夕暁のユウ   作:早起き三文

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第45話 未来を創る老人達(後編)

「戦後の事、考えたくはないな」

 

 麻雀卓を下げさせたテーブルに手を付きながら、ゴップが脇の台座から最中を口へ運ぶ。

 

「政治が出来そうな若い者がいない」

 

「ティターンズもエゥーゴも所詮は武力組織ですからな」

 

 ムラサメ・コーヒーを飲みながらジャミトフも微かに顔を暗くする。

 

「うちのナンバーツーのバスクは政治が出来る男ではない」

 

 自分の額を叩きながら深くため息をつくジャミトフ。

 

「私怨が走りすぎるとはいえ、熱心に仕事をしてくれる男ではありますが」

 

「その穴を補う為に、あのパプテマス・シロッコという若造を呼び出したのではなかったのか? ジャミトフよ?」

 

「だめだ、だめだよ、あやつは」

 

 ライターを取り出しつつ、二人の会話に口を挟みこんできたブレックスに対して、ジャミトフは思い切り眉間に皺をよせる。

 

「器が小さすぎる」

 

「万能の天才であるという触れ込みだろうに?」

 

「他人を見下していると広言するに等しい立ち振舞いをする男なんぞ、使える物かよ」

 

「まあ、確かに……」

 

 年季の入ったブランド・ライターの蓋ををカチカチと弄びながら、ジャミトフの言葉に対してブレックスは口の端を歪めるような笑みを浮かべながら同意をした。

 

「木星からババを引いてしまったよ」

 

「最近、少しは他人の意見に耳を貸すようになったとは聞くけどねぇ、ジャミトフ君」

 

 ゴップが口の周りの餡を拭きながら、心持ちにジャミトフを思いやるような口調で囁く。

 

「性の根が変わっていませんよ」

 

「残念だな」

 

「期待をしていただけに、ですよ」

 

 そうゴップへ胸の息を吐くように言ったせいか、ジャミトフの眉間の皺が微かに緩んだ。

 

「全く、レビルめ」

 

 ゴップは最中の大山脈からポイポイと口へ最中を流し込みながら愚痴を言う。

 

「とっとと隠居なんぞしおって」

 

「ソーラ・レイ、コロニーレーザー砲の光で目が効かなくなってしまいましたので、仕方がないのでは?」

 

「バスク君も条件は同じだ」

 

「フフ……」

 

 その言葉にはジャミトフも苦笑をするしかない。

 

「クワトロ、シャア・アズナブルには相当に期待をしていたのだが」

 

 タバコをくゆらせているブレックスもまたため息をついてアクシズの方を眺める。

 

「ご覧の有り様だよ」

 

 カステラを上品に切り分けているメラニーが少し皮肉げにブレックスの顔を見やる。そのメラニーへブレックスが肩を竦めてみせた。

 

「アムロ・レイを持ち上げるのには、タイミングを完全に失ってしまいましたな」

 

「危険すぎるよ……」

 

 口へカステラを運ぶメラニーの言葉に顔をしかめながらゴップはコップの水に口をつける。

 

「一年戦争時に、戦後計画は立てたはずであったんだがなぁ」

 

「ユウ・カジマ君ですな?」

 

 ゴップのぼやきにジャミトフの顔に真剣味が走った。

 

「せっかく、あのアムロ・レイにシミュレーションで勝たせてやったのにだよ、ジャミトフ君」

 

「名家であるカジマの姓まで高値で買い取り、あてがってやりましたとな?」

 

「どこの馬の骨ともしれないミュータントであるアムロ・レイ、彼にとって代わる連邦のスーパーヒーロー、ユウ・カジマ」

 

 テレビの宣伝のようなイントネーションでその言葉を吐くゴップへ迎客室の男達の目に笑いの色が浮かぶ。

 

「看板風情が、自己主張をね……」

 

「君が呼び寄せたシロッコ君と同じように、あやつも役に立たなくなった、あてが外れた」

 

 ジャミトフへそうぼやきながら、ゴップは脇の最中を食い荒らしている。

 

「そのまま、アムロ・レイに勝ったという評判だけをぶら下げた凡庸なパイロットであれば良いお飾りに出来た物を」

 

「妙な物に巻き込まれてしまいましたからな……」

 

 苦笑いをしながら、ジャミトフはムラサメ研究所から発売をされたコーヒーが入ったカップへ手を回す。

 

「そして、彼自身が異常なスピードでパイロットの腕を上げたのがマズイようでしたな、ゴップ殿」

 

「今では、アムロ・レイと同じ位の危険性があるよ……」

 

 最中を食べる手を止め、ゴップはジャミトフに笑いかける。

 

「部隊長としても優れた、良い軍人ではありますがね」

 

「エゥーゴ、そしてアナハイムにも噂が伝わっている」

 

「ならば、コマーシャルキャラとして彼をアナハイムへ売っても良いですぞ? メラニー殿?」

 

 ユウ大佐を褒めたジャミトフの言葉にカステラへフォークを突き立てながらメラニー会長が話へ口を挟む。

 

「いや、私は絶対に使わんよ」

 

「理由は? メラニー殿?」

 

「無自覚に自己主張をしてしまう、自分の事がまるっきり解っていない男なぞ」

 

「お嫌いですかね?」

 

「天然で埒を越えてしまう、危なすぎて社員にもしたくないよ、ジャミトフ殿」

 

「優秀で誠実な男です、彼は」

 

「従順でありながらも、生まれもった自身の気質で勝手をしてしまう男、歯車としては不要だ」

 

 そのいかにもな企業のトップとしてのメラニーの台詞に他の三人は苦笑を禁じ得ない。

 

「若手の政治家としてなら、うちのブライト・ノア君なんかはどうだ? 皆方?」

 

「小粒過ぎるのではないかよ、ブレックス……」

 

 眉を潜めながら、ジャミトフがブレックスを軽く睨み付ける。

 

「なら、他に代案はあるか? ジャミトフ?」

 

「うちのティターンズの若い者にそれとなく政治学を植え付ければ、あるいは……」

 

「皮算用だ、お前は昔からそうだ」

 

「人が苛立っているときに、さらに油を注ぐのが得意だったな、ブレックス」

 

「ティターンズは皮算用ではなかったのか?」

 

「エゥーゴもそうだろう!?」

 

「計算はしている!!」

 

「シャアにネオ・ジオンへ逃げられただろうに!?」

 

「お前も子飼いのニムバスとか言う優秀な強化人間をネオ・ジオンへ差し出す羽目になったな!!」

 

 ガタッ!!

 

「いい加減にしませんか!! 御二人とも!!」

 

 バフッ!!

 

 メラニーがカステラの切れ端を二人に投げつける。

 

「フン……」

 

エゥーゴとティターンズの代表は不機嫌そうに投げつけられたカステラを口の中へ入れた。

 

「娘さんがブレックス君の元で世話になっているのだ……」

 

「娘とは縁を切っておりますよ」

 

 二人を取り成すようにそう言ったゴップへジャミトフがコーヒーを口へ運びながら軽く呻く。

 

「縁は大事にした方が良い」

 

「ゴップ大長老がそう言われると」

 

 少しバツが悪くなったのか、タバコを一本ジャミトフへ渡してやりながらブレックスが口を歪めて言う。

 

「蘊蓄がありますな」

 

「あやつの様子はどうだ? ブレックス?」

 

 タバコに火を付けながら、ジャミトフが微かに真剣な目でブレックスの顔を見る。

 

「お前の娘、ブルーだな?」

 

「他に何がある」

 

「良いパイロットだ」

 

「そうか」

 

「良い尻をしている」

 

「おい……」

 

 そのブレックスの言葉にジャミトフの顔が険しくなった。

 

「セクハラのしがいがある」

 

「やってみろ、ブレックス」

 

「良いのか?」

 

「お前が宇宙を漂う無縁陀仏になる」

 

「フフ……」

 

 笑いながらブレックスは缶コーヒーの蓋を開ける。

 

「なぜ、家族との縁など切ったのだ? ジャミトフ君」

 

「ティターンズが世界を支配したときに、私一人に全ての富を集める為ですよ」

 

「不器用な君の嘘はつまらんな、んん?」

 

「すみませんねぇ、ゴップ殿」

 

 一つ鼻を鳴らしながらゴップへ軽く眉をしかめてみせたジャミトフはカップに残っていたコーヒーを飲み干す。

 

「ティターンズがコケた時に血族へ余波が及ばない為でだろうな……」

 

「さすがはメラニー会長」

 

 わざとらしくジャミトフが肩を竦めながら、感心をしたような声を出してみせる。

 

「だてに二股の達人ではない」

 

「だがなぁ、ジャミトフ殿」

 

 ジャミトフの嫌みを無視して、メラニーが言葉を続けた。

 

「縁とはそうそう一刀両断に切れるもんでは無い」

 

「娘には娘の人生があります」

 

 チラリとブレックスへ目を向けながら、ジャミトフが指の腹で唇を擦りながら言う。

 

「私が関与すべき事でない」

 

「なら、私が手を出して愛人にしても良いか? ジャミトフ?」

 

「だから、お前はどうしていつも人の神経を……」

 

「だとしたら、娘に見合いの世話くらいしてやれよ、ジャミトフ……」

 

「どうでも良い話だ」

 

「三十路なのだろう? 売れ残るかもしれんぞ?」

 

「さすがにお前の苛立たせにも耐性が出来てきたぞ、俺は」

 

 眉間に皺を寄せながら、ジャミトフがふて腐れた声をブレックスへ向けて出す。

 

「ユウ・カジマ君は相手にどうかね……?」

 

「私と娘に気を使ってくれているので? ゴップ殿?」

 

「プライベートでも付き合いがあると聞く」

 

「一時期、一緒の部隊にいただけの関係でしょうに。彼と娘は」

 

「どうかねぇ……?」

 

「若者を苛めるのは止めてもらいたいよ、ゴップ殿……」

 

 その二人の会話をニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ブレックスとメラニーが聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「若者か……」

 

 ブレックスのその呟きにジャミトフとメラニーがゴップへ何気なく視線を向けた。

 

「何歳になったかな、あなたは?」

 

「はて……」

 

 メラニーの問いへ答えながら、ゴップが一応健康に気を使っているつもりなのかダイエット茶を口へ運び入れる。

 

「もうすぐ百六十歳にはなろうか」

 

「元年のラプラス事件、その時の傷は癒えましたか?」

 

「皮肉を言う……」

 

 最中のチョモランマを踏破しつつ、茶を口へ流し入れるゴップはメラニーに対してウィンクをしてみせた。

 

「最原初のラプラスタイプ、とでも言いましょうかね?」

 

「ろくでもないネーミングだと思ったよ、ブレックス君」

 

「格好の良い言葉ではありませんか?」

 

「その言葉をダイクンめが世界に流すと忍ばせたスパイから聞いた時、開いた口が塞がらなかったよ、私は……」

 

 少し禿げ上がった頭部を撫でながら、ゴップが感心とも苦笑いともとれない笑みをその顔へ出す。

 

「ラプラスもニュータイプも、旧世代にもよくあった、突然変異で発生する単なるミュータントだよ」

 

「単なる自然現象ですか」

 

「私を含めたミュータントが人類社会に有用であるならば持ち上げ、そうでないのであれば抹殺すればよい」

 

「手厳しい……」

 

 ゴップの言葉にブレックスがタバコを灰皿へ置きながら苦笑をした。

 

「で、なければ腐った大木、地球連邦を維持できん」

 

「シャアだかネオ・ジオンはその腐った大木を切り倒そうとしていますが?」

 

「腐っても大木、人類の品性社会を支える基盤だ」

 

「フム……」

 

 ブレックスの手元に置かれた灰皿から立ち上っていたタバコの煙が消える。

 

「切り倒したら、この地球圏は覇権争いに終止する獣達の社会に墜ちる」

 

「大黒柱、ですなあ……」

 

「腐ってはいるが」

 

 最中を半分に割りながら、ゴップがニコリと笑みを浮かべた。

 

「支え甲斐がある物だ」

 

「だからと言って、地球の中に居座って土台を食い潰す必要はないでしょう?」

 

「先程言ったはずだ」

 

 真剣な表情を面に出し、鋭い口調でゴップへそう言葉を突きつけるジャミトフに対して、ゴップは半分にした最中を渡してやる。

 

「まともに地球を制御できる人材がいない」

 

「だから、ジャミトフ殿は強行策に出たのであろうなあ……」

 

 そのゴップとメラニーの言葉を耳へ入れながら、ジャミトフはあたかも口の中にある最中を言葉の代わりのようにゆっくりと噛み締めた。

 

「昔から理想主義。それが行きすぎて強行をやりすぎるのだよ、お前は……」

 

 火の消えたタバコをトントンと灰皿へ叩きながら、ブレックスは皮肉げな目でジャミトフを見つめる。

 

「文句を言うなら代案を出さないか、ブレックス」

 

「何も考えずに武装組織を立ち上げるから……」

 

「お前の方が何も考えて……!!」

 

 ニュ……!!

 

 メラニーがカステラ手裏剣を構え始めたのを見て、二人はわざとらしく咳払いをして口を閉ざす。

 

「もう一人の最原初のラプラスタイプは元気ですかな?」

 

「元気、元気だよ」

 

 メラニーの言葉にゴップが喉の辺りをさすりながら微笑む。

 

「なあ、ジャミトフ君?」

 

「ええ……」

 

 少し緩んだ感じの笑みを浮かべながら、ジャミトフはポケットからタバコを取り出した。

 

「彼はどうやら、ダイクンめが発掘したラプラスタイプの連中と縁があるようでしてね」

 

「良いポジションにいるか」

 

「もともと、あなた方はお二人とも長生きという以外に取り柄がないラプラスタイプとやらですからな」

 

「悪い、悪いな……」

 

 ジャミトフが少し嫌みな口調でそう言ったのに対しても、ゴップは別に気を悪くした様子は見せずにその太鼓腹をゆすりながら笑う。

 

「あやつの場合、百六十歳でも百七十歳でも、どれほどに老いぼれても若い青年の姿のままというのは羨ましい」

 

「それならば中の身が老獪をやれるスパイとしてうってつけですな、ゴップ殿?」

 

「現場の内部査察の役目に最適任だよ」

 

「いつでも現役でいられるというのは、私からしてみれば少し羨ましいぞ」

 

 まんざら冗談ではない気持ちがこもったメラニーの感想に男達が苦笑いをした。

 

「まっ……」

 

 ゴップが最中を手に取り、口への運搬を再開し始める。

 

「どうとでもなるさ」

 

「ですな……」

 

「今までも、そうした危機は何度も何度も訪れてきた」

 

 そのゴップの真意さがこもった言葉に、四人の男達が真剣な顔で頷く。

 

「しかし、それを乗り越えたいと思うのであれば」

 

 甘い物を飲み物とするゴップの手をメラニーが軽く押さえる。

 

「ご摂生しなされ」

 

「イヤだ、食べたい」

 

「その腹の膨れは危険なレベルにまで達してますぞ」

 

「私は糖尿病では死なんよ」

 

「長生きなだけで、病気に対するバリーアがあるわけではないでしょう?」

 

「メラニー殿こそ、そのアゴと腹の肉は危険ですありますまいか?」

 

「仕事のストレスで食べ過ぎるのです、のんびり屋のあなたとは違います!!」

 

「私とてストレスはある!!」

 

「人任せの政務でしょうに!!」

 

「何ですと!? 年長者に対して!?」

 

「老害、宇宙世紀が始まる前からの大老害ですな!!」

 

 ガブヨォン!!

 

 椅子から二人の肉が弾け跳ぶ。

 

「まあまあ、大人げない……」

 

 ジャミトフとブレックスの二人がゴップとメラニーの巨体を両手を振って宥めようとした。


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