夕暁のユウ   作:早起き三文

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第62話 ユウ・カジマのラプラス

 

「来るかな、ミィバの爪のファンネルさん達は……」

 

 コクピット内で静かにその息を整えながら、ユウは火焔剣エグザムをゆっくりとミィバ・ザムの体内へ押し込める。

 

「ユウ・カジマめ……!!」

 

 ジィア……!!

 

 そのミネバ・ラオ・ザビの声に反応するかのように、巨大機の脚部から鉄片、質量ファンネルが舞い散り、モビル・シップへ取りついたGマリオンへ目掛けて宙を切り裂く。

 

「マリオン……」

 

 ファンネル避けとしてフェザーチャフを展開させながら、ユウはGマリオンの両手で保持をしてあるヒートサーベルの剣先を、逆手のままミィバへとコツンと突き当てる。

 

「エグ」

 

 ズゥ……!!

 

 赤熱したサーベルが、ミィバ・ザムの外殻を溶かし始めると同時に、Gマリオンの返り血の両肩が微かに高揚したかのように発光をしま。

 

「ザァム……」

 

 ズゥスゥ……

 

 結局、昔のニムバスが何の為、誰の「返り血」をその機体へ纏ったのか解らないまま、その美しき血がもたらす妙な高揚感をその身へ感じつつ、ユウは軽く唇の端を上げながら、自身の紅き剣をゆっくりとモビル・シップの中へと差し込んでいく。

 

「体内へ太いのが侵入をしてくるか……」

 

 微かに警告ランプが管制室へ鳴り響くが、それでも軽度の警戒を示すのみだ。

 

「それでも、この私の艦、ミィバ・ザムの膜は破れんよ……」

 

「確かに……」

 

 どこか誇らしげにそう呟くミネバの言葉には、オグスも賛成である。

 

「良い武器のようだが、それだけで……」

 

 この超巨大機を、たかが一機のモビルスーツの格闘用の武器で破壊など出来はしない。シャアのノイエ・ローテ改修型でさえ、奥の手を使わない限りそうそうに破壊をすることは出来ない。

 

 ブォア……!!

 

「何だ……!?」

 

 何か、唸り声のような物がオグス達が居座るメイン管制室、そのブロックの上方から聴こえてるくる。

 

 カフォ……!!

 

 頭上から得体の知れない液、それが管制室の天からしたたり落ちてきた事にオグスは訝しげにその眉をひそめつつ、ミィバの全ブロックのコンディション・チェックを行おうとその図面をモニターへ立ち上げた、その時。

 

「ミィバ・ザムが、ミィバが!!」

 

 オグスのやや離れた右隣の席へ座る通信士が悲鳴を上げ始めた。

 

「どうした!?」

 

「内側から焼かれています、大佐!!」

 

「なんだと!?」

 

 Gマリオンが貫いたミィバの多重装甲の中で最も強固な外殻、それがエグザムの剣によってくり貫かれ、僅かなその傷口の一点から強烈な熱量がモビル・シップの内臓部へ疾る。

 

 ジャッ……!!

 

メイン・ブロックの天井が破かれ、そこから白く輝く雨垂れ、重層装甲の間に挟まれた冷却素材が溶解をし、その結果として発生した生暖かい液体が管制室へと降り注ぐ。

 

「熱い、熱いのが顔に!?」

 

「ミネバ様!!」

 

 ミネバの顔と髪、それらへ微量ながらも微かにほの暖かい熱を発する、粘性のある白い液体が彼女へ降りかかるのを見て、近くの女性兵士が慌てて駆け寄ってきた。

 

「ミネバ様の看護を頼む!!」

 

 多少高温の水がかかった程度の物ではあるが、それでも無視を出来るような物、科学物質ではない。

 

「ハッ!! オグス大佐!!」

 

「バーナー、ミノスフキーのバーナーか……!?」

 

 返事を返す女性兵の顔も見ずに、オグスはミィバ・ザムの修復バブル機能が働き、管制室の天井が泡で塞がれていくのをじっと見つめる。

 

「これが、ユウ・カジマの機体の全力攻撃であれば気に余裕が持てるのだが……」

 

 オグスは頬を滴り落ちる汗を拭い、モビル・シップ内の他のブロックへミィバへ取り付いたGマリオンの排除を依頼しようと通信機を手に取った、その時。

 

「聴こえるか、ミネバ・ザビ!?」

 

「何をしでかすか、ユウ・カジマ!!」

 

 女性兵士に顔と頭髪へこびりついた生臭い匂いを発する白い液体を拭いとってもらいながら、やけに大きく聴こえるユウ・カジマの呼び掛け、蒼いGマリオンから響く声に負けじとその薔薇色に輝く唇から言葉を響かせた。

 

「あんたは熱くて危険なミノスフキー粒子の炎を注ぎ込まれたチャイルド・メインコントロールブロックだ!!」

 

 ブフォ……!!

 

 再度、ミィバ・ザムの外甲殻が火焔剣エグザムの熱で炙られる。

 

「その幼い命が惜しければ、大人しく降伏しろ!!」

 

「何を!?」

 

「十八禁メディアも見れない年頃で、焼き尽くされたくはなかろうによ!!」

 

 ズゥ……

 

 静かにミィバから抜き取ったヒート・サーベル、その刀身へとこびりついた赤色のパルス伝導液を軽く剣を振って払いながら、ユウは半透明の冷却液でてらついたエグザムを再度モビル・シップへと向けた。

 

「ユウの奴、やってくれる……」

 

「おのれ、ユウ・カジマ!!」

 

 感心をしたような声を出すオグスとは正反対に、ミネバの怒声はメイン管制室を揺るがさんとばかりに響く。

 

「この姑息さ、これが貴様の見出だしたラプラスか!!」

 

「ラプラスとやらが、人の成るべき姿を表している言葉であれば……」

 

 その言葉と同時に、薄くGマリオンの両肩が紅く光る。

 

「左様だとも、ミネバ・ザビ!!」

 

「何と腐った、中身のない可能性であるか!!」

 

「じゃかあしいわ!!」

 

 カッ!! ガカッ!!

 

 ユウ機から放たれたフィンガーバルカンがミィバ・ザムの装甲に弾かれ、周囲へと跳弾をした。

 

「中身がなかろうが、どんな手を使おうが!!」

 

 その威圧するユウに対しても、ミネバは全く気圧された様子はない。鋭く光る瞳で外部モニター越しに映るGマリオンの姿。そしてその機体がいると思わしき方向、管制ルームの天井へとその大きな双眸を交互に向けている。

 

「勝てば良いんだ、世の中は!!」

 

「大人とはこういうものかぁ!?」

 

「終わりに全てが良ければ、皆が幸せになればいいんだよ、小娘!!」

 

 ダンッ!!

 

 ミィバ・ザムの上で四つん這いになったGマリオンの右手がその外殻を強く叩いた。

 

「ああ、ミネバ様……」

 

「シャアといい、ユウ・カジマと言い……!!」

 

 その目に薄く涙を浮かべているミネバ・ラオ・ザビを気遣うように、彼女の守役の女性兵がその小さい背中へと手をやり、優しく擦ってくれる。

 

「私は断固、歳上に恋の字を抱かんぞ!!」

 

「あんたの恋愛事情、小娘の心理なんぞ、俺にはどうでも良い!!」

 

「うっ……!!」

 

 その心無いユウの言葉に、ついにミネバの両目から涙が流れ落ちた。

 

「俺がやっているのは、降伏勧告!!」

 

 ダン!! ダァン……!!

 

 ミィバへ這いつくばるユウ機の右手が、何度もモビル・シップの外装甲を連打リングをする。

 

「負けを認めるか、このままロースト・ミネバと化すか、イーエスかノー、オーケーオアデッド? デッド!? デェッド!?」

 

「ハマァン、シャアァ……!!」

 

 そのネオ・ジオンの幼き当主の泣き叫ぶ声に、管制室、および周囲の宙域へ展開をしているネオ・ジオン兵達がユウの機体Gマリオンへ向けて、凄まじいばかりの憎悪の視線を放つ。

 

「あぁ、ユウ・カジマ君……」

 

 ダンッ、ダァ……

 

「ん、誰だ……?」

 

 その静かにミィバから呼び掛ける声に、ユウは自機の右手連打の手を止めた。

 

「聴こえるか、蒼いジェダ」

 

「オグス、そう……」

 

 巨大なモビル・シップにチョコンと張り付いた蒼い機体、四つん這いの姿勢のまま、Gマリオンの顔の片頬がその機動艦の装甲へと押し付けられる。

 

「オグスだな、この声は」

 

 ジッ、シィ……

 

 ミネバの号泣がニュータイプ脳波か何かを出しているのか、Gマリオンのコクピット内の疑似ニュータイプ波発生器のメーター数値がどうにもブレを始めた。

 

「降伏する、いや停戦を申し入れる」

 

「あなたにそんな決定権はあるのか?」

 

「決定権、と言うよりも」

 

 無差別通信の回線に混じるミネバの泣き声とユウを罵るネオ・ジオン兵達の罵声により、ユウにはオグスの声がよく聞き取れない。それでも何とかユウ・カジマは彼オグスが放つ冷静、そしてなおかつしっかりとした声を聞き取ろうと、自身の両耳へその神経を集中させようと試みる。

 

「頃合い、あんた達連邦派の部隊を完膚なきまでに叩きのめす姿を確認してから、シャアへ反旗を翻すつもりだったよ」

 

「ふむ……?」

 

 何か、ユウに対する罵声が連邦派の軍勢からも聴こえてくるのは、彼第二のエグザムの騎士の空耳であろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーケーかな、ソーラ・システムは?」

 

「問題ない、アルフ技師」

 

 全通信網、オールグリーンの表示がモニターへ映し出された時、喜怒哀楽を表さない、表す事を恥だと思っている節がある「パプテマス・シロッコ」のその顔、少し頬がこけたようにも思われる彼の面へも安堵の色が浮かんだようである。

 

「お疲れさま、シロッコ」

 

「ん……」

 

 ここ数ヶ月の激務、ネオ・ジオンとの戦いで疲労が大きく溜まっているシロッコではあるが、レコアからのコーヒーを受けとる彼の顔には今までには無い、何か人の暖かさのような物が微かに漂う。

 

「流石にティターンズの超弩級戦艦、ドゴス・ギア」

 

「珍しいか、アルフ技師?」

 

「ああ」

 

 連邦軍の最大戦略兵器「ソーラ・システムⅢ」のコントロール艦として使用されているティターンズの旗艦であるドゴス・ギア級宇宙戦艦。

 

「この艦の設備だけで、モビルスーツの開発が出来そうだ」

 

「私のジュピトリスには及ばない」

 

 そう言いながら不敵に笑うシロッコ。その対抗心の表れとも受けて取れる言葉、彼は今それをあえて言うことに楽しさを感じているらしい。

 

(切羽詰まった状態だと言うのにな)

 

 コーヒーを旨そうに飲むシロッコの顔を見つめていたアルフとレコアの視線が合い、どちらともなくその二人の口の端へ笑みが浮かぶ。彼女、エゥーゴから出向してきたレコア・ロンドも同じ事を思っていたのであろうか。

 

「ソーラ・システム、確実に一回は撃てるな」

 

 ドゴス・ギア艦、思案げにその首を傾げているアルフが眺め回すそれの集中情報処理ルームでは、多数のスタッフがデータコンソールを叩き、忙しく走り回っている。

 

「シロッコ、ちょっと」

 

「何だ、レコア?」

 

「あのタコがまたやって来たわよ」

 

 そのレコアの言葉にシロッコは忌々しげに舌打ちをし、コーヒーを一気に飲み干した。

 

「木星帰りのブロッコリーはおるか!?」

 

「貴様にブロッコリーと言われる筋合いは無い!!」

 ソーラ・システムの管制ルームへ入って来ると同時に周囲へそう怒鳴り声を張り上げた、実質的には現在のティターンズのトップ「バスク・オム」へ向けて、まるで張り合うかのように彼へと叫び返すシロッコ。

 

「ソーラ・システムⅢのミラー展開は全て順調、である!!」

 

 ドカドカとその巨体に付いた二本の脚が床を必要以上に踏み鳴らす音に、近くにいた短髪の女性オペレーターがあからさまにその形の良い眉をしかめた。

 

「こちらもあと少しで、システムのコントロール網が再建させる」

 

「何だと、まだ終わっていないのか!?」

 

「繊細なのだよ、通信網と言うのは」

 

「貴様、わしの事を!!」

 

 グゥ……!!

 

 赤く上気させた顔をシロッコへ押し付けるようにしながら彼を睨みつけるバスクのその面は、本当に茹で上がったタコの様に見える。

 

「タコの脚の様に図太い、昔ながらの通信手段しか理解出来ぬ男だと思ったであろう!?」

 

「否定はしないが、タコだとまでは口へ出していない!!」

 

「宇宙人共がもて囃す、ニュータイプを越えたワシのスーパーニュータイプ能力がそう認識をしておる!!」

 

「貴様のようなタコにニュータイプ能力なんぞあるものか!!」

 

「やはりタコだと、お前は、貴様は!!」

 

 グゥ……!!

 

 バスクはそのままシロッコを睨み付けたまま、なにやら懐から小さな機械のような物を取り出し、その装置のスイッチを入れた。

 

「何だ、私の頭が……!?」

 

 グゥ、グゥグ……

 

「あいたた……!!」

 

 そのスイッチが入れられた途端、シロッコのその髪、紫色をした頭髪をまとめている金色の輪が彼の頭を締め付け始める。

 

「フハハ、痛かろう……!!」

 

「やはり、このバンドは!!」

 

 輪が縮こまる力はそれほど強い物ではないが、それでも気分が良い物であるはずがない。

 

「私の知らない機能があるとでもいうのか!?」

 

「貴様がノンビリとバスルームへ入っている時にな、すり替えたのよ!!」

 

「どうりで風呂上がりに気分よくこの輪を掴んだ時、妙な重さがあると思ったか!!」

 

 ズゥ!!

 

 忌々しげにそう叫びながら、シロッコはレコアが彼の誕生日の為に作ってくれたケーキ、その生クリームへと自身の人指し指を突き刺す。

 

「ちょっとぉ、シロッコ!!」

 

「南無三!!」

 

 ベェア……

 

 そのまなじりを上げてシロッコへ抗議をするレコアを無視し、彼はそのクリームをバスクが身に付けているゴーグルへと塗りつけた。

 

「前が見えん、うおぅ!?」

 

「これで貴様は御陀仏だ、バスク!!」

 

「何の!!」

 

 目の前が純白の世界へと染まったバスクは、それでも手探りでその手に持つ対シロッコ兵器のスイッチを「強」へと変えようとする。

 

「甘いわ、タコ・バスク!!」

 

 すかさずシロッコが、再度ケーキへとその手をズイと突っ込み、その手に付いたベタベタのクリームをその機械へと押し付けた。

 

 ズ、ルゥ……!!

 

「くそ、手が滑る!!」

 

「どうだ、バスク・オム!!」

 

「しかし、まだワシは負けん!!」

 

 それでもどうにか、バスクは「最強」のスイッチ探りだそうとし、その太い指を機械の上へ這わし続ける。

 

「これ、である!!」

 

 ビィ……

 

「うぉおお……!!」

 

「泣け、叫べ、ブロッコリー!!」

 

 その端正な顔を縦へと歪ませ絶叫をするシロッコ、その脳裏へと浸透する苦痛に彼は耐えながらも。

 

 シャ……

 

 自身の手の内側へ近くにあったあるものを掴ませた。

 

「これでどうだ!!」

 

「何ィ……?」

 

 視界が遮られながらも、気に入らぬ男、シロッコの苦痛に満ちた叫び声に心地好い愉悦を感じていたバスクが、その声が途切れた事に疑問の色を帯びた呻き声を漏らす。

 

「お前のブロッコリーが締まりきらないのであるか……!?」

 

「こんなものでこの私を倒せると思ったか!!」

 

 余裕を強く見せているシロッコの言葉に対し、バスクはその額の汗とゴーグルへこびりついたクリームを拭い取った後、薄く見え始めたシロッコの姿に愕然とした。

 

「ローゥソク、だと!?」

 

「天才の発想であろう!!」

 

 その頭部と輪の間にケーキの上に差し込められていた蝋燭を入れ、防護壁としたシロッコのアイデア、その天才だけが成せる考えにバスクは強く歯噛みをする。

 

「そのようなロウソク、打ち砕いてみせるわ、シロッコ!!」

 

 怒りにその身を震わせるバスクは、さらに握りしめているスイッチの上へと彼の太い親指を這い廻させた。

 

「ふはは、小賢しいわバスク……!!」

 

 それに対抗して、先程に右眉の上辺りへと差し込んだロウソクに続き、頭の左へもケーキのロウソクを追加するシロッコ。

 

「なんと硬いロウソクであるか!?」

 

「レコアめ、良いロウソクを私のケーキへ乗せてくれた!!」

 

 何か特殊な素材で出来ているのか、シロッコを打ち砕かんとする頭の輪の圧力にもロウソクは折れる素振りすら見せない。

 

「システム、完成と……」

 

「一照射目は、確かアクシズ等の後方、細かい岩石やコロニー等のゴミ掃除だったわね」

 

 情けない喧嘩を続けているティターンズのナンバーワンとツーの姿へ冷たい視線をチラリと向けた後、アルフとレコアは通信網の最終チェックを終えた。

 

「そして、二照射目で出来るだけアクシズ等の大物、それらを出来るだけ削り取る」

 

「そう、なんだがなあ……」

 

 禁煙である情報処理ルームではタバコも吸えない、仕方なくアルフはシロッコが作業の最中に食べ残したロールパンをその手に取る。

 

「ジャミトフの事を考えているのかしら?」

 

「後期モルモット隊、一年戦争が終わった後の俺たちモルモット隊の古くからの上官だからな」

 

 アルフを始め、モルモット隊にとても良く、不便が無いようにしてくれた男、それがジャミトフ・ハイマンという老人ではあるのだ。

 

「あの二人に責任を押し付けて、この世からオサラバしたりしないよなあ……」

 

「ワシはな、シロッコ!!」

 

 どうしてもシロッコのロウソクの防御を砕けないバスクは、荒い息を吐きながらその天才の顔を睨み付ける。

 

「この世で自分が一番優れたブロッコリーであると思っている所がな、気に入らんのだ!!」

 

「凡俗が吐きそうな台詞だな、バスク・オム!!」

 

「バカにするなよ、シロッコ!!」

 

 どうやらシロッコの頭の輪を巡る攻防では、パプテマス・シロッコ、木星圏からメリケンくんだりやって来た天才ニュータイプの方へ軍配が挙がったようである。

 

「この二人では、今後どうにもならないでしょうに……」

 

 ため息をつくレコアの視線の先には、悔しさにその顔を滲ませながら管制ルームから立ち去っていくバスク・オムの巨体の姿がその目に入っていた。

 

「全く」

 

「お疲れ様、シロッコ」

 

「なんという品性の無い男だ、あやつは」

 

 ブツブツとそう愚痴るように呟くパプテマス・シロッコ、別にレコアはそういった彼の一面が嫌いではないのだが、何故自分がこの男に好意を抱いたのかに解らなくなってくる姿でもある。

 

「これでは、到底人類に品性という物を求める事など出来んな」

 

「おまゆう、その言葉はご存知かしら?」

 

「俗世の言葉か、知らんな」

 

 そう無関心そうにレコアへ返事を返してみせるシロッコは、自分が取り込み中であった最中にシステムが完成している事に、軽い感嘆の声をその口から上げた。

 

「これならば、すぐにでもソーラ・システムを放てる」

 

「ちょっとまって、シロッコ」

 

「何だ、レコア」

 

 シロッコのその怪訝そうな言葉に答える代わりに、レコアは彼の手に付いたクリームを軽く自分の指で拭って見せる。

 

「私に何か言うことがあるんじゃないかしらね」

 

「ケーキの事か?」

 

「慣れないながらも、一生懸命作ったのよ」

 

「別にいいではないか」

 

 レコアの咎めるような言葉に対して、シロッコは自分の髪をまとめている輪へと差し込んだ、鬼の角のような二対のロウソクへ手を触れながら、不満げな視線を彼女へ向けた。

 

「あんなドブのような味のするケーキなんぞ」

 

「おい、シロッコ……」

 

 その無神経なシロッコの言葉に慌てたような声を出すアルフ。彼の掛けている眼鏡を通して、レコアのその顔のこめかみの辺りへと浮かび上がる青筋がアルフの視界に飛び込んでくる。

 

 ジュオ……

 

 レコアがシロッコの頭の輪へと突き刺さっている二本のロウソクへ対し、最大火力のライターで灯りを付けると同時に。

 

「ゴフォ!!」

 

「いい加減にせえよ、ワレェ……」

 

 彼女の渾身の力が込められたボディブローが木星帰りの天才の腹部へと深くめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうよ、ヤザン」

 

 ド、ヤァ……

 

「何が、どうよだよ……」

 

 クィン・マンサを撃破したヤザン機へ合流に向かうユウはそう言い、どこか腹の立つ笑みをうかべながら、得意気にそのGマリオンの手に持たせた剣を振りかざす。

 

「非殺、血を流さない戦い方さ」

 

「気にいらねぇな……」

 

 その彼ヤザンの舌打ち、通信を通してユウの耳へわざと聴こえる大きさで打つそれに対し、思っているよりも強く消耗をしているGマリオンのコクピット内でユウはオーバーにその両肩を竦めてみせる。

 

「そうかな?」

 

「イキッているだけだよ、お前さんは」

 

 ヤザンのラーク・シャサにしても、万全な機体コンディションではない。先程から高機動形態への可変システムに変調をきたし始めた。

 

「性の根が優等生であるお前さん、が無理をしてな」

 

「俺なりに昔の、騎士とは名ばかりの行いばかりをやっていた」

 

 ウロボレスの剣、ヤザンへ貸し与えたヒート・サーベルを彼から返してもらい、その剣をじっと見つめながら収縮、柄へと刀身を押し込んでいるユウ。

 

「敬愛する男のやり方を真似てみたんだがね……」

 

「フフ……」

 

「うん?」

 

 コンパクトに纏めた紅の剣の片割れを機体内部へ収納を始めているユウは、その謎のヤザンの含み笑いに、その眉を軽く眉間中央へ絞った。

 

「ハッーア、ハッハッ……!!」

 

「な、なんだよヤザン!?」

 

 トッ!! ドゥ!!

 

「不肖、このヤザン・ゲーブル!!」

 

 自機ラーク・シャサの手のひらで、ユウのGマリオン、その背中をバンバンと叩きながら、面白くて堪らないといった風の笑い声をヤザンは上げ続ける。

 

「あなたに感服、そう感服を致しましたよ、ユウ大佐殿!!」

 

「止めろ、叩くな!!」

 

 わざとらしい敬語をユウへ放ちつつ、ヤザンはGマリオンの機体を小突き、軽く蹴り飛ばす。

 

「いったん後方へ補給しに戻るぜ、お前ら!!」

 

 キィ……

 

 最後にユウの機体をラーク・シャサの鉤爪状の脚部で引っ掻いてみせながら、ヤザンは部下達へと大きく声を投げかけた。

 

「何なんだよ、いったい……」

 

「よかったすねぇ、ユウ大佐」

 

「何がだよ?」

 

 ヤザン隊で一番の若手であるアドルの機体が、ユウの近くへとすり寄ってくる。

 

「ウチの隊長、最近機嫌があまりよくありませんでしたから」

 

「そうなのか?」

 

 予備プロペラントを機体の尻、ラーク・シャサの給油孔へと差し込んでいるヤザンの機体が放つブースターの光を見つめながら、ユウはパイロットスーツのヘルメットを取り、その青い短髪の中へと自分の手を差し込む。

 

「あの人も少し歳が来たせいもありますから、それで……」

 

「何をやっとるか、アドル!!」

 

「は、はい!!」

 

 ユウへ無駄な話をしてくれていたアドルへ、宙域から離脱を始めたヤザン機からの怒声が飛んだ。

 

「じゃ、ユウ大佐」

 

「頑張れよ、アドル君」

 

「ヘェイ……」

 

 最後にニカッと笑って見せたアドル。彼の機体がヤザン達の後を追う姿を見つめながら、ユウが再度自らの髪へと指を差し入れ、軽く頭皮をこする。

 

「まあ、結局の所」

 

 ピィ、ジィ……

 

 Gマリオンの機体管制システムの異常を知らせるランプの光が、コクピット内を淡い緑色へと照らしだす。

 

「自分の殻を破る方法すら、他人のやり方、昔のニムバスを参考にし、真似る事が限界」

 

 お決まりの機体コンバーター「グレイス」に関するバグ、ユウの身体と同じく持病みたいになっているその自機の病気のカルテ、プログラム列を脇のコンソールへと映し出させるユウ。

 

「所詮、俺はこんなもんだ」

 

 ユウは技術者ではなくパイロットである。機体異常へ対しても応急処置を施すのが精一杯ではあるのだが、それでもアルフから教えてもらったプログラムコードをGマリオンの管制OSへ修復用文字列を差し込む事くらいは出来る。

 

「ラプラス、何とか不確定という意味らしき哲学的な言葉」

 

 何の破損もないのに機体へ内部関係の異常が呼び起こされた時、その時に必ずプログラムへ浮かびあがる謎の単語であるラプラス・エーテル。

 

「それがラプラス、可能性か」

 

 そのラプラス・エーテルというOS内の言葉全ての前後へアルフ秘伝のタレを注ぎ入れ、ユウは機体異常をなだめようとする。

 

「でもな、ラプラス」

 

 何か先程まで戦っていたミネバ、ミネバ・ラオ・ザビもその舌へと乗せる謎の言葉の意味、それはユウにとっては簡単には解らないものではあるが。

 

「その方法」

 

 白旗を掲げているモビル・シップ「ミィバ・ザム」へ、数機の連邦派モビルスーツを伴いながら近寄るクラップ級巡洋艦、新鋭の連邦軍艦がつい小一時間程、少し前まで激しい戦闘が行われていた宙域へと進出をしてくる。

 

「結局、どうあがいても」

 

 機体制御のプログラム修復は完了したが、そのラプラスの文字列を消去したわけではない。

 

「自分の殻を破るやり方すら、俺は借り物だ」

 

 キリがないのだ、可能性という面倒な文字は。

 

「だが、その借り物を真似て選んだ選択、それ自体はな」

 

 再度、プログラム文字列へ新たなラプラス、その文字がどこからか侵入をしてくる。

 

「俺が自分の意思で選んだんだよ、顔の無いユウ・カジマが」

 

 プログラムへの文字自体はほおっておいても大きな問題はない。むしろ機体の性能を向上、最適化させている場合があるらしいとはアルフやシロッコに聞いてはいるが。

 

「それが、俺の生き方だ」

 

 その身体へ謎の可能性を蓄えたまま、Gマリオンの目鼻が無い、のっぺりとしたバイザー状の顔が太陽から放たれる鋭い閃を浴び、微かに赤みを差す。

 

「顔の無い男の生き方だ、そうだろう?」

 

 顔の無い男、僅かに自分の事を自嘲混じりに呟いた時、何故かユウはモルモット隊の部下であるシドレと。

 

「ラプラスのユウよ」

 

 以前に夢に見た、少年だか少女だか解らない子供、おぼろげとした輪郭ながらどうにか貌を取り始めたその子の顔。その二人の面差しが自身の脳裏へと浮かんだ。


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