夕暁のユウ   作:早起き三文

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第57話 ニュータイプ(前編)

「ほら、さっさとこっちへ来て」

 

「やめて……!!」

 

 大破をしたファンネル展開戦用モビルスーツ「ゲー・マルク」へと乗っていた女性パイロットが自分の腕を掴むエゥーゴ兵へ向けて、脅えた視線を向ける。

 

「あたしに酷いことをするつもりでしょう、エロ同人誌みたいに……!!」

 

「しないって……」

 

「エロ同人誌みたいに!!」

 

「あんたがどんな同人を読み入っているかはしらないけど、早く入ってよ、全くもう……」

 

 ヒステリックに叫ぶネオ・ジオンの女性兵をスペース・ランチ、小型艇へ無理やり押し込むエゥーゴ兵。

 

「歳かしらね、疲れる……」

 

 レコアは中破したまま漆黒の宇宙を漂っている自機を見上げながら、薄く息を吐いた。

 

「しかし、まさに水際作戦、ね」

 

 いくらやむを得ずとはいえ、愛人から貰った機体「パラス・アテネ」をファンネルからの無人迎撃砲台へとせざるを得なかったレコアの機嫌は良いはずがない。

 

「エゥーゴっぽ、そっちの死に損ない連中の救助は出来たか?」

 

「思っていたよりも人数は少ない、あとは全部仏さん」

 

「仏さんは無視して、そのスペースをこっちへよこせ」

 

「多いの、生き残り?」

 

「ランチ二隻がエンジン・トラブルを起こして、帰ったと言ったろうに……」

 

 ランチ、内火艇を操縦しているファへも、ティターンズ兵からの通信は伝わって来ている。

 

「行っていいかしらね?」

 

「いいわよ、行って行って……」

 

「了解、レコアさん」

 

 予想外のネオ・ジオン部隊との遭遇に、損害どころか母艦への帰路を余儀なくされたエゥーゴ、ティターンズ混合部隊の隊員達の気は重い。

 

「何て言ったっけ、朝食妨害?」

 

「何よ、それ?」

 

「すぐに言葉をヒラヒラ変える事」

 

「朝令暮改?」

 

「そう、それ」

 

「何の事、ファ?」

 

「クワトロさんのやっている事よ」

 

「何だ、それか……」

 

 ランチの通信士がなかなか繋がらない通信回路に向けて悪態をつきながらも、本隊への連絡の為に器機の調整へ挑んでいる姿を横目に、ファの唇から不満が飛び出る。

 

「クワトロさん、約束を守る姿勢が全く無いじゃないのよ、レコアさんさ……」

 

「シャアが不実な男なのは、解りきった事だけと?」

 

「説得力、あるわねぇ……」

 

 上部の人間同士でアクシズやピナクル等の停止の確約をしたにもかかわらず、それら小惑星群があからさまな落下ルートへ入った事をファは怒っているようだ。

 

「でも、意外にも他の人はその約束を破った事を、淡々と受け入れているみたいね」

 

「シャアの事なんか、誰も信じていないって訳よ」

 

「嫌われたもんね、クワトロさんも」

 

「一回でも肌を合わせれば、ファもあの男の気持ち悪さは解るわよ?」

 

「それの言葉であたしが顔を紅くでもすると思っている、レコアさん?」

 

「まさか」

 

 ノーマルスーツ内でそう艶然と微笑みながらファへと答えるレコア。

 

「しかし、ね」

 

 宙域のそこらかしこへ浮かぶ、敵味方の破損をしたモビルスーツ達を見渡しながら、レコアのその眉が締められる。

 

「ネオ・ジオンの奴等が来る前に、全部かっさらって、持っていきたいわね……」

 

 今の戦争、それに参加をしている勢力勢の戦力の枯渇は、地球派の軍もネオ・ジオン軍も身に染みて解っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、とっとと来い、小僧」

 

 ティターンズ所属の老兵が、疲れた声を出しながら、黙りこくったままの少年兵へ手を差し伸べる。

 

「別にとって食ったりはしねぇよ、小僧」

 

「本当に?」

 

「飯も三食出すしよ……」

 

「ステーキは?」

 

「でねーよ」

 

 ヘルメット等を擦り合わせる事でできる宇宙空間ならではの通信術「ふれあい会話」を使い、四、五十歳は年が離れたティターンズとネオ・ジオンの兵は会話をしあう。

 

「お前、名前は?」

 

「……」

 

 ボソリとヘルメット越しの振動で彼へと伝わる名前に、その老いたティターンズ兵は深くため息を吐いた。

 

「宇宙人が、俺の死んだガキと一文字違いの名前を名乗るんじゃねぇよ……」

 

 そのバイザー越しに見える少年兵の顔、まさしくそれは十年前に失った彼の「宝」が持っていたそれである。

 

(相手がどんな顔をした小僧でも、ジオンの奴の前で涙なぞ見せるものか……)

 

 だが、男の意思は精神的な生理現象には勝てない。

 

「地球が泣いている」

 

「あん?」

 

 極力に流れ出た涙を少年兵へ見せないように顔を上へ上げながら、老兵はあえて高圧的に少年へ向けて声を返す。

 

「あそこの瞳から……」

 

「ああ……」

 

 そう言いながら、地球のある一点を指差す少年兵。

 

「ネオ・ジオンの連中もあの噂を知っているのか」

 

 少年が「瞳」と呼んで指を差した場所、そこには人類史上最大の罪の墓標、落とされたコロニーが眠る、約十年前にオーストラリア大陸に出来た「人工湾」が青々と輝いている。

 

「何だい、その噂って?」

 

 ランチのドアから、連邦正規軍のパイロット・スーツに身を包んだ兵が顔を覗き出してきた。

 

「亡霊の話だよ」

 

「亡霊?」

 

 長らく地球勤務であった、男の昔馴染みの通信兵は少し今の宇宙での世間話には疎いらしい。

 

「時々、夢に見る奴がいるらしい」

 

「夢、ねぇ……」

 

「何か、毒ガスらしい霧に包まれた所で、泣きじゃくっているガキの話だ」

 

「毒ガス、もしかしたら……」

 

「だろうな」

 

 コロニーを質量兵器とするときに、中に居る住人を退避させる代わりに採用された手段の事は、少しでも十年前の戦争の事を知っている者であれば、誰でも答えられる。

 

「そして、その夢を見たって奴が出た翌日には、よく電子機器へと変なバクが起きるんだ」

 

「もしかして、今日がその日なのかい?」

 

 ミノスフキー濃度が特に濃い訳ではないが、何故か電信に妙な文字が混入することに彼女は訝しんでいた。

 

「昨日に、カクリコンという若造が夢に見たらしいからな」

 

 その男の言葉に、同僚の連邦兵とネオ・ジオンの少年兵は、再びオーストラリア大陸に浮かびあがる「瞳」へその視線を向ける。

 

「アイランド・イフィシュの亡霊、か……」

 

「かもな」

 

 その亡霊達が住まう地は、静かにその蒼い瞳を宇宙の愚民たちへと照らす。

 

「しかし、地球が泣いているなんてのは、随分と詩的な表現力を持つガキだぜ……」

 

 そういう所も、死んだ息子と似ているといるのが老兵の神経に障っている。

 

「だがさあ、お前さん……」

 

「言うなよ」

 

 ティターンズの選抜に漏れたとはいえ、古参の兵である彼女の勘は鋭い。ニュータイプ・ペーパーテストとやらを受けたとき、彼女は良い線まで行ったと男は聞いた事があった。

 

「泣きたくもなるだろうよ、地球もさ……」

 

 戦力の枯渇ぶりに、旧式モビルスーツどころではない宇宙戦闘機、セイバーフィッシュや鹵獲機として倉庫へ放り込んであった旧ジオンのガトルフィッシュ、それすらも核運搬機や対ファンネルミサイル拡散器として使用しなければならないのが今の現状だ。

 

「神も仏もあったもんじゃない、世の中は……」

 

 そして、それらが帰投していく姿に、何十年間も連邦、そしてティターンズ兵として勤めあげてきた老いた兵は心から情けない気持ちになる。

 

「疲れた……」

 

 ジオン公国のコロニー落としで親兄弟、妻と子を無くし、ジオン憎しの一心で一年戦争後もジオンの名を冠する残党を狩り続ける、それだけでティターンズへと入り、寝る間も惜しんで危険な現場を勤めて来た報酬が。

 

 ゾゥ…… ズゥ……

 

「ミィバ・ザム、あの化け物が復帰をしてきたか……」

 

 ジオンの驚異を思い知らさせる重モビルアーマーの後継機、遠目に見えるピナクルの側面を這うように進むそのモビル・シップの暴力的な偉容を見せつけられても、男にはもはや何の感情もわかない。

 

「もう、疲れた……」

 

 再度そう呟いた男の姿へ、ネオ・ジオンの少年兵は静かな視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に、ある程度の保存料はいれてあるようだな」

 

 何か慌ただしいアーガマのハンガーの脇で、ユウはモソモソとフィリップ手製の菓子パンを口へ運んでいる。

 

「じゃなきゃ、保存食にはならないからなあ……」

 

 気づかいのつもりか、パンの袋の内側には製作日が書かれた紙辺が、乾燥剤と共に入っていた。

 

「約、一月前の保存用のパンか」

 

 パンそのものは旨い。昔に一回だけ食べた事のある、シロッコが作ったパンケーキの味を取り入れているようだ。

 

「こっちは今一つ、かな?」

 

 カツとサラが焼いてくれたクッキーは、やや表面が堅く、僅かにコゲの味がする。

 

 ガァ……

 

 ユウが飯を食っているハンガーへ、消耗をしたマラサイの改良型達がエレベーターの閉鎖ハッチを開きながら、アーガマへと帰還をしてきた。

 

「しかしに、最後はやはり」

 

 ジィ……

 

 ハンガーで忙しく動き回っているパイロットやメカニックたちが「のんきに飯を食ってんじゃねえよ、オッサン」と無言の視線を送ってくれるのを無神経にユウは無視をして、お気に入りの飲料を口へ運ぶ。

 

「ムラサメ・コーヒーだな、うん」

 

「お気楽ね」

 

「うん?」

 

 出来るだけ皆の邪魔にならないように、隅へ身を細めているユウへ向かい見知らぬ女性パイロットの凛とした声がかかる。ユウよりも一回り、歳は下であろう。

 

「皆忙ぎのこの光景を高みの見物の御身分、あなたは恥と言うものがなくって?」

 

「最後の晩餐になるかもしれないだろ?」

 

「みんなそうよ、戦いに出る人達は」

 

「コーヒーブレイクの邪魔邪魔……」

 

 ぞんざいにそのパイロットへシッと手を振ってみせるユウへ呆れたように一瞥をしたあとに、彼女は無造作にユウの方へその手を伸ばす。

 

「ウワァ!?」

 

「没収よ」

 

 その女性パイロットは無表情で、ユウの傍らのプレゼントを詰め込んだズタ袋の引きずり上げる。

 

「ちょっと待て、女!!」

 

 ユウの罵声を無視して、彼女はそのズタ袋を軽々と持ち上げる。見た目よりも力が強い女性のようだ。

 

「美味しい食べ物が!!」

 

「我慢することね、解った?」

 

「俺のムラサメ・ジャンパーが、愛するコーヒーが!!」

 

 その情けないユウの悲鳴に対して、彼女は一つ鼻を鳴らすだけである。

 

「後で艦長から返して貰いなさい」

 

「おい、まてこの雌のドロボウ猫!!」

 

 わめくユウをなにか汚らわしい物でも見るように、彼女は再度一瞥をした後に、彼の前からスタスタと立ち去っていった。

 

「何だぁ、あの尻と亀頭を足して二でケツ割ったようなヘアスタイルの女はぁ……!!」

 

「あのですね、ユウ大佐……」

 

「何だ!?」

 

 怒りがおさまらないユウに声をかけた彼、ジョブは別に顔色一つ変えない。この手の人物の扱いに慣れているのかもしれない。

 

「あぁ、オホン……」

 

「別に怒鳴っていても構いませんよ」

 

 今一つ年齢が解らないメカニックの美しい面立ち、その顔の上に乗っている、癖のある金髪がハンガーデッキ天井の照明により、髪の毛筋自体が光を放っているかのように見える。

 

「修羅場の整備の場所なんぞ、みんなそのようなものですからね」

 

「Gマリオンの調整が終わったのですか?」

 

「いえ、まだです」

 

 言葉のトーンが平常へ落ちたユウをじっと見つめながら、怒りが長続きせず、すぐに精神が常温へと戻るのが彼の良いところなのだろうなと、彼ユウ・カジマとの付き合いが短いジョブでも何となくに理解が出来た。

 

「難儀を?」

 

「パイロット側の調整をお願いしたいのですけどね」

 

「おう、任せて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生意気な女だったよな、あのパイロットは」

 

「エゥーゴの優秀なパイロットらしいですよ、あのエマさんは」

 

「大佐様の食事時間を邪魔するなっての……」

 

 Gマリオンのもろ手に備えられた二本のヒートサーベル、それらの背中への格納機能のチェックを行いながらも、昨日強引にムラサメ・コーヒー、それを始めとする諸々の贈り物をぶん取られていった事へ対するユウの苛立ちは未だ収まらない。

 

「私がこの前に、あなたを小人と言ったのはね」

 

「何です、ブライトさん?」

 

「誉め言葉のつもりですよ」

 

 目を覚ましたばかりのブライト艦長が、眠気醒ましの為の散歩がてらにユウ達の元へとやってくる。

 

「せっかく誉めたのに、本当の意味での小人の大佐殿にはなってほしく無かったなあ……」

 

「すみませんね、未来のカフェのマスターさん」

 

 ユウもジョブにしても、先程に充分な時間の睡眠自体は取れている。

 

「長引くな、Gマリオン……」

 

 その自機の整備が難航していることもユウのメンタルへ悪影響を及ぼしている。結局、Gマリオンの調整は数時間などで出来る物ではなかったのだ。

 

「思ったよりも、器の小さい人だったんですねぇ……」

 

「聴こえているよ、ジョブさん」

 

「その位の声で言いましたんよ、大佐殿」

 

「どいつもこいつも、全く……」

 

 コクピットを先程から開放している為に、ユウの視点からはアーガマのハンガー内の様子がよく見てとれる。ユウ機のすぐ近くには、Zガンダムの簡易量産機群の集大成として開発をされた「リ・ガズィ」タイプが数機、戦闘機態勢のまま整備を受けている。

 

「俺を誰だと思っているんだよ……」

 

「本当にそんな事を言っているとね」

 

 昨日よりも閑散としたハンガーへ響くような大あくびがブライトの口から一つ。

 

「嫌われますよ、みんなから」

 

「言ってくれますね、ブライト艦長」

 

「あなたのような階級の高い、他の者から見て上官にあたる可能性の高い人物のひねくれや愚痴は」

 

「どうせ、引退寸前の邪魔者ですよ、俺は」

 

「エマから上がって来る規律関係の報告は、口調や内容が辛辣の為にあまり聞きたくないのです」

 

「チクったか、あの女」

 

「とにかく規律を誰よりも重んじる性格ですから、彼女は」

 

 そのブライトの言葉に不愉快げに眉を潜めながら、ユウがコクピットからワイヤーロープを使い、Gマリオンの足元へ下がってきた。

 

「これだから、お高くとまった人間は」

 

「元ティターンズ兵からの転向ですからね、彼女」

 

「元巣とは関係がない、地の性格でしょう、あのシロッコーズ・ヘアスタイルのでき損ないの女は」

 

 昨日、何か心へ引っ掛かる嫌な夢を見たせいか、不機嫌さが増幅をしているユウの愚痴は止まらない。

 

「Gマリオンのこのデータ、小型機への開発に使えるからな……」

 

 ジョブはそんな機嫌の悪いユウなどとっくに無視をし、淡々と機体データ調整の為の質疑を事務的にユウへと投げつけつつ、その返答内容をを電子記入帳へとその指を走らす。

 

「ジェリドや昔のサマナの爪の垢でも煎じて、口へ流し込んでやりたい」

 

「ジェリド? あれだってプライドが高い男ですよ?」

 

「エリート的なプライドと潔癖性は似て非なる物でしょう?」

 

 ブライトからの朝食とコーヒーの差し入れをされても、ユウの口から吐き出される毒は止まるどころか、ますます加速をする。

 

「あのニムバスにしても、色んなプライドと潔癖性が入り交じったような性格だからな」

 

「ハァ、そうですか……」

 

 正直、この男は昔のアムロやカミーユよりも扱いづらいのではないかと、自分よりも僅かに歳が上である青い短髪をしたパイロットを見つめながら、その風の考えが脳裏へとよぎるブライト。

 

「騎士と自称する時点で、プライドの塊だと表明している上に、非殺の哲学だと?」

 

 ハンガーの床へと座り込む愚痴発散マシーンは、その機能を存分に発揮をしながら、周囲の人間達へぼんやりとした視線を向ける。

 

「うるさいな、この人は……」

 

「仕事に集中、ナイジェル」

 

「ハイハイ……」

 

 共同でリ・ガズィの整備チェックを行っている二人の男女が、ユウへチラリと視線を向けた後、再び作業へとその手を戻す。

 

「殺サズの哲学をやらを出来る時点で、まさしくプライド、傲慢と潔癖性が合体をした権化だよ」

 

「元気になったはいいが、どうにも図に乗って来ているなあ……」

 

 そう呟きながらも、ブライトは近くにいるパイロット達へ、ユウの不愉快な行いに我慢をしてくれとケアをしに向かう。

 

「どこか私のセンスを慰める、雄々しい出で立ちのモビルスーツを預かれるということは、腕の立つ人ではあると思いますがね……」

 

 Gマリオンの紅い二刀を構えた姿、それはブライト揮下である彼の好みに合っているらしい。

 

「彼は良い人だよ、ナイジェル」

 

「そうですかね……?」

 

 ブライトの言葉に首をかしげながらも、そのパイロットは左手へと持つ紙製のマニュアルをじっと睨みながら、半自動化されたリ・ガズィタイプの整備の進行を進めた。

 

「やはりアストナージの奴がいないと、この程度の処置で我慢をするしかないか、ナイジェル?」

 

「所詮、俺達は機械の力を借りて整備の真似事をやっているパイロットだからな」

 

 どうも最近のアーガマには整備員が不足をしているらしい。ユウ自体も昨日の後半からジョブの指示の元、何回か本職ではないメカニックの仕事を手伝わされている。

 

「だいたいなぁ」

 

 ブライトは通信機、ジョブは仕事に熱中、その他の中途半端に耳が開いている者だけに、ユウ・カジマが放つ不愉快な言霊が滑り込む。

 

「腐った愚痴男のセンチメンタリズムが私の勘に触る……」

 

「ジャブローから上がってきたこの新型、カタログに書いてあるパーツが外されているな」

 

 女の方はブライトの忠告を聞き入れたと言うより、完全にユウを無視をする事にしたようだ。

 

「ボックン、にむばすはニュータイプを妬んでます、だから越えたいです、マル」

 

「この部分、目を通して」

 

「アイヨ……」

 

 愚痴多き不健康な朝食の最中にしても、ジョブからの機体関係の報告はぞんざいに扱わないのは、ユウの歴戦と言う物からくる習慣みたいな物であろう。

 

「あの理念や執念は本当に何処へ行ったんだよ、全く……」

 

「あ、エラー吐いた」

 

「そいつに負けた男が何を言っても、まさに遠吠えなんだけど、さ」

 

 そのポツリとした言葉に、飲みかけのコーヒーをその場に置いてユウは難儀をしているジョブの元へと足音を響かせる。

 

「何かあきらめ早いが実の部分が執念深い、嫌われそうな人だな」

 

「だからこそ、無視をしなさい」

 

「了解だよ、ケーラ……」

 

 一機のリ・ガズィ、それのチェックが終了したことを確認した二人は、次の同型機の元へと向かった。

 

「ああ、例の亡霊からのメッセージだよ」

 

「なんですかい、そりゃ?」

 

「慣れれば実害はない、動物霊みたいなもんだ」

 

 ユウは時々GマリオンのOS関係に起こる謎のエラーメッセージ、それの対処法だけはアルフやシロッコから頭へ叩き込まれている。あの二人はこういう外部の艦で整備をする状況も想定していたのだろう。

 

「よくこんな不気味なお化けが出てくる機体を使おうとしますね」

 

「明らかに人外の力がありそうだからな、コイツは」

 

「多分、グレイス・コンバーターとやらの制御機能がこの不安定さを出していると思いますがね……」

 

「俺は一年戦争の時から、不安定を積んだ機体は馴染みなんだよ」

 

「だからこそ、愚痴も出てきますか」

 

「俺も心の中では、回りの人に悪いとは思ってはいるさ」

 

 エラーの修正が完了したあと、ユウは再び先程まで座っていた場所へと戻り、残った朝食を口へと放り込んだ。

 

「ニムバス、あいつがどこがどうねじくりまがって、非殺の剣で相手を打ちすえる事が、彼の見出だした真理なんだろうな……」

 

「愚痴内容の出力が低下をしても、聞こえてくる事は聞こえてくるぞ、ジムの中年……」

 

 二機目のリ・ガズィの調整が先の機体よりも遥かに手こずりそうなのに加えて、愚痴ユウ波動がパイロットの男を苛立たせる。

 

「エグザム・マリオン、傲慢なる慈悲とやらに御大層な名前までつけやがって」

 

 朝食のゴミを片づけたあと、ユウはその背筋を大きく伸ばす。身体の内部では進行の遅い潜水艦の様に振る舞う病気など、目に見えない問題はあるらしいが、目下の所は順調。

 

「あの人、アタシらの元へ来やがったよ、オイ」

 

「身勝手な男に愛されてはいけない、目を合わせるな、ケーラ……」

 

 腹ごなしの散歩でハンガー内でも回ろうかとブラブラと自分達の近くへやって来たユウを、なるべく彼と目を合わせないように作業へ熱中をしている振りをする二人の男女のパイロット。

 

「非殺剣でアイツから躾をさせられた俺が、何かしらに自分の問題点へと直視出来る勇気、それを持てたから良かったものを」

 

 ユウの視線の先、すぐ近くのハンガー出入口付近にブライト艦長の姿が見える、仕事へと戻るのだろう。

 

「そう、ニムバスからの剣によって……」

 

 その呟きを終えた刹那。

 

「……」

 

 ユウ・カジマの顔が蒼白へと染まる。

 

「そうか……」

 

 彼の震える唇からこぼれる、掠れた声。

 

――あなたは、YOUよ――

 

「そう、なのか……!!」

 

――世界はYOUに満ちているの――

 

「ブライト艦長……!!」

 

 ユウの声がハンガー先の通路を歩んでいるブライトへと飛ぶ。

 

「ドウシタ、ドウシタ……」

 

 あまり今のユウとは関わりたくないブライトであったが、その静かながらもどこかに強い、真意な口調を発したユウの元へ、嫌々ながらも通路からわざわざ戻ってきてくれるブライト。

 

「今、俺は」

 

「ハイハイ……」

 

「今、この世界の中で、一番ニュータイプについて理解をしている人間かもしれません」

 

「はあ?」

 

 ブライトはその妄言紛いの言葉に一瞬「修正」をしてやろうかと自分の拳を握りしめたが。

 

(私はこの男の目の輝き、どこかで……)

 

 彼、ユウ・カジマの双眸から放たれる勁い(つよい)蒼い光。それに宿る真意な輝きに対してどこか見覚えを感じつつ、ブライトは喉に絡まる唾を静かに飲み込んだ。


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