夕暁のユウ   作:早起き三文

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第47話 絆の人形

 

「よお、アムロ」

 

 ニホン地区の小さな連邦軍の軍事研究所、そこの所長を務めるテム・レイはモビルスーツ格納庫へ入ってきた息子へ手を振って答える。

 

「Gペガサスの様子はどうだ?」

 

「悪くないよ、親父」

 

 暗い格納庫の中で一年戦争時の英雄、最強のニュータイプ兵士であるアムロ・レイは報告書の入ったスーツケースを父へ渡す。

 

「何回かティターンズやネオ・ジオンと戦ったけどな」

 

「よし、よし」

 

「だが、まあ強いて言えば」

 

「戦闘時間、燃料だろ?」

 

 その父の言葉にアムロは無言で頷く。

 

「相手を追いこめない」

 

「だろう? だろう?」

 

 そう言いながら、テムはタバコを取りだし、自身の口へ差し込む。タバコに火を付けながらテムは格納庫の照明のスイッチを入れる。

 

「こいつをガンダムに取り付けろ、アムロ」

 

 一気に格納庫に光が満ちた。地下に造られた広大なモビルスーツの格納庫の天井は二人の目には見えないほどに高い。

 

 その奥に巨大、そう巨大と言う言葉すら人の背丈との比較では当てはまらないコンテナが格納庫に鎮座している。

 

「性能が数倍にアップするぞ……!!」

 

「数倍どころか……」

 

 アムロはその巨大火器アームド・ベース・ユニット、それの管制用機として作られたモビルスーツ「Gペガサス」の資料の紙束をバサバサと揺すりながらため息をついた。

 

「モビルスーツのレベルではないだろうに、これはさ……」

 

「分類上はモビルスーツのオプション、外部取り付け式のフルアーマー・パーツだよ」

 

「詐欺の手口をやる人間のだよ、その理屈は」

 

「悪い詐欺を働く父親か?」

 

「必ずしもそうではないよ」

 

 そのアムロの言葉には何か別の意味合いがこもっているようにテムには感じてしまう。僅かにアムロの顔からテムが視線をそらす。

 

「昔のガンダム、それの開発計画のリニューアルだってな?」

 

「ああ」

 

 ガンダムの別の性能表をポケットから出しながらテムが掠れた声で呟いた。

 

「俺も加わりたかったがな……」

 

「酸素欠乏症、それの治療中だっただろ?」

 

「俺がいれば、もっと良いガンダムガンダムが創れたよ」

 

「ハハ……」

 

 新たなスペック表をテムから手渡されながら、アムロが父のその言葉に軽く笑う。

 

「こんな古い物、使えるのか?」

 

「使えるようにしたから、新型って言うんだ」

 

「まぁな……」

 

 そう言いながら、アムロが指をパチパチと鳴らしつつ、再び巨大な武装コンテナユニットを見上げた。

 

「大火力、それが今の戦争に求められる物だよ」

 

「わかっているさ、親父」

 

「イワシではクジラに勝てない」

 

「昔からそうさ」

 

 何かつまらなそうにそう口ごもりなごら、アムロの目が新鋭機「GP」のスペック表を見比べる。

 

「昔のガンダムだって」

 

 アムロは少し懐かしむような視線で父の顔を見つめながら、低い声で呟き始めた。

 

「ザクのマシーンガンを弾きとばし、その上で一撃のビームで相手を落とせたから、俺は生き延びる事ができた」

 

「性能、それが全てかな? アムロ……」

 

「パイロットの腕でカバーというのは、口で言うほど簡単ではない」

 

「ン……」

 

 テムが息子の言葉に低く唸りながら、懐から小型のパーツらしき物を取り出す。

 

「これは?」

 

 その「トツ」の姿をしている金属片をしげしげと見つめながら、アムロがテムの目を見やる。

 

「ジオン、ネオ・ジオンのモビルスーツから私が分析した新型装置だ」

 

「ネオ・ジオンね……」

 

「そして、こっちが」

 

 もう片方のポケットから茶封筒をテムが取り出した。

 

「お前への手紙だよ」

 

 差し出された封筒のホチキス針をアムロは指で軽くほじくりだす。中身の手紙がアムロの手に滑り転がる。

 

「手書き、マメな奴だ……」

 

 アムロにとって、その書面から差出人の名前は簡単に推測ができる。そのまま彼はサッと流麗な字で書かれた文に目を通す。

 

「シャア、彼からこの装置を?」

 

「ほう?」

 

 アムロの言葉にテムが手紙を覗きこもうとした。

 

「そう手紙に書いてあったのか、アムロ……」

 

「良いお習字で物騒な内容を書いてくれる」

 

「怖いもんだ……」

 

 再度、手紙を見返しながらアムロがその口を開く。

 

「その新装置があったモビルスーツとは?」

 

「トットリの砂漠、砂丘に突き刺さっていた」

 

「突き刺さる? モビルスーツが?」

 

「上半身が斜めに傾いてね」

 

「どこかのテレビで見たような観光名所の話だな」

 

「ムラサメ、大喜びだ」

 

「ムラサメ、あの研究所の奴らがそのモビルスーツを見つけたのか?」

 

「バカンスに来ていたらしいな」

 

「ダブルで観光が出来たか」

 

「ご褒美だ」

 

「うん、ご褒美……」

 

 どちらともなく、二人の顔に何とも言えない笑みが浮かぶ。

 

「怪しい、と言うよりも危ないと思わなかったか? ムラサメの奴らは?」

 

「思うに決まっているだろう……」

 

 テムがガンダム用の新型パーツを握りながら、親指で軽く撫でる。

 

「そのモビルスーツ近くにあったコンテナ、そこからこのパーツの原型と設計図をムラサメ研の奴らが見つけた」

 

「不審物、だな」

 

「さすがに秘密と秘密がお友達のムラサメ研の奴らも連邦へ知らせたさ」

 

「危ないからね、ウン」

 

「そう、危ない……」

 

 そう言い合った後、二人が再び妙な表情をその顔に作りながら、大声で笑い合う。その声がハンガー内に微かにエコーをした。

 

「親父はムラサメとも関係が出来ていたからな」

 

「サイコ・ガンダムなどと言う、ろくでもない品物を造る手伝いの経験が、今に生きるとはね」

 

「そんなもんさ」

 

「もともと、サイコ・ガンダムのパイロット候補にはお前の名前が挙がっていた」

 

「やめてくれよ……」

 

 その父の言葉にアムロが顔を歪めながら、天井を見上げる。

 

「あれは機動戦士ではない」

 

「広範囲殲滅機、核弾頭と同じコンセプトだな」

 

 テムは少し自嘲気に呟いたあと、息子の肩を叩いてやった。

 

「まあ、こいつも似たようなもんだ」

 

「仕方がない、その言葉を解決に使えと言うことだな?」

 

「フフ……」

 

 手紙をまたしても、何度も読み返すアムロへテムが微笑む。

 

「そもそもに、その砂に突き刺さったモビルスーツのコクピットの中にな」

 

 テムがシャアからの手紙を少し強引にアムロの手から取り上げる。

 

「シートにアムロ・レイ殿宛てのコイツが置いてあったんだ」

 

「殿、ね」

 

 舌で上唇を舐めながら、アムロが両肩を竦めてみせた。

 

「様、とはさすがにも呼んでくれないか」

 

「呼び捨てやウォンチューよりはマシだろうに」

 

「御中は間違いだって、御中は……」

 

 何かをブツブツと言いながら、アムロがテムの手にあるパーツをしげしげとその目で見つめる。

 

「サイコミュ端末を織り込んだ加工金属らしい」

 

「金属にサイコミュを?」

 

「砂丘のモビルスーツにも使用されている新素材らしいな」

 

「サイコミュの金属フレームか……」

 

 そのアムロの言葉にテムがニヤリと口を歪めた。

 

「ニュータイプとはこういう物か?」

 

「何だよ、親父……」

 

「感が良い」

 

「どうも……」

 

「気にいらない」

 

 不機嫌そうにそう吐き捨てるテムに対して、アムロが眉を潜める。

 

「息子がニュータイプというのは嫌か?」

 

「ニュータイプ自体が気にいらないんだ」

 

「何故?」

 

「私の息子の人生を狂わせて、様々なストレスをあたえてくれる」

 

「フム……」

 

「だから、私はニュータイプ否定論者だよ」

 

 短くなったタバコを携帯式の灰皿へ突きつけながら、テムが上着のポケットに手を突っ込んだ。

 

「私の息子をタレントまがいに仕立てやがって」

 

「喜ばないのか? 息子が有名になってる」

 

 イライラした声を出しながら再び上着

からタバコを取り出したテムに対して、アムロが微笑んでみせる。

 

「俺はニュータイプ能力とやらのお陰で、金には困らない」

 

「フン……」

 

「むしろ、有り余っている」

 

「私に息子を食い物にする親になれとでも言うのか?」

 

 そう言いながらアムロを睨み付けるテムの目は鋭い。

 

「ニュータイプだろうがなんだろうが」

 

 テムが格納庫の高い天井を見上げながら、独り言のように言葉をその唇から流し出す。

 

「バカ息子はバカ息子だよ」

 

「親父……」

 

 少し目を潤ませたように見えるアムロが父テムの老け込んだ顔から視線を離した。

 

「有名ニュータイプ人になったお陰で、彼女もできたよ」

 

「どうせ、金と名前目当てだろ?」

 

「違うな」

 

「オタク気質のお前に女の良し悪しが見抜けるのか?」

 

「今度、親父に紹介をするよ」

 

「親に紹介ということは」

 

 テムが顔を息子に向け、フッとタバコの煙を吹きかける。

 

「結婚を前提か」

 

「彼女を見れば、親父も納得はしてくれるさ」

 

 そう言いながら、アムロが手のひらに乗っているサイコミュ端末でもある金属片をクルクルと回した。

 

「勘の強い女でもあるがな、ベルトーチカは」

 

「会えばわかるさ」

 

「そうかい……」

 

 ピピッ……

 

「時間だ、アムロ」

 

 テムの腕時計のアラームが鳴る。

 

「オーガスタ研、そこのアルフ技師の奴が近くに立ち寄るらしいんだよ、アムロ」

 

「アルフ・カムラ、ユウの奴のサポーターだな?」

 

「連邦でも五本の指に入る、良い技術屋だよ」

 

 そう言いながらテムがハンガーの照明灯のスイッチへ手を伸ばそうとる。慌ててアムロが格納庫の入り口の近くへ駆けた。

 

「マリオン・システム、私も納得することが出来る、堅実で優れた造りの対ニュータイプ用の補助装置だ」

 

「ユウ・カジマがひいきに使っているらしいな」

 

「そのユウ・カジマとやらもニホンの近くまで来るらしい」

 

「何の為に?」

 

 灯りが消えて漆黒の闇に閉ざされたハンガーを後に、二人は階段をゆっくりと上がる。

 

「あいつらの部隊もろとも休暇らしい」

 

「呑気、かな?」

 

「まもなく、超宇宙大戦争が始まる前の最後の呑気かもしれんな」

 

「お空で何かを企むシャアの奴め」

 

 不満げに頬を膨らますアムロの目に太陽の光が飛び込んだ。

 

「しかし、ちょうど良いかもしれん」

 

「何がだ? アムロ?」

 

「シャアは俺と一度、じかに会いたがっている」

 

「手紙にそうあったか?」

 

「むしろ、来いという命令の文体だった」

 

 目前のニホン・カイに陽光が強く降り注ぐ。

 

「シャアの奴も地球に降りているらしいからな」

 

「急かされてるな? お前?」

 

「ユウのバカンス艦、とても凄い好都合かもしれないな……」

 

「あと、2、3日後にニホンへ来る」

 

「分かった」

 

 簡潔にそう答えながら、アムロは海の向こうにあるアジア大陸の方へその目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お袋、ね」

 

 ニホン地区の海岸から見える海、その地平線に沈む夕日を眺めながら、アムロがテムへ話を切り出す。

 

「いや元、母さんだな」

 

「ん……」

 

「再婚したんだって?」

 

「ああ」

 

 タバコをくゆらせながら、テムが簡潔に言葉を吐く。

 

「仕方がないか……」

 

「私も悪かったさ、アムロ」

 

「俺もガキの頃は親父が悪いと思っていた」

 

「無理もない」

 

 そう言いながら、アムロが夕日の上、紅く染め上がった空を見上げる。

そのアムロの視線は空、それを突き抜けた更に奥のもう一つのソラに向けられている。

 

「お袋と俺よりも、仕事の方が大事だってね」

 

「そうさ、そうだよ……」

 

「俺がジオンに襲われたサイド7から逃げ出す時も、親父は俺たち避難民よりも、機密のガンダムを優先した」

 

 テムは無言でタバコを口から離す。

 

「今ならばあの時の親父の気持ち、そして責務の重さが解るよ」

 

「アムロ」

 

「ん?」

 

「悪かったな、サイド7の避難の時は」

 

「昔の話だよ」

 

 そう言いながら、アムロは三十近い歳の割には、どこか幼さが残る顔を綻ばせる。

 

「それに……」

 

 アムロは父親テムにジャンバーのポケットから缶コーヒーを手渡す。

 

「親父は立派だった」

 

 自分のコーヒー缶を振るアムロをテムはじっと見つめる。

 

「父親と仕事、両方の役目を果たした」

 

「アムロ……」

 

 テムはコーヒーを受け取りながら、息子の言葉を耳へ入れつつ海へ顔を向ける。しばらくの間、親子は言葉を発しない。

 

「すまない、アムロ」

 

「ン……」

 

「私には至らぬ所が多すぎた」

 

「違う」

 

 強く光を放つ夕日に向かって、アムロは宣言をするように言い放つ。

 

「親父は立派に父親を名乗れる人間だ」

 

 そのアムロの言葉にテムは答えない。

 

「乗るぜ、俺はこのガンダムに」

 

「……」

 

「親父からの二度目のプレゼント、大きい人形だな」

 

「話すのを止めてくれ、アムロ」

 

「いんや、いやだね……」

 

 そう言いながら、アムロは意地の悪い顔をして、父へ笑いかける。

 

「さっきからの親父の泣き顔、いい見物だ」

 

 先程からテムには夕日が自身の涙で紅い光の塊にしか見えていない。

 

「今日の俺の誕生日、覚えていてくれたんだな」

 

「違う、違う……」

 

 首を振りながら、テムが嗚咽を始める。

 

「俺はな、俺は息子への誕生日プレゼントですら、人殺しの物しかあげられない父親なんだ」

 

「俺を助けてくれる、お守りの人形だよ、親父手製のね」

 

 ついにテムが号泣を始めた。

 

「この戦争はな、すぐに終わるさ」

 

「帰ってこいよ、アムロ……!!」

 

「俺は宣伝に使われるほどのニュータイプだ、死なない」

 

「ニュータイプだろうがなんだろうが、俺には息子でしかない」

 

「安心してくれ」

 

 暗くなり始めた海岸から、二人の男が立ち去っていく。

 

「昔も親父のガンダムで生き残れた、親父が守ってくれた」

 

「だから、言わないでくれと……」

 

「泣き顔を見たいんだ、親父のね」

 

「嫌な息子に育っちまった……!!」

 

 テムが涙でクシャクシャになったその顔で息子へ微笑んだ。


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