夕暁のユウ   作:早起き三文

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第61話 蒼き騎士、駆ける

「どうした、騎士ニムバス?」

 

「いや何、騎士シーマよ」

 

 そのブッホならではの役職名、他の会社であれば係長だかその辺りの意味合いであろうか。二人のブッホ社の騎士階級が呼び合う言葉には二人の近くにいるローベリアはなかなか馴染めない。

 

「シャアがいつまで、私達を許してくれるかと思っていてな」

 

「あの赤い彗星、あの男は私たちのやり方を大目に見ているはずじゃないのかい?」

 

「本当にそう思っているなら、少し私達は甘いかもしれんぞ」

 

 やや影が落ちたような口調のニムバスの言葉に、三人の回りで働いていたシーマ艦隊の者、そしてニムバス達と共鳴をしているネオ・ジオンの兵達がその面を僅かに険しくする。

 

「もしかしてシャアは、我々を公開処刑にするために生かしておいているのかもしれん」

 

「公開処刑、何のために?」

 

「無論、自分の意見に逆らう者への見せしめだろう、シーマ」

 

「昔のザビ家じゃないか、それは……」

 

 ニムバスが言い放つ言葉、それに少し遅れて自分の背筋へと疾った寒さを振りきるかのように、シーマが声を張り上げようとしたその時。

 

「ローベリア?」

 

 ローベリア、かつてのマリオン・ウェルチが黙って二人に向けてその細い腕を突き出す。

 

「シャアが近くに来ている……」

 

 ゴックッ……

 

 その静かな、しかしハッキリとしたローベリアの言葉に、近くにいたムサカのクルーが唾を飲み込む音が辺りへ鳴った。

 

「シーマ様……」

 

 シーマの腰の携帯端末から雑音混じりに伝わる、微かなコッセルの声。

 

「シーマ様、聴こえますか?」

 

「何だ、コッセル?」

 

 ニムバス達へ目配せをしながら、シーマは携帯端末へその手を伸ばす。

 

「シャア総帥のノイエ・ローテⅡがこの艦隊の付近を通過しております」

 

「あのいけすかない形のモビルアーマーが出ていると言うことは」

 

「はい、シーマ様」

 

 彼女はこの副官コッセルにだけは、騎士の称号を省いて名を呼んで良いと言っている。昔からの馴染みであり、形式などは今更な話だ。

 

「アムロ・レイのν-GPとやらと、またやりあうつもりか」

 

「船外のジャンクを回収している連中には、艦へ退避するように伝えてあります」

 

「オーケーだ、コッセル」

 

 シャア・アズナブルの改良型ノイエ・ローテ、それとアムロ・レイ達が駆るモビルアーマーとの戦いに巻き込まれて、無事でいられる者はいない。

 

「近くを通過するわ、シャアが」

 

「さすがはニュータイプ」

 

 やや鼻で笑うような、刺のあるシーマの言葉にもローベリアはその表情を変えず、何かに集中をしている。

 

「この底知れない、どす黒いエゴイスティックな悪意」

 

「悪意、か」

 

「昔のあんたの比ではない、ニムバス」

 

 そのシャアの宇宙の色、暗黒の太陽のプロミネンスの心はニムバスにも感じられていた。彼の微弱なニュータイプ能力云々よりも、厄介なフィーリングの合い方がニムバスとシャアとはしてしまうのだ。

 

「ニュータイプ、ろくでもないね……」

 

 携帯端末から伝わる「大規模兵器接近中」のピィピィ鳴る警戒音に、何かシーマは腹の底が冷たくなるのを感じながら、苛立たしげに噛みタバコを再度口へ含む。

 

「ニュータイプは、世界を滅ぼすもののだ」

 

「マリオン……」

 

「違っていて、ニムバス?」

 

「いや……」

 

 その言葉、ニュータイプ抹殺兵器を造ろうとした博士の口癖、それを否定する言葉はニムバスには見つからないい。

 

「噛みタバコ、一つくれないかしら?」

 

「ほらよ」

 

 少し憂鬱げな面差しへとなったシーマが、文字通り投げやりにローベリアへタバコを投げて渡してやる。

 

「歯に色素が沈着しないタイプかしら、これは?」

 

「しないよ、しない……」

 

 昔の彼女、シーマならばこんな鬱陶しいローベリアのようなタイプの女へはとっくに怒鳴りつけていたはずであるのだが、歳であろうか。

 

「あたしが使っている銘柄だ」

 

「歯が綺麗だものね、あなたは」

 

「フン……」

 

 自分の性格が丸くなってくる事は、我が強い面子が集まっているシーマ艦隊を率いていくのに、必ずしも彼女シーマも自分では好ましく思ってはいない。

 

「不愉快だ、乱暴な奴ら……」

 

 近くの宙域で二機の大型モビルアーマー達が起こしたニュータイプ波の撹拌に、ローベリアは軽くその身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、あたしは牙をうしなっちっまったのかもしれないが」

 

「ネオ・ジオン、それとブッホにさえ隠れて、何をコソコソやっているのだ、騎士シーマ」

 

「フフ……」

 

 その不敵に笑う、女豹とあだ名をされた彼女の笑み。それはどこをどう見ても牙が折れた、覇気と野心を失った人間のそれには見えない。

 

「過去の精算と未来、人生の先への希望を、このシーマ様達は」

 

 ピピッ……

 

「朝、朝だよぉ……」

 

 赤い彗星の接近が起こした不気味な宇宙の海の荒れ、それにより神経がささくれ立ったシーマが口直しにコーヒーチューブを飲み干していた時、彼女の腰から仕事の時間が来たことを知らせるチャイムと合成音声が鳴り響く。

 

「あたし達ならず者が見いだせ始めたんだ」

 

「過去の清算、未来、人生の希望か」

 

「ん……?」

 

 そのシーマの言葉に、強く深く頷いているニムバスとローベリアを女海賊騎士は怪訝そうにその視線を向ける。

 

「まぁ、さ……」

 

「朝御飯食べて、学校行くよぉ……」

 

 何か遠くを見るようにその双眸を細めながら、空のチューブを無造作に床へ放り投げるシーマ。

 

「ちょっと、騎士シーマ様……」

 

 ギラ・ドーガの調整を終了した整備士が、そのゴミ捨てに対して少し嫌そうな視線を投げつけたのも気にせずに、彼女はハンガーデッキから立ち去ろうと、そのしなやかな身体を強く伸ばす。

 

「せいぜい、この戦いを利用させて貰うさ」

 

「シャアを欺ける自信があるのかしら、あなたは?」

 

「ジオン本国で飲食店を始めた、あの連邦軍の雇われ店長であるハゲも騙す事が出来たんだ」

 

 四十近い歳だと言うのに、身体のラインが全く崩れていないシーマを少し羨ましそうに見つめるローベリア。

 

「今度も上手くやれるさ」

 

 そのやや不躾な視線を向ける彼女へそう言いながら軽く微笑みかける、一年戦争時に最大の犠牲者を生み出す大虐殺を行わされた、原罪の賄い手である戦争犯罪者シーマ・ガラハウ。

 

「主義理想を掲げている連中、シャアのような奴らを騙す事に生き甲斐を感じている所もあるからな」

 

「主義思想か」

 

 その主義思想の権化であった一人の男、クルスト博士の顔をニムバスはこの十年の歳月の中で忘れかけている。

 

「そんな女さ、あたしはね」

 

「悪党だな、騎士シーマ」

 

「もちろん」

 

 ニカッとニムバスへそう笑いかけたシーマは、そのまま足早にハンガーから出ていく。朝御飯を食べに行くのだろう。

 

「過去の清算、か」

 

「あたし達はどうなんだろうな、ニムバス」

 

「まだ、なあ……」

 

 いつでも稼働が出来るレーテ・ドーガ、サイコ・エグザムからサイコミュ関係等の基本システムを移し替えた、その漆黒のドーガタイプを遠目に見やりながら、ニムバスはその細い両目をさらに狭める。

 

「まだ、エグザムはその役目を終えていない」

 

「裁くべきニュータイプ、一人は必ず存在しているものね」

 

「だが、それを成すのは」

 

 ローベリアからチョコ・バーを一本ねだったニムバスが、おそらくは地球があると思われる方向へとその視線を向ける。閉ざされた巡洋艦ムサカのハンガーデッキからは外、宇宙や地球の姿を見ることは出来ない。

 

「私やユウ・カジマの事ではない、別のニュータイプがやるべき事なのだろうな」

 

「そうかしら、ね?」

 

「違うか?」

 

 そのローベリアの返事に、ニムバスは不満と言うよりも不思議そうな物を見るような視線を彼女へ向けてみせた。

 

「マリオン、そしてクルスト博士よ」

 

「どうかな……」

 

 だが、その彼ニムバスが暗に示しているニュータイプの男、何度か会い、言葉も交わした事がある連邦軍に所属をする「彼」がそれを成す事、悪しきニュータイプを誅する事が出来ている姿、それをローベリアには。

 

「想像が出来ない、あの男には毒や邪気が無さすぎる……」

 

 チョコ・バーを胸ポケットへ差しながら用足しへ行ったニムバスの背中へ向けるローベリアの視線。

 

「ただの蒼い色だけ、優しさのみで構成をされた宇宙の心で出来るものかな?」

 

 続いてそのローベリアの両の瞳はニムバスの機体へ、そして次に。

 

「ドーガ・タイプ、ジムシリーズの新鋭であるジェダの外装を変えたモビルスーツ」

 

「よく知っているな、あんた」

 

 ギラ・ドーガの頭部を見つめながら呟いたローベリアの言葉に、その機体のデータを分析していたメカニックの男が顔へ掛けていたゴーグルを上げ、彼女へその視線を向けた。

 

「アナハイムの二股は、誰でも知っている事じゃないの?」

 

「そう、誰でも知っている事さ」

 

 男はそう呟いた後、コーヒーチューブへその口を付けながら、ローベリアへ再度微笑みかける。

 

「みんな、本当に全て、誰でも知っている事」

 

「知らないのは、当事者達だけかしらね」

 

「まあ、それでも」

 

 チューブから手を離して、再びモビルスーツのデータコンソールへ男は横目を向けた。

 

「知っていても、どうにもならない」

 

「結局、最後は力かしら?」

 

「そうなんだよな、嬢ちゃん……」

 

「嬢ちゃんはないでしょう」

 

 その年配の男の言葉に、軽くその細い両肩を竦ませるローベリア。

 

「二十の半ばの歳であるこのあたしに」

 

「なら、嬢ちゃんさ」

 

 少し侘しげな色が混じっている彼の言葉に、ローベリアは微かに苦さをその表情へ乗せてから、再び自身のその近くへとそびえ立つモビルスーツ「ギラ・ドーガ」の面を見上げる。

 

「力、チカラか……」

 

 ジオンの象徴とも言える名機「ザク」の面影を強く有したドーガタイプの新鋭であるギラ・ドーガという機体。

 

「裁く力……」

 

 だが、そのギラ・ドーガとは別種の、シャアとニムバス以外の強化人間には扱えきれなかったレーテ・ドーガ。その機体の腕に握られている黄金の剣、非殺の剣を彼ニムバスはシャアからの再三の要請、脅しを含んだそれにも関わらず捨てなかった。

 

「裁く力を捨てたニムバスには、なおにそれでも新たな力、自分が見出だした宇宙の心がある」

 

 だが、もう一機のレーテを管制ユニットとして使用しているノイエ・ローテ、そのモビルアーマーがその巨体へと覆う紅い血の色は、明らかに十年前にニムバスが纏っていた宇宙の心のそれである。

 

「裁く力……」

 

 再び、その言葉を舌へ乗せたローベリアの脳裏に浮かんだ、最後のエグザム搭載機とも言える蒼い機体。微かにその両の瞳を閉じる彼女の目蓋の内側、暗闇の世界の中で連邦製モビルスーツ特有のバイザー・アイから紅い光が放たれた。

 

「ユウ・カジマ、か」

 

 ドーガ・タイプの鏡面とも言える、連邦軍内ではガンダム・タイプと異なる意味合いでの象徴であるジェダ。ジム・シリーズの集大成機。

 

「そして、最後のEXAMの騎士」

 

 今なお、エグザム、マリオン、そしてクルスト博士の呪縛を背負っている、青蒼のジェダ・タイプであるブルーディスティニー五号機。それを駆る、十年もの月日が経過をしても蒼い宇宙とやら、その残滓へと心を囚われたままと思われる男。

 

「しかしに、全く」

 

 カリッ……

 

「実に情けない男だよ」

 

 そうは言いつつも、チョコ・バーをかじりながら吐き捨てたローベリア・シャル・パゾム、古のマリオンの声にはどこか空虚な響きがある。

 

「少しはニムバス、ニュー・バースと自らの名を決めた男を見習ってほしい」

 

 だが、新たなる誕生を示す名を持つ男であるニムバス・シュターゼン。その彼が当のユウ・カジマをあれほどまでに惚れ込んでいるのだ。

 

「フラガナン研究所で、最高クラスのニュータイプ能力を持っていたらしい女、ララァ・スン……」

 

 今の宇宙世紀で、最も優れたニュータイプ・スキルとやらの持ち主であるらしい二人の男、シャアとアムロがその女を取り合っているという噂。それ自体はそれこそ目の前で働いているギラ・ドーガのメカニックが言っていた通り、ほとんど「誰でも知っているゴシップ」である。

 

「彼女に匹敵をするニュータイプであった私、マリオン・ウェルチはなにかあの男の真価を見落としている……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バウンド!!」

 

 Gマリオン、ユウの機体とそれが這い乗るバウンド・ドックはミィバ・ザムからの対空防衛システムによる砲火を潜り抜けながら、一瞬でも敵機からの攻撃を防ぐ障害物をその宙域から探しだそうとする。

 

「これより、Gマリオンはバウンドと分離をする!!」

 

「了解!!」

 

 ユウ達の僅かに右方面、どうにか瞬時でもミィバの対空砲を防げような厚みのある金属板、おそらくは艦の外甲板と思しき残骸へその頭部を向けるGマリオン。

 

「よくやってくれた、バウンド!!」

 

「ご無事で、大佐!!」

 

「あんたの機体の離脱を許可する!!」

 

 ジャラァ……!!

 

 想像以上に損傷が激しいバウンド・ドックからフワリとその身体を離れさせるユウの機体。近くに浮いてあった柱状のスペースデブリへその腕からチェーンを伸ばし、そのデブリを軸として一回転を行う蒼いジム、ブルーディスティニー5号機。

 

 ジュハッ……!!

 

 ミィバの砲撃と同時に別の角度からも、ユウが盾として身を隠した装甲板の表面をビームの粒子が跳ね散った。

 

「後続隊、ミィバの他にも敵がいるぞ」

 

 ユウ機の運搬をしてくれたバウンド・ドックが飛び去っていった時に見せた光の軌跡を塞ぐかのように、連邦の後続モビルスーツ達の姿がGマリオンのコクピット、全天視界モニターの周囲を塞ぐ。

 

「解っています、了解……」

 

 ユウ達が切り開いた道へ追従をしてきた機体群の先頭は、どうやらアーガマで会ったことがあるベテランパイロット「アニッシュ・ロフマン」のようであった。

 

「気を抜いてくれるなよ、アニッシュ君」

 

「毎度、毎度ですよ……」

 

 数機のモビルスーツを引き連れて、太陽方面から接近をしてきたネオ・ジオンの部隊を迎え討とうとしている彼の口から放たれる苛立った声。それは以前のゴップ提督との一件でユウに含む事があるのか、戦闘で消耗をしているのか判断が難しい。

 

「しかし、それはともかく」

 

 ギィン……!!

 

 アニッシュの量産型Zに気をとられている隙に至近、Gマリオンへ絡み付くように迫ってきてしまったバギ・ドーガの「バッタ」をユウは火焔剣エグザムを使い、ハエ叩きを振るう要領でその害虫を遠ざける。

 

「敵、まだかなりが残っていたか……!!」

 

 ミィバ・ザムの直掩機と思われるファンネル搭載機群が、最後の防壁としてミィバの体内から飛びだし、ユウ達の前に立ちふさがった。

 

 シュア……!!

 

 お決まりのファンネル、そして旧ジオンの試作ニュータイプ専用機から有線式のサイコミュ兵器がユウを先頭とする連邦モビルスーツ達へ迫り来る。

 

「サイコミュ兵器、ではあるが……」

 

 ユウ機に搭載されている、マリオン・システムの「目」を透して見える敵性ファンネル群の輝きが妙にぼやけて見える事に、ユウは自身のその首を軽く傾げた。

 

 ガフォ……!!

 

「えぇと、確かキケ、キケ……」

 

「何ボヤッとしているんだ、あんたは……」

 

何発かのビームを無駄に撃ちながらも、それでもユウ機へ近づいてきたファンネルを撃墜してくれた女性パイロットが、動きが鈍っているユウへ呆れたような声をかける。

 

「そう、キクラゲだ!!」

 

「あの旧型のサイコミュ機の名前か?」

 

 ミィバの直掩部隊、マスプロ・キュベレイがその背中から放つビームカノン砲をかわしながら、ユウとその女性パイロットは展開をしている敵部隊の構成を見極めようと、その機体をモビル・シップが支配をしている宙域からやや後退をさせた。

 

「俺の馴染みのモビルスーツ技師が見せてくれたらジオンびっくりモビルスーツ図鑑に載っていた」

 

「胡散臭い図鑑だな、それは……」

 

 そのキクラゲというモビルスーツが、あたかもその二人の話を聴いていたかのように、両肩の大型有線ビーム砲の射出をし、鈍い光のビーム照射がユウ達へ飛びかかる。

 

「フン!!」

 

 チェ!! チィア……!!

 

 ビーム照射にやや遅れて、ユウ機の手の先からの弾丸の連射、それに続きGマリオンの背後からもその有線サイコミュ兵器へ向けてバルカン砲の火線が疾った。 

 

「損害は極めて軽微……」

 

「大丈夫か、そこのジェダ?」

 

 後方から支援に駆けつけたジェダがそのビームにより被弾をしたしまった様子である。

 

「安心を、大佐」

 

「うむ……」

 

 ボゥ……

 

 そのモビルスーツのサイコミュ兵器は、火力が微弱なGマリオンのフィンガーバルカンでも容易く破壊が出来たほど脆弱。

 

「ふやけたインコムの出来損ないなんぞ、このジェガンには効きませんよ」

 

 旧式のサイコミュ・モビルスーツから飛ばされた有線ビーム砲。その光条は見掛けの太さこそ威圧感があるが、スピードも火力も全く問題にならない。ユウ機の後方でそのビーム照射がかすってしまった新型ジェダの機体に備わった簡易ビームコートには磨耗すら無い。

 

「だが、それ以前に」

 

 敵機群の機動や照準、そしてファンネルの動きに、モビルスーツの性能うんぬん以前にバラつきが見えるのだ。士気や腕が無いというよりも、何か別のものに気が捕われているように。

 

「戦意が低いか、裏切りの心を持っている奴らか?」

 

 しかし、主君へ忠義を表しながら裏切りを考えている者の心は、火に炙られたチーズのように外は堅く内側はグズグズとなる、ユウ機のマリオンもそう映してくれるはずだ。

 

「強固な意思を持つ裏切り者達など、いるものなのかな?」

 

「いるんじゃないかしら?」

 

「うん?」

 

 Gマリオンの背後へ音もなく近づいた若干に旧式の機体、確かユウの記憶ではネモのZタイプだか何だかというらしき白いモビルスーツから、女性パイロットの声がユウへ投げかけられる。

 

「いきなり後ろから迫るなよ……」

 

 入れ替わるかのように、ジェダの発展機を駆るパイロットはミィバ攻めの別の部隊へと合流をする。どうやら彼はその部隊とはぐれていたようだ。

 

「油断よ、歴戦のパイロットともあろう者が」

 

「悪かったな」

 

 その女性の声、どこかユウには聞き覚えがあるような気がしたが、どうも思い出せない。

 

「裏切りには過ちを正す、罪を償うとか正道へ戻るとか、いろいろ便利な言い換えができるから」

 

「だが、連中は戦闘意欲まで無くした訳ではないみたいだぞ、あんた?」

 

 そう言いながらも、冷静にミィバ・ザムの周囲へ向けてその目を巡らせているユウ。

 

 ガファ……!!

 

 彼の視線の先では先程の女性パイロットが搭乗する高機動機、バイアランと呼ばれるモビルスーツがその機体背部のブースターに挟まれた外付け式の疑似ニュータイプ波発生器の力を借りて、着実にネオ・ジオンの機体を破壊していく姿が見える。

 

「迷っているか、あるいは……」

 

 ミィバ・ザムの周囲には、バラバラに散らばってこそいるが、連邦派の機体の姿もかなりの数が見える。ネオ・ジオンの防衛線を突破できた者たちだろう。

 

「連邦、アースノイドの味方になるつもりとまではスペースノイドとしてのプライドが許さない」

 

「シャア程に地球をボロボロにするという考えの徹底が出来ない者達が起した、内部分裂か……?」

 

「そうかもしれないわ」

 

 一般常識的に考えて、シャア・アズナブルの地球を崩壊させるといったやり方についていけない、いきれないといった人間もいて当然ではある。

 

「あなたが抜け駆けが功を奏したこの状況」

 

 そう言いながら、女が自機の片手をぐるりを回し、ミィバ・ザムの周辺へとユウの視線を向けるように促す。

 

「味方の数が思っていたよりも多い……?」

 

「あなたの勝手が運よく上手くいったのね」

 

 ミィバ・ザムの対空砲により後退をしながらも、あと僅かな余裕があればモビル・シップへ打撃を加えられたように見える機体の姿達も見受けられる。

 

「あなたのジェダの改良タイプの突撃で、ネオ・ジオンの注意が一気にそちらへ向いた、それが大吉と出た」

 

 連邦派のモビルスーツ達が、ついにミィバ・ザムを包囲し、優位に立ち始めたのだ。

 

「俺がオトリとなったか」

 

「自分勝手な行いが上手くいって、良かったわね、大佐さん」

 

 どうも何か、この女性パイロットの口調には刺がある。すこしむっとしながらも、別にユウとて自分の行いが模範的だとは思っていない。

 

「ミィバの防衛網、崩れたかな?」

 

「あなたが考えたヒサツとやらの勝ち方、何なのかよく解らないけど」

 

 ボフアァ!!

 

 ユウが一時的に所属をした部隊の中隊長、彼が駆るFAZZのアンチ・ファンネルミサイルがGマリオン達を狙ったらしいミィバのファンネル群に対して迎撃をしてくれたようだ。

 

「犠牲が少なくなる手段なのかしらね、そのヒサツ?」

 

「一応、な」

 

 ズスゥ…… ズゥ……

 

 ネオ・ジオン軍から放たれる火線の量が増してきた。彼女のその言葉の裏には消耗戦を避けたいという考えがあるのかもしれないとユウは想像する。

 

「今なら多少無理をすれば出来るのでなくて?」

 

「そうかな……?」

 

 ドォウッ!!

 

 背後からの強烈なビーム砲の波動。その攻撃はユウ達を狙った訳ではないようであるが。

 

「迷っている暇はないな、やはり」

 

「当たり前よ、大佐さん」

 

 その戦意を失っていないネオ・ジオン機達の攻撃に触発をされてか、ミィバの直掩機達の攻撃に対する迷いが消えていくのが、マリオンの目を通してユウにも解る。

 

「よし……!!」

 

 Gマリオンのコンバーターから光が強く舞い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらせはせん……」

 

 周辺の直掩機達の不甲斐ない戦い方、彼らにその戦い方をさせてしまう理由は解るの事には解るが、それでもミネバ・ラオ・ザビにとってはシャアをそうそう見捨て切れないものだ。

 

「やらせはせんぞ!!」

 

 ミネバはその小さい口からは信じられない程の雄叫びを管制ルームへ響かせながら、ミィバ・ザムの防衛システムの総稼働力を上げるように周囲の兵達へと怒鳴り付ける。

 

「十八禁のメディアを見れる年頃になるまで、やらせはせんぞ!!」

 

 トゥ!!

 

「それが、何故に御み足の放ちへと繋がるのです!!」

 

 細いミネバの脚蹴りを後頭部へ受けても、両の手で火線のコントロールを行っているオグスはその微かな痛みを抑える為の手を伸ばすことは出来ない。

 

「せっかく手に入れた愛の巣穴二つ物をハマーンの奴は取り上げた!!」

 

「教育係ですからね、あの人は!!」

 

「その本をあやつは笑った、喪女のくせに!!」

 

 シッギ……!!

 

 管制室の中央へミネバが居座る、身丈に合わない巨大な豪奢座席の脇から、二本のレバーが飛び出した。

 

「この我らを追い詰めた先駆けとなった蒼い機体、ユウ・カジマめ!!」

 

 そのミネバの細腕がマイクロ・ソーラレイの操作桿を強く握り締めると同時に、彼女は咆哮を上げる。

 

「ミネバ様!?」

 

「あの生意気を行うユウ・カジマの蒼い尻へ、特大の悪魔大根を差し込んでやるわ!!」

 

「シミュレータだけの貴女が、まともに撃てるものではありません!!」

 

「シミュレータ!?」

 

 オグスから大主砲マイクロ・ソーラレイのコントロール権を奪ったミネバは、目の前の宙へと浮かび上がるホログラフコンソールを睨みつけながらも、そのオグスの言葉を聞き逃さない。

 

「年頃の妄想の何が悪いか!?」

 

「そうそう妄想通りに、思い通りにはいかないのが実戦です!!」

 

「この大放射が小娘のやること、やることだとでも言うのか、主は!!」

 

 その言葉が威嚇だけではないかのように敵味方へと思わせるかのように、ミネバは照準が定まってもいない状態で主砲のエネルギー充填を始める。

 

「撃つ、気か!?」

 

 Gマリオンのメイン推進器であるグレイス・コンバーターの出力を増大させておいたユウ・カジマ、その自機をあらかじめ目星を付けておいた主管制とおぼしきブロックへ急接近をかけさせようとしていた彼は、ミィバの主砲に瞬く光を見て、その身を強く引き締めた。

 

「しかし!?」

 

 シャ……!!

 

 スポットレーザーの動き、それの照準合わせが極度に遅く、いや甘くなったのをユウは感じ始める。

 

「射手が替わったか……!?」

 

 光をその大砲身へと灯してこそいるが、その砲身がターレットを移動する動きも鈍足だ。

 

「遅い、だけじゃないな、ミィバ……」

 

 直線的に過ぎるのだ、照準用レーザーも砲身の動きも。

 

「プレッシャーも何も無いぞ、休憩をしているらしいオグスよ……」

 

 今までマイクロ・ソーラレイから感じていた恐怖は、その悪魔の光の威力、それの想像よりもユウとGマリオンの身動き思考を先読みし続けるレーザーと砲身の軌道にあったのだ。

 

「誘い、おとりも考えられるが!!」

 

 その言葉を舌から吐ききらない内に、ユウはGマリオンを無謀とも言えるミィバへの強制接舷を試みる。

 

「相手の思惑を越える動きをし続ければな!!」

 

 ドッ、フォ!!

 

「ちょこまかと、ユウ・カジマ!!」

 

「アイツがユウと気がついておられるなら、ミネバ様!!」

 

 小刻みに機体を機動させる、微かに残像すら見えるGマリオンへ、照準も砲身も全く追い付かない。

 

「マイクロの操作権を私に戻して下さい!!」

 

 好機を逃さない、熟練の連邦派パイロットが駆るモビルスーツ群がユウの機体へ続いて来ることへ歯噛みをしながら、オグスは通信機で他ブロックへの責任者へ火力を上げるように依頼をする。

 

「連邦の男への一目惚れを吹っ切る乙女の想い、所詮はロートルのオグスには解らんか!!」

 

「部下をロートルなどと、暴言な!!」

 

「しかも、手足を使わずに脳波で妄想が出来る!!」

 

 カッ、カッ……!!

 

 細い脚でオグスの頭を連打しながらも、主砲の照準コントロールを行えるミネバには、確かにモビルスーツパイロットとしての才能があるように見うけられた。

 

「しかも、ユウ・カジマが私を狙っておる事も解る!!」

 

「そりゃ、この艦を奴は狙っていますよ、ミネバ様!!」

 

「そんな私を、喪女ハマーンや偏執シャアと同じように見下すとは!!」

 

 ヌゥ……!!

 

 蹴り続けるミネバの親指がオグスの口へ飛び込んだ。

 

「カフッ!?」

 

 小娘の親指の味を噛み締めたオグスの右手が滑り、デタラメに対空砲火の発射スイッチを押してしまう。

 

 キィン!!

 

「何ぃ!?」

 

 自機への微かな被弾、そして右手に持つ魔剣エグザムをミィバからの対空砲から正確に狙撃をされたユウは、宙へ弾き飛ばされたエグザムの剣を慌てて掴もうとGマリオンを下降させた。

 

「なんと言う手の上手さだ、ミィバ!!」

 

「なんと言う足の旨さだ、ミネバ!!」

 

 体勢が崩れたユウ機へしつこく追いすがるミィバ・ザムのマイクロ・ソーラレイの瞳。それがいくら機敏さと正確さを増しつつあるといえど、オグスはミネバの親指を吐き出しながらコントロール権を戻そうと試みる。

 

「つくづく大人というのは度し難いな!!」

 

「ゴフッ!! コフッ!!」

 

 眼下で咳き込みながらコーヒーチューブの中身を一気に口へ送り込むオグスをミネバの脚が督戦する。

 

 ボフゥ!!

 

「私はタコの手足に生まれ変わりたい、全く!!」

 

 愚痴りながらも、未だにオグスはミネバから主砲のコントロールを奪う事をあきらめない。加えて迫るユウ機への対空砲火へも意識を向けているオグスにとっては頭、後頭部の疼きを抑える暇などない。

 

「よっとぉ!!」

 

 必殺を賭けたらしい、ミィバからの集中火線をフェザー・チャフと機体のスラスターを駆使してギリギリでかわすユウ。Gマリオンの目の前まで迫った突撃型鉄片ファンネルを胸部の拡散ビームが粉砕をする。

 

 ギィ、ギィーイ!!

 

 ユウ機の真正面へ、まさしくマイクロ・ソーラレイの砲口が正対をした。

 

「今だ!!」

 

 Gマリオンの股間部、原型のジェダ・タイプに元々備わっているマルチ・ランチャーの蓋が左右へと開く。

 

「マァー、キング、最高じゃないか!!」

 

 シォ……!!

 

 胸部ビーム砲の不調を知らせる警報も気にせず、ユウは自分の股間部、そこからトリモチ弾をミィバの大主砲上部へチョコンとある丸型レーザー発信器へと射出させた。

 

 プォ……!!

 

「射精器に逆射精をされた!?」

 

「言わんこっちゃない……!!」

 

 急いでミネバはレーザー発信器へ取りついた白い粘液を、自分の熱で溶かそうとレーザー光の出力を上げる。

 

 ズゥ!!

 

「取り付かれたか!!」

 

 Gマリオンが強制接舷をしかけたのは、ちょうどミネバやオグス達がいるメイン管制室の上。

 

「直掩モビルスーツに伝令を!!」

 

「ハッ……!!」

 

 だが、そのオグスの声に答える管制室の通信手の声は酷く暗い。

 

「シャア総帥のやり口が気に入らない奴らでも」

 

こういう時に、居丈高に命令をしないのが一年戦争時に彼ブレニフ・オグスが学徒兵達に慕われた理由であるのかもしれない。

 

「ミネバ様やハマーン執政までは捨てきれないはずだよ」

 

「そうであればよろしいですが、オグス大佐……」

 

「裏切りを止める説得の言葉、思いつかないのは歯がゆい物だな」

 

 額へ汗をかきながら唸るオグスの見つめる機体外監視モニターの中、その枠の中でユウの機体Gマリオンが紅く輝く焔の剣、両の手に持つその大剣を逆手へと持ち替える姿に彼は軽く唇を噛む。

 

「あんな細き物でこのミィバの膜を突き破れると思っておるのか、ユウ!?」

 

「確かにヒート・サーベル一本ごときでどうにかなるミィバ・ザムの複合装甲ではないがね……」

 

 魅惑的、そして挑発的な視線をユウの機体へ向けてながら叫ぶミネバとは逆に、オグスのその視線は険しい。

 

「聴こえるか、ミィバ・ザムの管制室!!」

 

「何だ、ユウ・カジマ!?」

 

「素直だな、マイクロ・ミネバ・ザム様!!」

 

 さすがに疲労が出てきたのか、ユウの頭の中では色々な単語が一緒になってしまっているようである。

 

「それが貴女の若さなのですよ、ミネバ様……」

 

 わざわざ敵、ユウ・カジマへメイン管制室の場所を教えてしまっているミネバをため息混じりに見つめながら、オグスは軽い痛みを教えてくれる後頭部へ自身の手のひらを軽く当てがった。


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