夕暁のユウ   作:早起き三文

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第56話 返り血を継ぐユウ

「頭が痛てぇ……」

 

 ティターンズ内で一番の出世頭と言われている、重打撃モビルスーツ部隊の総隊長であるキッチマンが頭を抱えながら、書類へ目を通す。

 

「大丈夫? チキンバーガー食べる?」

 

「うんせぇ!!」

 

 書類へ書かれているモビルスーツの戦力値の帳尻がどうしても合わない彼を、別系統の指揮部隊から派遣をされた助手のティターンズ女性兵がニヤつきながらからかう。

 

「起こんなよ、大将……」

 

「てめえの責任でもあるだろう、この総火力の減少はよ!!」

 

「んなこた言ってもよ……」

 

 キッチマンを宥めるように呟いた、そのどこか雰囲気的にガラの悪い青年は、手に持つチキンバーガーを食べる手を止め、豪華な執務室のモニターへ区画を分割されて写し出されるモビルスーツ等の姿を見つめながら、自分の黒の短髪へ手を差し込む。

 

「あそこで、クィン・マンサ達やミィバ・ザムとやらのデカブツを止めておかなかったら」

 

「その言い分は、何回も聞いた!!」

 

「アクシズやらが地球へ落ちる前に、俺達の戦列が滅茶苦茶になってましたぜ、キッチマン中佐」

 

「わかってるよ、全く……」

 

 どこか自分の揮下であるエース「ヤザン・ゲーブル」に似ている彼、頭に血が昇りやすいと思われる青年へ限度を越えて怒鳴る事をキッチマンは自制している。そうする事の危険性を何か肌で感じているのだ。

 

「フウ……」

 

「大丈夫? コーヒー飲む?」

 

「貰う、いただくよ」

 

 コーヒーを淹れてくれる彼女を、気を使ってくれる良い女だとはキッチマンも思うが、青年共々に外部系統の人間だ、配慮をした態度をしてやる必要がある。

 

「俺にも頂戴、お嬢ちゃん」

 

「ラ、ジャー」

 

 美女へは調の子がよくなる青年、その声に微かに呆れたながらも、彼の顔を見つめるキッチマンの脳裏には、扱いが極めて難しい部下であるヤザンの顔が再び浮かんできた。

 

「お前の組、教導団だっかかな、ティターンズの丸パクりは?」

 

「言ってくれるじゃないですかい、キッチマン殿」

 

 とは青年は言うものの、別に彼にとっては給料が良いという理由だけで入った自分のサークルめいた集いをバカにされても、大して腹も立たない。

 

「一応、おたくのティターンズと同じ主義理想の活動ですよ、俺たちは」

 

「規模が小さくて後から出来た物なら、そのパクりというイチャモンは必ず言われ続けるぞ、有望株の生意気なパイロットちゃんよ?」

 

「口がお上手なこって……」

 

 頭ごなしに命令をしてもよい建前の立場のはずの部下のヤザン・ゲーブルですら、実際にはバカやウィットをやりながら命令内容を心へ響かせ、納得をさせなければならないのだ。外部の人間であれば、なおさらの事である。

 

「おっ、このコーヒーは良いもんだな……」

 

「オーガスタとかいう軍事関係の研究所が、いきなりこれをもって売り出してな、コーヒーメーカー業界に参入をしたらしんだ」

 

「畑違いも凄まじくないですか、それは?」

 

「ライバルのムラサメ研とやらがその業界へ先に手を出して、オーガスタとしては面白くなかったようだと、よ」

 

 そう言いながら、キッチマンはオーガスタ・コーヒーの青っぽく見えるその表面を、同じコーヒーを飲んでいる若い男のパイロットへ見せつけるように揺らがせた。

 

「嫉妬やらなんたらは、人を動かすな、新サークルのボーヤ君?」

 

「俺達の教導団への皮肉をコーヒーを味付けですかい?」

 

「不味いか、両方?」

 

「いや、どちらもなかなかに上手し」

 

 ニヤリと笑う青年を見て、自分が通信講座と独学で学んだ人心の掌握術、それが必ずしも机上の空論ではないことに微かな安堵を覚えるキッチマン。

 

(若いのを手懐けるには、こういう神経の配りかたが必要なんだよな、ウン)

 

(見え透いたやり方だぜ、オッサンよ)

 

(あのお金がかかる通信講座を上手くアレンジしている、この人はただ者じゃないわね)

 

 何はともあれ、ティターンズが全てを高圧的に出るだけで物事が動かせた時代はもう終わったのだ。

 

「それに、してもよ……」

 

 やはり、この数年間のジオンやエゥーゴとの抗争は、大企業や地球を牛耳る連邦諸勢力の生産力の大元をジワジワと弱らせてしまっている。

 

「スペリオールだか、スペシャルなガンダムだか何だか知らねぇが、教導団のこいつの機体やディープストライカーとの接続分を含めて、計三機もの喪失が痛い……」

 

「大丈夫? チキン南蛮食べる?」

 

「黙りや、オードリー」

 

 コーヒー・ブレイクを入れたせいか、少しは落ち着きが戻ってきたキッチマンは再びモビルスーツの配備関連の資料へとその視線を落とす。

 

「バウンド・ドッグが少し余っている、図体のデカイあいつを重火器のプラットホームに出来るかもしれねぇ……」

 

「あんな食用ウサギ、無人機爆弾として隕石群にぶつけてしまえばいいのでは?」

 

「お前がウサギ耳のモビルスーツが嫌いってなら」

 

「何です?」

 

「俺はカブト虫モビルスーツのガブスレイやどこかしらコックローチじみたバイアランの方が腹が立つよ」

 

「思っているよりも、拡張性がありますわよ、あいつらは」

 

「拡張性というよりも、一点集中の大火力が欲しいんだよ」

 

 唸るキッチマンの傍らへ、教導団の青年パイロットもブラリと近寄ってくる。

 

「機動兵器、スピードを削ってでも火力が欲しいんですかい?」

 

「アクシズだかの破砕も念頭に考えなくてはいけねぇ、リョウ中尉……」

 

「まあ、ね……」

 

「可変だか何だかの、機動重視思想のモビルスーツ設計から来た、とんだしっぺ返しだ」

 

 そのキッチマン中佐の言葉にはかなりの説得力がある。彼のため息混じりの愚痴に、机を囲んでいる二人の男女も押し黙ってしまう。

 

「核もソーラ・システムⅢも、最後にはあてに出来る信頼性じゃない」

 

「確か、核弾頭のオーラとやらを、ニュータイプ連中は読み取れるみたいですわね」

 

「何基かの核弾頭ミサイルが、ファンネルで撃ち落とされたからなぁ……」

 

 そう言いながら、キッチマンは大モニターへ浮かぶ敵性のファンネル搭載モビルスーツの姿、その数々へ睨みつけるような視線を向けた。

 

「今からでは、サイコ・ガンダムクラスの機体の再生産は間に合わねぇよな……」

 

「良い手がありまっせ、中佐殿」

 

「何だ?」

 

 勢いよく挙手をした青年パイロットを見て、キッチマンもオードリーも怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「気合い、マン・パワーで押し返すってのはいかがでしょうかねぇ?」

 

「ホウ?」

 

「みんなで輪になり、友情パワーでポーンと」

 

「隕石群を押し戻すか」

 

「どうですか?」

 

「イイネ、イイネ……」

 

 キッチマンが席から立ち上がり、にこやかな微笑みを満面へと出しながら、薄く笑いを浮かべている青年の肩へと軽く手を置く。

 

「さっそく、君の名において実行したまえ、リョウ・ルーツ君」

 

「中佐殿が全責任をもってくださいよ、ちゃんと」

 

「お前が言い出したたわ言だろうが、小僧!!」

 

 クルリと表情を百八十度へと回転されたキッチマンの怒鳴り声が青年の耳の中へ地鳴りを起こす。

 

「大丈夫? どろりチキン濃厚飲む?」

 

「飲むよ!!」

 

 頭痛が再発したキッチマンは、オードリーという名前らしき女性が差し出す謎のドリンクチューブをよく確かめもせずに口へと送り込んだ。

 

 ブゥ……!!

 

 キッチマンのその口から、謎のゲルだかゼリー状をした茶色の固形物がドリンクチューブを手渡した女性の顔へ向けて、勢いよく降りかかった。

 

「どうして、そんな事するかなぁ……!!」

 

 顔面へチキン濃厚を浴びせられた女性は、驚きと怒りの混じった表情を浮き立たせ、一応の上官筋への敬語も忘れて大声を張り上げる。

 

「何だ、これは!?」

 

「新式の流動レーションですよ!!」

 

「ゲル!? チキン!? チキンは飲み物!?」

 

「頑張れば、美味しいらしいです!!」

 

「俺の喉に、チキン霊が見える……!!」

 

 あまりの異様な味に、キッチマンへ宇宙ニワトリの魂達、それらが宇宙(ソラ)の刻の声を震わせながら彼の元へ向かえにと来る。

 

「ムラサメ系列の新商品には注意をしろというのは常識……!!」

 

 泡を吹いて倒れたキッチマンへ呆れた顔を見せながらも、教導団の部隊員である青年は執務室のドアを蹴破るように飛びだし、医務室へと走る。

 

「ここから通信をすれば良いのに、単細胞な奴!!」

 

 古めかしいレトロな古電話のダイヤルをジーゴロとかけながら、キッチマンを覚醒させた女性は自分のしでかした事を棚にあげつつ、その綺麗なラインの唇を擦れさせて直情的なリョウ青年をバカにした声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブライト艦長」

 

「はい?」

 

「汚い大人でありましたね、あなたは」

 

「はて、に……?」

 

「俺に嘘をついた」

 

 重力制御がされているアーガマのハンガーデッキ、そこにはユウがよく見慣れた機体が置かれていた。

 

「誰から、ですか?」

 

「あなたのモルモット隊のシドレさん、でしたっけね?」

 

「俺に顔を見せてくれればよかったのに……」

 

「見せたくなかったようです」

 

 両の手に紅いヒートサーベルを構えている、深く吸い込まれる蒼で塗装をされた、ユウ・カジマの愛機であるGマリオン。

 

「そのまま、あなたと共に後方へ引っ込んでしまいそうだからと」

 

「俺の弱気につられますか」

 

 この一月余りの時間に、おそらくはアルフ技師の手により、随所に改良が施されたらしきブルーディスティニー五号機。そのモビルスーツの右足首へその自身の手を撫でさせながら、ユウはブライトの言葉を耳へと入れている。

 

「好きな人と寄り添って過ごす誘惑に、負けそうだと」

 

「フフゥン……!!」

 

 ブライトの可笑しさを含んだ言葉に、十歩ほど離れた場所でアイドリングをしている宇宙戦闘機を思わせるシルエットを思わせる機体、そのコクピットから鼻を鳴らすような声が響いた。

 

「愛されているわねぇ、ユウ……」

 

「茶化すなよ、ブルー」

 

「果報者め、色男」

 

 ブォ……

 

 その宇宙戦闘機のスラスターから耳障りな音が発せられる。その不快な音に微かに眉を潜めながら、ユウは彼女の機体の元へと近寄る。

 

「出陣か」

 

「出陣、と言うより」

 

 黄色のパイロットスーツに身を固めたブルーが、開いているサブ・ハッチから見えるコクピット内で通信端末を手に取りながら、ユウへと返事を返した。

 

「ティターンズのメンバーからオファーが来たの」

 

「プライドの高いティターンズの連中が、何故エゥーゴのお前を?」

 

「父さ……」

 

 その言葉を言った時、ヘルメットの調子を確かめるようにその曲面へ這わせていたブルーの片手が一瞬止まる。

 

「ジャミトフ・ハイマンの救出作戦」

 

「あの人がネオ・ジオンに囚われているのか?」

 

「いや」

 

 バッフォ……

 

 半可変機「リ・ガズィ」の調子がベストではないようだ。どうも新鋭のOS連動システムである疑似ニュータイプ波発生器との連結が上手くいかないらしい。

 

「どうも、落ちていくゼダンの中に居座っているみたい」

 

「居座る?」

 

 首を傾げるユウの視線の先に、ブルーへ向かって親指を上げている女メカニックの姿が入る。

 

「一人で、あの要塞の破片の中に」

 

「何を考えて……」

 

「全然に、解らないけど」

 

 シャファ……

 

 オールグリーンと表示されたリ・ガズィのコンソールに満足げな視線をブルーは向けて、機体背部のアポジモーターから軽く呼気を吹かせた。

 

「自発的にゼダンへ留まっているなら、説得が必要」

 

「だから、娘のお前にティターンズから言葉が、か」

 

「変な話でしょ?」

 

 リ・ガズィのメカニックの元へ他の兵が何か書類を届ける。その書類に目を通しながら彼女はユウへ顔を向けて、機体から離れるようにその目で促す。

 

「まあ、頑張ってくれ」

 

「何を頑張れば良いんだか」

 

「俺にとっても、あの方は恩義があるからな」

 

「長い、付き合いねえ……」

 

 そのブルーの言葉の最後の方は、閉じられていくコクピットのサブ・ハッチに遮られ、離れたユウの耳へはよく入らない。

 

「色々な意味で、長いな……」

 

 ジァ……

 

 ゆっくりと機体下部のランディング・ギアで射出カタパルトのエリアに続くエレベーターへと移動をするリ・ガズィ。薄い水色をしたブルーの機体が昇降機へと乗り込む姿を眺めながら、ユウは彼女とその父親の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しきGマリオン、か」

 

 ブルーを見送ってしばらくした後、食事を終えたGマリオンの整備担当メカニックがユウへと自己紹介をする。

 

「Gマリオン改、そう言うらしいですよ」

 

「なるほど」

 

 蒼い機体に施された改良で特に目立つ部分と言えば、やはり頭部、その後頭部の肥大化であろう。

 

「伸縮式の武装に、数々の内部隠蔽兵装といった、デッドスペースの有効活用」

 

 くしゃくしゃの金髪に難があるかもしれないが、顔立ちがよく整っている男のその声に頷きながら、ユウは自機のバイザー式頭部メインセンサー、ジム系統モビルスーツのシンボルとも言えるその「顔」をじっと見やる。

 

「サナリィとしても興味が深い」

 

「サナリィ?」

 

「連邦内部の技術屋達、それの集いの会ですよ」

 

「モビルスーツの技術面、それに関係する新部署と言ったところかな?」

 

「アナハイム等の企業に独占をされ過ぎですからね、モビルスーツの市場は」

 

 癖のある自身の金髪へ軽く手をあてながら、その男は愚痴るようにそう呟く。

 

「連邦にしろネオ・ジオンの連中にしろ、ね」

 

「自前で作りたくなったか、連邦の技術屋さん達は」

 

「本当なら、それが普通なんですよ」

 

 その言葉に、ユウは何かしらにつけて自分でモビルスーツを創りたがる二人の男、十年来の仲間であるメカニックと木星帰りのニュータイプの顔を脳裏に思い浮かべた。

 

「一年戦争のガンダムやジムだって、ここまで外部の企業には依存をしなかった」

 

「まあねぁ……」

 

 そのジム系の頭部を持つGマリオン、しかしユウはどうしてもこの改良機の頭部後方に末広がる、短めのヴェールのような部分から、騎士道を掲げているあの傲慢な男がはるか昔に搭乗していた機体の連想をさせてくれて仕方がない。

 

「この機体」

 

「はい」

 

「両肩を赤く出来ないか?」

 

「赤の塗装? 何かの識別ですか?」

 

「いや……」

 

 どう彼に説明をしようかと、ユウが考えていた時。

 

「する必要はありませんよ」

 

 ユウ達のいる空間上方、ハンガーデッキを見渡す監視室、空母としての機能を備えている宇宙艦であればほとんどの物に設置をされている小部屋、そこからブライトの声が金髪の男の腰の横から下がっている携帯端末を通して聴こえてくる。

 

「どういう意味ですか、ブライト艦長?」

 

 僅かに腰をかがめて、男の端末へその口を近づけるユウ。

 

「その両肩へ接続された、グレイスやらと言う推進器」

 

 その通信機から聴こえる小さな声に、ユウはGマリオンの正面から、その背部を見透すような視線を向けた。

 

「それらの稼動が高レベルヘ移行した時に、Gマリオンとやらの肩は赤く染まるみたいです」

 

「アルフよ、おいおい……」

 

 その「あてこすり」を何故アルフが行ったのかは解らない。

 

「あいつはハード面、というかモビルスーツの塗装も自分でやった事があると言っていたからなあ……」

 

 激戦区での忙しさからくる、彼なりの息抜きなのだろうか。

 

「放熱だか、何だかの機能面以外の理由でもあるので、ユウ?」

 

「俺達にとっては、両肩が赤く染まるということは特別な意味があるのです、そうなのです」

 

「フゥン……」

 

 新技術組織であるサナリィの所属の男が、今さらに気を利かせたかのように携帯端末の音声のボリュームを上げてくれた。

 

「両肩の色にねぇ……」

 

 理解がしがたいといった風情の声を出したきり、端末からブライトの声は聴こえなくなる。

 

「疑似ニュータイプ波発生器に、お馴染みのマリオン・システムか」

 

「マリオンとやらは良い装置だとは思いますが」

 

 そう言いながら、男が上着のポケットから取り出した、機体コンピュータ関係の概要図へユウはざっと目を通す。

 

「疑似ニュータイプ波が出せれば、もはやオールドタイプがニュータイプに怯える必要は全くありません」

 

「強化人間も必要無くなるかな?」

 

「もちろん」

 

 そう彼が言った時、その笑みの表情に僅かな翳りが疾ったのをユウの目は見逃さない。

 

(彼も強化人間の技術と関わっていたのかもな)

 

 ユウはそう脳裏で想像を浮かべた時に自分の顔色が変化をしないように、そして、

目の前の彼の微細な表情の変化を無視するようにと自分に暗示をかける。サマナから遊び半分で習った業だ。

 

「ムラサメだかオーガスタの研究者達が導きだした最終結論、ラスト・リゾートですよ」

 

「実験動物として犠牲になった強化人間達も浮かばれるか」

 

「そうですね」

 

「本当にそう思うか?」

 

「そう信じてみたいですな」

 

 そのわざとらしい彼の笑みは、強化人間の話題が上がった時に浮かべるアルフの皮肉げな、そして哀しみを帯びた笑いのそれとよく似ている。

 

「さて、と……」

 

 少し「伸び」をしてから、ユウはGマリオンの機体の裏側へ回り込む。

 

「ニムバスのエグザムへの入り口が」

 

 機体の足、そのかかと辺りに設置されているコクピット搭乗用のフットロープを出させるスイッチのカバーを開けながら、ユウはぼんやりと友、キシドーニムバスの顔を思い浮かべていた。

 

「俺のエグザムの出口だったという訳か……」

 

 シャフゥ……

 

 人の息を吐き出すような音と共にGマリオンのコクピットが開き、ゆっくりとワイヤーロープが下ろされてくる。

 

「オールドタイプが擬似的にだが、ニュータイプの力を手に入れられる装置に」

 

 やはり、そのGマリオンのけったいな形状の頭部は昔のニムバスの乗機しかユウには連想が出来ない。

 

「紅く染まる蒼い両肩」

 

 ロープでコクピットへと上がりながら、ユウは稼働状況で紅く染まるらしい自機の両肩をじっと見つめる。

 

「両方とも、クルスト博士の心から流れ出した血が原材料だ」

 

 よく見ると、そのミノスフキー粒子集束装置「グレイス」が直接的に接続をされた両の肩には幾筋ものスリットが疾っていることが分かる。恐らくは放熱用であろう。

 

「EXAM搭載機の原初の姿を受け継ぎながらも、恐らくは最後のEXAM系列の予感がする機体、か……」

 

 本当に、クルスト・モーゼス博士の理念、または妄執である真のEXAMが完成してしまったのだ。

 

 彼の死後の十年という時を経て。

 

「俺の自覚が出来ている範囲の人生、それを縛ってくれているエグザムにマリオン……」

 

 別に必ずしも昔のニムバスのようなプレッシャーこそ感じてはいないが、やはりどこかにその感想を抱いてしまうと、ユウ・カジマの気持ちは。

 

「これこそ、真のブルーなディスチニィってね」

 

「……」

 

「答えてくれよ、ねえ……」

 

「EXAMやブルーディスティニーとやらは、我々の間では都市伝説の位には伝わってこそいますが」

 

「ネタが解らなかった、それだけではないでしょ、今の間はさ?」

 

「距離が遠かったもんで、よく聴こえなかったもんで」

 

「ウ、ム……」

 

 別にユウにしても、そこまで人を困らせる事は避ける気づかいを持ってはいるし、

自制もできる。

 

 クゥ……

 

 ワイヤーロープ昇降器がコクピットの扉、ハッチの上方へ上がりきった。

 

「ハァ……」

 

 無視をしてくれないだけマシだと自分を慰めながら、ユウは一つ首を捻ってからその視線を眼下のメカニックマンからGマリオンのコクピット内へと移す。

 

「うわっ!?」

 

「どうしました!?」

 

 薄暗いコクピットへ顔を覗き込ませたユウから突然放たれた大声に、他の作業へ移っていた金髪のメカニックがその顔を振り上げる。

 

「詰まっている!?」

 

「だから、どうしました!?」

 

 新型のアーム・レイカー操縦器、従来のジョイスティック型操縦器に比べ、パイロットへの負担が少ないとされている機体コントロールシステムへと換装されたコクピットの中には所狭しと、様々な物が詰め込まれていた。

 

「ブライトめ!!」

 

 ハンガーの上方監視室からユウ達の慌てぶりを、ニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべながら覗くブライト。

 

「計ったな、全く……!!」

 

 無論、そのユウの罵声はブライトへ届くはずもない。

 

「機動兵器を、菓子だかパンだかジャンパーだかのプレゼントボックスにするなんてね……」

 

 苦く笑いながらユウはコクピットの物品達をぐるりと見渡す。その機体内部への脚の踏み場を探しながら、彼は昇降ワイヤーでその身体を支え続けていた。

 

「ん、ジャンパー?」

 

 その自分の言葉に、最初に目に入った黒い上着へ再びユウはその視線を向ける。

 

「ムラサメ・ジャンパーじゃないか、これは!!」

 

「ジェリドとやらからのロボットプロレスの健闘賞、らしいですよ、それ」

 

「見世物もやってみるものだな……!!」

 

「あなたがここアーガマヘ来たときに、突き飛ばしてしまった事への詫びもあるとか何とか」

 

 コクピットへ身を屈ませていると、流石に機体の足元から十数メートルの高さがあるユウの位置へは、メカニックの男の声は聴こえづらい。

 

「味な真似を、ジェリド……」

 

 真正面へ、ちょうどプレゼントへ覆い被さるように置かれているジャンパーをユウは引っ掴み、自らの身体へと引き寄せた。

 

「なんかこのジャンパー、臭いな……」

 

――臭いな――

 

 とみに最近、理由は不明であるが、ユウの頭には昔の記憶と思われる情報がふとした拍子に入り込んでくる事がある。

 

「今、過去の記憶とやらが蘇ってくるのは、俺の士気にかかわるので御免こうむりたいのだけどね……」

 

 少し頭を振ってから、ユウは再びコクピット内を覗きこんだ。

 

「フィリップのパンにサラとカツが焼いたクッキーか」

 

「古いディスクタイプの同人ゲーム、サマナさんとやらの贈り物みたいですね」

 

「ビデオゲームねぇ……」

 

 時々、カツやサラ、サマナが遊んでいた携帯ゲーム機「土星エンジン」専用のソフト、その名は「蒼の運命」

 

「題名的に、物凄く気になるゲームではあるが」

 

「さすがに今は……」

 

「分かっている、分かっていますよ……」

 

 そう呟きながら、ユウはコクピット内に積まれたプレゼントの中へ手を差し込む。

 

「何を?」

 

「いや……」

 

 Gマリオンの足元から、ゴソゴソとコクピット内をかき回しているユウをサナリィのスタッフが怪訝そうな表情で見つめている。

 

「よっしゃ!! やはりあったよムラサメ・コーヒー!!」

 

「うちの短期間コックアルバイターからみたいですなぁ」

 

「さすがに天才、そんなアイツを愛しちゃう!!」

 

 フィリップ手製の菓子パンに覆われている通信機から聴こえてくる、ブライトの呑気そうな声を無視して、ユウはその飲料チューブの束にガッツポーツを構えた。

 

「このGマリオンの調整、どのような感じだろうか、ジョブ?」

 

「どう少なく見積もっても、あと三、四時間はかかりますよ、ブライト艦長」

 

 昔馴染みであると思われる二人の通信が

、モルモット隊からの贈り物を抱えてコクピットから降りてくるユウの耳へと入る。

 

「この機体が送られていた時、内部の燃料がゼロだったもので」

 

「手間取りそうかな?」

 

「OSなどのシステムにもキチンと目を通しておきたい」

 

「頼むよ」

 

「ホワイトベース時代の何でも屋の意地を見せてやりますわい」

 

 そう不敵に笑うメカニックのすぐ横へ、両手一杯に荷物を抱えたユウが昇降器へ寄りかかりながら降りてきた。

 

「よくもまあ、そんなに物を抱えてワイヤー昇降器から落ちませんね」

 

「目をつむっても、こんなのは楽な芸当だ」

 

「ベテランかよ……」

 

「悪いって?」

 

 ニカッとユウが笑った拍子に、抱えたプレゼントからクッキーが床へこぼれ落ちる。

 

「どうしますかね、ユウ大佐殿?」

 

「何を?」

 

「機体調整、あなたも手伝ってくれますか?」

 

「インヤ……」

 

 そのまま、コソコソとユウはハンガーデッキ片隅の段差、座るのに適した場所へ目掛けて、早足に荷物のバランスを取りながら向かう。

 

「腹ごしらえ」

 

「結構な事で……」

 

 少し呆れた声で愚痴る金髪の美壮年を無視し、パイロット用の薄手のグローブを外しながらプレゼントの品定めを行うユウ。

 

「最後の晩餐になる可能性もあるからな」

 

「菓子パンとコーヒーストレートが最後の晩餐ですか?」

 

「悪くないよ、こういうのも」

 

 ビッ……

 

 パンの包装ビニールを引きちぎりながら、もう片方の手でムラサメ・コーヒーが入ったチューブからストローを取り出すといったユウの妙な器用さに、近くにいた女性メカニックから忍び笑いがこぼれる。

 

「生き残れそうだな、あの人は……」

 

 ユウと同じく、一年戦争時代からの戦績があるジョブ。気負いが全く見当たらないユウの気楽な態度、それは幸運の女神が微笑んでいる何よりの証であることを彼は知っていた。


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