夕暁のユウ   作:早起き三文

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第48話 マリオンの血

「いいよな、ニムバス君は」

 

「なんだ? オグス」

 

 旧ジオン軍の汎用巡洋艦であるザンジバル級、その古めかしいブリッジで軽食をとっている一年戦争時代からの古参のエースである「ブレニフ・オグス」がぼんやりとニムバスへ語りかけた。

 

「名と顔が同時に売れてな」

 

「必ずしも、私は有名ではなかったぞ」

 

 コーヒーを飲む手を止め、ニムバスがオグスを軽く睨み付ける。

 

「むしろ、一年戦争時にはお前の方が有名ではなかったか?」

 

「名前だけは連邦の教本にも載っていた」

 

 ため息をつきながらも、オグスはサンドイッチをつまむ手を止めない。

 

「だが、画像データがどこにも回らなかった」

 

「しかたあるまい」

 

 強い雨が降る、艦の外の海を眺めながら、ニムバスが微かに声を上げて笑う。

 

「ジオン消滅時にデータが失われたのであろう」

 

「一応、赤い彗星などと並ぶワン・ショット・キラーという異名もあったんだがな」

 

「天の運、その神が味方をしなかったのだな」

 

「天の運命神?」

 

 オグスが少しキョトンとした顔をする。サンドイッチのマヨネーズが彼の手に滴り落ちた。

 

「いるらしい、どこかに」

 

「いるとしたら……」

 

 手に付いたマヨネーズを舐めながら、オグスはニヤリと笑う。

 

「残酷な神様だな」

 

「あんた達はまだいいわよ」

 

 仕事を終えたネオ・ジオンの女性パイロット、ローベリアが二人の近くに寄ってくる。

 

「あたしの名、ローベリア・シャル・パゾムの名前なんぞ、その神様とやらも知らない」

 

「まあな……」

 

 目を細めながら、その言葉に頷くニムバス。

 

「運命の神すらも知らないであろう」

 

「腹の立つ言い方だ……」

 

 ローベリアが髪をかき上げながら、二人の隣でムラサメ・コーヒーの缶の蓋を開けた。

 

「蒼い海、地球の心の色かな……」

 

「地球にも心があるかな、ローベリア?」

 

「あるさ」

 

 キッパリとニムバスへそう言い放つローベリア。

 

「怒っている」

 

「かも、しれん」

 

 オグスも椅子から立ち上がり、ブリッジの外の豪雨へ視線を向けた。

 

「シャアの言い分、少しは解るかもしれないな」

 

「母、それの怒りと悲しみの涙か」

 

「どうした、ニムバス」

 

 冷たく感じられる雨に対して、詩的な感想を口に乗せたニムバスへオグスが珍しい物を見るように目を細める。

 

「その母を苦しめる原因への粛正、それがシャアの望みかな?」

 

「どうしたんだよ、ニムバス……」

 

 妙に感傷的になっているニムバスに対して、面倒見が良いと言われているオグスでも気の利いた答えが出せない。

 

「クルスト博士の事を思い出したのかしらね、ニムバス?」

 

「何度も私達を裏切った、研究馬鹿の父だったからな」

 

 ある程度の事をローベリアには伝えてあるニムバスは、そう言ったきりブリッジから立ち去っていく。

 

「母、か」

 

「あなたに家族は? オグス」

 

「いるさ」

 

 肩を竦めながら、オグスが数年前にネオ・ジオンに吸収されたジオン派テロリズム組織「レッド・ジオニズム」時代からの仲であるローベリアに微笑みかけた。

 

「サイド3でのんびりしている」

 

「帰る場所があるのなら」

 

 ローベリアは少し不満げにその唇を尖らせながら、オグスの胸を小突く。

 

「何故、今も馴染みきれていない新しいジオン、ネオ・ジオンにいるの?」

 

「昔の教え子が何人もいるからさ」

 

「その教え子達にロートルの小姑だと馬鹿にされてても?」

 

「それも人殺しを教えた大人の責任の一部かもな、一応には」

 

「人殺しか……」

 

 そう言ったきり、ローベリアは口を閉ざした。オグスも特にはその話を進めようとしない。

 

「EXAMの味を教えた女は、殺人教唆なのかしらね……」

 

 自嘲げに唇を歪めるローベリアの呟きは黒く厚い雲から放たれた光にざわめくクルー達の声にかき消される。

 

「あれは雷と言うものだよ」

 

「連邦のビーム兵器ではないと?」

 

 少年とも見える若い兵がうわずった声を上げながら、中年の女性艦長の顔を見つめた。

 

「私も初めて見るがね」

 

「これが地球というものですか……」

 

 作業の手を適度に止めて、ザンジバルのクルー達は窓の外の光を盗み見ている。

 

 

 

 夜明けの朝日が全く届かない暗闇の雲の元、低いエンジン音を立てながらザンジバルは雷雨を纏い海の上を飛行していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイコ・エグサム、いつもの機体でユウ・カジマと?」

 

「ああ」

 

 髪を神経質そうにかきあげるローベリアに対して、ニムバスは簡潔に答えを返す。

 

「しっくりとはくる」

 

「ユウ・カジマのGマリオンとやらは最新鋭機だ」

 

 ザンジバルのハンガーの片隅で、「土星エンジン」と言う名の携帯ゲーム機をやりながら、オグスが言葉を放った。

 

「奴自身の腕も良い」

 

「勝てるさ、私は」

 

「何故、断言を?」

 

「私の策略、大局的な罠にかかった」

 

「ホウ……」

 

 気の無い返事をしながら、再びオグスはゲームに没頭する。

 

「結構なこって……」

 

「最近、お前は評判が悪いぞ、オグス?」

 

「私がやさぐれてる、だろう?」

 

 マヨネーズを保存容器に入ったタラコにかけながら、オグスはゲーム機をリセットした。

 

「何が気に入らないんだ? オグス?」

 

「何もかもだ」

 

 マヨネーズたっぷりのタラコを口へ運びながら、オグスは再度ゲーム機のスイッチを入れる。

 

「時代は変わり、ワン・ショット、一撃で相手を仕留めるという戦法は時代遅れだ」

 

「私の責任では、なんにもないぞ?」

 

「あまつさえ、かつての目下の相手の言うことを聞き、砂丘へモビルスーツを飾らせる羽目になるとは」

 

 オグスの手に握られているゲーム機から軽快な音楽が流れてくる。

 

「あたし達も砂遊びは手伝っただろう? オグス?」

 

「つくづく、鉄仮面と言う男は度しがたいな」

 

 グチグチと言うオグスはローベリアの言葉を耳へ入れない。

 

「止めなって、陰口は……」

 

「陰口ではない、ローベリア」

 

 ムッとした顔でローベリアを睨み返すと、オグスはマヨネーズタラコを口へほおりこむ。

 

「本人が目の前にいるんだから」

 

 そうハッキリと言い放つオグス。その言葉に対しては、強化人間の調整用の鉄仮面を外してゴロゴロとハンガーの固い床に寝転がっているシャアは苦笑いをするしかない。

 

「ゲームならば、まだ私にもワン・ショットが出来るさ……」

 

「程々にしろよ、オグス大佐?」

 

「うるさいでござる、鉄仮面のシャア・アズナブル総帥」

 

 ニヤッと笑い合う男二人を呆れたように見つめながら、ニムバスとローベリアはサイコ・エグザムの調整に戻ろうとする。

 

「ローベリア」

 

「何? ニムバス?」

 

「マリオンの奴は元気か?」

 

「どういう心境でその言葉を?」

 

「昔のEXAMを巡る戦いの決着の地、そこへもうすぐ着くからな」

 

「なるほど……」

 

 合点がいった顔をしながら、ローベリアはその微かに少女の面影がある顔を明るく微笑ませた。

 

「元気だよ」

 

 サイコ・エグザムの足元へ置いてある特注武器である実体剣「クルタナ」、その兵装を手入れするニムバスの手伝いに入りながら、そっけなくローベリアが答える。

 

「今、あなたの機体調整の手伝いを出来る位には」

 

「ウム……」

 

 ニムバスの返答に少し複雑な色が帯びた。

 

「髪の色とわずかの整形、それでユウ・カジマなどは結構誤魔化せるものだな」

 

「それこそが、彼が真のニュータイプではない証しよ」

 

「かもしれんな」

 

「もっとも……」

 

 昔、EXAMを巡る争いで二人の男を手玉に取った妖女はあどけなさが残る顔に妖艶な笑みを浮かべる。

 

「どうだっていいわ、あんなつまらない男」

 

「お前に騎乗位をした男の内の一人だろう?」

 

「主導権は私にあったさ」

 

「かも、しれんが」

 

「あんた達二人ともにね」

 

 そう言いながら含み笑いをするローベリア。その彼女へ顔も向けずに無愛想にニムバスはその薄い唇から冷たく言葉を放つ。

 

「ロリコンの烙印を押さなかっただけ、私に感謝をしてほしいなぁ?、ニムバス?」

 

「先に関係を誘って来たのはお前から、だぞ?」

 

「悪い幼さ女に引っかかったねぇ……」

 

「一時の欲に流されたのが間違いだったよ」

 

 ため息をつきながら、ニムバスは自機の最終調整を行う為にサイコ・エグザムのメインコンピュータへ有線式で直結している小型端末のモニターへその手を疾らせた。

 

「ユウへ少しの責任も感じないか? ローベリア?」

 

「何のかしら?」

 

「あいつはお前を神聖視している所がある」

 

「だから、それがなんだっていうの?」

 

 手早く機体の最終チェックを終えたニムバスへ、ローベリアがコーヒーを渡してやる。

 

「それはユウ・カジマの勝手な妄想でしょ?」

 

「たまらんな、全く……」

 

 首を振りながら、ニムバスはコーヒーを受け取った。

 

「やはり、最初の男であるあなたにフィーリングが合う……」

 

「やれやれだ……」

 

 オグスのプレイをしているゲーム機から「ニムバス・シュターゼン」の怒鳴る声が聴こえる。

 

「何故、あの同人ゲームとやらを作った時、ユウ・カジマの声は復元しようとしなかったのだ?」

 

「記憶に無いんだ」

 

「薄情な女だ」

 

「実な事に、全く興味が失せた」

 

 本当にそっけなく、そう言葉を吐き捨てるローベリア。

 

「ユウ・カジマの奴も哀れだなぁ?」

 

「フン……」

 

 茶化すようにニムバスへそう言いながら、ハンガーの冷たい床の上をシャアは子供のように転がっている。ヒヤリとする感覚が気に入っているのだろうか。

 

「このゲーム、どうしてもラスト・ボスのニムバス君に勝てないんだが? ローベリア?」

 

「難易度は高く作ってある仕様よ」

 

「連邦のボール二つをオトリにするか……」

 

 顎に手を当てながら考え込むオグスに転がり続けるシャアが激突した。

 

「プルプルプル……!!」

 

「何をやっているんだ!? あんたは!?」

 

 謎の奇声を上げているシャアにぶつかった拍子にタラコにかけたマヨネーズへ頭を突っ込ませたオグスが怒鳴った。貴重な天然タラコはきちんとその口へ咥えている。

 

「鉄仮面を着けていた時の緊張、それの反動が来るんだよ!! オグス!!」

 

「ハンガーは遊び場では無い!!」

 

「君も遊んでいるだろう!?」

 

「ワン・ショットの訓練だ!!」

 

「そうは見えないぞ!?」

 

「本当のシミュレートとはそういうものだ!!」

 

 低レベルな喧嘩を始めた、旧ジオン兵の中では最高クラスの腕前を持っている二人のエースの男達。その彼らへ呆れが半分、面白さが半分といった表情を向けているニムバスとローベリア。

 

「養子に入ったシャル家、再興の目処はあるか? ローベリア?」

 

「なかなかに、無い」

 

 つまらなそうにそう答える彼女の顔に真剣見が帯び始めてきた。

 

「良い義理の両親だった」

 

「消えた娘とやらをお前に当てはめていたクルスト・モーゼスとは違ったか」

 

 何気なく呟いたニムバスへ対して、ローベリアが真意な目を向ける。

 

「人を代用品とするなどと」

 

「嫌、だったか」

 

「可愛いブリッ子をやってはいたけどね」

 

「クルストへも、その気持ちは伝わっていたさ」

 

「で、しょうね」

 

 懐のムラサメ・チョコレートバーの包装を切りながら、ニュータイプの女はイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

「あの人、確実にニュータイプの人だったから」

 

「だろうな」

 

 その言葉にニムバスが深く頷く。

 

「ニュータイプであるお前との共感能力が発揮される事もあり、宇宙の色という詩的を通り越してキラキラな言葉に理解を示したからな」

 

「純粋な研究者の人」

 

 ローベリアのその言葉、それには皮肉の色が無い。

 

「だから、自分や人の愛情を見せるのも見せつけられるのも嫌で、ふさぎ込むように研究へ専念した」

 

 ローベリアはそう言って哀しげに笑いながら、チョコバー本当に少しだけニムバスに分けてやる。

 

「少ないな……」

 

「クルスト博士がやっていた事」

 

「そして、残りは他の奴にやり、自分が食ったと悪ぶれる、か」

 

「優しいニュータイプだったわ」

 

 その昔を懐かしむ風のローベリアの横顔をニムバスはじっと見つめながらコーヒーを飲み干し、チョコレートを口へ放りこんだ。

 

「だから、人の優しさが可愛さ余って憎さ百倍になったときの恐しさを理解していた」

 

「ニュータイプの共感が人類にとって、致命的な事になるかもしれないと想像していたんだろうな……」

 

「共感とやらに囚われても、美味しい物は食べれないわ」

 

 その言いながら、チョコレートを旨そうに食べるローベリアを微笑ましそうにニムバスは見つめる。

 

「私の両親の墓前に、シャル家の家紋が入った金貨でも供える日は来るかしら?」

 

「俺に気を遣って話題を変えたか?」

 

「答えなさい、ロリコン」

 

 口の中のチョコレートに含まれている科学合成料タップリの甘さに辟易をしながらも、ニムバスは少し白い物が混じってきた自分の金色の髪をつまむ。

 

「ブッホの私設軍は、何だかんだ言って実力主義だろう、ローベリア」

 

「うん」

 

 二本目のチョコレートバーを取り出すローベリア。

 

「もともとに、ジオンや連邦で浮かび上がれない連中をメイン・ターゲットに勢力を強めているからね」

 

「カビの生えたジオニズムに幻滅した者にとっては、この上なく魅力的だ」

 

 そう吐き捨てるように言ったニムバスの足元へ、シャアが転がってくる。

 

「カビの結晶かい? 私は?」

 

 寝転がったシャアが首だけを突き上げて、ニムバス達の顔を交互に見比べた。

 

「滅相もない」

 

「うむ」

 

 そのニムバスの答えにニタッと微笑みながら、シャアは身軽にハンガーの床から立ち上がる。

 

「その位の腹を上に向けた服従と媚を示してはくれんと、二股に限りなく近いお前達を大目には見れんよ、私は」

 

「感謝をしていますよ、シャア」

 

「地球が無くなった後のリクルート、上手くやれよ、二人とも」

 

「は?」

 

 そのシャアの言葉の意味を問いただそうとニムバスがしたときには、シャアは再び奇声を上げて床を転がり始めた。

 

「空耳、か?」

 

「じゃあ、ないの」

 

 無関心そうに言うローベリアに対しても、ニムバスは複雑な表情を表に出す。

 

「ニュータイプの共感とやらで、シャアの言葉の意味を汲み取れなかったか?」

 

「今の私は甘い甘いチョコレートに共感しているの……」

 

「味覚が腐っているのか?」

 

 甘過ぎるだけで、健康に良いはずがなさそうなムラサメ・チョコレートをバクバクと唇へ頬りこむローベリアを見ながら、ニムバスは呆れた声を出した。

 

「唇だけは、マリオンの小娘なままであるな……」

 

「私が一番、自分の身体で好きな部分」

 

 口の回りについたチョコレートを舌で舐めとりながら、彼女は妖艶に笑みを浮かべた。

 

「美しい紅い唇」

 

「ユウへキスの一つでもしてやれば、お前の事に気がついていたかもしんぞ?」

 

「カビの生えたマリオンの名にしがみつくユウ・カジマの頬は私の好みではない」

 

 三本目のチョコ・バーへ取りかかるローベリア。

 

「ゆえに、カビ臭く期限切れのニュータイプ駆除薬であったEXAMの思い出を切り捨てた私の今の心が示す色」

 

「ブルー、EXAMとは別の毒が身体を蝕んだ女が口から滴らせる血液の赤、紅のローベリアだな」

 

「そう、ギラリと照りつける紅の宇宙、命が燃えて迸る生命を意味する美しき血の色」

 

 挑戦的に虚空を睨み付けながら、女豹のごとき笑みを古のマリオンは浮かべた。

 

「ユウや私に見せた、蒼い宇宙の色はとうに無くしたか……」

 

「十年だぞ、十年」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべながら、ローベリアは自分の胸へ微かにその細い両手を食い込ませてみせる。

 

「小娘の胸と同じく、全てが変わる」

 

「変わらない、いや変われない男達も沢山いる」

 

 少し目のやり場に困るニムバスを面白そうに両の瞳で見つめながら、ローベリアの可憐な唇が歪む。

 

「下らない事」

 

「言ってやるなよ……」

 

「同じ赤を尊ぶ人間でありながら、シャアとその一党は進歩が無い」

 

「私はユウ・カジマの事を言っている」

 

「誰かしらぁ、それ?」

 

 激烈に甘いチョコレートを飲みこんだローベリアは、わざとらしく甘い声を出した後、未だにゲームに苦戦をしているオグスの元へ尻を振りながら歩み寄る。ゲームがクリア出来ないオグスをからかうつもりなのだろうか。

 

「全く……」

 

 ローベリアの茶々とシャアのパワフルな激突に翻弄をされながら、「ニムバス」が乗るブルーディスティニー2号機を撃破しようとオグスは必死だ。彼を見つめながらニムバスは痩けてきた頬を人差し指で軽く掻いた。

 

「ユウとの戦いの時、こいつのツラを出して真実を言えば、確実に動揺を誘えるがねぇ……」

 

 そう言いながら、ニムバスはぼんやりと自分の機体の脇に置いてある実体剣へとその端正な顔を向ける。

 

「いや」

 

 その金色とも何ともつかないクルタナの剣の輝き、それを見つめるニムバスの視線が鋭く光を放つ。

 

「私は騎士道、エグザム・マリオンの戦いをするのだ」

 

 剣と同じ輝きの髪を持つ壮年の騎士、彼の唇から、軽く「ヒサツ」と言う言葉が疾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶぇっくしょん!!」

 

「ノーマルスーツ内で、くしゃみなんぞしないで下さいよ……」

 

 くしゃみに同時に僅かに光りが灯ったユウが乗る機体のミノスフキー粒子変換器「グレイス」の感度に呆れた目を向けてから、サマナはマシントラブルを起こし、警告を発する自分の機体のコンソールへ再び目を這わす。

 

「ちくしょうめ」

 

「風邪、ですか?」

 

「いや、俺のニュータイプ的要素を駆使して想像するに、ニムバスの奴が噂をしている」

 

「便利なニュータイプ能力ですねぇ……」

 

「これは、何人かで悪口を言っているな、俺には解る」

 

「偏執と言う成人病を患いましたか、ユウさん」

 

「そのデカブツの残り少ない燃料を抜くぞ、童顔三十路の間際」

 

「そりゃ、たまらん……!!」

 

 その昔からの上官の言葉に、超重武装のガンダムタイプであるZZ(ダブルゼータ)、その機体に乗ってユウとフィリップ機の模擬戦を記録していたサマナがわざとらしく慌てた声を出す。

 

「ストゥラートの戦力、不安があるな……」

 

 サマナが警告音が止まない機体の点検の為にZZを帰艦させる姿を眺めながら、ユウはボソリと呟く。

 

「シロッコさんのプレゼントを中心に、試作機、実験機のかき集めだからな」

 

「だから、お前の乗ったジム・タイプの集大成であるジェダが有り難く思えるんだよ、フィリップ」

 

「量産機のスピリットだな」

 

 手練の技で常にカタログスペック以上の性能を弾き出すと連邦で大きな評価を受けているベテランパイロット「フィリップ・ヒューズ」の機体がユウ機の側へ寄ってきた。

 

「腕をあげたな、フィリップ」

 

 漆黒の宇宙空間で、Gマリオンを駆るユウ画力はそう言いながら、その機体の手でフィリップのジェダを小突く。

 

「まあな……」

 

 フィリップは少しユウの感想に対して、気の無い返事を返す。

 

「俺の動きに簡単についてこれている」

 

「そうではあるんだがな……」

 

 最新鋭ジム・シリーズであるジェダのシャープな外見を太陽の光に照らしながら放たれるフィリップの言葉にはどこか力が無い。

 

「なあ、ユウ」

 

「何だ?」

 

「ニムバスの旦那との決闘、反故にしたらどうだ?」

 

「何を今さら」

 

 苦笑いをしながら、ユウはGマリオンのメイン推進器「グレイス」を軽く噴かす。

 

「こっちのGマリオンに合わせて、舞台を宇宙に移してくれたんだぞ?」

 

「もともと、向こうの勝手から始まった私闘だろう?」

 

「いつかはこうなると、どこかで思っていた」

 

「止めときな、ユウ」

 

「いや」

 

 いつになく強い口調でそう言い放つフィリップの事を少し疑問に思いながらも、ユウはコクピットの中で静かに頭を振った。青みがかかった彼の黒髪にはちらほらと白い物が混じっている。

 

「クルスト博士の昔のEXAM研究所付近の宙域、サイド6の近く」

 

 十年近く前のニムバスとの死闘を思い出しながら、ユウが懐かしげにその頬の痩けた顔を綻ばせた。

 

「良い舞台だ」

 

「……」

 

「一年戦争時のEXAM、それの真の墓標に相応しい」

 

「まぁな……」

 

 ユウの言葉をため息をつきながらも、フィリップは彼に一応の相槌を打つ。

 

「マリオンの声、再び聴こえるかもしれんな」

 

「一年戦争の後の戦場でも、時々聴こえてくるって言ってなかったか?」

 

「ウンム……」

 

 そのフィリップの言葉に対して、ユウが軽く腕を組んで考える。

 

「あれらの声は本当にマリオンなのかな……?」

 

「じゃあ、誰なんだよ、ユウ?」

 

「さあ……」

 

 首を傾げながらも、ユウは軽快に自機を動かしながら、武装のチェックを行う。頭部のバルカン砲の試射がスペースデブリを打ち砕く。

 

「ユウ中佐」

 

 母艦ストゥラートから、サラ達のモビルスーツが宇宙を駆けてきた。

 

「決闘前のトレーニング、手伝います」

 

「おう」

 

 蒼いブルーディスティニー5号機、ジェダの改良型であるGマリオンのバイザー型センサー、それがユウの声に答えるかのように鈍く光る。

 

「お前達も相当に腕を上げたからな」

 

「はい……」

 

 ユウがもう少し、ニムバスとの戦いの事から思考を離していれば、そのカツの返事の違和感を感じていただろう。

 

「そうです、よね……」

 

「良い勝負になるよ、サラ」

 

 力強く飛翔するGマリオンに乗るユウは結局に、彼の言葉を聞いた時のカツやサラの簡潔な返事に込められた気持ちを理解する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「アムロさんよ……」

 

「言ってくれるなよ、フィリップさん」

 

 ストゥラートのブリッジで腕を伸ばしながら、アムロは帰艦してくつろいでいるフィリップに微笑みかける。

 

「彼にもプライドがある」

 

 模擬戦を行うユウ達の機体が放つ光の軌跡を眩しそうに眺めながら、アムロは軽く目を細めた。

 

「誰にだってプライドがあるんだ」

 

「あんたもそのプライドを大きく持った赤い彗星に会いにいくんだったんだよな?」

 

「俺をついでに乗せてくれて、ありがとうな」

 

「大した事じゃないやい……」

 

 軽く頭を掻いたフィリップは、コーヒーを飲みながら無言でユウ達の機体の姿を眺める。

 

「なあ、アムロさん」

 

「ん……?」

 

「人を上手く説得できる方法、ないだろうか?」

 

「論より証拠だ」

 

 アムロが傍らに立つ女へもコーヒーを渡してやりながら、自分の微かに赤みかかった髪へ手を置いた。

 

「ニムバスとの戦いに生き残れば、ユウも自分の真実に解ってくれるかもしれない」

 

「危険な賭け、かな?」

 

「話を聞く限り、ニムバスはユウに死んでほしくはないんだろ?」

 

「それでも、決闘は決闘、死闘にして私の闘だ」

 

 大きなため息を吐き出しながら、フィリップがうんざりしたようにそう吐き捨てる。

 

「まあ、ユウが乗り気だから仕方がないけどな」

 

「運を信じろよ、フィリップ……」

 

「へいへい……」

 

 そうぼやきながら、フィリップは今現在の連邦派勢力とネオ・ジオンの戦局を訊ねようと、ミリコーゼフ艦長の私室へと歩いて行った。


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