「なあ、シロッコさん」
周囲の哨戒から帰還をしてきたカツとサラを労いながら、アルフは二本目のタバコを自分の胸ポケットからその手に取る。
「何だ、アルフ技師……?」
ソーラ・システムの第一射の指揮権を完全にバスク・オム達ティターンズの上層部の者達へ譲渡をし終えたシロッコ達は、ストゥラートの一室の中でつかの間の休息を取っていた。
「Gマリオン」
第一照射、ソーラ・システムの約一時間後のその時間まで、簡易な会議室としても使用が出来る一室にたむろしているアルフやシロッコ達には出番は無い。この激戦の中での貴重な休憩時間だ。
「いや、あんたのジオ・メシアへも取り付けられているグレイス・コンバーター」
カテゴリー的に重巡洋艦兼モビルスーツ空母、宇宙艦である事を除けば全天候対応万能艦ペガサス・ホワイトベース級のそれとよく似ているロンバルディア級の改修であるストゥラートの一室、そのクルー達には休憩部屋として使われる事が多い多目的ルーム。
「その秘密を、さあ……」
アルフはラフな格好になっているサラ達、先程パイロットスーツを脱ぎ捨て、シャワーから上がったばかりのその姿を眺めながら、どこか気だるげにシロッコへそう訊ねた。
「教えてくれないか?」
「ン……」
ペガサスへの先祖返りとも言えるストゥラート。その内部の居住性も連邦の旧ペガサス級やエゥーゴのアーガマ級と同レヴェルな程に重要視されて設計を成されている。
「確かに秘密はある」
そのボソリとしたシロッコの言葉に、クーラーの真ん前に陣取りながらアイスクリームを頬張っているカツとサラがその顔、視線を微かに合わせ、交差させた。
「だが、お前達を欺こうとした秘密ではない」
「どうかな……?」
部屋の壁に寄りかかったままの、タンクトップ姿であるシドレの声には妙なトゲがある。その皮肉気な声を無視しながら、シロッコはその口を開き続ける。
「盗作なんだ、グレイスの制御コードの一部は」
「へえ……」
薄いタンクトップを身に付けるシドレのその胸の部分をジロジロと無遠慮に見つめながら、サラがそのシロッコの言葉にため息が混じったような声をその唇の間から絞り出した。
「私の兄からの、な」
「兄、ね」
そのシロッコの言葉に、アルフは以前にユウ達に話したクルスト・モーゼス孤児院に関わる情報を出来るだけ詳細に、克明にその脳裏へと浮かばせ始める。
「シロッコ様にお兄様が?」
「ああ、いたさ……」
シドレの胸の有る無し、それのチェック判定が結局出来ずに悔しげな顔を見せていたサラ。彼女が気持ちを変えるかのようにアルフ達の会話に飛びつき、その瞳にキラリと好奇心の輝きを見せ始めた。
「彼、モルモット隊の機体担当者に吐き出させてもらえ」
「そうなのでしたら、アルフさん」
ニヤリとその口の端を歪めながら浮かべるシロッコの薄笑いに、アルフは自分が彼へと仕掛けた誘引の尋問が自分へ跳ね返ってきたことに苦く笑いながらも、顔に掛けているメガネの縁を指でさすりながらシロッコと同質の笑み、不敵な笑みをその顔へと浮かばす。
「さあ、どうぞどうぞ……」
「ヤレヤレ……」
その両の手のひらを自分の肩の辺りまで持ち上げているサラには悪いが、たとえ相手がモルモット隊所
属、身内のサラやカツ達と言えど一応は口外していいものではないのだ、ラプラスタイプの一件は。
「小姑みたくに俺に聞き耳を立てている奴もいるんだが……」
「僕も聞きたいよ、アルフさん」
チョコミント・アイスのコーンの部分をかじりながら、カツも興味深そうな視線をアルフへと、彼の気持ちも知らずに投げつける。
「好奇心の強い奴らめ……」
とはいっても、その連邦内部のニンジャ、影の観察員である「彼」にしても今のご時世ではそうそう自分に構ってばかりはいられないだろう。
(まあ、今の戦争に比べれば些細な事か)
アルフは自分自身を納得させるかのようにそう心の中で呟くと同時に十字、お守り代わりのそれを切ると、タバコを胸ポケットから取りだしながらその口を開き始めた。
「クルスト孤児院、三番目のラプラスタイプであるお前さんの兄から盗作した、と言う事は」
そのアルフの、相手の反応を確かめるような言葉にもシロッコは眉一つ動かさない。クルスト・ズム・ダイクンという名に関わる事柄をほぼ全て彼は知っていると確信をしたアルフは僅かに語調を強くしてそのまま唇を開き続ける。
「ラプラス・ユウ・カジマからと言う事だな、シロッコ」
「ユウ隊長……?」
ユウの名が出たことに驚いた声を出し、その目を見開いているカツとサラは別として、技師アルフ・カムラ、そしてパプテマス・シロッコの注意力がもう少しその会話から離れていれば。
「……」
シドレのその顔、表情の変化の乏しさに違和感を見い出だしていたのであろうか。
「クルスト博士、奴のモルモット・プロジェクトの詳細については」
レコアの特注蝋燭からのロウをこびりついた部分を髪ごと切り落としたシロッコのヘアスタイルはやや乱れ、洗いたてのその髪からはシャンプーの香りが漂った。
「お前達が知っている以上の知識は、私には無い」
「どうかな……?」
「ゆえにな、アルフ技師」
トゥ……
ポソリとそう口ごもったような声を出しながらシロッコはその腰を浮かせた後、休憩室の傍らへと置いてある冷蔵庫へと二本の脚を進める。
「あのユウ・カジマがモーゼス孤児院にいた私の兄と同一の人物であるかどうかのカマかけは」
冷蔵庫から適当な種類のアイスを取りだしつつ、その両肩を軽く竦めてみせるシロッコ。
「何の意味が無いよ、アルフ技師」
「そうかい……」
フゥ……
アルフが手元へ引き寄せた灰皿へ彼の指に支えられているタバコの灰がこぼれて落ちる。
「じゃあさ、シロッコ」
三本目のタバコへ手を付けようとしたアルフは、ふと以前にフィリップ、現モルモット隊を含む汎用艦ストゥラートの全モビルスーツ部隊の隊長を任されている男からの忠告を思い出し、火をつける直前にそのタバコを胸へと引っ込めた。
「孤児院のいたらしい、ユウとは一体何者だ?」
「ストレートだな、技師」
ガッ、カッ……
異様に堅く凍ったカップ・アイスにプラスチック・先割れスプーンが突き刺さらないシロッコは何度も強固なクリームへその匙を突き立てながら、アルフの顔を実と見つめる。
「確か、私が幼い頃に木星船団へ引き取られた時には」
「木星船団か」
「あの地球圏と木星を往復する大船団はな、アルフ技師」
パ、キィ……
ついに連打をしていたシロッコの手に持つスプーンが微かな音を立てて折れ曲がってしまった。
「私のような優秀な幼子を引き取り、クルーとして仕立てあげる制度があるからな」
「英才教育ってやつですかね、シロッコさん?」
「木星圏とその往復船団は、地球の廻りとは全く違う」
二個目の自分のアイスを冷蔵庫から取り出しつつ、カツは同時に気を利かせてシロッコへ別のスプーンを持ってきてくれる。
「異世界、異なる宇宙だよ」
「無能では生きていけない……?」
「物理的にな」
木製の匙を差し出しながら訊ねるカツへ一つ頷いてみせ、シロッコは再びアイスクリームのカップへ物理的な打撃を加え始めた。
「ユウ、ラプラス・ユウの事は……?」
立っている者は誰でも使えという訳ではないが、アルフはシロッコへそう問いつつ、部屋の壁へよりかかっているシドレへ何か飲み物を冷蔵庫から持ってきてくれるように言う。
「自分で持ってきなさい、アルフさん」
「あ、ああ……」
いつになく険しい顔をしながら冷たく言い放ったシドレに少し気圧されながら、あぐらをかいていたアルフは立ち上がり、そそくさと冷蔵庫へ向かった。
「私の記憶の兄の姿はな」
そのアルフとアイスの人の都合を無視する態度にムッとした声色になりながらも、シロッコはそのまま口を開き続ける。
「記憶が不自然に薄い」
「ゴーストのお兄様……?」
薄気味悪げにそう呟きながらも、サラはその話の続きへと興味を取られている様子だ。
「何か、幻影を相手にしていたような気がしているな、今にしてみれば」
「幻影、亡霊ですか?」
「私が作ったパンケーキは、喜んで食べてくれたがな」
そう言って乾いた笑みを浮かべながら口にと挙げるシロッコの「兄」についての話、それを聞いているサラの腹の底へ何か冷たい物が淀んだのは話の内容のせいか冷たいアイスを食べたせいなのか解らない。
「お前さんと、その兄さんとの歳の差は?」
茶を飲みながら訊ねるアルフにしても、最初に思っていたよりも遥かに実、中身のあるシロッコの話に対し、自身の顔へ一語一句とも聞き逃がさまいとするような表情を浮かべ始めた。何しろ、自分の十年越しのライフワークであったEXAMに関わる話なのだ。
「どんなに離れていても、五歳以上の差はないだろうな、おそらく」
頭を軽く捻りながらそう呟くシロッコのスプーン、その先端までがようやくアイスへ突き刺さり始める。
「と、いうことは」
話を聞きながら、無意識に自分の手が胸ポケットのタバコ箱へと伸びた事にアルフが眼鏡の端を上げながら自嘲をする。禁煙とは口で言うだけでは誰でも出来るものだ。
「あんたとラプラス・ユウが離れた時、最大でも彼の年齢は十歳前後と見ていいか」
「その位だろうな」
「その歳でこんなプログラムを作れるものか?」
「一部、と言ったはずだ」
キィ……
シロッコのカップ・アイスクリーム、今度はその中身を持ち上げようとした途端に木のスプーンが音を立てて砕ける。
「ミノスフキー粒子制御に使えそうだった為に、遊びで取り入れてみたんだよ」
「遊びかよ……」
「天才だから出来る遊び、それを忘れるなよ、凡人ども」
アイスの抵抗に苛立ち、つい言い放ってしまうシロッコの悪い癖、それを含んだ言葉にカツは不機嫌そうにその両眉を中央へ寄せた、のだが技師アルフの表情は全く変わらない。器量の差か年齢の差か。
「ラプラス・エーテル」
「その話が来たか」
アルフが簡潔に言い放ったその単語、それに答えるかのようにシロッコは自分のこめかみの辺りを軽く押さえてから、その右手を下ろして両手でカップアイスを包み、それを溶かすために暖め始めた。
「最初からそうすればよろしかったのに、シロッコ様……」
「その単語が、グレイスに時おり走る謎のコードによく含まれている」
全くどうでもいいシロッコのアイス対策へサラがその可愛い両唇からこぼした感想なぞ無視し、アルフの真剣な声が木星帰りのエリート・ニュータイプへと向けられる。
「未知の粒子だか、そんなもんの名前ですかね?」
「違うな」
両手で抑えるアイスの冷たさに耐えながら、そのエリートは疑問を発したカツへとその視線を投げつけた。
「不可思議な粒子ではあるが、未知ではない」
ピ、チィ……
今度はシロッコのその両手がアイスのカップから離れなくなってしまう。その顔、眉と瞳をひきつらせたシロッコの手の上へサラがハンカチを被せてくれる。
「我々が普遍的に使用している」
「まさか、その何とかエーテルとは……」
その眼鏡の奥の両目を見開きながら口を開いたアルフからの揺らいだ声に、ようやくカップから離れたシロッコの手のひらに細い指先の腹、離れた自分の手を軽く振りながら、一つ息を吐いた後にアイスと格闘をしていた彼シロッコは静かな口調である物質の名前をあたかも宣言をするように言い放った。
「ミノフスキー粒子だ」