「んじゃ、な」
「世話になったな、ヤザン」
ユウの機体であるGマリオンを跨がらせた、型落ちの高機動モビルアーマーである「ランプライト」
グゥ……
ギャプランのプロトタイプであるそのモビルアーマーの運搬機改造型が静かにアイドリングを始める音を耳へと入れながら、ユウはヤザンの機体の右手と軽く握手をする。
「これだけの頭数があっても、ピナクルのトゲを破壊できるかどうかは、わからんがな」
「最近、何か弱気に過ぎないか、あんたは?」
「今までに無い戦いだからだよ、ユウ」
確かに、連邦軍の軍勢とネオ・ジオンの部隊、それらが一時的とはいえ共同して破壊工作を行うのは一年戦争以来で初と言えるかもしれない。
「隊長」
「わかった、わかった……」
部下達の呼びかけに少し鬱陶しそうな声で返事を返しながら立ち去っていくヤザン機へ向けて、名残惜しそうな視線を向けて彼へ手を振ってみせるユウのGマリオン。
「うちのお姫様」
「うん?」
ヤザンとの別れの挨拶が済むまで、ややGマリオンとは離れた場所でたたずんでいた旧ジオン時代からのエース、オグスが少し遠慮がちな声を出しながら、ユウの機体へと近づいてくる。
「うちのお嬢さん、さ」
ミィバ・ザムの巨体内へ取り残されていたゲルググ狙撃タイプ、旧式のモビルスーツを駆るオグスがユウの機体の隣まで近づき、彼へと再度の囁き声をかけた。
「ミネバ様はな」
「やっぱり悪かったかな、オグス?」
「まだ若い」
そのオグス、ブレニフ・オグスの声に、どこか羨ましげな響きがあったのは、決してユウの気のせいでない。
「まだ若いんだ、彼女はね」
「フフ……」
そう呟きながら漏らしたオグスの侘しげな笑いが、何かユウのその唇へも伝染をしてしまう。
「大人のやり方や世界は解らないんだよ」
「そうか……」
ミィバ・ザム、超巨大機動兵器に搭載された主砲「マイクロ・ソーラレイ」はピナクルの陰に隠れて落ちてくる小型のコロニーの破壊を受け持つ。先程にそう連邦勢力を含めた全軍へ通達が届き、この宙域を受け持つおのおのの責任者達は会議を開いているらしい。何度も連邦とネオ・ジオンの艦から連絡艇が行き来している姿が見える。
「一応、我々の士気を乱さない為にも、あんたは立ち去ってくれ、ユウ」
「はいはい……」
その彼女らとの共闘、その条件の中に最初「ユウ・カジマの処刑」があったという噂は本当かもしれないなと、その彼ユウは脳内で想像をし、一人コクピットの中でほくそ笑んだ。
「お邪魔虫はとっとと古巣へ退散しますよぅだ……」
「お邪魔蟲さん」
タゥ……
またしてもユウ・カジマへ不意に声をかけ、彼の機体の後頭部を強く叩く人間、ネモのZタイプへ搭乗をしている女の声に、ユウはGマリオンからリンク操作をしているランプライトのアイドリング出力を下げながら軽く舌を口内へ打つ。
「今、何か虫の所に変な悪意が感じられたぞ、あんた」
「私はあなたが嫌いだから、大佐さん」
「ふん……」
ユウと彼女へ気を利かせたのか、オグスの乗るゲルググがその手に持つ狙撃銃を軽く一つ振ってみせ、Gマリオンから静かにその赤茶色の機体を遠ざけてくれた。
「昔のニムバスの近くにいた周囲の人間、敵も味方も」
ランプライト、死の淵から甦ったニムバスがユウ達モルモット隊へ入ってきた時に与えられたモビルアーマー。今ではもはや、ユウの機体が寄りかかっている運搬型に改良されたこのランプライトにも。
「みんな、こんな感じの感想を奴に持っていたのかな?」
おそらくはこの大戦争にも加わっていると思われる、彼ニムバスの機体両肩にも「返り血」の赤はついていないであろう。
「はい、これ」
「ん?」
女のモビルスーツがユウの機体前面、コクピット間近へと迫り、彼にコクピットドアを開けるように促した。
「モルモット隊からのプレゼント袋か」
パイロットスーツ姿、確か旧エゥーゴの黄色を基調としたそのスーツを纏う女が、ユウ機の周囲へ近付いて来たFAZZを初めとした機体達を少しうっとうしげに見つめながら、大きめのずだ袋をユウへと放り投げるかのように手渡す。
「ブライト艦長から、返してやれと頼まれたのよ」
「フン、お前はあの時の亀頭ヘアの女か……」
「空手の腕には自信があってよ、私?」
その女が微笑みと共に出した物騒な言葉に、アーガマから出撃したときに借り受けたロンド・ベルのパイロットスーツを窮屈そうに身へと纏うユウはそそくさと宙へ浮かぶ袋をその手に取り、自機のコクピットのドアを閉め始める。
「俺もあんたが嫌いだよ、女」
「それで結構」
無愛想極まりない女のその声、用は済んだとばかりにユウの機体から遠ざかっていく彼女のZネモと入れ替わるかのように、今度は彼とその女エゥーゴパイロットのやり取りを眺めていた重モビルスーツがGマリオンへとその顔を向け、フワリとその機体を寄せた。
「みんな、嫌いだ嫌いだ言ってばかりのようだな、ほんとに」
「何ですかねぇ、本当に全く」
トゥ……
ユウが所属をしていた中隊の隊長が乗っている重装機が、そう呟きながらGマリオンのその紅い肩をポンと気軽に叩く。
「迷惑をかけましたね、中隊長」
「非殺、こういう方法もあるか」
「俺は自分が思っていたより、こういった手段をとる事に抵抗を覚えない性格だったみたいで」
そう言いながら肩を竦めるユウの姿をまるでコクピット越し、モビルスーツ越しに見たかのような中隊長からの笑い声がユウの耳へと流れ込む。
「最後のミィバへのカッコつけ、それで俺を心が清い、無益な人殺しを避けている人間だと思うのは早いですよ」
「そうかな、ユウ大佐?」
「そのモビル・シップへ向けて攻撃の為に繰り返した往復、その間に切り殺したりしたネオ・ジオンの人間の数は覚えていない」
「フゥム……」
「俺たちは所詮、人殺しですよ」
何かそのGマリオンと肩を並べているFAZZ、その中隊長を任されているパイロットの顔を直接見たわけではないが、どこか自分と似たような戦績、一年戦争時からの古参である事を感じ取ったユウは。
「敵を撃つ事にためらいを感じる必要はない」
少し気安くに過ぎる、何か棘も含まれている口調でそう言いながら、ユウはミィバ・ザムの方向へ流れていくオグス機を何気なく遠目に見つめている。
「大佐、あなたは、さ」
「ん?」
「ニュータイプかな?」
「まさか、違いますよ」
コクピットの中で笑ってみるユウの視線の先で、色々Gマリオンの機体を運ぶなどして助けてくれたバウンド・ドックからパイロット・スーツ姿の男がその身を乗り出し、Gマリオンへ向けてその手を大きく振ってみせた。
「一年戦争の時から、小隊長さんをやるのが限界な男です」
「私と同じだな」
「やはり、ね……」
バウンド・ドックのパイロットはそのまま彼の機体を牽引していたネティクスのコクピットへとその身を乗り込ませる。その大型機体を引っ張ってきたはいいが、結局廃棄することにしたのかもしれない。
「同じ匂いがしましたよ。中隊長殿」
「やはり、やはりユウ大佐は」
先程からユウの言葉がフレンドリーなのか敬語なのかよく解らないのは、ユウ自身の階級、大佐という身分自体は上だが、実質的にはこのFAZZに乗るティターンズの中隊長が上官へとあたるからであろう。
「最初の部下は二人」
「イエス」
「オペレーターが可愛い女の子」
「あなたの方こそ、中隊長殿」
妙な世間話をしているユウ達の視線の先には、その旧式ガンダムのコクピット前まで来た男がネティクスのハッチを開放させた女性パイロットと何やらヘルメット越しにキスをしているお熱い光景。その彼らの姿から見るに、彼らは恋人か夫婦なのであろうとユウは想像する。
「ニュータイプなのでは?」
「何をやっているんですか、二人とも……」
アニッシュ機、これまた旧式である彼の乗るジム・コマンドの姿を見たとき、一時期に、一年戦争時の最期の戦いの時に士気高揚か何かの題目で蒼い塗装を強要されたこのジム・タイプへ乗っていた事のあるユウは懐かしさのあまり。
「涙が出てくるとは、本当にナイジェル君の言う中年、ヤングな老害は当たっているかもな……」
だが、それを言ったらこの宙域にいるほぼ全ての者が中年だか老害の名を持つものだ。栄誉のある、生きた証であるその称号。
「さっきから話を盗み聞きしていましたが」
「迂闊にも俺は、無線をオープンにしていたからな」
おそらくはミィバとの戦いでアニッシュのマスプロ・Zは破壊をされたか動かなくなってしまったのだろう。そういう目にあった時のパイロットの機嫌は良いはずもないが、律儀に自分の見送りに来てくれた彼にユウは心の中で手を合わし、感謝を示す。
「あんたのはヒサツとかいう格好つけじゃないさ、大佐……」
しかし、生意気な女にしろアニッシュにしろ、そしてヤザンにしても、こうしてこの場から立ち去るユウを見送りに来てくれる人達が多いという事は。
「立派な戦術ですよ」
「ありがとう、アニッシュ君」
「いや、なに……」
彼、ユウ・カジマはやはり「大佐」の身分に相応しい男であると受け取れる証拠であると言えなくもない。
「元気でな、アニッシュ君」
「まさか十年経ってまた、この顔も見たくない」
忌々しげに呟くアニッシュ機の指が、ユウのGマリオンの肩を叩いた中隊長のモビルスーツを指差す。
「一緒にいると命がいくつあっても足りない」
何かこの中隊長へ含む所があるらしいアニッシュの声をその耳へ入れながら、ユウはミィバ攻撃隊の大隊長であるキッチマンから入った通信へと返事を返す、軍構成員として真面目な話の内容の通信だ。
「元隊長と一緒に戦う羽目になろうとはなあ……」
「いやなら、我々の共闘作戦を拒否した連中のように」
その中隊長が指、右手の指を指した方向には連邦軍と一緒に戦う事を拒否し、立ち去っていくネオ・ジオンのモビルスーツ達の姿が。
「尻を捲って逃げ出せばいい、アニッシュ」
「嫌味な言葉使いを覚えたもんだ、隊長殿」
FAZZの大砲が括り付けられている左腕、その腕が重たげに振られた方向には、ネオ・ジオンとの共闘を拒否した連邦派の者達が後方へと引き返していく姿が見える。
「十年前にあんたのせいで負った大怪我のせいで」
その「あんたのせいで」という部分に異様な力を込めてアニッシュが中隊長、おそらくは彼の昔の知り合いであるらしい中隊長機へと吐き捨てるような言葉を言い放つ。
「退役をする羽目になり、のんびりと地球で家族と生活をしている奴がいるんだ」
トッ……
アニッシュの機体が中隊長機が乗るモビルスーツの左肩辺り、大きく破損をしているメガ・カノン砲が備え付けられているFAZZの腕上方を軽く自機の握りこぶし、その裏拳で数回打った。
「やめろ、ネオ・ジオンの落とす隕石やコロニーを撃つなと言ったら、さ」
そう愚痴のように言うアニッシュの顔には、しかめ面とも苦笑、苦笑いとも言えない微妙な表情が浮かんでいるようである。
「あんたと同じだ」
「ならばゴタゴタ言うなよ、アニッシュ」
「チッ……」
その二人の話はユウにとって、少しは興味をそそられる物であったが、最初のユウが成した奮戦への労いの言葉に続けて、重要な必要事項を述べているキッチマンの言葉を大ボリュームで伝えている通信機から彼は耳を離す事は出来ない。
「絶対にシャアとアムロ・レイの戦闘に巻き込まれるなよ、ユウ大佐」
「了解……」
凛々しくその顔へ真剣味を帯びさせているユウは、彼キッチマンの言葉と共に電子戦機から送られてくるデータを黙々とGマリオンへ収め続けている。
コッツ……
「中年」
応急修理を施された形跡があるナイジェルの機体がユウ機の側面へと付き、Gマリオンの左腕を軽く小突いた。
「あんたはピナクルの破壊に参加しないのか、ナイジェル?」
「ビームキャノンが壊れたリ・ガズィには対艦、いや対岩石に有効な火力は無い」
それでも未だに中破、武装部分が完全に破壊をされたリ・ガズィの追加機動システムを手放さないということは、彼ナイジェルはサブ・フライト・システム、運搬機の調達が出来なかったのであろう。
「私が水先案内人を務めるよ」
「悪いな」
「モルモット隊、ストゥラート艦とやらの展開宙域、それは確かソーラシステムの間近だ」
「遠そうだな……」
そう口ごもりながら、跨がっているランプライトへ火を点すユウの機体の後方へ急造された部隊、通称「地獄の宇宙」への増援隊が編隊を組み始める。
「世話になるぜ、若いの……」
「ああ、よろしく頼む」
対ミィバ戦の初手の攻撃時にアンチ・ファンネルミサイルによる支援をユウへ行ってくれた老兵の機体の後ろには、ネオ・ジオン製の数機のモビルスーツの姿が見て伺えた。
「頼みますよ、大佐さん」
「任されて」
キッチマン中佐から「扱いづらいから気を付けろ」と忠告を受けた青年パイロットからの声へあえて陽気に答えながら、ユウは本格的にランプライトのブースターを起動させようとGマリオンのコクピットから信号を送る。
ドゥフォ……!!
ユウのGマリオン、それを先頭とした運搬機へと跨がるモビルスーツ群が、巨大質量兵器と化したゼダンゲート下部「ピナクル」の破壊へと作戦行動を進展させた攻撃大部隊から強い光の軌跡を放ち、急速に離れていった。