夕暁のユウ   作:早起き三文

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第43話 鉄仮面

「虹色の粒子、そしてそれらが合わさって虹の尾が漆黒の色を放つか……」

 

 前方の宙域を疾るシロッコのジオ・メシア、その機体両肩のコンバーターから発せられる光の粒子の色をユウはしげしげと眺めている。

 

「間違いなくサイコミュと連動をしているな、このグレイス・コンバーターは」

 

 ユウの蒼い機体の肩にもそのコンバーターは設置されている。そこから発せられる粒子はかすかに蒼碧の色を放つ。

 

「マリオンもシロッコの心の色を表してくれている」

 

 グレイス・コンバーターから放たれる虹と黒の帯、それと同色の輝きが新型のマリオン・システムを通してユウの目に入る。

 

「なあ、シロッコ」

 

「何だ? ユウ」

 

「お前は結局の所、他人をどう見ている?」

 

「突然、何を言い出す……」

 

「コンバーターからの色がな」

 

「この粒子の色か」

 

 笑い声と共にシロッコの機体の指がユウの新鋭機「Gマリオン」、その機体の背部から放たれてる光の粒子を指差す。

 

「俺の作ったグレイス・コンバーターの副産物、その一つだな」

 

「お前のガンダムからの輝きの方が豪勢だな」

 

「虹色に漆黒とはな……」

 

 自機から微かに輝く光を見つめながら、シロッコは微かに苦笑をした。

 

「俺の性格を現しているのかな? こいつは?」

 

「シロッコ……」

 

「今度は何だ? ユウ?」

 

「本当に変わったな」

 

 そのユウの言葉にシロッコは答えない。無言でジオ・メシアのテスト飛行をしている。

 

「シロッコ」

 

「矢継ぎ早に人の名前を連呼して質問とは、くどいな……」

 

「結局の所、お前は」

 

 ユウのGマリオンの頭部、ジムタイプのバイザーがシロッコ機のガンダムタイプの顔を覗き込む。

 

(顔以外は確かにガンダムタイプの機体だな)

 

 Zガンダムを見てアイデアが浮かんだとシロッコが言っているジオ・メシア。確かにそれはカミーユ・ビダン、そしてユウが乗っていたZガンダムの派生機をベースに作られたブループラウスに似ているように見えた。

 

「他人の事をどう思っている?」

 

「お前達が俺という人間の心理、それを想像している通りの見方だよ」

 

 シロッコの機体が僅かにユウ機の前に出る。二人の遠目には徐々にティターンズの宇宙要塞「ゼダンの門」ヘ接近を試みているネオ・ジオンの本拠点、小惑星「アクシズ」の姿が見える。

 

「様々な個性を放つ、有象無象だよ」

 

「個性を全てまとめたら、どうなると思う?」

 

「私を試しているのか? ユウ?」

 

「マリオンがお前の心を俺に見せつけてしまうんだ」

 

「オールドタイプにニュータイプの視点を与えるというサイコミュシステムだな?」

 

 その言葉にコクピット内でユウが軽く頷いく。サブモニターへ映るシロッコの顔へ向けて返事をしたつもりであったが、やけにこの宙域に残っている残留ミノスフキー粒子の影響でモニターがノイズまみれになっている。

 

 ユウはそのモニターの様子を見て、苦笑しながら口からの言葉で返事を返した。

 

「始めてお前と出会った時、シロッコがメッサーラに乗っていた頃もお前はその光を放っていたよ」

 

「その頃はマリオンとやらは無かったはずではないのか?」

 

「簡易的なサイコミュ搭載機には乗っていたがな……」

 

「ならば、答えは一つであろう?」

 

「それはない、シロッコ」

 

「私の言葉に対する勘の良さも証明の一つだぞ、ユウ?」

 

 からかうようなシロッコの言葉に、ユウはため息を一つ吐いてから口を開く。

 

「俺はニュータイプではないはずなんだ」

 

「あたかもニュータイプになるのを拒んでいるような感じの台詞に聞こえるな、その言葉は」

 

「そういう気持ちを持っているのかもしれない、俺はな」

 

「フム……」

 

 シロッコはユウのその言葉に軽く唸る。十三個のスリット状のセンサーアイ、それが十字型に並んでいるジオ・メシアの目が軽く光ったように見えた。

 

「それで……」

 

「ああ」

 

「今も昔もマリオン・システムはどう見せつけているんだ? 私の心を?」

 

「虹のような様々な色、そしてそれを覆うような漆黒だ」

 

「ホウ……」

 

 シロッコはユウへ向かって妙に感心したかのような声を出しながら頷く。

 

「おもしろいな」

 

「嫌な気分になることもあるさ」

 

「人の心をイヤでも覗き見る事になるからな」

 

「そうだよ、シロッコ」

 

「ククッ……」

 

 ユウへ話をしている最中に、シロッコは忍び笑いをその唇から漏らし続けている。

 

「何がおかしい? シロッコ?」

 

「そのマリオン・システムとやらな……」

 

「何だよ?」

 

「おそらくは、その対象の心とやらを映し出しているのではない」

 

「何か分かるのか? お前に?」

 

「推測だが……」

 

 前方に迫ったスペースデブリを回避するため、ジオ・メシアの機体が軽く跳ねた。

 

「そのシステムは、その人物が見ている世界を色として表しているのではないか?」

 

「心の中ではなく、人の視線の方を?」

 

「実質的には同じではあると思うが」

 

「どういう意味だ?」

 

 少し暗礁宙域に紛れ込んでしまったようだ。二機のモビルスーツのスピードが落とされる。

 

「世界は人の見る視点によって、異なる姿を見せる」

 

「人によって、世の中は天国とも地獄とも見えるという事か?」

 

「極端な言い方だが、そうだな」

 

 宇宙艦の残骸と思われる、巨大な金属板の前でシロッコの機体が立ち止まった。ジオ・メシアのコンバーターから光が消えた。

 

「私が人を有象無象と見ている事がすなわち虹と黒で象徴しているのだろうな」

 

「意味がわからん……」

 

「ならば、ハッキリと言おう」

 

 シロッコの機体から少し離れた場所にいるユウへ答えるかのようにジオ・メシアの拳が金属板を軽く叩く。再びシロッコはジオ・メシアのメインエンジンを入れる。虹と漆黒の粒子がグレイスから放出される。

 

「全ての色を無造作に混ぜれば、黒になる」

 

「ああ……!!」

 

「解ったか? 凡人?」

 

 そう笑いながらシロッコは自分の機体をUターンをさせて来たルートを低速飛行で戻る。ユウのGマリオンもシロッコへ続く。

 

「あらゆる人をまとめていっしょくたに見下せば、色など関係なく全て同じ色になる」

 

「カンに障る言い方だが、そうなのではないか?」

 

「人を尊重しない見方をすれば、そうなるか……」

 

「そうなのかもな」

 

 ジオ・メシアのコンバーターから放たれる虹色と黒の輝き。宇宙空間の色と同色でありながらもハッキリと輪郭が見える黒の粒子をユウはじっと見つめる。

 

「便利な物なのかもな、そのマリオンは」

 

「俺の言葉に嫌な気にならなかったか? シロッコ?」

 

「少しは腹は立ったさ……」

 

 暗礁空域を抜け出した二機は僅かにスピードを上げた。グレイス・コンバーターからの光が増す。

 

「だが、参考になる」

 

「さすがはラプラスタイプ」

 

「ラプラスタイプ?」

 

「知っているだろう?」

 

「何だ? それは……?」

 

 そのシロッコの言葉にユウは「おや?」という顔をする。してみせる。

 

「勘違いか……」

 

「今度、時間があったらそのラプラスとやらを教えてくれ」

 

「ああ……」

 

 マリオンの目から観えるシロッコの心の影は全く動かない。

 

「さすがは天才のラプラスタイプ……」

 

 シロッコに聴こえない位の声でユウは笑いを噛み締めながら呟く。

 

「完璧というのが弱点になる事もある、そういう事だな……」

 

 自分の知らない言葉を言われて全く心を動かさない人間はいない。完全に動揺を抑えてしまい、自分の心を制御しきってしまったシロッコが発する影、それがユウの言葉へ対する答えとなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっとと、このドレスを運びなさい、カツ」

 

「とんだ貧乏くじだ……」

 

 ブツブツ言いながら、重モビルスーツ「タイタニア」を乗せたカツのサブ・フライト・システム兼用のモビルアーマーが母艦ストゥラートから発進をしようとする。

 

「シロッコ様からのドレスよ、丁寧に操縦しなさい」

 

「モビルスーツ設計の天才ではあると思うが……」

 

 カツのモビルアーマーが勢いよくハンガーから飛び出す。そのカツとサラへ運搬機へ乗ったフィリップとシドレの機体が寄りそうように接近をしてきた。

 

「シロッコさんは女を見る目がない……」

 

「文字通り、尻に敷かれているねぇ? カツくん?」 

 

 ジェダに乗るフィリップがタイタニアに乗られているカツにからかいの声をかける。

 

「ハッキリ言って、このメルキャリバーだけで充分ですよ」

 

「凄いモビルアーマーだよ、こいつは……」

 

 臨時のコ・パイロットとしてカツの後部座席にいるアルフが感嘆の声を上げた。

 

「こいつをジュピトリス製全てのモビルスーツのサポートマシンとする考えだったみてぇだな、シロッコさんは」

 

「神の意思を運ぶ、神の戦車か……」

 

「その大層な名前のジ・オはウィルスチェック中だけどな」

 

 フィリップはそう言いながら、サブ・フライト・システムに乗っているジェダの調子を確かめている。

 

「シロッコも、やはりあれらのモビルスーツは捨てるに惜しいようだ」

 

「しかし、ジ・オとポリノーク・サマーンの発展型はすでに出来ているわ」

 

 メルキャリバーの上に鎮座しているジ・オの発展型であるタイタニア、ビームライフルをメルキャリバーの武装ラックに置きながら、その機体の両腕をサラは誇らしげに組んだり天へ突き上げたりした。

 

「だだねぇ……」

 

 サラの視線がタイタニアの股間部に注がれる。

 

「このブースター兼用のファンネルポットはどうにかならなかったのかしら、シロッコ様は」

 

「知らないよ、そんなの……」

 

 少し赤面をしながら、カツがブスッとした顔でサラへ答えた。

 

「単にシロッコさんの美的センスが悪いだけだろ?」

 

「フン……」

 

 自分の足元の機体を軽く睨みながら、サラが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「自分より大きい男に嫉妬する小さい奴」

 

「小さい!? 小さいって何!?」

 

「背も中身もって意味よ!!」

 

「中身!? 僕のはその機体の股間のには負けてないぞ!!」

 

「他人に見せられる程のもんじゃない癖に!!」

 

「見てみるか!? 見てみるかぁ!?」

 

「望む所!! 望む所よ!!」

 

 わめきあっている二人を「また始まったか」と言わんばかりの表情を浮かべながら、フィリップがポツリと呟いた。

 

「シドレちゃん?」

 

「はい?」

 

「サラちゃんのあの言葉は、カツとの生本番オーケーと言うことかなぁ?」

 

「さ、さあ……」

 

 フィリップのジェダと同じく運搬機に乗せられている新型の偵察機の中でシドレが額に汗をかきながら曖昧な返事をする。

 

「どうよ、アルフ?」

 

「頭が痛くなってきた……」

 

 メルキャリバーの後部ではアルフが頭に手を当てていた。

 

「データ収集の為とは言え、この機体に乗らせてもらったのは失敗だったかもしれん」

 

「あんたはどうなんだ? そっちの方は?」

 

「なんだよ、いきなり……」

 

「コマァーニケーションって奴だ」

 

「コミュニケーションだろ? 馬鹿者」

 

「あっちの方のコミュニケーションの方の話だ」

 

 ストレートなフィリップの言葉にアルフが苦笑した。前の席のカツはまだサラと馬鹿げた口喧嘩を続けている。

 

「以前、ムラサメ研からやってきたナミカーって女と少しな」

 

「完全なモビルスーツフェチではなかったか……」

 

「モビルスーツは女の機能は付いてないぞ」

 

「そっち専用のモビルスーツでも作ったらどうだい? アルフ」

 

「モビルスーツは全長が二十メートルはある」

 

「背の高い女になりそうだな」

 

「あれの機能を造っても、ガバガバになる」

 

「マニアには売れそうだ」

 

「いろんな意味で高い夜のオモチャだ」

 

 フィリップがニヤニヤ笑いながら、隣の機体へ顔を向けた。

 

「なあ? シドレちゃん?」

 

「ハハ……」

 

 勝手に耳へ入ってくる二人の大人のバカ話を聞きながら、シドレがコクピット内でひきつったような愛想笑いをその顔へ貼りつかせている。

 

「ユウ達はどこまで行っているんだ? フィリップ?」

 

「相当、ネオ・ジオンの支配宙域へ接近しているみたいだなぁ……」

 

「やはり、一戦構えるつもりかな? シロッコは」

 

「アクシズそのものがゼダンヘ接近をしているみてぇだ……」

 

「ユウ達ならば大丈夫だとは思うがね……」

 

 そのアルフの言葉に心持ちにか、モルモット隊の各機体の速度が上がり始めた。

 

「イニシアチブをネオ・ジオンに握られたくないだよ、ティターンズも連邦も」

 

「相当な権限をジャミトフから渡されているか、シロッコさんはさ……」

 

「機先攻撃、それをシロッコ達はやるかもしれん」

 

「いよいよ戦争を始まっちまうか……」

 

 二機のモビルスーツ、そして一機の重モビルスーツを乗せた大型の運搬機が宇宙の闇を切りながら疾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネオ・ジオンはアクシズをゼダンへ接近をさせて、どうするつもりなんだ?」

 

「さあ……」

 

 ジオンと連邦のシンボルが宙へ投影させている。そのスクリーンが取り付けられた小惑星のすぐ近くまでユウは機体を接近させながら、後ろにいるサマナ機へ声をかける。

 

「おおかた、アクシズをゼダンヘぶつけて、盛大な開戦の合図にでもするつもりなんだろうさ……」

 

 シロッコが乗るジオ・メシアからどこか投げやりな声がユウ達へ届く。

 

「ティターンズの拠点破壊が目的ではない?」

 

「この亀の用なアクシズのスピード、そしてティターンズと連邦の要請に応じてこいつを止めたり動かしたりする」

 

「駆け引きに使っているか? アクシズを?」

 

「単なる示威行為だろう」

 

 虹の光をグレイスから放ちながら、シロッコがネオ・ジオンとの境界線の中へ領域侵犯をした。

 

「ティターンズはゼダンからはいつでも退避できるように準備はしてあるようだが?」

 

「カラのアクシズと同じくカラのゼダンがぶつかり、それからネオ・ジオンとの最後の戦いが始まる、それだけに過ぎない」

 

 そうだろうなとはユウも思う。しかし……

 

「シャアか……」

 

「シャアのやることだよな……」

 

 ユウのGマリオン、それとサマナが駆るアナハイム社から提供された紺色の塗装を施されているZZ(ダブルゼータ)、二つの機体が何気なく呟きあい、その頭部を見合わせる。

 

「考え過ぎると、とっさの時に身動きが取れなくなるぞ。二人とも」

 

「ああ……」

 

 シロッコの柄にもない、気遣いとも取れるその言葉にユウはコクピット内で密かに苦笑いをした。

 

(まあ、そのくらいは出来ないと、木星船団の団長等は出来ないよな)

 

「使えるか、Gマリオンとやらは?」

 

 心の内でそう呟いていたユウへシロッコが唐突に声をかける。少し慌てながら声を返すユウ。

 

「機体の動き自体は良い」

 

 その言葉と共に、ユウは微かにコンバーターから光を放ってみせる。蒼く塗装されたブルーディスティニー五号機、最新鋭量産機であるジェダをベースに製作されたGマリオンが太陽から宇宙空間を通して放たれる冷たく鋭い陽光に映える。

 

「あんたの作ったグレイス・コンバーターとやらもな」

 

「アルフ技師のサイコミュシステム、マリオンとやらとの相性はどうだ?」

 

「この機体のマリオン・システムはまだ訓練でも全開にした事が無い」

 

「何故だ? ユウ?」

 

 そのシロッコの疑問にユウは顔を険しくしながら呻いた。

 

「どこか怖い……」

 

「グレイスとの干渉が強すぎるとアルフ技師から聞いたが?」

 

 蒼い機体のコクピット、その脇に設置されている新型のマリオン・システムをフル稼働させる為のスイッチに被せられているプラスチックカバーを指でなぞりながら、ユウは憂鬱そうな声でシロッコへ答える。

 

「一度、シミュレーターで作動させてみたが、計器類がありえない数字を示した」

 

「なるほど」

 

 その弱腰とも言えるユウの言葉にシロッコは納得をしてくれたようだ。

 

「だが、いつかは試しておいてくれ」

 

「今、俺はやっておいた方がよかったと思っているよ、シロッコ」

 

「そうだろうともさ……」

 

 軽く笑い合いながら二人はその顔を強ばらせて小惑星アクシズの方へ目を向けた。二機のモビルスーツが少し距離を取りつつ手持ちの武器を構える。サマナのガンダムも二人の後ろの方へ機体を動かす。

 

「注意を、御二人とも」

 

「ああ……」

 

 ユウ達へそう言いながら、サマナ機は火器のロックを解除していく。追加兵装を収められた装甲板へもティターンズカラーで塗装をされている大火力機ZZ。その重々しいガンダムタイプの機体を頼もしそうに眺めながらユウも自身の手に持つビームランチャーの様子を確かめた。

 

「お出ましだな……」

 

 シロッコのジオ・メシアの頭部の複合センサーのスリットが鈍く光る。ネオ・ジオンの領宙域、その方面から一機のモビルアーマーがゆっくりと接近をしてくる。

 

「俺達モルモット隊を蹴散らした深紅のモビルアーマーか?」

 

「シャアの物、だな……」

 

「ああ、シロッコ」

 

 モビルアーマーがユウ達の機体の射程範囲へ収まる。Gマリオンの手にある専用ランチャーを僅かに持ち上げながら、ユウはネオ・ジオンのシンボルを彷彿とさせるその機体へじっとその目を凝らす。

 

「ん……?」

 

 目の良いシロッコがその深紅のモビルアーマー、その中央にある物を見つける。

 

「人……?」

 

 ユウ達もその機体の中央へ目を向けた。そこには一人の人影がある。

 

「生身だと?」

 

 人影は宇宙用のノーマルスーツ(モビルスーツに乗り込む時に身に付けるパイロットスーツ)を着用していない。酸素ボンベらしき物も見当たらない。

 

「久しぶりだな、ユウ・カジマ」

 

 人影、そこからネオ・ジオンの指導者格の人物であるシャア・アズナブルの声がユウ達へ響く。

 

「それにその十字の顔のガンダムに乗っているのはパプテマス・シロッコだな?」

 

「どういう趣向だ? シャア・アズナブル?」

 

 シャアは鉄製の仮面をその顔に覆い被せるように身に付けている。その鉄の仮面に通信器が備わっているようだ。宇宙では生身の声など発せられない。

 

「仮面は私のトレードマークであろう?」

 

「ただの仮面ではあるまい」

 

 険しい顔をしてシロッコがシャアへ問う。

 

「その鉄仮面から、サイコミュの反応がある」

 

「ニュータイプの勘か? それとも、その機体の機能か?」

 

「両方だよ」

 

 シロッコの声はひどく緊張をしている。宇宙空間を生身で浮遊をしているシャアの姿を見れば解る話であるとユウも思った。

 

「ニムバス君が受けた強化人間の技術は大いに参考になったよ」

 

「ニュータイプを強化人間で上乗せしたか」

 

「だから、宇宙で泳ぐなどの芸当も出来る」

 

 そう言いながら、モビルアーマーの前でシャアがユウ達をからかうように宙域の中で舞ってみせた。姿勢を正して一礼をしてみせるシャア。

 

 礼と同時にフルフェイスの仮面、それの所々に刻まれている血管のような赤いラインが微かに発光をする。

 

「私こそがダイクンが標榜した、あらゆる意味での真のニュータイプだよ」

 

「サイボーグになった人間が何を言うか、シャア……」

 

 シロッコの唸るような低い声を尻目に、嗤いながらシャアは赤いモビルアーマーの中央に埋め込まれるように接続されている小型モビルスーツへ乗り込む。管制ユニットを兼ねた機体であるようだ。

 

「前哨戦としては良いタイミングだ」

 

 コクピットからシャアが静かに声を放つ。

 

「君達に歴然とした力の差と言う物を見せてやろう」

 

 巨大なノイエ・ローテの上部センサーアイ、そして管制ユニットのジオン系モビルスーツの特徴であるモノアイから鈍い光が放たれた。

 

「散開だ……」

 

 そのシロッコの呟きと同じにユウとサマナが臨戦態勢をとる。

 

「なんて宇宙の色だ……」

 

 モビルアーマーからマリオンを通じて見える、ドロッとした毒々しい光にユウが顔をしかめながら呻いた。

 

「このノイエ・ローテの気配が気になるか?」

 

「血の色をした宇宙の光、いや流血と言うべきか……」

 

「赤い彗星だからな」

 

 嗤ったシャアの仮面に刻まれた血管が浮き出る。

 

「小手調べといこうか、シロッコ」

 

「ああ……」

 

 先手必勝とばかりに、ユウとシロッコの機体の手に握られている銃器からビームがノイエ・ローテへ疾った。

 

 バァ……!!

 

「やはりバリアー、Iフィールドがあるな」

 

 呟きながら、ユウはGマリオンのビームランチャーの出力を上げ始める。

 

「ならこれで」

 

 サマナのZZから小型のミサイルが多数発射された。ミサイル群が尾を引いてノイエ・ローテに迫っていく。

 

 バッファ!!

 

 そのミサイルに対して、ノイエ・ローテから幾筋もの迎撃機銃、そしてレーザーが立ち向かう。深紅の機体の周囲に幾多もの爆発が起こる。

 

「赤いハリネズミめ……!!」

 

「前戯は終わりかねぇ……」

 

 呻くサマナをからかうような声を上げながら、シャアは血の波動を放つノイエ・ローテから幾多もの大型ファンネルを宙へ投下させた。

 

「ならば、こちらの手番だな!!」

 

 ギュニァ!!

 

 シャアの掛け声と共にファンネルがユウ達へ蝗の群れのように飛びかかる。

 

「バリアー付きのファンネルだな!?」

 

 ファンネルから照射されるビームをGマリオンは機体を軽く動かしてかわす。二照射、まだユウの顔には余裕が見える。新型マリオンの感度は良好、ファンネルが放つサイコミュの波動がハッキリとユウの視界に入りこんだ。

 

 シュ……

 

「ん……?」

 

 何かが宙域を疾る。

 

 ドゥ!!

 

「何!?」

 

 Gマリオンの左肩へ衝撃が走る。どこからかビームの直撃を受けたようだ。

 

「もう一種のファンネル!?」

 

 機体の全天視界モニターにファンネルの姿が映る。ユウはマリオン・システムに依らない、生身のじかの目でその小型のファンネルを確認した。

 

「マリオンに映らなかったぞ!?」

 

 ユウ機の至近で再びビームが放たれる。寸前でそのビームをGマリオンは機体を捻ってかわす。

 

「忍び寄って来たか……!?」

 

 シロッコの機体にも謎のファンネルが攻撃を仕掛けてきたようだ。ジオ・メシアの大腿部の僅かな損傷をユウはその目で見た。

 

「どちらにしろ僕にはファンネルが見えないが!!」

 

 サマナの乗る重装タイプのガンダム「ZZ」へ向けられたファンネルのビームがその機体に備わった対ビームコートの膜を蒸発させる。

 

「御二人に見えないのならば答えは一つでしょう!!」

 

「どういう事だ!? サマナ!?」

 

「ステルス性のあるファンネルでしょうに!?」

 

「ああ……!!」

 

 サマナに対して苦々しげに呟くユウ。対ビーム用の防御装置があるとはいえ、サマナの機体には幾筋もの破損が見受けられる。

 

 シュギォ!!

 

 再びサマナ機へファンネルからのビームが飛ぶ。超重装型の機体であるZZ、そしてニュータイプではないサマナではファンネルを避けるのは至難だ。大型ファンネルからのビーム照射による被害も受けているように見えた。

 

「ちっ!!」

 

 シロッコは機体のすぐ真下から放たれたファンネルの光線を間一髪でジオ・メシアの小型シールドで防ぐ。その機体の腕から弾かれたビームの粒子が飛び散る。

 

「オールドタイプの気分が味わえるな……!!」

 

「味わえるだろう? パプテマス・シロッコ?」

 

 ニュータイプであるシロッコをしても、低視認性ファンネルの気配を認識することが出来ない。シャアは笑いながら、いたぶるようにステルス・ファンネルをジオ・メシアへ集中させた。

 

「メイプークがあればな!!」

 

 ジオ・メシアの十字複合センサーのお陰でシロッコはどうにか至近へ接近をしたファンネルだけは感知できるようであった。発射されたビームの光に鋭く反応し、直撃だけは避けている。

 

「フィリップさん達は何をグズズグしているのやら!!」

 

 重装であり、機敏な動きが出来ないサマナのZZが傷だらけになっている。強力な対ビームコートの効果で大型ファンネルからのビーム照射浴びてもを一撃では致命傷にはならないらしいが、それだけに傷だらけの機体が痛ましい。

 

「やってみるか」

 

「何をです? ユウさん?」

 

「マリオンを完全にスタンバイさせる」

 

 そのユウの声を聴きつけたシロッコが深くため息をついた。

 

「テストもしていないのにな……」

 

「ジリ貧になっているからな」

 

「仕方があるまい」

 

 嫌そうなシロッコの声を聞き流しながら、ユウは木製のカバーに覆われた赤いスイッチに手を触れる。

 

「M-LION・SYSTEM、STANDBY」

 

 コクピット内のユウの周囲に機械的な合成音が響く。同時にGマリオンの頭部、ジム系モビルスーツ特有のバイザー型センサーアイが赤く輝く。

 

「何……!?」

 

 その瞬間、コクピットのユウは自身の生身の目で不可思議な物を見た。

 

「蒼い髪をした女の天使だと……!?」

 

 微かに、しかし確かにユウの目の前にその女の幻影が現れる。

 

「くっ……!!」

 

 次の瞬間にはその女の姿はユウの視界には無い。

 

「久しぶりの実戦で気が立っているだけだ」

 

 ユウは頭を振り払い、何回か自分の歯をかち合わせて目前のノイエ・ローテへ気持ちを集中させようとする。

 

「見える……!!」

 

 ステルス・ファンネルが描く軌道の線を、微かに紅く光るGマリオンのバイザーが捉えた。

 

 シュア……!!

 

「やはり君は危険だ、ユウ・カジマ」

 

 ステルス・ファンネルをランチャーで撃ち落としたGマリオンを見て、シャアが鉄仮面の中の唇を歪める。

 

「ニムバス君には悪いが、ここで討たせてもらう」

 

「前も同じ事を言いながらも、出来なかったではないか  シャア?」

 

「過信し過ぎてはいないかい? ユウ・カジマ君?」

 

 ノイエ・ローテの大型、小型のファンネル群の動きが鈍くなる。

 

「来るな……」

 

 そう呟いたシロッコの機体にノイエ・ローテからビームの柱が放たれる。ジオ・メシアはその超高出力ビームをふわりとかわすと、そのまま機体をモビルアーマー形態へ可変させた。

 

「だが、こちらから攻める手段がない……!!」

 

 手をこまねいている三機へノイエ・ローテ本体からのビームとミサイルが押し出される。巨大な機体の腕部がノイエ・ローテの機体から飛翔する。有線式のサイコミュ兵器のようだ。

 

 ギィーン……!!

 

「やっと来たか!!」

 

 メルキャリバーから発射された大型ビーム砲の光を見ながらユウが微かに咎めるような声を出した。

 

「すまねぇな、ユウ!!」

 

 フィリップのジェダのシールドからもミサイルがノイエ・ローテへ飛ぶ。

 

「どんなに群れても、このノイエ・ローテは倒せんよ!!」

 

 支援に駆けつけたモルモット隊の攻撃は全てノイエ・ローテの「ハリネズミ」で叩き落とされた。フィリップか? カツか? 誰かが呻いた。

 

「厄介な奴と戦っていたもんだな!? ユウ!?」

 

「俺がシャアの都合なんぞ知るものか!! フィリップ!!」

 

 有線式のクローアームがユウ機へビームを放つ。ユウにはそれが牽制であるとは判る。続けて来たファンネルからのビーム照射をスラスターを駆使してGマリオンはかわした。その手荒な操縦に機体が軽い悲鳴を上げる。

 

「懐に入り込む、ユウ」

 

「やるか、シロッコ」

 

 ユウとシロッコの機体がノイエ・ローテの両サイドから回り込むような姿勢をみせる。その二機の動きを見て、阿吽の呼吸でモルモット隊メンバーがユウ達のその考えを理解する。サマナのZZから牽制の射撃がノイエ・ローテへ奔った。

 

「マリオン!!」

 

 ユウが気合の声と同時にマリオン・システムの出力を上げた。その時。

 

 シュ…… シャルァ……

 

「むぅ!?」

 

 シャアが驚愕の声をコクピット内に響かせる。迫ってくるGマリオンの姿を鋭く睨み付けた。

 

「何だ!? ありゃあ!?」

 

「綺麗……!!」

 

 Gマリオンのグレイス・コンバーター、そこから噴き出す光の羽根。蒼く、そして白く輝く翼にフィリップ達も驚きと感嘆の混じった声を出す。

 

「グレイス・コンバーターにこんな機能なぞ無いはずだ!!」

 

 Gマリオンの変異に慌てた声をだしながらも、シロッコは高機動形態へ可変させたジオ・メシアをノイエ・ローテへ接近させようと試みている。

 

「戦いに美麗さを求めたとは!! ナンセンスな奴だ!!」

 

 シャアの怒りの声と共に数器のファンネルがユウの機体、光の翼を生やしたGマリオンへ突撃を仕掛けた。

 

 フォファ……!!

 

「何だと!?」

 

 ノイエ・ローテのファンネルからのビームがGマリオンから舞い乱れる光の羽根にかき消される。そのままGマリオンはノイエ・ローテへ接近戦を挑もうとした。

 

 そのGマリオンのバイザーから放つ輝きは赤い光から蒼い光へと変わっている。

 

「やらせん!!」

 

 ノイエ・ローテの近接防衛システムが弾幕を張り巡らせる。過密な弾幕にユウもシロッコも一旦機体を引かせた。弾幕に対してもGマリオンの羽根は機体の前方へと展開をして防壁と化した。

 

「あの翼、バリアーか?」

 

 呻くシロッコの機体の前にノイエ・ローテのビームにより舞い散った光の羽根が流れてきた。その羽根はジオ・メシアの目前で燃え尽きる。

 

「サイコフィールドだ」

 

 アルフがメルキャリバーの後部座席で異変の起こったGマリオンのデータを分析しながら低い声で呟く。

 

「ジオンや連邦系の機体を問わず、一部のサイコミュ搭載機に実験的に使われていると聴きましたが?」

 

「原理はミノスフキークラフト、浮力発生器であるあの機能と同じだ」

 

 疑問を口にするカツへ返事を返しながらも、アルフはデータの収集の手を止めない。

 

「サイコフィールドの場合はミノスフキー粒子の維持、格子化、そして力場化をするのに電力ではなくサイコミュ脳波を利用する」

 

「以前、サイコ・ウルフの改良機に乗っていたニムバスさんが使いましたね」

 

 さすがにカツももはや新兵パイロットではない。アルフと話しながらもその目はノイエ・ローテ、そして味方機達からは離す事は無い。

 

「一人で発生させるサイコフィールドは消耗が激しく、酷く不安定だ」

 

「実戦ではこんな物には頼れないと、もっぱら評判でした」

 

「だが、こいつは……」

 

 ユウの機体は翼を羽ばたかせてメルキャリバー、そしてタイタニアの前を舞った。機体から落ちた数枚の羽根がアルフ達の機体の前に光の壁を打ち立てる。

 

「ラプラスタイプのユウ……」

 

 その羽根のバリアがモルモット隊をノイエ・ローテからの攻撃から守る。紅い機体から発射されたミサイルやビームがまたも蒼い羽根によって防がれた。

 

「こしゃくな真似をしてくれる!!」

 

 赤い血管を仮面に浮かばせながら、シャアは僅かにノイエ・ローテを後退させた。ファンネル達がノイエ・ローテの周囲に集まり、機体の周囲で旋回を始める。

 

「来ます!!」

 

 シドレが乗る新鋭の偵察機「メイプーク・サマーン」のサイコミュ式センサーに多数の反応が表示された。

 

「少しはマシになったが……」

 

 メイプーク・サマーンからのサイコミュ式データリンクによって、どうにかシロッコの脳裏にステルス・ファンネルの接近が感知出来るようになった。小型のファンネルを迎撃しながら、シロッコは攻める手段を模索している。

 

「しかし、接近をしなければどうにも出来んな……」

 

 ノイエ・ローテの周囲を旋回しながらシロッコは軽く唇を噛む。

 

「くそ!!」

 

 ジェネレーターの異常を知らせる警告音が鳴り響くコクピット内でユウが顔を歪めた。翼を生やしたユウの機体へファンネル群が密集して迫ってくる。ユウはファンネルからのビームの乱打に翻弄され、機体に滅茶苦茶な回避運動を強いさせている。同時に他の機体へもノイエ・ローテからの火線が迸った。

 

 ジャ……!!

 

「所詮は単なる飾りの羽根のようだな!!」

 

 大出力のファンネルからのビームがGマリオンの羽根を溶解させた。推力が低下したGマリオンはノイエ・ローテから一旦距離をおく。

 

「どうシャアを打ち倒すか、シロッコは解るか?」

 

 ユウの機体には余力が無い。マリオン最大稼働時に起きたコンバーターからの謎の現象が機体に大きな負荷をかけてしまっているようだ。

 

「もはや、弾幕をやってみるしかない」

 

 メイプーク・サマーンからのサイコミュ・データリンクで送られたノイエ・ローテの機体分析データに一瞬だけ目をやってから、シロッコはコントロールバーを強く握る。

 

「相手はハリネズミの守りだぞ?」

 

「そのハリ以上の攻撃をぶつける」

 

「数で押すか……」

 

 ユウは眉間にシワを寄せながらも、モルモット隊へ作戦を伝えた。各機体が静かに身構える。メルキャリバーの中央部にあるメガビームランチャーから光が漏れだす。

 

「フル・オープン!!」

 

 サマナのZZから凄まじい火器の嵐がノイエ・ローテへ飛ぶ。フィリップとシドレの機体を乗せている運搬機タクテカルウェイバーからもミサイルランチャーの砲門が開く。

 

「サラ!!」

 

 タイタニアを乗せた運搬機から放たれた強力なビームが宇宙空間を裂く、同時にカツはミサイルランチャーを放ちながらサラへ攻撃を促す。

 

「ファンネル!!」

 

 メルキャリバーの機体下部から発射されたミサイルを追うようにタイタニアの背中からファンネルが漆黒の宙域を貫いた。

 

「やると思ったよ、飽和攻撃は!!」

 

 ノイエ・ローテからシャアの笑い声と防衛システムが、そして紅き血の光が放射される。ZZの猛火線が次々と防がれてゆく。メルキャリバーの高出力ビームでもノイエ・ローテのIフィールドが破かれない。

 

「よくも対応が出来る、仮面の道化の癖に!!」

 

「対応ではない!!」

 

 タクテカルウェイバー、そしてフィリップ機のミサイルを迎撃したシャアがユウへ怒鳴った。

 

「脊髄反射だよ!!」

 

「強化人間で手に入れた物か!!」

 

「脊髄を接続させれば、頭で考えるまでもなく無意識で機体が動かせる!!」

 

「オジギソウのような機能を!!」

 

 ユウはシャアへ怒鳴り返しながらも接近する機会を伺っている。カツのミサイル、そしてサラのファンネルは全くノイエ・ローテへ接近が出来ない。恐るべき精度でシャアはモルモット隊の火器を撃ち落とす。

 

「犠牲を覚悟で撤退を考えるか……!?」

 

「シャアがそこまで甘い男であるはずが無かろう!!」

 

 脂汗を流しながら呻くユウへシロッコが苛立たしげに答える。

 

「射精をしてみる!!」

 

「品を良くして言え、サラ!!」

 

「言葉の尻にこだわっている場合!?」

 

 カツへ怒鳴り返しながら、サラが乗るタイタニアの股間からファンネル・ブースターが発射された。

 

「堅いな!! その去勢の物は!!」

 

 ファンネル・ブースターを覆う装甲はノイエ・ローテの火線でデコボコになりながらも、その機体が展開するビーム・バリアーの内側へ入り込む。

 

 バグァ!!

 

「何だと!?」

 

 ノイエ・ローテのIフィールドの内側へ入り込んだファンネル・ブースターから多数のファンネルが放出される。ファンネルを出し尽くしたブースターポットが爆発をすると同時に強力なサイコミュのウェーブが広がる。

 

 高い鈴の音のような音がユウやシロッコ達の耳を打った。

 

「脳波が乱れる!!」

 

 シャアが鉄の仮面に覆われた頭部を両の手で抑える。仮面に刻まれた赤いラインが脈打つように激しく点滅をする。

 

「試作型のサイコジャマーが上手くいったか!!」

 

 シャアのファンネルがでたらめな動きをし出したのを見ながら、シロッコが喝采を上げた。

 

「よくやった!  サラ!!」

 

「恥じらいを捨てた甲斐がありました!! シロッコ様!!」

 

 サラを褒めながらも、シロッコはジオ・メシアの力を振り絞り、ノイエ・ローテへ急接近をする。シャアの機体は内側へ入り込まれたファンネルによって装甲が蝕まれている。

 

「今しかない!!」

 

 ユウのコンバーターから再び光の羽根が舞い散る。Gマリオンの背中からビームサーベルが取り出され、その機体の手に強く握られた。

 

「マリオン!!」

 

 凄まじい速度でノイエ・ローテに接近をするGマリオン。ブースターからのファンネルで幾つかの火器が破損したせいか、例の「ハリネズミ」は襲ってこない。サイコジャマーから発生したウェーブの効果もあるのだろう。

 

 舞う羽根の輝きと同調するかのようにサーベル基部からの長大なビームの刃が白く光る。

 

「私も負けてはられん!!」

 

 ユウのサーベルがノイエ・ローテの右肩へ深く食い込み、腕を切断したのをその目で確かめながら、シロッコもジオ・メシアのビームサーベルをノイエ・ローテの背部ファンネル・コンテナへ突き刺す。

 

「忌々しい地球の寄生虫どもが!! 俺に!!」

 

 シャアの頭を疾る頭痛はまだ治まらない。ポケットからチューブに入った液状薬品を仮面の口の部分へ当てつけながら、残っている左の有線クローアームでユウとシロッコの機体を振り払おうとする。

 

「ちっ!!」

 

 ノイエ・ローテの防衛システムが再起動を始めた。慌ててユウ達はノイエ・ローテから機体を離れさせた。

 

「まあいい……」

 

 援護としてサラの機体から再度放たれたファンネルをレーザーで撃ち落としながらシャアは自身の呼吸を落ち着かせる。

 

「サブのパイロットがいない半分の性能であるとは言え、このノイエ・ローテを傷を負わせた事は褒めてやる」

 

 ノイエ・ローテのブースター、及びサブ・ブースターに光が宿り始めた。

 

「また逃げるのか!? シャア!?」

 

「追うな、ユウ!!」

 

「だが、今のシャアは危険過ぎる!!」

 

「現状の我々で勝てる相手ではない!!」

 

「クッ!!」

 

 シロッコの言葉にユウはGマリオンをノイエ・ローテから距離をおかせる。コンバーターから残り火のような羽根がこぼれ落ちる。

 

「良い開戦の狼煙ではあっただろうな……」

 

 そう言いながら、シャアはノイエ・ローテの背中を悠々として見せつけた。

 

「今度はこの機体の量産機を引き連れて来てやる」

 

「ハッタリだよ……!!」

 

「どうかな? 少年よ……」

 

 震える声で言い放ったカツにシャアが仮面の下で薄笑いを浮かべる。冷笑を含んだシャアの言葉にカツは押し黙る。

 

「では、な……」

 

 ブースターから閃光を放ちながら飛び去っていく紅いモビルアーマーをユウ達は黙ったまま見つめていた。誰かが深くため息をつく声が聴こえた。

 

「ネオ・ジオンの力か……」

 

 機体コンソールの上を指でコツコツと叩きながらアルフが呻くように呟く。

 

「あの機体だけで、ティターンズの一師団は相手に出来るな」

 

「勝算を見つけなければ」

 

 アルフの言葉にシロッコが同調するように頷きながら低く声を出す。

 

「一つある」

 

「それは何だ? ユウ?」

 

 Gマリオンからはすでに光は失われている。サブブースターを使いながらユウは機体をジオ・メシアの近くに寄せる。

 

「アムロ・レイ」

 

「あの男でも、現行のガンダムタイプではノイエ・ローテには勝てまい」

 

「過去のガンダムならばどうだ?」

 

「意味はわからんが……」

 

 シロッコは首を傾げながらジオ・メシアを後退させる。その機体のグレイス・コンバーターからも光は出ていない。

 

 ユウ機とシロッコ機、二人のグレイス搭載機が周囲のミノスフキー粒子を吸いきってしまったようだ。ミノスフキー濃度を測る計器の針が下がりきっている。

 

「何か策があるようだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャア」

 

 女の声が鈴の音色と共にシャアの耳を打つ。

 

「何だい? ララァ?」

 

「私はあなたの所有物であって?」

 

「そうさ」

 

 シャアのその声に鈴の音が哀しげに鳴った。

 

「私が君を生涯をかけて守るさ」

 

 仮面の奥底でそう呟いたシャアは母艦であるネオ・ジオンの旗艦「グワダン」へ赤いモビルアーマーを接近させた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハマーン」

 

「はい、ミネバ様」

 

「シャアを亡き者にする計画は進んでおるか?」

 

「どうにも踏み切れません」

 

「そうだ、そうだな……」

 

 ミネバはそう言いながら、隣の女に頷いてみせる。

 

「説得を続けてくれ」

 

「私には自信がありません」

 

「フム……」

 

 グワダンのメインブリッジに立つ三人の女達は表情を押し殺したままブリッジの窓、その外に広がる漆黒の宇宙へ浮かぶ深紅の切り花、シャア・アズナブルの専用機であるジオンの妖花「ノイエ・ローテ」の姿を眺め続けていた。


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