夕暁のユウ   作:早起き三文

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第58話 ニュータイプ(後編)

「修正、お解りになりますか?」

 

「修正?」

 

 一瞬、ブライトはユウに頭の中を読まれたのかと思い、心臓がドキリとしたが、そのまま顔色を変えずにユウの瞳を見る。

 

「軍隊の鉄拳制裁です」

 

「ああ、あれですね……」

 

 別にブライト艦長は相手がニュータイプだなんだろうが、神経が研ぎ澄まされている相手には常に鷹揚な態度を取る。昔のホワイトベース時代、そこでの困難から習った教訓だ。

 

「あの体罰がどうしたんです、ユウさん?」

 

「あなた、ブライトさんは修正を行った事がありますかね?」

 

「何回かは、ね」

 

 ユウの言葉に頷きながらも、アーガマの艦長はチラリと自分の腕時計へと視線をやる。僅かだが話している時間はありそうである。

 

「修正とは、どういう意味の物だと思います?」

 

「綺麗な言葉で言えば、愛のムチですな」

 

「全て、相手の事を思いやって?」

 

「どうかなぁ……」

 

 ブライトの部下である、リ・ガズィを整備していたパイロット二人、そしてジョブも二人の会話に何気なく聞き耳を立てていることに気がつきながらも、彼は特に何も咎めずに静かにその双眸を細めた。

 

「私心が全く混じってないとは、言い切れない」

 

「私心、ですか……」

 

「何だかんだ言って」

 

 目を薄く閉じながら、ブライトはユウの質問に出来るだけ誠意に答えようとする。

 

「修正を行う時に、単にアイツの事が気に入らなかったからだという理由も、あるかもしれませんね」

 

「嗜虐的、サディスティクな感情は?」

 

「自分を客観的に見て、ノーとは言い切れない」

 

 自身の顎へ手をやりながら、ブライトのその両目が静かに開く。

 

「その修正が、どうしましたか、ユウ?」

 

「はい」

 

 ブライトの、やや問い詰めるような言葉や視線にもユウは正の面を向けて、ハッキリとした声をその唇から出した。

 

「愛のムチである修正を行った時の気持ち、それが相手にいつも伝わると思いますか?」

 

「解りませんよ、そんなの……」

 

 臨時整備員をやっていたパイロット二人もジョブも、いつの間にか面持ちを真剣味を帯びさせて、ユウ達の言葉に聞き入っている。

 

「いや、恐らくは瞬時に相手には伝わりませんね」

 

「しかし、もし修正の拳を振るった時の気持ちが相手に正確に、誤解なく伝わるのであれば」

 

「伝わるなら、何です?」

 

「それはニュータイプが成す事でしょう」

 

 そのユウの、勁く(つよく)その舌から出される言葉に、その場にいた他の全員の頭の上へ特大のクエスチョン・マークが浮かび上がった。

 

「すまない、全く言っている意味が理解出来ない」

 

「言葉を介さない、センスによる誤解のないコミュニケーションがニュータイプの本質であるとするならば」

 

 ユウは別に冗談を言っている訳ではないらしい。が、ブライトが顔をしかめながら言った疑問を無視して彼の口が動く。

 

「この俺、ユウ・カジマはこの前のプロレスの時に」

 

「いや、ちょっと待ってくれよ……」

 

「ニムバス・シュターゼンによる、鉄拳、いや鉄剣でのニュータイプ・コミュニケーションを受けたのです」

 

 その断固としたユウ・カジマの言葉に、ブライトも、他の者も開いた口がふさがらない。

 

「あの非殺の剣の一撃こそが、ニムバスが身に付けたニュータイプ能力なのです」

 

「ここまで飛躍した理論は聞いたことがない……」

 

 冗談抜きに、ブライトの脳に軽い痛みが疾った。

 

「おかしいですか、ブライトさん?」

 

「アニメだか少年マンガの世界の話じゃないですか、それじゃ」

 

「そのマンガの世界が、ニュータイプの理想とやらでは?」

 

「止めて下さいよ、ユウさん……」

 

 その弱った顔をしたブライトを、二人の部下がニヤニヤと笑いながら見つめている。彼はその二人を睨み付けながら、軽く息を吐く。

 

「オールドタイプである私を苛めないで下さい」

 

「俺だって、オールドタイプですよ?」

 

「その極端な発想のエキセントリックさは、ニュータイプであるカミーユの奴の比ではありませんよ、ユウ」

 

「そう、ですか……」

 

「そうですよ、全く」

 

 何を思ったかパイロット組の内、女性の方がニヤつきながらブライトとユウへ缶コーヒーを差し出してくれる。

 

「俺の思い付き、忘れてくれませんかね、ブライトさん?」

 

「別に決して、全てが分からない話ではありませんがねぇ……」

 

 女性へ一つ礼をしてみせてから、コーヒーの蓋を開けるブライトのその顔が引き締まった。

 

「ミィバ・ザムが迫ってきていますから」

 

「哲学を語っている暇は無いですね」

 

「そうですよ、本当に全く……」

 

 そのブライトの困った顔を見つめている他の三人は、意地の悪さを含みながらも、どこか「良い」笑顔を先程から浮かべ続けている。

 

「ミィバ・ザム、ネオ・ジオン総帥である小娘、ミネバ・ザビの座乗艦ですね」

 

「あれを落とせば、この戦争が終わる」

 

「本当に?」

 

「と、我々連邦派の者達を誘惑しております」

 

 パイロットの片割れ、男の方がユウの目の前へ一枚の写真を差し出した。

 

「そして、近づいてきた連中を返り討ちにして、我らの戦力を減らす」

 

「食虫植物、いや食虫ハマグリですね」

 

 写真に写る超重モビルアーマーは、確かに旧ジオンの機体「ビグ・ザム」によく似ている。

 

「それでも、向こうから接近をしてくれば、無視は出来ません」

 

 だが、その対比として豆粒のように写るモビルスーツのサイズが正しければ、そのモビルアーマーの大きさは超弩級星間往復用輸送艦、シロッコが寝泊まりをしている「ジュピトリス」以上の大きさがあるようにユウには見えた。

 

「一機のモビルスーツ、Gマリオンだけでどうにかなる相手では、無論に無い……」

 

「いや、それの事ですがね」

 

 コーヒーの蓋も開けずにため息をつくユウの目をブライトが覗き込む。

 

「それでも、近くに展開をし始めたティターンズ主導の大部隊が、間もなくあのモビル・シップへ総攻撃をかけます」

 

「ふむ……」

 

「この近辺、アーガマを含む艦からも援護を出します」

 

 そのブライトの言葉に、彼の部下のパイロット二人が軽く手で自分の顔を扇ぐ。彼らもその戦列へ加わるようだ。

 

「ピナクル、あの三基ある巨大隕石の内、そいつを地球落下の一番手として、ネオ・ジオンが出してきました」

 

「ゼダン下部のトゲか……」

 

「それの盾となっているのが、あのミィバ・ザムを中核とした部隊」

 

「ミィバ・ザム……」

 

 そう呟いたユウの身体が軽く震えたのは、必ずしも恐さの為だけではない。

 

「そこの宙域ルートが、ネオ・ジオンによって封鎖をされているのも同然なのです、ユウ」

 

「他のルートの模索も何も、ありませんかね?」

 

「シャアへ隙を見せてやるだけに終わりますよ、多分」

 

 ユウの背筋に疾る「トリハダ」のような物、その感覚の心地よさに、ユウの表情へ何か不思議な笑みのような物が浮かぶ。

 

「結局に、ピナクルを避けては通れませんね」

 

「古巣のストゥラート、モルモット隊へと行きたいので?」

 

「最終的には」

 

 そう言いながら、ユウは自分の機体、人間の十倍以上の大きさを誇るモビルスーツという人形の爪先を軽く撫でた。

 

「しかし、俺は」

 

 その呟きと同時にユウ・カジマの脳裏、それにはこの二月ばかりのアーガマでの生活が蘇ってくる。

 

「ここまで、長い間アーガマには世話になったのです」

 

 そのユウの言葉で、ブライトが彼が何を今一番したいのか、または何をすべきなのかを考えている、自分で自覚をしているのだと、アーガマ艦長ブライト・ノアは判断を下す。

 

「私達へ向けての恩返しを」

 

「はい」

 

「どうか頑張って下さい。ユウ大佐」

 

「ありがとうございます」

 

そう言いながら律儀に頭を下げるユウ。その彼の姿に女性パイロットから口笛が吹かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブライト艦長」

 

「どうされました、ユウ?」

 

「自分という人間は、ですが」

 

 アーガマ右舷のカタパルト・デッキから漆黒の宇宙を静かに見渡すユウ。遠くには微かに巨大な「トゲ」であるピナクルの偉容が浮かぶ。

 

「連邦軍の中で、一番最初にジム」

 

「ジム、ですか?」

 

「あの量産機シリーズの基本機体である、のっぺり顔のジムにですね」

 

「ジム……」

 

 何か、その言葉に懐かしいものを感じている素振りを、Gマリオンのモニターへと写るブライトの顔は見せている。

 

「ゴテゴテと形容詞を付けずにに一言でジムそのものの機体です、艦長」

 

「シンプルに、ね」

 

「その元祖ジムのコクピットへ、一番最初に足を踏み入れた人間らしいですよ、俺は」

 

「ほほう?」

 

「二位のパイロットとは、一時間の差だと、うちの技術屋さんであるアルフが言ってましたよ」

 

 機体内にあったシロッコの手書きのメモへ目を通しながら、どこかのんびりと、軽く浮かしたような口調で話しながら、そうブライトへ微笑むユウ。

 

「もっとも、俺が最初に乗ったジムは動かした途端に脚が折れましたので」

 

「そりぁあ、また……」

 

「モビルスーツ戦の初陣であるオデッサ作戦では、予備のパイロットとしてベンチを暖めていましたが、ね」

 

「オデッサかあ……」

 

 ブライトにとっては、感慨深い場所の名前である。その作戦の前後で、色々な人間との別れがあった。

 

「あの頃のガンダムは、驚異的な性能、それこそジムとは比べ物にならないシナモノだったんだよな……」

 

「今のジェダ等を乗った後では、とうていカビくさいファースト・ガンダムなんぞに乗れたもんじゃないですよ、ブライト艦長」

 

 アーガマのもう片方のカタパルト、そこへブライトの部下であるナイジェルの機体が彼の軽口と共にハンガーから上がってくる。

 

「だが、そのガンダムなんか目じゃない、現在の量産機の群れをもってしても」

 

 ブライトが見つめるモニターの中で、ナイジェルのリ・ガズィが微かに前進をする。後続のケーラ機の為にスペースを空けるためだ。

 

「やはりビグ・ザム、デカブツの如きの前ではアリ同然かもな」

 

「違いますね」

 

 ビグ・ザム、その名に対しても苦い思いを浮かべてしまったブライトに対して、ユウが強く力を込めた言葉をかける。

 

「俺達は必ず勝てます、ブライト艦長」

 

 そう言いながら、その手でユウがもてあそぶシロッコのメモ。それにはやたらと凝った武装名の単語が書き連ねられていた。

 

「勝算でも?」

 

「負ける要素がないのです」

 

 モニター内のブライトの顔が、ユウの言葉に何か感銘を受けたように綻ぶ。理由は解らない。

 

「何故ならば」

 

 Gマリオン、その機体の両肩部の鞘へ納められた熱量剣の名前を妙な物だと思いながらも、ユウはブライトに対して不敵に笑う。

 

「俺がいるからです」

 

「ヒュウ……!!」

 

ブライトの言葉よりも先に、ナイジェルの口から感嘆の声が上がった。

 

「言い切ったね、大佐殿」

 

「やってみたくなったんだよ、ナイジェル君」

 

「何を?」

 

 ユウと言葉を交わすナイジェルのこの態度はブライトにとって、ビグ・ザムとの戦いで散っていってしまった昔の仲間の顔を思い出させる。

 

「やせ我慢、勘違い、それらが混じった傲慢さの欠片を」

 

「いいんじゃないですか?」

 

 いや、ナイジェルだけではない。ブライトは心の中でそう呟いた。

 

「増長天を超える存在になるというのも」

 

「俺にはその大言壮語、舌に載せる資格があるはずだよ」

 

「どのような?」

 

「もちろん、それは」

 

 そうだ、ユウへと感じていた懐かしい何か、ブライトは今さらながらにその自分の気持ちに気がつく。

 

「君達ヒヨッコが小さい時から、俺はジムに乗っていた」

 

「あんたがロートルなだけなんですよ、大佐殿」

 

「そう、ロートルと君たちに言われる位に前から」

 

 彼、ユウ・カジマは昔の仲間の生まれ変わりなのだ。自分「ブライト・ノア」が彼と初対面の時から感じていたシンパシーか何かは。

 

「ジムに乗り」

 

 似ているんだ。全ての生きた仲間に、死んだ仲間に。

 

「ジムを駆り」

 

 似ているんだ。自分と、そしてあの伝説のニュータイプと。

 

「ジムと共に生きた、俺の人生」

 

「そう、おそらくあなたは連邦軍の中でも一番……」

 

「言うな、ブライトさん!!」

 

 言わないよ、もう一人のアムロ・レイ。

 

「身体に持病を持つ鬱の患者が、元気になったもんだな……」

 

「決め台詞、俺が決める!!」

 

「フフ……」

 

 良いぞ、アムロ。

 

「俺が一番……」

 

 続けろ、言うんだよ、アムロ。

 

「俺が一番、Gマリオンを、ジムを」

 

 言え、オールドタイプのまま、そのままの存在でいられたアムロのもう一つの可能性(ラプラス)

 

「上手く」

 

 Gマリオンから、強い呼気がカタパルトへ満ちる。

 

「そう、上手く……」

 

 ユウの右手が、スロットル・レバーを強く掴む。

 

「使えるんだ!!」

 

 シュファ……!!

 

 右舷カタパルトのGマリオンの背中から蒼い羽根が、光が羽ばたき、アーガマを包むように強く、大きく舞った。

 

「システム、オールグリーン!! グレイス・コンバーター、極めて良好!!」

 

「デカ頭に納められている、二つのサイコミュ装置は!?」

 

「問題なし、ジョブさん!!」

 

 通信機越しのそのユウの返事に、ジョブも同じ位に力強く答える。

 

「ウロボレス・サーベル、ワン、ツー付属の簡易グレイス変換器、共に異常なし!!」

 

「ナイジェル機、発進準備完了!!」

 

「しかしに、このウロボレスとやら!!」

 

 ナイジェルのリ・ガズィが、アーガマ左舷のカタパルト先端で、アイドリングを始めるのを尻目に、ユウは再びシロッコの書き残したメモへ視線を向けた。

 

「永遠を司どるだの、揮発性の象徴だのと、あの天才がいちいち講釈を垂れているのが気に食わない!!」

 

「ケーラ機、最終機体診断終了!!」

 

「紅く輝く剣であれば、より相応しい名前を俺がつけてやる!!」

 

 ケーラのリ・ガズィがナイジェル機の尻に付くように、カタパルトへ上がる。

 

「長い間、本当に長い間を御世話になりました、ブライト艦長!!」

 

「病気持ちのお身体に気を付けて!!」

 

「俺のどこが病人と!?」

 

「診断にしても、パイロットとしての寿命にしても!!」

 

「しかしに、燃え立つ焔を出せる俺の身体に、問題などありますまい!!」

 

「気合いとやらで目を逸らしているだけでありましょう!!」

 

「イエス、イエスだよ艦長!!」

 

「ニュータイプの専売特許である精神エネルギーを使えるオールドタイプ、羨ましい!!」

 

「よくもそう、おだててくれる!!」

 

「その根性の秘伝、教えてもらいたい!!」

 

「一言を直入!!」

 

「短く助かる!!」

 

「大人!!」

 

「短すぎる!!」

 

「単語の続きがある、ブライト!!」

 

 ユウの心の色、宇宙の色と共にGマリオンの両肩が、紅く染まり始めた。

 

「大人!!」

 

「聞きました!!」

 

「そう、大人はみんな!!」

 

 そう言いながら、ユウはスロットル・レバーを強く、強く押し込んだ。

 

「ニュータイプ!!」

 

 ジェア……!!

 

 輝く羽根を撒き散らしながら宇宙(ソラ)へと飛び立つブルーディスティニー五号機。戦士は再び剣を手に取り、アーガマでの休息を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの落ち着きの無さで、俺より歳が上だとは信じられん……」

 

 ナイジェル機を初めとする、他のピナクル攻撃隊の出撃をブリッジから見送りながら、ブライトはその口を軽く歪ませる。

 

「大人は皆がニュータイプ、か」

 

「良い言葉ですね、ブライト艦長」

 

「ああ」

 

 ジョブに向けて頷いてみせるブライトの腰に付けた携帯端末が、彼へ振動を揺らして仕事の催促をする。

 

「結構、勝手をしてくれる大佐殿でしたが」

 

「良い人だったよ、やはり彼は」

 

「はい」

 

 ジョブも端末で自身の今後の予定表を見やる。その多忙さにうんざりをした表情を浮かべながらも、どこか嬉しげな笑み彼はブライトへ見せた。

 

「ニュータイプの仕事、やるか」

 

「はい」

 

 歳相応の落ち着きを強く秘めたブライトにしても、仕事自体は山ほどある。

 

(頑張れよ、もう一人のアムロ)

 

 ブライトの視線の先で、すでに遠く離れたGマリオンの星の鼓動が微かに瞬いた。


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