夕暁のユウ   作:早起き三文

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第50話 エグザム・マリオン(後編)

 

「ちぃ!!」

 

 半壊したGマリオンの右腕を破壊しようと振るった実体剣クルタナが謎の爆発を起こした。

 

「手に何かを仕込んでいたか!?」

 

「違うな」

 

 右腕の手のひらでクルタナを受け止めたユウが機体コンディションのチェックを行いながら、やや掠れた声でニムバスに答える。

 

「モビルスーツの手に流れる電導パルスの電圧を変え、ミノスフキー粒子の影響を受けている武装に干渉させる」

 

 完全に破壊され、骨組みだけとなった右腕をニムバス機へ突き付けながら、ユウが薄く笑みを浮かべる。

 

「一種の奇策、喧嘩技だ」

 

「クルタナ、これがIフィールドを纏っている事に気がついたか」

 

「ビームサーベルと切り結んで、欠片も破損をしないからな」

 

 そのユウの言葉に唇を歪めなから、ニムバスは軽くヒビが入ったクルタナを一旦背中の大型の剣の鞘に納めた。

 

「しかし!!」

 

 サイコ・エグザムの両膝に設置されている、ビームキャノン兼用のサーベル発生器をもろ手に持ちながら、ニムバス機から淡い蒼が迸る。

 

「未だに手があるのだよ!!」

 

「器用さであれば、俺は負けない!!」

 

 二刀流で切りかかるニムバスへ対して、ユウが残った左腕から鎖のような物を投射した。

 

「小細工なり!!」

 

 チェーンに絡まれたサイコ・エグザムの左脚が爆発をする。コクピットのニムバスはその衝撃に身体を震わせながらも、機体の勢いは止まらせない。

 

「まだあるぞ!!」

 

 Gマリオンが急速にサイコ・エグザムから距離を取る、ニムバス機の上方に揚がったユウ機の足の裏から再度チェーンが放たれた。

 

 

 

 

 

「まずい!!」

 

 ストゥラートのブリッジからフィリップがハンガーへの緊急用通路へと駆け出す。

 

「フィリップ!?」

 

「ユウの奴に勝ち目が無い!!」

 

 ミーリへそう答えながら、フィリップはハンガー直結通路へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「ユウ、敗れたり!!」

 

「何ィ!?」

 

 足から発射されたチェーンがサイコ・エグザムの赤い右肩を破壊すると同時に、ニムバスが勝ち誇った声を上げた。

 

「サイコ・エグザムの肩の最後の返り血!!」

 

 リクレクター・インコムの有線を切断し、質量兵器としてGマリオンへ跳びかかせながら、サイコ・エグザムがユウ機へ肉薄する。

 

「EXAM、クルスト博士の呪縛!!」

 

「それが何だと言うんだ!!」

 

「この返り血が無くなるという事は!!」

 

 サイコ・エグザムのビームサーベルによる連撃がGマリオンへ覆い被さった。

 

「私が無血勝利をするということ!!」

 

「ただ、俺に勝つだけでは飽きたらないと!?」

 

「殺サズ、すなわち非っ殺の!!」

 

 ジッアァ……!!

 

 二刀流ビームサーベルの出力を無理に受け止めたユウ機のサーベルがバーストし、破壊される。

 

「騎士道による完全勝利!!」

 

「どこまでも、傲慢な!!」

 

「それこそがな、ユウ・カジマ、マリオンの騎士よ!!」

 

 頭部バルカンで牽制をしながらも、ユウはどうにか勝機を見出だそうとサイコ・エグザムの周囲をスラスターを駆使し、まとわりつく。

 

「無刃剣クルタナによる慈悲の勝利!!」

 

「くっ!!」

 

 機動力ではGマリオンが勝ってはいる。しかし、それだけだ。

 

 

 

 

 

「ジェダを出す!!」

 

「ユウ中佐を信じられないと!?」

 

 なりふり構わずノーマルスーツへ着替え始めるフィリップへ、シドレがそのまなじりを吊り上げながら怒声を発する。

 

「私は中佐を信じます!!」

 

「完全にパワー負けをしている、ユウは!!」

 

 裸になったフィリップなど、サラもシドレも気にも止めない。そのままノーマルスーツを纏ったフィリップはハンガーへ駆ける。

 

「アルフ!!」

 

「解っている!!」

 

 空気と真空、重力と無重力を切り換える為の小部屋、通路とハンガーの中継点へ入ったフィリップの怒鳴り声にアルフは急いでシャッター類のスイッチを操作した。

 

 

 

 

 

「すでに見切っている!!」

 

「これなら、ニムバァス!!」

 

 フィンガー・マシンガンに続き、ユウの機体の胸部からも隠しビーム砲が疾る。

 

「無駄だ!!」

 

「奥の手、切り札である!!」

 

 出力不足のビームの攻撃を受け付けないサイコ・エグザムの装甲を睨みながら、ユウはGマリオンの腰から伸縮式のヒート・サーベルを飛び出させる。

 

「ヒート・サーベル!?」

 

 かつてニムバスが搭乗していたEXAM搭載機である「イフリート改良型」、その機体が搭載していた白兵武器によく似たGマリオンのサーベルにニムバスが感嘆の声を上げる。

 

「懐かしい、最高じゃないか!!」

 

「ただのサーベルではない!!」

 

 禍々しさを放つ形状のヒートサーベルを左手で掴みながら、威嚇をするようにユウはその刀身を振り回す。

 

「ギザギザのトゲトゲに満ちた刃は当たると痛いぞ、とても痛い!!」

 

「マシーンが痛みで悲鳴を上げると!?」

 

「さらには!!」

 

 ギャファ!!

 

 乱雑なノコギリの様な刃を備えたサーベルを器用にユウは翻し、素早くサイコ・エグザムの右腕を捉えた。

 

「切りつけたモビルスーツのマシンオイルや電導パルス、それらを熱量出力に変換出来る!!」

 

「油と血を吸い取る外道の剣か!!」

 

 偶然にか、ユウの突如の奇襲に対応が遅れた自分に歯噛みをしながら、ニムバスは赤く、焔のように輝くヒート兵器に鋭くその眼差しを向ける。

 

「しかしな、ユウ!!」

 

 ジォア!!

 

「そのような物を持ち出す事、それ自体が!!」

 

「言うな、ニムバス!!」

 

 最新技術を駆使して製作されたヒート・サーベルはサイコ・エグザムのビームの刃を受けても砕けない。

 

「そして、数々の小細工が!!」

 

「言うなといっている!!」

 

 赤い焔の剣を獰猛にサイコ・エグザムへ叩きつけるユウ。何かに怯えたような「ヒャックリ」に似た声がユウの唇から漏れる。

 

「お前の衰えを顕している!!」

 

 疾風のごとく蹴りあげられたサイコ・エグザムの脚をユウは焔の剣で受け止め、刀身から赤い光を散らす。

 

「黙れ!!」

 

 Gマリオンの頭部バルカンが弾丸を撒き散らした。

 

「理念なきマリオン、理念なき優しさ!!」

 

「黙れ、黙ってくれ!!」

 

「それらが行きつく成れの果てだ!!」

 

「言わないでくれ!!」

 

 バルカン砲が焼きついたGマリオン、悲鳴を上げながらユウは左肩のグレネードを放ち、ニムバス機へ突進をする。

 

「うわべのマリオンよ!!」

 

 バァ!!

 

 サイコ・エグザムの片方のビームサーベルがGマリオンの焔の剣に弾き飛ばされた。グレネードによる被害はほとんど見られない。

 

「私こと騎士ニムバスがお前を裁く!!」

 

 再度、無刃剣クルタナをその手に持ち、ニムバスはその剣を正眼へと構える。

 

「終わりだ!!」

 

 電光のようなGマリオンの頭部を狙った無刃剣の一撃、間一髪でユウはその閃撃をかわす。

 

「しぶといな、ユウ!!」

 

「俺のコクピットを無視し、頭部を狙う余裕がまだあるか、ニムバス!!」

 

「お前の死は私の勝利ではない!!」

 

「まだ、勝負はついていない!!」

 

「お前の降参、それこそが私の勝利!!」

 

「そこまでして、俺の屈服する顔が見たいか!?」

 

「そんなものはどうでも良い!!」

 

 切り上げられた火焔剣を紙一重でかわしながら、ニムバスが再び剣を構え直す。

 

「エグザム・マリオンによる騎士ニムバスの証明!!」

 

「謎の言葉で俺を惑わすか!?」

 

 その答えをまたも頭部への刺突で答えるニムバス。

 

 ザブォ!!

 

 至近まで接近をしたニムバスが駆るサイコ・エグザムの首筋、それをGマリオンの口部分へ隠されたヒート式のブレードが噛みちぎる。

 

「生き恥をさらす位であれば、俺はどんな手でも!!」

 

 ユウ機の予想外の抵抗である噛みつきに、今度はニムバスの方が機体を引く羽目となった。

 

 

 

 

 

「手負いの獣だな……」

 

 ユウの必死の戦いを愉快そうに眺めながら放たれるシャアの言葉、しかしその口調の中には、どこか自嘲を思わせる乾いた色がある。

 

「では、な。アムロ・レイ」

 

「行くのか、シャア……?」

 

「ゼダン・ゲートヘアクシズがぶつかったらしい」

 

「ティターンズへの最後通牒、だけではないな、シャア?」

 

「全く、ハマーンとミネバめ」

 

 アムロの咎めるような声を、わざとらしく無視をしてみせるシャア。

 

「あの女、いや女達の独断と?」

 

「破滅のタクトは私が執る、そう言ったはずなのだがな……」

 

 そう言いながらも、シャアの声にはどこか嬉しげな色が混ざっている。

 

「さ、行った行った……」

 

「俺は最後まで、あの二人の戦いを見たかったがな、シャア」

 

「私の休暇は終わりだ」

 

「俺もだよ、シャア」

 

 暗い部屋の中、二人のニュータイプの男が握手をした。

 

「結局、その長袖の服、その腕に隠した拳銃を私に向けなかったな?」

 

「強化人間とは恐ろしいものだな」

 

「これはニュータイプの方の勘だぞ、アムロ?」

 

「銃弾がその強化した皮膚で止まりそうだ」

 

「私を甘く見たようだな……」

 

「撃つときに肩を外してでもいいから、マグナムの口径以上の銃を持ってくるべきだったよ」

 

 そう言いながら顔をしかめているアムロ、シャアが声を高くして笑い声を上げる。

 

「そんなに地球が憎いか、シャア?」

 

「檻であり、巣窟だな」

 

「ゆえに、アクシズを投げつけて破壊しても良いと?」

 

「そんな大それた事、出来るものか……!!」

 

 そう言いながら、大げなジェスチャーをしてみせるネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルへ、アムロはじっと冷たい視線を投げつけていた。

 

 

 

 

 

「番組、かえようよ」

 

「すまない、我慢してくれ」

 

「嫌だよ、こんなの……」

 

 サイド6の民家、そこで決闘を観戦している三人の男女の内、他の二人くらべて十位は年が下と思しき青年が家の主人へ訴えた。

 

「見てみたいんだ」

 

「何を?」

 

 女の声に三十近い男は答えない。テレビの中では蒼いジムがその左腕に剣を持ったまま、黒いガンダム・タイプの機体を殴りつけている。

 

「何かを守っている男の足掻きを」

 

「昔のあなたね……」

 

 その同年代の女の言葉に男は無言で頷く。

 

「滅び行く者の戦いか……」

 

 再び、蒼いジムの口が黒い機体を食いちぎる。その牙から血のようなオイルが周囲に散った。

 

 

 

 

 

「シドレ」

 

「嫌だ……!!」

 

 獣の戦いをするユウを見るのに耐えられなくなったシドレが泣きながらその身を崩れさせている。

 

「忘れたの?」

 

「何が、サラ……!?」

 

「ユウ中佐を信じると」

 

 Gマリオンのコンバーターから紅い光が迸る。背中から血を垂れ流しているユウの機体、Gマリオンのキックがサイコ・エグザムの胴をまともに捉えた。

 

「僕たちのユウ中佐、オールドタイプでありながら、ニュータイプの世界を見れる、可能性の男」

 

 そのカツの言葉に、その場にいるモルモット隊、そしてメカニック達が深く頷く。

 

「ラプラスのユウ……」

 

 サマナが見つめるGマリオンの火焔剣が、紅く輝きながらニムバス機の右脚を切断する。

 

「信じてみようじゃないか、シドレ」

 

「はい……」

 

 アルフの言葉に、シドレはその両目の涙を拭く。

 

「ユウとニムバスをな……」

 

「はい、アルフさん」

 

 シドレの視線の先のモニターで、サイコ・エグザムの至近からの胸部ビーム砲がGマリオンの左脚を粉砕した。

 

 

 

 

 

「それでこそ、私の脚を二度も奪った男の気概!!」

 

 右脚を失いながらも全くに動揺せず、ニムバスはユウ機の火焔剣を受け止める。非常に頑健に造られているはずのクルタナに大きな亀裂が走る。

 

「しかし、ユウ!!」

 

 必殺の念を込めて放った一撃をかわされたGマリオンに出来た大きな隙。

 

「私の真の勝利!!」

 

 後ろをとられたGマリオン、しかしユウは無刃剣クルタナ、ニムバスが放つ必殺の念を込めた刺突を心眼、神業の如きにさける。

 

「真の勝利こそが!!」

 

 ユウを再びブラック・アウトが襲う。見ずに振り払われた火焔剣の残撃がサイコ・エグザムの左腕をはね飛ばした。

 

「全てを優先する!!」

 

 確実な狙いのクルタナの切っ先がGマリオンの頭部に疾る。

 

「ならばに!!」

 

 ユウ機の最後の右脚部のグレネードが爆発を起こす。

 

「お前にその真の勝利とやらは渡さない!!」

 

「何だと!?」

 

 機体内のグレネードの爆発により、クルタナの軌道上へGマリオンの胴部、ユウが搭乗しているコクピットが移った。

 

「愚か者が!!」

 

 慌ててニムバスは剣の軌道を変えようとする。しかし勢いが止まらない。

 

「俺にも面子がある、あるんだよ!!」

 

 わずかに軌道を反らせる事が出来たクルタナの剣先へ、またも自分のコクピットをさらそうとユウはスラスターを噴かした。

 

 ガァ!!

 

 Gマリオンのコクピットと慈悲剣クルタナが交差した瞬間、テレビの前のモルモット隊、ストゥラートのクルー、そして内火艇に乗り込んだローベリアとオグスが一様に掠れた息を吐き出す。

 

 シドレとカツ、二人のその両膝が力なく床へ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂ったような激しい雨が、廃墟の街へ叩きつけられている。

 

「どこだろう……?」

 

 昏い、粘つくような瘴気に満ちた死の街、その街路をボロ布を纏ったユウが歩く。

 

「俺は、ここを知っている……?」

 

 瓦礫と化した街並み、ユウにはこの街のどこかに見覚えがある。

 

「人……?」

 

 昏い霧を押し潰す豪雨の中、目の前の、小さな公園で少年が砂遊びをしている。

 

――君は誰だ――

 

 ユウの呼び掛けに、雨と霧を身に纏った少年が静かに立ち上がる。

 

――ユウ――

 

 少年のシャベルから、蒼い砂が光輝きながらこぼれ落ちた。

 

――僕はラプラスのユウ――

 

――違う――

 

 少年の言葉にユウは軽くその首を振る。

 

――ユウは、俺の名前だ――

 

――そうよ――

 

 少年の姿が、少女へと替わる。

 

――あなたは、ユウ――

 

 蒼い砂の輝きが、ユウの瞳に逆流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの世、天国……?」

 

「どうかな、ユウ?」

 

「では、ないな」

 

「何故だ?」

 

「天国とやらに、お前がいるはずが無い、シロッコ」

 

「そう言えるほど、お前は上等な人間か?」

 

「そう、だったな」

 

 ふらつきながらもベッドから起き上がろうとするユウへ、シロッコがその手を差し伸べる。

 

「ウワ……」

 

「そんなに私の手が嫌か、ユウ?」

 

「違う」

 

 シロッコの手を掴んだ途端、何か、いつか、どこかの記憶がユウの脳裏に疾った。

 

「初めてではない……?」

 

「何を言っているんだ、お前は……」

 

 シロッコの手に引っ張りあげられながら、ユウはゆっくりとその上体を起こす。

 

「シドレ……」

 

「せいぜい、感謝してやるんだな」

 

 ベッドの傍らで、寝息を立てているシドレを、ユウが哀しげに見つめる。

 

「そのオトコオンナは、お前に寝ずの看病をしてからたのだからな」

 

「……」

 

 ユウの目から一滴の涙が吹き出る。慌ててその涙をユウは手の甲で拭く。

 

「シロッコ」

 

「何だ?」

 

「ムラサメ・コーヒーはあるか?」

 

「ある」

 

 そう言いながら、シロッコは懐からユウの大好物を取りだす。

 

「置いとくぞ」

 

「ああ……」

 

 ガァ……

 

 看護室のドアが開き、フィリップ達が入ってくる。

 

「フィリップ……」

 

「お前さんの負けだよ、ユウ」

 

 そうフィリップは言いながら、後ろのニムバスへその顔を向けた。

 

「それで良いだろう、ニムバスの旦那」

 

「もちろんだ」

 

 フィリップの言葉に力強くそう頷くニムバス。二人の男に続いてカツとサラ、そしてニムバスの相棒であるローベリアが入ってくる。

 

「感謝する、フィリップ」

 

「意外と難しい事じゃないやい……」

 

 Gマリオンへスペースデブリを投げつけ、寸前でその機体のコクピットへ対する剣の直撃を防いでくれたフィリップ、その恩人である彼へ向けてニムバスが深々と頭を下げた。

 

「私は勝利を得ると同時に、友を失う事も避けられた」

 

「なんとも勝手な騎士様だな」

 

「すまないでござる」

 

「いんや、最後に馬鹿をやったユウも悪い」

 

 そう言ってユウを睨み付けるフィリップの視線から、ユウはその顔をそらしてしまう。

 

「ニムバス」

 

「何だい、ユウ?」

 

「エグザム・マリオンとは?」

 

 その言葉に、皆の視線がニムバスへ向く。少し考えてから、ニムバスがその口を開いた。

 

「傲慢なる慈悲、位の意味だな」

 

「騎士道……」

 

「そうだ」

 

 頷き、答ながらニムバスは何もない自身の腰の横腹をポンと叩く。

 

「力ある者が、その者だけが出来る慈悲深き戦い」

 

「圧倒的な強者のみの特権か、ニムバス」

 

「それを、私なりに色々錯誤をした結果だよ、この非殺の剣はな」

 

「なるほど……」

 

 その言葉を聞いて、ユウは深くため息を吐いた。

 

「私でも、出来るかどうか……」

 

「出来ますよ、シロッコ様なら」

 

「ありがとう、サラ」

 

 不満を口にしたシロッコをおだてるサラ。

 

「ああ……!!」

 

「フフ……!!」

 

その可愛いサラの顎へ軽く手をかけてやるシロッコ。嬌声を上げるサラと不敵に笑う木星帰りの天才。

 

「何なの、この二人は……?」

 

呆れた声を出すローベリアを尻目に、看護室にいる他の者達の顔がその二人を見て、何とも表現のしようがない感じに綻ぶ。

 

「昔の騎士に、そんな奴がいたのか?」

 

「いたらしい」

 

 ユウの質問へそう答えたニムバスは、ゴソゴソと音を立てながら胸ポケットから携帯式の情報端末を取り出した。

 

「地球のニホン地区の騎士にな」

 

「ブシだろう、ニホンのそれならばな……」

 

「ブシ?」

 

「ニホンの騎士だ」

 

「なら、同じ事だ」

 

 平然とそう言い放つニムバスの態度に、質問を続けていたユウは唇を歪めて笑うしかない。回りに見渡すと、他の者も笑みを浮かべている。

 

「漁っていた旧世紀の文献に載っていたよ」

 

「なんの文献なんだ、それは……」

 

「解らん、名が書かれていない」

 

 ニムバスの妙ないい加減さに、訊ねたシロッコがその頬を掻きながら、目を笑いの色を浮かべた。視線が泳いだシロッコの目の先にはフィリップの顔。

 

「なんだかなあ……」

 

 シロッコのアイコンタクトに答えるように、フィリップがニヤケながらニムバスへの質問を継ぐ。

 

「怪しい文献だな、ソイツは」

 

「どうにか、訳はできたがな」

 

 そう言いながら、ニムバスが携帯端末の画像をフィリップへ見せてやる。

 

「題名は知らんが、騎士の心情と共に剣の奥義も載っていたからな」

 

「マンガじゃねえかよ……」

 

 その端末に映っている画像を見て、フィリップから呆れた声が出た。

 

「で、しょうにねぇ?」

 

 そのフィリップの態度に、ローベリアが生暖かく顔を綻ばせる。

 

「私とお前、はたしてどちらがエグザムを振り払うかと同時に」

 

「お前はすでに、エグザムもマリオンも眼中に無いだろうによ、ニムバス……」

 

 愚痴るように言うユウへ大袈裟に肩を竦め上げながら、ニムバスはその舌に言葉を乗せ続けた。

 

「この御前の戦いが、少しでも父の成仏の助けにでもなれば良いが、とも思う」

 

「父、か」

 

「クルスト博士だよ」

 

「だろうな……」

 

 ユウはそう呟いたあと、ニムバスの顔をじっと見つめた。

 

「老けたな、お前も」

 

「十年だよ、ユウ」

 

「ああ……」

 

 その言葉に、その場にいた全ての者が何かを噛み締めるように押し黙る。

 

「母と産まれたばかりの私を捨て」

 

 薄いニムバスのその唇から、言葉が疾り始めた。

 

「危険な情勢、ダイクン派とその他の対抗勢力との闘争の最中だったからね」

 

 ニムバスの言葉に、相方のローベリアが絶妙なタイミングで相の口を入れる。

 

「母が事故で死んで、私が使えると解ったら引き取り」

 

「常に気にしていたみたいよ、博士は」

 

「興味が無くなったら、一五、六歳前後の私をほっぽりだした」

 

「その後も資金面で充分な援助をしていた」

 

「そして、またしても私が使えると解ったらイフリート改、EXAMのパイロットに選び」

 

「博士の最後の罪滅ぼし」

 

「ジオンから連邦へ移り、呆れた事に三度も私を捨てた」

 

「二十いくつになって、拾った捨てたもないでしょう?」

 

「そして、再び私へブルーディスティニー二号機の話を流し、あまつさえ私がEXAMを使いこなしているとおだてられれば」

 

「息子への最後のプレゼント」

 

「クルストをかっさらうだけであった気持ちも失せ、頭が沸騰しようというものでござるよ」

 

「誤解と錯覚は怖いわねぇ……!!」

 

 話を終えたニムバスが、独白に「相」の手を入れてくれたローベリアへ優雅な礼をしてみせた。

 

「解説ありがとう、ローベリア」

 

「どういたしまして」

 

 ニムバスの芝居がかった礼に、艶然とローベリアが形の良い唇をつきだす。

 

「私達は行くぞ、ユウ」

 

「ああ」

 

 ニムバスが差し出した手を、ユウは強く握り返した。

 

「本当に、色々と言葉で責めて悪かったな、ユウ」

 

「死ぬほど悪いよ、陰湿なる騎士ニムバス」

 

「フフ……」

 

 ユウへそう薄く笑った後、ニムバスは背を向ける。

 

「さようなら、ユウ・カジマ」

 

「元気で、ローベリア」

 

 ニムバスと代わってローベリアが差し出してきた手を、ユウは軽く握った。

 

「恋人くん? それとも、さん?」

 

「さあ……」

 

「悪いわね、勝手に手を握って」

 

 スヤスヤと寝息を立てているシドレへチラリとその目を向けるローベリア、微かにその唇に笑みを乗せてからユウへと振り返り、からかうような視線を向ける。

 

「シドレはただの部下だよ……」

 

「ただの、でここまでしてくれる子はいないわ」

 

「そうか……」

 

 再び、ユウの目が潤む。

 

「何か、クルスト博士の事に詳しいみたいだな、お前は」

 

「まぁねぁ……」

 

 そのユウの言葉に、ローベリアはニタッと笑う。

 

「私達も、長い付き合いだわね……」

 

「昔の、レッド・ジオニズムとの戦い、サイコ・ジムに俺が乗っていた頃からだな」

 

「ヘェー、そう!?」

 

「何だよ……?」

 

「別にぃ……」

 

 甲高く笑いながら、ローベリアはニムバスの後を追った。

 

「なんだよ、一体……」

 

 

 

 

 

「私の事、話そうかしら、ニムバス?」

 

「止めとけ、旧マリオン」

 

 ストゥラートの通路の遠くで手を振っているオグスへ自分の手を振り返しながら、ニムバスがローベリアを軽く睨む。

 

「人を古ぼけた幹線街道みたいに……」

 

「中年の甘酸っぱい想い出を壊すんじゃない」

 

「酷い言われようだ……!!」

 

 昔の蒼い髪の少女のように笑うローベリア、彼女を見るニムバスの目は、限りない愛しさに満ちていた。

 

 

 

 

 

「サラちゃん」

 

「はい」

 

「シドレちゃんを休ませてやりな」

 

「わかりました、フィリップさん」

 

 そう言いながら、サラが未だに眠っているシドレの両肩へ手をやる。

 

「カツ」

 

「分かっているよ」

 

 サラの声に答えながら、カツがシドレの両足を持ち上げる。

 

「この艦の艦長は?」

 

 シロッコがフィリップの顔を覗き込みながら、そう訊ねた。

 

「ブリッジにサマナ達と共にいるはずだ」

 

「そうか」

 

「案内が必要かな?」

 

「不要だよ、凡人パン屋」

 

 その言葉にニッと口を歪めながら肩を竦めるフィリップ、彼をを横目に見ながら、シロッコが早足で看護室から出ていこうとする。

 

「もともとに、ストゥラート艦長に命令書を渡す為に来たんだよ、私は」

 

 ドアの所で、誰にでもなくシロッコはそう呟く。

 

「ムラサメ・コーヒー、ありがとうな、シロッコ」

 

「か、勘違いするなよ、ユウ・カジマ」

 

 最後は何故かうわずった口調になったシロッコがユウの前から立ち去った。

 

「ツンデレシロッコ様も素敵……!!」

 

「サラ、シドレが崩れる!!」

 

「あんたがしっかり持つんだよ、カツ!!」

 

 心地よい音の寝息を立てているシドレを抱えて、二人のコンビもドアへ向かう。

 

「ユウ……」

 

 そのシドレの寝言を聴いて光る、三度目のユウの瞳。

 

「さて、ユウ」

 

 ユウとフィリップだけになった看護室、一つ首を回したフィリップの顔が引き締まる。

 

「言ってくれ、フィリップ」

 

「どうやら、解ってはいるみたいだな」

 

「多分、はね」

 

 先程までシドレが腰掛けていた椅子へ座りながら、フィリップが軽く息を吐いた。

 

「宇宙世紀、旧世紀問わず、パイロットに必ず来る時が来た」

 

「パイロットとしての寿命……」

 

「最初に気が付いたのは、アルフの奴だよ」

 

「さすがに、技術者」

 

 皮肉混じりにそう言いながら口を歪めるユウへ、フィリップが一枚のデータ表を渡す。

 

「数字は正直、だとよ」

 

「今の俺がフィリップやサマナと戦った時の勝率、四割か」

 

 分析データの片隅にそう殴り書きされたアルフの筆跡に、ユウが苦く笑った。

 

「解りやすく書きすぎだよ、アルフの野郎は……」

 

「良いじゃないか」

 

 そう言いながら侘しく笑うユウの顔を、フィリップは勇気を出してじっと見つめる。

 

「早かったな、俺のお迎えは」

 

「個人差もあるだろうし、それに……」

 

 そこでフィリップが少し咳をしてから、話を続けた。

 

「ブルーの毒もあっただろう」

 

「初期EXAMのブルーディスティニータイプ、あのジャジャ馬が寿命を縮めたか」

 

 昔を懐かしむように薄くその両目を閉じながら、ユウが軽くあくびをする。

 

「少し、眠りたい」

 

「本当は、お前の真の意味でのお迎えの話もしたかったがね……」

 

「物凄く、気にはなるが」

 

 フィリップへニヤリと笑いながらも、ユウは再びベッドへ横たわった。

 

「今は休ませてくれ」

 

「ああ」

 

 目を閉じたままのユウへ布団を被せてやったフィリップは、そのままストゥラートの看護室から静かに出ていく。その間際にフィリップが部屋の灯りを落とす。

 

「俺は結局の所に……」

 

 室内灯が落とされ、暗くなった部屋の中、一人ユウは呟いた。

 

「何者で、何をしたかったのだったのだろうかな……」

 

――あなたは、ユウよ――

 

「俺がユウだとしても、さ」

 

 脳裏に響いた声に、ユウは静かな口調で答える。

 

「君は誰だ……?」

 

 そう呟いたのを最後に、ユウの意識は暗闇に潜り込んでいった。


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