夕暁のユウ   作:早起き三文

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第67話 ダイナ・ソア・バトル(後編)

   

「ここで止めといくのも、良い戦いの幕閉じとなろう!!」

 

 小型ステルス・ファンネルの突撃により、ビームバリアー発生器が破損したニューペガサスから一旦離脱をしたノイエ・ローテ。機体各部のスラスターから火を噴かせながらその深紅の機体を翻し、妖花モビルアーマーの管制機内へその身体をうずもらせるシャア・アズナブルが僅かにその鉄仮面の奥で呼気を整える。

 

「ゲット・アウェイ、アムロ!!」

 

 そのシャアの裂帛の声、それと同時にノイエ・ローテ下部、推進器兼武装庫であるその妖花ノイエの「茎」の部分より大型のファンネルが次々と排出され、深紅のモビルアーマーの元へと集す。

 

 ラァア……

 

 その黄色のファンネル。それらが各々持つセンサーアイからの光が、ニューペガサスへと投げ放たれた。

 

「威圧的なファンネル、とどめの刃のつもりか、シャア……」

 

 交戦相手、シャアの乗るノイエ・ローテと相対的に比べて、このアムロが乗るニューペガサス、それは決して優れた機体でない。モビルアーマーとしての長所と短所を素直に表してしまっている設計なのだ、乱暴な言い方をすると突進をするイノシシと言える。

 

「グルグルと私の廻りを走り回るのも、ここで終わりだな!!」

 

「ちぃ、シャアめ!!」

 

 戦闘機を極大化、肥大化したとも言えるニューペガサスが常に推進、前進をし続ける構造は、いかに火力が凄まじいとは言え完全に時代遅れだ。フレキシブル、モビルスーツと同等の動きが出来るノイエ・ローテのようなモビルスーツ・アーマーと比べるとまさに旧世代の大艦巨砲の末裔でしかない。

 

 バッバァ……!!

 

 ノイエ・ローテの特殊大型ファンネルがニューペガサスの脇をすり抜ける際に、アムロ機によって放たれた後部機関砲の弾幕をフワリとそのサイコミュ兵器群はかわし、四方へとシャア機ノイエ・ローテを中心として展開を始めた。

 

 ボウゥ……

 

「人、影!?」

 

 そのファンネル、黄色の塗装が施された誘導兵器がニューペガサスの前面をよぎった際に、何か衣服、布のような物がアムロの視線へとちらつき、舞う。

 

「あの黄色のファンネル、人が乗っているぞ!!」

 

「ハア!?」

 

「いたんだよ!!」

 

「見えませんよ、我々には!!」

 

 サブ・パイロット達の肉眼、それとレーダーには単なる大型ファンネルとしか映らない。疑似ニュータイプ波発生器が制御しているサイコミュ測定機器には強い反応があるが、それもノイエ・ローテの切り札であれば当然の事であると、サポートの搭乗員が思うのは当然だと言えた。

 

 ジャ…、ア!!

 

「包丁!?」

 

 ファンネル、黄色い衣服をその身へと纏う人影からいく筋ものナイフ、刃物がアムロを目掛けて、その彼の視線を逆行するかのように投げ付けられる。

 

 バアゥ!!

 

 サブ・パイロット達の目前で、黄色の大型ファンネルから放たれたメガ・ビームがバリアーによって拡散される。

 

「ビームの束、左だキース!!」

 

「任せて!!」

 

 その彼らの片割れ、パイロットスーツから覗かれる顔へ薄いゴーグルを掛けている男が機体左方から迫るビーム群へ向けて撹乱幕爆雷、防御兵器を射ち放ち、迎撃を行った。

 

 バァウ……

 

 ビーム撹乱幕により勢いが減衰した光条は出力が低下したはずのニューペガサスのバリアーをも打ち破れない。その防御成功の光景を横目で見やったサブ要員たちは安堵の声を放ちながらも、自機ニューペガサスの軌道が乱れ始めた事に互いに顔を見合わせ、目配せをする。

 

 グゥ……

 

「何をやっているんですか、アムロ!!」

 

 いくら疲労をしているからといっても、いきなりニューペガサスの機体機動が低下し始めた事に対し、黒髪のサブ・パイロットがその巨体のコントロール権を握っているアムロ・レイヘ向けて通信機越しに怒鳴り声を上げる。

 

「動き回らないで、何の為の天馬ですか!?」

 

「ラ・ラァだ!!」

 

「ハイァ!?」

 

「ララァ・ファンネル・ビットだ!!」

 

 ギュオ……!!

 

 黄色のファンネル、いや黄色の貫頭衣のような衣服を身に纏った少女、アーリア系人種特有の肌色をしている少女ララァが刃物、その両手へ包丁を持ちながらアムロの乗る管制ユニットへ刺突を試みていた。

 

「撃ち落として、アムロ!!」

 

「だめだ、指が動かない!!」

 

「情けないニュータイプですか、あんたは!!」

 

 自機へ向かってビーム刃を振りかざしながら迫り来る大型ファンネルへ全く無抵抗なニュータイプパイロット「アムロ・レイ」へ苛立ちつつも、サブ・パイロットの二人は独断でそのサイコミュ兵器へと迎撃を仕掛ける。

 

 ドゥウ!!

 

 低出力、エネルギー充填が出来ていないニューペガサスの大主砲からの拡散ビームが特殊ファンネルを包むバリアーを砕き、破砕させながらその無線兵器を粉砕した。

 

 キャアゥ……

 

「ラ、ラァ!?」

 

 その身をズタズタに引き裂かれた女の悲鳴に、どうやら本当にアムロはパニックを起こしたらしい。機体を動かす事を放棄し、火器管制員たちから兵装使用のコントロール権を奪おうとコンソールへその指を叩きつける。

 

「アムロさんが頓珍漢な事を!!」

 

 火器管制システムを自らの手元へ置こうと、アムロがニューペガサスの単座時用コントロール・プログラムを動かし始めた事に、眼鏡を描けたサブパイロットの慌てた声が隣の席へ座る男の耳を打つ。

 

「無視だ、コントロール権を渡すな!!」

 

「りょ、了解!!」

 

「むしろ、こっちに機体自体のコントロール権を奪え!!」

 

 ニューペガサスのサブ・パイロットにはメインのパイロットが負傷し、機体の制御が出来なくなった時の交替要員という任務もある。混乱をきたしたアムロからの火器管制の奪取行為を阻止し続ける眼鏡の男の傍らで、彼へと指示を出した補助パイロットは予備の爆導索、特殊兵装をその大型ファンネルヘ向けて撃ち放った。

 

 ジュアァ……!!

 

「導索、凄く上手くファンネルへ絡まってくれた!!」

 

 そのノイエ・ローテが放った謎の黄色いファンネルの動き、それはその図体の大きさと相まり、通常型ファンネルのそれとは大きく機動性に難があるらしい。その防護策としてのビームバリアーが備わってはいるらしいのだが。

 

 ボゥアァ……!!

 

「ララァ!!」

 

 無論に非ビーム兵器、単純な爆薬兵器であるその爆導索、紐爆弾にはそのバリアーの効果はない。導索チェーンへと内蔵された小爆弾がその特殊ファンネル二基を吹き飛ばす。

 

――酷いわァ、アムロ!!――

 

「俺が、僕がやったんじゃない!!」

 

 二つの女の生首がニューペガサスの管制ユニット、アムロのGペガサスの前をクルクルと廻り、彼を責め立てる。

 

「アムロさんに発狂なんぞをさせるなよ、キース!!」

 

「わかっているよ!!」

 

 アムロ・レイがその大型特殊ファンネルをどのように観ているのか、見えているのかは解らない。が、それでもニューペガサスの二人のサブ・パイロットにはこれまでの経緯からおおよその見当がついた。

 

「シャアの悪意が作り上げた、対アムロ用の精神兵器だ!!」

 

「そうとも!!」

 

 ゴゥ……!!

 

 今までに静観、アムロの観察をしていたらしいノイエ・ローテ、その妖花からシャア・アズナブルの嗤い声と共にビーム砲が連邦製の恐竜的モビルアーマーにとランダムに疾り飛ぶ。

 

「ララァが死んだ時の苦しみ、いま万分に味わえ、アムロ!!」

 

「シャア、奴にいいように使われている幾人ものララァか!!」

 

 ビィ、フォ……!!

 

 ニューペガサスの体躯を包むビームバリアーがノイエ・ローテからの火線により震え、様々な色をした閃光がアムロの目前へ浮かび上がらせる。そのお陰とも言うべきか、連邦軍が祭り上げているニュータイプであるその彼、アムロ・レイの瞳に僅かな正気の色が戻ったようだ。

 

「行くが良い、私が支配するララァ達よ!!」

 

 ドゥウ……!!

 

 そのシャアの掛け声と共に、特殊ファンネルが唸りをあげて妖花ノイエ・ローテを取り囲み、きらびやかな黄金色、かつてエゥーゴへと所属をしていたときのシャアの愛機「百式」の塗装を思わせる光を放ち始める。

 

「お前の人生を、魂を狂わせたアムロ・レイを八つ裂きにするのだ!!」

 

――了解、シャア――

 

 ニューペガサスの管制機体「Gペガサス」のコクピット、その中へ微かに震えながら佇むアムロへ向けて、ララァ・スンが一斉にその手へ包丁を持ち、両の手で構えだした。

 

「ララァは刺身を、沢山に包丁で僕を刺身にして食べる、まな板は渡さない!?」

 

「とっととアムロからコントロールを奪えって言ってるだろう、キース!!」

 

 完全に制御を失って、ただ明後日の方向へ直進を続けるニューペガサス。その気の狂った天馬の姿を嘲笑うように追尾をしてくるノイエ・ローテの姿もまた、サブ・パイロット達の神経を苛立たせる。

 

「狂ったなら狂ったなりに、アムロはアームレイカーから手を抜いてくれればいいのによぉ!!」

 

「前に拡がるデブリ帯、見えてんだろう!?」

 

 太陽の光を背に、気狂いの天馬が向かう先には確かに大暗礁地帯、広大なデブリ帯が見て窺える事に補助パイロット達は強く歯噛みをし、必死で今の苦境を脱しようとその頭を働かす。

 

「ニューペガサスを昔のデンドロビウムのように、粉々に破砕させてどうする!?」

 

「俺に見えても、アムロさんに見えなければしゃあないんだ!!」

 

 ドゥ!!

 

「また、お前はララァを殺した!!」

 

 迫り来るララァの姿に恐慌をきたしたアムロ・レイ、彼の管制ユニットから投げ飛ばされたビーム・サーベルが黄金に輝く服を纏った女、ララァを串刺しにした光景を睨み付けながら、シャアは怒りにその声を震わせた。

 

「この特殊ファンネル、通常の十倍以上のコストが掛かっている!!」

 

「ララァの宇宙へ散り散りに広がる臓物、綺麗だ、許せない事だ!!」

 

「すなわち、お前は一基ファンネルにつきに十倍のララァを殺したんだ!!」

 

 どうやら、シャア・アズナブルが作り上げた対アムロ・レイ用の兵器、それはネオ・ジオン軍内で鉄仮面野郎と陰で呼ばれている彼が想像していた以上の効果、プレッシャーをアムロへ与えているように見える。

 

「ラ、ラ、ララァ……!!」

 

 その一年戦争以来のライバル、今となっては好敵手を通り越して憎悪の対象と化している男である連邦のニュータイプは確実に精神への破損状態が、疲弊が強く窺えた。

 

「なんて酷い奴なんだ、なんて酷い奴なんだよ、アムロ・レイ!!」

 

「俺は、あと何人のララァを殺せば良い!?」

 

「私が答えて良い質問かな、アムロ!?」

 

 ゴウゥ……!!

 

「ララァ、包丁なんて捨てるんだ!!」

 

 管制モビルスーツの目前まで迫ったララァを、そのGペガサスの両手で押さえつけながらアムロは「ララァ」へと説得をかける。包丁、ビームの刃がそのアムロの機体表面を削り続け、辺りへ青い火花が飛ぶ。

 

――ずっと一緒よ、アムロ――

 

「ウォオ……!!」

 

――アムロ、痛いわ――

 

 ブゥウ……

 

 Gペガサスの手のひらに仕込まれた内蔵ビーム砲、最至近距離から放たれたそのビームがララァ・スンの肉と骨を溶かし続けた。

 

――骨まで愛してくれるのね、アムロ――

 

「ムゥア……!!」

 

 頭蓋骨のみとなったララァ・スンが、その歯をかち合わせて、愛の言葉を自分へと囁き始めた事態、その恐ろしさにアムロは奇声を発しながらニューペガサスのコントロール・システムへ向けて、滅茶苦茶にその手を這わしながら、混乱にひきつった表情をその面へ張り付かせている。

 

「アムロさん、前方が!!」

 

 巨大なデブリ帯、大きく加速を始めたニューペガサスはその危険地帯へと巨体を突き進ませながらも、止まる気配が無い。

 

「ショックに備えろ、キース!!」

 

「どうしてこんな、モーラァ!!」

 

「グダグタと嫁さんの名を言うと、死を招くぞ!!」

 

 ゴゥ、ドゥ……!!

 

 デブリ帯へその天馬の巨体が突入をし、様々な廃棄物が機体へと打ち当たる衝撃がコクピット内のアムロ・レイ、そして二人のサブ要員を激しく揺さぶり、その彼らの生身へ向けてシート・ベルトの圧迫、そして生命維持機能が過剰動作を起こしランダムな苦痛を機体内部の男達に走らせる。

 

 ガァ……!!

 

「ウ、ワァ……!!」

 

 機体維持に必死なサブ・パイロット達のコクピットルームへ何者かの声、悲鳴が響きわたった。

 

「デブリ帯、人がいたのか!?」

 

「いまは無視だ、キース!!」

 

「解っている!!」

 

 ガッ、カッガ……!!

 

 後部の大ビーム砲でノイエ・ローテの特殊ファンネルを打ち砕いたニューペガサスは、そのままデブリ帯を強引に突き進み、どうにか体勢を立て直そうと必死で出来る範囲、使用権限があるコントロール機器を駆使しながら、シャアの機体からの追撃を振りほどこうとその手を休めない。

 

「ハァーア、ハァ……!!」

 

 猛スピードで宙を、デブリ帯を切り進む純白の天馬、それのさらに先を行く黄色のファンネルからの幻影がアムロの視線の先で薄れ始めた。

 

「お前、アムロのサイコウェーブが平坦になりつつある、遊びは終わったか!!」

 

「よくもぉ、シャア!!」

 

 グゥン!!

 

 ニューペガサスが急激な反転を行い、彼アムロ・レイの機体を暗礁宙域へと散らばる「ガラクタ」を弾き飛ばしつつ追尾し続けたノイエ・ローテ。そのモビルアーマーへ向けて、その天馬の背へと残っているコンテナが立て続けに特殊ミサイルを射出する。

 

「悲鳴、ララァと同じく幻覚だろ!!」

 

 ノイエ・ローテへと飛び掛かったミサイル・コンテナの衝突により破壊された廃棄モビルスーツ、そこからの苦悶の声、幻聴を無視し、アムロはそのサイコミュ兵器の制御に神経を研ぎ澄ました。

 

 バ、バァ……!!

 

「こうもデブリが多いと!!」

 

 宙へ射ち放たれたミサイルポッドが炸裂し、多数のマイクロ・ファンネル・ミサイルがノイエ・ローテ、自機へ向けて宇宙ゴミを薙ぎ払いながら迫り来る姿を目にしたシャアは、その鉄仮面の中で苛立ちとも感心とも取れない表情を浮かべる。

 

「私のハリネズミの防衛装置も全幅の信頼を置けんな!!」

 

「どうでしょうかね……?」

 

「フフウ!!」

 

 どこか他人事のような、ノイエ・ローテのサブ・パイロットの言葉にもシャアは鼻で笑うのみだ。

 

「君の望んだ通りの状態であろう!?」

 

「確かに、私はあなたのやり口にヘドが出ておりますが、ね!!」

 

アムロ・レイが放ったファンネル・ミサイル、それは障害物やシャアの「ハリネズミ」を巧みに回避しながら、ノイエ・ローテへと不規則な軌道で迫り来る。

 

「それでも!!」

 

 ジュィア……!!

 

 紅いモビルアーマーからメガ・カノン砲を辺りへ斉射し、ファンネル・ミサイルや廃棄モビルスーツと思しきバギ・ドーガを吹き飛ばしながらも、シャアは常に自分へ不満や怒りをその心へ秘めている補助員へ向け、嘲笑うような声をかけ続けた。

 

「ここで私に!!」

 

 ボゥア!!

 

 ニューペガサスからのフィン・ファンネルによるビームがノイエ・ローテの頭スレスレを通り過ぎ、付近の旧式のモビルアーマーを打ち砕く。

 

「ノイエ・ローテの内部から放り出されたくなければ、せいぜい上手く働いてくれよな!!」

 

「もう、まもなくの辛抱ですからね!!」

 

「アムロの死の事か、それとも私の敗北か!?」

 

「あなたに話す舌は持ちませんな!!」

 

「言ってくれる!!」

 

 ガォウ!!

 

 ニューペガサスからの大口径ビーム砲、そこからの拡散モードへと変えられたビーム散弾をシャアの駆るノイエ・ローテは先のファンネルと同じく再度身軽にその巨体を翻してビーム群を横へと流し、優位なポジションを取ろうとその自分のモビルアーマーを一旦デブリ帯から退避させる。

 

「逃がすか、シャア!!」

 

 すかさずに、正気を取り戻したと思われるアムロが、ニューペガサスの後部ハイ・ブースターを噴かし、そのノイエ・ローテの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 大暗礁宙域、そこには数々のデブリ、そう「宇宙ゴミ」とされたモビルスーツとそのパイロット達の苦痛のみが散らばり、残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ろくなもんではないな……」

 

 あやうく二匹の「恐竜」同士の戦いによる余波で自機が吹き飛ばされそうになったユウは、再びデブリへその身を隠しながら指揮下、一応の部下であると実質的に言える混成軍へ向けて、被害状況を報告するように伝達の声を向けた。

 

「かなり多く、弾き飛ばされた奴がいる」

 

「回収、出来るか?」

 

「難しいな、中年……」

 

 ニューペガサスとノイエ・ローテ、彼らがこの暗礁宙域へ飛び込んだが為に辺りへとデブリ、様々な残骸が飛び散った事で視認での捜索は困難であると、ナイジェルは自機の指をあちこちへ伸ばし、ジェスチャーでその旨をユウへと伝える。

 

「少しなら、アタシの勘で出来る」

 

 ユウ機Gマリオンの背後、黒い塗装が施されたキュベレイのパイロットと思わしき少女が溌剌とした声をユウへ向けて強く飛ばした。

 

「そうか?」

 

 スゥ……

 

 少女、少年兵が駆るキュベレイがGマリオンの胸の辺りを軽くその指で押さえつけ、なぞる。

 

「こう見えても、ニュータイプ」

 

「チッ……」

 

 イ、ライラァ……

 

「オジサン、なにその思念は?」

 

「思念、だと?」

 

「今聴こえた、オジサンからのイットウ狂暴な部分」

 

「ニュータイプは同じタイプ同士で、仲良くしてなっての……」

 

 付近では他のモビルスーツ達が仲間、成り行きではあるが同士となってしまった連邦派軍とネオ・ジオンの者達が互いに捜索を続ける中、愚痴めいた言葉を呟くユウのGマリオンだけはその場から動かない。

 

「少しは手伝いなよ、大佐殿」

 

「人には役割があるもんでな……」

 

「役割?」

 

 随分と昔から、意外と多く戦場で顔を突き合わせつづけている連邦軍の女性パイロットが近くのズザ、旧式のネオ・ジオンの重火力機体を支えながら、全く動く気配のないユウ機へ白眼の視線を向けている様子だ。

 

「どうにかこの機体のシステム、マリオンの目であのニュータイプ恐竜どもの動きがな、解るんだ」

 

「備えてくれているってわけか……」

 

 感心したようにそう呟いた女の目の前で赤いキュベレイ、これもまたすでに旧式のサイコミュ・モビルスーツと言えるその機体が、大きく破損をしたマスプロ・ZZを危なっかしく支えている。

 

「ちくしょう、あの野郎ども……!!」

 

「動かないでよ、アンタ……」

 

「……ツゥ!!」

 

 先程の少女とよく似た声をしたそのキュベレイの女パイロット、彼女が支えている機体に乗るリョウ・ルーツ青年はその生身への傷もあるようだ。苦しげな声がユウの機体にまで聴こえてきた。

 

「許さねえぞ……」

 

「コクピットを開けて、お兄さん」

 

 深紅の塗装をされたキュベレイが、リョウのコクピット・ドアをその手で叩き、早く開けるように促してきるのがユウの視界の片隅へと入る。

 

「アタシが傷を見る」

 

「うるせえ……」

 

 そのリョウ・ルーツの弱々しい声、それを耳へ入れながらユウは付近の宙域、そのあちこちへマリオン・システムを起動させ続け、警戒を解かない。

 

「ミノフスキーが強すぎて、マリオンの目にすら影響が出ているか?」

 

 と、ユウは言いつつも、実の所マリオン・システムに不都合が発生したこと、それに安堵している部分は確かにあると言える。

 

「いまは苦痛の色しか、マリオンはこの場の宇宙に現してくれない……」

 

 その疑似ニュータイプ装置、エグザムの派生進化とも言うべき品物の負の部分へ久しぶりに嫌気を感じながらも、ユウは自分の責務、この部隊へ再び驚異が迫らないように、マリオンの目でニューペガサス達が放つ光を始めとした「宇宙の心」へ向けてその視線をじっと放つ。

 

「痛み止めのモルヒネ、打つか?」

 

「大した事はねえよ、嬢ちゃん」

 

 リョウ青年、彼の傷は致命傷では無いようではあるのだが。

 

「許せ、同士よ」

 

「早くしてね、カリウス」

 

 生身の腕が引きちぎられ、それでも気丈に、昔からの仲間に自分の意思を伝えるネオ・ジオンの女。

 

「さらばだ」

 

「あたし、あんたとデートの一つでもしてみたかったよ」

 

「あの世へ俺も行く時が来たら、よろしく案内を頼む……」

 

 ポゥ……

 

 小型のレーザーピストルで仲間へ慈悲の行為を行っている兵達の姿も確認が出来るからには、あのモビルアーマー達による追突、それは予想以上にこの混成軍へ被害を与えているようだ。

 

「許さない、か」

 

 先程のリョウ青年の言葉、いったんマリオンの目を中断させたユウはその言葉を口にした途端、自分の心の底へ何か、激しい物が沸き上がってくるのを自覚しながら。

 

「許せない、よな」

 

「ああ、許さねえ……」

 

 再度にその言葉を彼、ユウ・カジマが呟くと同時に、続くようにしわがれた男の声、老いた兵の苦痛に満ちたその呻きが彼の耳へ入り込む。

 

 ズゥ……

 

「どいつもこいつも、お偉いさんの理想とやらは、俺から全てを奪ってくれる……」

 

 ティターンズの老兵の機体「FAZZ」が引きずる、ほぼ原形をとどめないバギ・トーガ、ネオ・ジオン製のニュータイプ専用機。

 

「まさか、あのクソガキ……!!」

 

「俺が、俺が……」

 

 その機体のコクピット周辺、そこは深く、抉られたように陥没をしている。微かにそのコクピット・ドアの周囲に窺える紅い色、それは……

 

「何をしたっていうんだ……」

 

「……」

 

「十年まえから、戦争とニュータイプとやらは俺から全てを奪っていく!!」

 

「ジイサン……」

 

「何が人類の革新とやらだ、人殺しめ!!」

 

 一年戦争、今までに続く戦争は別にニュータイプ思想から始まったわけではない。が、ジオニズムにザビ家崇拝思想、スペースノイド達による自治権の獲得を含めた全てが。

 

「ニュータイプ思想、いやニュータイプそのものと捉えてもよいか……」

 

 トゥ、ウゥオ……!!

 

 コクピット内ですすり泣く老兵の声に、ユウは再度バギ・トーガの粉々となった躯、先程まで、確かに若い命が存在したそのモビルスーツへ視線を向ける。

 

「マリオンの小僧……」

 

 どこか、昔のマリオン・ウェルチに似ていたその少年。

 

――ココロ――

 

「ん?」

 

 何か、何処からか、ユウへと語りかけるような、優しい声。

 

――宇宙には心が満ちているんだ――

 

「こ、小僧……!?」

 

 その少年の声、今この瞬間にあの世へと旅立った者の声、それが再び、刹那と、しかし確かにユウの耳を打ったその瞬間。

 

 スゥオ……

 

「蒼い、宇宙……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや、記憶からは遠い昔に失われた、十年の時を実感させてくれる確かな宇宙の色。

 

――良くも――

 

「しかし、十年の歳月は」

 

――悪くもヒトを求める人の心が――

 

「俺に、昔の俺に見えなかった物を見せてくれる……」

 

――世の中の罪を産み出す――

 

 その少年の透明感がある声を耳へと入れているユウの目前の宇宙、それが蒼から紅、織り混ざった紫、そして漆黒から万色、虹へ。

 

――怖い人にはならないでね、オジサン――

 

「クソガキ、お前がそんな生意気な忠告をしてくれるという事は」

 

 かつて、パプテマス・シロッコ。木星帰りのニュータイプの男が理論的に解き明かしてくれた、宇宙の心。その漆黒にして万色の光が開き、閉じた。

 

「俺の心が、自然に取捨選択をしている、選り分けている」

 

――宇宙にはココロが漂っている――

 

「蒼の人の心と」

 

 ユウ・カジマの目前、それへ拡がる宇宙には緑色、暖かさを強く感じさせるその光を帯びた蒼。

 

 ブオゥ……

 

 そして、その蒼の合間を縫うように。

 

「紅黒、が見えている事が」

 

 漆黒、その心を宿した紅。シャア・アズナブルがノイエ・ローテの放ち続ける、ドス黒い流血の、昏い人の心の暗部を司る紅。

 

「解っているようだな、ボウヤ」

 

――オジサンが、その闇に惹き付けられているみたいだから――

 

「ごめん、クソガキ」

 

 もしかしたら、この名も知らないニュータイプの少年、彼はGマリオンの両肩、かつてのニムバスが戦化粧として自らを染め上げた返り血、それにずっと恐怖を感じていたのかもしれない。

 

「とても短い間だったけど、大人げなくて」

 

――気にしないで――

 

「本当に大人げなくて、オジサンは悪かった」

 

――しつこいよ、オジサン――

 

「フフ……」

 

 乾いた、その不器用な笑みと共に、ユウの双眸から僅かに流れ出る涙。

 

 シィア……

 

 光、宇宙の心が拡散していくと共に、少年の気配は消え去り、その彼の顔。

 

「直接、生身で顔すら見合わせてないのにな……」

 

 その薄れゆく少年の顔は、やはりどこかマリオンの少女、生きていれば既に三十代には差し掛かろうとしている、蒼い髪の少女のそれに。

 

――元気で、オジサン――

 

「大佐様である俺が、お前がよくなついていたあのジイサン、上手く取り計らっておいてやる」

 

――ありがとう――

 

 どこか、何かが彼女に似ているように感じてしまっているユウは、ついある人物の名前を、女の名前をその唇から絞り出してしまう。

 

「達者でな、マリオン」

 

――誰だよ、マリオンってさ――

 

「さぁあ……」

 

――ボクには――

 

 蒼と、紅の光が渦を巻き始める。

 

――ちゃんとしたユウ(そこのあなた)という名前が――

 

「へえ……」

 

 苦く笑うユウ・カジマの目前を、紅い光の奔流が勢いよく迸り、彼と少年を押し流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気味が悪いぜ……」

 

「そう、ですな」

 

 マスプロZZのパイロット、リョウ青年と壮年のネオ・ジオンのパイロットが、この宙域へと浮かび揚がっている光を見つめながら、互いに軽く息をつく。

 

 リィ、シィウゥ……

 

「だがな、俺はさ」

 

 その紅い、翳りを帯びた光。それはどうやら地球の方向から舞い上がって来ているようだ。

 

「このホタル共の気持ち、解る気がする」

 

「私もだよ、連邦兵」

 

 ユウ・カジマ、連邦軍大佐が成り行き上に率いていく事になった混成軍、それらの内、約三割程度がニューペガサスとノイエ・ローテの激突により吹き飛ばされ、そのまま宇宙の藻屑と化している様子である。

 

「仇討ち、いけないと思うか、ジオンよ?」

 

「いや……」

 

 先程そう大型機、純白のクィン・マンサを駆る女性パイロットからそう全軍へ伝えられた事を受け、何かが、何かこの世の避けられぬコトワリに対し、この混成部隊の各パイロットの気持ちが揺れ動き、蠢く。

 

「私が七年前に行った連邦への戦いも、この気持ちを軸にしたものであった」

 

「七年前、デラーズの紛争の時のパイロットか、あんたは……」

 

「憎しみの光……」

 

 そのネオ・ジオンのパイロットの虚ろな声、それに応えるかのようにリョウ青年は、撹拌されたデブリ帯へ漂う光へと、その視線を実と、瞬きもせずに睨み付ける。

 

「それだ、この紅い光は」

 

「各員、聴こえるか?」

 

 先程、僅かな間ではあるが心神喪失状態となっていたらしい隊長、ユウ大佐からの通信が、掠れながらもリョウ・ルーツの機体コクピット内に響く。

 

「状況を取りまとめる」

 

 そのGマリオン、隊長機からの声に対し、自機をそのユウ機へ近づける者、介抱をしあっている者、ただじっとその場で佇む者。

 

「今、我々がいる宙域から、離れてこそいるが」

 

 全ての者が、ユウの声を無言で聴いている。

 

「小規模の、病院船を含んだ艦隊がある」

 

 ギィュアァ……!!

 

 その声と同時に、どこか遠く離れた場所、その宙域へ凄まじい勢いで閃光、戦略兵器と思わしきその光が宇宙の闇を切り裂いた。

 

「我々の部隊はアムロ・レイとシャア・アズナブルから受けた損害状況から、このデブリを脱出し、そこへ避難するのが最善では、ある」

 

「まって、オジサン……」

 

 その黒いキュベレイから発せられた少女の声、大規模戦略兵器使用の通信が各モビルスーツの疑似ニュータイプ波通信機から鳴り響く。その騒音の中でもハッキリと聞こえる声を発した彼女の機体キュベレイの肩を、赤い同型機の手が軽く嗜めるように押さえる。

 

「だが、俺は」

 

 リィ……

 

 その張り上げたユウの声、それと同時にこのスペース・デブリ帯、宇宙の雑木林へ舞い廻る紅い光が、一瞬にその輝きを増したかのように見えた。

 

「この場で全ての元凶を断ちたい」

 

 そのユウ・カジマの声が意味する事、それが解らない者はこの場にいないようである。

 

「ノイエ・ローテを撃滅する」

 

「難しいな……」

 

 茶色の塗装をされ、その手に長大な槍「ランサー」を持つネオ・ジオンの最新モビルスーツ「ギラ・ドーガ」に乗る女性パイロットから、舌打ち混じりの険しい声が辺りへと響いた。

 

「許せないんだ」

 

「ン……」

 

 実の所、この頷くような声を発した女性が乗るクィン・マンサ、白い塗装を施された重ニュータイプ専用モビルスーツがいつ、どこでこの混成軍へ紛れ込んだのか、ユウには解らない。

 

(気がつかなかった、それでこんな目立つ女を見過ごした理由になるかな?)

 

 チィ……

 

 朗々と各員へ説明を拡げながら、内心で小さな疑問に首を傾げているユウ・カジマ、彼は。

 

 リゥ、リィ……

 

 自らのGマリオン、その背部の推進器「グレイス」へ潜り込んだ、複数の紅い光には気がついていない。

 

「ゴミのように、無造作に俺達の仲間を屠殺された事を」

 

「あぁ……」

 

「世界はニュータイプの理屈で動いているんじゃない」

 

 ユウの言葉の合間に、老兵が漏らした憎しみに満ちた声にユウは心を痛めながらも、彼はしかりとした声を皆へ放ち続ける。

 

「強制は、しない」

 

 その声を発した後、しばしの時が過ぎるのを、連邦軍大佐「ユウ・カジマ」は待つ。

 

「……」

 

 無言を続ける混成軍の傍ら、ややに遠くの場所で戦いを続けていると思わしき、二匹の恐竜が放つ光をユウはじっと睨み付けている。

 

「もういいでしょう、ユウ大佐殿……」

 

 リョウ青年からの声、その彼の言葉の僅かに間を置いて、同調するかのような声が各モビルスーツから絞り出されるように漏れだす。

 

「俺達が奴等を無視しても、あんただけはノイエ・ローテへ突撃をするつもりなんでしょ?」

 

「付き合うよ、中年」

 

 そのリョウとナイジェルからの声、それに続き、他の機体が自らの武装チェックを、少しわざとらしくユウへ見せつけるかのように行うのに、Gマリオンを駆る混成軍隊長は苦く笑いながらコーヒー、愛飲物ムラサメ・コーヒーをその手に取りだした。

 

「ユウ・カジマに異論のある者はおるか?」

 

「あん?」

 

 突如、しゃしゃり出てきた白いクィン・マンサの、ややに高圧的なその言葉。

 

「なんだ、女?」

 

「あるものは、今ここで答えよ」

 

「ああ……!!」

 

 ユウの声なぞ無視し、なおも威圧の言葉を舌へ乗せる、この手の事に慣れていると思われるその女の声、それにネオ・ジオンの者がモビルスーツ越しにも畏まっていると見える挙動に、大佐ユウはその唇を軽く歪めてみせた。

 

「女、そう女か」

 

「いないようであるな、ユウ・カジマよ」

 

「だったら、最初から名乗り出てくれよ、全く……」

 

 一度会ったきりではあるが、それでもこの女、あきらかに貴種でございという風の態度をとる彼女の声を忘れることは、そうそうにあるものではない。

 

「ハマーン様」

 

「なんだ、プルよ?」

 

 ハマーン・カーン、ネオ・ジオンのナンバースリーだかそこらの女宰相、彼女は勢いよく挙手をモビルスーツでしてのけた少女の声に答える。

 

「このユウ・カジマ、オジサンは憎しみを憎しみで返そうとしています」

 

「フム……」

 

「憎しみは憎しみを呼ぶだけかと……」

 

 ハハッ……

 

 その、およそ戦いを生業とするものには似つかわしくない声、少女の意見にリョウ青年を始めとした、一部の兵から失笑が漏れだした。

 

「あぁ、嬢ちゃん……」

 

「プル、プルですよ」

 

「今の君にさ」

 

 そこで、ユウはいったん言葉を切り、残りのムラサメ・コーヒーを使い僅かにその唇と、舌を濡らす。

 

「敵が撃てるのか?」

 

「だけど、大佐さん……」

 

「俺はシャアが、ニュータイプが憎い」

 

 グゥラ……

 

 その、最後のユウ・カジマの声に含まれた、静かながらも凄まじい怒気。それに対し少女、そして彼女の意見を嗤った、リョウを始めとした周囲の者もその言葉に呑まれ、自然に機体を身じろぎさせてしまい。

 

 ゴ、クゥ……

 

 誰かが唾を飲み込む音がユウの耳へ聴こえた。

 

「だけど、大佐さん」

 

 ユウの恐ろしさに身を竦ませているプルと言うらしき少女の代わりに、赤い同型のキュベレイへと乗る、そのプルとよく似た声の少女がその身、モビルスーツ「キュベレイ」をユウのGマリオンへと近づけ、迫る。

 

「あんたは、シャアだけが憎いんじゃない」

 

「恥を知れ、プルツー」

 

「ハマーン様……」

 

 成り行きを見守っていたハマーンの叱咤の声、それに言葉を失った少女はそれきりに口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ・カジマ」

 

「ン……」

 

「どのみち、今はノイエ・ローテだけを狙え」

 

「解ってはいるさ、ハマーン・カーン……」

 

「それでも、上手くいくかどうかは賭け、であるからな」

 

 待ち伏せか、囮を出して不意をつくか、そのどちらかに対ノイエ・ローテ「達」への意見がまとまり、各員武装や自機の点検を始めた生き残り達を尻目に、クィン・マンサの頭部コクピットを開きその身を宙へ浮かせたハマーン、彼女からの声がユウへと投げつけられる。

 

「ニュータイプってのはさ」

 

「何だよ、ユウ・カジマ……」

 

 外の空気、とは言ってもノーマルスーツを纏ったままでの宇宙空間ではあるが、それでもコクピットから抜け出し、漆黒の宇宙へとその身を漂わせている二人の男女には気分転換になってはいるようだ。

 

「まるで、覗き魔じゃないか」

 

「全くだ」

 

 そのハマーンの声、それにユウは微かに驚き、スーツ越しに彼女の顔を実と見つめる。

 

「人の心を覗き見る、まるで恥という物を知らない」

 

「ニュータイプにも、あんたのような考えの者がいたか……」

 

 無遠慮に、女である自分の顔を覗き見るユウ・カジマの、それこそ言葉と行動の不一致にハマーンがその薄い唇を微かに綻ばせた。

 

「まるで、男が女に対して行う最大の愚劣なる行為だ、思わんか?」

 

「おい……」

 

 宇宙へ舞う紅い光、その光にも負けないほど、ハマーンの今の際どい台詞に対し、年甲斐にもなくユウは頬を赤らめてしまう。

 

「思ったよりも、はしたない女だな、あんたは」

 

「私は痴漢の事を言っている」

 

 クック……

 

 その、軽く嫌みな含み笑いをあたかもユウに聴こえるように続けるハマーン。

 

「何を想像したか、お前は?」

 

「悪い女だな、あんたは」

 

「そうだとも……」

 

 フゥ……

 

「シャアにも、お前のような可愛いげがあればな……」

 

 僅かな間、隙間の時間の会話を切り上げるように、その身をクィン・マンサへと泳がせるハマーン。

 

 スゥア……

 

 宙を飛翔するハマーン・カーン、彼女の着衣しているノーマルスーツが浮かび上がらせている、女性ならではの優美な身体のラインは、確かに男を魅了できるだけの、魅力のある物と言える。

 

「全く、に……」

 

 僅かに、そのハマーンの肢体に見とれてしまったユウは、その肩を軽く竦めてから彼女から視線を離した。

 

「シャアも見る目が無い……」

 

 Gマリオン、ハマーンとは反対方向へその身体を投げ出したユウはネオ・ジオン総帥とハマーンのプライベートな関係なぞは知らない。しかし、それでもこの女が最後に呟いた台詞は単なる知り合い同士、仲間同士が口にするには想いが強すぎる言葉であろう。

 

 ゴォウ……

 

「ニュータイプは」

 

 Gマリオンのコクピットを開きながら、ユウは十年の呪詛、エグザム・システムを創り上げた男の言葉をその口の中で呻くように続ける。

 

「世界を滅ぼすモノだ……」

 

――そうだ――

 

「何!?」

 

 突如に、まさしく呪詛の如くに聴こえた、低い男の声。

 

――ニュータイプは世界を滅ぼす者だ――

 

「クルスト!!」

 

 恐ろしいほどに強く、極めて鮮明に聴こえたその言葉、ユウはノーマルスーツがはち切れんとばかりにその首を、身体を揺らせ、周囲へ視線を配った。

 

「気の、せいか……?」

 

 しかし、そのノーマルスーツ内部、ユウの身体へと一瞬にして浮かんだ汗の玉は、はたして幻聴、空耳の類いで出来るものか。

 

「チッ……!!」

 

 Gマリオンのコクピット、リニアシートにその身体を押し付けたユウは、脇のバイタル調整用のコードを自分が着る操縦服へと装備されている「受け口」へ差し入れ、無意味に汗ばんだ身体を整えようとする。

 

「まさか、クルスト博士は」

 

 サァア……

 

 人体生理調整機器によりスーツ内部へ冷たい風が疾り、僅かではあるが不快が取り除かれた自身の身体。

 

「クルスト・ズム・ダイクンは」

 

 しかし、ユウの気持ちはすぐには落ち着かず、しばらく深呼吸をコクピット内で続け、何度も息を吸い、吐き出す。

 

「生きているのか……?」

 

 無論、ブルーディスティニー5号機、Gマリオン内で呻く、そのユウの言葉に答える者はいなかった。


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