は女であるからなあ……」

「都合の良いときだけ女を武器にしてくれる……」

 

 グゥア……

 

 軽く、クィン・マンサの巨体、通常モビルスーツよりも二回り以上は優にあるその体躯が静かに揺らぐ。

 

「巨(おお)きな、女か」

「セクハラ的な言葉、私は好かぬぞ?」

「言ってろ……」

 

 

 Gマリオンの「目」に疑似波を利用した大規模兵器接近警報器、そしてハマーンを始めとしたニュータイプ共の勘、それらがあと数分後にアムロ・レイとシャアの機体がこの宙域へ接近することを複合して示す。

 

「だがな、ユウ・カジマ」

 

 フゥア……

 

 そのクィーン、純白のドレスを纏った女王である大型機の、どこか落ち着きの無い動き、妙にフワついた挙動は。

 

「女、か……」

 

 彼女の心の状態を表しているのかもしれないと、ユウは思ってしまう。

 

「あたしの思惑、それは」

「何だよ?」

 

 そのシャア達へ対するおとり、それに買って出たハマーンという女には、一応の信頼を寄せる事が出来るとユウは考えている、のではあるが。

 

「私の思惑、それは結局の所」

「だから、何だ?」

「アクシズは地球へ落としたい」

 

 そのハマーンの言葉、それに対してすぐには即答しないのが、ユウの大人が成す対応であろう。彼を用心深くさせてくれたのだ、この十年戦争の日々は。

 

「だが、シャアはどうにかして止める」

「結局はスペースノイドと女の理屈か」

「ミネバ様もそれをお望みだよ、ユウ・カジマ」

「フゥン……」

 

 ややこしく、矛盾も含むそのハマーンの言葉、だがそれに対しては正直な所、ユウは「知ったこと」ではない。

 

「シャアを討つ算段、あるとは言っていたな?」

「約、五個程の手段がな」

「さすがは女狐」

「フフン……」

 

 別にユウは彼女を褒めたつもりはないのだが、僅かにハマーンの機嫌の良さがユウの脳髄へと感じられる。

 

「このようなニュータイプ・コニュニケーションならば、気分はいいものだがな」

 

 どちらにしろ、このハマーンという女、彼女の気持ちが解る、理解できるという自分の状態、それは別の意味でも今のユウにとっては有り難い。

 

「チンドン屋、私はやってくるよ……」

「各員、準備はよろし?」

 

 ハマーンの機体がその身をデブリ帯から進み出すと共に、ユウは指揮下の各モビルスーツ達へ号令を出す。

 

「恨み晴さでおくべきか、だよ」

「任せろ、中年」

 

 その二人、リョウ青年とナイジェルの威勢と冷静さが混じった声は良いのだが。

 

「この老兵、老いぼれユーア、相討ち覚悟でもやってみせるさ……」

「ハマーンの作戦の為に必要な対人狙撃レーザーライフル」

 

 憎しみや他の思惑の、錯綜した宇宙の心。

 

「壊さないようにしないとな……」

「あたしはミネバ様の友達、プルだから、友達の約束を果たさないと……」

 

 少し、不安定な要素を含む返答をする者達の声に、ユウは相手の機体性能に関わらず、厳しい戦いになると何気なく想像が出来てしまう。

 

「まあ、さ」

 

 フォ、フォウ……

 

 金色の運搬機ベルクートから僅かに飛び出す、ファンネル数器の準備運動をさせながら、ユウはムラサメ・コーヒーをグビりと飲み干す。

 

「俺も人の事は言えないが……」

 

 ポゥ……

 

 コーヒーの飲み過ぎによる尿パックを交換し、その充満したパックを外へ放り投げたユウへ、紅く塗装をされたキュベレイが静かに近寄る。

 

「立ちションという奴かな、ユウさん?」

「うるさい、悪趣味小娘」

 

 黒いキュベレイに乗る少女とは姉妹らしき彼女のからかいの声へ答えながらも、ユウは初めてのファンネル制御に悪戦苦闘を強いられ、その額に軽く汗をかく。

 

「ファンネル、あんたもやはりニュータイプか」

「疑似ニュータイプ波発生器による支援と、雀の涙程の俺のニュータイプ能力とやらで、コイツらを動かしている」

「何故、そこまで無理をしてファンネルを使おうとする?」

「少し、な」

 

 思い付きというものはあまり上手くいくことはないのだが、それでもユウには試したい事、戦術があった。

 

「もしかしたら、かなりのリターンが見込める方法が取れるかもしれないんだ」

「生兵法、その言葉位はしってるよな?」

「解っちゃいるがね」

 

 シィ、ジィア……

 

 脳波で機械を動かす、ユウにとってそれは全くの暗闇の中でドット単位の光をイメージするような、実に心細い戦いかたではあるが。

 

「まあ、結局の所に問題は」

 

 ムォ……

 

 わざとらしく、ユウへ見せつけるかのようにキュベレイから自分のファンネルを優雅に操ってみせるこの小娘の当てこすりに少しむっとしながらも、ユウの初体験ファンネルは不器用に残骸に満ちている宙を舞う。

 

「俺に、実戦に耐えうる明確なニュータイプ能力、忌まわしいその力があるかどうかなのだがな……」

 

 だが、先程の実験では、黙ってハマーンを少し「実験台」にさせてもらった時には、確かな手応えがユウにはあったのだ。

 

「マリオンか、エグザム・ファンネルはな」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ふん、俗人どもが」

 

 メガ・ブースターとサブ・フライト・システム「メルキャリバー」を自機「ジオ・メシア」から切り離し、その余波をもって目前のネモ・タイプのモビルスーツをその両角、ウェイブライダー形態時の先頭部分に形成されるビーム刃で切り裂きながら、シロッコは周囲の状況を確認する。

 

「機体種別的に連邦……」

 

 宇宙へ散らばる野盗たち、今の戦いの第四だか第五勢力とも言えるそれらの「寄せ集め」達のお出ましだ。

 

「いやエゥーゴの不平分子とジオン系、それらの連合か?」

 

 ギィイ……!!

 

 数条のビームライフル、そしてザク・タイプからの射撃をいとも容易くシロッコはジオ・メシア、シロッコが手を貸したティターンズ版Zガンダムであるガブスレイ・タイプの派生機体とも言える高機動モビルスーツの特性をフルに生かし、再度にその対の角からビームの光を放つ。

 

「生意気なZガンダムのコピー品が!!」

 

 ジァ……!!

 

 再度シロッコ機によるビーム砲で同時に脇の二僚機を撃破された、この野盗化したエゥーゴ部隊を率いているリーダーらしきパイロットは、軽くその身を脅えの心に震わせこそする、が。

 

「しかし、今度は僕が撃つ番だよ!!」

 

 ギィア!!

 

 その身体を竦ませながらも、その歳若いパイロットは果敢に自らのZ、そうZガンダムの後継と思しき機体を可変させ、シロッコへと迫り、ビーム砲の乱打を放つ。

 

「速いな、Zの不肖の息子のくせに!!」

「所詮はファーストZなんぞは、時代遅れのモビルスーツだよ、ティターンズ!!」

「同意しても良いが、したくもないな、エゥーゴのならず者!!」

 

 シロッコなりにZガンダムの長所を取り入れて作製したジオ・メシア、それを貶されて嫌な気分こそしたが、それ以前に。

 

「追い付いたァ、救世主を名乗るらしきZガンダム!!」

「貴様、年頃の身分小僧か!?」

「悪いかよ、ティターンズ!!」

 

 ザァン!!

 

 エゥーゴ機の手に握られたビームサーベル、長大な特殊製のサーベルを恐るべき勢いでモビルスーツ形態へ戻りながら降り下ろすそのエゥーゴの機体。

 

「あのアムロ・レイが十五、六の歳で初陣を成したのなら!!」

 

 ジィ、ジィア……

 

 急速に自機を反転させ、人型へとなりながら二刀のサーベルをもろ手に構えて、どうにかシロッコはその高出力サーベルを防ごうとする。

 

「この僕がそれ以下の歳で聖戦にその身を投げても、おかしくはあるまい!!」

「クゥ……!!」

 

 グゥウ……

 

「小僧が、生意気な……!!」

 

 だが、この相手の機体性能は確かにこのジオ・メシアの能力、少なくとも出力は完全に上回っている様子とシロッコは見た。

 

「単なる連邦の走狗に過ぎなかったブレックス・フォーラ!!」

 

 ゴゥン!!

 

 シロッコ機の交差サーベルにハイパー・ビーム・サーベルを下方へ受け流され、僅かに体勢が崩ながらも、そのZの後継機は驚異的な機動でジオ・メシアの背後へ回り込む。

 

「そして、名があるパイロットらしい貴様とそのZモドキ!!」

 

 ザァ、ザフォ!!

 

 素早くそのエゥーゴのZタイプから身を離したシロッコの機体へ、他の野盗機たちからのバズーカが追いすがる。

 

「多勢に無勢、しかしに!!」

 

 バズーカの弾速は容易に回避出来るほどの速度、しかしシロッコ機を追撃する機体が放つ紅い光条、新型のビーム放射システムを搭載したと思しきZガンダムからのライフル連打は無視出来ない。

 

「そして、このZⅢ(ズィー・トライ)の手土産に加えてな!!」

 

 シロッコのビームランチャーが他の機体を撃ち抜く姿にも、その少年兵の威勢は全く衰える気配はない。他のエゥーゴ兵へ気を取られているシロッコの背後へ自機のスラスターを噴かし、毒蛇のように不規則なマニューバを駆使して、流星のごとくに這い寄る。

 

「ゼダンに居座る、ジャミトフさえも捕らえれば!!」

「そうそうにはさせるものかよ!!」

「このアンジェロが、やれる!!」

「賢しいだけの小僧が、盛るなよ!!」

 

 フォフ!!

 

 背へ取りついたと一瞬の油断をしていたエゥーゴ隊長機、その彼へ突如ジオ・メシアの腰の後部からサーベルが振り払われた。

 

「小細工を!!」

 

 その、一瞬の彼の狼狽。それがこのパプテマス・シロッコという男へ、この小競り合いの勝利の方程式を組み立ててしまわせたのかもしれない。

 

 ジァ!!

 

「どこに貴様の負けが仕組まれていると思う!?」

「たかが、僕の両手をつかんだだけで!!」

 

 急旋回をし、シロッコは自らのジオ・メシアの両手でそのZガンダムのタイプ・スリー、ズィー・トライの両手首を強く掴み、一気に押さえ込んだ。

 

「離せ、汚らわしい!!」

 

 ボゥ!!

 

 ジオ・メシアのその顔の十三対のスリット、センサー・アイの内の一基がその擬装ビームでZⅢの頭部を焼き。

 

「何だと、隠しビーム砲!?」

 

 続き、シロッコ機の股間部機関砲が、その新型Zガンダムの同位置、腰部の辺りへ弾丸を叩きつける。

 

「これが大人の、歴戦の戦いというものだ!!」

「やめろ!!」

「止めろと言われて、止める奴がいるものかよ!!」

 

 バッ、ザゥ!!

 

 高機動機、それらの類いは構造的に間接部へ強度面の不安がある事を知っているシロッコ。彼の機体の隠し下部機関砲は、その弾丸を全てズィー・トライの下腹部、そして脚部の腰への付け根へと白い閃光を放ちながら撃ちきった。

 

「やめてくれェ!!」

 

 グゥン!!

 

「これ以上、僕アンジェロに何を!?」

 

 そのままシロッコは、何かに動揺に襲われている気配が感じられるパイロットが乗るズィー・トライの機体本体を、支援を始めた彼の仲間モビルスーツからの火線へと対して盾代わり、防壁とする。

 

「アンジェロ!?」

 

 シロッコが行った狡猾な戦術、それにアンジェロというらしき名前をした少年の仲間と思われる女パイロットの声。しかし、無論に彼女の悲鳴で放たれた支援射撃の勢いが止まるはずがない。

 

「離せ、やめろ、ヤメテ!!」

「所詮は小僧か……」

 

 別にシロッコにとっては「人間防壁」とさせたこのアンジェロという男がどうなろうと知ったことでない。そのまま彼が破壊をされて、続いてエゥーゴ・ジオンの野盗達を次時破壊すればオーケーで、ある。

 

「だが、私も」

 

 バゥ……!!

 

 何か、瞬時に頭へとよぎった漆黒の、昏い光に導かれるかのように、直感的にアンジェロと名乗る少年の機体を蹴り飛ばし、放たれたマシンガン、バギ・ドーガからのそれを自らの「盾」を使って防ぐシロッコ。

 

「甘くなったものだよな……」

 

 パゥ、グ……

 

 旧型からの流用であったそのマシンガンはジオ・メシアのビーム・シールド、試作段階だとはいえ、最先端技術で作られたその光の盾を撃ち破る事は出来ない。実弾が消滅していく音をコクピット内で聞きながら、シロッコはその手に持つビームランチャーを。

 

「見逃してやるよ、小僧達」

「貴様ァ、名前は!?」

「パプテマス……」

 

 ビーム砲の銃口をズィー・トライへ突き付けながら、冷たくその少年へ自身の名を告げようとするシロッコの。

 

――強者は――

 

「何だ……?」

 

 その視界に。

 

――世界を滅ぼす者だ――

 

 漆黒の、どこまでも深いアビス(奈落)のような黒い闇の底が訪れた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 死神の吐息、あえて例えればタールのような匂いがその紅黒い天と漆黒の泥土に挟まれる。

 

「地獄……」

「そう地獄だよ、ティターンズ」

 

 その一片の光もなき、常闇の宇宙に満ちた。

 

「この世は、力なき者、僕達のような者とってはな」

 

――ニュータイプは――

 

 少年、アンジェロの声と共に、共鳴をするかのような死神の声。

 

「クルスト・ズム・ダイクン……」

 

 しかし、シロッコという男は、木星帰りの男はこの暗黒の中でも、いずこからかの呪詛の声を聞いても、顔色一つをも変えない。

 

「僕たちの、そう可能性を奪う敵」

 

――敵、すなわちそれは強者なり――

 

 少年の声に、クルストは唱和する。

 

「乱暴なる者達だ、乱暴をする……」

 

――ゆえに、ニュータイプは――

 

 ゴゥ……!!

 

 アビスの闇が、急速にその生暖かい、タールの薫りを持つ空気を撹拌し始めた。

 

――世界を滅ぼすモノだ――

 

「何が、人類の可能性だよ……!!」

 

カッ、ハァ……!!

 

 少年の哄笑にも、シロッコという男は眉を一つ動かしたのみ。

 

「下らんな、つまらん俗世の話だ」

「可能性についてこれない者もいるんだよ……」

「解りきった世の摂理だよ、少年」

 

 その、シロッコの声に、アンジェロ少年は。

 

「貴様を、殺す……!!」

 

 憎悪の、たった今この戦争でシャア・アズナブル、ニュータイプの代名詞とも言える一人の男が、その身を焦がし尽くしている宇宙の心を、その両の目へと宿して。

 

「同じ人間なのに、経ち場が違うお前を……」

「やってみせるんだな、少年」

「必ず、殺してやる!!」

「そう、か……」

 

――止めて、ニムバス――

 

 少女の、誘い花のような甘い台詞が、このアビスの憎しみのさざ波と少年の視線にその身を、強く耐えさせているシロッコの耳を軽く打った。

 

「だとしたら、強くなれよ、アンジェロとやら……」

 

 呪詛、憎しみの心、まつろわぬ者達の宇宙の心、それらの集合体。しかし、シロッコは耐える、耐えられる。

 

「アンジェロ!!」

 

 空、血の色をした天から伸ばされる細い女の腕。

 

 ヌゥ……

 

 暗黒の宇宙の淀みを切り裂き、このアンジェロ少年の仲間が彼の、そのか細い身体を引きずり出そうと手を闇の中へと伸ばした。

 

「どのみち、ジャミトフ、ブレックスを売ってネオ・ジオンへと経ち場を築こうとした、あたし達レッド・ジオニズムの作戦は失敗だ!!」

「覚えていろ、ニュータイプ!!」

 

 心、そのちっぽけな感情を、この澱む闇達に耐えられるパプテマス・シロッコは。

 

「私の名は、パプテマス・シロッコとでも言っておこうか、少年」

 

 良くも悪くも、強者なのだろう。

 

「忘れんぞ、俺の心を覗き込んだ事は!!」

 

――止め……て!!――

 

 その悲鳴を上げる少年。彼の言葉の語尾は、毅然とこの闇の中でその脚を立たせる事が出来ている、彼シロッコの耳を再び強く打ち据える。

 

「私は何も聴いていないし、見てもいないよ、小僧」

「忘れんぞ、パプテマス・シロッコ……!!」

「私には品性がある、故にお前の心をすぐに忘れてやる」

「忘れんぞ……」

 

 フゥ……

 

 その最後の叫びを放ったきり、少年の気配はこの地獄の闇から消え去った。

 

「やれやれ、実に俗物共は……」

 

 感情を感じない、理解出来ない、あるいは下等な物と蔑む事と。

 

「私が、どうも」

 

 感情に動かされない、セルフ・コントロールが出来るのとは、本質的に完全に違う、むしろ逆のものだ。

 

「宇宙に満ちた心、それに無関心だと思っているようだな」

 

 とはいえ、それこそこの男、木星の管理社会で育ったパプテマス・シロッコが持つ傲慢さは、他者へ誤解を与えるのに充分な要素ではある。

 

「まあ、以前にドゥガチに言われた忠告」

 

 半年前に地球圏へ到着した、ジュピトリスの艦長代理の忠告である「少しは愛想笑いの一つでも使えるようになれ」という言葉。

 

「胸には秘めているさ、使うべき必要な場面、時が未だに無いだけで」

 

 とはいえ、そのドゥガチという男の話を聞いた者は、彼シロッコがそれを守っているとは思わないだろう。

 

「いちいちにうるさい男だよ、あやつは」

 

 その忠告自体を、そして今の呪詛に満ちた少年の言葉に「それがどうした」という態度をとっている限り。

 

「私のような天才に、少し歳が上だからと忠告とはな、不作法な奴め」

 

 ニュータイプとしてのコニュニケーション能力をあまりにも理論的に捉え過ぎている、父性の星の流儀をこの母性の星「地球」のそれよりも上質な物と、思い込み過ぎている限りには。

 

「さて、では私も……」

 

 ズァウ……

 

 シロッコの脚が、漆黒の泥へくるぶしの辺りまで深く沈みながらも、力強く前へと進む。

 

「俗世へ戻るとするか」

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「ブレックス・フォーラのようだな」

「そういう君は……」

 

 野盗達を蹴散らしたシロッコの目前には、一隻の連絡船。

 

「確か、パプテマス・シロッコ」

「私の声を知っていたか」

「ダカールの議会の時、会っていただろう?」

「そうだったな……」

 

 何か、随分と昔の話のような気がシロッコにはしたが、実際にはほんの五年も経っていない事のはずだ。

 

「無防備だと思わんか、このご時世にな?」

「身内に射たれる羽目になるとはな……」

「まさか、この期に及んで第二のカミーユ、そうカミーユ・ビダンでも作ろうとでもしたのか?」

「……」

 

 先程の部隊を率いていた少年の実力、それは明らかに高い潜在能力を持つ少年のそれであり、ニュータイプ的な素質もあるとシロッコには感じられる。

 

「不幸な身の上の少年でな……」

「もういい」

 

 ピシャリとそう言い放った、このパプテマス・シロッコに対してブレックスはいまだに何かを言いかけたが。

 

「今はそれよりも」

「ジャミトフの事ではないかな、パプテマス・シロッコ?」

「フ、ム……?」

 

 このエゥーゴの代表が乗る連絡船の周囲には少数のモビルスーツ、それらの残骸を見つめながらシロッコは暫しの間、その両目を軽く細める。

 

「まさか、な」

「何だ、パプテマス?」

「ジャミトフ・ハイマンの殺害か救出」

 

 コゥ……

 

 その彼の言葉に、微かに連絡船の中がざわついたような物音がこのシロッコの耳へと入った。

 

「いや、おそらくは自発的な居座りの奴を……」

「救出、いや説得だよ」

 

 深いため息と共に、どこか沈鬱な口調でそうジオ・メシア機内へ向けて答えてみせるブレックスの声に、シロッコはその薄い唇の端を僅かに上げる。

 

「今さら殺してどうするよ、パプテマス」

「最後まで俺に話させろよ、全く……」

 

 コクピット内で愚痴るシロッコを何げなく無視し、その口をシャラと疾らせ続けるブレックス・フォーラ。

 

「先発隊がすでにゼダン、旧ゼダンの門の上部小惑星にたどり着いているはずだ」

「私はその話は聴いていないな?」

「命令系統がなあ……」

 

 と、言うよりもこのアクシズ落としの状況下、それではジャミトフ・ハイマンの勝手な振る舞いなぞは後回しにされてしかるべきものなのだろう。

 

「ゼダンにネオ・ジオンの警備部隊はいたか?」

「いたが、すぐに降伏をしたらしいな」

「戦意が無いか、あるいは……」

「内のブルーの報告によれば、だ……」

 

 ムゥ……

 

「だから、人の話を遮るなと」

「ゼダンの核パルス・エンジン、それの制御方法すら、アッサリと喋ったようだ」

「フゥン……」

 

 生返事を返しながらも、シロッコは頭の中でその話の辻褄を合わせ、その推測をブレックスへ話そうと口を開き。

 

「おそらく、私が思うにはだが……」

「まず、ハマーンかそこらの辺りから言い含められていたのだろうな、だがしかしにだが……」

「ムゥ……」

 

 別に木星、ないし木星船団にもこのような人物はいるにはいた為、それほどシロッコにとっては目くじらを立てるほどではない。のだが。

 

「遮るのも、早口なのも気にいら……」

「ゼダンが核パルス・エンジンを停止させても、何か地球の重力へ引かれるような素振りをあの小惑星が見せているのは不可思議であると思い……」

「ええと、確かブルーというのはジャミトフの娘であっ……」

「彼女ならばジャミトフの阿呆も説得が出来ると思い、私はブルー、ハイリーン・ハイマンへ命令を出してな、それの連絡を」

「それにしても、迂闊で無かったかと思わ……」

 

 ペラ、ベィラ……

 

「だが、まさかに私達の護衛隊の中にまであのような内通、じゃなく卑怯者がいるとは確かに油断だった、しかも最新のズィー・トライを預けていたアムロ・レイの第三のビールじゃなくて、再来と見込んでいた彼が……」

「ジャミトフの説得、私も行って良いかな、ブ……」

「助かるが、後で私達も助けてくれい」

「ノー!!」

 

 ザワァ……

 

 そのシロッコの心無い返事に、連絡船の内部がまたざわつき始めた。

 

「何と、器量が小さいニュータイプ!?」

「あ、いや違うジャミトフ」

「ジャミトフ!?」

「違う、ブレックスだコンブレックスだよ、お前は」

 

 頭へ来る謎のプレッシャーに気を取られていたシロッコは、何故か自分の口から反射的に出てしまった否定の言葉、それを慌てて妙な二重の否定をする。

 

「コンプレックス、私がジャミトフのスケベ野郎にだと!?」

「お前の名は、ブレッ、クス!!」

 

 ハァ、ハ……

 

「早く俗世から離れたい、私は……」

 

 軽く、コクピット内で深呼吸をし、無駄な酸素の消費をしてしまったシロッコは僅かにヘルメット越しに額へ手を置きながら、深くため息をついた。

 

「分かった安心しろ」

「すまんな、ツケはジャミトフに」

「悪いようにはせん」

「頼むよ、木星帰りのニュータイプ」

「どいつもこいつも、地球に巣食う連中は……」

 

 先程の小僧達といい、シロッコにとっては全くもって無駄な時間であると言える、この宙域でのやり取りは。

 

「ジャミトフは私とは知らん仲ではないからな」

「だったら、最初から……」

「しかし、時代の流れが我々昔の学友を、戦争へ連れ出すという因果が地球取り巻き、そしてわーれらエゥーゴもその理念をティターンズと共に失い、もはやむしろもはや自壊させた方が良いかと……」

 

 ガッ!!

 

「所詮はパプテマス、ティターンズの手下!!」

「まあまあ……」

 

 ジオ・メシアの拳が連絡船の外翼へ殴り掛かった事にエゥーゴの面々が非難の声を上げる中。ブレックスが部下達をなだめている様子。

 

「大目に見ようじゃないか、みんな」

「……」

 

 もはや何も答える気がしなくなったパプテマス・シロッコは。

 

 フォウ……!!

 

 痛む頭を抑えながら、グレイス・コンバンーター、ユウ・カジマの機体へ双発型として搭載されているそれの初期型、試作タイプ改修型へと火を入れ。

 

「ジャミトフを頼んだよ、シロッコ君」

「貴様に馴れ馴れしく君づけされる筋合いは無い!!」

 

 光の軌跡を残しながら、とっととこの、シロッコのサイドから見れば不愉快な人物から物理的に大きく距離を置いた。


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