夕暁のユウ   作:早起き三文

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第60話 ミネバの殻まで何マイル?

 

「デカブツのコクピットさあ……」

 

 アイドリング状態のラーク・シャサのコクピット内でヘルメットを脱ぎ、手鏡を手に自分の髪へ整髪クリームを塗り付けているヤザン。

 

「いや、メイン・コントロールルームの位置が想像できたっては本当か?」

 

「おそらくは、な」

 

 先程から飽きずにミィバ・ザムを中核とした部隊へ視線を向けているユウが、ラーク・シャサへちらりと視線を投げつけながら小声でそう呟く。

 

「それに加えて」

 

 その言葉と同時に、ユウのGマリオンのその手に持つ裁きの剣「エグザム」が微かに輝いたように見えた。

 

「あのミィバ・ザム、どうもヒート系の接近武器が有効な様子だ」

 

「それは俺も知っている」

 

 そう言いながら、ヤザンは自機の空いた左手、鉤爪状のマニュピレーター中央から伸縮式の、Gマリオンの火焔剣の片割れである「ウロボレス」によく似たヒート式の刃をゆっくりと伸ばす。

 

「ラーク・シャサ、こいつのヒート・ブレイドでもあんたがこの戦場へ飛び込んでくる前に、アイツの躯へヒビを入れられた」

 

「対ビームコーティングを幾層にも重ねた外殻、それをヒート系の武器であれば貫けるか」

 

「連邦系のモビルスーツはお好きじゃないからよ」

 

 そう口から笑い声をこぼしつつ、ヤザンはヘルメットを再度装着し直しながら、ブレードをゆっくりと機体の腕へと格納をさせる。

 

「ヒートサーベルだか何だかはな」

 

「俺達の機体が珍しいか」

 

 ユウも軽く笑いながらヤザンへ向けて相槌を打ちつつも、増援隊から借り受けたビームライフルのあまりの旧式ぶりにその瞳までは彼の笑いの色が届かない。

 

「しかし」

 

 ヒュウ……

 

 ヤザン機がGマリオンから借り受けたウロボレスの刀鞭が軽く宙へしなる。

 

「どんなに相手の殻を打ち抜けても、所詮は単なる一機のモビルスーツが持つ剣」

 

 この手の武器に慣れているのであろう、彼ヤザン・ゲーブルがウロボレスの特性を駆使する腕前はおそらく自分を遥かに上回っている。ユウにはそう見てとれた。

 

「デカブツにしてみればマチ針同然だ」

 

「貫いた後のその先がない、か?」

 

「ヒビ割れにビーム砲とかを撃ち込めば、話は別だが」

 

「出来るんだ」

 

「ホウ?」

 

 部下のダンケルが仕入れてくれたフェダーイン・ライフルを自分の機体左手へ持たせながら、ヤザンはそのダンケル機へと発熱機能をオフとさせている、色が地金のままのウロボレスを軽く巻きつける。

 

「反撃の隙を与えずに、追撃をすることがかい?」

 

「ああ」

 

ヴォ……

 

 ユウはそう呟くと同時に、火焔剣エグザムの刀の「ツバ」へと追加の設置をされたミノスフキー粒子変換器を起動させ、僅かにその出力を上げてみせた。

 

「なるほど」

 

 大型のヒート・サーベルへ秘められた、もう一つの機能を目にしたヤザンはそう頷きながらも、険しい顔のまま遠目に見えるミィバ・ザムの巨体へ向けてその視線を動かす。

 

「だが、それでもさっきの質問を繰り返すぜ、ユウ」

 

「狙い場所、だろ?」

 

「バリアー装置の場所は分散をされている」

 

 さすがにネオ・ジオンも旧ビグ・ザムの二の鉄を踏むつもりはないらしい。ユウも一年戦争時のミィバの原型機が、ビームバリアー発生器を破壊された事が原因で、そのままズルズルと敗北へとつながってしまったという噂話は聞いた事がある。

 

「コクピット、メイン管制室の場所が解ったといったじゃないか、ヤザン」

 

「逆効果じゃねえかい、大将だけを討ち取るのは?」

 

 不満そうにそう呟きながら、ヤザンはチラリとコクピット内のタイマーへとその目を動かす。

 

「絶対に、あのモビル・シップとやらはメインの司令塔を破壊しただけでは行動に支障は出ないな、ユウ」

 

「シップ、艦だからな」

 

 少し頭を傾げながら、ユウはヤザンへ言葉を返しながら自機周囲、ヤザン隊のモビルスーツ達の姿を見つめる。

 

「敵には回したくないな、コイツらは……」

 

 彼から見ても、ヤザンの部下達は相当な練度であると解る。一糸乱れぬと同時に緩やかな、流水の様なモビルスーツの動かし方なのだ。

 

(フィリップ達、か)

 

 そのヤザン隊の姿を見ると、どうしても古巣のモルモット隊の事を思い出してしまう自分、ユウはその甘い感傷に捕らわれる自分に少し嫌気が差してしまう。

 

「コントロール・ブロックへの同時攻撃を許してくれるほど、相手は思い通りに動いてはくれねぇ……」

 

「否定的な意見ばかりだな、ヤザン」

 

「勝ち方を考えているだけだよ、俺はさ」

 

 確かに、ミィバの至近まで近づく為にダンケルの機体に自機を引っ張ってもらい、機体と自己の消耗を防ごうと考えたヤザンは色々と戦法をその頭の中で練っているように見える。

 

「絶対に上手くいくという自信はないが、それでも俺はメインの管制室を狙うさ」

 

「逆上をしてくれた敵の相手は疲れるんだかねぇ……」

 

「大きな勝算はあるんだ」

 

 そう力強く断言をしてみせるユウに、ヤザンはやや鼻白んでしまったようだ。彼が少し不愉快げに舌を打つ音が通信機越しにユウの耳へと入った。

 

「言ってみな、ユウ」

 

「非殺の剣さ」

 

「アン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サブ・フライト・システムを持ってきてくれたか、有り難い」

 

 再度の総攻撃はミィバ・ザムが再び起動を始めた数分後、そう各部隊へ通信を終えたキッチマンは、合流をした後詰め支援隊の顔見知り達へ軽く挨拶をしつつ、コーヒーチューブをその口へ運ぶ。

 

「と、いうよりも」

 

「ああ、ああ……」

 

 支援隊の中から、どうにかまともな戦力になりそうなモビルスーツを選び抜きながら、どこか投げやりにモニターへと映る女性へ手を振ってみせるキッチマン。

 

「軍は昔のアッシマーの先行型、それとバウンド・ドック等の扱いづらい可変機を運搬機へと仕立てたんだな、オードリー」

 

「これもまた、生産ラインをモビルスーツやアーマーに向けすぎた弊害よ」

 

「そうなんだよなぁ、本当に」

 

 運搬機、サブ・フライト・システムは可変機が今後のメインになれば、多くは必要ない。その考えはティターンズとエゥーゴの抗争時、その双方の軍勢の者達に確かにあった。

 

「しかし、やはりモビルスーツ、歩兵だけで戦闘は出来ないんだ」

 

 同じ考えで生産計画を立ててしまった各連邦派軍の上層部は、今まさにその考えの甘さを悔やんでいるらしいとはキッチマンも聞いている。

 

「まあ、俺達も運搬機を使い捨てのように扱っていた面があったがねぇ」

 

「ハイ・エンド機なんですよ、みんな」

 

 キッチマンの隣に寄ってきた、彼のFAZZとは若干仕様が異なる重装型から聞こえる若い青年の声。その声と共に青年の機体の右手がキッチマンのFAZZ、その腕部へ固定されているメガ・カノン砲を軽く撫でた。

 

「どっちがだ、リョウ?」

 

 どこかのモル何とかと言う実験部隊へ配備をされたという、モビルスーツ単体としては最大の火力を誇るZZ(ダブルゼータ)

それの量産機であるリョウ機の左腕へもFAZZと同じメガ・カノンが装着されている。

 

「可変機か、大火力機がが?」

 

「両方ですよ、キッチマン中佐」

 

 その両方を備えたとされるZZは、あまりの整備性の悪さと高コストの為に、正式採用をエゥーゴに断られたという話だ。

 

「ミィバ・ザムが動けない内に、どうして攻撃をかけないんで?」

 

「実の所、アイツのインターバルの時間は全く弱点じゃない」

 

 いきなり話題を変えたリョウ青年にキッチマンは驚かない。先程から彼がしきりにミィバの巨体を眺めているのが彼には分かっている。

 

「あの胴体が動かず横たわっている、だけ」

 

「対空防衛システムは休まないか」

 

「少しは火線に穴は開くがね」

 

 アッシマーの試作機へそのFAZZの巨体を乗せながら、キッチマンは一応の部下へ当たる青年へ向けて軽くため息をつく。

 

 グゥ……

 

「無理かしら、中佐?」

 

「しかたねぇだろ、オードリーよ」

 

 強引に運搬機へと改修されたモビルアーマーでは、やはりFAZZを安定して支えるのは難しいように見える。

 

「そして、何十分かの休みを終えた後に、ミィバを落としきれずに周りであたふたしている連中を一網打尽に出来る」

 

 機体バランスを調整しながら、話の続きを終えたキッチマンへ、リョウが微かに苛立ちを含めた声を向けた。

 

「元々の機体が、一騎当千を目指してやがったバケモノみたいですからな、中佐殿」

 

「ジオン驚異のメカニズム、だよ」

 

 どこかぼんやりとした会話をしつつ、ミィバ・ザムを見つめているキッチマン達ではあるが、刻々と伝えられる各部隊からの報告へ対してはちゃんと聞き耳を立てている。

 

「何か、さ」

 

 どうにか他の部隊も戦闘態勢を整えられたのに安堵を感じながら、キッチマンがポツリと呟いた。

 

「なんです、キッチマン中佐殿?」

 

「ヤザンの奴の部隊に加わった、蒼いジムへ乗っている奴に良い考えがあるらしい」

 

「一パイロットの意見を取り入れるとは、なかなか器が大きい」

 

「パイロットはパイロットでも、一応大佐様だよ」

 

「へえ……」

 

 そう何気なく返事を返しながら、リョウはミィバ攻撃隊の端へと陣取っている、ヤザン小隊を中核とする部隊が展開しているその方向へ軽くその視線を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抜け駆け、行くぞ!!」

 

「こりゃあ、また!!」

 

 突然、そう叫んだユウへ向けて驚きの視線を向けながらも、ヤザンのその口の端には笑みが浮かぶ。

 

「俺と気があうんじゃねえの、ユウさんよ!?」

 

「お前も考えていたか!?」

 

「ヨーイドンを律儀に守る奴がドンパチを出来るかよ!!」

 

 どこか嬉しげな声色を混ぜながら、部下達へ指示を出しているヤザンの癖のある声を耳へ入れつつ、ユウは支援へ駆けつけた部隊の隊長機へ通信を入れた。

 

「こちらも敵も、ミィバのインターバルを終えた時がスタートだと思い込んでいる!!」

 

 ユウの頼みを増援隊の隊長は聞き入れてくれたようだ。Gマリオンへ向けて一機の可変モビルアーマーが進み出る。

 

「ゆえに!!」

 

 合流をした後づめ達に含まれていた大型可変機のパイロットへ自分を運んでくれるように頼みながら、ユウの視線がミィバ・ザムのその偉容を強く睨み付けた。

 

「抜け駆け、味方へも無断不届きな迷惑行為!!」

 

「二、三分のフライング、良い運が俺達へ来るかねぇ!?」

 

「さてな、ヤザン!!」

 

 ドウッ!!

 

 急激に加速を始める運搬タイプ改良型のバウンド・ドックの上方へしがみつくGマリオン。そのモビルスーツ用プラットフォームへ備え付けられた大口径ビーム砲の取っ手をGマリオンの左手に握らせながら、ユウはヤザン達の方を見ずに勢いよく叫んだ。

 

「この俺ユウ・カジマ大佐様の命令、あとでそう言い訳も出来る!!」

 

「身分を振りかざす、俺の大嫌いな上官筋だよ、アンタは!!」

 

 グァ……!!

 

 突撃を開始したユウ達の進路を防ぐようにネオ・ジオンのモビルスーツ達が展開を始める。

 

「雑魚に混じって!!」

 

 一年戦争時のザクに無理矢理ジェネネーター付きのビーム砲を括り付けた劣悪な急造機の姿もあるが。

 

「嫌な奴がいやがるぜ!!」

 

 最強のサイコミュ機と連邦派の兵に恐れられている「クィン・マンサ」の姿も見受けられるのに、ヤザンはコクピット内で静かに唸り声を上げる。

 

「例によってファンネルが来る!!」

 

 ユウにとっては懐かしい、まだモルモット隊へ加わったばかりで心の距離があったニムバス、彼が乗っていたギャプランの試作機「ランプライト」へと股がったモビルスーツからの声がユウ達へ響く。

 

「流石に俺の考えがスンナリとは通る訳ではないか!!」

 

「だとしてもさ、中年!!」

 

 故障を引き起こした簡易可変システムの基部を放棄したナイジェルのリ・ガズィ、彼もまた旧式モビルアーマーを駆りながらユウ達の突撃へと合流する。

 

「フェイントまがいの奇策を、フェイントでなしの全力へと切り換えれば、主導権を我々が握れる!!」

 

「全力を振り絞る一撃必殺のフェイント、矛盾の極みだな!!」

 

「だからこそ、相手へクエスチョンを与えられるよ、大佐!!」

 

 ガォン!!

 

「サイズが合わない上に砲の振動も酷いな、こいつは!!」

 

 バウンド・ドックへ腹這いになりつつ、Gマリオンの左手が操作をする大火力ビーム砲はネオ・ジオンの機体群に余裕混じりでかわされ、お返しとばかりに敵陣から火線が放たれた。

 

「機敏な良い動きだな、ネオ・ジオンの後づめ!!」

 

 旧式の機体から放たれる実弾火器そのものの威力はたかが知れているが、マシンガンがバウンド・ドックの装甲を何度も叩く音、それが敵増援のパイロットたちの熟練を現している。

 

「だが、その素早い動きこそが慌ての証拠!!」

 

「傲慢な勝手もやってみるもんだな、中年!!」

 

「ナイジェル君もジオンの奴等も、中年を舐めるなと言いたい所だが!!」

 

 高速で敵陣へ突撃をするユウ機を乗せた運搬機バウンド・ドック。無論ユウはそのまま旗艦ミィバ・ザムへ一直線に突き進みたい所であるが。

 

「シャアの奴のノイエ・ローテ、それの量産機とはよく言った物かもな……!!」

 

 ミィバとの間にクィン・マンサの巨体が飛び込んだ事に、ユウはコクピット内でその下唇を強く噛んだ。

 

 ギイィーイ!!

 

 ヤザン隊のラーク・シャサ達からのビーム砲の束がクィン・マンサへと疾る。ジオン最新にして最大のサイコミュ搭載型機のIフィールド・バリアーがビームの攻撃により強く輝く。

 

「ユウの奴から、あの緑色のデカブツ、サイコミュマシンの注意を引き付けろ!!」

 

「了解!!」

 

 ダンケルの機体へ引きずられながらも、ヤザンは的確にクィン・マンサ、そしてその機体付近へいるモビルスーツへ精密射撃を行う。

 

「クィン・マンサ、止めてくれるか、ヤザン!?」

 

「ミィバを潰せる秘策があると言っていたよな、お前さんは!!」

 

 ヤザン達に加えて、ナイジェル機を含めた他のモビルスーツ達もクィン・マンサへ砲火を与えている。さすがにその巨大機のIフィールドが「軋み」始めた。

 

「信じてやるよ、ヒールレスラー!!」

 

「すまない、ヤザン達!!」

 

 そのままクィン・マンサの脇をすり抜けるようにユウ達の機体が宙域を切り開く。幾多のネオ・ジオン機が放つ、身を伏したGマリオンの真上を突き進むミサイル群、それらの推進が放つ光がユウ機の紅い両肩を輝かせる。

 

「ちょい右、バウンド!!」

 

「了解!!」

 

 Gマリオンから見て上方から襲来をするネオ・ジオンの部隊を下方からのロンド・ベル隊が迎え撃ち、交戦を始めた宙域からユウ達を先頭にしたミィバへの突撃隊は進路をそらす。

 

「上手くいった乱戦状態の内に、どうにかミィバへ取り付きたい……!!」

 

 なだれ込むような混戦となった宙域へは、さすがにミィバ・ザムからの火線は放たれない。ユウにしてみれば、自分がしでかした独断専行という賭けと迷惑の落とし前をつけたいのだ。

 

「見えた、ミィバ・ザム!!」

 

「上から来るぞ!!」

 

 運搬機バウンド・ドックのパイロットからの警告に、ユウはGマリオンの片手でその取っ手を握る旧式の大型火器「バストライナー砲」に再度熱源を入れる。

 

「気を付けろ!!」

 

「おう!!」

 

 グァフ!!

 

 二機はそのまま上昇をしかけながら、一年戦争時の連邦軍では最大の威力であるとされていたビーム砲、それを再度前方のネオ・ジオン機へと放つ。その大ビーム砲が光を放つ時の共振にGマリオンもバウンド・ドックも強く震えた。

 

「どいつもこいつも無理をする!!」

 

「今の戦場では当たり前ですよ、大佐殿!!」

 

 旧ジオンのモビルアーマー「ビグロ」の両鉤爪が気密処理を施された砲撃用の陸戦重モビルスーツを抱え、それを頭上へ掲げて戦力とするという無茶をやってくれるネオ・ジオンの機体がユウ達とすれ違う。

 

 ゴゥ!!

 

「くそ!!」

 

 その敵機へと気を取られた隙に、Gマリオンがその手を伸ばしているバストライナー砲が敵の新鋭によって狙撃をされた。

 

「旧式ビーム、その二!!」

 

 火花を上げ始めたバストライナーをそのまま使用するのは危険と判断したユウは、ビーム砲を掴む左手を後腰へ差したライフルへと伸ばす。

 

 ボフォ!!

 

「ふっざけんな、ビーム!!」

 

 瞬時の判断でビームライフルの出力をカットさせなければ、Gマリオンの左手が危ない所であったであろう。

 

「何がニュータイプ専用機のビームライフルだ!!」

 

 一発もビームを放てずに暴発を起こした旧式のライフルをユウは忌々しげに睨みながら、その中古品を思いきり宙へ投げ捨てた。

 

「所詮は俺と同じガタガタ品!!」

 

「俺がそのライフルの持ち主のモビルスーツと戦った時は凄い物だったらしいんですけどね!!」

 

「そんな事言ってもね、バウンドのあんた!!」

 

「本当ですよ、大佐!!」

 

「いくら昔が凄くても、今ではこんな!!」

 

 クゥ……

 

「言ってしまったよ、俺は!!」

 

 自分の衰えを認める言葉をつい出してしまったユウの視界へ、死神の黒衣が一瞬舞う。どうにか呼吸を整えてユウは目前の赤いモヤを振り払う。

 

 チィー!! チャッチュ……!!

 

 ザク・タイプの新型と思わしき機体群からビームの連射がユウ達とその後続機体を襲う。

 

「くそ!!」

 

 短波ビームの連打が、バウンド・ドックの装甲をまるで工具のドライバーのように強くえぐり取る。

 

「大丈夫か、バウンド!?」

 

「昔のザクとは訳が違う……!!」

 

 バウンド・ドックの強固な装甲へ風穴が空く。新型ザクがその手に持つ得物は、この運搬機の表面ビームコートを貫く程の性能があるマシンガン・ビームのようだ。

 

「支援、向かって!!」

 

「わかっているってよ!!」

 

 女性パイロットが駆る、ゴテゴテと多数のシールド型をした追加ブースターを括り付けた旧式の半サイコミュ機「ネティクス」からの声に、老いたティターンズ兵が強い語調で怒鳴り返した。

 

「切った張ったがモビルスーツ戦では無い!!」

 

 老兵の機体を乗せた運搬機「タクテカルウェイバー」からいく筋ものショックワイヤー、通称「海ヘビ」がネオ・ジオン機へとその牙を突き立てる。

 

「旧式の連邦が、ドーガを舐めるな!!」

 

 海ヘビの影響を受けながらも、耐電処置を受けているのかネオ・ジオンの機体は戦闘続行が可能なようだ。そのまま高速で飛行を続けるGマリオン達への攻撃を続行し続けた。

 

「動きがジェダに似ている、このザクは!?」

 

 機体へ過大な負荷を掛けている事は見てとれるが、高速形態のバウンド・ドックへ追い付くその新鋭ザクの機動のどこかに、Gマリオンの原型機であるジェダの面影を感じるユウ。

 

 ドゥ、ドゥウ!!

 

 シールドブースターの勢いに任せたまま、ドーガと言うらしき新型ザクへ体当たりをしかけるネティクスのパイロット。

 

「接近戦は無茶だ、ネティクスで!!」

 

 ユウも一時期乗っていたネティクス、ゆえに彼はその機体の弱点である機動性の低さを知っている。

 

「大丈夫です、大佐!!」

 

「ネティクスだ、十年前の情けないガンダムのマイナーチェンジだ!!」

 

「その十年前の機体を彼女は熟知しています、安心を!!」

 

 ギィーア……!!

 

 ユウ達へ取りつこうとした高機動型のゲルググ・リファインタイプへ向かって、他のガブスレイとZプラス達がそれらを払いに加勢をした。

 

「早く、あなた!!」

 

「了解だよ、楽勝さ!!」

 

 ガォ!!

 

 バウンド・ドックのパイロットは陽気に女性へ返事を返しながら、機体のスピードをさらに加速させる。

 

「お前達も!!」

 

「何です、大佐殿!?」

 

「俺と同じだ!!」

 

「どういう意味で!!」

 

 怒鳴りながら自らの士気を高めるユウ達への攻撃はますます激しくなる。ミィバへ強硬突撃をしかけているGマリオン達の、この機体達が放つ危険性、そう「オーラ」をネオ・ジオンの兵達が直感で感知をしているのかもしれない。

 

「ニュータイプが放つ思念は無い、連邦の蒼いのは!!」

 

「しかし!!」

 

 先程の新型ザク、それのサイコミュ兵器搭載機から、何やら不気味な形のファンネルがユウ達へ放たれる。

 

「しかし危険な奴等です、隊長!!」

 

「バギ・ドーガ隊、蒼いジェダのカブトガニ付きを撃ち落とせ!!」

 

 隊列を崩してでもユウ達へ襲いかかるサイコミュ機、それらの機体が制御をする大型ファンネルがバストライナー砲を完全に破壊した。

 

「十年前の老害!!」

 

「言ってくれますね、大佐殿!!」

 

 ユウ機からの頭部バルカンはその歪なファンネルの装甲に弾かれ、追撃をしかけたバウンド・ドックの拡散ビームも機敏な運動性で回避をするサイコミュ兵器。

 

「バッタのファンネルは無視をしろ!!」

 

「バッタ!?」

 

「いいから、無視だ!!」

 

 一瞬、Gマリオンの至近まで近づいた新型ファンネル。その虫を模した、悪趣味な形状をした戦闘用サイコミュ端末の姿に不快な気分へさせられながらも、ユウは周囲へその視線を素早く配らせ続けた。

 

「ちょこまかと動く高機動ファンネルだが、スピードは俺達に追い付かない!!」

 

 グファア……!!

 

 ユウの意を受けたパイロットはバウンド・ドックの機体のスピードを最高速度にまで上昇させる。ジェダの最新型の耐Gコクピットといえども、そのパイロットスーツ越しにも感じる、あたかも身体へ膜が張り付くような圧力に必死にユウは顔を前へ見据えて抗する。

 

 ガシュア!!

 

「くそぅ!!」

 

 ユウ達の進路を塞ぐキュベレイを股間部の連装キャノンで破壊をしてのけたガブスレイⅡが、急速接近をした赤いビグロの発展型に掴まれ、悲鳴混じりの罵倒の声を上げた。

 

 ジャア!!

 

 そのビグロをクロー状の両手から放たれる拡散メガ粒子砲で打ち砕くバウンド・ドック。

 

「助かる!!」

 

「後は俺に、連邦の騎士ユウ・カジマへ任せろ!!」

 

 ガブスレイⅡのパイロットからの簡潔な礼に返事を返しながら、ユウは自身の、蒼と紅を受け継いだ者のプライドをその胸へ奮い立たせる。

 

「進路クリーンか!?」

 

「まだいますよ、大佐!!」

 

 しかし、ドーガのサイコミュタイプも振り切り、目の前には旧式と多少の大型モビルアーマーのみ。

 

「もう少しだ、頼む!!」

 

「家で待つ、未来の為に!!」

 

 シィア……!!

 

 二人の機体の疑似ニュータイプ波発生器から涼やかな音が響くと共に、Gマリオン達を淡い光が包みはじめた。

 

「もってくれ、拡散!!」

 

「やってくれ、助散!!」

 

 バウンド・ドックの両手から放たれる拡散ビーム、伏せた姿勢のままでいるGマリオンの両手から放たれるバルカンによる威圧でどうにかミィバへの道を切り開こうとする二機。

 

「ミィバ!!」

 

 ネオ・ジオンの旗艦への道が目の前へ完全に開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタッ……

 

「全く……!!」

 

 悪夢から目が醒めた、ネオ・ジオンのパイロットであり、貴族主義という概念を社訓に持つ企業にも籍をおいている海賊騎士シーマ。

 

「最近、多い……」

 

 悪夢から目覚めた時のお決まりの儀式、ベッドのサイドテーブルに乗せてある水差しからコップへと注いだ水で彼女は精神安定剤をその喉へと押し込む。

 

「毎夜の事、そう最近は本当に多い……」

 

 昔からシーマ・ガラハウは睡眠時間が苦痛だ、出来る事なら寝ずに生きていきたいと思っている。

 

「あたしを呪い殺す気か、亡霊達よ……」

 

 悪夢、そこの住人達の亡霊の手は昔から夢の中へ出てきたが、最近の男だか女だか解らない、翼の生えた謎のガキと共にシーマへ見せてくれる、毒霧に包まれた街並みは別のベクトルでシーマの精神を苛む。

 

「ハロ、ゲンキ!!」

 

「アタシは元気じゃないよ、丸坊主……」

 

 私室を跳ね回る、戯れに買った玩具「ハロ」の言葉は、別にシーマにとって嫌な気分がする物ではない。軽く彼女の顔に笑みが浮かぶ。

 

「サソリざ、シバラクうんガイイ!!」

 

「そうかい、そうかい……」

 

 ハロの頭を軽く撫でてやったシーマは、そのまま夜着を脱ぎ捨て、狭いシャワールームへとその足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シーマ様」

 

 巡洋艦ムサカのハンガーデッキへと降りて来たシーマへ向けて、副艦長であるコッセルが敬礼の手をかざす。

 

「ああ、コッセル」

 

 もはや何年もシーマへ仕えている艦隊のまとめ役であるコッセルにとっては、彼女の顔色どころか声一つでその時のシーマの心理状態が解かる。

 

「脇腹の突き時だね」

 

「これで二回目、ですな……」

 

 シーマへ相づちを打ちながら、コッセルの今日のシーマ心理占いは「小吉」と判断している。彼は彼女を信頼こそしているが、基本的に扱いづらい女性なのだ。

 

「だが、今回のは必ずしも海賊だから出来る事ではないかもしれない」

 

「ブッホ社への本格就職の手土産、ですかね?」

 

「それもあるがね……」

 

 ブッホ廃品回収会社から極秘裏に受け取ったモビルスーツ「ギラ・ドーガ」を見つめながら、シーマはお気に入りの噛みタバコをその口へと差し入れる。

 

「まあ、しかし」

 

 この艦隊へ間借りをしている、将来的にはブッホで同じ釜の飯を食う羽目になるかもしれない壮年の金髪の男と栗色の髪の女性の姿へ視線を送りながら、シーマの歯がタバコへ吸い付く。

 

「ネオ・ジオン、赤い彗星を裏切るのは、あたし達だけではない」

 

「他のネオ・ジオンの奴らもいやすし、それに……」

 

 ニカッと笑う、コッセルの強面でシーマは彼が誰の事を言いたいのか、すぐに察する。

 

「戦いが終わったら、アイツを笑ってやろうじゃないか、コッセル?」

 

「所詮は同類だ、と?」

 

「一皮剥くと、義だか何だかに立っていようが、人間はその本当の顔を表すさねぇ」

 

 とは言いつつも、シーマ達が口に出している男は、必ずしも彼女らにとっては敵対をしていた訳ではない。単に「嫌味で不愉快な男」というだけだ。

 

「廃棄コロニー、確保が出来たか?」

 

 その男を嗤ってやった時に彼が見せるであろう苦渋の顔、それをしばらく良い酒の肴に出来そうだとほくそ笑みながら、シーマは腰へと差してある大振りの扇子をつまみ出し、戦後の自分達にとって最重要の案件を副官へと訊ねる。

 

「地球へ落とす予定だった内の一基、良い物件の奴を掠め取れましたぜ、シーマ様」

 

「よぅし……」

 

 シーマはその副官コッセルの報告へ対し軽く口の端を歪めて見せ、自らの右肩を閉じたままの扇子で何度か軽く叩いたあと、彼女はブッホ社からの贈り物、ネオ・ジオンではドーガ・タイプと呼ばれている機体の発展型である自機へとその視線を向けた。

 

「罪償いの時間だ」

 

「へえ、罪償い……」

 

 先程から足音がしていたが為に、その背後からの、ややからかいの色を含んだ女の声にシーマは別に驚かない。

 

「悪いかい、ローベリアとやら?」

 

「別に」

 

 とは言いつつも、どこか不機嫌そうな視線をローベリアはシーマへ向けている。

 

「わしは仕事があるので……」

 

「御苦労、コッセル」

 

 そう言いながらコッセルは、軽くシーマへ睨みを効かせている女パイロットへ一瞥をくわえてから、ハンガーデッキから足早に立ち去っていく。

 

「その罪償いと言う言葉が、完全に嘘だとは思わないけどね」

 

「言ってくれるじゃないか、エエ?」

 

 その短髪の女パイロットの言葉、その言葉にシーマの鋭い瞳が僅かに光を帯びる。

 

「ゴメンナサイをして、悪い事でもあるのかい、小娘?」

 

「別にぃ……」

 

「チッ……」

 

 再度はぐらかすように呟いた後にそっぽを向く彼女に対して、小さく舌を打ってみせてからシーマは自機ギラ・ドーガ、そして遠目に見えるそのドーガ・タイプの派生機である、目の前の女が乗るサイコミュ搭載型のバギ・ドーガを見比べるようにその視線を何気なく漂わせた。

 

「何に対しての罪償いなんだ、海賊騎士シーマ・ガラハウ」

 

 以前に面白いプロレス・リングをやらかした、騎士道とやらに傾斜をしているらしいパイロットが、ローベリアに続いてシーマへ話しかけてくる。

 

「何だと思う?」

 

 その男は自身の肩まで届く金髪へ軽く指を差し入れながら、微かにその首をかしげてみせた。

 

「ジオンの真の理想への回帰、か?」

 

「バカを言うなよ、おい……」

 

 どこか、ソロモンの悪夢と呼ばれた男と同じような立ち振舞いをしながらも、僅かに自分達と同じような「匂い」を残り香としているこの男。

 

(妙なタイプの男だな、このニムバスとやらは)

 

 彼は必ずしもシーマ達と相容れない存在ではない。どこか自分達、ならず者集団と言われているシーマ海兵隊がやっている生き方の容認が出来る性格の男らしいのだ。

 

「あのコロニーが眠る地への手向けだよ、騎士ニムバス」

 

「ほう……」

 

 アイランド・イフィシュからの亡霊、昏い霧と一緒に夢へ姿を現す老若男女の事。それはもはや連邦製の一種のサイコミュ兵器ではないか、そう囁かれるほどに「観る」者は多い。

 

「例の悪い噂、あんた達海兵隊がしでかした、一年戦争時での行いの噂は聞いていたけど」

 

「聞いていたけど、何だい?」

 

「あたしもあなたの手助けをしたい気分」

 

「さっきから、ケンカを売っているのか、あんたは?」

 

 シーマのやや険が混じり始めた言葉に、近くにいたシーマ艦隊のパイロットやメカニック達の顔が僅かながら強ばり始める。

 

「あたしもニムバスも、さ」

 

 その周囲の厳しい視線に、ローベリアもニムバスも全く動じる様子は無い。「以前」のように短くショートヘアへと髪型を変えたローベリアはその栗色の短髪へ自身の手を軽く置く。

 

「あのコロニー、イフィシュは故郷だだのだから」

 

「フム……」

 

 その言葉に、シーマはその瞳を僅かにローベリアからそらし、ギラ・ドーガ、とにかくいわくありげなこのザクの最終形態ともいうべき機体の方へ面を向け、何かを思い出すようにその自身の顎を軽く人指し指で撫でる。

 

「シーマ様」

 

「様?」

 

 僅かにその細い眉を上げたシーマ。彼女がその手に持つ扇ぎ団扇が、折り畳まれたままそのメカニックの肩へ軽く触れた。

 

「騎士シーマ」

 

「何だい?」

 

 そのメカニックマンはニヤリとした笑みを浮かべてから、改めてシーマを呼び直した後、その目をニムバスとローベリアの方へチラリと向ける。

 

「構わない、お言い」

 

「しかし……」

 

「同じ社のムジナだ、こいつらは」

 

 その言葉に、メカニックの男は軽く咳払いをした後、シーマへギラ・ドーガの整備報告を行う。

 

「ギラ・ドーガのデータ蓄積装置の点検、それとブッホ社専用のデータ読み取りコードの調整が終わりました」

 

「機体のネオ・ジオンへの救難信号の発信器は?」

 

「全て、ブッホの奴へ変えました」

 

「ヨシヨシ……」

 

 そのどこか後ろ暗いニュアンスが香る会話を臆面もなく言い放つシーマ達へ、ニムバス達はお互いのその顔を見合わせながら、唇を軽く歪めてみせる。

 

「ギラ・ドーガをブッホへ売る気か、騎士シーマ?」

 

「もともと、ブッホからの配備品だ」

 

「ネオ・ジオンがそのブッホへ高利で貸し与えただけだろう、このモビルスーツは」

 

「いいじゃないか、細かい事は」

 

 そう言いながら高い声を上げて笑うシーマへ、ローベリアが呆れた表情を浮かべなが軽くその肩を竦めた。

 

「細かいのよ、ニムバスは」

 

「そのようだねぇ……」

 

 そう呟いた後、シーマはニムバスをからかうつもりで手に持つ団扇を彼へ扇ごうとしたが。

 

「むっつりと、何を考えているのさ?」

 

 彼の何か考え込んでいる風の表情を目にし、そのまま金銀、そして宝石で装飾をされた大団扇をパタンと閉じる。

 

「ユウの奴は元気かな……」

 

 そうポツリとニムバスが呟き、少しその両目を瞬かせてから、再び何かを考えこむような風情を見せた。

 

「さあ……?」

 

「以外と目立つ男、そしてモビルスーツであるGマリオンだ」

 

 微かにぼやりと煙るニムバスの双眸、その視線の先には彼の今までの愛機の姿が見てとれる。

 

「この前の、私との決闘をやった一件を別としてもな」

 

「あなたの機体も大して変わらないでしょうに、ニムバス」

 

 シーマ艦隊特有の茶褐色へ塗装をされたムサカ、今ニムバス達がいるこの艦に、彼の近々解体をする予定の機体、威圧的な「サイコ・エグザム」の巨体が静かにハンガーを見下す。

 

「戦場へのGマリオンの姿が全く見えない」

 

「聞いた話ですがね、ニムバスさんとやら」

 

「何かな?」

 

 休憩時間となったらしい、シーマ機の調整を行っていたメカニックが、口へ電子タバコをくわえながらニムバスへ声をかけた。

 

「あのロボットプロレス、あんたに負けた方の奴は後方へ引っ込んで、なにやら療養中らしいですぜ」

 

「本当か、それは?」

 

「連邦の提督とやらの近くに潜りこんでいたスパイ、ソイツがその話をシャアだかハマーンだかに一応として伝えたって噂だ」

 

 そのメカニックの言葉に、ニムバスは軽く唸りながら眉間へ皺をよせ、形良く整った両眉を強く縮こませる。

 

「何をやっているのだ、アイツは……」

 

「一度勝った相手、十年前のあんたに負けた事のショックが大きかったのかしら?」

 

「それもあるかもしれんが」

 

「何、ニムバス?」

 

 シーマも何か面白そうな話であると思っているのか、黙って二人の話に聞き入っている。もっとも、自分の新しい乗機が整備中な事に、早く目を覚ましすぎた事で仕事時間まで暇なのもあるのだが。

 

「奴の衰え、それが思っているよりも大きいのかもしれん」

 

「衰え、なるほどねぇ……」

 

 ニムバスのやや沈痛そうな言葉に、シーマはそう軽く呟いた後、眠たそうに大きなあくびを一つその口に乗せる。

 

「誰にだってあることだ、疲れの蓄積は」

 

「そうだな、騎士シーマ……」

 

 シーマにしても、彼女が毛嫌いをしている馴染みのパイロットの男も、そして。

 

「私も、昔の野心、ニュータイプの力への渇望に自分の身体が素直についていってくれた頃の力は無い」

 

「野心、か……」

 

 どこか侘しさがこもる声色でそう呟くシーマ。彼女は何か胸へこもった気持ちを押し出すかのように深く肺の底から息を吐き投げた後、ハンガーの脇へ設置をされている飲料の自販機へと向かっていく。

 

「……」

 

 カリッ……

 

 懐から取り出したチョコレート・バーをかじりながら、ローベリアはかつてのニュータイプ研究者「クルスト・モーゼス博士」が作り出したエグザムという舞台(システム)の上で、ニムバス・シュターゼンと共にクルスト博士の手のひらの上で躍り狂ったもう一人の「蒼の乗り手」

 

「ユウ・カジマ……」

 

ニムバスの鏡面として存在する男の名を、ローベリアは何か、誰かに伝えるかのようにその舌へ乗せた。


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