夕暁のユウ   作:早起き三文

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第49話 エグザム・マリオン(前編)

 

「クルタナ、やはりこれを持つか?」

 

 刃の付いていない、一見をすると棒のように見えるモビルスーツ用の実体剣を見つめながら、オグスがその眉を軽く潜める。

 

「必要なんだ」

 

 凛々しくパイロットスーツに身を包んだニムバスが試作型の質量兵器「クルタナ」をしげしげと見つめている周囲の者達へ薄く笑った。

 

「奥義を使うには」

 

「奥義って、あんた……」

 

 ローベリアの声には呆れた色がある。

 

「これに描いてあった」

 

「どこでこんなのを見つけたんだか……」

 

 ニムバスが小型端末から映し出す、旧世紀の物と思しきマンガをローベリアが情けない物を見るような目で眺めた。

 

「結局に、クルタナの真の機能の付加は間に合わなかったね」

 

「かまわんよ」

 

 軽い口調でそう呟きながら、ニムバスが自機のコクピットへ潜り込む。

 

「ユウ・カジマごときにはちょうど良いかもしれん」

 

「傲慢だな、騎士ニムバス」

 

「あなたが常に睨み付けている、あの男程ではないだろう?」

 

「まぁな……」

 

 ザンジバルへお邪魔をさせてもらった連邦のスーパー・ニュータイプエース、彼がその傲慢という言葉を向けた相手はニムバスの他にも、もう一人いるのであろう。隣でその相手が古臭い歌謡曲を口ずさんでいる。

 

「ゆえに、騎士道の慈悲が出来るのですよ、ニュータイプ」

 

「騎士、ね……」

 

 アムロは先程言った皮肉を無視し、歌謡曲を口ずさみ続けるシャアへチラリと視線を向けてから、アイドリングを始めたニムバス機、サイコ・エグザムを複雑な表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「機体のチェック、オールグリーン」

 

「ユウ中佐」

 

「何だ、シドレ」

 

「細工のし過ぎではないのですか?」

 

 Gマリオンの調整の手伝いをしていたシドレは、その過剰な隠蔽型の装備に瞳を丸くして驚いた。

 

「こんなにゴテゴテと付けては、勝てる物も勝てない……!!」

 

「相手はニムバスだよ、シドレ」

 

 冷静にコクピットから微調整をしているユウは、ポケットから小さなムラサメ・チョコレートを取りだし、口へ放り込む。

 

「どんなにあいつが大層な騎士道などと主張しても、油断は出来ない」

 

「策に溺れやしないかって言っているんです!!」

 

 シィ……

 

 シドレの怒鳴り声など聞いた事もないストゥラートの面々は、一様にその怒声に驚き、お互いの顔を見合わせて黙りこんだ。

 

「中佐らしくもない……!!」

 

「怒るなよ……」

 

 珍しく、非常に珍しく感情を荒げるシドレへ、そうゆっくりと声をかけてやるユウ。

 

「俺の軍人生活の集大成であるベテランの戦い方、見ていてくれ」

 

「ユウ……!!」

 

 薄くその瞳に涙を浮かべるシドレをよそに、Gマリオンのグレイス・コンバーターへ光が灯る。

 

「シドレちゃん……」

 

「わかっていますよ、フィリップさん……」

 

「ハンガーの隔壁が閉じるぜ」

 

「わかっていますって……!!」

 

 激しく首を振るシドレをなだめ、支えながらフィリップはハンガーの出入り口へ向かう。

 

「ユウ」

 

 フィリップは後ろ姿のまま、Gマリオンのユウへ声をかけた。

 

「何だ、フィリップ?」

 

「頑張れよ」

 

「ああ……」

 

 背中を向けたまま、親指だけを自分へ向けて立ててくれたフィリップの後ろ姿へ微笑み返しながら、ユウはコクピットのハッチを閉じる。

 

「さ、シドレちゃん……」

 

「はい」

 

「足元に気を付けな」

 

「すみません、フィリップさん」

 

 その二人を気づかうような視線を向けながら、他のモルモット隊の面々やメカニック達も真空状態、無重力となるハンガーから早足で出ていく。

 

「皆、少しさ……」

 

 計器ランプの光だけが灯る暗いコクピット内で、ユウはノーマルスーツのベルトを固定しながら、一人その口から何かを吐き出すように呟いた。

 

「焦燥を感じている俺に、優しすぎやしないかい……?」

 

 

 

 

 

 

 

「フィリップさん」

 

「シドレちゃん……」

 

 ハンガーの上方デッキからモルモット隊の皆とメカニック達は薄い蛍光に照らされるユウの機体を黙って見下ろしている。光を纏いながら静かにストゥラートから発進をしようとするGマリオン。

 

「不安なんです」

 

 言うな、とシドレへフィリップが言おうとした矢先に、傍らまでやってきたサマナが口を開く。

 

「仕方がありませんよ、フィリップさん」

 

「サマナちゃん?」

 

「あんな姑息な手段を選び、なおかつシロッコさんの忠告を無視した今の彼には相応しい末路だ」

 

 冷然とそう言葉を吐き捨てるサマナに、モルモット隊の面々の視線が集まる。

 

「冷たいのですね、サマナさん……」

 

 その言葉を吐いたサマナへ、シドレが少し非難じみた視線を向けた。

 

「基本を守らずに、奇策で勝てると思い込んだ」

 

 シドレの視線を正面から浮けとめ、それでもサマナは冷たく言葉を続ける。

 

「シロッコ様の、あくまで隠し武器の類いには過大な期待はするなという御の言葉」

 

 チラリとサマナの顔を覗き込みながらサラがそう言い、その唇から軽くため息を吐いた。

 

「ありましたね、サマナさん?」

 

「そうですよ、サラさん」

 

 じっとユウ機を見つめるサラへ、サマナは深く頷く。

 

「ジ・オという、基本に最大限に忠実な設計思想、その機体だからこそ、隠し腕という小細工は有効だったんだ」

 

「しかしですね、サマナさん」

 

 真剣な顔をしたカツが、歴戦のパイロットであるサマナへ問いただす。

 

「Gマリオンとて、汎用型のモビルスーツですよ?」

 

「違う」

 

 デッキへ上がってきたモビルスーツの技師であるアルフがモルモット隊の会話に割り込む。

 

「強襲型、いびつなバランスに仕上がってしまった」

 

「そうなのですか、アルフさん?」

 

「グレイス・コンバーターの出力が異常なんだ」

 

 少し目を腫らしているシドレを極力刺激しないように、アルフが落ち着いた声でゆっくりとそう話した。

 

「天才様、の作った推進器だからですか?」

 

「それも違う」

 

 サラがシドレの変わりに発した問いへ、アルフは首を振ってみせる。

 

「謎の言葉が疾るんだ」

 

「いわゆる、ニュータイプ的な通信って奴でしょうか?」

 

「違うよ、運用データの解析時、それのプログラムの文字列にだよ」

 

 アルフの話す理解が困難な言葉、それを完全に理解出来る人間はこの場所にいない。

 

「シロッコさんには?」

 

「無論、伝えている」

 

「けったいな……」

 

「全くだな」

 

 カツの言葉にそう頷いたきり、アルフは押し黙る。

 

 シュアァ……

 

 光を発しながら、Gマリオンが艦から射出された。

 

「しかし、な」

 

 そのユウ機の放つ光の軌跡を眺めながら、ボソリとフィリップが呟く。

 

「ユウも無意識に自分の身体の事に気がついているのかもしれないぜ……」

 

「同感です」

 

 基本に最大限に忠実ゆえ、付け入る隙がない。そのようにティターンズを始め、連邦勢力の各部隊から高い評価を受けているパイロット「サマナ・フィリス」が即座にフィリップの言葉に同意した。

 

「それが、真っ向勝負を恐れる兵装をユウさんに選ばせてしまった」

 

「歳、そのせいかな……」

 

 サマナの言葉にどこか哀しそうにその顔を曇らせながら、フィリップが軽く息を吐く。

 

「あらゆる面でユウがな、フィリップよ……」

 

「ウン?」

 

 眼鏡に手をあてながら、冷たい眼光を放つアルフが数枚の書類をフィリップの目の前に突き出した。

 

「そうかい……」

 

 その書類に書かれていたユウの身体の診断結果、その内容へ目を通したフィリップの顔色が青くなる。

 

「一応、ミリコーゼフ艦長に経過を含め、色々と報告をしてくるよ」

 

「はい……」

 

 サラの言葉を力無く落とされた両肩へ受けながら、ストゥラートのブリッジへ向かい上がっていくフィリップ、突如に老いを匂わせ始めた彼の背中を上方デッキの面々が複雑な面持ちで見つめていた。

 

「アルフさん、それは……」

 

「だめだ、見せられない」

 

 書類へ手を延ばしたカツから、アルフは慌ててその紙束を背中に隠す。

 

「察しなよ、カツ……」

 

 善意とは言え、サラのその声こそ無遠慮の極みだったのかもしれない。

 

「ユウ中佐……」

 

 シドレの目から再び涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

「遅いな……」

 

「時間はとうに過ぎている」

 

 あらかじめ決められていた空域には、ユウのGマリオンが放つ光だけが輝く。

 

「遅い……!!」

 

 相当に過ぎた時間を見ながら、ユウは苛立ちに満ちた声を上げる。

 

「まさか、あのニムバスが怖じ気づいたか?」

 

「それこそ、まさかだよ」

 

「そうだな」

 

 明瞭な声を発した通信器へ一つ鼻を鳴らしてから、再度ユウはその口を開く。

 

「そうだろうな」

 

 そう言った後、ユウは軽く唇を上げながら、Gマリオンの頭部を太陽の方向へ向け、そのバイザー状のメインカメラを光らせる。

 

「待ちわびたぞ、ニムバス」

 

 太陽を背に受けて、漆黒の重モビルスーツが静かにユウの機体へ近づく。

 

「肩が片方だけ赤い……」

 

「最後の返り血だよ」

 

「俺の血か?」

 

「さぁてね……」

 

 ユウ機の蒼いビームサーベルと、ニムバス機の金色をした実体剣が太陽の光に呼応した。

 

 

 

 

 

 

 

「娯楽番組として放送されるとはな……」

 

 ミリコーゼフ艦長の薄く開いた目が、テレビに映されている二つの黒と蒼のモビルスーツに注がれる。

 

「その収益からの利益の一部が、な」

 

「はい」

 

 通信士のミーリがミリコーゼフ艦長へ涼やかな声で答えた。

 

「連邦とネオ・ジオン両方へ配分されるから、どちらもこんなプロレスをやることにオーケーを出した、ですね?」

 

「だな……」

 

 ミーリの言葉に、フェイブ操縦士がパンを食み砕きがら軽く頷く。

 

「7、3でニムバスさんの優勢ねえ……」

 

 フェイブはあらかじめ買っておいたトトカルチョのチケットを眺めながら、テレビへと視線を戻す。

 

「生中継はサイド6周辺だけですけどね」

 

 ミーリがそう言いながら、僅かにその顔をフィリップの方へ向けた。

 

「生中継、つまりに生本番、ね」

 

 二つの機体がストゥラートに近づき、フィリップ達の肉眼でも見えるようになる。

 

「改めてユウの腕前を見ると、さ」

 

「何よ、フィリップ?」

 

「俺はあいつ、ユウの奴を過小評価しているんじゃないかって、錯覚を感じるんだよ、ミーリ」

 

「では、錯覚なんじゃないの?」

 

「インヤ」

 

 ミーリの言葉にフィリップは軽く首を振ってみせた。

 

「そんなに世の中甘くない……」

 

 サイコ・エグザムの膝からのビーム砲からの光を軽くユウのGマリオンはかわしながら、お返しとばかりに彼の機体の左手に握られているランチャーからビームが疾る。

 

「スポンサーになってくれたらしいですよ」

 

 統括通信士のアフラーがそう言うと同時に、ユウ機とニムバス機は高速でストゥラートから離れた。テレビの中の二機が肉薄をし、実体剣と蒼い光を放つビームサーベルが交差し、火花を散らす。

 

「誰がだ……?」

 

「アムロ・レイの昔からの女、らしいです」

 

「フム……」

 

 そのアフラーの言葉にミリコーゼフ艦長は軽く唸る。ユウの乱射したビームランチャーがことごとくサイコ・エグザムのリフレクター・インコムにより乱反射された。

 

「新興宗教の教祖らしいですけど」

 

「誰だい、そいつは」

 

「さあ……」

 

 アフラーがフィリップの言葉に軽く肩を竦めて見せた。

 

「あのシャア・アズナブルとも知り合いらしいですけどね」

 

 

 

 

 

 

 

「棒のような剣で、俺のGマリオンが倒せるとでも!?」

 

「騎士の慈悲を現すには、相応しい剣だよ!!」

 

「なめるな!!」

 

 大振りに振るわれたユウ機のビームサーベル、その猛攻をニムバスの機体は後ろに退きながら凌ぎ続ける。

 

「チッ……!!」

 

 軽く目の前が暗くなった事へ悪態をつきながらも、どうにかユウはサイコ・エグザムの動きに目を這わせ続けようと、その神経を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

「光、あれだな」

 

 ウェイブライダー形態へ可変をしているジオ・メシアを駆りながら、シロッコは前方の決闘にその視線を注ぐ。

 

「Gマリオンのグレイス・コンバーター、出力が弱いな」

 

 シロッコ機のコクピットへもユウ達の戦いの様子が機体内ラジオで伝わってくる。

 

「電波中継の為に、ミノスフキー粒子濃度が低くされているせいだな……」

 

 不愉快だな、そう呟きながらシロッコはジオ・メシアの双頭の機首をサイド6周辺へ向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「加減をする剣か、その棒は!?」

 

「当たれば痛いぞ!!」

 

「そうだろうに!!」

 

 実体剣「クルタナ」によりビームサーベルを弾き飛ばされたユウは、牽制の為に指先に仕込まれたフィンガー・マシンガンを放ちながら、微かに後退をする。

 

「非っ殺!!」

 

 サイコ・エグザムの剣が今度はGマリオンのビームランチャーをはね飛ばす。

 

「バカにするな!!」

 

 ユウは叫ばながら、機体の股間部からトリモチを射出させる。同時に予備のビームサーベルの基部を腰から取り出した。

 

 ジァ!!

 

「甘い!! ユウ!!」

 

 実体剣に取りついたトリモチが即座に蒸発し、かき消される。

 

「甘いのはそっちだろう!!」

 

 自分の放った攻撃が失敗したからといって、いちいち驚かないのがユウのベテランたる由縁である。

 

「隙の一つもわざと作って欲しいものだ……!!」

 

 サイコ・エグザムから放たれるビームを身軽にかわしながら、ユウは額に流れる汗を感じつつ反撃の機会を狙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「やるのか、ニムバスは?」

 

「奥義、とやらか、ローベリア?」

 

 オグスの言葉に無言で頷きながらも、ローベリアはテレビからその目を離さない。

 

「ユウ・カジマは焦っている」

 

「ニムバスの動揺作戦が成功したか」

 

 テレビから視線を離さずに、再び頷くローベリア。

 

「昔の、一年戦争時の因縁の場所を決闘場に仕立てて、悪い意味で彼を緊張させる」

 

「そして、その緊張をさらに増す為に遅れて登場をした」

 

「昔、ニホンという国であった騎士の決闘、それの故事に習ったそうだ」

 

「キシドーとブシドーを完全に混同しているな、ニムバス君は」

 

 苦く笑ながらも、オグスの視線もテレビから離れない。

 

「人は、変わるものだな……」

 

 ローベリアはオグスに聴こえない位小さな声を、その口の中で動かす。

 

「ユウも、ニムバスも」

 

 EXAM、いやクルスト・ズム・ダイクン博士。ミュータントにしてニュータイプ、その自らの同族を滅ぼす決意をした新人類のクルスト博士。

 

 そして、彼のアンチ・ニュータイプ思想に選ばれた二人の蒼の乗り手、ペイル・ライダー。

 

「そして、マリオンも」

 

 その騎士達が振るう断罪の剣のマテリアルとして選ばれたローベリアは昔に棄てた自らの名を舌に乗せた。

 

「もはや全くに、違う人間だ」

 

 昔の面影が全く残っていないマリオンは、そう呟きながら軽く短めにカットをされた自分の髪へ手を差し込む。昔の蒼とは違う、栗色の髪が薄く輝く。

 

「十年、か……」

 

 

 

 

 

 

 

「ナイン・ドラゴン・ヘッド……」

 

 クルタナの刃の無い切っ先をユラリとニムバスは突き出す。

 

「チャージ!!」

 

 サイコ・エグザムから蒼い光が迸ったかのようにユウが感じた時、ニムバス機の姿がその視界から消え失せる。

 

「何ぃ!?」

 

 しかし、ユウは反射的にGマリオンを動かしている。ユウ機のビームサーベルが何かを強く弾いた。

 

「剣戟!?」

 

 ほぼ同時に叩きつけられるサイコ・エグザムの実体剣による刺突の嵐を、ユウはほとんど本能的に機体とサーベルを駆使し、捌く。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがにユウ中佐……」

 

 二人の決闘を流しているテレビが一瞬、ニムバス機の動きを全く捉えられなかったのを見て、カツが呻き声を上げる。

 

「私では今の攻撃で、勝負がついていました……」

 

「僕だって、そうですよ」

 

 シドレの呻くような声に、サマナが深くその首を頷かせた。

 

「あの突撃に、対応が出来るとは」

 

「確かにな」

 

 サマナが自身の額へ流れた一筋の汗を手の甲で軽く拭き取りながら呟く言葉に、アルフも同意をする。

 

「なんだかんだ言って、ユウは」

 

「彼だけではないでしょう、アルフさん?」

 

「一年戦争時からの二人のベテラン・パイロット、EXAMに選ばれた騎士達という事だな、サマナ?」

 

 アルフが自分の手に持つ端末へ流れてくる、艦の外へ設置されたコンマ単位での撮影が出来る特製の超精密カメラ、それをしてもサイコ・エグザムの今の動きに対しては残像が映るほど。

 

「だが、な」

 

「はい」

 

 アルフが続けて言う言葉、その内容はサマナには容易に想像が出来る。

 

「ユウは押されている」

 

 

 

 

 

 

 

「モビルスーツの決闘ねぇ……」

 

「黒いガンダムと蒼いジム・タイプか」

 

 サイド6の中に立つ小さな家、そこで二組の男女と一人の青年が放送中のテレビをじっと眺めている。

 

「どちらが勝つかしら?」

 

「普通に考えれば、ガンダムだけどね」

 

 その顔へ少年の面影を残す、二十歳前後の青年が、二回りほどに歳が上だと思われる男の顔へその視線を向けた。

 

「量産機のザクでも、小細工でガンダムを追い詰めたパイロットもいるからね」

 

「昔の話さ……」

 

 青年の言葉に男は顔をしかめながら、コーヒーへ口を付ける。

 

「どっちが勝つにしろ」

 

「勝つにしろ?」

 

「長すぎるよ」

 

「何が?」

 

 その男の愚痴とも取れる言葉に、女が形の良い眉をしかめながら訊ね返した。

 

「戦争が」

 

「そうね……」

 

 その三人はじっと黙ってテレビに視線を向ける。ちょうど蒼いジム・タイプの右肩が剣の連撃により破壊され、内部に隠されていたグレネードが爆発する。

 

「まずい」

 

「コーヒー、不味かった?」

 

「馬鹿……」

 

 軽く女の方へ微笑みながら、男は再びテレビへその目を向けた。

 

「ジムが負ける」

 

「ええ……」

 

「何か、自滅しているように感じる」

 

 

 

 

 

 

 

「玖!!」

 

 最後のクルタナの刺突がユウ機の左脚を捉える。

 

 サァ……!!

 

「さすがに、ユウ・カジマ……!!」

 

 Gマリオンから少し離れた背後へ、瞬間的に自機を飛びかからせたニムバスの息は荒い。

 

「何発、入った?」

 

「4発、いや5発だろうか」

 

 Gマリオンの損傷の内、特にアクチュエーターが半壊した右腕がもっとも酷い。火花が断続的に散る。

 

「フウ……」

 

 ニムバスが再び無刃剣クルタナを正眼に構えた。

 

「また、今の技を?」

 

「出来んな」

 

 薄暗いコクピット内で、ニムバスはその頬の痩けた顔に笑みを浮かべる。

 

「私自身も、サイコ・エグザムも保たない」

 

「超人であるお前をして、リミッターを外し初めて使えるモビルスーツの駆動、か?」

 

「ここまで、この機体のサイコミュと機体制御を強化しても、警告音がうるさく咎めるよ……」

 

 そう言いながら、ニムバスは機体内のアラート音を切り、サイコ・エグザムの出力を増大させようと、スロットルへ力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

「黒いモビルスーツが勝つわ……」

 

「そうか? ララァ?」

 

 テレビの明かりだけが灯る一室の中、自分の肩越しに答えるシャアが見つめる空間には誰もいない。

 

「シャア」

 

「何だ? アムロ?」

 

「幽霊等の類いは、いると思うか?」

 

「いるさ」

 

 そう言いながら、シャアは自分の後ろへその指を指す。

 

「私の後ろに」

 

「証拠でも?」

 

「声、甘い薫り、私を撫でる細い手」

 

 シャアは自らが感じている感覚を正直にアムロへ語る。

 

「そして、唇の厚み」

 

「見えないのだろう?」

 

「それが魂というものだ」

 

 額にある小さな古傷を軽く撫でながら、今度はアムロの方へシャアが向く。

 

「羨ましいか? アムロ」

 

「逆だ」

 

「負け惜しみかい?」

 

「五感の数を封鎖された方が、ララァの本当の姿を認識出来るというのは、実に皮肉な事だな」

 

「摩訶不思議なレトリックを言うようになったじゃないか、アムロ」

 

 シャアはそう言ったきり、再び二人の戦士の戦いに注目をする。

 

「ララァ」

 

「解っているわ、アムロ」

 

「シャアを苦しめてやるな」

 

「しかし、私には」

 

 鈴の音が暗い部屋へ鳴り響く。

 

「他にシャア大佐を慰める方法が無い」

 

「ララァの存在自体がシャアの心を追い詰める」

 

「ええ……」

 

 そう言ったきり、像の無い女の声はしなくなった。

 

「お前にも彼女の声が聴こえるみたいだな、アムロ」

 

「声、だけだよ」

 

「それが、お前とララァの関係の限界というものだな」

 

 そのシャアの軽蔑を帯びた声に、アムロは何も答えなかった。


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