夕暁のユウ   作:早起き三文

56 / 100
第55話 小人の焔

「まいったよ、全く」

 

 ブラブラと呑気にブリッジへやってきたアニッシュが、真剣な顔で通信業務を行っているミユへ声をかけた。

 

「あのSPの女にな」

 

「後にして、アニッシュ」

 

「激烈な刑罰を受けたんだよ」

 

「今、忙しいの」

 

 オペレーターの人手が少なく、まともな睡眠もとれていないミユの言葉にはかなりのトゲがある。

 

「この写真」

 

「だから、後に……」

 

 そう言い放つミユの機嫌を逆撫でるように、アニッシュは彼女の目の前に一枚の写真を突き出す。

 

「何、これ?」

 

 写真には、黒服に身を包んだのSPの女に右肩を踏みつけられながらも、地べたへ這いつくばって書類へサインをしているアニッシュの姿が写っていた。

 

「どこの大人用のサイトから持ち出して、合成をした写真?」

 

「事実の証明だよ、ミユちゃん」

 

 ギリィ……!!

 

「馬鹿なの? 死ぬの?  あんた?」

 

 あまりの馬鹿馬鹿しい写真に、ミユの形の良い眉が、彼女の歯軋り音と同時に折れた針金のごとくに折れる。

 

「何だ、この写真は?」

 

 青い髪をした童顔のパイロットが、陽気な口調でその二人に声をかけてきた。

 

「おそるべき刑罰の写真だよ」

 

「刑罰?」

 

 お互いに、三十を過ぎているとは思われる二人のパイロットであるが、その言葉はどこか若々しい。

 

「ミユ曹長」

 

「はい、大佐」

 

 このクラップ級巡洋艦のモビルスーツ隊隊長であり、副艦長をも兼任している一年戦争時からのエリートであるミユの上官が、腕組みをしながら彼女へと低い声で訊ねる。

 

「追加を頼んでおいた、疑似ニュータイプ波発生器は届いているかな?」

 

「はい、届いています」

 

 アニッシュのたわ言に昔馴染みのパイロットが代わりに付き合ってくれたお陰の為か、モビルスーツ実働部隊の隊長へ受け答えをするミユの言葉にはどこか安堵の色が窺えた。

 

「ラーク・シャサかジェダ、FAZZへ上手く馴染んでくれればいいがな……」

 

「それと、アンチ・ファンネル・ミサイルのダース単位セット一式も届いています」

 

「早いな、助かるよ」

 

 そう感心をしたように言いながら、上官の男は携帯端末をその手に取り、モビルスーツ隊の不足部品、それのチェック表の再確認を始めた。

 

「わたくし、アニッシュ・ロフマンは罰として彼女の尻を舐めさせられるという処罰を受けました、マル」

 

「本当にその女の尻を舐めたのか、あんたは?」

 

「いや、本当には舐めてない」

 

「んん?」

 

「恥辱刑の一種だと思うぜ、俺は」

 

「何をしたんだよ、お前さんは」

 

 その二人の大きな声の会話に、ミユ達二人が露骨に呆れたような表情を浮かべている。

 

「なんだ、あの阿呆の金髪の男は?」

 

「無視して下さい、テネス大佐」

 

 脇の小型ファクシミリから、ハンガーデッキの納品表を上官へ手渡しながらも、ミユがそう言い放った言葉は冷たい。

 

「ゴップ元帥のな、アゴの旨そうな肉に向かって肉屋の真似事をしたらしいだよ、俺が」

 

「いろんな意味で、お前の言っている意味の可解が俺にはできないぞ?」

 

「少し世話になったユウって人によれば、俺が酔っぱらっちまった拍子にゴップ元帥のアゴ肉を太鼓にしたらしって事だ」

 

「それでよく、お前の首から上が残っているな、おい?」

 

「だからに、この罰則だよ」

 

「死ぬほどの恥をかくのがか?」

 

「インヤ……」

 

 赤い特注のパイロットスーツの男に対して、ニヤリとその頬へ不敵な笑みを刻んでみせるアニッシュ。

 

「悪く、なかった」

 

「ハイハイ、よかったなあ……」

 

 その言葉に苦く笑っている童顔のパイロットをよそに、アニッシュの口から甲高い馬鹿笑いがブリッジへ響いた。

 

「ハア……」

 

 近くでその下らない話を聞いていた大佐が、その禿げ上がった自身の頭部へ手を置きながらに、深くその口からため息をつく。

 

「今時には、馬鹿な奴にもモビルスーツにもついていくのが、私と言えどもやっとだよ」

 

「俺は何とか付いていけてますぜ、大佐殿」

 

 用事を思い出してブリッジから去っていったアニッシュを見送りながら、この艦のモビルスーツ隊のナンバーツーである青髪のパイロットが直属の上官へ笑いかけた。

 

「貴様は歳の割りに、心が若いからな」

 

 皮肉混じりにそう言いはなった上官へ肩を竦めてみせてから、赤いラインの入ったパイロットスーツへ身を包んだ男は、微かにその顔を笑みから固く引き締める。

 

「ええ、と……」

 

 少し何かを考えた後、彼はミユのオペレーター席の近くに吊り下げされているハンガーへの直結通信器をその手に取った。

 

「ルース、そこにいるか?」

 

「声が大きい……」

 

 嫌そうな顔をしているミユへ一つ下手くそなウィンクをしてみせたパイロットは、ハンガーデッキからの返答を待つ。

 

 カガッ……

 

「奴なら、言うことを聞かないガブスレイⅡと格闘をしているぞ」

 

 その通信機のハンガー側の近くにいたらしき男から、ぶっきらぼうな声が返ってきた。

 

「久しぶりだな、お前とも」

 

「遠足で、このクラップ艦までノコノコとやって来る羽目になったんだよ」

 

 あまり声の伝達が明瞭ではない通信機から、苛立つような男の声が響く。

 

「ドサ回りになったか?」

 

「虎の子のディープストライカーを壊した責任で、一時的な降格になっちまったよ」

 

「ざまぁないねぇ……」

 

「チッ!!」

 

 その男が放つ強い舌打ちの音は、隣のミユへも聴こえる程に強い。

 

「ガブスレイの量産機、それとそいつのマークⅡを少し貰っていくぞ」

 

「そこまで、戦力が乏しくなっちまったか?」

 

「あと、使わなくなったネモとかバーザムちゃん達も持っていくぞ」

 

「はあ!?」

 

 青髪の男の声がその言葉に対して、思いっきりに裏返った。

 

「おいまて、ふっざけんのか、エイガー!?」

 

「うるせぇな、オイ……」

 

 ミユがこめかみを抑えながら、昔からの戦友のパイロットの横顔をにらみつける。

 

「中古回品でござぁい」

 

「中古じゃねえ、使うんだ!!」

 

 ネオ・ジオンが再開を始めた隕石攻撃によって複数のレーザー通信衛星が破壊された事により、連絡系統の維持に難儀をしている寝不足のミユの脳天に、隣のパイロットの怒鳴り声が強く響く。

 

「やたらと壊れやすい新鋭の保険、うちの箱入り娘達なんだよ、それは!!」

 

「俺達がじっくりと男のモビルスーツの勲章であるキャノン、追加火器をぶちこんで可愛がってやんよ!!」

 

 ガァン!!

 

 相手の男が、通信電話を思いっきり壁へと叩きつけたと思われる乱暴な音に

クラップ級「マスターング」の実働部隊で屈指の腕前を持つパイロットが耳を押さえてその場にうずくまる。

 

「S・H・I・T、クソヤロウ!!」

 

 ドッウ!!

 

「ウグォ!!」

 

「うるせぇわよ、フォルド!!」

 

 激務のうえ、アニッシュという変質者に職務を妨害され、さらには昔の馴染みが近くで上げた罵声に、オペレーターのミユがついにキレた。

 

「重火力型に改造するんじゃないか、彼が持っていく旧式達は?」

 

 騒いでいる割りには、話の内容自体はまともであった為、上官のテネスはキチンと聞き耳を立てていたようである。

 

「泥棒が家へやってきたようなもんだ……」

 

 ミユに股間を思いっきり蹴られたパイロットが自分の股を押さえながら、澄ました顔のミユの隣へ崩れ落ちた。

 

「仕方があるまいよ」

 

 彼らの話の真偽を確かめるために、テネス大佐は首をコキリと鳴らしてから通信端末でハンガーデッキの主、モビルスーツ関係の責任者へ連絡を入れた。この大佐は律儀な将官であるらしい。

 

「ディープストライカーを壊した落とし前を、奴はつけなくてはいけないからな」

 

「あの野郎には過ぎたオモチャだったんですよ、あの超重火力モビルアーマーは」

 

「乗りたかったか、小僧?」

 

「別に……」

 

 股間の痛みがようやく和らいだ赤いパイロットスーツの男は、顔を引き締めて一息をついているミユの前へ立つ。

 

「ミユくん」

 

「何よ?」

 

 ムヌュ……!!

 

「キィヤァ!!」

 

 青髪のパイロットの右手がミユの左胸を鷲掴む。

 

「三十過ぎのババアのオッパイは野郎に餓えてるぜぇ!!」

 

 ミユが反射的に放ったナックルをかわしながら、三十過ぎとも思えないセクハラ・エース・パイロットは駆け足でブリッジから飛び出していく。

 

「テネス上官ぁん!!」

 

 触られた胸を抑えながら、ミユが困惑の表情を浮かべている上官へ八つ当たりのように怒鳴り付ける。

 

「セクハラの現場、見たでしょう!?」

 

「見ざるに言わざる、聞かざるの女の気化爆弾……」

 

「ちぃがうだろ!?」

 

「君子は危うしに近寄らず……」

 

「このハゲェ!!」

 

 激怒をするミユへは絶対に関わりたくないテネスは、胃薬を口へ放りこみながらハンガーへとそそくさと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンフル剤」

 

「カンフル、発起剤?」

 

やたらと最近、人の立ち代わりに入れ替わりが激しいモビルスーツ運用重視型巡洋艦「アーガマ」 その食堂には三人の男女がスイーツ・タイムを取っていた。 

 

「おそらくは、何かがあなたを奮い立たせるトリガーとなっているのです」

 

「心の焔……」

 

「空っぽの炉に宿る焔、それを灯すマッチだか何だか」

 

「ですかねぇ……」

 

 ブライト手製のティラミスを頬張りながら、ぼんやりとした口調でユウがアーガマの艦長へ答え返す。

 

「やる気を出させるユウ・カジマ大佐というモルモット実験、やってみましょうか?」

 

「そう、一度灰になった男に簡単に火がつくわけがないでしょうに……」

 

 ブツブツと言いながらもユウのフォークはティラミスを疾風のごとく突き立てる。

 

「美味しい、このていらみすとやら」

 

「カフェを開いたら、看板メニューにでもしましょうかね?」

 

「ムラサメ・コーヒーを使えばなおに一層美味しくなるかも」

 

「ゲテモノを出すカフェを開く気はありませんよ……」

 

「残念ですな」

 

 自分のティラミスを完食したユウは、意地汚くブライトのそれをねだろうとしたその時。

 

「覚えていろ、ユウ・カジマ……」

 

「うわぁ!?」

 

 突然に聞こえてきた、ニムバスの声にユウは椅子から転がり落ち、床へ這いつくばる。

 

「覚えていろ、ジオニック社……」

 

「毎度にお馴染みのクソアニメよ」

 

「全く……」

 

 ニムバスの声であったために、空耳として、ユウの耳を打ったらしい。

 

「サンプリングの合成音声みたいだなあ……」

 

「この前のプロレスで、誰かのセンスに引っ掛かったのかしら」

 

「お眼鏡ならぬ、お耳鏡だな」

 

「良い声だものね、彼」

 

「テレビ業界だか何だかも、したたかだ」

 

 呑気そうに言うブライトとブルーの声を聞き流しながら、ユウは床に寝そべった姿勢のまま、手から転がった缶コーヒーを掴もうとする。

 

「何で、ニムバスの奴の声なんだか……」

 

「その手の復讐、リベンジキャラに適した声なのかもしれません」

 

「ここまでの驚きは無いよ……」

 

 何か腰が抜けてしまったユウは、ブスッとした表情のまま、顔だけを上げてテレビのアニメを睨み付けた。

 

「地べたを這いつくばっても……」

 

「地に這うこの姿勢、何か俺のパイロットとしての戦術経験にピンと来ているな」

 

 よく解らない事を言いながらも、ユウは起き上がろうとはしない。そのブツブツと呟く彼を見ている二人の顔には疑問符が浮かんでいる。

 

「泥水を啜ってでも……」

 

「本当は、こんな泥水よりもムラサメ・コーヒーが欲しい」

 

 人様がくれた缶コーヒーに勝手なジャッジを下しながらも、ユウは器用にもその姿勢のまま缶の蓋を開き、その中身をすすった。

 

「必ず、戻ってきてやる……」

 

「そう、ニムバスは」

 

 クビィ……

 

 口一杯に含んだコーヒーを呑み込んでから、ユウはその顎を床へ軽く乗せる。

 

「戻ってきた」

 

「あなたへの復讐の為に、かしら?」

 

「最初は、それもあったかもしれない」

 

 床へ這うユウは、ブルーのその言葉に頷くようにその顎を左右に床へ擦り付けた。

 

「だか、いつしかアイツは」

 

「より、大きく世の中と自分を見るようになった、ですか?」

 

 地べたでブライトへ頷くユウの顎が、今度は床を撫でる。

 

「あれほど妬んでいたニュータイプ、その表面の力だけではなく、本質的に近づこうとした」

 

「なるほど……」

 

「力と心、その二つを求める意思が彼をニュータイプへと近づけさせ」

 

「騎士の修行、ね」

 

「心身共に力を、他を寄せ付けないエネルギーを身に付けた」

 

 通りかかったアーガマのクルー達が寝そべっているユウを見て、ヒソヒソと

小声を交わし合う。

 

「そして、しまいにはニュータイプや俺すらも、ステップの一つとすら見なすようになってしまったよ」

 

「その力の証明が、この前のロボットプロレスをプレイした理由の一つかしら?」

 

「では、あるが……」

 

 コロッ……

 

 冷たい床で回転をしたユウの頭と腹が食堂の天井へ向く。パイロットスーツに身を包んだブルーの形の良い下半身、それを下から見上げるような格好になり、彼女が嫌そうに顔をしかめた。

 

「何か、アイツが俺に挑戦状を叩きつけてきた真の理由を、さ」

 

 その眉をひそめたブルーの顔を見て、ユウは彼女の脚線美から目を離す。

 

「それを俺は見落としているような気がするんだ」

 

「あなたとの因縁だかケリだかが理由ではないと?」

 

「ああ」

 

 ブライトがコーヒーの缶を振り、ユウへ立ち上がるように促すが、何故かユウはその大の字の姿勢のまま動かない。

 

「俺との決着、そしてエグザムの因縁を葬る以外にも、何か」

 

「何か?」

 

「本当に、とても本当に大切な何かを見落としている、そんな気がしてならない……」

 

「フゥン……」

 

 軽くため息を吐きながら、ブルーもさっさと立ち上がれとばかりにその脚をユウへ振るが、全く気に止めないユウ。

 

「あぁ、オホン……」

 

 寝っころびながら考え込んでいるユウを気づかったのか、ブライトがわざとらしく咳きを込む。

 

「御守り、持ってますか」

 

「コイツらですね」

 

 天の電灯へ向いているユウは、その眩しさに目を細めながら上着のポケットへその手を差し入れた。

 

「片方は、シドレちゃんだか、くんだかの物です」

 

「エエ……?」

 

 そのブライトが言葉と同時に指差した御守りを、尋常ではない表情を浮かべながらユウはその紐をときほどく。

 

「何をやっているのよ……」

 

 ゴソッ……

 

 ブルーの呆れた声をよそに、ユウが寝っ転がったまま、器用に御守りの袋の中へ二つの指を入れる。

 

「入っている」

 

「何がよう……!!」

 

「ナニがだ」

 

 ブライトとブルーの呆れ半分、軽い軽蔑半分の視線をユウは気にしてない。そのまま静かに彼は御守りの紐を閉じた。

 

「ありがたいな」

 

「性別不詳、男のだとしても?」

 

「男の娘という言葉もある」

 

 そのユウのボソリとした呟きに、今度こそ本当にブルーとブライトが呆れ果てる。

 

「もう片方は……?」

 

「彼女のです」

 

 そう言いながら、ティラミスを摘まんでいるブルーを指さすブライト艦長

 

「入れてないわよ、私は」

 

「三十路の女のが入ってたら、気味が悪い……」

 

「ホホウ?」

 

 ティラミスの欠片がこびりついたフォークを横たわるユウの顔の方へ突きつけるブルーの顔には満面の、目だけがひきつりながら光っている笑み。

 

「本当は、父さんからの御守り」

 

「ジャミトフ閣下の下の毛入りか?」

 

「ついに脳に虫が湧いたの、青カビハゲ?」

 

「かも、しれん」

 

 そう言ってやや大きめの声で笑うユウ。近くを通りがかった二人の女性パイロットが、伏した大の字のまま笑うユウを見てヒソヒソと言葉を交わしあった。

 

「先程、あなたはありがたいなと言いましたね」

 

「ええ」

 

「本心ですか?」

 

 愛読書であるコーヒーや茶菓子の作り方が書いてある豆本「モーリン・ブルームのカフェタイム」を取り出しながらブライトが小さな声でユウへ訊ねる。

 

「本心です」

 

 その豆本の題名、著者の名を口の中で一つ呟いてから、ユウは静かにそう口から言葉を出した。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

 ブライトの愛読書の著者の名前、その名前はもちろんユウの記憶の中にあり、結婚相手の姓も聞いた話と一致している。

 

「すぐに忘れるかもしれませんが」

 

 ユウの脳裏に、豆本の著者である一時期の恋人の名、一年戦争時代からの仲間の名、ストゥラートの仲間の名、それらが次々へと浮かび上がった。

 

「しかし、今は」

 

 気の合う木星帰りのニュータイプの名、数々の気の良い男女達の顔と名、そしてなりより、解り合えた宿敵の名。

 

「本心です」

 

 そう宣言をしたユウの視線の先にはブルーの、必ずしも美人ではないが優しさと意思の強さを秘めた「美しい」顔。そのブルーが愛する父親、ユウにとっては上官筋であり、自分達にとても良くしてくれた初老の男の姿形が彼女の背後へと写る。

 

「なるほど……」

 

 ユウ・カジマの宣言に、ブライトは本から目を離さないままに頷いてみせた。

 

「結局に、あなたは小人なのです」

 

「はい」

 

 ペラッ……

 

 豆本のページがめくられる。ブライトの視線はユウへと向けられない。

 

「目先の優しさ、感情だけでしか物事を判断できない」

 

「ですね」

 

「普通の、オールドニュータイプです」

 

――世界はYOUに満ちているの――

 

 その言葉と共にユウ・カジマの脳裏に浮かぶ、深い霧に満ちた廃墟を背に、蒼く、白く輝く翼を拡げる性別不詳の幼子。

 

(マリオンに似た何か、そして……)

 

 その性別不詳という事柄から、ユウは自分を信じてくれ、傷ついた彼の介抱をしてくれたかけがえのない、一人の部下の顔を目の前へと浮かべる。

 

「ブライト艦長」

 

 食堂へ入ってきた幼い子供たちが、ユウの寝そべっている姿へ指を指しながら笑う。なぜ子供が軍艦にいるのかは解らないが、ユウはその子達へ笑いかけて見せた。

 

「何一つに無い自身のネーミングセンス、御自覚めされい」

 

 その言葉に先程から黙ってユウの独白を聴いていたブルーが微かに笑みを浮かべる。

 

「旧式の予備機が、デッキへ搬入されたようです」

 

「旧式ですか、ブライト艦長?」

 

「ジムⅡ」

 

 パタ……

 

「後方支援くらいは、やってみましょうかね」

 

 本を閉じながらブライトがポツリと言う、旧式極まりない機体の名を聞きながらユウは思わず苦笑い、ようやく床から身体を起こす。

 

 

 

 

 

 

 ポッ、ポッウ……

 

 食堂の鳩時計が「刻」の訪れを知らせた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。